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オリジナルブレイブサーガSS
外出にはヒミツがついてくる



 夏の盛りを迎えたラストガーディアン。昼間はうだるような暑さのため、外に出たがる者は少ないが、それでも全くいない、という訳ではなかった。
「困りましたわね……」
 右手を頬に当て、草薙沙耶香は小さくため息をついた。左手には、サンライズデパートで催されている生け花の展示会の宣伝用チラシを持っている。
 この展示会には、ぜひ足を運びたかったのだが、昨日まで細々とした雑事があったため、体があかなかったのだ。昨夜の段階では、何も用事ができなかったため、明日こそはと、思っていたのだが、神様というのは時々意地悪になるもので──
「申し訳ございません。お嬢様。午後からですと、私の体もあくのですが……」
 少女につかえる執事、長瀬倉之助に今朝方新たな雑事が舞い込んできてしまったのである。
 展示会は、今日が最終日だ。
「ですが、午後からですと、あまりゆっくりもしていられませんからな」
 最終日の今日は、拝観時間は5時までとなっている。デパートとここまでの往復時間を考慮に入れると、午後からの出発では、展示会を見てそれで終わりになってしまう。
 それはいささか寂しすぎるというものだ。
 さて、どうしたものか。
 倉之助が思案にふけっていると、ウィルダネスからの来訪者であるイサムがこちらに近づいて来るのが見えた。首にタオルを引っかけているので、おそらくスポーツジムの方で軽く汗を流してきた帰りだと思われる。
「ちょうど良いところに。イサム殿、おはようございます」
「おはようございます、倉之助さん、沙耶香さん。夏衣、お似合いですよ」
 夏衣というのは、見た目にも涼しく、軽やかな着物のことをいう。
「おはようございます」
 イサムのほめ言葉に、沙耶香はややはにかみながら会釈を返した。
「イサム殿、不躾ではございますが、今日はご予定がおありでしょうか?」
「今日……ですか? いいえ。これといって予定はありませんが……」
「でしたら、一つお願いしたいことがあるのですが……」
 沙耶香が生け花の展示会に出掛けたがっていること。しかし、自分は用事があって午後からではないと体があかないこと。午後から出掛けるとなると、外出時間が短くなってしまうので、それを勿体なく思っていることを、倉之助は彼に伝えた。
 目立つ存在ではないが、イサムもかなりの実力者である。フリーランスという荒くれ商売をしているので、戦闘経験も豊富。加えて、生け花の知識も備えているとあれば、沙耶香の預け先として、文句のつけようがない。
「こちらなのですが……」
 沙耶香が遠慮がちに差し出す広告を受け取ったイサムは「へぇ」と軽く目を見張り、
「沙耶香さんさえよければ、ご一緒させてもらいますよ」
 にっこりと微笑みかけた。
 これで決まりである。
「ありがとうございます」
「いえいえ。俺の方こそ、お誘いいただいて嬉しく思ってます。向こうでは、こういった催しはありませんから」
 ていねいに頭を下げる倉之助に、イサムは苦笑いを返す。
「すみませんが、先に行って待っていてもらえますか? すぐに追いかけますから」
 準備万端の沙耶香と違って、イサムの方は手ぶらである。財布も持っていないのだから、このまま出掛けるには具合が悪すぎる。
「分かりました」
 沙耶香は頭を下げると、町まで下りるシャトル便の発着口へ向かった。
「では、後程」
 歩きだした沙耶香を見送ると、出掛ける準備のために、イサムは格納庫にあるプライベートスペースへ急いだ。



 同日午後。翡翠は一人で悩んでいた。もうすぐ、翡翠の大好きな陽平の誕生日である。誕生日には贈り物をするものだと聞いたので、幼い少女もそれにならうことを決めたのだ。
 そして、どうせなら当日まで内緒にしてビックリさせたい。
 そのためには、人目の少ない艦外に出る必要がある。しかし、そのことを光海たちに言う訳にはいかなかった。どうして? と聞かれるのは明らかだからである。
 そこで、翡翠は兄の釧を頼ることにした。
「あにうえ、そと、いきたい」
 つんつんっと服の袖を引っ張って、翡翠は兄を見上げる。
 お願いされた当の本人は、軽く目を見張り、続いて眉間に皺を寄せた。
 妹の望みをかなえてやりたいのは山々なのだが、自分が連れて行くには少々問題がある。一般人の中に溶け込めるような風貌ではないことは、自覚しているのだ。
 かと言って、どこぞの某忍に頼むのは腸が煮え繰り返る。彼の回りにいる者たちも論外だ。第一、自分に頼むよりも彼らに頼むほうが外へ出るには良いはずである。腹立たしいことではあるが、事実は事実だ。
 そうしないということは、彼らに知られたくないに違いない。さて、どうしたものか。
「あにうえ、ダメ?」
 釧が返答に困っていると、背後から近づいて来る気配があった。
「……ったく。あの馬鹿……この代金は借金につけてやる」
 雑誌を小わきに抱え、ぶつぶつと悪態をついているのはウィルダネスから来た異能力者の最年長、ジャンクであった。
「──よぉ、ちょうど良いところで会った」
「何だ?」
「これから4、5日まともな酒が出せん」
 今朝早く、トーコが寝ぼけて暴れてくれたのである。その結果、バックバーに並べていたグラスやお酒の7割近くを破壊されてしまったのだと、ジャンクは説明した。
 釧はお酒を飲みに、彼のいる格納庫へ足を向けることがあった。とはいえ、月に一度あるかないかのことである。酒が出ないと言われても、当分行く気もなかったので、何の不都合も感じなかった。
「あにうえ」
 くいくいっと服の裾を引っ張られ、釧は翡翠が外へ行きたがっていることを思い出した。
「キサマ、町へ下りる予定はないか?」
「あぁ、今から行くぞ。グラスはまとまった数がいるからな。購買で注文するより、下で買って配送させた方が早いらしい」
「なら、頼みがある。コレも連れて行ってやってくれ」
「べつに構わねぇけどな」
 ジャンクは言うと、釧の横にいる翡翠の顔をのぞき込み、「俺と町に下りるか?」とたずねた。
「おりる」
 翡翠はこっくりとうなずく。
「なら、決まりだな。お前さんも来るんだろ?」
 釧は無言だったが、答えは聞かなくても分かる。ジャンクは苦笑すると、格納庫に寄ってから町へ下りることを告げた。
 翡翠はこっくりうなずくと、歩き始めたジャンクの後を小走りで追いかける。翡翠とジャンクの身長差は、70センチ近いため、歩いていては彼に追いつけないのだ。
「転ぶなよ」
「だいじょうぶ。ころばない」
 手を引くようなことはないものの、ジャンクは一応、翡翠を気にかけているようである。
 そうして、やって来た格納庫のウィルダネス組の生息地。
「あ、あづいぃぃぃぃぃ……」
 ウッドデッキでは、冬用の布団と毛布にくるまれたトーコがうんうんうなっていた。顔からは、滝のように汗が流れている。
「何だ、これは」
 さすがに見て見ぬふりはできず、釧はジャンクに問いかけた。
「酒とグラスを割った罪で、簀巻きの刑を執行中だ。気にするな」
「とーこ、すまき、へいき?」
「へ、へーきじゃないぃぃぃぃ」
 うめきながらも、トーコはイサムが沙弥香と一緒にサンライズデパートへ出掛けていることをジャンクに言った。
「そうか。合流できるかもな」
「何? アンタも出掛けンの?」
「誰かさんが盛大にグラスを割ってくれたからな。買い揃えにゃならん」
「ぐは!」
 兄の一言に、トーコはしおしおとうなだれる。その間にジャンクはランド・シップの中に入り、すぐに戻って来た。
「待たせたな。行くか」
「いく」
 翡翠はこっくりうなずき、ジャンクの後を追いかける。さらにその後に釧が続いた。
 3人の姿が見えなくなると、トーコは《テレポート》能力を使って簀巻きの中から脱出。
「は〜。涼しい〜」
 うぅ〜んと大きく伸びをした後、再び《テレポート》。生息地から姿を消したのだった。


「どこに行ったんだ? あいつ」
 その頃、風雅陽平は主である翡翠の姿を探して艦内を歩き回っていた。どこをのぞいても、翡翠の姿は見つからない。
 ひょっとすると、釧のところだろうか? 少々苦々しい思考にたどり着いたところで、
「ん?」
 突然、背後に人の気配を感じた。刹那、
「みぃつけたっ♪ 探したのよ、ボーヤっ」
 後頭部のくぼみに直撃するぽわんとした柔らかいモノと首に回された腕。体にのしかかる体重。それを支えきれずに、陽平は前のめりに倒れた。
 陽平をボーヤ呼ばわりした上に、なおかつ確信犯的な飛びつき方。こんなことをするのは、「トォ〜コォ〜……」
 この女しかいない。
 恨めしげに首を巡らせて見上げると、ズバリ、予感的中であった。
 彼女はにぃんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべている。手にはなぜか、鳥の羽根。
「んふふふっ。あたしィ今とぉっても暇なのよォ。だ・か・ら、遊んでチョウダイな」
 鳥の羽根でこしょこしょと陽平の鼻の下をくすぐりながら、トーコは言う。
「だったら、志狼に遊んでもらえ!」
「イ・ヤ。今日は陽平で遊びたい気分なの」
「『で』って何だ!?」
「いやぁん。分かってるクセにぃ」
 鳥の羽根は鼻の下から顎の下、首筋を伝ってうなじの当たりへと移動する。
「これは、いつも言っていることなんだが」
「おりょ」
 横合いからすいっと伸びて来た木刀に、トーコは目を丸くした。首を動かし、右手側を見れば鬼の風紀委員、神崎慎之介の姿がある。
「あなたのその発言、行動は風紀上、大いに問題があるのだ」
「何で慎之介さん?」ぼそ。
 つぶやいた陽平が、よぉっく回りを見てみると、さっきまで通路を歩いていたはずなのに、いつの間にやら武道場へとやって来ているようだった。トーコが《テレポート》を使って、陽平をここまで運んで来たのだろう。
 全く、油断も隙もあったものじゃない。
 しかし、慎之介が居てくれたことは僥倖だった。このまま、トーコから解放されれば、翡翠の捜索に戻れる。ところが──
「あ〜、ちょっとちょっと」
 トーコは慎之介を手招きすると、彼の耳に向かってぼそぼそぼそ。何かを告げた。
 何を言ったのか、陽平には全く聞き取れなかった。そんなことより、
「さっさとどけよっ!」
 トーコに上に乗られていることの方が何倍も重要だったのである。力任せに起き上がった陽平は、ふんっと鼻息荒く、トーコを見下ろした。
「ったく。俺は今、用事があるんだよっ」
 冷たく言い放ち、陽平は道場から出て行こうと彼女に背を向ける。
「待て」
「何ですか?」
 制止の声は、慎之介のものだった。訝しがりながらも、陽平が振り返ると──
 ピタリ。
「げ」
 鼻先に木刀が突き付けられる。
「ここから出て行きたくば──」
「あたしらを片付けることねッッ」
 どういう経緯かは不明であるが、慎之介とトーコがタッグを組んでいた。
「何でだよ!?」
「問答無用ォ♪」
 大いに焦る陽平へ、トーコの蹴りが飛ぶ。
 二人が陽平へ挑むのは、彼の意識を翡翠探しから遠ざけるためだ。トーコはジャンクから、翡翠が陽平へのプレゼントを買いに町へ出掛けることを《テレパシー》で知らされ、(どうして、彼がそのことを知っているのかと言うと、《サトリ》の能力で、翡翠の思考を読み取ったからだ)先程の内緒話で、慎之介へもそのことを伝えたのである。
 慎之介も、翡翠が陽平を慕っていることは知っているから、このように協力してくれる気になったのだ。
「ホーッホッホッホ。さあ、あたしらに勝てるかしらッ!?」
 どちらか1人でも相手にするのはキツイというのに2人がかりだなんて、ムリに決まっている。
「用事があるって言ったろー!?」
「聞こえっまっせぇ〜ん♪」
 やや複雑な顔をしている慎之介と違い、トーコはどこまでも楽しそうだった。



 時間は2時間ほど逆上って、場所はサンライズデパート。生け花の展示会が開かれている会場に、沙耶香とイサムはやって来ていた。
 会場に詰め掛けているのは、妙齢のご婦人が中心である。沙耶香くらいの年齢の子供は、まず見当たらなかった。
 それは、イサムにも同じことが言える。
 この場に男性の姿は、会場の係員くらいだけだったからだ。おまけに、彼は180を越える長身の持ち主だから、違う意味でも人目を引いている。
「……目立たないように、普通の格好をして来たつもりなんですが……」
 この視線は何なんでしょう? とイサムは首をかしげた。いつもの実用性と頑丈性を重視した服装と違い、今はVネックのサマーセーターとジーンズを着ているのである。
「多分、イサムさんがとても大きいから、びっくりなさってるんですわ」
 それに、男性は少ないですからねと、沙耶香は言い添える。
「なるほど。そういうことでしたか」
 納得顔でうなずくイサムに、沙耶香はくすりと笑う。
「じゃ、行きましょうか」
 穏やかなほほ笑みを浮かべたイサムは、会場の入り口を指さした。沙耶香もにっこりほほ笑み返し、「えぇ」とうなずく。
 会場の中は、外よりもさらに混雑していた。作品が展示されている場所には、人垣ができていて、沙耶香がそれを見るにはすこし順番を待たなくてはならない。
 その様子を見て、イサムは「ふむ」と小さくうなずいた。彼は人垣から頭一つ分ほど抜きん出ているので、人の頭越しに作品を見ることができるのである。
「──失礼」
「はい?」
 はじめ、沙耶香はイサムが何のことを言っているのか分からなかった。彼の方へ顔を向けると同時に、少女の体はふわりと宙に浮き、「きゃっ?!」
 沙耶香は、小さな悲鳴を上げていた。
「あ、ひょっとして、高いところはだめだったりしますか?」
「イッ、イサムさんッ……」
 首を急角度に曲げて見上げていた顔を、今は少し見下ろすカタチになっている。いわゆる子供抱きというやつで、イサムが沙耶香を抱き上げたのだ。
「この方が順番を待たないで、見えますよ」
 にっこりとほほ笑まれ、沙耶香の顔が急激に赤く染まっていく。
 顔から火が出るほど恥ずかしく思うような、年の近さではないが、かといって、素直に「ありがとうございます」と笑えるほど年が離れているわけでもない。この、微妙な年齢差。嬉しいけど、恥ずかしい。心境対比は、およそ6対4。「お、重いでしょう?」
 せりふの外で、おろしてくださいと沙耶香はイサムに訴えた。けれど、おろしてほしくない気持ちもあるわけで……オトメの思考回路はフクザツにできているのである。
「まさか」
 イサムは笑うと、羽根のように軽いですよと付け加えた。
「そんなことより、作品は見えますか?」
「あ、はい。見えます。竹ですね」
 普通なら捨てられてしまいそうな背の低い竹を周囲の土と一緒に平べったい石につけたらしい。周辺には薄く水がはられ、涼しげな風情になっている。
 展示会のテーマは四季。夏から秋、冬、春へと、それぞれの季節にあったものを展示しているらしい。
 イサムが沙耶香を抱き抱えたので、あまり順番を気にすることなく、作品をじっくりと拝見することができたのはよかった。
 会場から出ると、沙耶香は満足そうな微笑みを浮かべ、イサムに礼を述べたのだった。
「どういたしまして」
 少女を床におろした青年も、勉強にもなったし、目の保養にもなったと、実に満足げである。
「そろそろ、お昼にしましょうか?」
 時計を見れば、13時になるやならずといったところ。食堂街は、混雑のピークを迎えていることだろう。
「そうです……ね」
 沙耶香はうなずくと、倉之助が事前に予約を入れてくれていた懐石料理の店があることをイサムに告げた。
『イサム殿はご実家が料亭だとお伺いしておりますので、こちらも勉強になるのではと──』
 倉之助の言葉をそのまま伝えると、イサムは苦笑いを浮かべた。
「たしかに、将来的には実家を継ぐことになるでしょうけど……」
 跡を継ぐという漠然とした思いはあるものの、まだまだ実感には至っていないので、ここまで先を見越されると、どうしても先に苦笑いが浮かんでしまう。
 それでも、倉之助の気遣いはありがたかった。ウィルダネスでは、食べ歩きもままならないからである。
 二人は、倉之助が予約したという、懐石料理の店に足を運び、
「あら、おいしい。素材の味がうまく出てますわ」
「このダシの具合が絶妙だからこそ、素材の味が引き立つんでしょうね。なるほど」
 なんて、そこらのグルメ番組など裸足で逃げ出すような会話を交わしつつ、料理に舌鼓をうつのだった。



 ほぼ同時刻のサンライズデパート。食堂街よりも階下の食器売り場。こちらも、その長身のせいで人々の好奇の視線を集めている男が1人。ジャンクである。
 ジャンクは商談用にと置かれているテーブル腰を下ろしていた。その真後ろに翡翠がいる。少女は、キョロキョロと回りを見回していた。
「何を買うか、決めてるのか?」
 男の問いに、翡翠は無言でぷるぷると首を横にふる。
「きめてない」
「ちょっとだけ待て。支払いだけだから、すぐにすむ」
 ジャンクは今にも別の場所へ向かいそうな少女の頭を指先で軽く叩いた。
「こっちが終われば、いくらでも付き合ってやる」
「わかった」
 翡翠がこっくりうなずくと、
「お待たせいたしました」
 売り場の主任らしき男が現れ、テーブルの上にカタログを広げ、あらかじめ聞いていた商品に間違いがないかを確かめていく。
「──以上でお間違いございませんでしょうか?」
「ああ、間違いない。どれくらいで届く?」
「そうですね。在庫はどれも十分にございますので、2日ほどで届くと思いますが」
「十分だ」
 うなずいたジャンクに、主任は伝票とペンを手渡し、記入をお願いしますと言い置き、他の店員に呼ばれて席を外した。
 さっさと伝票に書くものを書いたジャンクは、肩越しに後ろを振り返る。
「…………」
 少女は何かを熱心に見つめているようだ。
「気になるモンでもあったか?」
 翡翠はこっくりとうなずき、ジャンクに分かるよう、タンブラーセットを指さす。
「は。こいつはまた面白いモンを見つけたな」
 すぐ側にいるだろう釧の渋面が目に浮かぶ。
 ジャンクは椅子から立って、タンブラーセットの前に立った。
 少女が見つけたタンブラーセットは、手裏剣模様が刻まれている。なるほど、これなら陽平の趣味にも合うかもしれない。
 すごいのは、これがれっきとしたブランド品だということだ。子供が購入するにはやや高価である。
「お待たせいたしました。こちらが控えになります」
「ああ」
 主任の声にジャンクは振り返り、彼から控えを受け取った。その足元で、翡翠が主任のズボンをくいくいっと引っ張る。彼は気づかない。
 くいくいっ。
 気づかない。
「ウチのお姫さんがお呼びだ。聞いてやってくれないか」
「は?」
 下だ、下と言われ、主任が目を下に向ける。足元ではなかなか気づいてもらえなかった翡翠が不満そうに唇をとがらせていた。
「こ、これは失礼いたしました」
 あわてて頭を下げる男に、翡翠は手裏剣模様のタンブラーセットを指さし、
「これ、ぷれぜんとする」
「はあ……あの?」
「聞いたろ。包装してやってくれ」
「はあ」
 控えの内容を確認していたジャンクは、苦笑いを浮かべていた。支払いはどういたしましょう? と主任が彼に問いかけるより早く、
「ん」
 翡翠がぶら下げていたポシェットの中から、財布を引っ張り出し、紙幣を男に差し出した。
「は、あの……」
「代金だ。足りるだろ?」
「はあ。お預かりいたします。少々お待ちくださいませ」
 翡翠から代金を受け取り、主任は並べていたタンブラーセットを取りあげて、レジの方へ消えていった。
「案外早くカタがついたな」
 陽平の好みが好みだから、あちこちウロウロするのではないかと思っていたのだが、これはこれでありがたいことである。
「ふむ……」
 イサムと沙耶香もここに来ているはずだし、合流してしまおうかと考えた。合流してしまえば、翡翠のことは、沙耶香やイサムが気にかけるだろう。
 ジャンクは早速、イサムに思念を送ってみた。返事はすぐにあり、2、3言葉をやり取りした後、
「お待たせいたしました」
 お釣りとプレゼント用に包装されたタンブラーセットをもって、主任が戻ってきた。
「ありがとうございました」
 深々と頭を下げる男に、翡翠も「ありがとう」と頭を下げる。
「上で何か飲んでいくか?」
 ジャンクの質問に、翡翠はこっくりとうなずきかけようとして、やめる。
「あにうえ……」
「任せろ。人を騙すのは得意だ」
 軽々と翡翠を抱き上げ、ジャンクはにやりと笑った。



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