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「…………」
 光海と碧は、翔馬と孔雀を腕の中にかばいながら、状況把握に努めていた。
 蜘蛛型のメカは今もぴょんぴょん跳ねているが、その動きにも慣れてきたし、今なら会話することもできるだろう。
 蜘蛛型のメカの背に乗っているのは、翔馬よりもまだ幼い子供である。ダッフルコートに耳あて付きの帽子という格好はどこかの軍人のようでもあった。ただ、コートや帽子には、デフォルメされた骸骨──目の部分はなぜかハートになっている──のアップリケがあるあたり、正規の軍人とは思えない。
「こちら、アラクネ先頭隊。スカルヘッド隊、現在地を報告せよ」
 小さな手には不釣り合いなごつい通信機を片手に、子供らしからぬ口調で誰かと話している。通信機からの返答は、やはり幼い子供のものだった。
「……あなた達は一体……?」
 碧の問いかけに子供が一瞥を向け「聞いてどうする?」尋ね返してくる。
「どうするって……なんでこんなことをするの!?」
 聞いたのは光海だ。
「ママが、そなたらを連れて来るように言ったのでな」
「マ、ママ?」
 予想もしなかった単語が出てきたので、光海と碧は目を丸くした。2人の腕の中にいる少年少女も、目をぱちぱち瞬かせる。
「そなたは、ぼくらが何者かと聞いたが、それはこちらの問いでもある。そなたらは、何者だ?」
 胡散臭いと思っていることを隠そうともせずに、子供は4人を見下ろしていた。その時だ。
『うっそぉ! ちょっとスピードあげるよ!!』
 蜘蛛型メカの片方から、悲鳴があがった。
「どうした?」
『おっかけてくるスピードが上がってるんだよ! 信じらんない! ヘイスト使ったってこんなに早くなるわけないのに!』
 もう片方からも悲鳴が上がる。
「ならば合流地点まで急げ!」子供は、通信機を口元に近づけ、「先頭隊より各隊へ通達。予想よりも追跡の足が速い。スカルヘッド隊、急げ!」
『おーけー! てめぇら、すとーむの準備しろ!』
 ががっというノイズに混じって子供の声が聞こえてくる。
『こちら、アラクネ中隊、後隊と合流。これより足止めを開始!』
 別の子供の声が聞こえた直後、どかんという爆発音が聞こえて来た。ぎゃあぎゃあと騒がしい鳴き声をあげて、鳥が夜空へ飛び立って行く。
「今のは……アラクネ後隊、1番玉の使用許可は下りていたか?」
『1番玉じゃないよ、3番玉だよ!』
『びっくりしたあ……こらー! まった調合配分間違えただろ!』
『これが、手作りの良さってやつだよ! のーぷろぐらむ!』
『俺のマネするんじゃねえ! っつか、それを言うなら、のーぷろぶれむ だっ!!』
「騒がしいぞ! 枯れ果ててしまえ!!」
 通信機から聞こえてくる声は、実ににぎやかである。気になったのは、飛び交う声のすべてが子供のものであるということだ。
「今の……爆弾!? あなたたち、そんな危険な物を人に向かって投げたの!?」
「爆弾には違いないが、3番玉はこけおどし程度の能力しかない。直撃したところで、たいしたダメージは与えられん」
 光海の問いかけに、子供は冷静な答えを返す。目の前の子供も、通信機から聞こえてくる子供たちの会話も、その内容はとても子供のものとは思えなかった。
 声音と言葉づかいを除けば、まるで熟練された兵士のようである。
「あなたたちは一体……」
 先ほどと同じ問いかけを碧は口にした。子供はやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、
「ならば、空賊とだけ答えておいてやる」
「くっ、空賊!? 君みたいな子供が!?」
 あんぐりと大きな口を開けて、翔馬が子供を見つめる。
「ぼくたちはホムンクルスだ。見た目は子供だが、中身は違う」
「ほむんくるす……?」
 子供の答えに孔雀は首をかしげた。聞いたことのない言葉ではあったが、何となくそれが“猫”や“犬”に相当するものと理解する。
 そんなやり取りをしている間にも、子供が持つ通信機からは、絶え間なく報告が入って来ていた。後方では、爆音が聞こえて来たり、きのこ雲が上がったりと騒がしい。
『こちら、白兵後隊! アサシンもどき隊に抜かれちゃった! ごめん!!』
『りありぃ?!』
『抜かれちゃったけど、みんなにお願いしてみるっ!』
「頼むぞ。合流地点まで急げ!」
『わーかってるって!』
『いっそっげぇ〜!!』
 4人を捕えて離さない蜘蛛型メカの上下運動が激しくなった。
「あわわわわわわ」
「ひうっ……!」
 これではとても会話どころではない。通信機から聞こえてくる声に耳を澄ますことも難しい。ただ、最後に──
『お前たち、40秒で合流しな! 国境が騒がしくなって来たよ!』
 しわがれた大人の女性の声が聞こえて来たのだけは、耳に残っていた。
 


「鷹矢さん!」
 忍術を駆使して、先頭隊に追い付いた陽平は、リーダーを呼んだ。
「陽平君。他のみんなも……っと、ベルザーと竜斗君は?」
 自分たちのリーダーの身を案じた黄華と鏡佳の視線も彼に向けられる。
「あ〜……あっちはあっちで戦ってます」
 泥男マッドマン にも似た状態になっていた彼らを思えば、陽平の目が泳ぐのも致し方あるまい。
「戦ってるって、敵が!?」
「あ〜うん。まあね。かなりの強敵でさ、オイラたちは先に行けって言われちゃって」
 柊が珍しく、同意を求めるように姉へ視線を送った。椿も「ええ」とうなずく。
「あの2人なら大丈夫ですよ」
 日向も力強くうなずくので、それ以上はツッコめなかった。陽平と柊、2人の少年の目が泳いでいるのが、かなり気になるところなのではあるのだが。
「それより、光海さんたちは……?」
 日向が尋ねると、3人は無言で茂みの向こうへ顔を向けた。
 茂みの向こうは広場のようになっている。月明かりが煌々と照らす中、2機の蜘蛛型メカとそのメカに乗る1人の子供、投網にくるまれた4人の姿があった。
 4人は、抵抗する様子を見せていない。おとなしく網にくるまれているだけだ。
(……子供?)
 メカの上にいるのが幼い子供と見て取って、陽平は目を丸くした。
「子供がいると思うと攻撃しづらくって……」
 様子を見ていたのだと鏡佳が言う。
「確かに……ですが、このままじっとしている訳にもいきません」
 きっと前方を見据えた日向は立ち上がり、すうっと息を吸い込んだ。
「そこの君! 私の仲間をどうするつもりです?!」
 茂みから飛び出し、日向は声を張り上げる。
「日向さん!」
 網の中から4人が彼女を呼ぶ。日向の後ろから、鷹矢たちも飛び出した。
「お兄ちゃん!」
「翔馬! 無事かい?!」
「う、うん。僕は平気。剣史さんは!?」
「ベルザーなら、大丈夫だ」
 ここに見えない仲間の姿を案じる心優しい少年を元気づけるように、鷹矢は笑顔を浮かべる。
「……予想よりも早かったな」
 蜘蛛型メカの上で、子供が子供らしからぬ口調でつぶやく。小学校の低学年くらいにしか見えない子供なのに、その態度は老獪な策士に通じるものもあった。
「お前、何者だ?」
 見た目に騙されるな。自分に言い聞かせながら、陽平は子供に尋ねた。
 目の前にいる子供の気配が、普通のものとは違っているのだ。こんな気配をさせている者は、初めて見る。
 子供は面白くなさそうに鼻を鳴らし、
「ただの空賊だ」言葉短く答えた。
「な!?」
 鷹矢や陽平たちが目を見張ると同時に、蜘蛛型メカは子供を背中に乗せたまま、ぴょんと跳んだ。もちろん、網の中にいる光海や碧たちも一緒である。
 4人の悲鳴がドップラー効果を発揮しながら崖底へ消えていく。
「何っ!?」
「何て事!? 崖になっていたなんて?!」
 慌てて距離を詰めて崖の下を覗き込むが、深い闇の中を見通すことはできそうにない。
「そんな……! 飛び降りるなんて、あの子は何を考えているんだ?!」
 焦燥感に駆られた鷹矢が、思わず叫ぶ。
 ここに来るまでに、何度か敵に襲われただけに、伏兵の存在は常に警戒していた。翔馬たちをさらった蜘蛛型メカと同型のメカが見え隠れしていたのは知っている。が、この場に近づくにつれて、見かけなくなり、ここに到着すると同時に完全に姿を消してしまった。
 メカ以外の存在にも気を払っていたが、そんな気配は全くなかったのである。
「崖下に仲間がいたのか!?」
 陽平と柊たち、忍軍のメンバーも信じられないといった顔で崖下を覗き込んでいた。
 彼らの索敵能力は、BANに所属する人間の中でもトップクラス。その彼らが気づかなかったということは、かなり厄介な相手なのではないだろうか。
 やはり、オルゲイトの仲間だったのでは?
 そんな疑問が脳裏をかすめた直後、
「テメエ、待ちやがれ、クソガキ!!」
 剣史のどなり声が聞こえてきた。それに続く形で、
「ひゃ〜! こっわ〜い! ママ〜、たぁすけてぇ〜!!」
 からかい口調の子供の声が聞こえてくる。
「助けてじゃねえ! ふざけんな!」
 子供を咎めるのは、竜斗のものだ。
「せんぱ……い?」
「お兄ちゃ…………」
 追い付いて来た後続2人の姿を見て、鏡佳と黄華が絶句する。自分たちが割と小奇麗なのに比べ、竜斗と剣史はどこの戦場を渡り歩いて来たんだというありさまだったからだ。
 崖の先端にいる7人は、こちらへ向ってくる2人が追いかけている者を見て、目を大きく見開いた。
 何せ、サーベルタイガーのような大型の肉食獣の背に、子供がまたがっているのである。その子供は、先ほどの子供と同じような格好をしていることから、空賊の仲間だと推測できた。
「わっちゃ〜……」
 獣の背中で、子供はぺちっと手を額にあてた。まずいことになったと思っている様子だ。
「君たちの目的は何だ!? オルゲイトに命じられて俺たちを捕まえるつもりか!?」
 鷹矢が吠える。が、獣の上の子供はきょとんとした顔で、
「オルゲイトって誰? 僕、知らな〜い」
 にこにこと笑って答える。その返事に重なるようにして、
「跳びな、ワイン!」
 しわがれた女性の声が轟いた。
 見上げれば、底部に蜘蛛型メカを張りつかせた、蝉のようなメカが上空を滑るように走ってくる。メカの操作ポッドと思しきところには、獣の背にいる子供と同じ格好の子供が忍者のように逆さまに張り付いていた。
「ママ!」
 獣の背中に立った子供は、信じられないような跳躍力を見せ、逆さまの子供と手をつなぐ。まるでサーカスの空中ブランコ乗りの曲芸を見ているようだった。
 蝉メカが、空中で弧を描き、崖の上にホバリングする。雲間に隠れていた月が、姿を見せ、飛行メカを操る人物の姿が克明に映し出された。
「ば、ばあさん!?」
「そんな……?!」
 飛行メカに乗っているのは、恰幅のいい老婦人だったのである。目元を保護するゴーグルを持ち上げた彼女は、にいっと唇を三日月形にゆがめ、
「どこの誰かは知らないが……あの子らは預かって行くよ」
 彼女の口調には、そこらの野良猫をもらって行くかのような気軽さがあった。
「預かってってことは、返してくれるんだろうな!?」
 老婦人の背後に同型の蝉メカが3機、現れる。どれも底部には蜘蛛型メカを張りつかせ、そのうちの2機の間には、網にくるまれた翔馬たちの姿があった。
「光海! 孔雀!?」
「碧!」
「翔馬!!」
 陽平たちは彼女たちの名前を呼んだが、4人はピクリとも反応しない。
「光海さんたちに何をしたんです!?」
 日向がくわっと牙をむけば、先ほどのこまっしゃくれた口調の子供が逆さまの状態で
「眠らせているだけだ。害はない……」と思う。
「思うって何だ、思うってのは!!」
 陽平が吠えたが、「心配はいらない」と逆さま子供はそっけない。
「預かるからには、責任は持つさ。ただし、そっちの出方次第じゃ、どうなるかは保証できないがね」
 ちゃきっ。夫人の腰にぶら下がっていた銃が、翔馬の頭に向けられる。彼女の視線は、腰だめに構えていた椿に向いていた。気配を殺し、網を切るつもりでいたくのいちの行動は、筒抜けだったらしい。
「くっ……」
 椿は悔しげに表情をゆがめる。なかなか、喰えない相手のようだ。実力の底を探れば、深海にも似たその暗さと深さに息を飲んだ直後、サーベルタイガーがいきなり暴れだした。
「うぉっ!?」
「お兄ちゃんたち、そのコ、可愛がったげてね〜」
 先ほどまでサーベルタイガーの騎手をつとめていた子供が、にゃはははと悪戯っぽい笑みを浮かべて手を振っている。
 暴れるサーベルタイガーに困惑している少年少女たちを一瞥した老婦人は、面白くもなさそうに鼻を鳴らし、
「お前たち、引き揚げるよ!」
 蝉型メカを操る面々へ声をかけた。
「あ、テメ! 待ちやがれ!!」
 陽平が投擲した手裏剣は、老婦人の銃にあっさり撃ち抜かれてしまったのだった。


**********


「ん……?」
 視界がぼんやりとかすんでいる。何度か瞬きをして、ようやく意識と共に視界もクリアになってきた。
 体の下には簡易ベッド。床には品の良いピジョンブラッドのラグマットが敷かれている。周りを見回せば、同じような簡易ベッドに孔雀と碧、翔馬も寝かされていた。
「ここは?」
 ベッドから起き上がり、光海は窓辺に立った。カーテンを開けて外の様子を見れば、目の前に満月が光っている。目線を下に下ろせば、森が延々と広がっていた。
「ここって、空の上?!」
 どうしてこんなところに?! 訳が分からなくて、血の気が顔から引いたが、それも一瞬のこと。最後の記憶を思い出せば、推測は簡単だった。
「ここは、あの子の言っていた空賊の母船?」
 光海が呟いた時だった。コンコンと控えめにドアがノックされ、「おじゃましま〜す」囁くような声とともに、子供が部屋に入ってきた。
「あ、起きてたんだね」
 光海に気づいた子供は、大きく瞬きをした後、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた。着ている服や背丈、顔立ちは光海たちを攫った蜘蛛型のメカたちを指揮していた子供とそっくりだったが、どことなく雰囲気が違っている。冷たい印象を与えた指揮者と違って、部屋に入ってきた子供は、人懐っこそうだ。
「起きたのはお姉ちゃんだけ?」
「え、ええ。今は私だけみたい。起こした方がいいかしら?」
「ううん。大丈夫だよ。どこか、変な感じはしない? 熱っぽいっとかだるいとか、そういうの」
 とことこと近づいて来ながら、子供がたずねてくる。体の調子が悪いとか、そういうことはなさそうなので、
「大丈夫よ。何ともないわ」
 微笑んだ。子供は「よかった」と胸をなでおろし、「眠くない? 眠くなかったら、ママのところに一緒に来てほしいんだ」
 小首を傾げながら、光海にお伺いを立ててくる。
「ママ?」
「そう。だめ?」
「いいわ。あなたと一緒に行く」
 この子に質問してもいいけれど、子供に聞くよりは大人に聞く方がいい。光海がうなずくと、子供は嬉しそうな笑みを浮かべ、「こっちだよ、お姉ちゃん」手を引いて歩きだした。
 部屋を出ると、そこは狭い廊下になっていた。年代物の木造品らしく、歩くとぎしぎし音がする。廊下にぽつんぽつんと灯る明かりは、ガス燈のようなデザインだった。ただ、よくよく覗き込むと、明るくて丸い物がふよふよと浮かんでいる。
「何なのかしら、あれ」
 光海の呟きが聞こえたのか、子供は「ウィル・オー・ウィスプだよ」と答えてくれた。
「うぃるおー?」何だ、それ。単語の意味が分からなくて瞬きをすれば、
「おじーちゃんが召喚した妖精だよ」
 無邪気に笑いながら、子供は光海の手を引いていく。が、手を引かれているほうの頭の中は、大混乱を起こしていた。
 妖精? 幻獣や精霊とは違うの? な状態なのである。混乱に拍車をかけるのは、現状を把握できていないことだ。ここはどこで、誰が、何のために、自分たちを攫ったのか。
 分からないことだらけだった。
 そもそも、何だってこんな小さな子供が空賊なんてやっているのか。指揮を取っていた子供は、ホムンクルスだと言っていたが……。
「ママ〜、お姉ちゃんを連れて来たよ〜」
「今手が離せないんだよ。そこで待たせときな!」
 光海が連れてこられたのは、操舵室のようなところだった。操舵輪を握るのは、台の上に乗った子供で、その後ろのテーブルには初老の女性が何かと睨めっこしていた。
 背丈は普通だが、肉付きは良い。ふくよかというよりは、どっしりという形容が似合う。着ているのは、軍服と作業着を足して2で割ったような服である。
「は〜い」
 こっちだよと手を引かれ、座らされたのは操舵室の隅っこにある猫脚のソファーだった。
正面を見れば綺麗な夜空が広がり、遠くに雲海が望める、まさに絶景である。
「フ、ン。何とか振り切ったようだね。けど、油断はするんじゃないよ!」
「は〜い、ママ!」
 操舵輪の前方に設けられたブースにいる子供が、元気よく手を挙げる。時計がないから正確な時間は分からないが、子供は寝る時間じゃないだろうか。そんなことを思っていると、「ママー、お姉ちゃんを連れて来たよ〜」
「碧ちゃん……」
「あ、光海さん……良かった。無事だったんですね」
 操舵室に入って来た碧は、光海を見てほっと安堵のため息を漏らす。光海は、うなずき、微笑み返した。
「フン。多少強引だったのは認めるけどね、こっちは話を聞きたくて招待したんだよ。見境なく傷をつけるわけないじゃないか」
 面白くなさそうに鼻を鳴らした老婦人は、碧にもソファーへ座るよう促した。剣十郎や雅夫にも通じる貫禄に、少女は大人しく従い、光海の隣に腰を落ち着ける。
「お姉ちゃんたち、どうぞ」
 差し出されたカップには、湯気を立てる白い液体。ホットミルクらしい。ありがとうと受け取れば、「どういたしまして」子供はにっこりほほ笑む。
「ママはこっち」
「ほい。ありがとさん」
 老婦人が受け取ったのは、寝酒のようである。
「さて、まずは名前を聞こうか。アタシャ、マリー・トゥア・リータ・ブリザール・メーソンって言うのさ。それから──そっちから順番に、ジンとアラック、ワインとビール」
 マリーから名前を呼ばれる度に、子供がはいは〜いと手を挙げる。
 光海を連れて来たのがビールで、碧を連れて来たのがワイン。アラックは操舵輪の前にいる子で、ジンは前方のブースにいる子供の名前らしい。
 そんな名前なんだと思ったものの、明日の朝に会ったら、判別は出来ないと思う。背丈や肉付きはもちろん、顔まで同じなのだ。クローン人間の単語が頭をよぎる。もしかしたら、ホムンクルスというのはクローン人間に似たようなものなのかもしれない。
「で、お前さんたちは?」
「私は桔梗光海です。こっちは……」
「輝里碧と言います。部屋に残っている女の子が孔雀ちゃんで──」
「男の子は風見翔馬君です」
「ほ。そりゃまた珍しい名前だね。……ちょいと、ジジイ! 話は聞いてんだろ!? オモチャばっかりいじってないで、話に加わりな!」
『ワシ、今はこっちの方が気になるんじゃもん。加わりたくないわい』
 スピーカー越しに聞こえて来たのは、しわがれた男性の声である。声の感じからして、マリーと同年代に思われた。
「ジン……構わないから、あのオモチャ、売り払っちまいな」
『ぎゃー! ヤメテヤメテヤメテ!! それだけはヤメテ! ワシ、悲しくて泣いちゃうから! 涙でこの船、水浸しにしちゃうから!! 話に加わればいいんじゃろ?! 加われば!』
 男性の声とは別に、子供の声で「やめてー」という声も聞こえてくる。
「フン。はじめっからそう言やいいんだよ。全く」
『容赦ないのぅ。マリー。まあええわい。嬢ちゃんたち、ワシゃ、シャルル・バノブルー・メーソンちぅ名じゃ。お前さんたち、もしかして、話に聞く倭国わこく から来たんかいのぅ?』
「倭国?」
『何じゃ、違うんかい。じゃあ、どこから来なすったんだね?』
「私たちは地球の日本という国から来たんです」
 碧は簡潔に答え、その後を光海が受け継ぎ、今までのことを説明していく。
 トリティという宇宙の破壊者たちのこと。彼らに対抗するべく組織されたBANのことと、それに所属する並行宇宙から集った勇者たちのこと。その戦いの最中、新たに姿を見せたオルゲイトと名乗る、凄腕の魔法使いのこと。自分たちは彼(?)に奪われたチップを取り戻すため、地球を出発したものの、反撃に遭い、仲間たちと別れてしまったこと。
 2人の少女の説明を、マリーは黙って聞いていた。姿が見えないバノブルーも、時折相槌の声を返すだけで、質問を挟んでは来なかった。
 すべての事情を話し終えた時点で、
「ここは、一体どこなんですか?」
 少女たちは、自分たちが今一番知りたいことを尋ねたのだった。
「はあ。やれやれ。アタシにゃ、何のことだかさっぱり分からないね。ジジイ、お前は分かったのかい?」
『まあ、だいたいな。ってことは、あれじゃの。これはひょっとしてお前さんたちのお仲間のモンかいのぅ?』
 後ろのほうへ何か指示を出したらしく、ビビッという電子音のような音の後に、操舵室にウインドウが現れた。画面いっぱいに映っているのは、やんちゃそうな雰囲気の子供の顔。嬉しそうににっかーっと笑って、ピースサインをしている。
『ママぁ、見えてるぅ〜?』
「お前の顔だきゃ見えてるよ」
『あっは。そりゃよくてだめだー。あはははは』
 何がおかしいのか、けらけらと笑いながら、子供の顔が遠ざかって行く。それと同時に画面に映りこみ始めたのは……
「「ライドホーク!」」
「「と、ダークストライカー!」」

 光海と碧が目を丸くする。驚いて入口の方を見ると、翔馬と孔雀の姿があった。
「2人とも目が覚めたのね」
「う、うん。どうして、ライドホークとダークストライカーがここに!?」
 少女が座るソファーへ近づきながら、翔馬が驚きの声を上げる。
『ワシが拾ったんじゃ。掘り出しモンじゃと思ったのにのぅ』
 バノブルーは残念そうに言うものの、その姿が見えない。カメラも彼の姿を探して、きょろきょろ動き──
『いろいろ遊ぼうと思っとたんじゃがのー。落とし主が現れてはしょうがないのぅ。諦めるしかないのぅ』
 白いランニングシャツを着た背中が隅っこのほうにあった。体格からして、良い大人なのは間違いないのだが……なぜか、ちんまりと丸まっている。その背中へ、子供が「おじーちゃん、元気だして〜」なんて慰めていた。
「ジジイ、いちびってないでアタシにも分かるように説明しな!」
『ほいほい。分かっとるよ』
 ちんまりしていた背中がしゃきーっと伸びて、画面に近づいてくる。
 年相応の皺が刻まれた顔は、いかにも職人風の顔つきをしていた。とても、先ほど、子供のような発言をした人物には見えない。年は、剣十郎よりも4、5才くらい上だろうか。
『まあ、要するにな、この世界とは別の世界から、オルゲイトっちゅー奴に盗まれたモンを取り返しに来たところ、逆にやられちまって仲間とはぐれちまったっちゅーことだな』
「別の世界だって……? そんなもの……」
『ない、とは言い切れんわい。そこに浮いとる月じゃって、ワシらから見れば別世界じゃ。そうじゃろう?』
 バノブルーの説明に、マリーは苦虫をかみつぶしたような顔になった。
『さて、お嬢ちゃんがたの質問じゃがの、チキュウというのは多分、お前さんがたの世界の呼び方の1つなんじゃろうが……あいにく、ここでは、世界は世界じゃ。別の呼び名はない。ニホンっちゅーのが国の名前かの。ここらあたりは、デューオっちゅう地域じゃ』
「地図を見せたげよっか」
 ジンが何かを操作したらしい。バノブルーが映る画面の横に、地球のヨーロッパ付近に似た地図が映し出された。
「ぼくたちがいるのは、このへんでねえ、こっちが……」
「詳しい話は後回しにしな。やれやれ。とんだモンを掻っ攫って来ちまったもんだね」
 ソファーに並ぶ4つの顔を順に見比べ、マリーはため息をついた。
「ま、攫って来ちまったモンはしょうがない。今夜はゆっくり休みな。明日になったらお仲間のところへ帰してやるよ。その後はそっちで好きにやりな」
「あ、あの……っ、私たち……」
「頼るモンがいないって言いたいんだろ? それとも、これも何かの縁だから助けてくれって言うつもりかい? ハ! 言いたいんなら、言やあいいさ。言うだけならタダだからね。けど、アタシらがそれじゃあってお前たちを助けてやるかっていえば、答えは1つ。そんなことはしない、だ。アタシらにゃ、何のメリットもないからね」
 肘掛に肘を乗せ、マリーは頬づえをつく。いつの間にか、バノブルーが映っていた画面が消されていた。会話の窓口が1つ減らされて、マリーだけに絞られている。
 この人は、怖い人だと碧は直感していた。相手が女の子だろうが子供だろうが、自分たちの利から離れることには承諾しない、厳しい人だ。
「だいたい、だ。コルンが言わなかったかい? アタシらは空賊だよ。人様の財産を横からかすめ取って、それを売って生計を立ててるんだよ。“勇者”サマがそんな稼業を手伝っていいもんなのかい?」
 二の句を紡ぐことはできなかった。



 明日になったら、仲間のところへ帰してやる。マリーのその言葉に嘘はないらしく、4人は、最初に寝かされていた部屋へ戻された。その途中で、後からやって来た翔馬と孔雀にもことの次第を説明し、何とか全員が現状を把握することはできている。
「何とかして、マリーさんに協力してもらわなきゃ……」
 枕を抱えた光海は、ふうとため息をこぼした。4人とも、マリーに協力してもらわなくてはならないと考えてはいるのだが……交渉方法となるとちっとも思い浮かばない。
 マリーが自分たちに協力しない理由として「メリットがない」ことと「勇者を名乗る者たちが、空賊と仲良くしてよいものなのか?」という2つのことを挙げている。
「あの……マリーさんじゃなきゃだめ……なんでしょうか?」
「孔雀ちゃん?」
「マリーさん以外の協力者を見つけることはできないんでしょうか?」
「できなくはないと思うけど……」かなり難しいのではないか。
 碧がそう続けようとした時、船内にけたたましい警報が鳴り響いた。
「な、何!?」
「分かんない。何があったんだろう!?」
 ベッドから腰を浮かせ、4人は部屋から飛び出した。通路では、ガス燈の中のウィル・オー・ウィスプが、パンパンに膨れており、赤くなってぴょんぴょこ飛びまわっている。
「へい! ぼーい あんど がーるず! 部屋ン中で大人しくしてな!」
 耳あてつきの帽子を被りつつ、子供が1人走って来る。君にガールなんて呼ばれたくないと内心突っ込みつつ、光海は「何があったの!?」鋭い語気で質問をした。
「あい どんのぅ! けど、どっかの誰かが仕掛けてきやがったんだろ! そー ばっど!!」
『ラム! コルンとウォッカ、ジンを連れて外へ出な! ゴールデン・マイラだ! まいたと思ったんだがね、甘かった』
「いえす マム」
 どこからか流れて来た、忌々しそうな舌打ちつきの放送指示に、子供が返事をする。ラストガーディアン艦長の律子とは違い、マリーは感情を隠そうとしない人らしい。
「ゴ、ゴールデン・マイラって何なんですか?」
「この間の たーげっと だ。早く部屋に入って……ろォッ!?」
 船が大きく揺れて、碧の質問に答えていた子供の語尾が変な感じにはねあがった。
「うわぁッ!?」
「きゃぁ?!」
 捕まるものがなくて、4人はその場に崩れ落ちてしまう。振動が一段落して顔をあげたその時、窓の外を逆さまの遮光器土偶が落下していった。
「な、何あれ?」
 我を忘れて目をまん丸にして窓から視線を外せずにいると、遮光器土偶の腕が持ち上がり、手のひらから光の弾が放たれる。狙いが大きくずれたものではあったが、こちらを傷つける意思を持ち合わせていることは明白だった。
「この船、狙われてるの!?」
 立ちあがった翔馬は窓に張り付き……「うわ!?」
 逆さまのハート形土偶とばっちり目が合ってしまった。他にも10体前後の土偶が、窓の外を流れて行くのが見える。
 流星群ならぬ、流土偶群。シュールというか、何と言うか……。
「夢に見そう……」
 うぇと顔をしかめながら翔馬がこぼす。光海たちも気持ちは同じだ。が、子供はそうでもないらしく、
「しっと! いそがねえと!」
 舌打ちをして「部屋に入ってろよ!」と言いのこし、走り去っていく。その後を、
「寝坊した、寝坊した、寝坊したぁ〜! ラム、待ってぇ〜!」
 とてとてとてと、新しい子供が走って来る。
「ウォッカ、はりー あっぷ! スカルヘッドで出るぞ!」
「は〜い」
 返事はよいものの、再び揺れる船体に子供はよろけ、前につんのめる。が、ちっとも慌てた様子なく「とぉ!」なんて言いつつ手を前について前転。「さっすが、ウォッカくん。やっるぅ〜」と自画自賛して、そのまま、何事もなかったかのようにラムと呼んでいた子供の後を追いかけて行った。
「……ねーさま、どうしましょう?」
「そ、そうね。とりあえず、マリーさんのところへ行きましょう。もしかしたら、これはチャンスかもしれないもの」
「チャンス?」
 首をかしげる翔馬へ光海は力強くうなずいた。
「この船を守るの。そうすれば、マリーさんは私たちに貸しができるわ」
「その貸しを返してもらうっていう建前で、マリーさんたちに協力してもらうんですね」
「ええ」
 碧の確認に光海は魅力的なウインクで答える。
「行きましょう!」
「はいっ」
 光海の呼びかけに力強く答えた3人は、先ほど案内された操舵室へ向かった。



 4人が操舵室へ飛び込むと、そこはちょっとした戦場のようになっていた。全然区別がつかないのだが、先ほどよりも部屋に詰めている子供の数が増えている。ランニング姿のバノブルーもいて、1人の子供と真剣に話をしている様子だ。
「ラム! 煙幕を張りな!」
『いえす、マム!』
「ジジイ、リキュールは型の特定を急ぎな!」
「分かっとるよう」
「…………」
 リキュールと呼ばれた子供は無言だったが、マリーは気にした様子もなく、
「アラック、煙幕完了後、いったん下降。ゴールデン・マイラをやり過ごした後、上昇しな! 何とか奴らの上に出るんだよ!」
「は〜い! りょーかーいっ!」
 マリーが次々と出す指示を子供たちはてきぱきとこなし、次の指示を求める。マリーはそれを的確にさばいていた。まるで、小さな軍隊のようである。
 この状況下で口を出すのはためらわれたが、そんなことを言っている場合じゃない。光海たちは光海たちで、切羽詰まった状況にあるのだ。
「マリーさん!」光海が呼びかけると、
「ママって呼びな!! っと……何だい、お前たちかい。アタシゃ今忙しいんだよ。お前たちと話してる暇は──」
 老婦人が眉間に皺を寄せて振りかえる。とっと部屋に戻れと言われる前に、
「マリーさん、この船、私たちが守ります!」
 碧が大きな声で宣言した。
「はん?」
 何を言ってるんだという声が副音声で聞こえてくる。
「私たちでこの船を守りきったら、私たちのお願いを聞いてください!」
 光海は言うと、ジンだと思われる子供に話しかけて、船外へ出られるところはどこかを尋ねた。
「え? スカルヘッド用のハッチが開いてるけど……」
「それはどこですか?」
 すかさず孔雀が尋ねて来る。勢いに流された子供は、素直に場所を教えてくれた。
「ありがとうございますぅ。ねーさま!」
「うん。分かってる。行こう、孔雀ちゃん、碧ちゃん!」
「はいっ」
 女3人は、あっけにとられている空賊たちを残して操舵室を後にするのだった。
「……船を守るだって? あの子たちゃ本気で言ってんのかい?」
「もちろんです! 僕たち、言ったじゃないですか。勇者ですって!」
 ぽかんとしたマリーのつぶやきに、残った翔馬が自信満々に答えた。
 ブリッジの皆がぽかんとする中、「ゴールデン・マイラのマナエンジンを片っぽ、止めちまうかのう?」「ノーティア・マナに手を入れてゴーレムの情報伝達を遅らせる」「ふぅん……並行してやってくかのう」バノブルーと1人の子供の会話だけが細々と続いていた。  教えられたハッチへ向かいながら、光海たちは簡単な打ち合わせを行う。
「孔雀ちゃんは前衛をお願い。私がサポートするから──」
「はい。分かりました」
 うなずいた孔雀は、釧より預けられたカオスのいる勾玉へ「あ、あのっ……」恐縮しながら声をかける。
『話は聞いていた。出よう』
「あっ! ありがとうございますぅ〜!」
 両手を組んで感激した様子のまま、孔雀はててててっと器用に走る。その様子を横目に見ながら、光海と碧は少女がコケないか、心配で心配でたまらなかったのだが……コケることなく、感動タイムは無事終了。ほっと安心したところで、
「私は船の護衛ですね」
 碧は光海に確認する。
「ええ。お願いね」
「はい」
 今、召喚できるのは、光海のコウガと孔雀が召喚するカオスフウガ・ストライカー。碧のリュミエールペガサスの3体である。コウガは空を飛べず、リュミエールペガサスは、防御向きの機体だ。となれば、光海が提案する配置が自然といえる。
「うっわ!? おねーちゃんたち、どうしたの?!」
 簡単な打ち合わせを終えてハッチに着くと、子供が2人驚き顔で3人を迎えてくれた。2人とも手にボールのような物を持っている。
「この船は、私たちが守るから!」
 力強く宣言した光海は、2人に視線を向け、互いにうなずき合った。
「風雅流、奥義之弐!武装巨兵之術っ! 森王之射手、コウガッ!!」
「輝王式旋角合体、カオスフウガ・ストライカァッ!」
「煌輪合体リュミエールペガサス!」

 3人の少女たちは、自分のパートナーを召喚。戦場へと飛び出して行った。