「あたくしとしたことが何たる失態……」 ザケーレの町から西へ数キロほど離れた野で、サモンは長い髪を風に遊ばせながら、大きなため息をついていた。 彼女からほんの数メートルほど離れたところには、大きな裂け目がぽっかりと空いている。その裂け目へ、マギマルゴスが突入していく様は、まるで吸いこまれているようにも見えた。実際は、連中が自ら突入しているのである。 裂け目の先には、彼らの餌が用意されていて、マギマルゴスはそれを目指して飛んできているのだ。 「マギマルゴスなら、彼らにとっても大いなる脅威。必ず退治に乗り出すはずだと考えたのだけれど──」ここで言葉を切ったサモンは、もう一度ため息をついた。 「彼らがマギマルゴスを知らないという可能性について考えなかったなんて……仕込みが足りなかったわね」 マギマルゴスを召喚して、勇者たちにぶつけようとしたのはいいのだが、その作戦は、彼らが、魔法的な力を主食とする生物がいることを知っているという前提で成り立つものだ。知らなければ、他の人間がそうであるように、彼らも屋内に避難して脅威が去るのを待つだけである。 「単一世界しか知らない人間というのも、考えものだわ」 結果として、骨折り損のくたびれ儲け、という格好になってしまった。 「とはいえ……このまま引き下がるのも何だか癪ね。向こうの人数は少ないようだし……物量で攻めてみようかしら」 ザケーレの町を落とすくらいの物量を召喚するのはそれほど難しいことではない。 こちらに出て来ている勇者たちの数を思えば、あながち外れた作戦ではないだろう。少数精鋭の彼らであっても、物量で攻められたとなれば、戦況は厳しいものになるはずだ。 「ザケーレを丸ごと人質に取る、という方法もあるわね」 厚ぼったい唇をぺろりと一嘗めしたサモンが、ふふと笑う。すると、それが合図だったように、彼女の回りに浮いている、3枚の石板に施された人の顔のレリーフが口を動かし、呪文のような物を唱え始めたのだった。 「あいつは……」 宙に浮くサモンに、いち早く気付いたのは猛禽類並の視力を持つユーキであった。それを聞いた一行は、近くの茂みに身を潜め、トーコが《クリエイション》で作りだした、双眼鏡や望遠鏡を使って、彼女の姿を確認したのである。 「やっぱり、オルゲイトが絡んでいたようですね」 嘆息をつくイサム。けれど、オルゲイトという人物が、何者なのか、かなえたちには分からない。首を傾げる彼女たちに、エリィが説明をした。 「なんちゅーか……どんどんスケールが大きなっていくねんな……」 「改めて説明をして、私もそう思った」 「複数の空間住民が1つの空間世界に集まって、他界籍軍とも言っていいほどの集団を形成しての防衛戦とはネ。ありがたいのは、戦線が多方面に展開されていないことかしら」 「空間世界協定に加盟してないのが、良いのか悪いのか……判断に困るところだな」 「っつか、どこの世界でも、地球ってのは狙われやすいんだな」 4人の感想に、他のメンバーは何とも言えない表情を作る。正人とレクスは、志狼たちが拠点にしていたというラストガーディアンがどのような物なのか、よく知らないのだが、話を聞く限り、個性的なメンバーの集まりだということは想像できていた。 「そちらの事情はともかくとして、あそこに浮いている女の人だけど……」 「確か、サモン=トラヴィーとか言う名前だったと思うけど……ねえ? イサム兄さん」 以前会ったハーフセイレーンから聞いた名前を思い出し、ユーキが言う。同意を求められたイサムは「そうだね」と同意し、眉をひそめて呟いたエナへ 「お知り合いですか?」 「個人的な知り合いじゃないワ。でも、あの 「あれ、タルティヴ人だよな」 「ええそうネ」 「あの姉さんがどこの誰かってのは、置いとこうぜ。何か、出て来たし……」 武臣は言いながら、持っていた双眼鏡を下ろし、隣のかなえに渡した。渡されたかなえは、それを構えて、レンズを覗きこみ、 「うっわ! ホンマや。何や土鍋みたいなんが歩いとる!」 それを聞いた他のメンバーたちも慌てて、双眼鏡や望遠鏡を確認する。 「ゴーレムね。土で出来ているようだから耐久性は低いと思うけど……数が問題だわ」 全高は、恐らく6メートル前後。対応できるのは、ライフのフレイゴーレムとレクスの巨人魔法。それに、志狼が召喚するヴォルネス── 「まさか、本当に出番があるとはね……」 ストライクキャリバーを持って来てよかったと、正人はため息をつく。 トーコの異能力もアテにしていいだろう。しかし、だ。 「戦力が足りないな」 レクスの言う通りである。向こうは明らかに中隊から大隊の規模になのに比べ、こちらは小隊規模でしかない。雑魚と言っても差し支えのないレベルではあるのだろうが、物量で攻められると、手が回らない。 「……町1つ分くらい飲み込んでいいなら、はりきってもいいけど?」 「勘弁してくれ」おずおずとしたトーコの申し出に、レクスは額を押さえた。 「とりあえず、状況を整理しようぜ」 今、自分たちが持っている情報量が少なすぎる。これでは、出せる指示も出せなくなる。 志狼は息を吐いて心を落ちつかせ、 「さっきのマギなんとかってのも、あいつの仕業だと思うか?」 「そう考えた方が、筋が通ると思うな。もしかしたら、不可抗力っていう可能性もあるけど──そこは、どうでもいいとこだよね。大事なのは、あの人がマギマルゴスを片付けてくれたってところだと思う」 「エリィと同意見だ。マギマルゴスとやらは、想定から外していいだろう。ゴーレムもマナで動く以上、アレと共闘させるのは向かん」 「今、この場でゴーレムを作っているのか、あらかじめ作っていたゴーレムを召喚しているのかは、微妙なところね」ライフが難しい顔で言う。 この場でゴーレムを作っているのであれば、全て破壊するしかないが、ゴーレムを召喚しているのであれば、召喚ツールを壊すことで、ゴーレムの供給をストップさせられる。 「ゴーレムの破壊と召喚ツールの破壊。労力は天と地ほどの差があるわ」 「その通りネ。……ねぇ、カナエ。さっきのアレ、もう一度やってもらえないかしら?」 「さっきのアレって……これかいな?」 かなえが持って来ていたハリセンを動かす。合い言葉付きで頼むワと言われては、やらない訳にはいかないだろう。 「……ナンデヤネン……!」ずびし! 声に覇気は感じられないが、手首のスナップといい、スピードといい、中々の物である。 「わぁお。また、消えた!」 驚きの声を上げたのは、双眼鏡入らずのユーキであった。 「それで、何が分かるん?」 「カナエも戦力の頭数に入れていいってことだな」 「うっそぉ〜ん……」クオンの言葉に、かなえはがっくりとうなだれる。 「向こうも驚いてるね。多分、こっちに気付くのも時間の問題じゃないかな?」 サモンの様子を伺っているユーキが答えた。 「ゴーレムを創造しているにしろ、召喚しているにしろ、術者を狙うのは戦術として基本中の基本ヨ」 「それもそうね。だったら、あの女の相手はあたしがするわ」 「うん。トーコちゃんが適任だと思う。ゴーレムはこっちで何とかするから、あっちはお願い」 「任せなさい」頷いたトーコは、ぱんぱんっと手を叩き、 「いつまでも寝てるんじゃないわよ。ちょっとはお働き!」 誰に向けた言葉かと思いきや…… 「俺に何をさせようって言うんだ」 トーコの影から、ジャンクが姿を表した。 「うぉ!? ちょ……何すか?!」 あからさまに動揺したのは、武臣だった。イサムは「ちょっと変わった人なんです」とフォローなのかそうでないのかよく分からないセリフを吐きつつ、彼を紹介する。 「状況説明は要るか?」 「いや……なぁ、お前さん、魔法使いか?」 「そうだけど……何かしら?」 ジャンクが問いかけた相手は、エナである。エナは少し戸惑いつつも、質問の意図をたずねた。 「召喚魔法は使えるのか?」 「使えるけれど……苦手ヨ?」 「情報として何がいる?」 「召喚するモノによるわネ。例えば、馬であれば何でもいいと言うのであれば、馬の真名が必要ヨ。逆に個体であれば、その座標だったり、魔法陣の中にいることが前提だったり、ケースバイケースになるワ」 「ねえちょっと、誰を召喚しようっての?」 「BDだ。こういう場所はアイツ向きだろ?」 「あぁ、なるほど」 トーコは納得する。BDは、広範囲殲滅用のロボットだ。確かに、こういう広い場所では、彼の大砲は役に立つ。 「なら、ちょっと相談しようか」 「いいワ。カードが増えるのは、良い事ヨ。苦手だ何だなんて、言ってられないわネ」 エナが頷く。それを見ていたかなえは「悪代官と越後屋が揃ったようにしか見えへんな」 「それ、エナが聞いたら怒りますよ、絶対」 「まぁ……あっちは置いとくとしてだな、改めてどうする?」 「えっと、どうするっていうのは、どういうことかな?」 クオンの質問にエリィが首を傾げた。 「オレたちの勝ち条件をどう設定するか、ってことだ。あのタルティヴ人を倒すのか、撤退させるのか、どっちかになると思うけどな」 「……撤退させること、になると思う。多分、今の戦力じゃ、やっつけることは難しいよ」 「──だな。じゃあ、俺たちはゴーレムを何とかするか」 「ですね」 「仕方あるまい」 「そうね」 志狼の呼びかけに頷いたのは、正人とレクス、ライフだった。 「ユーキとイサムさんは、エリィたちを頼みます」 「了解」 「ええ。クオンさんたちも……」ここにいて下さいと、イサムが続けようとした時だ。 「オレも出るぞ。オミも出るだろ?」 「手数がいるんだ、出なきゃならないだろ」 武臣に問いかけながら、クオンがぴょんと彼の肩から飛び降りた。 「オマエ! その体でどうしよう……って、大きくなった!?」 自分とそう変わらない大きさのクオンにシエルが、何を言っているんだというニュアンスで声をかけたのだが、地面に着地した少年は何と、トーコとほぼ同じ背丈になっていたのである。 「ちょ……?! マジかよ!?」 「どうなってるの!?」 驚く志狼たちに、クオンは「どうなってるって言われてもな……」と苦笑い。 「リミル人ってのは、大きくなったり小さくなったりできるらしくて」武臣が答える。 「でもでも、気分悪いんでしょ? 大丈夫なの?」 心配顔でたずねるエリィだが、彼女の問いに答えたのは本人ではなく、 「戦わない闘士なんて、ただのごく潰しヨ」エナであった。 「ごく潰しは酷いんじゃないか? でもまぁ……戦うべき時に戦えない闘士は惨めだな」 クオンが苦さと寂しさの入り混じった顔で笑うのは、何か事情があるのだろうか? 「気分が悪いなんて言ってられない状況だろ?」 「それはそうだけどよ……」 「大丈夫だ。足は引っ張らない」 自信ありげに、にこりとクオンが笑う。その時、 「うぉっ!? 何だぁ?!」 頭上から素っ頓狂な声が降って来た。そのすぐ下では、エナががっくり膝をついて、 「何て重いものを召喚させるのヨ?!」肩で息をしていた。 「御苦労さん」 「ジャンク……! 動くなって言ったのは、このせいかよ!?」 「その通りだ。前を見ろ、前を。お前向きのシチュエーションだろ?」 とんっと軽く地面を蹴り、ジャンクはBDの肩のあたりに浮きあがった。 「は? あ……あぁ……まあ、そうか」何が何だか、さっぱり分からねえけどよ、とBDは頭をかいた。 「これで役者がそろったんやったら、ちゃっちゃっと片付けてきてもらおか。向こうさん、こっちにターゲット絞って来たみたいやで」 かなえの指摘に、全員が前方のゴーレムたちを見やった。横に一直線だった隊列が組み直され、固まって来ているのである。 「そうみてえだな。よし……行くぞ、ヴォルネス!」 「んじゃ、あたしも遊びに行って来よ〜っと」 「遊びっすか……」 地面を蹴って空に飛び上がったトーコを、武臣が複雑な顔で見送った。 「……ま、いいか。エナはどうするって……聞くまでもないか」 「もう少ししたら、カカリアの制御球を起動させるワ。この状態じゃ、カカリアで出るのは無理ヨ」 「つまり、ニールで情報集めろってことだな」 「そういうことネ」エナは大きく息を吐いた。 「あたくしのゴーレムを強制送還するなんて……連中の中にそんな用意周到な魔法使いがいたかしら?」 数体のゴーレムが消えた事に驚いたサモンではあったが、それが全くあり得ない事かと言われると、そうでもないことを彼女は知っている。強制送還魔法は、れっきと存在しているし、サモン自身も条件さえ整えば、行使することができるからだ。ただし、 「回りを見ても、それらしい術式の痕跡は見当たらないし……」 納得できるかどうか、というとそれは別の話である。今、この場に強制送還魔法が発動させられる条件が、揃っているとは考えられないからだ。 眉間に皺を寄せ、考え込むサモンではあったが、分からないことにいつまでも気を取られている訳にはいかない。状況は、常に動いているからだ。 「やる気……みたいね」 前方に、小型ロボットが出現したのである。続いて、それを上回る大きさのロボットが4体。さらに── 「戦闘機!? 何て事! またイレギュラーなのっ!?」 そしてもう1体。白銀の騎士よりも一回り小さいロボットは── 「あれは……っ!? 惑星ザイィの危険度は、空間世界協定加盟界の中でも、トップレベルを誇る。そんな危険地帯で暮らす人々を守って暮らすのが、闘士と魔法使いだ。油断はできない。 「連中相手に、ハーシャラ型のゴーレムはよろしくなくってよ!」 ハーシャラというのは、サモンの故郷で虫を意味する言葉である。 それがよろしくないというのは、ザイィの闘士たちが相手にしているのは、上に巨大だの、超巨大だのが付属するとはいえ、もっぱら虫や動物が中心だからだ。 「召喚ゴーレムを変更しなくては──っ!? 何事?!」 顔面の、ほんの30センチ右をかすめていった光弾に、サモンはヒステリックな声を上げる。軌跡を逆にたどれば、 「生き神にもっとも近い悪魔!」 「その呼ばれ方は好きじゃないわねえっ! 《エア・キャノン》っっ!!」 人型ながら、戦略兵器級の攻撃力を持つ女が、空を駆け、突っ込んで来る! 「あなたはっ……お呼びじゃなくってよ!!」 魔法によって作られた盾を召喚し、サモンは彼女が放った風の砲弾を防ぐ。この女の相手を任せられるモンスターなど、そうはいないが…… 「だからと言って、はい、サヨナラと引き下がれるわけがなくってよ」 サモンは、この世界に住まう風の妖精たちを次々と召喚した。 「クオン、それ……お前もロボットを──?」 ヴォルネスに乗り込んだ志狼は、仲間である紅麗や蒼月に似通ったデザインフォルムを持つ、蒼い巨大武人を見やりながら呟いた。 「あぁ……チキュウじゃロボットって言うらしいな。ザイィじゃ、搭乗型のこれは魔導装甲っていう。武臣のは、追加魔導装甲だな」 クオンが、いや彼が操る魔導装甲──ヴァーナという機体名があるそうだが──それが、指さしたのは上空にてホバリングしている、こちらも青い鳳型の戦闘機である。 「どう違う?」 「大ざっぱに言えば、人型か人型じゃないかってことみたいっすよ」 レクスの問いに答えた武臣は「プローブ投下っと……」独り言。鳳の腹部が開き、そこから羽の生えた卵のような物が、ざらざらと撒かれた。それは、羽を動かして、周辺に散開していく。 「エナー? いけるか?」 「えぇ、いけるワ。カカリア起動」 ふぅと息を吐いて呼吸を整えた、地上の魔法使いは耳に戻した赤いイヤリングに手を触れ、こちらも独り言。すると、直径2メートルほどの赤い光球が現れ、エナの体を飲み込んだ。 「エナちゃん!?」驚くエリィが付けた 「ちゃ、ちゃん?」敬称に、エナも驚く。 「オイ! 何なんだよ、これ!?」 好奇心のまま、シエルが光球をペシペシと叩く。エナは「それくらいで壊れやしないけれど、叩かれるのはいい気分じゃないわネ」苦笑をこぼした。 エナはわずかに体を傾ける体勢で、球の中にいる。その中には、モニターのような物が幾つも表示されていて、 「これは、制御球というものヨ。クオンのような闘士が乗り込む装甲と違って、ワタシみたいな魔法使いは、遠隔操作型の機兵に乗り込むことが多いノ。これは、機兵を操るための場所……そうね、コックピットって言えば分かるかしら?」 「なるほど……」 「でも、オマエの機兵? はどこにいるんだ?」 「出してないワ。そこのカレを召喚したから、今は無理をしないことにしたノ」 「あ〜……俺のせいじゃねえけど、何か悪ぃな」 決まり悪げに頬をかくBDだったが、エナは「気にしないで」と笑った。 「受けたのはワタシだモノ。その結果は、ワタシの責任として受け止めるワ」 「そろそろ、来ますよ」 「大きさはそうでもないみたいだけど……油断はできないわね」 正人とライフの言葉が、心のスイッチを切り替えた。 「それじゃあ、派手に花火を打ち上げるとするか」 ジャンクのそれが合図になり、BDの双砲が鳴らす豪快なファンファーレが初手となった。 爆音が野に響き渡り、粉塵が舞い上がる。BDの撃った弾がゴーレムに着弾すると、土塊が周辺に飛び散った。 「分類としてはマッドゴーレムのようね」ライフの判断に、 「そのようだ。耐久性は大したことないな」レクスも応じる。 「けど、この数は十分脅威に値します」 両の拳に装着したストライククローでゴーレムをなぎ倒しながら、正人が言う。全くその通りで、志狼は「あ〜っ! 気持ち悪ぃなクソ!!」半ばやけくそのような声で叫んでいた。 「耐久性は大したことなくても、生命力は大したことあるっつーか何つーか……」 『ゴーレムに生命力という言葉が当てはまるのかどうかは、疑問だが』 相棒ヴォルネスの苦笑いに、そうだけどよと志狼は拗ね声で答えた。 蜘蛛や蠍、百足というような気味の悪い虫の形をしたゴーレムを切り捨てる、あるいはそのボディに風穴をあけるのは、思いのほか容易いことだった。しかし、足の1本2本、風穴の1つや2つでは、ゴーレムの歩みを止めることはできなかったのである。 何せ、馴染みのあるロボットと違い、彼らにはエネルギー供給チューブや駆動系の部品などない。骨や筋肉に当たる部分もないのだ。一体、どうやって動いているのか、さっぱりである。 それこそ、3枚に卸すか、荒挽きにしてやるような気概で徹底的にやらないと、よりスプラッターな姿で蠢き回るのだ。 「何っーか、俺の砲撃……あれじゃね?」 「撃〜ぅってみるたび、敵の数増える♪ って感じやな」 不思議なポケットという童謡のメロディーを口ずさんだのはかなえである。 「増やしてどないすんねん。減らすんや」ばしッと黄金のハリセンがBDの爪先を叩けば、 「敵機、消滅確認」 「ナンデヤネン!?」 「はい、再確認」 どうやら、ツッコミには何にでも反応するらしい。赤い光球の中で、エナは忙しそうに指を動かしていた。 さて、クオンはと言うと、ぴょんぴょんとウサギのように跳びはねながら、効率的かつ、えげつない方法で、ゴーレムを駆逐して回っていた。すなわち、 「せぇのっ!」強大な力による圧殺粉砕である。 掌打でゴーレムを押し潰しては、腕の力でぴょんと跳び、両足でゴーレムの真上に着地しては、胸部を粉砕。よいせとジャンプした先で、拳をゴーレムの体にめり込ませ、 「 武臣のニールはクオンが操る武人の背後に付いて、銃弾による援護をしていた。 実に手慣れている。 「オミがいてくれるから、楽でいいな。けん制の必要がない」 「楽はいいけどよ、志狼たちからだいぶ離れたぜ。ここらで止まっといた方が良さそうだ」 本音は、この先、目線のラインを危険物が飛び交うので近付きたくない、であった。 ちなみに危険物というのは、トーコがぶっ放す何やかやであり、サモンが操る空飛ぶ人型の何かのことだ。 「すげえな、アレ。全身でエーテル鷲掴みして、配列組み換えて現象化してるって言えばいいのか?」 トーコの攻撃方法は、武臣が知っているどのやり方とも違っている。それは、後方から唸りを上げて飛んでくる砲弾にも共通して言えることだった。 「ところで、クオン。体の調子の方は大丈夫なのか?」 ウサギのように跳ねまわっていたら、気分を悪くしそうなものなのだが、 「あぁ、何か動いてたらすっきりしてきた」 「そりゃ良かった。──っと、エナ?」 『大体、分かったワ。このゴーレム、今作ったんじゃなくて、作っているのを召喚しているのヨ。今も供給は止まってないワ』 「止まってない!? あれだけ、トーコさんと派手に火花散らしまくってるってのにか?!」 『サモンって言ったかしら? あのタルティヴ人の回りに何か浮いているでショ?』 「あぁ……あれが?」 関係しているらしいことは、コクピット内部の計器を見れば一目瞭然だった。 「瓦に能面貼りつけたみてえな……げ。能面の口がぱくぱく動いてやがる」 呟きながら、武臣は画像をエナの方へ送る。こうしている間も、クオンの援護は忘れていないし、少年も相変わらず、ぴょんぴょん跳ねまわりながら、ゴーレムを駆逐していた。 『これヨ。このレリーフ、魔法具だワ。呪文だけで、召喚できるなんて……かなり優秀な品ネ。使われ方は別として、品物自体は国宝級ヨ』 「そりゃすげえな」 国宝級と言われても、今一つピンとこないのだが、すごいことには違いない。 「それで、どうするんだ? このままだと消耗戦にならないか?」 『そうなのよネ。ちょっと、こっちで相談するワ』 「応」 一旦通信を切ったエナは、ふぅと息を吐いた。 「えっと……エナちゃん?」 「単刀直入に言うワ。あのタルティヴ人を撤退させるには、どうすればいいと思う?」 「……う〜ん……難しい質問だね。私たちも、あの人のことはよく知らないし──」 エリィが同意を求めるように、ユーキとイサムを見た。2人は、顔の前で手を振り、 「直接会話したことって、ないんだよね。姉ちゃんも、こういう状況でしか遭遇してないから、中々にヤな感じの性格だってことしか言ってないし」 「弱点を突くっていうワケにはいかないのネ。──あのタルティヴ人は、タフリール神殿の巫女だと思うワ。しかも、かなり高位の、ネ」 「神殿の人がこんな所で、害虫と害獣ばら撒いてるんかいな。それって……色々マズイんちゃうん?」 「オルゲイトとそのタフリール神殿が、何か関係あるってことかな?」 「絶対ないとは言い切れないけれど、関係があるとは考えにくいでしょうネ。タフリールの一派は、入門の資格はもちろん、修行が厳しいことでも有名ヨ」 「オマエ、よく知ってるな」 「召喚魔法の苦手を克服したくて、召喚魔法に秀でた魔術論を片っ端から勉強したのヨ」 感心するシエルに、エナはネタばらしをするように、肩をすくめてみせた。 「なあ、あの能面瓦のエネルギー源は、何なんだ? いい加減、うち止めになったってよくねえか?」 はじめは志狼たちにトドメを刺してもらうつもりで砲撃していたBDだが、今はその逆。 志狼たちがばらしたゴーレムにトドメを刺すような形での砲撃になっている。散弾を撃ち出すので、これを喰らったゴーレムは、ハチの巣のようになり、活動を停止していた。 「あのタルティヴ人が思考している限り、止まらないと思った方が良いわネ」 「げ。マジかよ」露骨にうんざりするBDである。 「ところでよ、さっきから何か調子悪そうだけど、大丈夫なのか?」 「あぁ、まあな……」無言を貫いていたジャンクは、眉間を指先で揉むと、 「お前さん、妙なことを考えちゃいないか?」 BDの足元にいるかなえを見下ろした。 「妙なことって……別に何も考えてへんけど……何で?」 「さっきから、器を用意しろってうるさくてな」 「器?」エリィは首を傾げるが、 「あ〜なんか、聞こえるな。よく分かんないけど」シエルは分かるらしい。 「お前さんの考えに乗るから、器を寄こせとよ」ああ、クソ。うるさくてかなわん。 吐き捨てるように呟いたジャンクは「《アルケミネイション》」異能力を発動。 「ほらよ」投げやりにぽいと投げてよこしたのは、 「何やこれ?」 「小さいレカズマ像ネ。少し形が違うけれど」 茶筒サイズのそれは、ラストガーディアンで人気を博したアレである。 「ジャンクさん……」 「器といやあ、それしか思いつかねえだろ」 「まあ、そうかも知れないけど……」 それを見知っているメンバーの反応は、微妙であった。 「これをどないせーっちゅうねんな」 目を丸くしたかなえは、手のひらに乗ったそれをしげしげと見やった。が、 「え!? ちょ……!? かなえちゃん、ハリセンが光ってる!」 「へ? うぉ?! ホンマや! 何で──っ!?」 あまりの眩しさに、その場にいた全員が思わず目を瞑り、腕で目元を覆った。 「! 何だ!?」 後方から、朝日のような強烈な光に、志狼は振り返る。 「何なの!?」 「これはっ──!?」 ライフや正人も、その眩しさに目を眇め、顔をそむけた。 「まさか、召喚魔法かっ!?」 こちらも眩しさに手で庇を作ったレクスだったが、強力なマナ反応に体を震わせた。 「一体、何やってんのよ!?」 日の出を拝むような眩しさに、トーコは戦いの手を止めて、そちらへ顔を向けた。兄へ呼びかけてみるも、反応はない。 ちっと舌を打ち鳴らしはしたものの、後方の拠点へ、瞬間移動しようとは思わなかった。 兄がいて、弟たちがいて、イサムがいる。それで万が一など起きるはずがないからだ。 「くっ……! こんな強引な召喚魔法っ、聞いたことがなくってよ!」 こちらも顔を手で覆いながら、サモンが怒鳴る。 それだけで、この光は彼女にとってもイレギュラーなもの……つまり、サモンが何かをした訳ではないと分かった。 「オミ! あれは……っ」 「十中八九、お嬢さんが何かしたんだと思うぜ」 エナほど知識がないため、武臣には、現象の分析はできない。それでも、計器から何が起きているのかくらいは分かる。 「空間に穴が開いて──召喚魔法を使ったんじゃないか? 規模は段違いだけどな」 「召喚魔法? 一体、何を召喚したんだ? カナエは」 かなえが魔法を使えないことは百も承知なのに、かなえがしでかしたことだと確信しているクオンと武臣であった。 光がおさまると、かなえが持っていた二つのアイテムは消えていた。 「あ、あれ? どこに……」 きょろきょろと当たりを探してみるが、どこにも落ちていない。 「ったく、一体何だった……?」 BDのぼやきは途中で、途切れた。大きな影がさしたからである。そのシルエットはどこか見覚えがあり、とてもではないが雲とは思えない。 ……嫌な予感がする。 猛烈に嫌な予感がする。 やっぱり、それの正体を最初に理解したのは、距離がある志狼やトーコたちであった。 「うっわ〜〜〜〜〜っっっっっ!?!?!」 志狼とトーコが絶叫する。 正人やレクス、ライフ、サモンは、絶句していた。 「うっわ〜……すげえな、カナエ」 「こう来るんすか、お嬢さん」 クオンと武臣は、苦笑いをするばかり。 「すげえ! レカズマだ!!」 ヒーローの登場を喜ぶ子供のような、きらきらした目でそれを見上げるのは、シエルであった。 「うっそだぁ〜……」エリィが呆然と見上げれば、 「勘弁しろよ……」とBDがぼやく。 「全くだ」こちらは、原因の一旦が自分にあるだけに、何とも苦々しい顔をしている。 「ジャンクさん──」 「言うな」ユーキの声に、苦い声。 「確信犯ですか?」 「んな訳ねえだろうが!」イサムの問いには、噛みつきそうな声で返事をした。 「カナエ、アナタ、一体何を考えていたワケ?」エナは、わりと冷静であった。 「何って……別に……ただ、このままやったら手詰まりやって言うとったから? せやから、ゴーレムみたいに、あの姉ちゃんも強制的に追い出せたらええのになぁ〜って……?」 人差し指の先をつんつんと突き付き合わせながら、かなえは目を泳がせている。 つまりは──まあ、そういうことであった。 現れた巨大レカズマは、落書きみたいな顔をしていながらも、 「ちょ?! 怒ってる! 怒ってるわよ、アレ!?」 身内以外に怖いものナシのトーコが脅えるほどの迫力を有していた。 「レカズマを召喚ですって!? そんなまさか──っ!?」 セリフこそ落ちついて聞こえるが、その実、顔面蒼白のサモンである。 地上の絶句組、正人とレクス、ライフの精神的回復は、わりと早かった。 まあ、あり得ないことではないわよね、とライフが独り言。それを聞いた正人が、 「どういうことですか?」 「今日は、レカズマの祭日だ。祭りに妙な横やりを入れられて怒らない神がいると思うか?」 「……それは……なるほど」 「しかも、今年は、何年かぶりにレカズマの巫女が出たのよ。怒髪天を突く、とまではいかなくても、それに近いものがあるんじゃないかしら?」 「……あぁ……」納得。 納得しはしたものの、それを受け入れられるかどうかは別問題である。 神という存在は、正人にとって、まさしく未知のものだ。 「なんか、アレやな。日本が誇る名作アニメにこんなシーンあったわ……」 ふっと遠い目をするのは、かなえである。彼女の言いたいことが分かってしまったエリィは「あったねえ」と苦笑いを浮かべた。 「で、これからどう動くんだよ、コイツ」 倍以上の大きさを持つレカズマを見上げ、BDがぼやく。すると、レカズマはゆっくりと右腕を胸の方へ動かし、 『アンタラトハッッ! ヤットレンワッッ!!』 ずびしと、外側へ大きく開く。 そして、奇跡(?)は、起きた。 悲鳴をあげる間もなく、トーコの目の前から、サモンが消えた。 「──っ! ちょ……ウソでしょ?」 それだけではない。サモンが召喚しまくっていたゴーレムたちも、消えたのだ。 全ての敵が、一瞬にして姿を消した。 後に残るのは絶句による沈黙と、留飲を下げたように見える、巨大レカズマ。 「……むちゃくちゃやな」 その足元で、かなえが驚きと呆れが入り混じった呟きと共に、ため息を吐きだす。 「……上位次元生命体による、強制送還により、事態収拾……。あれだけ必死になって、あれこれしていたのが、馬鹿らしくなってくるわネ」 こちらもやれやれとため息をついたエナは、クオンと武臣に「撤収ヨ。引き返してらっしゃい」通信を送った。 「了解」返事をしたクオンは「いつもこうだと楽なんだけどな」とのんきに笑う。 「けど、それだとおまえらが食いっぱぐれるんじゃねえの?」 「そうだな〜。それは困るな」武臣に指摘され、クオンはまた笑う。 「でも、たまにはこんな日があったっていいだろ」 「まあ……そうかもな」 のんびりと世間話をしながら、1体と1機はゆっくりとしたスピードで、かなえたちのいる場所へと向かうのだった。 「……なあ、ライフ。レカズマってのは不条理を裁く神だってぇ話だよな?」 「そうね」 やや眉間に皺を寄せながら、ライフは志狼の問いを肯定する。 「〜〜っ!! 不条理を裁くどころか、コイツが一番、不条理じゃねえかっっっ!!!」 今も石仏のように鎮座している巨大レカズマを指さし、志狼が怒鳴った。が── 「神と人間の基準が同じな訳ないでしょ」 あっさりと一蹴される。彼女の弁をエナも「その通りネ」と強く頷いている。 ぎゃーぎゃーと騒ぐ彼らを横目に、元の小さいサイズに戻ったクオンは、シエルと一緒になって「すげえな、コイツ!」レカズマの回りをちょろちょろしていた。 「それにしても、コイツ、どうするんだ? カナエ」 「何でウチに聞くねんな……」力ない声で呟いたかなえだが、やれやれと吐息を吐き出し、 「出番終わりや! さっさと撤収せんかい!」 すぱ〜んっ! と白いハリセンがレカズマのボディに直撃。 レカズマは、すうっと空気に溶けるようにして、その場から消えてなくなった。 「……かなえちゃん、そのハリセンは……?」 「これか? これは、ウチのハリセンや」英語で言えば、マイハリセン。 「アンタ、そんなの、持ってるわけ?」トーコがツッコミ、 「関西人は、みんな、持ってますよ〜。一家に一台、たこ焼き器、一人に一つ、マイハリセン。常識ですわ」 かなえがボケるも、 「ンなバカな」エリィのツッコミは、冴えなかった。 「……まぁ、ええわ。それより、これからどないするんですか?」 空は少しずつ茜色に染まりつつある。 「あ〜……そうねぇ……あたしらは宿があるけど、BDは──」さすがに泊まれない。 送還も、エナの力が及ばず、無理である。 「だったら、俺らといれば? 俺ら、キャンプの予定なんで」 いいっすよね? とかなえに確認する武臣。かなえは「別にええで」と了承する。 「でしたら、俺と交代しませんか? 場所柄、女性がキャンプというのはあまり良い気持ちではないので──」申し出たのは、イサムであった。それに続く形で、 「あ、じゃあ、オレも! かなえちゃんとエナちゃんが宿で寝ればいいよ」 ユーキも手を上げた。交代を提案された、かなえとエナは顔を見合わせ、 「ほな、甘えさせてもらいます」 「悪いわネ」 そういうことになった。 「ユーキとBDとイサムとクオンと武臣が、外でキャンプ。その他のメンバーは、町の宿に泊まるってことで。明日の朝、そうね……10時くらいに門のところで待ち合わせってことで、いいかしら?」 「いいんじゃないかな?」 異論は出なかったので、そういうことになった。 「何だか、これから一波乱ありそうな予感」 「今までだってそうだったじゃねえか」 新しい仲間が出来た時は、いつだってそうだったのだ。今回だって、きっとそうに決まっていると、志狼がぼやく。 |