アメリカ西海岸。海沿いの小さな町の射撃場にて1人の女性が、銃の感触を確かめるように無言でそのの引き金を引いていた。 「ふむ……」 全ての弾丸を撃ちつくしたところで、彼女は銃を下ろす。そこへ、 「薫! 喜べ、やっと許可がおりたぞ!」 ビール腹の男が、ゆさゆさと腹を揺らしながら彼女の側へ近づいてくる。薫と呼ばれた女性は豆鉄砲を食らった鳩のようにキョトンと目を丸くした。 「許可? いったい何の許可だ?」 「日本行きだ! お前は来期から日本のリーグに移籍するんだよ!」 男は興奮気味に、薫の肩を揺さぶる。 今は世界中で行われている それから何年もの年月が過ぎても、日本のリーグは世界のトップレベルにある。日本の地は、グラップドールリーグ発祥の地でもあるため、グラップドールたちの聖地と言い換えても過言ではなかった。 「そうか! 許可が出たか!」 それゆえに、鋼の乙女たちは、日本を目指すのだ。 |
「早く早く、アサミちゃん! もうすぐ試合始まっちゃうよ!」 大きな紙袋を持った少女──矢崎雪乃が階段を駆け上がる足を止め、後ろを振り返る。雪乃の大きな目には、1人の女性の姿が映っていた。年のころは18、9くらいだろうか。一見、どこにでもいそうなショートカットの彼女には、目じりから頬にかけてくっきりとした2本のラインがあった。 この特徴から分かるように、アサミと呼ばれた彼女は人間ではない。ちょっとした事情から、B社に所属することになったグラップドールである。 雪乃はというと、若干12歳ながらアサミの 「そんなに急がなくたって大丈夫だって」 きらきらと輝いている雪乃の視線を受け止め、アサミは苦笑いを返す。妹のように可愛がっている少女に急かされても、彼女の足取りはさほど変わらない。 「アサミちゃぁんっ!」 急ぐ素振りを見せない姉に、妹が焦れる。1、2段駆け下りて、アサミの手をぐいぐいと引いていく。妹に引っ張られながら、姉は言った。 「だいたい、ギリギリになった原因を作ったのはどこの誰だよ?」 「だっ……だって! あんなにグッズがあるとは思わなかったし、あんなに人がいるとも思わなかったんだもん!」 悪戯っぽく笑うアサミに、雪乃は俯き頬を赤く染める。 「まあ、あれはオレも驚いたけどよ……」 会場前に設けられたグッズ販売用のテントでの混雑具合を思い出し、アサミはうんざり顔を作った。 鋼の乙女たちによる試合は、ショービジネスである。いかに試合を盛り上げ、観客を喜ばせるかが鍵だが……ドールたちの強力な個性に後押しされるカタチで、キャラクタービジネスとしての側面も持ち始めていた。ドールたちの芸能人化である。リーグ参戦中のドールが、テレビ番組に出演したりCDアルバムを発売することも最近では珍しくなくなってきた。 そうなると、各グラップドールのグッズなども発売されるようになる。ブロマイドは言うにおよばず、クリアファイルや下敷きメモパッドなど。ドールがデザイン監修したポーチやバッグなども、最近では販売されている。それらの商品は、各社直営の店舗やGD協会提携店舗、試合会場などで販売されるほかネットでも購入することができた。 現役のドールであるアサミも──自身が関わっていることでもあるので──そのへんのことは知っている。知っているが……だ。 「いつも以上にすごくなかったか?」 グッズを求めるファンたちがいつも以上に殺気だっているように感じられたのは、気のせいではないように思う。 雪乃とアサミは試合開始時刻の2時間前に会場入りしたのだが、その時点ですでにグッズ販売のテントは長蛇の列。会場整理を行っているスタッフの話よると、早くも完売商品が出ているとのことだった。 「今日の試合は、いつもの試合とは違うのよ、アサミちゃん。それに、今日売っていたグッズのほとんどは会場限定なの」 「はあ? 何だそりゃ。ただの宣伝用GDのデビュー戦だろ?」 人差し指をたて、大人びた表情で雪乃が説明する。それに、アサミは目を丸くした。 「宣伝用GDのデビュー戦には違いないが、ヴィクトリアはただの宣伝用GDではない」 そんなことも知らないのかと口を出したのは、アサミと同じB社に所属するグラップドール撫子であった。紫色のあでやかな着物を着た彼女の前を、ポップコーンを持った金髪少女が歩いている。 「ユ・キーノ! ア・サーミ! ユーたちも来てたネー!」 「ア・サーミじゃねえ! アサミだ!!」 金髪少女は、サンディ・ローレン。撫子とその姉小町の開発者であるローレン教授の娘である。本来の身分から言えば、サンディは部外者にすぎないのだが、小町・撫子姉妹は彼女を「姫」と呼び、とても大切にしているのだ。 「っつか、おめえだけか? 姉ちゃんはどうしたんだよ?」 「姉上は先に席のほうへ行っておられる」 「コマチは、人ごみ苦手ネー」 持っているポップコーンを雪乃にすすめながら、サンディが笑う。 正確にいうと、小町は人ごみを歩くのが苦手なのだ。そのため、よほどのことがない限り、彼女は人ごみの中に入っていこうとしないのであった。 そのことを思い出し、「そういやそうだったな」とアサミは頭をかく。日常ツンとすました顔をしている彼女を気に入らないと思っていたのだが、人ごみの中を上手く歩けないと知って、親しみを感じるようになったことを思い出す。 アサミの前を歩く雪乃は、サンディもグッズを買ったらもらえる紙袋を持っているのに気づいた。あまり買い込んでいないのか、彼女が持っている紙袋は、小さなものである。 「サンディさんは何を買ったんですか?」 「オー。ミ・ヤービのCD買ったネー」 「え!? うそ?! 買えたんですか?!」 雪乃が来た時には、もう完売していたものである。 「4時間前に来たかいあったヨー」 「4時間! すげえな、オイ」 なんでもないことのようにけらけらと笑うサンディを、アサミは大きく見開いた目で見つめた。その後ろを歩く撫子に、「こいつ、雅のファンだったっけ?」とたずねる。 「姫は、雅の歌をお気に召されている」 「そうなのか」 そういうファンもありなのかと、アサミは少しだけ感心した。 「ところでさっきの話。ただの宣伝用GDのデビューじゃねえって、どういうことだよ?」 アサミが知っているのは、今日の試合は、英国の丘というテーマパーク帰属のグラップドールヴィクトリアとC社所属の雅様の対戦ということくらいである。普通であれば、観戦チケットを入手するのはそれほど難しいものではない。リーグ参加者へは優先的にチケットが配られもする。しかし、今回の試合に限っては、参加者への優先チケットがなかったのだ。一般チケットも、発売開始から3分ほどで売り切れたという。 もともと宣伝用グラップドールの試合には興味のなかったアサミだが、雪乃が「この試合だけはどうしても会場で見たい!」と珍しく強くねだったため、関係者用の観戦席の空きを利用することにしたのである。 この関係者用観戦席、リングからかなり離れているため人気はイマイチだった。利点は順番待ちをしないですむことくらい。売店からも遠く、試合の臨場感もガラス越しではだいぶ薄れてしまう。 もっとも、その不人気のために今夜の席を確保できたのだから、アサミにとってはありがたかった。 「ヴィクトリアとかいう女、あいつが宣伝するのは自分トコのテーマパークだろ?」 スタッフパスを、観戦席の入り口脇の読み取り機に読み込ませ、アサミは後ろにいる撫子にたずねた。彼女は「それだけじゃない」と首を横に振る。 「ヴィクトリアが一番に宣伝するのは、明日から公開される映画の方だ」 「映画ぁ?」 同僚の口から出てきた思わぬ単語に、アサミは素っ頓狂な声を出す。どういうことかと詳しくたずねるより前に、別の声が観戦席のほうから聞こえてきた。 「えらいゆっくりどしたな」 観戦席で4人を出迎えたのは、小町ともう1人…… 「いいんちょ! 何でおめぇがここにいるんだよ?!」 「誰がいいんちょですかっ! 指をささないでください!」 席に座る小町の後ろに立っていたのは、B社所属の女子学生風グラップドール、セリアスである。彼女はお披露目前のため、あまり公の場所に出ることは許されていないはずなのだ。 「お披露目前だから、ここじゃないと観戦させてもらえないんですっ!」 グッズだって自分で買いに行きたかったのにと、セリアスは小声でつぶやく。 「姉上、何を読んでおられるのですか?」 撫子が姉の隣の席に座りつつ、たずねた。彼女、アサミとセリアスの角突き合いには、全く興味がないらしい。サンディも2人の口論を完全に聞き流し、あいている席におさまった。 「これどす。今、セリアスはんからヴィクトリアの講義を受けとったところどしてなあ」 答えながら小町は、持っていた文庫の表紙を妹に見せた。 タイトルは『ヴィクトリア 〜薔薇の淑女は麗しく舞う〜』ミドルティーンの少女たちをターゲットにしたライトノベルといわれるものである。 「あーっ! セリアスさんもファンなんですか?!」 嬉しげな声をあげたのは雪乃であった。 「え? ってことは、雪乃ちゃんも?」 「はい! 大ファンなんです!!」 「「ステキですよねえ。ナイ様」」 2人の少女の完璧なハーモニー。同じことを言ったと知るや、雪乃とセリアスは向かい合って両手を合わせ、「あなたもナイ様派!」ときゃっきゃ、大はしゃぎ。 「「ほんと。ステキですよねえ、ナイ様」」 2度目のハーモニーを奏で、少女たちは、うっとりと頬を赤らめた。遠くを見つめるその瞳には、ナイ様とやらの姿が映っているのだろう。 「ナ、ナイさま?」 誰ですか、それは。2人の乙女に取り残されたかたちとなったアサミは、すがるような気持ちで小町&撫子姉妹へ視線を向ける。 「この登場人物のことでっしゃろな。ナイトメアと言うそうどすが──どこぞで見た覚えのある顔やと思わへんどすか?」 セリアスから借りた文庫の表紙に描かれている1人のキャラクターを、小町は指差した。 そこに描かれているのは横顔ではあったものの、中性的な顔だちと茶色の短い髪。それは── 「雅?」 まさしく、これから試合のリングにあがるC社所属のグラップドール雅様であった。 「ナイ様のビジュアルイメージは、雅さんなんですよねーっ」 雪乃に同意を求めるセリアス。 「ねーっ」とうなずき返した雪乃は、 「だから、今日の試合が組まれたんですよねー」 と、セリアスに同意を求めた。求められた彼女は 「ねーッ」と笑顔。 語尾にハートマークがくっついた、あまりにも端的過ぎる説明であった。それだけでは理解できないと、アサミは再び助けを姉妹に求める。 「言っただろう。ヴィクトリアが宣伝するのは、明日公開の映画だと」 撫子が答えた直後、試合場の照明が落ちた。たったそれだけなのに、観客席から歓声が上がる。暗闇になった会場には、ペンライトの星空が出現した。まるで、アイドル歌手のライブ会場である。 セリアスが小町に貸したライトノベル、ヴィクトリアシリーズは、現時点で外伝を含む15冊が刊行されており、累計で100万部を突破した大ヒット作である。 一昨年のアニメ化に続き、今年は実写映画が公開されることになった。その撮影場所として選ばれたのが、英国の丘である。1部はイギリスでロケを行ったものの、建物や町中でのシーンは、ほとんどがこのテーマパークで撮影されたそうだ。 「この時、ヒロイン役の女優によぅ似た案内用ドールがテーマパークにいてはったことが、今夜の試合の発端になったそうどす」 ヴィクトリアに愛を囁く男性キャラクターの1人、怪盗ナイトメアのビジュアルイメージが、グラップドールの雅様だということも原因の1つである。 ヴィクトリアシリーズを刊行している出版社と映画会社が、このドールをグラップドール用に改造してリーグに参戦、雅様と戦わせれば、いい宣伝になると考えたのだ。はじめは渋っていた英国の丘側だったが、テーマパークそのものの宣伝にもなるとして、ゴーサインを出した。 C社もこの申し出を受けたため、今回の試合が実現したのである。 「ってぇことは……今日の試合を見に来たのは、雅のファンだけじゃねえってことか」 「そういうことどす。あぁ、始まりますぇ」 照明が落とされた試合場へ、1人のドールが入場してきた。 「キャー! ヴィッキィー!」 セリアス大興奮。その横で雪乃も、ガラス窓にびったりと張り付いていた。 「ヴィッキー?」 どうやら今入場してきた、赤毛のドールの名前らしい。シャーロックホームズなどの小説に出てきそうな、古めかしい格好である。あまり詳しくはないが、あの時代の貴族の女性が乗馬をする時などに、あんな服を着ていたのではないかと思う。 「ヴィッキーというのは、ヴィクトリアの愛称のようだな」 セリアスから借りた文庫を解説書代わりにして、撫子が答える。 今回の主役は、観客の声援を全身に浴びながら、彼女はそれに答えることなく、キョロキョロとあたりを見回していた。 『この暗号が間違ってなければ……このあたりのはず──』 マイクを通して彼女の声が聞こえてきた。 どうやら、今回の試合前のパフォーマンスは演劇仕立てでいくらしい。そうと悟ったファンたちは自然と声を押し殺した。 キャラクタービジネスとしての面が強く押し出されるようになってから、試合前にこういったパフォーマンスが用意されることも珍しくなくなっている。 リングに続く花道を、ヴィクトリアは探し物をするようにあたりを見回しながら歩いていく。歓声が雨のように降り注ぐ中を歩くのは、なんだかとっても気持ちがいい。今日の主役は自分なのだという実感がわいてくる。 花道を歩ききったヴィクトリアは、リングの上に置かれている宝箱に目を向けた。 『あった! あれだわ!』 小走りに駆け寄り、宝箱を開ける。中身は空っぽだったが、そんなことは観客には分からない。これを探していたのよと喜んでみせ、ヴィクトリアは立ち上がる。 リング全体を照らしていたライトが絞られ、ヴィクトリアだけに照明が当てられた。それと同時にスピーカーから前奏が流れてくる。 会場全体から、期待のこもった吐息がこぼれた。ぐっと拳に力をこめ、息を吸って、ヴィクトリアは歌い始める。 この曲は、映画はもちろん、アニメでも使用されている挿入歌『恋いし君』だ。 「何なんだ? この歌?」 ついぞ聞き覚えのない歌に、アサミが首をかしげた。彼女の疑問に答えてくれたのは、セリアスである。 「『恋いし君』です〜。ヴィッキーのリカルド王子への恋心を歌ったキャラソンなんです〜」 「リカルド王子っていうのは、ヴィッキーの上司みたいな人でね、この人からの指令を受けてヴィッキーは悪いやつをやっつけるのよ」 ガラス窓にべったり張り付いたまま、雪乃も説明してくれた。 「ふうん」 アサミにとってはどうでもいい話である。こんな歌なんてどうでもいいから、さっさと試合を始めてほしいというのが、本音だった。 そうこうしているうちに1番が終わったようである。間奏に入りしばらくすると、曲調が変わった。 ヴィクトリアを照らしていたスポットが消え、入場口に新しいライトがともる。場内がピンと張り詰めた。 『さえずる小鳥よ 君の恋の歌 誰がために捧ぐ』 朗々とした歌声に、会場が揺れる。歓声が津波のように湧き上がり、それを当然のものとして受け止めるのは、雅だった。 いつも白や紺の衣装を好む彼女だが、今日の衣装は黒。背中に羽根を背負ってはおらず、かわりにくるぶしまで届く長いビロードのマントを羽織っていた。 「「ナ・イ・さ・ま・ぁ〜〜〜〜っっ!!」」 セリアスと雪乃の2人が、きゃあきゃあと騒ぐ。 「うっせぇよ、おい!」 たまらず悲鳴をあげるアサミ。それでも2人は静かにならない。 「静かにでけへんのどしたら、無理やり黙らせますぇ!」 白檀の扇をぱしっと手に打ちつけ、小町が言う。 とたん、関係者席が水を打ったように静かになった。このへんは、さすがである。セリアスと雪乃は、しゅんと小さくなって「すいませんでした」「ごめんなさい」と謝罪を口にした。 バーサーカーモードへは移行していないのだが…… (今、マジで角が見えたぜ) おお怖ぇ。アサミは思わずぶるっと身を震わせる。 観客席でそんなやり取りが行われていることなど露知らず。リングの上では試合前のパフォーマンスが続けられていた。 今夜の試合は、探していた宝箱を巡ってヴィクトリアとナイトメアが戦う、という筋書きである。 その筋書きにいたるまでの劇を披露しながら、雅は内心で失笑していた。ちらちらと送られてくるヴィクトリアの意味深な視線がその原因である。 目は口ほどにものを言う。その言葉通り、彼女が何を言わんとしているのか、雅は簡単に察することができた。 ヴィクトリアは、雅に負けを要求しているのである。 (困った仔猫ちゃんだ) 表情には出さず、雅はくすりと笑う。彼女は、こちらの過去の実績を知っていてこんな要求をしているに違いない。 雅は とはいっても、ドールにはいろんなタイプがいる。真剣に相手をしなくては失礼にあたると感じるドールだって少なくない。そういう場合はちゃんと相手を務めさせてもらうが、そうでない場合は雅から負けを宣言してリングから降りることも少なくなかった。 そんなわけで、ついた呼び名が『予想屋泣かせの雅』である。どんなにスペックが勝っていようとも、リングの駆け引きしだいではあっさりと負けを宣言してしまう。そんなところからつけられた名前であった。 そのことを非公式に聞いた雅は、苦笑いをしたものである。 「こういうドールが一人くらいいたっていいんじゃないかな? 面白みがあっていいと思うけどね」 雅の意見を聞いた斉藤女史は、それもそうだとけらけら笑っていた。 (……確かに勝ちを譲ってもいいかな、とは思っていたけれど、ね) このようなアプローチを行ってくるのは、何もヴィクトリアがはじめてではない。雅のポリシーが広く知られるようになった最近では、はじめから負けを期待して、アプローチをしてくる相手も珍しくないのである。 そういう相手に対して、雅は手加減を加えながらもすべて勝利を手にしてきた。 試合は、真剣勝負だからこそ美しいのである。 「この箱の中身は、あなたみたいな下賎な盗賊風情に渡せないわ」 言いながらヴィクトリアは、腰に佩いていた剣を抜いた。それを構え、切っ先を雅に突きつける。 「おいおい。勘弁してくれよ」 答えるセリフは、ナイトメアのもの。女子供に剣を向ける気はないんだと続けるが、ヴィクトリアは引かない。 「オーケー、分かった。ミルクは卒業ってわけだな」 大げさに肩をすくめてみせてから、雅は腰の剣を抜く。 こうして演技を続けている間もヴィクトリアからのアプローチは続いていた。なかなか熱心というか、なんと言うか……思わず苦笑がこぼれそうになる。 試合の趣旨を考えれば、ここは負けるのが上策だろう。けれど、八百長試合は雅のポリシーが許さない。 (それに、守らなくちゃいけない約束があるからね) 「ビターな大人の世界、体験するかい?」 とたん、会場から黄色い声が沸きあがる。 勝負の軍配は、あっさりと雅にあがった。 彼女にしては珍しく速攻で勝利の御旗を奪いに出たからである。 グラップドール用に開発された雅と、元テーマパークの案内用ドールヴィクトリア。経験も性能も、大きく差がありすぎたのだ。 勝ちに来た雅にヴィクトリアが対抗できるはずがない。 「ビターな体験、癖になるなよ?」 リングの隅に追いやられていた箱を持ち、雅はヴィクトリアへウインク1つ。彼女をその場に残したまま、リングに背を向け、去っていく。 会場は割れんばかりの黄色い声に彩られる。 「おいおい、勝っちまったぜ? いいのかよ?」 「そら勝っても構わへんのどっしゃろけど……何や雅はんらしゅうない勝ち方どしたなあ」 雅が速攻で試合を終わらせるなんて、今までなかったことだ。なので、純粋なGDファンは全員が狐につままれたような顔でぽかんとしていた。 例外なのは、ヴィクトリアシリーズのファンである。 「この試合、ナイさまとヴィッキーの初めての出会いを再現したんですねえ!」 「い・や・あ〜ん! ナイさま〜ぁ! 私もビターな体験させてほしいです〜ぅっ!」 雪乃とセリアスが、くねくねと身を捩じらせてもだえているように、会場内のファンもうっとり頬を赤らめていたのであった。 |