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「やれやれ酷い有り様だ……」
 台風と大火事の同時襲撃を受けたような玉座の間の姿に、オルゲイトの口からため息がこぼれた。この広間に飾っていた数々の秘宝、至宝の類も、今や廃棄物同然の姿でその場に転がっている。傷つけられぬよう、遠くへ移動させたはずなのだが──
「生き神に最も近い悪魔の攻撃に加え、神の力のかけらを持つ者と神気を宿せし鬼が、好きに暴れてくれたのだから──むしろこれくらいで済んで良かったと言うべきか……」
 顎を撫でながら、オルゲイトは目を細めた。その表情には、数々の宝を台無しにされたことを恨んだり怒っているような素ぶりは欠片も見えず、むしろ、彼らがしたことを喜ぶような雰囲気すら伺える。
「オルゲイト様……! これは一体、何事なんですの?!」
 驚きに満ちた声は、オルゲイトの部下であるサモン=トラヴィーのものだ。
「何、たいしたことじゃない」
 振り返れば、露出度の高いオリエンタルな衣装に身を包んだ女性が、顔色を悪くして立ちつくしているのが見える。
 いつもは氷のような顔をしていることが多いだけに、珍しいこともあるものだ。恋慕にも似た情を抱いて、オルゲイトに心酔している彼女のことだ。この身に怪我がないか、心配しているのだろう。
「この通り、私は無事だよ」
 言いながら、両手を広げ、自身の健在を示して見せる。
 サモンはほっと安堵の吐息を漏らすと、すぐさまこちらへ駆けよって来た。
 彼女が動くたび、豊かなマリンブルーの髪が、波のように大きくうねる。身を包むのは、露出度が高い、オリエンタル風の衣装だ。青を基調にしたそれとは対照的な、乳白色の肌。傷1つないその肌の上には、蔦の模様が浮き上がっている。蔦は、左の頬から首筋を通り、腕や背中、腹というように、彼女の全身を這っていた。
 まるで、それ自体が、彼女を飾り立てるアクセサリーのようである。
 己の前に立つサモンの心を哀れだと思う以上に、彼女の姿を滑稽に思うオルゲイトだった。
 が、そのような感情の動きは、おくびにもださず、
「それよりも、首尾はどうかね?」
 しばらく前に彼女へ手に入れて来るように言いつけた物がどうなったのか、問いかけた。
「そのことならば、ご心配には及びません」
 答えるサモンの右肩、頭よりも少し高い位置に石板が現れる。電話帳サイズのそれの上部には、無表情な女の顔のレリーフが彫られていた。女の瞳は閉じられたままだが、唇が動いている。
 その動きが止まると、サモンの後ろに巨大な水槽が現れた。
「ご所望のシャハク・アルバハル──つがいで手に入れて参りましたわ」
 水槽の中には、水晶に虹が反射しているような鱗を持つ人魚が2人。彼らは、不安そうにお互いの手を取り、こちらを見つめていた。
「ほほう。これは素晴らしい……」
 水槽の前に立ったオルゲイトは、美術品を鑑賞するような視線を男女の人魚に向ける。
「さすがだな、サモン」
「恐れいります」
 主の褒め言葉に、サモンは恭しく頭を下げた。
「ところで、サモン。戻ってすぐのところを済まないが、すぐに8番目の庭へ向かってくれないか?」
「はあ……それは構いませんが、一体どのような……?」
 サモンが目を丸くしていると、彼女の前に1冊の巻き物がすうっと空間から湧いて出て来た。
「詳細はそれに書いてあるが──破壊の化身への対抗手段を手に入れておきたくてね。丁重にお招きしたのだが……逃げられてしまったのだよ」
 君と違って、こういうことは得意ではなくてね。
 オルゲイトは、芝居がかった仕草で肩をすくめた。
「今、レプリが向かっているが……今一つ頼りないと言おうか、信用できないと言おうか……ね。分かるだろう?」
「心得ております。では、すぐに──」
 巻き物を手に取ったサモンは、一礼をすると、その場から姿を消す。
「素直な子だね、サモン」
 喉の奥で笑うオルゲイトの視線は、水槽の中の人魚へ向けられていた。
 この場からいなくなったサモンには、もはや興味はないと言いたげに──。


寄り道先は罠



 フォルト、デューオ、ドラストの3国に囲まれた海、ワーダル海峡。その海のどこかに、ぽつんと小さな島が浮いている。30分もあれば一回りできるような小さな無人島だ。
 この海を活動の中心にしている海賊たちからは、クジラ島と呼ばれている。
 名の由来はその名の通り、この付近で白い大きなクジラが何度も目撃されているからだ。くじらが生息するような海域ではないのになぜクジラが? 海賊たちのその疑問はいつしか尾びれ背びれをくっつけるようになり、今やこの白クジラはこの海域の守り神だと言われるようになっている。クジラ島は、その聖域というわけだ。
 なので、地元の人間はもちろん、海賊たちも滅多なことではこの島に近寄らない。
 そのようなわけなので、このクジラ島の地下にとある空賊団の本拠地が置かれていることを知っている人間はごくわずかだ。そのわずかな人間は、海の民と関わることが少ないので、この島が神の聖域とされていることを知らない。
 同じ青でも、海と空の青は混じり合わないものだ。
「カンパ〜イ♪」
 今日はこの本拠地で、仕事の成功を祝うささやかなパーティが開かれていた。参加者は、仕事にかかわった3人だけという、ささやかなイベントだが、本人たちは満足している。
「ん〜おいしい。仕事の後のハニードリンクは最高だねえ」
 満足そうに頬を緩めるのは、この空賊団のリーダー。ハーフセイレーンのローサロッサ=メイネイである。人間でいう耳の部分には、セイレーンの特徴である鳥の翼を──ハーフのためか、純潔のセイレーンのものよりはやや小ぶり──を生やしていた。彼女はそれを、嬉しそうにぱたぱたとはためかせていた。
「ロロ様。ドリンクだけやのうて、食事もたっぷり用意したさかい、いっぱい食べてや〜」
 料理を勧めるフトゥール=サンブーカは、ドワーフだ。テーブルの上には、鮮やかな色合いのカナッペやサーモンのマリネ、エビのガーリック焼き。生ハムとオリーブをハーブオイルに漬けたもの。あさりのワイン蒸し。茹で野菜のチーズソースがけ、鴨肉の燻製、海藻サラダ、ローストビーフに、ぺペロンチーノと、3人ではとても食べ切れそうにないほどの料理がずらりと並べられている。
「ドリンクはもちろんだけど、お料理もサイコウ。フットちゃんてば、ステキ。ね、ベティちゃん」
 側の子供用椅子に座らせたカントリードールに話しかけつつ、野菜をせっせと口に運ぶのは、アル=マニャック。エルフの青年である。
「アルの言うとおりだよ。ホント、お前のご飯はおいしいねえ」
 鴨肉を飲みこんでから、ローサは、に〜っこり笑ってドワーフを見下ろす。
 種族も生まれも全く異なる3人だが、仲は良い。お互いをほめちぎり合いながら、料理をつつき、ハニードリンク(ローサ以外はアルコール入り)をごくごく飲んでいく。
 テーブルの上の料理が半分ほど片付いた頃、
『はっろ〜ぉん♪ みんな、元気ィ〜ン?』
 パーティ会場に陽気なオッサンの声が響き渡った。
「ヌボちゃん!」
『ロロちゃん。仮にも雇い主に向かって、ヌボちゃんはないでしょ〜ぉ?』
「しっ、失礼しました!」
 いつもながら、どこから見ているのか、どうやって声を届けているのかサッパリだ。きょろきょろしていると『美味しそうねぇ。アタシも食べてみたいわぁ』とか言われるし。
「あの、ジオイア様? 今日はどのような御用件でしょう?」
 椅子に座らせていたベティーちゃんを抱き、アルがきょろりと視線を巡らせる。声の感じからして、上の方から見ているのではないかと予測しているものの、魔法に長けたエルフ族の感覚をもってしても、声の出所を掴みかねていた。
『ああ、そうそう。ヨダレ垂らしてる場合じゃなかったわ』
 じゅるりという音が聞こえたように思えたが──聞き流しておくのが大人というものだろう。もったいぶって咳払いをしたジオイアは、
『実はね、アンタたちに仕事を頼みたいのよ』
「嫌です!」
「ボクちゃんも」
「ワイもや」
 清々しいほどの即答に、ジオイアが『ちょっとぉっ!?』低音の悲鳴を上げる。
『ちょっと、ソレ、どういうこと!? 雇い主のアタシが、言ってンのよ?!』
「だってぇ、アタシ、エステの予約が──」
「ボクちゃん、ベティーちゃんとデートの約束を──」
「ワイは、マダム・パッツァの料理教室に──」
『こぉらぁ〜〜っっ!! ちょっと、ロロちゃん、アルもフットもそこ、座んなたい!』
「ジオイア様、『座んなたい』って気持ち悪い……。ねえ、ベティーちゃん」
「せやせや。ひっくい親父声でそんなん言われてもなあ……」
「アタシ、トリ肌が……」
 ぼそぼそぼそ。
 3人は聞こえないつもりだったのだろうが、ジオイアにはしっかり聞こえていた。ぱちんと指を鳴らせば、人型のアイアンゴーレムが5体、どこからともなく現れ、さささ〜っと並ぶ。手には、巨大な手のひらがくっついた棒を持っている。
 身の危険を感じたアルは、ベティーちゃんを抱く腕に力をこめ、逃げの体勢を取った。ローサとフットも警戒心を剥きだしにして、ゴーレムを見ている。
「……ちょっと、お前たち、それで何をするつもりなんだい?」
 猫なで声で問い正すローサだが、アイアンゴーレムに会話機能はない。
 じりじりと水面下の攻防が続く中、
『そ・こ・に・す・わ・り・な・さ・い・!』ジオイアが雷を落とした。
「はぁ〜い……」しぶしぶ返事をしたら、
『伸ばさない!』と一喝。
「はいィっ!」
 アイアンゴーレムの監視の下、3人は仲良く正座をさせられた。
『い〜い? 今回のお仕事はねえ、そのコたちの提供元から依頼があったの。断れないのよ。分かる?!』
「そうやったんですか。やったら、断られへんのは分かりまんがな。せやけど……」
「ボクちゃんたちじゃなくてもいいよね? ベティーちゃん」
「本当に。アルの言うとおりだよ。ねえ?」
 3人は顔を見合わせ、頷き合う。言外に他所へ仕事を回せと言っているわけだが……
『聞き分けのないコには、こうよっっ!!』
 ぱちん。ジオイアが指を鳴らせば、アイアンゴーレムたちが手に持った棒を構え、ローサたちの元へ突撃してくる。
「あ〜ん! やっぱりこうなるんじゃないか! あ、ちょっ?! イタっ、ヤメテ、ヤメテ!」
「ちょっと、待ってよ! 酷い! ベティーちゃんは叩かないで!!」
「おっと。なんとせ、よいとさぁぐぅおっ?!」
 ローサたちは、必死でアイアンゴーレムたちのお仕置きから逃げ回るも、敵もさる者と言うべきか、逃走は難しいようである。 
『……あ〜んなカンジのコたちなんだけど……いいかしら?』
 基地の中枢をわあわあ言いながら走り回っている様は、遊んでいるようにしか見えなかった。ジオイアの呆れたような声も、彼女たちの耳には届いていない。
 できれば勘弁してほしいんだけどという期待を込めて、3人のボスは、背後にいる女──サモン=トラヴィーを見た。サモンは肩をすくめ、
「フン。地元の人間の協力は、ないよりもあった方がいいに決まっているわ。それに、あのローサとかいうハーフセイレーンの歌声の魔力は使えてよ」
「あんまりいじめないでやってくれる? あのコたち、けっこう気に入ってるのよ」
「そんなこと、あたくしの知ったことではなくってよ」
 面白くなさそうに鼻を鳴らしたサモンは、長い髪をかきあげると、ジオイアに背を向け、ローサたちと合流するべく部屋から出て行く。
「お〜コワ。あんなんじゃあ、オトコも寄って来な……っとぉぅゎ!?」
 スカカカカ! と背後から飛んできた、数本の投擲用ナイフにジオイアは冷や汗を流した。今でこそ現役を退いているが、これでも腕っこきの盗賊だったのである。昔取った杵柄で、何とか全てのナイフをよけきることに成功したが……
「あっぶないわねー!」
 本当にオトコが寄って来ないわよ! そう続けようとしたがやめた。
 とっくに姿が見えなくなっているとはいえ、小姑の耳をあなどっちゃいけない。断れない筋からの依頼とはいえ、早くも胃の心配をしなくてはいけないらしい。
「あ〜あ……アタシもロロちゃんと一緒にエステに行こうかしら? この年んなると、ストレスがすぅぐおハダに出ちゃうんだもん。ヤんなっちゃう」
 はあと小さなため息をついたジオイアは、エステサロンに予約を入れるべく、椅子から立ち上がった。ついでに、周辺でお買い物スポットやグルメスポットがないかも探しておくことにする。



「なぁんて言うかさ〜あ……見事にぼろっぼろねえ」
 傷だらけの仲間たちを見やり、トーコは呆れ半分感心半分でつぶやいた。レプリ=カーレイヒと名乗った女性の襲撃からこっち、盗賊や夜盗、山賊といったごろつき集団によく襲撃されている。
「そう思うんなら、働けよ、お前!!」
「あたしが働く前に、アンタらが飛び出て行くんでしょうが」
 拳火のジト目もトーコは華麗にスルーする。もちろん、彼女の言い分が間違っているわけではない。
 質問。「へっへっへ。痛い目に遭いたくなけりゃ、出すもん出しなァ」と襲撃者が現れたら、どうしますか。
 答え、その1。すぐに身構え、「ふざけんな!」と飛び出していく。
 その2。「ナニを出せっつーのよ。それに、アンタらが言うモノを出したら、そっちは何出すワケ?」と質問し返す。
 ちなみに、その1の回答が志狼たちであり、その2がトーコたちである。
 リアクションに正解なんてものはないわけだが、さすがにこれはどうなのか。
 今夜もまた、襲ってきた夜盗たちに向かって、「何がほしいのよ?」と、彼女は当たり前のように聞き返していた。
 襲撃に気づいて起き出していた志狼と鈴は、テントから鉄砲玉のように飛び出てくると、
「まぁた何を言ってんだよ、お前は!?」
「何考えてるんですか?!」
 トーコへくわっと牙をむいた。向けられた方は涼しい顔で、
「どうしたら手っ取り早くお帰り願えるか、を考えてるわ。多少の食糧くらいなら、渡してやりゃあいいじゃない」
 来る者拒まず、全力でなぎ倒す! が信条っぽい彼女らしからぬ発言ではある。しかし、トーコのこの反応は彼女の家族全員に共通する考えのようで、末弟など、
「こんらおしょくに、おしごろ、ゴクローさまれすぅ……」
 ふにゃふにゃあくびをしながら、こんなことを言うのである。
 彼のこの発言には、この擬似世界の元となった世界に暮らすレクスたちも、目をまん丸にして驚いていた。
「あっ、貴方、いったいどういう神経をなさってますの!?」
 全身の毛を逆立てて怒るヴァネッサだったが、相手は寝ぼけたお子様である。ふにゃあ? と猫のような声を出して、そのまま夢の世界へユーターンしたのであった。
「〜〜〜〜っ! 貴方がたはいったいどういう教育をなさってますの?!」
 お嬢様の怒りの矛先は保護者勢に向けられたが、
「いやあ〜……まあ、そういう土地柄だとしか言いようが……ねえ?」
「襲撃されること自体、珍しいことじゃなかったしね。──志狼さんたちも、そんなに張り切って蹴散らさなくても……」
 ユーキとイサムものほほんとしたものである。
 2人の視線の先には、今夜も張り切って夜盗たちと戦う少年たちがいた。
「おーおー、若いってのはいいねえ」
「毎日、元気ですわねえ」
 残るロボット、BDとグレイスもこんな具合。トーコらはあてにならんと、襲撃者へ向かって行った志狼たちを苦笑いで見守っているだけなのである。
「さあって、そろそろ良いかな〜」
 ふんふんと鼻歌交じりに、ユーキ少年、参陣。しかし、敵を攻撃する素ぶりは全くなく、彼らの回りをちょろちょろと動いているだけ。彼らの大御所、ジャンクに至っては、いまだに棺桶ベッドの住民となったままである。食事さえとっていない。
 死んでいるのでは? とレクスたちは首をかしげるが、棺桶の蓋をノックすると「うるせえ」とけだるそうな返事があるから、生きているのは間違いなかった。
「……コイツ、人間なんだよな?」
 棺桶を見おろすバジルの問いかけは、明後日の方向を向く視線と沈黙でもって返された。
「ちょ?! おい、どうなんだよ!?」
 とまあ、そんなやりとりがあったことはともかく、一行は、こんな具合でほぼ連日連夜、何者かの襲撃を受けていた。
 数々の戦線を潜りぬけてきた勇者たちではあったが、毎日ひっきりなしに戦闘を続けるということは初めてである。目と鼻の先で襲撃されれば、今日はローテーションじゃないからなんて、観戦することもできない。──している者もいるのだが。
「あまり手ごわい敵ではないとはいえ、こうも毎日来られてはな……」
 レクスの口からもさすがにため息が出てきた。
 雑魚というほど弱くはないが、強敵というほど強くもない。油断さえしなければ、問題のない相手である。ただ、数で攻めて来られると、一番嫌なタイプの集団だ。
 気を抜くことのできない相手が、毎日襲ってくるのである。これは、肉体的にではなく、精神的にキツイ。
 精神的な疲れは、そのまま肉体への疲労を加速させるわけだが、毎日やって来る以上、彼らには休む暇がなかった。回復しても回復しても、追い付かないのである。
「何か、仕組まれているとしか思えませんな」
 がんばる若者たちの背中を眺めつつ、剣十郎がううむと唸った。
「それはそうでしょう。頭を潰せと教えても、次の襲撃にはそれを忘れている。仮にそれがこういった襲撃に慣れていないからだとしましょう。では、レクスクンたちはどうです?」
「しょっちゅう……という訳ではないが……全く経験がないということもないだろうな」
 エリクの問いに、パトリックがチャームポイントの髭を弄りながら答える。彼の視線は、夜盗たちが持っているショートソードに注がれていた。
「あれが気になりますか?」
「何かの魔法が掛かっているように見えますわぁ。ただ、私たちの知るものとはちょ〜っと違うようなんです」
 雅夫が問えば、ルイーゼがため息交じりに答えた。問うような視線が、琥珀に注がれたが彼女は静かに首を横に振るばかり。まあ、戦闘中に武器の入手経路や武器の効能などについて考える者はいないだろう。
「ユーキさ〜ん、私の〜お願い〜、聞いて〜くれるかしらあ〜?」
 緊張感の欠片もない顔で、リィスが襲撃者たちの間をちょこまか動いているユーキに声をかけた。内緒話をするかのような小さな音量は、この場にいる剣十郎たちでさえかろうじて聞きとることができるくらいのボリュームである。
 当然、暴れ回っている少年たちの耳には聞こえないはずだ。忍びとして訓練を積み、常人より優れた聴力を持つ楓も、今の声は拾えなかったようで、こちらには少しも注意を向ける様子がない。
 ところが、ユーキはリィスの方へ顔を向け、何と言いたげに首をこてんと傾けたのだ。
「もしかして、聞こえているのか?」
 パトリックが呟けば、笑顔でサムズアップが返って来る。
「ユーキクンは、とても耳が良いんですよ」
「あのね〜、あの人たちの〜武器を〜もらってきて〜ほしいの〜」
 夫の注釈の横で、リィスがお願いを言う。すると、ユーキはこっくりと頷いてくれた。
 スピードなら、忍びに勝るとも劣らない少年である。あっという間に敵の懐に飛び込むと、左肩を押さえつけ、ショートソードを持つ右手を取ってねじり上げ、武器を手放させた。からんと落ちた剣を、足で踏んで跳ね上げ、敵の手を放すと同時にバックステップ。後ろ手に剣をキャッチして、振り返ることなくそれを放り投げる。
 ぎゅるぎゅると縦に回転した剣は、ざしゅんっ! とエリクの足元に突き刺さった。
 サーカスのナイフ投げもびっくりな技である。
「ほう。初めて握った獲物をこうも簡単に投げるとは……」
 しかも後ろを見ないで行ったのだから、恐ろしいというか、頼もしいというか。
 雅夫は、ぱちぱちと手を叩いていた。その拍手へ律義に礼をするあたりに、彼の性格が出ている。
「さて……やはり魔法がかかっているには違いないようです」
 地面に刺さった剣を抜いたエリクは、空いている方の手で眼鏡の位置を直しつつ、剣を観察した。一見すると、ただの量産品のブロードソードである。
「そうですね。精神系の何か……」
 その横から少し背伸びをしたルイーゼが剣を覗きこむ。
「精神系は対外向き、使用者にも ── これはエンチャント魔法か?」
 髭を撫でつつ、難しい顔でパトリックが呟く。この箱庭の元になっている世界において、最高峰に位置づけて良い2人が難しい顔をしたとなると……
「この世界の魔法体系を元にした魔法ではないと?」
 剣十郎が片眉を持ち上げる。エリクも即答しないのだから、彼が知る物とも違う。視線を横に向ければ、琥珀も静かに首を振った。リードや風魔の系譜にも当てはまらない。
「……ということは、オルゲイトが絡んでいると見て間違いないだろう」
 雅夫が結論づけた。恐らくは、この剣にかかっている精神系の魔法が、攻撃対象者の記憶更新を妨げているのではないかとエリクやパトリックらが推測をした。
「それで〜みんな〜同じことを〜繰り返してるのね〜」
 リィスの間延びした声と共に、戦っている子供らを振り返れば……
 戦闘は終了していたらしい。
「さあ、ここからが本当のお仕事!」
 げっそりと疲れた様子の志狼たち気まじめ組とは正反対に、守銭奴ボーイは、大張りきりである。これから一体何の仕事があるんだとぼんやり眺めていれば、
「さくさくっと拾って行こー!」
 敵の武器や装備品などを嬉々として拾い上げていく。
 人、それを追いはぎ、あるいは火事場泥棒という。
 BDのセンサーを使って、落とした小銭まで拾っていくあたり、抜け目なさすぎるにもほどがある。
「……こうやってリアルな光景として目の前に突きつけられると、RPGの主人公もけっこうあくどいことやってるんですね……」
 敵を倒せばお金が手に入る。RPGではお約束とも言える現象だが……楓は「はあ」と大きなため息をついた。
「落し物は、拾った人の物〜♪」
 それはそれは楽しそうに、落し物を拾っていくユーキ。今にも、るんたったと小躍りしそうな勢いである。
「ねえねえ、もうすぐ街なんだよね。そしたら、これ、どれくらいの値段で売れるかな!?」
 たずねる瞳は、夜空の1等星とも喧嘩が出来そうなくらい輝いている。
「…………あなたそれ、売るつもりだったの……」
 そんな物拾ったって荷物になるだけだとしか思っていなかったライフは、少しばかり頬をひきつらせながらつぶやいた。
「あったり前でしょ!」
 答える少年は、笑顔全開、フルスロットル。それ以外あり得ないとさえ断言してみせた。
「たくましいわねえ」
「頼りになるわ〜」
 うふふと微笑むのは、見た目幼な妻コンビ、ルイーゼとリィスであった。
「売るなとは言わないけど、研究対象として興味深いわ。それ、2本ほど譲ってくれないかしら?」
「いいよ〜」
 どれでも好きなのを持っていってとユーキは快諾する。武器の中から剣を2本選んだライフは、嬉々とした表情で剣を調べ始めるのだった。もちろん、こういう調査活動が大好きなエリクもそれに加わる。
 他のメンバーは、救護班から傷の手当てを受けて、寝床に戻っていった。
 襲撃後のばたばたもおさまり、キャンプは再び夜の静寂に包まれる。
「ああやって起きて来るんなら、あたしら必要ないわよねえ」
 ふわぁぁとあくびをこぼしつつ、トーコはコキコキと首を左右に傾ける──と、
“トーコ”
 頭の中に直接声が響いてきた。普通であれば何事かと取り乱すところだろうが、彼女にとってはおなじみの感覚である。声の主も分かっていた。
 どうかしたのという問いに、
“また観られていた”と答えが重なる。
 棺桶の中で眠っているはずなのに、よく視ているものだと感心してしまう。
 ふうん。気のない相槌を送るが、返事はなかった。
 相変わらず、調子はよろしくないらしい。同じくらいにがんばったであろう剣十郎や雅夫はもう回復しているというのに、彼だけは一向に回復の兆しを見せない。
 ギリギリ人間と人間を辞めた者との違いだろうか。
 それはさておき、トーコはそこらに転がっている棒を拾って、焚火をつついた。手持無沙汰による何気ない行動に見えるが、裏がある。
 ある一定の法則にしたがって、棒を動かせば、故郷、ウィルダネスではよく使われている暗号になるのだ。
 今の聞こえた? と質問すれば、家族全員が、別の暗号で聞こえたという返事がある。
 長兄と末弟を除いた家族会議が始まった。会話は、全て暗号。しかも、使用する暗号は別物で、そこに隠語や業界用語などを混ぜこむという無茶ぶりである。
 今の状況を言語化すれば、それぞれが別の国の言葉で喋っているのに何故か意志疎通ができているという感じだろうか。
 第3者が見れば、何で通じ合ってるんだと頭を抱えたくなるような状況だろう。
 暗号会話という習慣は、回り全てが敵かもしれないという特異な生活環境にあるウィルダネスの荒野に生きる者ならではのものだ。
 普段のアチャーな言動が災いして、とてもそうは見えないのだが、ウィルダネス出身者たちはこう見えて意外に用心深いのである。



 翌朝、一行はいつものごとく準備をして、出発した。夜番だったウィルダネス組は、たっぷり睡眠を取ったラシュネス以外、全員が夢の世界に旅立っている。グレイスとBDも休止モードに移行して、休んでいた。ロボットも休むのかと拳火が突っ込んだわけだが、
「悪ィな。俺たちはセンサイに出来てんだよ」とBDが笑い、グレイスも
「お肌のためにも休息は必要なんですの」と微笑む。金属の肌に休息が必要とはとても思えないのだが、これには蒼月とクウガ、モウガの女性ロボット陣が「その通りだ」と賛同。
 真偽のほどは明らかにならないまま、現在に至る。
 ロボット2人をけん引しているのは、彼らよりも大きな巨人族の青年だ。首を直角に曲げてもなお、彼の顔を見るのは難しい。
「ばじる、へーき?」
 棺桶の乗った荷車に同乗している翡翠が、小山のような青年へ問いかける。
「はっはっはあ。これぐらい軽い、軽い」
 バジルは、快活に笑いながら幌付きの車を引っ張っていた。中には夜番の他、ライフが同乗し、昨夜の戦利品について研究している。
 翡翠が乗る荷車を引っ張っているのは、ウィルダネス組で唯一起きているラシュネスだ。ただ、棺桶が人目に触れると悪目立ちするので、今は荷物や布で隠されている。
 そのため、女性陣も気兼ねなく後部に同乗することができた。
「もうちょっとクッションが良ければ文句はないのですけれど」
 日傘の下で、ヴァネッサがあくびをかみ殺す。
 同乗している女性陣たちは「そうですねえ」と苦笑をこぼすも、乗り心地はそんなに悪くない。ただ、1つだけ言わせてもらえるならば、『トーコさん、棺桶じゃなくてもっと別の物にしてもらえませんか?』につきる。
「じゃんく、へーき?」
 ぺちぺちと棺桶のふたを翡翠が叩けば「ノーコメント」という返事があった。
「……この方、魔族だったりしませんわよね?」
 危険物を見るような目で、ヴァネッサは棺桶を見る。ちらりと周囲を見回せば、荷車に同乗している全員が、真剣に悩んでいた。
「ちょ……何とか言ったらどうなんですの!?」
 お嬢様の悲鳴は、雲ひとつない青空に吸い込まれていった。
「む?」
 後方から聞こえてきた悲鳴にブリットが後ろを振り返る。が、特に問題はないようなので、エリクの報告に意識を戻した。
「ざっと調べただけなので、詳細については不明ですが、武器にかかっている魔法は全部で3つ」
 記憶更新の阻害と使用者のパワーアップ効果。それに、回復魔法の無効化。
「この武器を作った人間は、相当ひねくれているようですね」
「学習能力の阻害に回復魔法の無効化……その技術は素晴らしいが……」
「使い方が〜とぉ〜ってもいぢわるねえ〜」
「あの男が好みそうな武器だと、ワシは思うがね」
 面倒な男を敵に回すことになってしまったなと、ため息をつかずにはいられない。
 とはいえ、ため息ばかりついていてもしょうがないのが現状である。今は、オルゲイトのことはひとまず脇にのけて、はぐれてしまった仲間たちとの合流を最優先目的とし、そのための手段を講じなければならない。
 その相談役として頼りになるのが、レクスをはじめとするこの箱庭に酷似した世界から来たメンバーである。
「テントが要るな」
「そっすね。けど、テントなんてどうやって……」
「もちろん買うんですよ。ただ、その資金をどうするかが問題ですね」
 今もどこかへふらり行ったまま戻らない釧を除けば、人間だけで29人。いまだ行方不明のジャンヌという少女を加えて30人。
 夜番が抜けることを考えても、5人用テントが5つは欲しいところである。
「私たちが持っているテントを数に加えても、まだ4つ足りませんからね」
 システィルの言うとおりだった。
「ってことは、金を稼がなきゃなんねえってことか……」
 拳火が苦い顔を作るが、今後のことを思えば避けて通れない道だということも分かっている。その横を歩いている陸丸は悲観した様子もなく、
「みんなで働けば、お金なんてすぐに貯まるよ。大丈夫」
 白い歯を覗かせて笑った。お気楽ねぇと鈴が呆れたように言うが、少女の顔も明るい。
「何て言ってもプロフェッショナルがいますからね」
「艦長の読みは大当たりでしたね」
 ユマと楓の言葉に、レクスたちを除く全員が大きく頷いた。くるり振り返った視線の先にはウィルダネス組が休んでいる幌付き車がある。
 彼らがこの作戦に選ばれたのは、まさにこういう時に備えてのことだったからだ。
「一体どういう生活をしてきたんですか? あの人たち……」
 ここ数日の言動を思い起こしながら、ラティアが呟く。返せる言葉はただ1つ。
「世の中っていうか、さ……宇宙ってヤツは広いんだなって、察してやってくれ」
「……………………」
 答える志狼以下、全員がどこか遠くを見ているようで、レクスたちはそれ以上踏み込むことができなかった。彼らの生活環境を実体験しているわけではないはずなのに、こんな顔をするということは──イロイロあったのだろう。イロイロ。
「世の中にはいろんな人がいるのねえ」
 システィルの無難なコメントに、皆は生ぬるい顔をするのであった。
 午前の旅路は、大きなトラブルもなく順調に進み、昼食のため行進を中断。その頃になると、夜番も目を覚まして活動を始める。寝起きの運動がてらに狩りに行ってくるからと言い、野ネズミやら鳥やらを調達して戻ってくる手際はさすがであった。
 騎士や忍び、拳士などと言った分類で彼らを表現するならば“狩人”が相応しかろう。
 さて、採ってきた獲物をシスティルと一緒に手際よく捌きながら、ユーキはテントの購入について話を聞いていた。
 余談ながら、料理上手・志狼君は都会っ子なので、ネズミと鳥は捌けず見学である。
「魚なら捌けるんだけどよ……」とは本人の談。
「……まあ、必要だろうねえ。いつまでも青空テントってわけにはいかないし。大きさにもよると思うけど、幾らぐらいするの?」
「そうだな……」
 レクスが提示した相場にユーキは、
「なんだ。それぐらいならすぐに用意できると思うよ」けろっとした顔で答えた。
「ちょっと待て?! いつの間にそんな金、手にいれたんだよ!?」
 俺達、歩いてただけだよな!? 拳火がみんなの心の声を代表して、問い詰める。
 剣十郎たち保護者勢も、思いは同じ。金になるようなことは何も……
「いや、待て……」そういえばと、雅夫が昨夜のことを思い出した。それに重なるように、
「いつの間にって……今まで何回襲撃受けたと思ってんのさ」
 少年が、何言ってんの的な顔で答えを告げる。
 ソウデシタ。敵の落し物は全て拾って来ていたンデシタネー。
 守銭奴、恐るべし。
 全員がお湯と間違えて塩水を飲んでしまったような顔をしている中、
「魔法がかかってるっていうあの武器が買い叩かれちゃったら、ちょっと足りないかもしれないけど」
「それは、仕事受けて稼げばいいだけの話だし」
「手っ取り早く、ハイリスク・ハイリターンでいけば、大丈夫でしょう」
「出費を抑えて、しばらくは狩りと採集で凌ぐっきゃないわねえ」
「町の外にベース作るか。肉とか毛皮とかも売れんのかねえ?」
「お肉は、燻製とかにしたほうが売れるんでしょうかねえ?」
「行動する前に、何が売れて売れないのか、レクスさんたちに調べて来ていただくべきですわ。くたびれ儲けは困りますもの」
 ウィルダネス組は、収入を得る方法について議論を行っていた。
 ラストガーディアンのみんな、トーコちゃんたちは私たちが思っていた以上にたくましいみたいです。頼りになるなって思う反面、ちょっとオソロシイなって思います。
 エリィちゃん、心の業務日誌デシタ。