「Hey now , hey now What's the matter with you? ♪」
 エリィが歌好きなのは知られている。彼女は伸びやかな、春風のような声で歌う。が、今、歌っているのはエリィではない。
「ぜぇぜぇ」
 険しい山道をえっちらえっちら昇っているので、歌を歌う余裕が彼女にないのだ。
 それに歌声もエリィのものとは違っている。少女の歌声が春風なら、こちらは南国の風。
「何の歌だ、それは」
「確か『Hey Now』だったと思うけど」
 ルインの質問に答えたのはトーコだった。そう。歌声の主は彼女だったのである。
 しかも、サビの部分に入ると、ユーキのテナーも加わった。
「二人とも元気ね」
 ぽつりとつぶやいた悠は、エリィと同じくぜぇぜぇと肩で息をしている。綾奈も同じだ。
 エリクも余裕はなさそうである。
 平然としているのは、トーコ、ユーキ、イサム、セイジ、志狼、ルインの7人。セイジは、念には念をと甲冑まで着こんでいるにもかかわらず、である。
 相棒の腰にぶら下がっているブレイカーとヴォルネスは言うまでもなかろう。
 山道は、獣道も同然の険しさである。細い道の左右は深い森になっており、自分たちの位置を把握することも難しい。
「シロー、おんぶしてぇ〜」
 へろろぉ〜んという擬音が聞こえてきそうな様子のエリィであった。
「ぬな?!」
 瞬間的に赤く頬を染める志狼だったが、彼が口を開くよりさきに、
「それは無理だな。そこまでの余裕が志狼にあるとは思えん」ルインが冷静な口調で答える。
「まぁ、それもあるけど」
 先頭を歩くトーコが、ニヤリと人意地の悪い笑みを浮かべ、
「女のコとの密着に耐えられるンなら、シャイニング・ボーイなんて称号は貰えないわよねえ」人差し指を左右に振る。
「シャイニング・ボーイ言うな!」
 それに、なんなんだ、その称号っていうのは。くわっと牙をむいて抗議したものの、 そんなことはない、と反論できぬ我が身が悲しい。
 まぁ、艦内には他にもシャイニング・ボーイは存在する。彼らを集めれば、シャイニング・ボーイズの結成も夢ではないだろう (結成してどうする)
「志狼のヤツ、完っ全に遊ばれてるな」
「姉ちゃんってば、すっかり気にいっちゃったらしいんだよね。あのフレーズ」
 呆れ顔のセイジに、ユーキが苦笑いで答えた。トーコに『シャイニング・ボーイ』のフレーズを教えた犯人、 エリクは微笑ましげににこにこと笑っているだけである。
「それにさあ、志狼を構ってると、エリィちゃんがふくれるでしょ? それがまた面白いらしくてさ」
 どうしようもないよ、全く。ユーキは、ひょいと肩をすくめてみせた。



「トーコさん、エリィさんも、志狼さんをからかうのはほどほどにして下さいね」
 イサムの困り声に、志狼はぎょっと目を見開いた。
「からかッ……!?」
 エリィへ視線を向ければ、彼女はばつが悪そうにペロッと舌を出して笑っている。
 ……騙された。
 背中にナニやら重苦しいものがず〜んとのしかかる気がした、志狼である。
 そんな少年を慰めるように、軽く肩を叩いてやったイサムは、
「おんぶは冗談としても、疲れているのは本当でしょうから、少し休んで行きませんか?」
 休憩を提案した。
 ちょうどいい具合に、道が少し開けていて広場のようになっているのもありがたい。
「賛成っ」
 返事をすると同時に、悠はその場に座り込んでしまう。綾奈に至っては、倒れ込むといった表現がふさわしいくらいであった。
「ちょっとぉ、そんなんで大丈夫なの? まだ先は長いんでしょ?」
 軽く眉を持ち上げてトーコが言う。しかし、荷物の中からGPS端末を取り出した悠は、
「半分の所まで来てるわよ。ここまで、ノンストップで来たんだもの。ちょっとぐらい休憩してもバチは当たらないわ」
 事もなげにそう言ってのけた。チームリーダーがそう言うのであれば、トーコの方に依存はない。
「ならいいけど」と肩をすくめ、 彼女は宙にふわんと体を浮かせた。
「ユーキ、水を探して来てもらえないかな? 喉も渇いているだろうし、お茶をいれよう」
「うん、分かった。行って来る。姉ちゃん、何か入れる物ちょうだい」
 弟の要望に答えて、トーコは《クリエイション》でヤカンを作り、それをユーキに渡す。
「オレも行くぜ」
 ヤカンを受け取り、歩き出した彼の後をセイジが追いかけて行く。
「あ、俺も……」
 志狼も追いかけようとしたが、それはイサムに止められた。
「すいませんが、志狼さんは薪を拾って来てもらいたいんです。俺はここでカマドを作ってますから」
「あ、そうっすね。分かりました」
「私も行こう」
 ルインも同行を申し出たので、志狼は彼女と二人で森の中へ入って行く。
「手伝いましょう」
「助かります」
「んじゃあ、コレね」
 宙に浮いているトーコが、シャベルと手斧をすとんと落とす。
 エリクとイサムはシャベルを使って穴を掘り、適当な深さになった所で、森の中から横棒にする生木を手斧で入手。
 かまどができる頃には、薪を拾いに行っていた志狼とルインが戻って来た。
 二人が拾って来た薪を使って火を起こすと、
「たっだいま〜」
 ユーキとセイジも戻ってくる。
「途中でハーブを見つけたんだ」
 セイジは両手にこんもりと緑色の野草を持って戻って来た。
「こんなにたくさん……ですか?」
「生で使う時は、乾燥させてるやつの2倍は必要なんだ」
 手元をのぞき込む綾奈に、セイジは苦笑を返す。
「なら、これがいるわね〜」
 エリクとイサムが使っていたシャベルと手斧が消えて、かわりにナイフが出て来る。 それを受け取ったセイジは手慣れた様子でハーブを刻んでいった。
 その間にヤカンは、煮沸消毒をかねて15分間火にかけられる。その後、ハーブが投入され、待つこと5分。 ハーブティーの完成である。
「あ、おいし」
 まだ熱さの残るハーブティーを、トーコが作ったカップで、ふぅふぅと冷ましながら飲むと、 今までの疲れがすっとどこかに飛んで行くような気がした。
「何か、カラダが軽くなるみたい」
「そりゃ良かった」
 エリィの感想に、ハーブを採って来たセイジの顔を綻ぶ。
 ちょっと長めに休憩をとったお陰で、鋭気を養うことができた一行は、再び元気な足取りで歩きだしたのだった。


******


 休憩をとってから数時間後、日も暮れかかった時刻になって、ようやく一行はくだんの遺跡への入り口前に到達することができた。
「本当にこの小さな穴の奥に、悪魔が封じられているっていう遺跡があるの?」
 エリィの言うとおり、悠が案内した場所は、遺跡に通じる穴には見えない。大人一人がようやく通れるほどの狭い穴である。 エリクならば、何とか身を屈めずとも奥へ入って行けるが、イサムは無理だ。
「ジャンクさん、来なくて正解だったかもね」
「そうだな」
 2メートル弱の身長を誇る彼が、この穴を通るのはかなり困難であろう。
「これは……ちょっと辛いですね」
 10センチも身を縮こまらせるには、かなり膝を折らなくてはならない。 そうすると、なかなか思うようには進めなくなってしまう。
 穴と自分の身長とを交互に比べながら、イサムがため息をつく。
「もうすぐ日が暮れちゃうけど、この狭さだから、日中に入って行ってもあんまり関係ないのよね」
 悠の一言で、一行はこのまま、穴の奥へ潜っていくことになった。
 先頭はトーコである。《ライティング》で明かりを作り、それで行く先を照らしながら、彼女は奥へ奥へと進んで行く。
 穴は道幅を広くしたり狭くしたり、また高くなったり低くなったりしながら、地下へ地下へと潜って行く。
「夢に出て来た精霊は、この奥の封印とやらに関係ありそうだな」
「そう……ですね」
 前を行くセイジのつぶやきに、綾奈も同意を示した。
「精霊の力が強く働いているみたいだな。場所が場所だから、地の精霊の地からが強いみたいだが、他の精霊の力も感じる」
 生身の肉体があったのなら、思わず生唾を嚥下しているところだろう。 ブレイカーの心理を代弁するかのように、セイジがごくりと喉を上下させていた。
「ふむ」
「どうした? ヴォルネス」
 相棒が一人うなずくのを聞いて、志狼はいぶかしげに首を傾ける。
「ドリームミストほどではないが、それに似た力がこの穴の奥から感じられる」
「それが、セイジクンや綾奈チャンの言う、精霊の力というものかも知れませんね」
「とゆーことはぁ、マイトの出力も上がるってこと?」
 エリィの発言に志狼が、ぴくんと反応する。
「いや、ないよりはマシといった程度だろうな」
「……そうっスか」
 あっさり期待を裏切ってくれたヴォルネスに、志狼はがっくりと肩を落とす。
「──72の悪魔……か。本当にいると思うか?」
「さあね。でも、神様がいるくらいなんだから、悪魔がいたって不思議じゃないと思うわ」
 ルインの疑問にトーコは、いたって気楽な口調で答える。
「そうねぇ。でも、その伝説の嘘本当より、ユーキ君の後ろに現れた精霊を食べちゃったっていう、影の正体の方が、私は気になるわね」
「はン? 何それ」
 悠の発言に、トーコが目を丸くした。言ってなかったかしらと、こちらも目を丸くした悠は、 セイジと綾奈が通信画面ごしに見たという光景を説明する。
「トリニティとは別の第三勢力がいるということか?」思わず唸るルインだったが、
「ごめん。それ、多分、ジャンクだわ……」
 何か大きな失敗を告白するかのように、トーコが目線を反らせて、ぽそっと答えた。
「何!?」
「ちょっ……それってどういうこと?」
 思わず大声を上げそうになった二人は、あわてて口元を押さえ、声をひそめる。
「どうって……例え話だけどね、美味しそうに見えたんじゃない? いや見えたっていうか、感じた?  って言った方が正しいのかも知れないけど……それで、ぱくんって」
「ぱくんって、って……」
「や、ほらね、ジャンクって人間じゃないでしょ? 肉体があるから一応、あたしらと同じように食べたり飲んだりするワケだけど、 それだけじゃあ、ダメらしくてね」
 なんかよく分からないんだけども。しどろもどろになりながら、トーコは説明する。
「つまり、ジャンクは魂を食うのか?」
「本人が言うには、取り込んで眷属に墮とすとかいうことらしいけど、まあ、食べると考えていいんじゃない?」
 トーコの弁明を聞きながら、悠は今更ながらに背筋を凍らせていた。
「なるほど。確かに人間ではないな」
 納得したようにうなずくルインに、トーコは「でしょー?」と肩をすくめてみせる。
「まあ、アンタらに実害はないから、あんまり深く考えないで大丈夫よ」
「その根拠は何なの?」
「あたしが嫌だからよ。あたしが嫌がることは、絶対にしないもの」ウツホってのは、そういう生き物なのよ。
 トーコは、少し寂しげに笑った。そんな顔をされてしまったら、それ以上は何も言えなくなってしまう。
「分かったわ」
 悠としては、得心がいったわけではない。だが、議論を続けても平行線をたどるのは間違いないだろう。 この件は、これから自分の目と耳で情報を集め、理解していけばいい。
「──と、こっから天井が低くなってるから、気をつけてね」
 後ろに向かってトーコが声をかけると、後続組から返事が返ってきた。
 暗くて狭い洞窟の中を歩き続けること、約2時間。一行は、終着点に到達した。
 洞窟が導いたのは、るつぼ状の空間。天井は高く、持参したライトの光も届かないほどだった。 下を見下ろせば、土を塗り固めて作った建物が見える。地中にある都市だからだろうか、建物に屋根はなかった。
「これは……」
 地球がどんなに広くとも、この都市と類似した都市を見つけることは不可能だろうと思われる。風が吹かないために、 建物もさほど風化していないようである。
「すげぇな……」
 ぐるりと都市を見回し、セイジが感嘆のため息をもらした。
「土の中というから、もう少しジメジメした所を予想していたんですが」
 暗いことを除けば、快適な生活環境とも言えなくはなさそうである。
 イサムの疑問に答えたのはブレイカーだった。この町全体に土の精霊の力が働いているために、 天井などから水が染み出してくることがないのだと、彼は言う。
「へぇ……精霊の力ってスゴイんだねぇ」
「ですが、それだけにコントロールは難しいんでしょう?」
 エリクの質問を、セイジとブレイカーはうなずき返した。
「精霊の力だけじゃねぇとは思うけどな」
 コントロールが難しいのは、異能力もマイトも魔法も同じなのである。
「いつまでもここにいてもしょうがないし、町へおりましょう。悪魔が封印されているっていう神殿は、この奥よ」
 悠に案内され、るつぼの内壁を取り囲むように設けられた細道を下りていく。




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