現在行方不明中の仲間たちと違って、こちらは食の面でかなり優遇されている。日頃から家事をしている者が多いし、日常生活がサバイバルという者もいた。加えて、この世界のモデルとなった世界から来た者たちもいる。食生活においては、ほぼ心配なかった。
「はぁ〜……今日のお昼も美味しかったねえ」
 ついついおなかいっぱい食べてしまって、動くのが億劫になってしまう。幸せそうな顔を浮かべ、エリィはおなかをさすっている。鈴も満足げな表情でくつろいでいた。
 他のメンバーもだいたい似たりよったりである。
 食後のひと時をまったりと過ごしたり、雑談に興じたり。片付け当番は後片付けをしているが、頼もしい財布係は、家族と一緒に余った食材をせっせと保存食に加工する作業に没頭していた。そんな彼らを微笑ましげに見守っている者もいる。
 昼食後のひと時を思い思いに過ごしていた時、作業の手を止めてユーキが、顔を上げた。
「歌?」眉間に皺を寄せ、北東の方向へ顔を向ける。
「どうしたの?」
「ん、なんか歌っていうか声? いや、やっぱり歌かな? 聞こえるんだけど……」
 姉の問いに答えはしたものの、少年の眉間はますます中心へ寄って行く。
「何かすっげぇ甘ったるい感じ。砂糖を声にしたみたいっていうか……こう……」
 上手く言葉にできないのか、ユーキは指先をわきわき動かし、唇を波打たせている。
「なら、良いか悪いかだけで答えてくれればいい」
「悪いね。塩っ辛いものが欲しくなるっていうか……胸やけしそう」
「耳から入って来るもんなら、耳ふさぐっきゃねえよなあ……」
 声、歌、声ねえ。と呟きながら、BDはユーキの見ている方向へ顔を向けた。
「あ〜……何かいるな。大きさはそうだな……クジラぐれえか?」
 ウィルダネス組唯一の銃器をメイン装備とするBDは、探査能力も彼らの中で一番優れている。「空に浮いてるけど、このスピードじゃ飛行機ってよりは、飛行船って感じか?」
「BDの肩を借りたら見える?」
「いいやあ、俺の肩じゃ無理だな。あっちの肩借りてぎりぎりってトコじゃねえか?」
 あっちとは、巨人族の青年バジルのことである。
「借りてみようかな?」
 ユーキが首を傾げた直後、強い風が吹いた。
「うわ!?」
「何だぁ?!」
 昼食を食べ終えてすっかりくつろいでいた一行に、風が襲い掛かる。風は、意志を持っているように渦を巻き、仲間たちを取り囲んだ。
「ちょ!? 歌ってか声ってこれのこと?!」
 保存食作りは仲間たちから少し離れていた所で行われていたので、トーコたちは風の渦から離れている。が、螺旋を巻く風の渦が音を抱えておりて来たのはすぐに理解した。
「そう、これだよ、これ!」
 思わず耳をふさぎながら、ユーキは怒鳴る。
「この声……っ、まるで生きたまま砂糖漬けにされている気分ですわ!」
 この中で乙女らしい思考回路を持ち合わせているグレイスでさえ、甘すぎると口を押さえる。ラシュネスは、ロボットなのに吐き気を催しているようだったし、BDに至っては、「吐く、吐いちまう!」と腹を押さえていた。
「ロボットが何を吐くってぇのよ!? オイルか。オイルを吐くのか?!」
 言いながら、トーコは自分たちの周囲に風の渦を作り上げた。防御のためというよりは、この甘ったるい歌声を拡散させ、自分たちの耳に入らないようにするためである。
「そうなったらこのへん、油まみれですね」
「イサム兄さん、それ何かチガウ!」
「あー、クソ。音声認識プログラム切っちまえ。こっからはジェスチャーな」
 BDが無音の世界へ行ったのに続いて、ラシュネスとグレイスも無音の世界へ行く。
「音が聞こえなきゃいいわけね。だったら、はい、これ」
 《クリエイション》で作ったヘッドホンを、トーコはユーキとイサムに放り投げた。つくづく便利な能力である。
『トーコ姉ぇ、この歌、何とかできねえのかよ?』
 腹の三日月型パーツから立て札を取り出したBDは、きゅっきゅかとマジックで言いたいことを書いた。トーコは、胸の前で大きなバツを作った。左右のこめかみを指先で押さえ、ぐらぐら頭を揺らす。難しいということなのだろう。
『なら、大元を叩きますか?』
 暗号でイサムが提案した。こんな時も、ウィルダネスの暗号文化は役に立つ。
『それしかないでしょうねえ』
 BDが持っている立て札の横に、グレイスがマジックで書き足した。
『おおもとって どこなんでしょぉ?』
 BDからマジックを借りて、ラシュネスが立て札に書き足す。
『どこだろう? 音が広がって発生源の特定が難しいんだよね』
 腕組みをし、ユーキがむうと唸る。
『だいたいの方向は分かってんでしょ? だったら、そっちの方に行ってみるしかないんじゃない?』
『あ〜さっきの……』
 空中に浮いているクジラほどの大きさのあるモノは、今も先ほどと変わらない位置に浮かんでいた。確かに、あれが怪しいと言えば怪しい。
 探査範囲を調べてみても、怪しい物はあれしかなかった。
『じゃ、クジラを調べに行くって言いい……』
 文字が途中で乱れる。原因は、地面の揺れだ。すわ、地震かと思ったが、違っていた。
「なに、あれ……」
「何やってんだろう……」
「阿波踊り……ですかね?」
 誰にも聞こえないと分かっていても、呟かずにはいられなかった。
 バジルが、踊っているのである。その動きは、イサムが呟いたように阿波踊りにも見えなくない。巨人族の踏むステップで地面が揺れているのである。
『おいおい、酔っ払ってんのかあ?』
 あんぐり口を開けていると、巨人族の足元でも、少年少女たちが皆で、阿波踊りのような盆踊りのようなものを踊っている。
『あの早送り映像のような動きの早さは何なんですの?(汗』
『こわいですぅ〜』
『無表情だしね……』
『ブリットさんまで踊ってますよ……』
 やっぱり、いつも通りのむっつり顔のままですが。
『お宝映像だわね……』
 追いかけなくてはならないのだろうが、追いかけたくない。
 謎の阿波踊り集団と化した一行は、土煙を巻き上げながら北北東の方向へ進んでいき、あっという間に見えなくなってしまった。
『……あの集団の中にダンディー組はいなかったわよね』
 言わずとしれた保護者組のことである。
『いませんでしたわね』
『荷物番を頼んでから、皆さんを追いかけましょうか』
『そうしましょ』
 勢いが削がれてしまった感は否めないが、放っておくわけにもいかない。
 あまりにも突然すぎる事態に、ついていけなかったのは何も彼らだけではない。トーコがダンディー組と称した保護者勢もそうである。
「あらあらあらぁ〜……」
 何やら甘ったるい声が聞こえてきたと思ったら、娘たちが突然踊り出したのだから、百戦錬磨のつわものと言えど、対処に困るのは無理のないことだ。
「これは──魔法……か?」
「セイレーンの呪歌みたいだけど……」
 答えながら、パトリックとルイーゼは首をかしげる。セイレーンはバンシーやエルフと同じ精霊族。ただし、その多くは海辺の町や離島に住んでいて、内陸部で見かけることはほとんどないと言っていい。
「しかし、こうも見事に魔法抵抗に失敗されるなんてねえ」
 やれやれとため息交じりで、エリクが肩をすくめた。
「ブリットさんやレクスさん……」琥珀の後を引き取って雅夫が
「フェンリルまで魔法にかかってしまうとはな」
 そうなのである。魔法とは正反対の技術で作られたメカ狼フェンリルまで、酒にでも酔ったような雰囲気で、ふらふら千鳥足なのである。多分、あれは彼なりに踊っているのだろう。
「志狼!?」
「エリィ?!」
 踊りだした彼らは、呼びかける保護者達には一瞥もくれず、土埃を巻き上げて、ものすごい勢いでどこかへと踊り去って行ってしまった。
 土埃が晴れると、翡翠がコケていた。
「いたい……」どうやら、この娘は流行に乗り遅れ得てなるものかと、彼らの真似をしていただけらしい。ハタ迷惑な話であるが、半泣き顔に免じて許すとしよう。
「さて、どうしたものか……」
 この場に残されたのは、旅の荷物と馬車、棺桶を乗せた荷車。息子たちを追いかけるのは、自分たちしかいない。やれ、面倒なことになったものだと剣十郎がため息をつく。
「このタイミング、もしかしてオルゲイトの狙いはこれだったのかも知れません」
 連日の襲撃で志狼たちは疲れていた。肉体的にはもちろん、精神的にも。弱っていれば、当然抵抗力も落ちる。現に、あの中では群を抜いた魔法抵抗力を持つだろうレクスやシスティルでさえ、ろくに抵抗する素ぶりもないまま、踊らされているのだ。
「それに、フェンリルまで魔法の影響を受けているということは、ロボットにも影響がでるように魔法を構成しているということでしょう」
「ここで〜、そんなことが〜できるのは〜」
「オルゲイトだけ、ということですね」
 ということは、この先には間違いなく、オルゲイトの手先が手ぐすね引いて待っていることだろう。大事な息子や娘たちをみすみす敵に渡すわけにはいかない。
 参りますか、そう声をかけようとした時だ。
 どたどたと騒がしい足音が聞こえてきた。振り返れば、ウィルダネス組だ。彼らは健在だったらしい。
 人間3人は身ぶり手ぶりで何かを伝えようとしているが、生憎何の事だかさっぱり分からない。けれど、ここには人間通訳機と言っては失礼か──琥珀がいる。
「えぇと、志狼さんたちを追いかけるので、留守番と荷物番をお願いしたいと……」
「よろこんで〜」
 リィスはにこにこ笑って答えたが、どうも彼らには伝わっていないようだ。よく見れば、耳には大きなヘッドセットがある。顔を見合わせた一同は、こっくり頷き合って、全員、頭の上で大きな丸を作ったのだった。
 サムズアップで答えたトーコは、後ろを振り返ると、しぱぱぱっと手を動かして、BDに何かを指示する。ぽんと手を叩いた彼は、荷車の上の棺桶を抱えたのだった。
「リーサル・ウェポン投入……か」
「あの方、何者なんです?」
 味方に最終兵器呼ばわりされるとは。ルイーゼの疑問に答えたのはエリクだ。
「ウツホというのだと聞いたことはありますが、ウツホという種がどういうものなのかはボクも知らないんですよ」
 自分のことを見抜きかけたオルゲイトならあるいは……。その言葉を彼は飲み込んだ。



 その頃、BDが認識したクジラの上では、ローサが半泣きになりながら歌を紡いでいた。
 泣きべそをかきながら、歌っているのは上空で見張っているサモンが怖いからである。
(あんなところで見張ってるなんて、本っ当に感じ悪いったらありゃしないよ!)
 堂々と抗議できないのは、サモンの周辺に渦巻いているモノがあるからだ。水の蛇のように見えるそれは、カリュブデスという悪喰で有名なモンスターである。海中で生活していて、大渦を作りだし、魚や海鳥を食べ、時に人間の船まで木端微塵にして食ってしまう恐ろしいモンスターだ。もちろん、このクジラとて、カリュブデスに襲われれば、どうなるか分かったものではない。
 あの女は、海で生きるそれを空へ召喚し、ローサたちをけん制しているのである。
(それにこの歌! 本当、なんってややこしいんだい!?)
 指定された場所にいたあの女は、ろくに挨拶もしないまま、殴れば人が殺せそうな分厚さのある楽譜をローサに手渡し、こう言ったのである。
「これを歌ってもらうわ」
「は? 何だって?」
「これを歌いなさいと言ったのよ。その耳は、飾りものかしら? 同じことを言わせないでちょうだい。さぁ、分かったなら出発よ」
 まるで童謡や唱歌を歌えと言うように、さらっと言ってくれたが、この楽譜の分厚さは半端じゃない。ぱらりめくれば、複雑な魔術構成が音符の羅列で示されている。
「ちょっ!? 本当にこれを歌えって言うのかい?! 初見で!?」
 アルとフットを無視して、クジラに乗りこもうとしていたサモンが足を止めて振り返り、
「出来ないとは言わせないわ」
 小馬鹿にしたような角度と表情で、ローサを見た。
 あいた口がふさがらないとはこのことだ。
「なっ……何だい、何だい、あの態度! スポンサーだかスッポンだか、スポンジだか知らないけどさ! あんっな偉そうな女、アタシゃ初めてだよ!!」
「ワイもや……」
「ボクちゃんも……」
 クジラの搭乗口を茫然と見つめながら、アルとフットも目をまん丸くしていた。
「何をしているの!? あたくしは、出発すると言ったはずよ!」
 搭乗口に戻って来たサモンが、鬼のような形相で怒鳴る。今、確実に目が光った。
「ひぃぃっ!」
 アルとフットは、恐ろしさに思わずローサに抱きついた。ローサはローサで、顔を青くしてがたがた震えている。
「早くなさい!」
「はいぃぃっっ!!」
 3人は弾かれたように搭乗口からクジラに乗り込み、目的地へ向かって移動を開始したのであった。
 それから1日後、ローサたちはシチトコルプス大峡谷の上空に来ていた。ここは、切り立った岩山が多く連なり、複雑な地形と雄大な景色を作りだしている。
「ここで一体何をしようってんだい?」
 クジラが滞空するのは、大峡谷への入り口近くだ。このあたりに住む人間はおらず、下界を動く物は何にも見当たらない。
「この先に、あたくしの主人が求めていらっしゃるものがあるのよ。それをあなたの歌声でおびき寄せていただきたいの」
「それだったら、別にあんな複雑な呪歌じゃなくてもいいじゃないか」
「あれをそこらのものと一緒にされては困るわ。化け物並の精神抵抗力を持っているのよ。それに、ロボットもいる……」
「ろぼっと? 何だいそれ?」
「科学技術で動くアイアンゴーレムのことよ」
 何のことだか分からずに、ローサはぱちぱちと瞬きをしていた。それ以上詳しく説明してやる気にもなれず、サモンは「あなたがたに理解していただこうなんて、これっぽっちも思っていなくってよ」冷たく言い放つと、クジラのさらに上空へ体を舞いあがらせた。
 当然のことだが、ここでローサに歌わせても、呪歌は勇者たちのもとへは届かない。届かせるためには、当然細工が必要だ。
 サモンは風の魔法を使用して、ローサが紡ぎ始めた歌を勇者たちがいる方向へ向けさせる。と同時に、海の悪喰モンスター、カリュブデスを召喚する。
 すでにレプリは彼らの捕獲に失敗しているという。一筋縄ではいきそうにない、彼らに備えてのものだ。
 そうしてローサが歌い始めて数十分。ようやく、彼らがやって来た。オルゲイトに渡された目録と眼下を通過してゆく人物とをチェックしていく。
「……神の力の欠片を持つ者と神気を宿せし鬼がいないのはともかく、神のデバイスとバイパスを持つ者、それに生き神に最も近い悪魔もいないようね」
 他にもいくつか足りない。逆に目録にないものもある。
「オルゲイト様から頂いた資料にあったノイズ……かしら? まあ、いいわ。この潜在力ならオルゲイト様もお喜びになるでしょう」
 呟いたサモンは、ローサへやって来た彼らをカゴへ向かわせるよう指示を出した。ローサは半泣き顔で、こくこく頷く。
「何なの? その情けない顔は」
 歌っているため、ローサは言葉を口にしない。代わりに、あれあれと指さすものがある。巨人族の青年だ。
「……それは、カゴには入らないわ。そこらに放っておいてちょうだい」
 嫌だとばかりに首を横に振るが、カゴがないのだからしょうがない。
「放っておいてと言ったでしょう? あたくし、同じことを言うのは嫌いなの」
 フンと鼻を鳴らし、サモンはローサの訴えを一蹴した。


『……な〜んか、洞窟の中に入って行くよ』
『バジルは入れそうにないわね』
『サイズ的に無理がありますからねえ』
 空に浮かぶクジラからざっと1キロほど離れた地点で、トーコたちは仲間の様子を確認していた。異能力で作りだした昔ながらの望遠鏡を消し、
『さって、どうしたもんかしらね』
 トーコは頭をかいた。
 現在確認できる敵の姿は2人。クジラの上にいる女と彼女よりも高い位置で浮いている女。上にいる女は、周辺に水でできた渦のような物をまとっている。
『まずは、あの歌をやめさせなきゃなんねえだろ』
 新しい立て札にBDが自分の意見を書き込んだ。
『あの洞窟の中がどうなっているのかも気になるところですわね』
 BDに自分用の立て札を作ってもらったグレイスの意見。
『あの女の人は、オルゲイトとかいう人のなかまなんでしょうか?』
 簡単な漢字とひらがなしか書けないラシュネス。ちなみに、“う”の字は左右が逆だ。
『情報収集も兼ねて、御大にご登場いただくとしますか』
 コンコン。持って来た棺桶をトーコが叩いた。直後、棺桶のフタが砂のようにさらさらと崩れ落ちる。蓋が消え去ると、そこには底なしの闇が見えるだけ。ここに横たわっているはずの長兄の姿はどこにもなかった。
 が、底から何かが浮かび上がってくる。闇からゼニスブルーの輪が広がり、棺桶の中からすーっと人の顔が……。
 顔、首、肩、胸とまるで見えない糸に引っ張られているかのように、20代後半くらいの青年が姿を現す。
 40センチほどの深さの棺桶から、2メートル近い身長の青年が頭から浮かびあがって来る様は、何かの手品としか思えない。
『あ〜……良く寝た……』
 目を開け、口を開き、最初に出て来たのがその一言。ふやふやとあくびを噛み殺しつつ、彼は膝裏にまで届く長い髪をバンダナでまとめた。
『おはよう』
『おう』
 彼の目覚め方および第一声について、ツッコむ者は誰もいない。ツッコまれなくても、御大と呼ばれたジャンクは拗ねもせず、
『──で……まあ、何だ。面白いことになってるな』
 弟妹たちへにやりと口角を持ち上げて笑いかけた。
『面白いと言えるあたり、頼もしいですね』
 イサムが苦笑を洩らす横で、ジャンクは空中へ何かを描くように走らせ、パチン。指を鳴らした。家族を囲むように薄い膜が生じたのを確認してから、ヘッドホンを外すこと、音声センサーを元に戻すことを指示する。
 己の異能力で空間を切り取り、歌を遮断したのだ。
「はー、普通に会話できるって素晴らしいわ!」
「本当ですわね」
 BDへ立て札とマジックを返しつつ、グレイスが笑みを浮かべて答える。
「は〜、何か肩こっちゃった」
 こきこきと首を右や左に倒したり、肩をぐるぐる回しながらユーキがぼやく。
「さて……視てたから状況はだいたい分かってるんだが……どうするよ」
「あの〜、何で皆さんこんなところまでパレードを? あの歌声に関係してるのは分かってるんですけど」
 恐る恐る手を上げながら、ラシュネスがジャンクに質問した。
「たぶん、チャームかテンプテーションの呪歌だろう。どっちも敵を罠に誘いこんだりするときに使う、魔法の歌だな。何で踊ってんのかまでは知らねえが……」
「ふうん。けど、それって機械にも通用す──」科学技術が一般的ではないこの世界において、科学の産物にまで魔法が通用するように魔術構成を練る必要はない。なのに、なぜフェンリルにまで魔法が影響しているのか、BDは問いたかったわけだが「あ〜、オルゲイトって野郎がからんでりゃ、問題ねえのか。そういう魔法を使えばいいわけだもんな」
「そういうことだな。魔術構成はこの世界の……というか、レクスの世界の構成をベースにしているみたいだが、そこに、機械にも通用する別の世界の魔術構成を組みこんでる」
「そんなのってできるわけ?」
「少々面倒だが、できないことはないな。機械ってのは、そもそも電気信号で動いてんだ。その信号を……って……分かった。説明はなしにするから、即行で魂飛ばすな」
 かくんと頭を横に傾いたトーコの頭からは、白いもやのようなものが上へ伸びて行っている。彼女ほどではないにしろ、ユーキとラシュネスも難しい顔で唸っていた。
「あの、そこまで分かっているのでしたら、ジャンクさんがあの魔法を解くわけにはまいりませんの?」
「呪歌ってのは、歌うのをやめさせれば、それで効果が消えるんだが、これはどうかな?」
 誘い込まれたのが、洞窟の中というのも気になる。音が反響し合って、呪歌の効果はしばらく続くかもしれない。
「じゃあ、別の魔法で効果を消すとか?」
「魔術構成の推測はできても、魔術の構成、実行は無理だな。この体はそういう風に作ってないし、そういう作り変えも無理だ」魔術は専門外なのである。
「作ってないとか、作り変えとか、人間離れしたことをさらっと言うんじゃねえよ」
「さらっと言おうが、しれっと言おうが、俺の勝手だ」
 BDのツッコみを軽く受け流して、ジャンクは言葉を続ける。
「とにかく、俺じゃ魔法は解けない。レクスたちでも難しいだろうな」
「それはどうしてです? 機械は電気信号で動いていることを教えれば、そこから新しい魔術の構成を考えることは出来るんじゃないですか?」
「その前に電気信号が何かっていう話をしなきゃならんだろうが。それに、機械に通用する魔法の構成を作りだすには、どういう知識が必要なのか、そこは俺にも分からん」
「ずいぶん詳しそうに思えるんだけど?」
 トーコがたずねれば、全員がその通りだとこくこく頷く。ジャンクは視線を反らし、
「まあ、道すがらいろいろ喰ったんでな……」
「拾い食いしとったんかい!」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、今は、魔法を解くって手は使えない。今ある手で、あいつらを助けるしかない」
「今ある手……ねえ……」
 う〜んとトーコが首をひねった。大事なことは何だろう? その場にしゃがみ、このミッションのクリア条件を上げていく。
 それに対して、こうしては? ああしては? と家族会議が始まった。
 数分後。
「よっし。じゃあ、これで行きますか」
 結論は出たようだ。まあ、端的に言うならば、オルゲイトに生き神に最も近い悪魔と言われたトーコである。つまり──悪魔の身内は(程度の差こそあれ)やっぱり悪魔だった、ということだ。
 悪魔が近くに潜んでいることも知らず、サモンは籠の中に入っていった人間とリストのチェックを終了させた。ペンを置き、リストにざっと目を走らせ、彼女はため息をつく。
「どういうことかしら? 半分くらい足りないわ。レプリの報告がこちらに回って来ないのが痛いわね。まだ、オルゲイト様に報告していないのかしら」
 まさか、着せ替え人形にされて遊ばれたため、彼女は身も心もズタボロになってしまい、彼女にそれを強いた本人は御満悦で、サモンに情報を与えることをすっかり忘れてしまっている、とは夢にも思うまい。
 世の中、知らずにいれば幸せでいられることが多いのだ。
「全て揃えられなかったのは残念だけど、最初でこれだけ揃えば上出来だわ」
 主も喜んでくれるはずである。
 満足げな顔で、サモンはリストを片付けた。後は籠を回収して、オルゲイトのところへ帰るだけである。カリュブデスを召還し、引き上げようとしたその時だった。
「そこのアンタ! ちょ〜っと話を聞かせてもらいたいんだけどねぇ?」
 サモンの目の前に、同年代くらいの女が現れた。彼女の口調こそ穏やかな物だったが、言葉を紡ぐその顔はちっとも笑っていない。
「あなたっ……!」
 サモンは慌てて距離を取った。同時に、ローサは何をしているのかと下にいるクジラを見れば、あちらはあちらで交戦中らしい。ただでさえ2対1では分が悪い上に、格闘技戦を挑まれては、呪歌を操るくらいしか能のないローサに勝ち目などなかった。
「いつの間にっ……!」悔しがっても仕方がない。
「カリュブデス! ウォーターカッター!」
 頭上にいるモンスターへ、サモンは攻撃を命じた。
 オルゲイトから預かったリストによれば、この女は、彼が欲しているものの中でもトップクラスの攻撃力を誇る人型である。
「生き神に最も近い悪魔っ!」
 大渦を纏う悪喰の巨大モンスターは、大渦から水の触手を放つ。冷気で固めずとも、水を高圧で撃ち出せば、どんな刃よりも勝る切れ味を誇るのだ。
 悪魔はカリュブデスが放った水の一撃を次々と交わしていく。その間に、サモンはオルゲイトから与えられた召喚の石板を周囲に展開した。3枚の石板からなるこの道具は、召喚術を自動で行うという優れ物だ。
「素直に撃たれなさい! でなければ、籠の中にいるあれらがどうなるか……想像できるでしょう!?」
 サモン自身が魔術を行使するのに必要な呪術杖を呼びだし、その切っ先を悪魔に向けた。彼女を悪魔と呼ぶのは、盲目的に大量虐殺をおこなった殺人犯だから──なのだが、
「予想はつくけど、アンタが思ってる結末にはならないってことも分かってるわ」
 彼女はにやりと笑う。サモンには、その言葉の意味が分からない。
「何ですって!?」思わず眉間に皺が寄る。
 ふと、上空を影が横切った。それが何かと考える暇もない。
 直後、爆発音が大地に炸裂する。
「なななななな?!」
 第2射。第3射。
 粉塵巻きあがるのは、サモンが用意した籠だ。
「砲撃ですって!? 一体どこから、誰が……?!」
 籠の入り口付近では、巨人がうろちょろしているのだが、その存在などてんで無視しているようである。サモンは魔術を使用し、砲撃ポイントを探りだした。
「……ッな!? 本気なの?!」
 砲撃を行っているのは、双肩に2門の大砲を備えたモスグリーンのロボット。彼は、足元に立つ青年の指示で、次々と砲弾を籠に着弾させている。
 あの中には、彼らの仲間がいるのだ。彼らはサモンの戦利品であると同時に、人質でもある。この争奪戦、サモンを有利に進める手駒となるはずが、ちっとも役に立っていない。
「驚いているヒマなんてないわよ!」
「ッあっ?!」
 距離を詰めた女悪魔が、サモンの腹部を狙って拳を繰り出してくる。それをかろうじて杖で受け止めることができたサモンだが、びりびりと伝わってくる振動に、早くも手がしびれてしまった。
「カリュブデス!」
 召喚モンスターへ命令を……と思ったのだが、答える声が何やら悲鳴に近い。今度は何だと上空を見上げれば、ワインレッドのロボットとパステルピンクのロボットがそろって大渦を攻撃している。渦を構成する水が、徐々に減らされているらしい。
「トーコ! この渦の中身、大きなお魚さんみたいです!」
「だったら、後で3枚に下ろしてもらうわよ!」
 食べる気か。
「……白身魚っぽいですわねえ……」
「あんかけとてんぷらがいいわね。ムニエルとかソテーも捨てがたいけど」
 食べる気なのか。本当に。この連中、色んな意味で……
「信じられない! あなたがた、一体何を考えているの?!」
 叫んだところで、サモンの左脇1メートルくらいの所を後方から発射された大砲の弾が通過していった。
「おしい!」ちっと舌を打ちならして女悪魔が残念がる。
 もう、何もかもが無茶苦茶だ。この連中には、常套手段が通用しない。
 上が駄目なら下を見ろ。サモンは、ローサたちに、後方のロボットを攻撃するよう命令しようとしたのだが……
「なっ!? いないですってぇぇぇっっっ!?」
 白いクジラの姿は、どこにもなかった。360度ぐるり見まわしてみてようやく、砲撃主たちがいる方向とは正反対の方向へ進むクジラの背中を見つけることができた。
「あっ……あんの……お気楽鳥娘がぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」
 勝手に撤退するなんて! クジラの背中に乗り込んだ少年と青年はどこにいったのか。ローサがあの2人に勝ったとは思えない。探せば、巨人の肩に着地しており、何やら話しこんでいる様子である。ひっきりなしに続いていた爆発音とローサが歌うのをやめたせいで、巨人は正気を取り戻したらしい。
「てめぇ! よくもやってくれやがったな!!」
 どすどすと地面を踏みならしながら、巨人はサモンへ唾を飛ばして怒鳴って来る。それがどうしたって言うの!? と怒鳴り返してやりたいところだが、生憎それどころではない。
「くぅっ……」
「ほらほら、どうしたの!? こんな雑魚じゃ、あたしは止まらないわよ!」
 石板はひっきりなしにゴーレムや鳥型のモンスターを召喚しているのだが、呼びだす端から撃墜されて行くのである。態勢を立て直す暇などありはしない。
「カリュブデスの渦が……っ」
 あのモンスターは巨大な魚で、えら呼吸をしている。自身を取りまく水が減れば、その分呼吸が苦しくなり、生命力は減っていく。体勢を立て直すには、フィールドの再設定が必要不可欠なのだが、
「《エネルギー・ブリッド》ォッ!!」
 無数の光弾が、蛍の群舞のように複雑な軌跡を描きつつ、サモンを急襲する。
「っ! マジック・シールド!!」
 杖を掲げ、光弾を魔法の盾で防げば、背後に殺気とまではゆかぬまでも鋭い鬼気が出現。「しまっ……ぐは──っぅ!」
 脇腹に回し蹴りを食らう。威力を殺しきれずに真横へふっ飛ばされれば、
「《エア・キャノン》ッ!」
 風の球が襲い来る。サモンは召喚したゴーレムを盾にしてやり過ごした。
「この戦い、分が悪すぎてよ!」
 脇腹を押さえ、サモンは悪態をつく。召喚士は、指揮者である。後方に控えてこそ、本来の能力を発揮させることができるのだ。前線で戦うのは、戦士や騎士の仕事である。
 生き神に最も近い悪魔に接近戦を仕掛けられては、フィールドを再設定する時間がない。
 肩で息をしながら、上空を見やれば、カリュブデスの分も悪い。大渦は、2回りほど小さくなっており、後方からの砲撃と巨人が投げる大岩、2体のロボットによる剣と扇の斬撃で、体は傷だらけ。石板が召喚するゴーレムたちも当てにはならない。
 カリュブデスが息絶えるのも時間の問題と思われた。
「仕方ない。ここは引くしかないようね……」決断すれば、行動は早い。サモンは石板に、ゴーレムと鳥型モンスターの召喚を止めさせ、別のものを呼ぶように指示。
「カリュブデス! ウォーターカッター!!」
 ここでこの指示は、かのモンスターに自刃を命令したも同然である。しかし、哀しいかな、召喚されたものは、召喚したものへ絶対服従せねばならない。たとえそれが、自らを死においやるものとしても、だ。そこには、支配という絶対的な力学が働いている。
 大海の暴食者、カリュブデスが啼いた。己を守る盾であり、命のゆりかごでもある渦を削って、絶対的支配者の命に従い、研ぎ澄まされた水の刃を八方向へと射出する。
「づぅあっ?!」
「きゃぁっ!?」
 ラシュネスとグレイスは、大渦に近すぎたため、水刃の攻撃をまともに食らった。
「ラシュネス! グレイス!」
 トーコは距離があったことと的が小さかったことが幸いして、水刃の被害はない。しかし、ふぃぉぅという風切り音と共に、鋭い痛みが彼女の頬を襲った。
「っ!? 何?!」
 痛みの正体を探れば、緑のマントを着た恐ろしく髪の長い女が宙に浮いている。彼女がトーコを襲ったのだと見て間違いないだろう。しかし、虚ろな目は焦点が定まっておらず、これでは美しい顔立ちも台なしである。
「ラングスイル! エナジードレイン!!」
 女召喚士の指示とともに、ラングスイルと呼ばれた女が虎落笛のような音を立てた。口笛のような要領で奏でているのかも知れないが、それを耳にしたとたん、トーコはめまいに襲われた。
「なに?」くらり、ときて高度を落としはしたものの、墜落は回避。
 体勢を立て直すと、同時にこちらに向かって突っ込んで来るマント女が見えた。彼女が腰だめに構えているのは、鋭い爪とそれを備えた恐ろしく長い指。指と爪を合わせれば1メートルくらいはあるように思えた。
「ちょ!? 何なの、コイツ?!」
 ふぃぃぃと女が鳴く度に、くらりくらりと目まいがする。腹に力が入らず、トーコは防戦一方だった。
 ラシュネスとグレイスはもちろん、女召喚士の様子も気になるが、そちらにまで神経を回す余裕がない。横からの攻撃を警戒して、周辺に注意を向けてはいるものの、状況の把握にまでは至っていないのが現状だ。
「何がどうなってんのよ!?」
 思わず舌打ちをしたトーコは《テレポート》を使ってラングスイルと距離を取る。どういう仕掛けは分からないが、あの虎落笛の音色を聞くと力が抜けるらしい。
「力が抜けたって、やれることはあるんだっての!」
 距離を取り、まずは全体の状況を把握する。
 まずは女召喚士の位置を──と思ったが、姿が見えない。気配を探してみるも、トーコが把握できる範囲にはいないようだ。
「逃げたか」しかし、今の状況ではそれが妥当な判断である。
 1度は囚われた仲間たちも今頃正気を取り戻し、外に向かって移動を始めていることだろう。彼らが脱出するまで、それほどの時を要するとは思えない。となれば、時間が経てば経つほど、彼女は不利になる。
「他人の手借りるのは分かるけど、このやり方は気に要らないわね」
 ラングスイルが距離を詰めて来るが、トーコはこれを《テレポート》でやり過ごした。
 彼女の眼下では、ラシュネスとグレイスが担当していた大渦の中身がのたうちまわっている。薄く細長いフォルムは、深海魚であるリュウグウノツカイとそっくりだ。ただし、身の丈は何十メートルにもなろうかという巨大さである。
 その大きさゆえに、ばたばた動く度、地面が少しばかり揺れているようだが、これもすぐに治まるはずだ。陸上ではえら呼吸ができない。それに、圧力やら自重、重力などの関係で、内臓器官にも影響が出るはずだ。
 ラシュネスが、ユーキとイサムの指示に従って、剣を振りおろす。
「さ、残るはアンタだけよ。こっちもさっさと終わらせましょう」
 近づくのは危険だと分かっていれば、遠巻きに片付ければ良いだけの話だ。幸い、トーコは距離を取っても十分に戦えるスペックを持っている。
「《シューティング・スター》!」
 水平方向の光弾ではなく、垂直方向の光弾による広範囲攻撃。100階建てビルの頂上あたりから行われる絨毯爆撃のようなものだ。範囲が広く、光弾であるために速度も速い。これを避けるのは至難の技である。1発あたりの威力はさほどでもないが、それでも数が当たれば、ダメージは大きい。
 ラングスイルは、なす術もなく撃ち落とされた。
「あ〜……気分悪いっ」
 乱暴に髪をかきむしりながら、トーコは吐き捨てる。
「あの女、気に入らないわね」何が気に入らないって、呼びだしたものを使い捨てにするやり方だ。ラングスイルと呼ばれていた女性のあの虚ろな目。自分の意思で使われていたとは思えない。
「ああ、腹の立つ!」
 今夜はきっとやけ酒だ。
 そう思いながら、トーコは地上に降りていく。
「アンタら、怪我は?」
 ざっと見た限り、ユーキとイサムは大丈夫そうだ。バジルも特に問題なさそうである。
「オレとイサム兄さんは大丈夫。話の分かる人たちで良かったよね」
「色々教えて下さった上に、お土産までいただいてしまいました」
 にっこり笑う青年は、電話帳をハードカバーにしたような分厚い本を持ち上げて見せた。何でも、仲間を呼びよせるのに使った呪歌の楽譜なのだそうである。
「……何でそんなモノが土産になるのよ……」
 はあ? と困惑顔を浮かべれば、2人は「いやあ、それが……」と苦笑い。
「歌を歌っていたのは、ローサっていう人なんだけどね、この人が、涙目で言うんだよ」
『アタシャ、あのサモンって女が大っ嫌いなんだよ! ヒトを見下して偉っそうにしてさあ! ちょっとぐらい嫌がらせしたっていいじゃないか! だろう?!』
 だろう?! と同意を求められても困るのだが、このお土産はとてもありがたいものには違いない。なので、2人は「おっしゃる通りだと思います」と持ち上げて、見事ゲット。
 帰りの足まで用意してもらってのお帰りとなったのである。
「セイレーンってのは、感情的なやつが多いって話だからなあ……」
 何だかなあという顔で、バジルはコメントを捻りだした。
「にしても……アレだな。オルゲイトってやつは、どれだけの手駒を持ってやがるんだ?」
「今回の彼女と前回のレプリ、オルゲイト自身を含めて、最低3人ですか」
「レプリもサモンも召喚士だったよね? ってことは──」
「単純に考えて、近接戦闘型が最低1人はいるでしょうね」
 はあ、面倒くさい。トーコは肩をすくめた。先を読んで考えることは、自分の仕事じゃない。そういうことは、ダンディー組にでも任せておけばいいのだ。そう決めている。
「ラシュネスとグレイスはどうなの?」
「大丈夫ですよ」
「無傷ではありませんけれど、旅を続けるくらいなら支障はないでしょう」
 2人とも他の勇者たちに見られるような自己修復能力は持ち合わせていない。できれば、どこかの施設で修理、整備といきたいところだが──
「そういえば、システィルさんに回復をお願いできないのでしょうか?」
 頬に手をあてたグレイスがわずかに首を傾ける。ヴォルライガーを癒した実績を思えば、可能かも知れないが、彼とラシュネスたちではボディの構造が根本から違うのだ。
「駄目でもともとのつもりで頼んでみようか」
「兄さんの意見に賛成」
 そういうことになった。
「んじゃまあ、とりあえず……これを解体しますか」
 ぽきぽきと指を鳴らしたトーコは、完全に息絶えたリュウグウノツカイもどきの巨体を舌舐めずりしながら見やる。
「美味しいといいなあ」
「……お前ら、これを食うつもりなのかよ……」
 大概の事では驚かない巨人族もこれには驚いた。
 
 
 一方その頃、敗走を余儀なくされたサモンは悔しげに歯を食いしばっていた。今回の敗因は、まぎれもなくあの男の存在を考慮に入れなかったことだ。
「くっ……主たる従神……っ! あの男をどうにかしない限り、オルゲイト様の望みを叶えて差し上げることはできなくってよ!」
 与えられた任務の失敗を報告するのは、身を切るような思いだったが、仕方がない。失敗は失敗だ。この失敗を糧に、次の成功を勝ち取らねばならない。
「それにあの女……」
 生き神に最も近い悪魔。あの強い生命力に満ちた瑠璃色の瞳。あの瞳は、サモンにある女の姿を思い出させた。
 色とりどりの花が咲き乱れる緑の庭園で、瑠璃色の瞳を輝かせ、生命は素晴らしいと感動していた女。
「っ! 何を考えているの。それはあたくしに必要のないもの。あたくしの全てはオルゲイト様のもの。オルゲイト様のお役に立つことこそが、あたくしの存在理由にして、存在価値。オルゲイト様なくして、あたくしは成り立たない」
 ぶつぶつと念仏のように唱えながら、サモンはオルゲイトのいる城へと戻るのだった。