レナケウス退治は、その後も休憩を挟んで続けられた。あの特撮の基地のような場所から、ジェーンという女性がレナケウスの居場所についてナビゲートしてくれているため、連中を探し出すこと自体はさほどの苦労はなかった。ただ── 『陽平様、今いらっしゃる方向から東、300メートル先です』 「うおっ?!」 頭の中で突然、声が響くのは勘弁してほしい。イヤホンのような物をくっつけているのに、何故か声は耳ではなく頭の中に直接届くのである。 『まだ慣れませんか?』 「すんません……」 困ったようなニュアンスを含むジェーンの声に、少年忍者はしおしおと項垂れた。 他の2人はどうなんだろう? これにはすぐに慣れたのだろうか。そんな疑問が頭をよぎった。直後、 『柊様と楓様も、陽平様ほどではないにしろ、戸惑っておられますね』即座に返答があった。 心臓に悪いったらない。 「あの、カルニィさん、これってどうやったら慣れるんすかね?」 「常に話を受ける態勢を作っていることです」 「な、なるほど……」 アドバイスを受けたと同時に、陽平の目に樹上にいるリスが一匹。早くもレナケウス化が始まっているらしく、背中の部分に緑色の針がうっすらと見える。 「悪ィな……」 地面を蹴ってリスがいる位置まで飛び上がると、火遁を用いてそれを片付ける。 「……後味悪いっすね」 いたいけな小動物を片付けるなんて、良い気分のものではない。 片付ければ片付けるほど陰鬱な気分になっていく。 乱暴に頭をかき、陽平はため息をついた。 こんなこと、さっさと終わらせてしまいたい。 「君は優しいのですね」 「ンなこと……ないっすよ」 こんな風に思うのは誰だって同じはずだ。 儚げにに笑う青年へ、陽平も力なく笑いかける。 その時だった。 『大変です! かなえ様にレナケウスが接近しています! すぐにかなえ様のところへ向かって下さい!』 頭の中でジェーンの悲鳴に似た声が響き渡った。 「何だって?! カルニィさん、かなえって戦えるんですか!?」 「カナエはグリモワール様にも負けない子ですが、戦えるわけではありません。急ぎましょう」 アレにも負けないってそれは凄いことなんじゃないかと思ったが、陽平は口に出さずにおいた。 ジェーンの話によると、陽平とカルニィがかなえに一番近い位置にいるらしい。 「かなえの身に何かあったら……!」 全力疾走をする陽平に半歩ほど遅れて続くカルニィの顔は、青ざめているように見える。 自分を取り巻くことのほとんどがどうでもいいと感じていると言っていた彼だが、かなえのことは別らしい。 必死になれる何かが彼にもあるのだと知って、陽平は少しだけ安心した。 「あ〜もう……土曜日が一番憂鬱やわ……」 通学バスからおりて家路を歩くかなえは、かったるそうに呟いた。たった半日のためだけに街まで出て行かねばならないのが面倒くさいのである。 「土曜日も1日授業にしてくれたらええのに」 もしくは土曜日だけの部活を作ってくれるかだ。 「どっちも望み薄やな……」 いっそのこと、街で何か習い事をして時間を潰すのも良いかもしれない。今後のことを考えれば──かなえは総馬の王嶺寺重工を継ぐつもりでいる──英会話などが良いだろうか。「あー……図書館とかに通うのもえぇかもな。経営とか経済とかマーケティングとか企画とかプレゼンテーションとか、気になるのはようけあるしなぁ」 高校は商業系に進むのが良いのか、それとも普通科に行ってから経営に関係しそうな大学の学部に行けば良いのか。悩みどころである。 「秘書検定とか受けてみてもええな……」 中学1年とは思えないくらい、しっかりと進路を見据えている娘であった。 考え事をしてはいたが、がさがさと枝葉が揺れる音がしたのをかなえは聞き逃さなかった。 「何や?」 歩くのをやめ、眉間に皺を寄せる。この道を使うのは、石守邸に住んでいる人間くらいのものだ。山に住む動物も、バス停に続くこの道の側には近づかない。 たまにクオンが 「誰かおるんか?」 通学かばんを持つ手に力をこめ、かなえはがさがさと音のした方向を睨む。不審者だったなら、大声を上げてかばんで一発食らわせてやろうと思ったのだ。 『オマエ、オオキイ。イイナ、オマエ』 「はあ?」 がさごそと枝葉を揺らして茂みから現れたのは、緑のハリネズミ人間だった。かなえは石守邸の方へ小走りに進み、ハリネズミとの距離をとる。 このままダッシュして逃げても良かったが、追いかけて来そうな気がしたのでやめておく。 ハリネズミ人間の動きは、油の切れたブリキのロボットみたいでぎこちないが、逃げきれるという予感はこれっぽっちも浮かばなかった。 (クオン、エナ、おカルさん、グリさん……! 誰でもええわ。気ぃついてくれへんやろか……) 彼らのうちの誰かが来てくれれば大丈夫だ。その確信が、かなえにはある。 今の自分にできるのはちょっとでも時間を稼ぐことだ。そして、そのためにはハリネズミから目を逸らすわけにはいかない。目を逸らした方が負けだ。 ハリネズミは、作り物めいた顔をほころばせ、 『オマエ、ナカマ。ソレガイイ』にたにたと笑った。 「なんでやねん! そんな格好、誰がするかっちゅうねん! 冗談顔だけにしいや!」 『ジョウダン? チガウ。オレ、ホンキ』 「なお悪いわ!」 怒鳴り返し、かなえはふーっと全身の毛を逆立てた。 『オレ、ナカマホシイ。オマエ、ナカマナル。オレ、ウレシイ』 「は! アンタは嬉しいかも知れへんけど、ウチは嬉しないわ! 名乗りもせんで、オンナ口説く気ィかい! 大体、こんなセリフでオンナ口説けるっちゅー了見が信じられへんわ! コミュニケーションのとり方、イチから勉強しなおさんかい!」 総馬がいたら、コミュニケーションとかそういう問題とちゃうやろ! とツッコミが入るところだ。 『コ、コミュニ……?』 この単語、生物学的には植物に分類されるレナケウスには縁のない単語である。訳が分からなくて、彼は首を傾けた。 「っちゅーか、何モンやねんアンタ」 ここまで言いたい放題に言っておいてなんだが、あまり刺激しすぎて怒らせるのもマズイ。 腕ずくでこられるとかなえは圧倒的に不利である。 いつでも逃げられるように、じりじりと後退して緑色のトゲ付全身タイツから距離をとっておく。 『ナゼ、ニゲル?』 「何で逃げへん思うんかが不思議やわ」 引きつった笑いを浮かべつつ、かなえは逃げの体勢を作る。 『イタクナイ。ダイジョウブ』 「予防注射しようとする小児科医かいな。悪いなあ。ウチ、初対面の人間の言うことを素直に信じるほど、人間できてへんねん」 いよいよ逃げるかと決心しかけたその時、 「カナエ!」 「大丈夫か?!」 カルニィと陽平の声が後ろから聞こえて来た。 「おカルさんっ!」 陽平たちが現場にかけつけた時、かなえはまだ無事だった。少女は3メートルほどの距離を置いて、レナケウスと対峙していたのである。 後から思えば、この時に攻撃していれば良かったのだ。 声をかければ普通の人間は振り向く。その習性を利用してかなえの注意をこちらにひきつける。と同時に、レナケウスへ攻撃していれば、彼女はレナケウスが倒れる瞬間を見ないですむ。 陽平やカルニィの技量があれば、それくらいのことは容易いことだった。 しかし、現実は…… 『ツカマエタ』 陽平たちがしたのは、かなえに声をかけることだけ。少女はこちらを振り返り、それが隙に繋がった。 「うわ?! ちょ、何すんねん!? 放さんかい!」 かなえがレナケウスに捕まってしまったのである。 「しまった!」 『ウゴクナ。オマエラ、テキ……』 己の優位を信じて疑わない笑みを浮かべ、レナケウスは陽平たちに一瞥を向けた。 『テキ。ナカマ、スル、イイ』 「冗談じゃねえ……」 顔をこわばらせながらも、陽平はハリネズミ人間の言葉を拒絶した。 「そんなの死んでもお断りだね」 『コイツ、ナカマ』 「冗談顔だけにせえて言うたやろ?! そんなダッサイ全身タイツ着るくらいやったら、豆腐の角に頭ぶつけて死んだほうがマシやわ。っちゅーか、おカルさん、何なん、コイツ?!」 レナケウスに拘束されたまま、かなえがカルニィにたずねた。問いかけられた青年は冷静を保とうとしながらも、動揺を隠し切れないまま、レナケウスという生き物について説明する。 その説明を聞くとはなしに聞きながら、陽平は不謹慎にも別のことを考えていた。 (カルニィさん、おカルさんって呼ばれてるんすか?!) 日本の茶の間を代表する海産物一家のご近所さんじゃあるまいし。もうちょっと何か良い呼び方があるんじゃないか。カルニィさんの何が悪いんだろう。 そういえば、かなえはグリモワールのこともグリさんと呼んでいたようだ。絵本に出てくる野ねずみ兄弟の片割れかよとツッコミたくなる呼び方である。 「──という生物なんですが……」 青年がしどろもどろながら説明を終えると、かなえの表情が見る見るうちに剣呑になっていく。火がついた導火線みたいだったと、後に陽平は証言している。 「カナエ!」 「どうなった?!」 「大丈夫か?!」 「かなえさん!」 エナと柊、クオンと楓の4人の到着と同時に、かなえ爆弾が炸裂した。その威力たるや、フウガマスターでも白旗を掲げて降参するしかないと思われる。 「ふざけるんやないわー!!」 第一波。耳の奥が、キィーンと悲鳴を上げた。 「何やねん、ジブン。不法侵入もええとこやないか! 人様の土地に勝手に入り込んどいて、我が物顔で何してくれとんねん?! 殺人罪と傷害罪と脅迫罪もおまけにつけて訴えるで!!」 「おいおい……」 「や、何かチガウからソレ」 「訴えるって……どこに訴えンの?」 陽平と柊は、え゛え゛っと前傾姿勢になる。 「昨日今日来たばっかりの余所モンがデカい顔するんやないわ! 水族館のサメかて、水槽に入れられたら先輩に遠慮するんやで?! 海ン中やったらざっぱざぱ食べてる魚に気ぃ使ぅて食べへんねんで?! やのに、アンタはッッ! 人と話せるアタマあるくせしてサメに負けてるてどないやねんな?! 恥ずかしいとは思わへんのか?!」 「水族館のサメって…………」 ここでそんなものを引き合いに出すなんて、思いつきもしなかった。 高校でもトップクラスの成績を誇り、勇者忍軍の参謀としても活躍する楓だったが、この展開にはついていけない。というか、この調子でぽんぽん言われたら、絶対に反論できないと楓は確信した。 「カナエ、文句を言うだけ無駄よ。レナケウスの頭には増えることしかないの」 ひょいと肩をすくめて、エナが言う。会話能力はあっても、レナケウスは、所詮植物だ。ザイィでは交渉とかそういう試みは一切試されない。せいぜい、増えるのはやめろと呼びかけるくらいである。それだけに、かなえの行動は、エナにとって少々興味深いものがあった。 「増えることしか考えてへんやて?! 人と会話できる脳みそあるくせに、それだけしか考えてへんて……ゾウリムシとか菌類と同レベルやんか!? うっわ、恥ずかし! その頭、飾り?! 飾りなん?! ちゅーかゾウリムシレベルなんやったらそれらしくミクロの世界でせせこましく増えとったらええねん! 態度もカラダもデカいでジブン!!」 人質が一番元気って、どうなんだろう。 「すげーな、かなえ……」 「えぇ。昨日のエナさんとのやり取りなんて、まだまだ可愛いものでしたね……」 「あんたが最強って、ヨイショしたくなンね」 息せき切って駆けつけた自分たちがバカみたいだ。 さっきも思ったが、陽平のライバル釧や人類最強も過言ではない父雅夫も、かなえの舌鋒の前にはひれ伏すしかなさそうだ。 ちらりと横目でクオンたちを見れば、人間サイズになった妖精はやっぱりなあというような顔をしており、エナは頭が痛いとばかりに額に手を当てている。カルニィは、相変わらずおろおろしていた。 『オマエ、イウ、ワカラナイ……』 人質をとって有利なはずのレナケウスも、かなえの罵倒に圧倒されている。 「分からん! ああ、せやな。その頭飾りやったもんな。分かれっちゅーほうが無理か。ほなら、分かりやすく言うたるわ。迷惑やさかい、帰れ! MIB呼んだるさかい、星に帰れ!!」 どうやって呼ぶんだ、MIB。 『オレ、ココデ、フエル。ソレダケ……』 「何がそれだけや! 寝言は寝てから言うもんや! 遠慮せえ、気ィ使え言うとるやろ!! 梅雨時の黒かびみたいにぽこぽこ増えられても困るっちゅーねん! カビ取りハ○ターで、その全身タイツこすったろかぁッ!?」 とうとう、カビ扱いか。 「菌類なら菌類らしく、無意味にそのへん漂っとったらええねん!」 『オレ、フエル……』 「その図体でぽこぽこ増えるな、言うてるやろ! 増えたいんやったら、ミクロの世界で増えたらええねん!! その図体で増えたいっちゅーんやったら、義理人情、遠慮と気働きのコミュニケーション能力身につけんかい!」 『オレ……』 「何べんも同じこと言わせるんやないわ! ウチはそないに寛容やあらへん!! コミュニケーション取る気もあらへんようなのを受け入れられるほど博愛精神あふれとらんし、ボランティア精神も持ち合わせとらんねん!」 かなえは言うと、強引にレナケウスの拘束を振りほどいた。少女の勢いに負けていたハリネズミは、あっさりと彼女を手放し、 「コミュニケーション能力磨いて、その全身タイツ脱いでから、出直してこんかい!」 スパーンッ!! どこに隠し持っていたのか、かなえは、ナニワ芸人お馴染みのツッコミアイテムハリセンをハリネズミ人間の顔面に直撃させる。 『ナ?!』 想像もしなかった攻撃に、ハリネズミは後ろへよろけた。 かなえが反撃するなんて想像していなかったのは、陽平たちも同じである。舌技に度肝を抜かれていたということも重なって、彼女を助け出す絶好のチャンスだというのに動けなかった。 代わりに動いたのは、クオンたちである。この辺は、経験の差というやつに違いない。 「 カルニィが太刀を地面に突き刺す。と、そこを始点に炎の縄が走り、蜘蛛の巣のような物を編み上げながらレナケウスを拘束した。 『グァ……?!』 炎の縄が触れた所から、ぶすぶすと煙が上がる。レナケウスの身が焼けているのだ。 「カナエ!」 「うわ?!」 突風が吹いて、かなえの体がエナの方へ引き寄せられる。こんなこと偶然ではありえないから、エナが魔法を使って少女の身柄を確保したのだろう。 この辺のチームワークはさすがとしか言いようがない。 人質が解放されたなら、攻め時は今だ。 クオンはレナケウスとの距離を詰めていく。 『オレ……! フエルッッ!!』 炎に拘束されながらも、ハリネズミ人間は身を捩り、逃れようともがく。興奮のためか、全身から生えた管の先端から、ぶふーっと緑色の粉が噴き出した。 「胞子?!」 「──ッ、風遁!」 印を組み、術を発動させたのは楓である。 陽平と柊は、かなえのマシンガントークから立ち直りきれていなかったようで動作が遅れた。 本来ならばカマイタチによる攻撃、あるいは移動速度のアップといったことに使われる術だ。 普通に風を吹かせるだけ、という使われ方はあまりしない。 「上出来だわ!」 楓が用いた風遁は、あくまで胞子を自分たちから遠ざけることが目的であった。そのままにしておけば、森の生き物たちが吸って、新しいレナケウスを生み出すかもしれない。それを防いだのはエナである。 「スマラグドス!」 両手の指先を使って空中に魔法陣を描き、 竜巻は周辺に拡散するところだった胞子を集め、 「エナ、こちらに!」 どこに持っていたのか、カルニィがオレンジくらいの大きさの球体を彼女に示す。 「流石ネ。用意の良いこと!」 エナはにっと口元をほころばせると、竜巻を操作して青年が持つ球体に向かわせた。 「ちょっ?! おカルさんを粉まみれにする気かいな?!」 「それを吸うとレナケウスになるんだろ?!」 かなえと陽平が、ぎょっとした顔で声を荒げた。 「大丈夫ヨ!」 そんな二人へ、エナは魅力的なウインクを送る。 「カペレ!」 シャボン玉のような色合いの珠をカルニィは、高く掲げた。そこへ竜巻が吸い込まれていく。 「これは、こういう時に使われる捕獲用の魔導具なんですよ」 シャボン玉からラムネの瓶のような色合いになった珠をかなえたちに見せ、カルニィは微笑んだ。 「魔法の技術ってすごいんですね」 「凄いんは凄いけど……こんなんを持ち歩いてんとアカン世界っちゅーんもどうかと思うで」 「……それは、そうですけど……」 リードの技術を流用した風雅忍軍の技術は、ガーナ・オーダの進攻に対抗するためのものだ。 必要は発明の母というが、かなえの言うとおり、あんな物を持ち歩いていなければならない世界というのは、どうなのだろう。楓の尺度からしてみれば、かわいそうな世界ということになる。 「私は採集士ですから、こういう物は日常的に持ち歩いているんですよ」 普通の人は持ち歩いたりしませんと、カルニィ。 採集士って何だろうと疑問に思った楓だったが、その問いは喉の奥に飲み込むことにした。 まだ最後の大一番が残っているからである。 「……増殖をやめる気はないか?」 レナケウスの前に立ったクオンが、問いかけた。 ハリネズミ人間は、全身から細い煙を立ち上らせながら、全身を横に振って少年の問いを拒絶した。 『オレ、フエルッ! フエル、タノシイ! フエル、スキ! フエル、ヤメナイ!』 「無節操に増えられると困るんだよ」 『オレ、フエル! ホカ、シラナイ!!』 譲ることを知らない子供の言い分である。 逃げようとするレナケウスの前に、クオンはため息と共に手のひらを突きつけた。「 突きつけた手のひらを中心に炎が花開く。 蓮の花にも似た美しい花は、命を喰らう徒花である。 レナケウスを糧に、炎の蓮は艶やかに咲いた。 陽平の持つ転写の クオンの元へ集まっていく巫力。常ならば色彩など見えないそれが、なぜか赤く輝いて見えた。 赤い粒子はクオンの体へ消えていく。 そして、彼がかざす掌から花弁を構成するパーツとなって姿を現すのだ。 自分たちの場合、巫力を集めただけでは、炎にならない。炎にするための火種が必要不可欠だ。 真似できそうで、できない。 世の中──いや宇宙というものは、こんなに広いのかと改めて思い知らされたような気がする。 「これで全部みたいだな」 「ええ。そのようネ。カナエ、怪我はない?」 「怪我はしてへんけど……結局、何やったん?」 「偶然こちらにたどり着いたレナケウスが、先住民の都合も考えずに勢力を伸ばそうとして失敗した……というところでしょうか」 緑色の珠と太刀をベルトに下げた円形の板に戻し、カルニィが説明する。かなえが捕まっていた時の狼狽ぶりを微塵も感じさせないくらい、今は落ち着いていた。 「これで仕事は終わりっ! ジェーンに美味いお茶でも淹れてもらおっかな。疲れが取れるってやつ……」 う〜んと伸びをしたクオンは、ぽんっと見慣れた妖精サイズに戻った。ふよふよと宙を漂う様は、宇宙遊泳を楽しんでいるようにも見える。 「お疲れ様。これでレナケウス退治は終了ヨ」 「あ、うん。……おつかれ」 「何か役に立てたのか分かんねーけど……」 一仕事終えたという実感が乏しい。陽平が困惑顔でいると、 「初仕事でこれだけ動けたら十分合格ですよ」 カルニィはおっとりと微笑む。普通は、レナケウスを見つけてもまごついてしまうものだと彼は言う。 「そうなんですか……」 こういう仕事は初めてだが、戦闘そのものはもう何度も経験している。そういう意味では、初仕事ではないと言えるだろう。 「ウチは明美さんにお茶淹れてもらおー。甘めのミルクティーがええなあ。お石さん参りはその後や」 それにしても、陽平さんたちって強いんやね。ウチ、びっくりしたわと、かなえが笑いかけてくる。 「言ってなかったっけ? 俺たち忍者なんだよ」 「忍者! ふわ〜……そんなん実在してるんや」 「こっちはどうか分からねえけどな。俺たちの世界にはちゃんと実在してるぜ」 その証拠は、目の前にあるわけだし。陽平は得意半分恥ずかしさ半分で、鼻の下を指でこすりながら笑みを浮かべた。 「こちらにも忍者が実在していたのは間違いないと思いますよ」 楓は微苦笑を浮かべ、午前中、クオンに案内してもらった仕掛け道のことを話した。 「へえ、そんなのがあったのか」 柊と楓が苦戦した仕掛け道。ちょっと興味がある。休憩した後でクオンに案内してもらおうかと、陽平はふよふよと宙を漂う小さな背中に声をかけた。 くりんと後転をして振り返るクオンへ、海洋性哺乳類かお前はと内心でツッコミつつ、陽平は希望を述べる。 彼の希望を聞いた人型海洋性哺乳類は「いいぞー」とあっさりうなずいた。 その日の夜である。 柊は1人で、街を一望できるバルコニーに居た。山の中の一軒家のせいか、あたりは真っ暗で星空が良く見える。頬を撫でる夜風が、気持ち良い。 「何だかなあ……」 柊にしては珍しく力のない声が漏れた。原因は、クオンが案内した仕掛け道である。 柊と楓があまり良い顔をしなかったそれを、陽平は大いに気に入ったのだ。ひとっ走りして冷や汗と普通の汗をたっぷりかいた後、 「はっはー、なるほどなあ。こりゃあ面白ぇわ」 陽平はそう言って目元をほころばせた。 「だろだろ?」 「なんつーか、こう……燃えてくるよな!」 「やれるもんならやってみやがれって、思うんだよな」 分かる分かる。宙で胡坐をかいたクオンは、何度もうなずいた。生粋の忍者バカと無農薬栽培闘士は気が合うようである。 仕掛け道の攻略について、見本を交えつつあーだこーだと日が落ちるまで話し合っていた。 それを複雑な目で眺めるのは、無農薬栽培忍者であるはずの双子の兄妹。 陽平が、忍者という生き方に強い憧れを持っているのは知っている。彼は忍者という生き方が併せ持つ負の側面、狂気と正気が交じり合った奇矯な精神構造を知らないから『憧れ』を口にできるのだ。 けれど、双子はそれで良いと思っていた。彼が忍びの闇を見る日は来ないほうが良いとさえ思っている。 彼が、忍びが持つ負の世界を見てしまったなら、その瞬間から『勇者忍軍』とは名乗れなくなってしまうように思うからである。 勇者忍軍とは、彼の憧れる忍びそのものでなくてはならないのだ。それは生まれながらに忍びの闇に身を置いていた双子には示すことのできない道である。 二人にとって、風雅陽平とは、その名の通り陽の光に満ちたやすらかな(平には、平和・平穏に表されるやすらかという意味がある)所へ至るための導のような存在なのだ。 知らないから、言えることがある。 知っているから、言えないことがある。 もちろん、その逆だってある。 何も知らないくせにと、楓は陽平に反発した。 何も知らない陽平は、柊の目に眩しく見えた。 「……でも、クオンは違うだろ?」 夜景を見ているようで、見ていない。柊は苦しそうに唇を噛んだ。 クオンは知っているはずである。 闘士の闇を。それがどんなものなのか、柊には分からないが想像することは容易い。 なのに、どうして屈託なく「闘士になりたい」と言えるのか、柊にはどうしても理解することができなかった。 姉と比較され続けたコンプレックスから、文句の付け所がないクノイチになりたいと思うようになった楓のように、彼にもそのような相手がいるのだろうか。 「分かンねえよなあ……」 髪の毛をかき回し、柊はバルコニーの手すりに両肘をついた。両腕で頭を抱え込み、くそうと悔しげに呻く。 うぎゃーと大声で叫びたい気分だ。もやもや、ぶすぶす。頭の中で季節はずれの台風が暴れまわっているみたいだった。気分が悪い。むしゃくしゃして仕方がなく、何でもいいから八つ当たりしてやりたかった。 忍びとしては致命的な感情である。 「柊さん、月に向かって遠吠えでもすんの?」 おりしも空にはまん丸な月が浮かんでいた。パートナーの忍び巨兵が狼をモチーフとしているだけに 「……しないよ」振り返って答えた顔が、少し強張ってしまったのは愛嬌の範囲だろう。 風呂上りらしいかなえは、頭の上に緑色のぬいぐるみを乗せていた。鳥のようだが、少し変わったデザインである。目はなく、そのかわりに枝のようなものがくっついていた。同じものが羽の付け根にもくっついている。 「何や眉間にシワ寄っとるけど、夕飯口に合えへんかった?」 「晩御飯は美味しかったよ」 感情を殺すことは忍びのお家芸だったはずだ。それなのに、素人の娘にここまであっさりと心中穏やかでないことを見抜かれるとは……修行不足を指摘する姉の顔が目に浮かぶ。 柊の様子が気になったのか、かなえは考え込みながら近づいてきて、少年の横に並び。 「はっは〜ん。さては……おせんらにオモチャにされたんやろ?!」 くわわっと目を見開いて叫ぶ。後ろに雷が走ったように見えたのは絶対に気のせいだと思いたい。 おせんというのは、明美が飼っている猫の名前である。 「そんなわけないジャンッッ!」 猫に人間が遊ばれるなんてありえない。しかし、 「クオンはよぅ遊ばれとるで?」 明美が飼っている猫三匹と犬一頭は、クオンで遊ぶのが非常にお気に入りなのである。彼は彼でそれを楽しんでいるフシがあるので、かなえとしては「アホやろ」としか評しようがなかった。それを聞いた柊は、 「そ、そうなんだ……」がくりとうなだれた。 何をやってるんだという思いと、さすがはクラゲの妖精だという思いが半々に混ざり合う。 「じゃあ、バランガにいじめられたとか?」 頭上の鳥もどきを見上げ、かなえが言った。 とたん、緑色の物体はキュッピキュピキュキュ、怒り出す。 「それ、ぬいぐるみじゃないンだ」 「ちゃうちゃう。ツリードラゴンて言うんやて」 「ドラゴン? 鳥にしか見えないけど……」 「ドラゴンやからて、全部が全部トカゲの親玉みたいな姿をしてるとは限らんねやて。グリさんが言うとったわ」 この緑のもこもこ、正当な飼い主はかなえではなくカルニィらしい。けれど、バランガはかなえの頭の上がお気に入りらしく、しょっちゅう飛んできては座布団代わりに座っているのである。 「あのさ、かなえちゃんに聞くのもどうかと思うンだけど、1つ聞いていいかな?」 「ウチが知ってることやったらえぇけど、何やろ?」 ぐりんと首を傾けると、頭からずり落ちそうになったバランガがキュピキュピ文句らしきものを言った。微笑ましい光景である。 「クオンってさ、昔っからああなのかな? その……ずっと闘士になりたいって言ってたのかってことなんだけど……」 「さあ? その辺はちょっと……けど、ヒーローに憧れるんは男のサガや言うておとうちゃんと盛り上がっとったことはあるで」 「ヒーロー?」 「そない言うとったで……せや。バランガ、ちょぉ悪いけどグリさん呼んできてくれへん? クオンから聞くより、グリさんから話し聞いたほうがよさそうやわ」 初めは難色を示した鳥もどきだったが「ウチの頭の上はタダやないで」 少女が凄みを利かせると、きゅぴっと敬礼をしてどこかへ飛んでいった。 「手懐けてンね」 「こんなん、どっちが上か分からせたったらイッパツや」 どんなに小さかろうと相手はドラゴンである。それを手乗り文鳥か子犬をしつけるみたいにさらっと言ってのけるあたり、彼女も只者ではない。 「ウチからも聞いてええ? ──何でそんなん気にするん?」 問いかけるかなえは、大人びた穏やかな顔をしていた。 「んー……ちょっとね、気になったンだ。オイラと……ううん、オイラたちとクオンって似てるからさ」 「似てる?」 かなえが鸚鵡返しに反芻するのと、 「 グリモワールの怒鳴り声が聞こえて来たのはほぼ同時。その後、野球ボールより一回り大きいくらいの物体がてんてんっと柊の足元に転がってきた。 「グリさん、ごめん。ウチが呼んできてって頼んでん」 「……っち。そういうことならしょーがねえな」 答えたのは、柊の足元に転がる白い物体である。やや遅れて、少年はそれが爬虫類人間の頭蓋骨であることに気づいた。 「ちょっ?! 頭外しちゃうわけ!?」 「好きで外してるわけじゃねえ!」 頭蓋骨が抗議の声をあげた。弟子がメルヘンの世界の住人なら、その師匠はコミックホラー世界の住人らしい。 「お前、今すっげー失礼なこと思っただろ」 「そんなことは……」 つつーっと目を逸らしてみたが、グリモワールの疑念の目は柊に注がれたままである。 「ま、いいか。で、何の用なんだ?」 どこからともなく現れたボディが、少年の足元に転がる頭蓋骨を回収し、定位置にくっつけた。 「柊さんがな、何でクオンは闘士になりたいなんて言えるんか、不思議なんやて。亀の甲より年の功言うやろ。骨んなってもしぶとくしつこく生きてるグリさんやったら知ってるんちゃうか思て」 「褒めてんのか、貶してんのか分かりゃしねえな、オイ」 ローブの袖から引っ張りだした煙管を口にくわえ、グリモワールはそうだなあと呟く。 「っつか、何でンなこと聞くよ? お前はお前だし、小僧は小僧だろ。聞いたところで何も変わんねえぞ」 「別に変わりたくて聞くわけじゃ……」 ただ不思議に思っただけだ。 あの歳であれだけの実力を身につけるには、血のにじむような努力をしてきたに違いない。それも小さな頃から強要されてきたはずだ。 「なのに何であんな風に笑えンのか、不思議でさ……」 「なりたいもんになろうと頑張ってる途中やもん。そら、笑顔かて自然と浮かんでくるんとちゃう?」 かなえはグリモワールに同意を求めた。魔道士はうなずく。 「だから、何でなりたいって思えンだよ?! 生まれた時から勝手に敷かれてたレールを無理やり走らされて来たンじゃないのかよ?!」 叫んでから、柊はしまったと思った。こんなのって、自分らしくない。──作ってきた自分とは違う。 かなえはあっけにとられてぽかんとしている。柊は慌てて取り繕うとした。なんてね♪ と笑顔を一つ作ってやればそれだけで外れかけた仮面が元に戻る。が── カーン。失格を告げる寂しい鐘の音1つ。 「ハズレー」 仮面を付け直すチャンスは、グリモワールの手によって奪われてしまった。 「な?! ハズレってナンだよ!?」 「小僧はな、身内が隠したがってたレールを自分で見つけて、走り出しやがったんだよ。止めとけって回りはさんざ止めたけど、蛙の子は蛙ってな。結局、止まんなくて今に至るわけだ」 口にくわえた煙管をぴこぴこ上下に揺らし、グリモワールはケケケと品のない笑い声をあげた。 あれは祖父のオラージュに連れられて、グリモワールの館に遊びに来ていた日のことである。 おれもちちうえみたいになりたい! たどたどしい言葉遣いで、幼い少年は祖父に縋り付いたのだ。普通なら「よし。なら、じいちゃんが教えてやる」とか何とかいって孫の夢を応援するのだろうが、オラージュは「しんどいし苦しいし面倒くさいし邪魔になるし鬱陶しくなるからやめとけ」と言った。 息子と娘が苦労しているのを見てきただけに、オラージュとしては孫までそんな苦労をしなくていいと思ったのだろう。 グリモワールも「他の流派に入門した方が面倒なくていいと思うぜ」と四聖武への入門には難色を示してやった。恩着せがましい表現なのは、クオンの入門先になんてまったく興味なかったからである。 が、あの少年は「ヤダ!」とごねた。 祖父も「教えるのヤダ!」とごねたので──幼児と同レベルのじじいの方が嫌だっつのと、グリモワールは吐き捨てたものだが──その場はお預けになってしまった。 教えてやらないといわれれば、普通は諦めるところだろう。相手は、小さな子供である。 ところが、クオンは勝手に演武の修行風景を盗み見て、勝手に修行を始めてしまった。本山に住んでいるからこそ、できる裏技である。 結局、クオンの根性が勝ち、彼は正規に闘士の資格を得てみせたのだ。 「何で……?」 「強くて、大きくて、まぶしいんやって。ジブンもああなりたいんやって、言うとったわ」 柊が生きてきたなかで、そんな風に思えた忍びはたった一人。風雅陽平だけだ。 クオンは違うのだろう。 「柊さんはそんな風に思たことあらへんの?」 「ないよ。そんなの……あるわけない……」双子の妹と殺し合いをさせられるまではそんな風に思っていたかもしれないが──それも今では『思っていた』のか『思わされていた』のか分からなくなってきている。 「物心付いたときから、次の当主はお前だって言われててさ、修行修行の毎日で……」 必要なのは、風魔柊という個人なのか、風魔柊という優れた忍びなのか、分からなくなってしまった。いや、必要とされているのは後者なのだろうと思っている。 「冗談じゃないよね。まるで道具じゃンか……」 「えーと質問。それは面と向かって言われたことなん?」 「さすがにそれはないけど……」 でも、言動を見ていれば分かる。父の目も姉の目も、柊を血の通った人として映してはいないに違いない。 思い出すのは、楓と殺し合いをして目覚めた後のこと。姉が幼い柊の胸に突き立てた氷のナイフの鋭さと冷たさとあの痛み。 氷が浮かぶ真冬の夜の海に落とされたように思った。いや、事実落とされたのだろう。そして、風魔柊という個人は殺された。 「ヘビィな生い立ちなのは分かるけどな。あ〜……センセイ、ズバッとぶった切ってやってください」 言ったのはグリモワールだった。彼以外にセンセイなどと呼ばれるにふさわしい人がいるだろうかと、柊は伏せていた目を上げる。 頭の上に緑のもこもこを乗せたかなえと目が合った。 「ウチ思うねんけど、それって、反抗期っちゅうやつちゃうの?」 反っ抗っ期っ! 頭を金槌でガツンと殴られた気分だった。 「要するに、家族がジブンをどう思ってんのか分からんっちゅー、思春期にありがちな悩みでぐだぐだ悩んどるんやろ? んで、どう思ってのかずぱーっと聞かれへんで、うじうじしとるんちゃうん?」 思春期にありがちな悩み! ぐさっと言葉のナイフが胸に刺さった。姉から突き立てられたナイフも痛かったが、このナイフも痛い。 忍びの修行がどういうものか、事細かには話せないから大分言葉を濁したのだけれども──だからって、そういうのと同じ扱いは酷くないか? いやいや、知らないからこそ言えることは、けっこう核心を突いていたりする。 知っているから言えることと、知らないから言えることは、同じくらい価値のあるものなのだ。 それでも、かなえの突き刺したナイフは、柊の胸からどくどくと血を流させる。そしてちょっぴり泣けた。 「オイラ、すっげー深刻なんだけど……」 思わず恨みがましい目で年下の少女を見てしまう。彼女は悪びれる様子もなく、 「そらそうやろうけど、自分だけや思てるトコは間違いやで。新聞見てみぃな。なんでそんなことで……っちゅー事件はしょっちゅう起こってるやん」 そしてそれらの事件背景には、コミュニケーションの不足があげられている。そっくりやんかと、かなえは胸を張った。 ぐうの音もでない。 「そういうウチかて、似たような悩みあるしな」 「かなえちゃんも?」 これは意外だ。柊は目をみはる。 「せや。……もしかしたら似てへんのかもしらんけど。相手の価値っちゅうか意思を押し付けられとるっちゅートコは一緒やと思うわ。あんな、ウチ、柊さんらが出てきたあの石を守れって、1年くらい前に初対面の親戚連中から押し付けられたん」 あの時のことを思い出したら今でもはらわたが煮えくり返る。それだけでも腹立たしいのに、その後の親戚連中の態度も気に入らない。 石守にはふさわしくないだの、王嶺寺の娘として恥ずかしいだの、彼らは好きなことを言ってくれる。 「あの連中にとったら、ウチはウチやあらへん。石守でしかあらへんねん。それもジブンらが思てるような理想の石守やないとアカンらしいわ」 そういう意味で言えば、かなえは石守失格ということになる。「何かあるたびに、嘆かわしいとか大丈夫かとか、まあ〜うるさいうるさい」 「それで? どうしてンの? って、認めてもらおうって努力するしかないか」 楓がそうだったように、かなえも悔しさをバネに努力することにしたのだろうと、柊は考えた。 けれど、その考えは砂糖水に蜂蜜と生クリームを混ぜるよりもさらに甘かったのである。 かなえは言った。 「なんでやねん! 今でもその顔見たらぶん殴ったろか思うくらい嫌とる連中なんやで?! そんなんになんで気に入られなアカンねん! 雨がさかさまに降ろうが西から太陽が昇ろうが、そんなん絶っっ対ありえへん!」 フランス軍を勝利へ導いたジャンヌ・ダルクよりも雄雄しい姿がそこにある。 「あんまりにもムカつくから、ウチな、そんなにこの役目がほしいんやったらいつでも言うて来い! 言うてきたら即行で、綺麗にラッピングしてノシつけたった上に、象に乗ってパレードしながら渡しに行ったるわ! って啖呵きったったんや」 連中のぽかんとした顔、めっちゃ見ものやったでと少女は自慢げに笑う。 ちなみに、譲ってほしいという申し出は、今でも絶賛受付け中である。だが、誰一人として欲しいと申し出て来てくれないのが残念でしょうがない。 「ウチは本気やのに。根性あらへん連中やで」 「いやいや。くれなんて言えねえだろ、それわ」 腕組みをしたグリモワールが呆れ半分感心半分で少女を見ている。 「ホンマにほしいんやったら、どんな手ぇ使ても手に入れたるくらいの気概みせんでどうすんねん」 そんなわけで、親戚連中とは、今も冷戦状態にあるのであった。 「凄すぎる……」 強い。本当に強い。柊には逆立ちしたって、真似できないことである。 もしも、自分が彼女の立場になってしまったら……不平不満をぐっと飲み込んで、波風を立てないようにするだろう。楓だったら、ふさわしくあろうと努力するに違いない。 「ふさわしくなろうとは思わないンだ?」 「言うたやろ? あんな連中に気に入られようなんて、考えただけで鳥肌たつわ。だいたい、ウチほどおとうちゃんの娘にふさわしいオンナはおらへんいうのに、あの親戚連中、なーんも分かってへんねん。ド近眼頭の相手は疲れるでホンマ」 かなえにとっての王嶺寺とは、父の背中にあるものだ。その他の王嶺寺なんて、赤の他人で、その背中にあるものにもふさわしくなろうとは思わない。 「柊さんは、ふさわしくなろ思うん?」 「多分ね。そのほうがラクで良いよ」 人当たりのよい顔を浮かべるその下で、いつこの状況をひっくり返してやろうかとそのタイミングを見計らって生きることになるのだろう。 「ジブン殺して逃げとるだけやん。後でジブンがしんどなるだけや思うけど」 柊は苦笑いを浮かべる。 「その通りなンだけどね」悲しいかな、そんな生き方しか選べなくなってしまった。 「あのさ、かなえちゃんがオイラの立場だったらどうしてると思う?」 「間違いなくグレてるわ。万引きして捕まって保護者呼び出してもろて、情けない思いしてもらうっちゅーんがええやろか? それともケンカ沙汰で警察捕まって恥ずかしい思いしてもらうんがええんかな……」 どんな発想力だ。思わずコケそうになる柊だった。 「文句言われたら、こんなんにしたんは誰や思てんねん! て、ちゃぶ台の一つでもひっくり返してやな。一流の忍者が情けない言われたら、やったらすぐにクビにしたらええやろ言うてやなあ……」 ああ言われたらこう言い返してと、かなえは指折り例を挙げていく。しかも自分で文句を付けて、それに対して怒るのだから器用なものだ。 柊には、けっして真似ることができない。 「強いなあ……」まるで、鋼鉄の雑草のようだ。 「って、ウチのことはどうでもええねん。柊さんアレやで。さっさと本音白状してやな、一緒にケンカしてくれる相手見つけたらええと思うわ」 忍者とかそんなん関係ナシで、親子ゲンカしたらえぇねんとかなえは言う。 「親子ゲンカもできへんから、ヘンにうだうだぐずぐず、梅雨時の濡れた雑巾みたいなことになるんやって」その心はかび臭い。 返す言葉もないとはこのことかもしれない。 「親子ゲンカたぁ、若いねー」けらけらとグリモワールが笑う。「ま、それが若人の特権だわな」 何だか、若いからこその悩みだと結論付けられてしまった気分である。ただ、思いの深さの違いこそあれ、誰でもそういうことで悩むのだと気づかされたのは、ちょっと勉強になった。 「参考までにもう1つ。クオンは、親子ゲンカってしないの?」 「あー小僧はしねえな」どっちかというと、グリモワールとケンカすることのほうが多い。「あいつらが親子らしいことしてたのって、小僧が正式に入門する前までだったんじゃねえかな。してからは、ほとんどねえんじゃね?」 「それでも、クオンは父親らしいことしてくれてないって、怒ったりしないんだ?」 「してねえけど、大事に思ってくれてるってのは、分かってるからな。なんせ、孫ばか親ばか甥ばかの3ばかだ。本人たちバレてねえつもりなのが、すげえ笑える」 3人ともクオンの試験や試合はできる限り見ているし、見られなかった場合は必ず録画された記録を見ている。そして、はた迷惑にも「さすが我が息子(孫・甥)!」と叫ぶのだ。それが試合場にいるクオンの耳にまで届くのだから、近くにいる者は必ず難聴になってしまう。 穴があったら入りたいと、クオンはもらしていた。 「アホだろ」 はじめはクオンが四聖武に入門するのを渋っていた3人も、今では人目をはばからぬ、ばかっぷり。入門生の減少原因は、ここにもあるんじゃなかろうかとグリモワールは思っている。 「あー……クオンにちょっと同情……」 「ウチも同感」 少女の頭の上で、鳥型のぬいぐるみも力いっぱいうなずいた。 「苦労しとらへんようで、苦労してんねんなあ」 「そうだね。オイラだったら耐えられないかも……」 星が瞬く夜空を、若者2人はしんみりした表情で見上げる。 世の中には、自分よりも苦労している人がいるんだなあとつくづく感じさせられた夜であった。 |
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