オリジナルブレイブサーガ

探検 地中都市



 この世界は、少年のよく知る世界ではない。鉄筋コンクリート製の高層ビル郡など、少年の住まう世界には存在しなかったものだ。
 少年が当たり前のものとして行使する魔法。これも、この世界では過去のものとなってしまっている。ごくごく一部の人間が、 それらの忘れられた技術を細々と継承しているようだ。
 少年は夢を見る。
 幾柱もの精霊の夢。少年と馴染み深い風の精霊から、火や水、土の精霊など、たくさんの精霊が姿を見せた。
《…ケテ…》
 少年は夢を聴く。

《封印ヲ…守ッテ……》
 助けを求める声を聴く。
 そして、朝──
「どうかしたのか?」
 目を覚ました相棒の様子がおかしい。
 ベッドの傍らに立て掛けられている剣が問いかけた。背に鋸状の刃を備えた剣は、ソードブレイカーと呼ばれる種類の剣である。 形状も特殊ながら、この剣はインテリジェンスソードという、魔法技術が生み出した立派な魔法剣でもあった。
 知識のみならず、れっきとした自我を備えたこの剣、名をブレイカーという。
「いや、ちょっとな」
 彼の相棒、セイジ・ミナミは昨夜の夢を頭の中で思い返していた。
 この艦には精霊よりも高い位を持つ聖霊がいる。彼らに会って、話を聞いてみるべきだろうか。
 他にも並々ならぬ霊力や魔力を有している者だっている。個別に聞いて回るよりは、艦長の律子か副艦長の神楽にでも話して、 一括にまとめてもらった方が面倒がなくてよさそうだ。
「よし」
 セイジは一人うなずくと、手早く身支度を整え、相棒と愛剣を腰にぶら下げ、部屋から出て行く。
「何が、よしなんだ?」
 少年の腰にぶら下がったまま、ブレイカーは訳が分かんねぇんだけどよ、と彼に向かってボヤいたのだった。


「あ……」
「よぉ。おはよう」
「お、おはようございます」
 セイジがブリッジに向かって歩いていると、メガセイヴァーチームの竜ノ宮綾奈と出くわした。 名前こそ知ってはいるが、セイジと彼女の接点はさほど多くない。そのまま、別れようとしたのだが、 どうやら彼女も向かう先は同じのようだ。
 少し首をひねったセイジは、ひょっとしてと綾奈に声をかける。
「もしかして、あんたも精霊の夢を見たのか?」
「えぇ。たくさんの精霊が《助けて》《封印を守って》と……あなたも……ですか?」
「ああ。それで、他のヤツにも話を聞こうと思ってさ。こういうのは、個別に聞くより、上に話を通して一度に済ませた方が手っ取り 早いだろ?」
 セイジの言葉に、少女もうなずいた。
「おはようございまーす」
 二人がブリッジに足を運ぶことは、ほとんどない。彼らが外部の者と接触する必要は皆無に近かったし、 ブリッジスタッフを手伝おうにも機械とは無縁の生活を送ってきたのである。手伝いたくても手伝えないのが現状だった。
「あら、珍しいじゃない」
 ブリッジに入って来た二人を出迎えのは、如月悠。綾奈と同じ世界から来た、考古学者である。その側には、ラストガーディア ン艦長綾摩律子の姿もあった。
『あ、セイジ! ひっさりぶり〜』
「ユーキ? どうしたんだよ?」
 通信画面に映っている少年は、家族たちと共に艦を離れていた。その理由は、故郷との生活環境の違いにより、 勘が少々鈍って来たようなので、それを取り戻したい、とのことらしい。格納庫から彼らの持ち込んだランド・シップが消えて、 そろそろ9日近くが経とうとしていた。
『あ〜、うん。この近くでブロンを時々見かけるんだけど、どうしよっかって、連絡。そっちは?』
「オレは──」
 セイジが昨夜の夢について話し始めようとした時、通信画面の隅っこにぼんやりとした人影が映った。
「あっ!」セイジと綾奈が思わず声を上げる。
 夢に出て来た精霊とよく似たカタチの人影は、二人が声を出すと同時に、どこから共なく現れた影の顎に飲み込まれてしまった。
『え!? 何? なにっ?!』
 とっさに身構えたユーキが、キョロキョロとあたりを見回している。
『何にもないけど、どうしたの?』
「ユーキ、何の気配も感じなかったのか?」
『ぅえ? 気配? ううん、全然』
 ユーキは不思議そうに首をかしげた。
「今のは精霊・・・だったよな?」
「ブレイカーにも見えたのか」
「ああ。当たり前だろ」
 腰にぶら下がっている相棒の言葉に力を得たセイジは、ここに来た目的を含めて、今見たものを説明する。
「精霊が助けを?」
 シートに腰を下ろしたまま、律子が難しげに眉を寄せた。
「他のかたからそういった話は?」
「今のところ、あなたたちが最初よ」
「……律子さん、ユーキ君の報告にある場所なんだけど……」
 こちらもまた難しげな表情で、悠が口を開く。



「悪魔が封じられた場所……か」
 悠の背中を追いかけながら、セイジはつぶやいた。
「そう。ユーキ君が証言してる、ブロンの向かっている方向とその伝説が残っている遺跡の場所が、ほぼぴったり重なるのよ」
「その悪魔を封じているのが精霊で、彼らはトリニティによってその封印が解かれるのを恐れている……ということなんでしょうか?」
「今のところ、そうとしか考えられないわね。ま、その辺の真偽を確かめるために、これから現地へ行くんじゃない」
 歩幅が合わず、綾奈は小走りで悠を追いかけている。
「オレたちだけでか?」現地へ行けば、ウィルダネスからやって来たモンスター(笑)がいるが、それでも万全とは言いがたい。
「そうねぇ……」
 思案に耽り立ち止まった悠の目に、漆黒のクールビューティー、ルインの姿がとまる。彼女はいつもの無表情で購買部の前に立っていた。
「まずは一人目」
 にんまりと笑った悠は有無を言わせず、ルインの首根っこをひっつかまえる。
「なんだなんだ?」
 首根っこをひっつかまれたまま、ルインが目を真ん丸くしていた。彼女の手にはなぜか、茶筒が握られている。
「何でそんなモン、持ってるんだ?」
 きれいな和紙がはられた茶筒を指さし、セイジが問いかけると、
「茶葉が切れたので買いに来たんだ」
 ところが、購買部はまだ閉まっていた、というわけである。
「玉露の良い物が入荷したと聞いたんだが」
「お茶なら、イサム君にいれてもらえばいいじゃない」
「イサム? イサムは今、留守にしているはずだろう」
「会いに行くのよ、今からね」
 悠が肩越しにウインクを飛ばすと、
「毎朝毎朝、ンとに怪我の多いオトコだね〜」
「うっせぇ」
 エリス=ベルと御剣志狼の二人がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。その後ろには、 彼らの保護者であるエリク=ベルと御剣剣十郎の姿も見える。
「いやあ、今日も良いものを見せてもらいました」
「あの程度でよければいつでも……うん? 悠殿、いかがなされた?」
 彼女の視線に気づいた剣十郎が、軽く眉を持ち上げて問いかけてきてくれた。悠はこれ幸いとばかりに、 ユーキの報告、セイジと綾奈が見た夢、そしてブロンの向かう先は、悪魔が封印されているという伝説の残る遺跡があることを話す。
「ほほぅ、遺跡……ですか」
 金髪の親娘の目が、同時にきらんと輝いた。
「私も行きたいっ! 行っていいよね、シロー! って言うか、 これはもう行くしかないよね、シロー。行こうよ、シロー。行くよね、シロー」
 早口でぺらぺらとまくし立てられ、志狼は思わず「ああ」と答えてしまった。
「ん? 待て!」慌てて待ったをかけるが、時既に遅しである。
「と、言うわけで! 私たちも一緒に行くよ〜♪」
「ありがとう。助かるわあ」
 うふ。にぃ〜っこりとほほ笑む悠に、もうちょっと考えさせてくださいとは言い出せない、志狼であった。
 ぽん。
 背後を振り返ると、セイジが何も言うなと言わんばかりに、首を左右に振っていた。
「未熟者」剣十郎のポソリとしたつぶやきに、何も言い返せない、志狼である。
「そういうことでしたら、僕もお手伝いしましょう」
 にこにこと変わらぬ笑みを浮かべながら、エリクも申し出て来た。
 こうして、遺跡調査隊のメンバーが決定したのである。
「……ところで、その遺跡にはどうやって行くんだ?」
 志狼の腰にぶら下がっているヴォルネスが、遠慮がちに問いかけた。
「さあな。ま、どうにでもなるだろ」
 気楽な返事の主は、セイジの腰にぶら下がっているブレイカーであった。


*****


『随分、派手な出迎えだなッ』
「全くだ」
 メガセヴァーチーム所有するアークの甲板。ヴォルネスに搭乗している志狼が舌打ちをする。
「くそぅ。こっちが飛べないと知ってて、この仕打ちかよ!?」
 彼らと同じくアークの甲板に立つブレイカーが、悔しそうに地団駄を踏む。
「まずいわね」
 アークの艦長席に腰を下ろしている悠は、苛立たしげに親指の爪を噛んだ。
 アークを取り巻くのは空中戦用のブロンたちである。ところが、この艦に搭乗しているロボット、 ヴォルネスとブレイカーには飛行能力がない。アークの火力だけでこの場をしのぎ切れるかというと、それも心もとない。
「ルイン! あなたも出て!!」
 後ろを振り返り、悠が叫ぶ。
「私も? コレを持ったままか?」
 ルインは、今もなおしっかり握り締めている茶筒を悠に見せた。
「それは……置いて行きなさい。誰もとらないわよ」
 額に手を当て、悠はため息をつく。まるで、お気に入りのぬいぐるみを四六時中離そうとしない、幼子のようだ。
< 「分かった」非常に名残惜しそうに答えたルインだったが、
「いや、私が出なくても問題はなさそうだ」
「どういうこと?」
 彼女の答えに、エリィが首を捻る。
 その頃甲板では、まだ苦戦が続いていた。
「くっそ。どうすりゃいいんだ!?」
 合体してみるか? セイジがその案を口に仕掛けたその時、
「フェザー・ビット《フレイム》っ!」
「ノーブルレッド!」
 聞き覚えのある二つの声が届いた。
「あ! ラシュネスとグレイス!」
 エリィがぱあっと顔をほころばせる。
「お迎えに来ましたよッ」
 背に二対の翼を生やしたラシュネスが、にっこりと笑う。そのすぐ隣では艶やかな淑女のようなグレイスが、 こちらもにこやかに笑っていた。
「増援が来たのね。これなら、あなたが出なくても大丈夫みたいね」
「うむ」
 茶筒を手放さなくてすんだのが、よほど嬉しいらしい。ルインは、ことのほか力強くうなずいた。
「ブロンたちは、わたくしたちが落とします。お二人には、後始末をお願いいたしますわ」
 扇をぱっと開き、彼女はヴォルネスとブレイカーに視線を送る。
「そういうことなら、」
「任せろ!」
 二人が力強くうなずき返すのを見て、グレイスもまたうなずいた。
「それじゃあ、行きますよ〜」
 顔立ちがやや大人びても、中身はラシュネスのままである。いつもの間延びした口調で言い、彼はビットに命令を下した。
 ブロンにトドメを指すのは、ヴォルネスとブレイカーに任せ、ラシュネスとグレイスは敵機の飛行能力を潰していく。
 対等な条件に立てば、ブロン程度に遅れを取るような二人ではないからである。
「やった、やった♪」
「うむ」
 ものの10分とかからずに、彼らはブロンの小隊を全滅させた。
「ふぅ。疲れました」
 ノアの甲板におりたラシュネスは、早々に元の5メートルの体格へ戻る。グレイスも同じだ。彼らのパワーアップ方法は、 合体ではなく《ファイナル・アップ》と呼ばれる、巨大化である。
 ラシュネスの弁によれば、
「ず〜っと大きいままだと、すっごくすっごく疲れるんですぅ〜」とのことだ。
 そのため、用が終わればさっさと元に戻るし、巨大化もなるべくしないようにしているのである。
『トーコたちは、大丈夫なのか?』
「もちろんですよ。今も張り切って戦ってますよ」
 ラシュネスが答えた直後、西の空に大きな雷が一つ、落ちた。
「……その、ようだな」
 ヴォルネスが一筋の冷や汗を垂らしながら答える。
「いつ見てもおっそろしいぜ」
 その隣で、ブレイカーもつぶやいていた。
 精霊やドリームミストの助けもなく、また呪文や特別な儀式も必要とせず、個人の精神力だけで、 今のような雷を落としてしまうのだから、異能力者とは恐ろしい存在である。
 つくづく、彼らが敵にならなくて良かった、と思うのだった。
 雷が落ちた地点に向かうと、見慣れた四角い物体が停まっている。その回りには、三つの人影があった。


「ひっさしぶり、志狼!」
「おう。久しぶりだな」
 にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべて、ユーキが志狼の元へ駆け寄ってくる。
 尻尾があったら、絶対に右へ左へ、大きく揺れているんだろうなと、そんな取り留めのないことを思いながら、 志狼は苦笑いを浮かべた。
「久しぶり。ユーキから話は聞いてるわ」
「久しぶりです。早速で悪いんですけど、その遺跡の近くまで乗せて行ってもらえますか?」
「もちろん。悠のそういう仕事熱心なトコ、スキよ」
「トッ、トーコさん……」
 思わぬほめ言葉に、悠は頬を赤く染めた。トーコはくすくすと笑っている。
 ランド・シップをアークに収容し、移動した方が移動時間の短縮に繋がるのだが、 エリィが「あの中がどうなってるのか見てみたい!」と言うので、悠もそれに賛同したのだ。
 彼女だけでなく、悠もランド・シップの内部には多いに興味があったのである。
「いつまでも外にいたってしょうがないし、中へ入ってよ」
「ああ」
 ユーキの案内にしたがって、セイジたちがシップの中へ入って行く。彼らの背中を眺めていたイサムが、 ふとルインの手の中にある物に気づいた。
「ルインさん、その茶筒はどうしたんですか?」
「む? これか? これはな──」
 ルインは今朝の出来事をイサムに話す。話を聞いたイサムは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そういうことなら、今日のお茶は玉露にしましょうか。お茶受けは俺が作ったんです」
「お前が?」
 軽く目を見張るルインに、イサムは「見様見真似の素人料理ですが」と笑いかける。
 ユーキに案内され、一行はリビングに足を踏み入れた。
「うわぁ〜、結構広いんだね」
 リビングの奥には落下防止用の柵が取り付けられている。そこから身を乗り出し、エリィがぐるりと回りを見回した。
「あんまり乗り出すと危ないですよ〜」
 柵の向こう側は、ラシュネスとグレイスがくつろげるようになっている。
「…………」
 ローソファーで眠っていたジャンクが身を起こしたのを見て、エリクが軽く頭を下げた。
「これは起こしてしまいましたか」
「……いや、構わねぇよ」
 前髪をかきあげて答えた彼は、珍しく髪を結んでいない。格納庫に出したソファーで寝ていることも珍しくないジャンクだが、 その時は首の後ろの所で髪を一まとめに括っているのだ。
「いつもと雰囲気が違うわね」
「そう……ですね」
 悠のつぶやきに綾奈も小声で応じた。
 当の本人は、テーブルに置いていたバンダナを手に、ソファーを立つ。手慣れた様子で髪をまとめると、 部屋の片隅に置いてあるサイフォンからコーヒーをカップに注ぎ、それを口元に運んでいた。
「おっまたせ〜。立ってないで、適当に座ってよ」
 ユーキに勧められ、セイジたちはてきとうな位置に腰を下ろす。ユーキの後ろには、 イサムもいて、持っているお盆の上には、ポットや急須、湯冷まし、湯飲みが乗っていた。
 本日のおやつは、玉露と一口パイ3種である。
「中身は小倉餡とサツマイモ餡、枝豆餡の3種類ですよ」
「これは、美味しいですね」
 玉露の湯気で眼鏡を曇らせながら、エリクがパイを口に運んだ。
「あっさりした甘みで美味しいです」
 パイ皮がこぼれても大丈夫なように、口元に手を添えながら、綾奈も美味しそうに目を細める。
「お気に召してもらえたなら、何よりです」
 かいがいしくお茶を入れながら、イサムが笑う。
「トーコはどうした?」
 玉露用の小ぶりの湯飲みを口元に運びながら、ルインがたずねた。 いつもの鋭い口調ながら、たずねる表情はやや緩みがちである。ようやく念願の玉露が口にできたのだから、 当然といえば当然かもしれない。
「上だろ。じきに下りてくる」
 ジャンクが言ったとおり、トーコはすぐに上から下りて来た。
「後一時間もすれば、山裾に着くわよ〜」
 落下防止用の柵の向こうから姿を見せたので、一行はぎょっと目を丸くする。その後で、 彼女は宙に浮けるのだということを思い出し、ホッと胸を撫で下ろす。
「人数も揃ったことだし、今のところ分かっていることの説明をするわね」
 とは言え、悠のこれは口実で、その実態はラシュネスたちが現状をどこまで知っているのか、確認するためであった。
「ふぅん……精霊の夢に封印された悪魔ねぇ……」
 精霊も悪魔も、トーコたちにとってはあまりなじみのない言葉である。
「伝説によれば、そこに封じられているのは、ソロモン王が封じた72の悪魔らしいけど……これがねぇ……」
 ふぅ。複雑な表情を浮かべ、悠がため息をつく。その理由が分からない一同は、クエスチョンマークを浮かべて首をかしげた。
 ソロモン王はイスラエル王国史上、もっとも賢明なる君主として高名である。 彼は創成記戦争の敗者である72将の悪魔に興味を持った。ソロモン王は、いかなる方法を用いてかは定かではないが、 彼らを呼び出し、さまざまな労役を課す。そして、散々こき使ったあげく、真ちゅうの小ビンに閉じ込めてしまったのだ。
「なんか、報われないわね」
 トーコの感想に、悠は苦笑いを浮かべるしかない。
「そうですね。でも、彼らはバビロニア人によって解放された、という説もあるんですよ」
 悠の言葉尻を受け継ぐ形で、エリクが補足を付け加えた。
「伝説に、誇張や欠落、解釈の違いなどによる間違った伝播などは付き物ですからね」
「それって、その伝説もどこまで信用していいか、分からないってコト?」
「ユーキ君、それを言っちゃうとミもフタもないわ。確かにエリクさんの言うとおりだけど、 伝説っていうのは何の根拠もなく作られるものじゃないのよ」
「そうだぞ。蓋を引っ繰り返してみたら、とんでもない大ボラだったとしても、伝説って言うのは、 何らかの真実を含んでいるモンなんだ」
 うんうんと一人うなずきながら、セイジが言う。
「随分実感がこもってますね」
「そりゃまあ、なんだ。オレたちも冒険者としてあっちこっちの遺跡に出入りしてるわけだし、 その時々によっちゃあ伝説を手掛かりに遺跡に潜ることだってあるしな」
 イサムの感想に、ブレイカーがしみじみとした口調で答えるのだった。
「まあ、伝説が嘘か本当か分からねぇけど、とにかくその遺跡とやらに行ってみるしかねぇんだろ?」
「志狼君の言うとおりなんだけどね」
 苦笑を浮かべた悠は、そこでラシュネスたちの方へ顔を向けた。
「そうそう、肝心なことを忘れてたわ。問題の遺跡なんだけど、これが地下にあるのよ」
「地下に……ですか?」
 首をかしげるグレイスに、悠は「そうなの」とうなずく。
「それでね、その入り口って言うのが、私たちがようやく通れるぐらいの狭いものなの」
「ぅえぇっ!? そ、それじゃあ、わたしたちはお留守番ですかあ?」
「残念だけど、そうなるわね」
「あらまあ……どうしましょう」
 困りましたわね、とグレイスは頬に手を当てた。彼女はイサムの護衛ロボットなのである。 守るべき対象であるイサムと離れるのは、グレイスにとって歓迎すべき事柄ではない。
「アンタたちだけシップに残していくのもねぇ……」トーコが小さくうなると、
「お前たちだけで行って来れば良い」
 たばこに火を点けながら、ジャンクが言った。
 これから敵陣に乗り込むわけだから、あまり大っぴらに通信をするのは好ましくないが、間にジャンクが立てば、 その問題は一気に解決される。
 何せ、彼には精神感応能力がある。何かあったとしても、異能力者たちからジャンクに呼びかければ、何の問題もない。
 また、出発隊にトーコがついて行けば、不測の事態が発生しても《テレポート》で瞬時にここまで引き返してくることが可能である。
「便利なものだな。異能力というものは」
「隣の花は赤いのと同じですよ」
 ルインのつぶやきに、イサムが苦笑いをこぼした。
 そんなわけで、
「い〜ってらぁ〜っしゃ〜い」
「気をつけてくださいましね〜」
 ラシュネスとグレイスの見送りを受けて、調査隊はランド・シップを出発。
 ジャンクはと言うと、シップの甲板に腰を下ろして、彼らを見送っていた。
「精霊が助けを求めて……か」
 彼は皮肉げな笑みを浮かべて、肩越しに己の影を見やる。 もしもこの場に高い精神感応能力を持つ者がいたとしたらあるいは──彼の影の中に無数の苦悶に満ちた顔を見ることが できたかも知れない。
「汝は我。我に敗北し、屈服せし汝なれば、己が運命を受け入れ、服従し隷属せよ。我、動かず。真実、我を動かしたるはただ一人也」
 ジャンクは小声で唄うように言葉を紡いだ。
「はう〜、見えなくなっちゃいました」
「本当に偃月刀は持って行かなくて良かったのでしょうか?」
「必要ならトーコが呼び寄せるだろ」
 立ち上がり、ジャンクは言う。
「見送る背中がなくなったんだ、中に入るぞ」
「はい〜」
「そうですわね」
 シップの脇に取り付けられた階段を下りるジャンクの言い分に納得し、ロボットたちはシップの中へ戻って行った。





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