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 傍若無人を素でいくようなオルゲイトだが、他人との交流が全くない訳ではない。友好的かどうかは別にして、コレクター同士、情報、あるいは品物を交換するなど、それなりに幅広い付き合いをしている。
 今、訪ねようとしているのも、同好の士の1人であった。
 魔法の道を極めんと、自らの肉体を差し出した、求道者。その名は、広く知られており、彼もまたコレクションに加えられたらと思わないでもないのだが……そうするには、いささか相手が悪すぎる。千日手になるのが目に見えているからだ。
「ごきげんよう」
「良いわけねえだろ。何しに来やがった」
 彼の助手に案内された先は、何もない。館の主と彼が座る椅子が1つ。出迎えの言葉からも分かるように、館の主はオルゲイトを長居させるつもりはないらしい。
 とはいえ、この程度のことで気分を害するほど、オルゲイトは狭量ではなかった。
「実は、君に頼みがあって来たのだよ」
「はァ? 明日は氷河期だな」
「ずいぶんな言われようだな。まぁ、いい。吾輩の箱庭に君の物と思わしき物が紛れ込んでいてね……それを回収してもらいたい」
「着払いで発送してくれて構わねえぞ」
「すまないが、できない理由があるのだよ」
 答えたオルゲイトはチップを彼に放り投げた。
「何だ?」
 チップを受け取った彼は、何もない空間にすっと手を滑らせた。とたん、幾つものディスプレイが姿を見せる。彼はこの館のどこにいても、空間投影型の演算装置を起動させることができるのだ。
 オルゲイトは彼がチップの読み込み作業を始めたことを確認し、
「それに……未来を変えてみたくてね」不敵に笑い、用は済んだと彼に背を向けた。
 が、帰り道を塞ぐ者がいることに軽く目を見張った。彼の助手ではない、別の者。
「……これは驚いた……何故、君がここに?」
「お前に変えられる未来はない、ということだ」
 新たに現れた男は、黒いローブをまとい、全身をすっぽりと覆い隠していた。その姿は、絵画などに描かれる死に神のようでもある。
「さて、どうかな? では……頼んだよ。大魔道士殿」
「へーへー」
 やる気の欠片も感じられない返事ではあったが、オルゲイトはぴくりとも眉を動かさずに、その場を後にした。その姿が見えなくなると、
「ジェーン! 塩まいとけ、塩! けちけちしねえで、聖別した3Sランクのやつだ!」
「どういう扱いだ、それ」
 3Sランクと言えば、界魔王級の者も退けられるほどの力を持つとされている物だ。言いかえれば、それだけオルゲイトの力が脅威だという訳だが──
「ちっ……面倒臭ぇ」大魔道士は、ちっとも聞いていなかった。
「──ところで、何か用か」
 オルゲイトが投げたチップにウイルスの類が仕込まれていないか、機械に確認させながら、大魔道士は死に神へ質問を投げかける。
「まぁな」問われた死に神は、ひょいと肩をすくめ「それ絡みだ」と彼が見ている、画面を指差した。
「これの?」訳が分からないと首を傾げた大魔道士だが、そこはそれ。まあいいかと、とりあえず、彼の訪問理由を脇にのけ、
「ジェーン! 塩まいたら、次は酒な、酒!」大きな声を張り上げた。
「これから真面目な話をしようってのに、酒かよ」
「大人の話は、酒を飲みながらって、相場は決まってんだよ」大魔道士が答えると、
「違いない」死に神は、軽く笑って肩をすくめたのだった。

 ***********************

「──っつーわけで、だ。もう、繋いでっから行って来てくれ」
「唐突やな」
 茹でたトウモロコシを食べていた少女は、口の中の物を飲み込んでから、ぱちりぱちりと瞬きをした。彼はいつもこんな感じなので、「何が、っつーわけやねん!」という、ありふれたツッコミはしない。労力の無駄と言うものである。それに──
「かしこまりました。ワタシにお任せ下さい! グリモワール様!」
 10代半ばくらいの少女は、座っていたソファーから立ち上がると、もの凄い勢いで、リビングから飛び出て行ってしまった。
「……気が早すぎんだろ、エナ」
「どこに何をしに行くのかも分からないってのにな」
 エナと呼んだ少女が出て行ったドアを男2人が、呆然と見つめている。
「天才やから、分かってるんとちゃう? ウチら凡人はそうもいかへんけど」
 しっかり、トウモロコシを食べ終えた少女は、エナがグリモワールと呼んだ彼に向って、両手を差し出した。同じように、男2人も手を差し出す。
「……その手の意味は?」
「何をしに行くかの資料、下さい」
 最初に答えたのは、20くらいの青年。ツンツンした固そうな髪と鋭い目つきの持ち主である。続いて、その横にいる中学生くらいの少年が、アーモンド型の目をくりっと動かし、
「旅のしおり。ジェーンが作ってくれてるんだろ?」
 グリモワールの助手をつとめる女性の名を口にした。最後に、ふわっふわ天然パーマの髪の少女が八重歯を覗かせながら、にっこり笑って、
「金は天下の回り者〜って言うやろ?」
 一番の年少者が、一番しっかり(ちゃっかり?)しているようだ。
「あ〜……お使いの資料はこれ」グリモワールは、纏っていたローブの下から、A4サイズのファイルを取り出し、青年に渡す。厚さは1センチそこそこ。
「旅のしおりは、残念ながらない。世界には違いないが、私有界なんだ」
「私有界?! っは〜……噂には聞いてたけど、本当にあるんだな」
 少年が目を真ん丸くして驚いているが、少女には何のことだか分からない。
「なぁ、クオン。その、しゆーかいっていうんは何なん?」
「ん〜……こっちでもあるだろ? 個人が所有してる島。あれの世界版だと思えばいい」
「は? ってことは……地球を個人が財産として持ってるようなもんってことか?」
 少年の答えに、青年がファイルを読むのを中断して確認の問いを口にした。
「そうそう。オミの言う通り」
「っはー!? 地球が個人財産って……そんなんアリ?!」
「ありだ。別に税金取られたりしねえしな」
「マジっすか……どんだけ金持って……って、金の問題じゃないんすよね?」
「金で買うこともできるけどな、その場合は私有界じゃなく、所有界っつーんだ」
 その場合、多くは税金が発生する。
「もぉええわ。ウチらには理解できへんスケールやっちゅーことは分かるから。それで、オミさん。そのしゆーかいにウチらは何をしに行ったらええん?」
「……紛失物の回収みたいっすけど……どうやったらこんな物、紛失できるんすか」
「気が付いたら、なかったんだよ。だからまあ、紛失っつーか、落としてたっつーか……」
 オミ──本名は武臣と言うのだが、皆はオミと青年を呼んでいた──の呆れたような物言いに、グリモワールは少しばかりではあるが、気まずそうに頬をかく。
 武臣の横から資料を覗いたかなえは、
「いやいや、こんなん、普通は落とせへんし、失くせへえんやろ」
「カナエに賛成」
「いやいや、これが意外によく失くすんだよ」
「絶対ウソや」
「俺もお嬢さんに賛成」
「オレも」
 3対1で、グリモワールの負け。
 ちなみにその頃、部屋を飛び出したエナは、
「ワッ……ワタシとしたことが、肝心なことを忘れていたワ……ッ!」
 家の外で、鉄砲玉のように飛び出してしまった自分のうかつさを嘆いていた。





祭りに昆虫は持ち込まないでください



「ここ、ザケーレの町は、レカズマ信仰が強い町ね」眼鏡の位置を直しながら、ライフが話す。「無法地帯と言われているデューオの中でも、比較的安全な町の1つね」
「ふぅん。どうりで、すさんだ顔が少ないと思ったわ」
 屋台で買ったばかりのアイスキャンデーをなめつつ、トーコが納得したように頷いた。
「いつも買い出しに行く町とあんまり変わらないもんね」
 同じようにアイスキャンデーをなめるエリィは、物珍しそうに回りを見ている。彼女の隣を歩く志狼は、シシカバブのような物を口に入れていた。
 町の大通りは沢山の屋台と人出で賑わっている。道行く人が笑顔なのは、今日がレカズマの祭日──つまりは、お祭りの日だからであろう。
 エリィたちも、お祭りを楽しみにこの町を訪れたのだ。もちろん、マリーの許可は貰っている。それに、現地ガイド付きだから、心強い。
「そのレカズマってのは、何の神様なんだ?」
「不条理を裁く神、と言われているわ。このことから、裁判を司るスゥディーヤや正義の女神ユスティアとの関連も──って、ちょっと、聞いてるの!?」
 ツアー客たちは、沿道に並んだ屋台を物色するのに忙しいらしい。うんちくを披露していたライフはつい怒鳴ったが、
「アイツらのことなんて、どうだっていいだろ! 続きを話せよ!」
 知りたがりのシエルが、ライフの回りを飛び回り、抗議を始めた。
「ちょっ?! 熱心なのはいいけど、そうやって飛び回らないでくれる?!」
「シエル、落ちついて。それじゃあ、ライフさんも話しにくいから」
「むぅ」正人に諭され、シエルはライフの肩にちょこんと座る。その姿は可愛いが──
「さあ、話せよ!」態度はデカい。
 ザケーレの町は、人口約300人。これでも、町の規模としては普通である。町の入り口から中央の広場まで続く大きな通りがあって、広場を囲むように街並みが広がっていた。
 中央の広場には、神殿が作られており、この神殿に祀られているのがレカズマである。
「レカズマはとてもマイナーな神なのよね。彼を主神として祀っている神殿は、世界広しといえども、ここだけよ」
「へえ」
 ライフの講義を熱心に聞いているのは、シエルと正人くらいである。他のメンバーは、相変わらず屋台をひやかすのに忙しいようだ。
 同行したレクスは「宿を取ってくる」と町に到着した早々、一向から離脱。トーコたちに強制連行されたジャンクも彼に同行している。曰く「面倒くさい」だそうだ。今頃、宿で惰眠をむさぼっているに違いない。
「正人さん、唐揚げあるよ、唐揚げ」
 まだ何にも食べてないでしょと、ユーキに声をかけられる。彼の方へ振り向き「ああ」と答えた正人が、「ライフさんもどうですか?」と前を歩いていたエルフに声をかけたら、
「あれ?」
 エルフと妖精の2人連れの姿が消えていた。
「正人さん?」
「……ユーキさん……シエルとライフさんがいなくなった……んですけど……」
「わーぉ。お約束だねえ」
 右手に焼き鳥の串を数本、左手に唐揚げの入った小さな紙袋を持った少年は、軽く眉を持ちあげた。彼の側にいた仲間たちもアチャーな顔をして、立っていた。
 問題は、である。
「まだ、宿の場所が分かってないっていうことだよな」
 シシカバブもどきを咀嚼しながら、志狼が言った。
 大通りに続く脇道に移動し、一向は迷子班をどうするか、話し合っていた。けれど、手に持った食べ物を頬張りながらの会議なので、いささか緊張感には欠ける。
 それほど、大事ではないと受け止めているからこその態度でもあるのだが。
「この人数が泊まれる宿の数はそんなにないだろうし、探せば見つけられると思うんだよね。ジャンクさんは目立つしさ」
 膝よりも長いゼニスブルーの髪に、普通の人よりも頭1つ分と半くらい大きな身長。1度見れば、亜人族を含めても、なかなか忘れられない特徴である。
「とは言っても……なぁんか心配よね」
 トーコの言うとおりであった。ライフは常に冷静で理知的な考え方をする半面、どこかヌケているところがあるのだ。同行しているだろうシエルに至っては、世間知らずも良いところである。
「後で正人さんが怒られるのは、間違いないとして……」
「怒られるのか……やっぱり」
 エリィの指摘に、正人はがっくりと肩を落とした。予想はしていたことではあるが、人から改めて言われると、ちょっと落ち込む。
「どうする? 少しくらいなら放っておいても大丈夫な気もするけど」
「トーコさん、《テレポート》で2人をここへ引っ張って来ることはできないんですか?」
「場所が悪いわねえ。なんて言えばいいのか……そうねえ、何か独特の周波みたいなのが出てるみたいで、どうも場所を特定し辛いのよ」
 人差し指で頬をかきながら、トーコは軽く肩をすくめた。
「これは、人間GPSの出番ですかね?」
 宿で惰眠をむさぼっているであろう、大きな人のことである。
「ライフも子供じゃねえんだし、もう少し様子を見てもいいんじゃねえの?」
 日が暮れて来たら、いよいよ心配しなくてはならないが、お天道様はまだまだ高い位置にいる。
「志狼の言うとおりだとは思うけど、2人がはぐれちゃったことは、レクスさんとジャンクさんに言っておいた方がいいんじゃないかな?」
「俺が何だって?」
「おぉ、隊長! グッドタイミング♪」
 声の方向へ顔を向ければ、祭りの華やいだ雰囲気にも流されない仏頂面がそこにあった。
「誰が隊長だ、誰が。ところで、2人分ほど顔が足りないようだが……はぐれたか?」
「御明察」
 苦笑交じりにイサムが頷くと、レクスは、やっぱりかという顔で肩をすくめた。
「2人とも放っておいて問題はないだろう。シエルとお前は契約で結ばれているから、アイツがお前の居場所を特定することは難しくないはずだ。その逆も可能なはずだが──」
「すいません、未熟者で……」
 何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。しょぼんと頭を下げる正人に「気にするな」とレクスは言う。
 レクスやバノブルーの指導の元、ラティアと机を並べて魔法修行はしているのだが……どうにもうまくいかない。
 何せ、基本中の基本である、マナというものが、体内を循環していて……という時点でお手上げなのである。まるで見えない第3の手を動かせ、と言われているようなものだ。
 これはレクスたち、講師陣にも言えることである。マナという概念がなかった世界の人間に、マナというものを教えるということは、骨であった。
 なので、生徒の出来が悪い、という訳ではない。教える方にもノウハウがないので、手探り状態なのである。
「治安もそんなに悪くないって言う話だし、大丈夫じゃないかな……とと……」
 どんと後ろから人にぶつかられ、エリィが体勢を崩す。振り返れば、変わった色の髪をポニーテールにした少女が、青白い顔で
「ごめんなさいネ。少し気分が悪くて……」
「うぅん。大丈夫だから、気にしないで。それより、顔色が悪いけど、大丈夫?」
 少女は、まるで船酔いでもしたような顔をしている。
「あ……良かったら、これ、飲んで? スポーツドリンクみたいだから、ちょっとはすっきりするかも」
 エリィは、アイスを持たない方の手に持っていたジュースのカップを少女に差し出した。
「ありがとう。一口いただくワ」
 カップを受け取った少女は、それに口をつける。喉が2度、3度ほど動いて、彼女は一心地ついたらしい。さっきよりも顔色が少し良くなった。
「エーテル酔いはしにくい体質なんだけど……」
 カップをエリィに返しながら、少女はほぅと息を吐く。
「エーテル酔い?」
 聞いた事のない単語に首を傾げたその時だ。少女の後ろから
「エナ!」正人やレクスと同年代くらいの青年が近付いて来て「大丈夫か?」と声をかける。どうやら、彼女のツレらしい。
「えぇ、まあネ。今、ちょっとジュースをもらってほっとしたところヨ」
 エナと呼ばれた少女が答えながら、エリィを示す。すると、青年は
「すいません。ご迷惑を……」
「いえ、そんな……大したことしてませんから、気にしないで下さい」
 ちょっとひねた雰囲気がある割には、礼儀正しいらしい。エリィが戸惑っていると、
「クオン、お前も何か飲むか?」
 青年は後ろを振り返り、誰かに向かって話しかけた。が、それらしい人影はどこにもない。一体誰に話しかけているんだろうとぱちぱち瞬きをすれば、青年が着ているパーカーのフードあたりから
「飲んだら吐きそうだからいらない」
 人形のような手が伸びて来て、ひらひらと動いている。
「アナタ、そこから下りて自分で動いた方が、いいかも知れないわヨ。揺れで余計に気分が悪くなるのかも」
「あ〜……そうかも……」こちらも気持ち悪そうな声をしている。
 一旦は沈んだ細い手が再度伸びて、今度は青年の肩にかかった。続いて、ひょいと肩に姿を見せたのは、シエルとさほど大きさが変わらない人形のような少年だった。
「妖精が気分悪くなることってあるわけ?」
 トーコがレクスへ聞くと
「いや……デッドリーマナの影響を受けたならともかく、通常はありえないな。ついでに言うと、あいつは妖精じゃない」
「えっ!? じゃあ、小人か?」
「アナタたちから見れば小人かも知れないけど、違うワ。リミル人ヨ」
 答えたのはエナである。リミル人と言われても、さっぱりである。レクスに解説を求めても、こちらも黙って肩をすくめるだけだ。もちろん、正人たちも首を横に振る。
「ねえ、アンタら、オルゲイトって名前に聞き覚えあったりする?」
 トーコが目を眇めて3人にたずねると、
「いえ……? その人がどうかしたンすか?」
 青年は知ってるか? と小人と少女にたずねた。こちらも知らない、と首を横に振る。
「そのオルゲイトとかいう人と何かあったワケ?」
「まあね。知らないんならいいわ。忘れてちょうだい」
 どうやら、あの男とは無関係らしい。ついでにレオニス傭兵団という名前についても聞き覚えがないか尋ねてみるが、3人はこちらも知らないと首を横に振った。
「何だかよく分からないけど、まぁ……いいワ」
「あ、そうだ。すいません、このコ見かけませんでした?」
 青年はカーゴパンツのポケットから、何やら見覚えのある機械を取り出して操作し、それをエリィたちに見せた。
「……携帯電話? スマホでしたっけ?」
「何で知ってるんだ?」青年が目を丸くする。
「それも科学の産物か?」レクスが言うので、そうだと返事をしておく。
「え? っていうことは、お兄さんは日本人?」
 ユーキが言うと、青年は肯定し「速見 武臣はやみ たけおみって言うんだ」と教えてくれた。
「俺、御剣 志狼っす!」
 意外なところで意外な人と出会うものである。ラストガーディアンの活動拠点が日本にあったことも関係して、急に親近感がわいて来た一行は次から次へと自己紹介をした。
 少女はエナ・マージョリーといい、小人の少年はクオン・ソールという名前だという。
「こっちは王嶺寺おうりょうじ かなえっていう中1の女の子。ここに着いたと同時にはぐれて、探してるところなんだ」
「この人ごみじゃ、心配っすね」
「まあ……色んな意味で……な。ところで、何だって日本人がこんな所に?」
「あ〜……ちょっとワケありで……武臣さんたちは?」
 この3人がどういう経緯で知り合ったのかも気になる。
「ワタシたちは、グリモワール様にある物を探してほしいと頼まれたのヨ。なのに、カナエときたら──いきなりはぐれるなんて……! グリモワール様はワタシたちを信頼して任せて下さったっていうのに! 一体、何をやっているのヨ!!」
 次から次へと言葉をまくしたてるエナの様子はまさに立て板に水。話しだすと止まらないタチなのか、息継ぎの間すら惜しいという様子でまくしたてていく。
「何だ、あれは……」
「いつものことだから気にしなくていい。病気みたいなもんなんだ」
 武臣の肩の上で、クオンが顔の前で手をひらひらと振った。と、少年のアーモンドのような目がくりっと動き、「あ! マギマルゴス!」ある一点を指さした。
「マギ……何?」眉を寄せるトーコに、ユーキが彼と同じ方向を指さして、
「玉虫みたいのがあそこにくっついてる」と答えた。
「このエーテル酔いは、そういうことだったのネ」
「みたいだな。私有界だから、予報を出すなんて、フォローしてないのか?」
「それに個人移動だし──仕方がないと言えば、仕方がないのかもネ」
 エナは言いながら、イヤリングを外し、また、ベルトからぶら下げているストラップのような物を革袋にしまいこんだ。クオンも左腕の腕輪をジャケットの内ポケットから取り出した革袋に入れ、武臣にはペンダントをエナに預けるよう言っている。
「すみません、その、マギマルゴスというのは一体?」
「日本人なら知らなくても不思議じゃないわネ。エーテルを主食にしている、魔法生物ヨ」
 イサムの問いにエナが答えてくれたのだが、まだよく分からない。全員が困惑したように首を傾げているのを見て、エナは「エーテルは知っているノ?」と聞いてきた。
「えぇっと……?」
 助けを求めるような視線がレクスに向けられるが、こちらも肩をすくめるだけである。
「マナなら知っているが、エーテルとやらは聞いたことがない」
「あぁ、ここではマナと呼んでいるのネ。こちらの魔術体系は勉強不足で、詳しく知らないけれど、多分、同じものと考えていいと思うワ」
 とても興味があるから、時間があれば後で詳しく教えてほしいとエナは付け加える。
「エーテルとマナが一緒のものってことは、そのマギなんとかってのは、マナを食べに来たってこと?」
「そうだな。マギマルゴスは、群れで界渡りをするんだけどな、その渡りの影響が出たんだと思う」
「……それはあれか? 天気の影響で船とか飛行機が揺れたりするみたいなもんか?」
「まあ、そうだな」
「マギマルゴスの渡りが予想された時は、ちゃんと予報を出して対策を練らないと、とんでもない被害が出るのよネ」
 エナはやれやれと肩をすくめた。
「やれやれはいいけどよ、あれ、どうするんだ?」
「どうって……ワタシたちにはどうしようもないわヨ。行政が対処するはずだワ。回りの話だと神殿があるみたいだから、ワタシたちはそっちに避難していまショ」
「え〜っと……ね、エナちゃん。さっき、レクスさんが肩すくめたの覚えてる?」
 エリィが遠慮がちに口を開くと、エナはぱちぱちと大きく瞬きをした。
「行政が対処するんですか?」
 一応レクスに確認をするイサムだが、
「するとは思えないな。理由は2つ。1つ、ザケーレの自治組織は大した発言権を持っていない。2つ、エーテルを食うマギマルゴスという生き物の話なんて聞いたことがない」
 先生とからかい交じりに言われることのある彼はきっぱりと言い切った。
「……それは……困ったな」
 目を見張ったのは、クオンである。少年は、どうする? という顔でエナを見た。
「勝手にマグヌマグシラを召喚する訳にもいかないし──」
「いや、それを呼ぶのはけっこう手間がかかるはずだろ?」
「そうなのよネ。今からじゃ、逆立ちしたって間に合わないワ」
 エナはひょいと肩をすくめた。
「悪いけど、そのマグ何とかってのは何? それと手間がかかる理由も教えてくれる?」
 トーコがたずねると、
「マグヌマグシラは、マギマルゴスを主食にしてる大型の昆虫だ。これが、まぁ……大体、あのくらいの大きさがあってだな」
「デカッ! 屋台と同じくらいあんのかよ?!」
「まあな。これがまた甲羅が固くてなぁ……きちんと保護対策とっとかねえと、町が壊されるんだ」
 手間がかかる理由の1つがそれなのだろう。
「他にマグヌマグシラを召喚して制御するのは、とても大変なのヨ。マナを主食にしているだけあって、そこらの下手な召喚士では召喚できないし、1人で制御するのも難しいワケ。だから、大抵は2、3人で協力して召喚するノ。それから、召喚用の魔法陣も複雑で、魔法陣の扱いには慣れているファンターン派の魔法使いでも、3人がかりで3日が平均ネ」
「召喚魔法が本業のウォカーティオでも、3人で平均2日ぐらいだって聞いたぞ」
「半分くらいしか分からなかったけど、そのマグ何とかを召喚するのは無理だってことは分かった」額に手を当てながら、志狼が唸った。
「他に方法はないんですか?」
 正人の質問に、エナは難しい顔を作る。
「ない事もないけど……難しいと思うワ。マギマルゴス対策は、通りすぎるのを待つ。人為的にゲートを開いて、マギマルゴスを追い出す。これは、ゲートの先に餌を置く必要があるけれど。そして、マグヌマグシラを召喚する。この3つが主流ネ」
「そのゲートを開くという方法は使えないのか?」
「餌をどうするのヨ? ワタシもクオンも、もちろん、オミも、餌なんて持ってないワ」
「今から調達って言うのも難しそうだね」
「ゲートを開くにしても、入念な下準備がいるのヨ。他の世界との兼ね合いもあるし、下手なことをして、争いの火種にはしたくないでショウ?」
「まあ、何だ。とりあえず、神殿だっけ? 避難した方がいいんじゃないか? だんだん、数が増えてきたし」
 武臣の言う通り、今の会話中も玉虫もどきはどんどんと数を増やしていっている。通りの人々もその存在に気付き、追い払おうとしたり、やっつけようとしたりしているようだが、思うようにはいかないようだった。


「神殿の中には入って来てないみたいだね」
 大人2人が横に並んで通るのがやっと、というくらいの狭い入り口を潜ると、そこは外界から切り離された、完全とも言える静けさが支配していた。参拝客の姿はほとんどなく、ロビーのような場所は閑散としていた。右を見ると、開いている扉がある。レクスによると、あの扉の奥に、礼拝堂があるのだそうだ。
 せっかくだからと、礼拝堂を覗けば、こちらもひっそりしている。学校の教室よりも一回りほど広いだけの空間には、長椅子が左右に5列、並んでいるだけ。
 扉が一直線に伸びた中央の通路の先には、説教台が置かれており、その向こうに大きな像が安置されていた。
「…………なあ、あの像、どこかで見たことがあるような気がするのは俺だけか?」
「偶然ね、志狼。あたしも見覚えがあるわ」
「右に同じ」
「俺も、あります」
「私も……」
 生ぬるい顔をしているのは、ラストガーディアンを知っているメンバーたちだ。正人やレクス、クオンたちは、きょとんとした顔をしている。
 レカズマ像として安置されているのは、ラストガーディアンにて一大ブームを巻き起こしたツッコミマッスィーンに、そっくりだったのだ。アレが神として祀られているのだから、アレを知る人間ならば、生ぬるい顔にもなろうというものである。
「どこでレカズマを見たのかは知らないが、これからどうする?」
「どうするも何も……何をしたらいいのかも分かんないよ。ホント、どうする?」
「そこで俺に話を振んのかよ……」
 広間の隅っこを占領し、にわかに方針会議が始まった。話を振られた志狼は、苦り切った顔でため息をつく。当人の性格がそうさせるのか、彼は中隊長の役割を振られやすい。
「こういう時は、何をしたらいいかよりも、何をしたいか、だよな」
 独り言のように呟いた志狼は、メンバーの顔を一巡し、
「えっと……クオンたちは、かなえってコを探したい。んで、俺達はライフとシエルと合流しときたい……よな? あ〜っとジャンクさんは……」
「あれは放っておいても大丈夫でしょ。必要があれば、自分から来るでしょうし」
 兄を“あれ”呼ばわりか、と思わないでもなかったが──ツッコむのはやめておこう。
「ウチは探す必要あらへんで。もう、ここにおるもん」
「え?」
 驚いて振り返れば、先ほどスマホの画像で見せられた少女が、黄金のハリセンを肩に担いで立っていた。
「お嬢さん!」
「カナエ!」
 ほっとしたような声を出したのは、武臣とエナで、クオンは
「カナエ、オマエ、何持ってんだ?」別の所が気になったらしい。
「何やよぅ分からんけど、さっきもらったんや。レカズマの巫女認定とか何とか……」
「巫女に認定された?」
 かなえの言葉に反応したのは、現地の知識を持つレクスだった。いわく、巫女を選ぶのがこの祭りの趣旨なのだが──
「レカズマの巫女は不在のまま、祭りが終わることも珍しくないと聞いている」
「えっ!? そうなんですか?!」
「それだけ適任者がいない、ということなんだろうが……」
 レクスはしみじみとかなえを見た。見られているかなえとしては、何だか落ちつかない。
「なぁ、オミさん。これはいったい、どういう集まりなん?」
「あぁ……簡単に言うと、さっきそこで会った、日本に馴染みのある御剣 志狼クンとその仲間ってことになるんスけど……俺たちとは違う事情持ちみたいで──」
「ふぅん。まあ……それもそやろ。普通に考えたら、日本に馴染みのある人間がこんなとこにおるわけないもん」
 かなえは中学生とは思えない、理解力を発揮した。
「ほんで、何で一緒におるん?」
「マギマルゴスから避難して来た」
「マギ……? 何やそれ」眉間に皺を寄せるかなえに武臣が説明すると、
「エーテル食べる、蝗みたいなもんかいな」
「それっスね」
 上手い事言うなぁ、と蝗を知る人間は大きく頷いた。なるほど、そう考えると、分かりやすい。逆に、蝗を知らないレクスは首を傾げていたけれど。
「とりあえず、ワタシたちは第一目的を達成することができたワ。次はアナタたちの人探しネ。探すあてはあるのかしら?」
 エナが、エメラルド色の瞳をくりっと動かして、志狼たちにたずねてきた。
 ここは人間GPSにお出まし願うしかないかと思ったその時、
「マサトォーーーーッッッ!!」
「え?! うぐふぉっ!?」
 正人の顔面に大きな衝撃。
「わぉ。クロスチョップ炸裂ね」軽く目を見張ってトーコが言い、
「弾丸並のスピードでしたね。正人さん、大丈夫ですか?」のんきな感想をイサムが言う。
 クロスチョップをかましたのは、探していたシエルであった。
「や、やっと見つけた……」
 礼拝堂の入り口では、ライフがぜえぜえと肩で息をしながら、扉に寄りかかっていた。
「えっと……私たちも第一目的、達成……かな?」
 何で勝手にいなくなったんだと、正人を怒っているシエルとHP残り1です、というような状態のライフを見つめながら、エリィは「あはは」と力なく笑った。
「……何やよぅ分かりませんけど……苦労してはるんですね」
 かなえの同情めいたセリフに、一行は言葉を濁すのみであった。
 閑話休題。
 ライフが復活するのを待ってから、自己紹介と状況整理が行われた。とは言っても、マギマルゴスの対応策など練りようがないわけで、どうしたものかと困惑していると、
「巫女殿!」
 よかった、ほっとしたと、呟きながら初老の神官がやって来た。巫女殿と呼びかけられたのはかなえで、少女はきょとんとした顔で、
「入信勧誘はお断りさせてもらいましたけど? 入信せんでええ、言う話やったさかい、コレ、もろたんですけど。アカンのやったらお返しします」
 黄金のハリセンを差し出した。
「いえいえ、違います。それはそのまま、あなたに差し上げます。えぇと……そちらの方々は──?」
「ウチのツレですけど、何か?」
「そうですか。でしたら、ご一緒にご足労願えませんか?」
「はぁ……何ですか?」
 ワケが分からないまま、初老の神官に案内されたのは、神殿の裏手側にあるバルコニーだった。表では、マギマルゴスが我が物顔で飛び回っている。窓を閉めていても、ぶんぶんと羽音が聞こえてくるようだ。
「げえっ……」
「うゎっちゃ〜……」
 まるで生物パニック映画のワンシーンのようだ。全員が顔をしかめている。ユーキは、耳が良い分、他の人間よりも羽音をうるさく思うらしく、両手で耳を塞いでいた。
「巫女殿、どうかあの脅威を消し去ってもらえませんでしょうか?」
「無茶言わんとって下さい。ウチに何ができるっちゅーんですか」
 神官の懇願を、かなえはすぱっと切り捨てた。まさか、間髪いれずにすぱっといかれるとは思っていなかったのか、神官の反応が遅れた。1呼吸ほどの間があって、
「レカズマの巫女に選ばれた貴方ならば、出来るはずです」
「ナンデヤネン」
 ばしっ! 黄金のハリセンが神官の胸を叩く。直後、
「あ!」
「へ?」
 声を上げたのはクオンだった。全員がそっちを見ると、武臣の肩に乗っている小人サイズの少年は、窓の外を指さしている。
「どうかしたのか?」尋ねるレクスに、
「マギマルゴスが消えた」クオンが答える。
「えぇっ?! 嘘だろ?! あ……いやでも、さっきより数が減ってる……のか?」
 窓の外では相変わらず、ぶんぶんとうるさい訳だが、少し数が減ったように思えるのは志狼の気のせいなのだろうか?
「いいえ……私も減っていると思うわ」答えたのはライフである。
「…………」
 全員が沈黙したのは、言うまでもない。
「かなえちゃんが、そのハリセンを振ったら、マギ何とかが消えた……ってこと?」
 ユーキが推測を口にする。
「にわかには信じられないが、そういうことかもな。カナエ──」
「振るだけで蝗もどきが消えるやなんて……」
 信じられへんと言外に付け加えつつ、かなえはレクスに促される形でハリセンを振った。
「……変化なし……っすね」
「偶然ってことですか?」
 正人が首を傾げながら言うが、その表情は偶然とは思えないと告げている。
「ん〜……さっきと違うところって言えば……“ナンデヤネン”って言わなかったことくらい?」
 人差し指を頬に当てて、トーコが言うものの、そのセリフは懐疑的であった。
「それこそ、ナンデヤネン」
 脱力した状態で、かなえがハリセンを振る。が……

「消えたぁーーーっっ!?!?」

 皆の絶叫に、
「ナンデヤネン!?」かなえが即座に反応した。
 もちろん、マギマルゴスは今のセリフでも数を減らしている。
 神官は、これぞレカズマ様のご加護だと涙を流して感動していた。
「……上位次元生命体による、一時的な下位次元干渉かしら? どちらにしろ、根本的解決にはならないわネ」
「解決しないの?」
 エナは難しい顔で窓の外を見ている。その横顔にユーキが質問すれば、彼女は
「どれくらいの範囲でマギマルゴスが出現しているかは分からないけれど、数が減ったのはこの窓から見える範囲内でのことでショ? そして、数が減っても1分と経たない内に数が戻っているように見えるワ」
「焼け石に水って感じね」
「感動している神官には悪いけれど、それが現実だワ」
 トーコが納得顔で頷けば、エナは軽く肩をすくめる。
「ということは、後は通りすぎるのを待つしかないんですかね」
「それか、ジャンクさんに頑張ってもらうしかないんじゃないかなあ?」
 以前、オルゲイトが支配する空間に強制招待された時、彼は空間を2重に支配することで、特定の内包物を残してその他の物を消滅させるという荒技を披露したことがあるのだ。
 それを応用すれば、マギマルゴスだけを消滅させることも可能なはずである。
「……やってくれるかなあ?」
「拝み倒せば、あるいは御利益があるかも知れませんが……」
 エリィの提案に、ユーキとイサムは懐疑的であった。とは言いつつも、トーコが拝めばその加護はすぐさま発揮されるのだろうが。
「なあ、おい! 見ろよ!」最初に気付いたのはシエルだった。
 窓にはりついて、初めて遭遇した天敵とも言える虫の様子を伺っていた妖精は、
「あいつら、どっか行くぞ!」
 マギマルゴスが移動し始めたことに気付いたのだ。1匹、2匹と西の方へ飛んで行ったかと思うと、それが10匹、20匹と連鎖反応のように数を増し、瞬く間に全ての虫が、西へと進路を取ったのである。
「おおおおおお!!! これぞ、レカズマの加護に違いない!!」
 神官は床に額をこすりつけて、西の空を拝んでいたが、そこまで信心深くない志狼たち一行は、彼の発言には半信半疑であった。そのココロは──
(レカズマって、アレだろ?)
 ラストガーディアンを我が物顔で歩き、ある時は引っかき回し、ある時はどん底に落っことしてくれる、アレである。
「しかし、何だって急に移動を?」
 首を傾げたのはレクスであった。正人も気になったようで、
「追いかけますか?」
「えっ!?」
 驚いたのはシエルである。天敵を追いかけるなんて正気なのか?! というのが彼女の言い分なのだろうけれど、
「追いかけた方がいいかもな。ここがレクスさんたちのいた世界とは別の世界だとしても、今まで現れなかったモンが突然現れるなんておかしいぜ」
「もしかしたら……ってことだよね?」
「おう」
 言外にオルゲイトの干渉を匂わせる志狼。エリィもその意見には、賛成だった。
「アタシも興味があるワ。グリモワール様のお使いには、まだ時間がかかるでしょうし、いいわよネ?」
 エナが確認するように仲間を見れば、3人とも「お好きなように」と笑っている。
「じゃ、決まりだな」
 そういうことになった。



  
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