町の建物が土で塗り固めて作られていたのにたいし、神殿だけは大理石を集めて作られたようである。
町の建物と違うもう一つの点は、屋根が設けられていることだ。 わずか5段ほどの階段を上ると、直径が1メートル強ほどある柱が3本立っている。 柱の向こうは3メートルほどの間をあけて、壁になっていた。壁の真ん中に中へ入る入り口が設けられている。 神殿の大きさに比べ、内部への入り口は小さく、ユーキ以外はみんな膝を折らねばならないだろう。 「……とても強い力に満ちています」 神殿を見上げ、綾奈がぽつりとつぶやいた。 セイジはそのまま階段を上り、柱に手を伸ばしてみる。 「これは……護符を組み込んでるんだな」 屋根を支えるというよりは、装飾を兼ねた魔力強化が、この柱の存在理由なのだろう。 「見て。柱にもだけど、こっちの壁にもびっしりと何かが書かれてあるのよ」 「ほぉんとだぁ。ねね、セイジ。こっちの壁の文字はなんなの?」 エリィに促され、セイジは壁の前に足を運んだ。 「これは、神殿に集まった力を逃さないためのもの……じゃないかな。入り口が小さいのもそのせいだ」 「ふぅん……?」 「どうした?」 ふいに入り口の方へ顔を向けたユーキに、志狼が軽く眉を持ち上げて問いかける。 ユーキは唇に人差し指を当てて、回りを黙らせると入り口の方へ耳を近づけた。 「どうしたのよ?」 トーコも弟に習って、耳をすませてみる。 「……何か聞こえる?」 はっきりと聞こえるわけではない。それでも、人の話し声のようなものがかすかに聞こえてくるのだ。 「……何か歌ってるみたいなんだけど」 「中へ入らないと、何も進まないんでしょう?」イサムの言うとおりである。 「行きましょう」 悠がGOサインを出したので、一行は注意深く神殿の中へ入っていった。 「これは一体……」 目の前にぽっかりと空けられた大穴に、エリクは目を見張る。 小さな入り口をくぐると、そこは礼拝堂のような場所になっていた。その真正面、 おそらく司祭や神官などといったこの神殿を取り仕切る立場にあるものが立ち、説法を行ったであろう場所に、 大きな穴が空けられていたのである。 「こんなことって……」 空けられた穴を、悠はぼうぜんと眺めた。 「力技で空けたみたいね」 壁に穿たれた穴を観察しながら、トーコが言う。 「そうだな」 穴の回りには壁の残骸が残されたままだ。それを拾い上げ、ルインは目を細める。 「ねぇねぇ、この壁にも何かかかれてたみたい。ほら、これなんか、文字だよね?」 ルインと同じようにかけらを拾ったエリィが、セイジの方へそれを向けた。 「ああ。多分、ここにも封じの魔法を施してたんだろうな」 「足跡も残っていますよ」 イサムが光源を床に近づけて見せる。埃が厚く残るなか、自分たちのものではない足跡が幾つも残されていた。 「歌声は、この奥からだね」 壁に空いた大穴をのぞき込み、ユーキが口角を持ち上げる。 「いよいよ大詰めだな。悪魔が封じられてるってのは、この奥か」 ぱしっと左の拳で右手を叩き、志狼はにやりと笑った。 「封印を解かれる前に何とかしないと……」 「綾奈の言うとおりね。行きましょう」 悠の号令に従い、一同は慎重に歩を進めていく。 「ふわぁ……幻想的。すっごくキレイだね、シロー♪」 「ああ」 彼らがたどり着いたのは、十人も入ればぎゅうぎゅうになるだろう、狭い広場であった。 広場の中心には泉があり、何か仕掛けでも施されているのか、ほのかに発光している。ゆらゆらと揺れ動く水面の様子は、 そのまま天井に映し出されていた。 時と状況によっては、いつまでもこの光と水のショーを眺めていたいのだが、今はそうも言っていられない。 「秋冬春夏 1年過ぎてッ 経験積んだら 偉くなれますかッ? ♪」 「……・呑気な歌だな」 先客によって通された道から、広場をのぞきながらルインがため息を吐き出した。 「エリィ、対抗する気はない?」 「トーコちゃんこそ」 にやにやと笑うトーコへ、エリィは困惑顔を向ける。調査隊の心中などどこ吹く風とばかりに、彼らの歌声は続く。 「ハァ いーろんな経験を あったしたち積んで来たァ」 泉を取り囲むように2メートルほどの大きさの柱が6本立っていて、歌声の主はこの柱に腰を下ろしていた。 合唱しているのは、全部で3人。 のっぽの男と背の低い男。それに、グラマーな美女である。 「あァ いーっつまぁでも止められない、3人だっけの悪いことォ♪」 「イーケン」と女が歌い、 「サーンワン」背の低い男が続け、 「アルシンなのよぉ〜っ」のっぽの男が最後を引き取る。 今、口にした言葉がそのまま、彼らの名前なのだろう。 「ねぇ、あれってずいぶん小さいけどさ、ブロンに似てない?」 ユーキが指さしたのは、泉の回りでごそごそと作業をしているロボットたちである。大きさこそ2メートルほどだが、 その姿形はブロンにそっくりだった。 彼らは彼らなりに何らかの作業に従事しているのだろうが、遊んでいるようにしか見えない。 どぼん。 「あ、一機、泉に落ちた」 何やってンだろーね、あれ。ユーキが呆れ顔を浮かべた。敵ながら、なんともほほえましい光景である。 だが、その呑気さの中にも、危機は潜んでいるらしい。 「だめ」 「どうしたの?」 綾奈がユーキの側でつぶやいた。 「だめ。あの泉を騒がせてはだめ。あそこに、悪魔が封印されているの」 「そうなんですか?」 イサムがセイジに確認すると、 「ああ、間違いない」 「だったら、さっさとやめさせようぜ」 志狼がそう言い切った直後である。 「そこにいるのはダレなのっ!?」 アルシンと言っていたのっぽの男が、こちらにレンドを向け、撃った。 レンドと言うのは、クロス・ボウの一種で、たくさんの矢を同時に発射することができる。 タタタンッ! 撃ち出された矢は、壁に当たるなど、ほとんど外れたが、その内一本がトーコの頬をかすめ、もう一本が悠の眉間に刺さりかけた。 「大丈夫ですか?」 「え、えぇ……」目の前に迫った矢を凝視しながら、悠はずるずるとその場に崩れ落ちる。 矢は、すんでの所でイサムが止めていた。 「悠、お前たちはここにいろ。我々で奴らを片付けて来る」 険しい目付きで広場を睨みつけ、ルインはそちらへ足を向ける。 「回りにはなるべく傷をつけないでくれよ。回りの壁にも封じの魔法がかけられてるからな」 セイジの注意に、戦闘要員たちはうなずき返す。 「イサムッ!」 《アポート》でイサムの愛刀である偃月刀を取り寄せたトーコは、ずしりと重たいそれを彼に向かって放り投げる。 「ありがとうございます」 イサムはそれを片手で軽々と受け止めた。 「トーコさんは行かないんですか?」 状況が状況なだけに喜々として出て行きそうなのだが、トーコは暗い通路に残ったままである。 「なんで、そんなに不思議そうに首をかしげるのか分かンないけど、こういう狭いトコでの戦闘って向いてないのよ、あたし」 問かけの主であるエリクに、ジト目を向けてトーコは答えた。 「俺たちはBANに籍を置いてるモンだよ。お前らこそ何者だ?」 志狼は腰にぶら下げているナイトブレードを、セイジはいつも携帯しているブロード・ソードを抜いた。 ルインはダークブレスを掲げ、戦闘用アーマーを装着。『無』と名付けた愛刀を抜き、柱の上にいる3人組を見据える。 「アタシたちかい? アタシたちはねぇ」 ニヤリと笑ったイーケンは、しゅたっと柱から床へと降り立った。 「全宇宙に破壊を招き!」 小型ブロン、スポットライトをセッティング。続けてアルシンが降り立ち、 「全世界を絶望のずんどこに!」 それ、どん底が正解なんですが。エリクの小さなツッコミはもちろん聞き流される。 「全生物の殲滅こそが我らが望み!」 最後にサンワンが床に降り立った。 「イーケン!」「アルシン!」「サンワン!」 それぞれが己の名を口にした後、 「トリニティ期待の流れ星! ブラック・スターズとは我らのことだぁっっ!!」 しゅぽぽぽぽんっっ! 芸の細かいことに、小型ブロンがどこにもっていたのか大型クラッカーを盛大に鳴らす。 「知らねぇよ。何なんだ、そのぶらっく・すたーずってのは」 がくんと肩を落とし、志狼がぼやく。 「流れてどうするんだよ、流れて」 セイジが呆れ声でつぶやけば、 「ブラック・スターズ……ですか。少々縁起が悪い名前ですね」イサムも嘆息する。 ブラック・スターズ。直訳すれば、黒星となる。黒星とは、ご存じの通り勝負に負けた事をしめす黒い丸印のことだ。 ユーキはあえてコメントを控え、肩をすくめるだけにとどめている。ルインはノーリアクションであった。 「うぅうぅうるさい、うるさいッ! えぇ〜い、お前たちやっておしまいっ!!」 「アラサッサ」アルシンは敬礼し、レンドを構える。 「ホラサッサ」サンワンはなんと、一蹴りした地面から金棒を生やし、それを手に取った。 「勇者共、覚悟おし! グレマルキン! お前たちも行くんだよッ!」 イーケンは小型ブロンたちを睨みつけ、ビシイッと勇者たちを指さす。 グレマルキンと呼ばれた小型ブロンたちは、主(?)を見習って、敬礼すると、腰に下げていた鞘から剣を抜いた。 PiPoPoPo グレマルキンのカメラアイがぴこぴこと点滅し、彼らは勇者たちに向かって来る。 「この程度の腕前じゃ、俺たちは倒せないぜ!」 直角に振り下ろされた剣を、ナイトブレードで受け流した志狼は、柄頭でグレマルキンの頬に強烈な一撃を打ち込んだ。 よたよたと後ろに下がるグレマルキン。そこをイサムが偃月刀を真横になぎ払う。 グレマルキンは、上下真っ二つに別れ、小さな爆発を起こした。 「やっぱ、すげぇな……」 グレマルキンを一体片付けたセイジが、軽く口笛を吹く。 以前、持たせてもらったことがあるのだが、 偃月刀の重さはハンパではなかった。聞けば14キロ弱あるらしい。ブロード・ソードはどんなに重くても、 2キロを越えないのだから、その重量差は歴然である。 「せぇのッ!」 ごガんッ!! 床を蹴って高く跳んだユーキは、無造作に蹴りを放った。さほど威力があるとも思えないモノだったのだが、 彼の蹴りはグレマルキンの頭部を見事に破壊している。 「いつ見ても信じられんパワーだな」 つぶやいたルインは、グレマルキンとの力比べをやめ、後ろに身を引いた。 突然力を緩められたせいで、グレマルキンは態勢を崩す。そのすきを見逃す彼女ではなく、 間合いを詰めて刀をロボットの腹部に突き刺した。 「手伝うぜ!」 セイジが唱えた攻撃呪文が、ショートを起こしているグレマルキンの腹部とその頭蓋に命中。こちらも、爆発を起こす。 「……出番がねぇなぁ」 相棒の腰にぶら下がったままのブレイカーが、寂しそうにつぶやいた。その後、 ヴォルネスに向かって「お前はいいよなァ。出番があって」と愚痴をこぼすが、 「出番と言うのか?」ヴォルネスから返って来た答えは非常に懐疑的なものであった。 「そうは言うけど、ラシュネスやグレイスよりマシでしょ?」 ブレイカーのぼやきは、トーコの耳にも届いて、彼女は呆れ声で言う。 留守番組が、今現在何をしているのかと言うと、 「えへ〜。見てくださぁい」 「まあ、お上手ですわね。それは……トーコさんとユーキさんですか?」 「そぉでぇ〜っす」 ラシュネスはお絵かきを、グレイスは趣味の刺しゅうをしていた。 「ぐぅ」残るジャンクは、昼寝の真っ最中。 仲間が戦っているというのに、呑気なものである。 「アルシン、サンワン! どぉ〜すんだい!? みんなやられちまうじゃないか!」 油断なくレンドを構えているアルシンに、イーケンは地団駄を踏みながら訴えた。 「まあまあ、焦っちゃダメですよ、イーケンさま」 目標を志狼に定めたアルシンは、レンドの引き金を引き、言葉を続ける。 「うぉっ!?」 グレマルキンの体がアルシンを志狼の視界から隠していたために、志狼の反応が遅れた。 「シロー?!」エリィが悲鳴を上げる。 「《シールド》」 かんこんきんっ。 相変わらず戦闘には参加していないトーコだったが、志狼が傷つくのを黙って見ているほど彼女は薄情ではない。 「サ──」 「貸し1ね」 ……薄情ではなかったが、寛大という訳でもなかったようだ。 「ぅ分かったよ」 礼を言おうとしたのだが、「貸し」として付けられてしまった以上、礼は言わなくてもいいだろう。 貸しを返せるあてもないまま、志狼は、アルシンとの間合いを詰めた。 「アタシたちの目的は、勇者をやっつけることじゃなくて、ここの封印を解くことです」 志狼に向けてうち出した矢が全部ハズレたことに、アルシンは舌打ちをする。 「アルちゃん!」 彼をかばうように、サンワンが前に立ち、志狼めがけて金棒を振り下ろした。 「っわっ?!」 急ブレーキをかけて踏みとどまった志狼は、目の前に振り下ろされた金棒の威力に、冷や汗をたらす。 何せ、床がぼこっと陥没したのだから、その威力たるや推して知るべし、である。 「志狼、まともにうちあうのは無理だ」 「分かってる!」 ヴォルネスの忠告に従い、志狼は距離を取った。 サンワンにかばわれたアルシンは、レンドに矢をつがえ直しながら、 「今のアタシたちの戦力で、マトモに勇者たちと渡り合えるハズがありませんよ。イーケンさま」 すべての矢を装填し終えると、今度はルインを目がけ、引き金を引いた。 「フン」 向かって来る矢を、彼女はつまらなさそうにたたき落とす。 「そッ、そうだったね」 むんっと気合を入れ直したイーケンは背後を振り返り、泉の中をのぞき込む。 彼女のその動きをエリクは見逃さなかった。 「トーコさん、あの泉の上に移動できませんか?」 「できるわよ。エリクさんも行く?」 きょとんと目を丸くしながら、トーコは問いかけ主であるエリクを見つめる。 「お願いできますか?」 「了解、了解」 軽く応じたトーコは、エリクの肩に手を置いた。 「どうかしたんですか?」 「何かあるの? パパ」 悠とエリィが尋ねると同時に、トーコはエリクを連れて《テレポート》。 泉の上に出た次の瞬間には、自身には《レビーテション》を、エリクには《フロート》をかける。 「しまった!」 真上から泉を見下ろすと、泉の中にもグレマルキンがいたのだ。 「バレた!?」 エリクの声を聞いたイーケンは、腰から自分の獲物を取り出し、彼に向かって投げ付ける。 じゃららっと物騒な音を立てた、ソレは 「横へ参りま〜す」 トーコがエリクの浮遊位置を変更したことにより、あっさり無効化された。 「千鳥鉄(ちどりがね)か……珍しいモノ持ってるわね」 千鳥鉄は、鉄の管の中に、分銅をつけた鎖を仕込んだ武器のことである。鎖が出ないもう一方の先には房がついており、 これを引っ張ると鎖が管の中に収容されるようになっていた。 「へぇ、コイツを知ってるのかい」 鎖を鉄の管の中に戻しながら、イーケンは笑う。 「名前だけはね」 トーコがひょいと肩をすくめてみせたその時、泉に潜っていたグレマルキンがひょっこりを顔を出した。 「忘れてた! 一体、泉の中に落ちてたんだ!」 「それってマズいんじゃねぇのか!?」 志狼の言うとおりである。 泉からはい上がってきたグレマルキンの手には小さな小ビンが握られていた。 「あれは!」 珍しく大声を張り上げ、綾奈が広場に出た。 「よくやったよォ! お前」 小ビンを受け取ったイーケンは勝ち誇った笑みを浮かべる。 「ダメェッッ! そのビンを開けさせないで!!」 綾奈が叫んだが、 「もう遅いよ!」 イーケンはさっさと小ビンのフタを開けてしまった。 どんっ!!「ぐわっ!?」 直後、とんでもないプレッシャーが広場にのしかかった。 「なんっ……」 宙に浮いていたトーコもそれに耐えられず、泉へ落下。エリクも泉の側へ落とされてしまう。 「パパ! トーコちゃん!」 慌てて広場へ駆け出そうとしたエリィだが、 「馬鹿! 来るな!!」 志狼に叱責され、足を止めた。 《ハハハハハ》《ホホホホホ》《ヒヒヒヒッ》《自由だ!》《自由だ! 待ち望んだ自由が訪れたぞ!!》 プレッシャーに続いて、目に見えない大きな塊のようなものが広場を闊歩しているらしい。 ごうという、風を切り裂く音だけが、セイジたちの耳に残る。 「ブレイカー!」 セイジは相棒の名を口にした。だが、 「無理だ! 今はどうしようもない!」 返って来た答えは、苦渋に満ちたものであった。 ぴしぴしと音を立て、広場を取り囲む壁に亀裂が入る。塊たちは、こうして暴れることで、この場に施されている封じの魔法を破ろうとしているらしい。 《帰ろうぞ、我らが國へ》《帰ろう。あの星空へ》《帰るぞ》《帰るとも》《行こう、行こう》 ごうごうと四方八方を飛び交う見えない塊に翻弄されながらも、ルインは一発逆転のチャンスを狙って、周囲を観察していた。 《解放してくれた礼にこの場から、連れ去ってやろう》 見えない塊の一つがそう言い、ブラック・スターズとグレマルキンをいずこかへ連れ去ってしまう。 その時、イーケンの手から小ビンが落ちたのをルインは見逃さなかった。 「くそっ。完全にしてやられたな」 忌ま忌ましげに舌を鳴らし、ルインは小ビンを拾う。 どどうどどどう一段と大きな唸り声をあげて、見えない塊の一段はいずこかへと消え去った。 「阻止……できなかったわね」 見えない塊の一団が去ってしまうと、泉の光も消えうせてしまった。すっかり暗くなってしまった広場を悠は、呆然と眺めている。 「っと、姉ちゃん! 姉ちゃん、無事!?」 はっと我に返ったユ−キは、慌てて泉の中をのぞき込む。 「いちま〜い、に〜まぁい……さんまぁ〜い……」 恨みがましい声とともに、泉の中から青白い顔をした女の幽霊が!(違) 「大丈夫そうですね」 胸の前で両手をだらんと下げ、髪の毛を頬にべっとりと張り付けたトーコを見て、イサムが苦笑いを漏らした。 「まァ、ね。エリクさんは?」 「腰を強く打ちましたけど、大丈夫ですよ」 いたたたと、腰をさすりながら、エリクが答える。 「くそっ。こんなことになるなんてな」 剣を鞘に戻し、セイジは悔しそうに柱を殴りつけた。 「ああ。こうなっちまった以上、ぐずぐずしてらんないぜ。早く戻って律子さんにこのことを知らせなきゃな」 「そうね」 「でもでも、あいつらって星空へ帰るって言ってなかった? 封印が解かれたことは残念だけど、 星空へ行っちゃったんなら、すぐにどうこうってことはなさそうだけど……」 エリィの言い分にも一理ありそうに思えたが、綾奈は静かに首を振り、 「封印が解かれたということは、彼らを自由に呼び出せるようになったということです。 となれば、トリニティが彼らを呼び出し、この世界に災いをもたらす、ということも十分に考えられます」 「にゃ、にゃるほろ〜。んじゃあ、私たちはどうしたらいいのかな?」 「とりあえず戻って、律子さんと今後の対応策について相談、ということになるわね」 「専門家の意見も聞いて、何とか対策を練らないと、取り返しのつかないことになるかもしれません。急ぎましょう」 悠、エリクが続けて言うので、一行は慌ただしく元来た道を引き返して行った。 < 「あたし、びしょ濡れだから先に帰るわよ」 クシュンと可愛らしいクシャミを飛ばしたトーコは、そのまま《テレポート》でランド・シップへ戻って行く。 「おい、待て!」 変身を解いたルインが、とあることに気づいて振り返り、 「トーコの《テレポート》とやらで、ここにいる全員をシップに戻すことはできないのか?」 疑問を口にしたが、その時にはもうトーコの姿は消えていた。 「あ……」 そう言われれば、とユーキは振り返るが、トーコは消えてしまった後である。 「……イサム兄さん、それ担いで帰んなきゃなンないんだよね?」 兄が担いでいる偃月刀を見上げ、ユーキが冷や汗を浮かべた。 「……大丈夫スか?」 「まあ、これくらいなら……ところで、外は夜なんじゃないんですか?」 「・・・・・・・そうだな」 行きはよいよい 帰りは怖い。 「姉ちゃん……」 「トーコちゃぁん……」 かむぶわぁーっく。 どうやら、まだまだ多難はついて回るようである。 「ところでイーケンさま、結局のところアタシたちって何だったのかちら?」 「封印を解いただけやったら、あの悪魔共を従えることができへんかったしなぁ」 「お馬鹿。あいつらが言ってたろう?! 今度は、ゾディアック・リングとやらを探すんだよッ! 今回はあれだよ、アレ」 「下準備ってヤツですか?」 「そう! それだよ、それ!! いいかい、お前たち、この仕事はこれからが本番だよ!!」 「アラサッサ」 「ホラサッサ」 PiPoPPo 万年雪が残る某高峰にて、ブラック・スターズの3人組プラス1は寒さに身を凍えさせながら、かたく誓い合うのであった。 眠っていると、側に何かが現れた。夢うつつながらも、それが知らないモノだと分かる。 それは動かない。しばらく観察してみると、かなり強い輝きを持ったモノだと分かる。 極上の餌が、向こうからやって来てくれたようだ。ここ数日がそうであったように、今回もこれをいただかない手はない。 今までと同様、食指を伸ばし、それを喰らう。 《封印は解かれた》 喰われながら、それが口を開いた。 《12の指輪、ゾディアック・リングを探せ。そうすれば、奴らを再び封印することが──》 関係ない。さっさと喰われてしまえ。 望んだ通り、それはすぐに喰いつくされ、静かになった。 「たっだいま!」 「あ、トーコ。お帰りなさいってどうしたんですか? ズブ濡れですよ」 「水も滴るイイ女ってヤツよ」 「それは分かりましたから、早く着替えてください。風邪を引いても知りませんわよ」 うっすらと目を開けると、何故かビッショリ濡れた妹がそこにいた。 「馬鹿は風邪引かないっつーから、大丈夫だろ」 ふやふやとあくびをもらし、もう一度目を閉じる。 「馬鹿って言うな!」 「ああ、大馬鹿だったな」 「違うわ!!」 妹の反論が聞こえて来たが、再び眠りについてしまったので答えることはできなかった。 |