深夜というにはまだ少し早い時間帯。ゴールデン・マイラのメインブリッジは、静かながらも興奮を隠しきれない様子だった。
「奴らを発見したというのは、本当かね!?」
 仕立てのよいローブに袖を通しながらブリッジに駆けこんで来たのは、この飛行客船のオーナー、アルトゥーリ・バックマンだった。
 裸一貫で今の財を築き上げた彼は、誇り高く、強い矜持を持ち合わせている。ゆえに、先日のフライトで起きた事件について、彼はとても怒っていた。
「ミスター・バックマン。あれです」
 ビルタの軍で指揮官をしていたという初老の男性エーベルハルト・ノイマンがブリッジのモニタを指さす。そこには、幽霊船のような飛行船が、雲海を航行していた。
 つい先ほど追跡していた小型の飛行艇が振り切られてという報告を受けて、腹立たしい思いを抱えながらベッドに入ったのだが、そう間をおかずに再発見できたらしい。
「あれか……あんなボロ船が……っ」
 先日、この飛行船はあのボロ船に乗る空賊たちに襲われ、多大な損害を計上している。人的被害は軽微ではあったものの──バックマンの面目は丸潰れだ。フォルトーから、近く号を贈られるという噂は、一瞬のうちにして立ち消えてしまっている。
「ミスター、見た目に騙されてはなりません。見た目は幽霊船でも、あれは悪名高きママ・ブリザール一家の母船なのですぞ」
「う、うむ」
 ノイマンに注意されたバックマンは気を引き締め、うなずいた。直後、船の下がにわかに騒がしくなった。
「何事だ!?」
「目標に気づかれました!」
 指揮官の問いにレーダーとセンサーを担当している通信士が答える。
「嘘だろう!? もう撃ってきやがるのか?!」
 悲鳴に似た報告の直後、ゴールデン・マイラの船体がわずかに揺れた。
「なんて威力! 信じられねえ! メーソン・ボマーがいるって噂は本当なのか!?」
「被害状況を報告せよ!」
「第1格納庫に着弾! 大穴が開いて、ゴーレムが何体か、放出されました!」
「構わん! それよりも、隊の編成を急げ!」
 バックマンが指示を飛ばす。続けてノイマンが新たな指示を付けくわえた。
「落ちたゴーレムへは、奴らの母船を攻撃するよう指示を!」
 船内通信士が復唱、ゴーレムを統括する部署へ今の指示を伝達する。
「あんなボロ船、すぐに捕縛しろ! 諸君ならば出来るはずだ!」
「……さて、そううまく行きますかな……」
「どういうことかね? 諸君らは優秀な兵士のはずだ」
 傍らで難しげな顔をするノイマンへ、バックマンは片眉をはねあげて問いかけた。
「ママ・ブリザールは、盗賊国家デューオでも腕っこきの空賊だということですよ」
 ゴーレム隊による降下作戦は中止し、ゴールデン・マイラによる射撃戦を展開したほうがよいと老将は勧める。正直、ゴールデン・マイラのボディをあの幽霊船にぶつければ、それで事は済んでしまうのだ。
 ビルタの法に照らし合わせれば、空賊はみな縛り首である。どうせ死ぬのであれば、苦しみが長引くそれよりも、そちらの方が良いのではないかとさえ思う。
「確かにそうすれば簡単に事はおさまるが、儂の腹立ちはおさまらん」
 鼻息荒く告げる雇い主に、ノイマンはため息をついた。これだから、素人は困るという心情が、吐き出されたため息に色濃く反映されている。
「ミスター。ママ・ブリザールにはメーソン・ボマーがついているという噂もあるのです。慎重に事を運ばねばなりますまい」
「メーソン・ボマー?」誰だね、それは。
「本名は、C・バノブルー・メーソンでしたかな。錬金術師から科学者へ転向した変わり者ですが、フォルトーからテロリスト指名を受けている、第一級犯罪者でもあります。特筆すべきことは、魔法免許AAランク所持者であるということです」
「AAランクだと!?」
 全部で7つある魔法免許ランクの、上から2番目のランクである。どこの国でも、このランク所持者は100人を切っている。どこに行っても、引っ張りだこの人材なのだ。
 なのに、彼は……テロリスト指名を受け、空賊に身をやつしているのである。
「信じられん……」
「メーソン・ボマーの一手で、戦況は簡単にひっくり返されてしまう可能性があるのです」
「だが……ここは空の上だ。空気も薄い、外気も冷たい。身を守りながら、無数のゴーレムを落とすなど、AAランクと言えども容易いはずがない」
 バックマンの呟きは半ば自分に言い聞かせるようなものではあったが、事実と言えば事実である。薄い空気を補いつつ、冷たい外気から身を守り、ゴーレムを落とせるほどの攻撃魔法を操る。上位妖精の力を借りたとしても──簡単なことではない。
「物量で押せば勝てる!」
 バックマンが自信を持って断言した直後、幽霊船から小さな飛行艇が飛び出して来て、ゴールデン・マイラの周辺に煙幕を張りはじめた。
「これは……! あの煙幕…っ、指令! チャフが巻かれたようで、レーダーの精度が落ちます!」
 この世界の乗り物は、マナバッテリーによって動いている。レーダーは、そのマナの出所と出力を感知して、表示するものだ。そこで、高密度マナを固定させた物質をばらまいて、レーダーの精度を狂わせるという方法が考案されたのである。
「想定内だ! ゴーレム隊準備まだか!?」
「……ゴーレム隊、準備整いました! いつでもいけます!」
「ならば、降りろ! あの幽霊船を沈めてやれ!」
「了解!」
   

 コウガが飛行船の甲板に足を付けると、上空から土偶の群れが降って来るのが見えた。夜空にぽっかり浮かぶ流線型の巨大な飛行船は、どこか気味が悪い。
「孔雀ちゃん、この船のことは私たちに任せてください」
「はっ、はい! よろしくお願いしますぅ!」
 碧の言葉に、カオスフウガ・ストライカーの背中がピンと伸びた──ように見えた。
 弓を強く握りしめ、光海はふうと呼吸を整える。私がしっかりしなくちゃと気を引き締めたその時、足元に子供がいることに気づいた。
「あなた、どうしてこんなところに!?」
「どうしてって、ボクだってお仕事するもんっ!」
 えっへんと胸を張った子供の足元には、見たことがない魔方陣が描かれている。
「そういうお姉ちゃんたちこそ、何してるの? このアイアン・ゴーレムカッコいいね」
「ワタシはアイアン・ゴーレムではない」
「アタシもよ。アタシは幻獣なの。こっちの2人は、忍巨兵っていうの」
 わかる? とリュミエールペガサスが聞くと、
「あっは。分かんな〜い。あははははは」
「あはははじゃないでしょ」思わず肩が落ちる。
「あははは。分からないのはダメだけどいいもんね〜。ボクはボクのお仕事するも〜ん」
 何が楽しいのか、子供はにこにこ笑顔のまま、歌いながら魔方陣の回りを踊りはじめ、
「来るぞ!」カオスフウガの声と
「召喚! ノース・ロックバードッ!!」子供の声が重なる。

   ゴウッ!!

 魔方陣から吹雪が渦を巻いて天空へ遡って行く。
「何!?」
 吹雪の渦が晴れたそこには、新雪のような羽を全身にまとった巨大な鳥がいた。大きさはシードグリフォンくらいあるだろうか。 「な、何なんですかぁ、あれ……」
 ふぇと今にも泣き出しそうな孔雀と巨大な鳥の目が合った。
「はぅっ!?」
 巨大な鳥は、思いっきり目がすわっている。言葉にすれば「やンのか、ワレェ?!」といったところか。あたりかまわず喧嘩を売りまくる、チンピラみたいな視線を彼女の方へ向けたまま、鳥は嘴を開き、

   カッ!!

「ひゃぁぅッ!?」
 吐き出された青白い光線を、カオスフウガ・ストライカーは間一髪のところで避ける。
「なななななな……」
 振り返れば、ゴールデン・マイラから投下された土偶の何体かが、カチンコチンに凍りついて落下していくのが見えた。あの大きな鳥の仕業なのは、誰かに確認するまでもない。
 ただ、何かを氷漬けにできるような息を吐く生物の存在が信じられなかった。
「何だ? あの鳥は……ッ!?」
 カオスフウガの驚きの声に答えたのは、
「ありゃあ、ノース・ロックバードだ。コールド・ブレスを吐くから気を付けろよ」
 小型の飛行船に乗った子供。やれやれと呆れた様子でダッフルコートの懐から大きめの携帯電話のような物を取りだした彼は、
「マム! ピンガがノース・ロックバードを召喚しやがった!」
『こっちでも見えてるよ。ピンガ! もうちょっと呼ぶモン考えな!! ワイン! ロックバードの面倒みるんだよ! 甲板に上がりな!』
『は〜い!』
 マリーたちの会話は、光海たちにも聞こえていた。が、その内容の一部分に引っかかる。
「ね、あなたが呼んだのに、あなたはあの鳥をコントロールできないの?」
 足元の子供に尋ねれば、にっこりと満面の笑みを浮かべられ「うん」あっさりうなずかれた。ちょっと待て! とコウガが目を見張るが、
「ワインが面倒みてくれるから、大丈夫だよ。あはははははは」
 サムズアップまでされては、もう絶句するしかなかった。
「ママ〜、お姉ちゃんたちとお話する〜?」
『するに決まってんじゃないか! お前たち一体何をどうやるつもりなんだい!?』
 どなり声の後半は、光海たちに向けられたものだ。足元の子供、ピンガが携帯電話の通話口をコウガの方へ向ける。この距離で会話ができるのかと思ったのだが、とりあえず話をしてみた。
「私が後衛で、孔雀ちゃんが前衛。碧ちゃんが船を守ってくれます」
『そのアイアン・ゴーレムでかい?』
「アイアン・ゴーレムじゃないんですけど……そうです」
『……それでアタシらに恩を売るつもりかい……好きにしなと言いたいところだが、それじゃこっちが困るんだよ』
 思ったよりも会話はスムーズに進む。見た目は大きな携帯電話なのだが、集話力はそれ以上に優れているようだ。
「だったら、指示を出してもらえますか? 私たちはその指示に従います」
『あっさり言ってくれるね』少しの間の後、大きなため息が聞こえ『だったら、ゴールデン・マイラ……あのデカブツは落とすんじゃないよ』
「理由を聞いても?」コウガがたずねれば、
『これからも商売させてもらうからさ。落ちられちゃ困るんだよ』
 何を当たり前のことを、と言わんばかりの返事があった。
『アタシたちゃ空賊なんでね』にやりと笑うマリーの顔が浮かぶ。
『ゴーレムは無視しな。相手にしたってきりがないよ』
「ゴーレムというのは、あの土偶のことか?」
『そうだよ。今、ジジイとリキュールが書き換え用のモノリスを用意してる。それがそろうまでの時間稼ぎをしてくれりゃあそれでいい』
「書き換え用のモノリス? それは何なの?」
「えっとね、ゴーレムは遠隔操作するか、乗り込んで自分で動かすか、指示を書き込んだモノリスで動くんだよ。だからね、モノリス系ゴーレムは、そのモノリスを書き換えたげれば、動きを制限できるの」
 リュミエールペガサスの問いに、足元のピンガが答える。まさか、この子供が答えてくれるとは思わなかったので、一瞬、目がテンになった。
 船の甲板が緊張感から解放されていた頃、上空ではカオスフウガ・ストライカーが、降って来る土偶を次々撃墜させると同時に、ノース・ロックバードの攻撃を避けていた。
「1体1体はたいしたことないが、こうも降ってこられてはな……」
 正直、カオスフウガ・ストライカーで相手をするのが申し訳なく思えてくるほどに、ゴーレムは弱い。圧倒的に弱かった。数でどれだけ勝っていても、性能差がありすぎる。
「でも、あの船を落としちゃダメだって……」
 あれさえ落としてしまえば、この事態は簡単に解決するというのに、何ともどかしいことか。
「びじねす は、我慢も必要だぜ、きてぃー。あー ゆー おーけー?」
 小型の飛行艇を駆るラムが、カオスフウガに言い放つ。忍巨兵に比べれば、子供が操る飛行艇はおもちゃのようである。にも関わらず、ぴったりとカオスフウガ・ストライカーについて離れないのだからその操船技術と飛行艇の性能は恐るべきものがあった。
「ふぇ? き、きてぃーってなんですかぁ?!」
「何ってそりゃあ……」
 ラムが答えようとしたその時、
『ラム! ボク、甲板に来たよ〜!』
 通信機からワインの声が届いた。
「おぅけぃ! ウォッカ、迎えに行って来い! ノース・ロックバードの頭に連れてってやれ! ……って、頭で良いのか?」
 ぐりんと飛行艇を傾けて、ゴーレムの一撃を回避しながら、子供も首を傾げた。
『頭で良いよ〜』
「だ、そうだ。ウォッカ!」
『もう、行ってる〜! さすがウォッカくん。えっら〜い!』
「偉くねえ! コルン、2番玉撃つぞ!」
『まだだ。ワインがノース・ロックバードをコントロールしてから撃つが良い』
「ほわい!?」
『あやつの羽ばたきでチャフが流されては意味がなかろう』
「あうち! それもそうだな。ウォッカ急げ!」
『わっかりました〜!』


「何ていうか、こんな戦場、初体験。アタシ、困っちゃうわぁ……」
 ふうとため息をこぼしつつも、リュミエールペガサスはしっかりと飛行船の護衛を行っていた。──のだが、落下してくるゴーレムのほとんどをカオスフウガ・ストライカーとコウガが撃墜させているため、はっきり言って出番ナシの状態である。
 とはいえ、全く出番がないかというとそうでもなかった。
「っとぉ、この角度ヤバいんじゃない?」
 彼女の視線の先にいるのは、ノース・ロックバード。
 新雪の翼をもつ巨鳥は、怒りのこもった声で高く鳴くと、絶対零度の吐息を四方へ放った。その一筋がマリーたちの乗る飛行船に向かって伸びて来る!
 バリアを張って、コールド・ブレスを防いだ碧は、思わずため息をついた。
「注意しているのが味方のはずの鳥さんだなんて……」
 何とも皮肉な話である。こめかみを指で揉んでいると
「いっそげ、いっそげ♪」
 小型の飛行艇に乗った子供が1人、リュミエールペガサスの横を通過していく。
「お姉ちゃん、お仕事お疲れ様ぁ〜」
 ひらひらと手をご機嫌に手をふる子供は、あっという間に見えなくなってしまった。どうやら飛行船に戻っていくようだが、何をしに行くのかは不明だ。
 通信ラインが確保できていないというのは、こういうときにもどかしい。
「あの子……」何だったのかしら? と瞬きをしていれば、
「いってきまーす」
「やっほ〜!」
 先ほどの小型飛行艇が、今度は搭乗者を1人増やして2度目の通過。
「あなたたち、どこへ?!」
「鳥さんの頭の上〜」
 ドップラー効果をきかせつつ、子供を乗せた飛行艇が去って行く。
「ちょ!? 待ちなさい、危ないじゃないの!」
「光海さん、私、あの子たちについて行きます!!」
 慌てて飛行艇を追いかけつつ、碧は後方の光海へ言う。彼女からの了承の返事を耳の片隅でとらえつつ、碧は2人を乗せた小型の飛行艇へ向けて
「鳥さんの頭の上って、そんなところで何をする気なの?」
「何って、ピンガのフォローに行くんだよ。僕が鳥さん、コントロールしなきゃ」
「毎度毎度大変だよねえ、っと……」
 ゴーレムが放った一撃をひょいっと交わしたウォッカは、ひょいと肩をすくめる。
「コントロールできる奴を召喚すればいいのに。妖精とかさあ」
「まあねえ」
 しょうがないやつだよなと肩をすくめる2人は、同僚の失敗のフォローを苦笑交じりにこなすサラリーマンのようだった。あまりにも慣れた様子に、子供たちにとってこういうことは日常茶飯事なのだと認識させられる。
「ラムみたいにはいかないけど、しーっかりお届けいたしますよっと」
「よろしくー!」
 飛行艇のアクセルをぐいっと踏み込み、ウォッカはノース・ロックバードへと接近していく。
「ちょっと、そんなに気楽に近づくもんじゃないわよ!」
 リュミエールペガサスが慌てて注意したが、2人とも「大丈夫、大丈夫」と全く取り合わない。しまいには、「のーぷろぐらむ! ってやつだよ」とウォッカが笑う。
「それを言うなら、ノープロブレムだってば!」
「そうだっけ? ま、いいじゃない」
 子供2人は、けらけらと笑い合った。
 この能天気さ、どうにかならないものだろうか。めまいを覚えつつ、リュミエールペガサスはため息をつく。
「ねえ、あなた、ワインくん……よね?」
「そうだよ。なあに、お姉ちゃん」
「私が、あなたをあの鳥のところに連れていってあげるわ。その方が速いと思うの」
「お姉ちゃんが?」
「ええ」いいわよね? とパートナーに尋ねれば、もちろんと二つ返事が返って来る。
「……えーっと……ママ、どうしよう?」
『フン。連れて行ってくれるってんなら、連れて行ってもらいな。スカルヘッド隊、本船からあんまり離れるんじゃないよ。これから、モノリスの生産に入るようだからね』
「はーい。わっかりましたあ!」元気に返事をしたウォッカとワインは、リュミエールペガサスのほうへ向きなおり、「それじゃあ、お姉ちゃん、よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げた。
「分かったわ。じゃ、こっちへ移動してくれる?」
「はーい」
 言うが早いか、ワインはぴょんと飛行艇から飛び降りた。命綱などない上に、ここは上空何百メートルという地点である。ここから地上へ落ちたら、その小さな体など、生卵を床に落としたときよりも酷い惨状になるのは明白である。
「ちょ?!」
「危ない!」
 慌てて両手を差し出し、リュミエールペガサスは、ワインを受け止めた。
「何てことをするの!? 危ないじゃない!」発した言葉が非難がましいことになるのは、当然のことである。ところが、怒られた本人は、
「お姉ちゃんが受け止めてくれると思ったから」けろっとした顔であっさり答え、
「ウォッカ、ラムによろしく言っといてー」
「分かってるって。じゃあね〜」
 ここまで自分を連れて来てくれた仲間へにこにこと笑って手を振るのだった。


「待たせたのぅ、マリー!」
 飛行船のブリッジから、戦場の様子を見守っていた翔馬の耳に、バノブルーの嬉々とした声が飛び込んできた。彼と一緒に作業を進めていた子供は、座っていた椅子からぴょんと下りて、たたたーっとどこかへ向かっていく。その後を3人の子供が追いかけていた。
 これから一体何が始まるんだろう? 少年が首を傾げていると、
「坊主、どうせここにおってもヒマじゃろうから、ワシらを手伝わんか」
「おじいちゃんを?」
 来い来いと誘われるまま、翔馬は老人についていった。
「手伝うって、一体何をすればいいんですか?」
「なあに、難しいことは何にもないわい。誰でもできる簡単な仕事じゃ」
 ありがちな求人広告の1フレーズのようなことを言ったバノブルーだが、説明を聞くと、簡単そうなのは事実である。モノリスとやらの材料運びと、出来上がったモノリスの運搬作業を手伝ってほしいとのことだった。
「モノリスって、ゴーレムのプログラムを書き換える物だって言ってた……?」
「正確に言うとちょっと違うんじゃが、まあそう思ってくれればええわい。今からそれを作って、スカルヘッドに搭載、ゴーレムに打ち込むっちゅーわけじゃ」
「今から作って間に合うんですか?」
「大丈夫じゃ。スタンプを押すようなもんじゃからの」
 翔馬が連れて来られたのは、町工場のような雰囲気の場所だった。Uの字型にコンベアーが配置され、Uのカーブのところにプレス機械のような物とそれを制御するのだと思わしき複雑な機械が置かれている。
「リキュール、準備はできとるかの?」
 制御機械側のコンソールに座っている子供が、こっくりと無言でうなずいた。
「ピンガ、坊主に仕事を説明してやってくれ」
「はーい。お兄ちゃん、こっちだよー」
 バノブルーに言われてしぴっと手を上げた子供が、翔馬を手招きする。ついていけば、ソフトボール大の石ころ(にしか見えない)がごろごろと転がっているところへ案内された。
「この石を、おじいちゃんか、リキュールがストップって言うまで、あそこのコンベアーに並べてってくれる?」
「うん。分かった。並べ方は決まってるの?」
「ううん、テキトーでいいよ〜」
 これを使ってねと、工事現場でよく見る荷物運搬用の一輪車(ただし子供サイズ)を貸してくれる。翔馬にはちょっと小さくて、使いづらいのだが、この際文句は言っていられない。石を一輪車に積んで、適当なところでコンベアーのところへ持って行く。
 少年が機械の側へ近付いたとき、がこん! という大きな作動音がして、機械が動き始めた。ベルトの上には、てんでばらばらな石。コンベアーの先には、大きなプレス機械のような物があった。その奥には、大きな機械を頭からかぶったバノブルーが座っている。
 プレス機械ががしょんと下に下がれば、バノブルーを中心に、びりびりびりと放電。プレス機械ががしょんと上に上がる。プレスされた石は、そのままベルトで運ばれ、先で一輪車を用意して待ち構えている子供たちが回収、別の部屋へ持って行く、という流れになっていた。
「ほらほら、お兄ちゃん、手が止まってるよ」
「あ、うん。ごめん」
 ピンガに注意され、翔馬は慌てて石をベルトの上に乗せていく。作業をしながら、あれは何をしているのかと、子供にたずねてみた。
「ああ、あの機械でプログラム・マナを石に刻印してるんだよ。おじいちゃんが光ってるのは、単なる趣味! マナを流した時に光るように、ボクが工夫したんだ〜」
 得意げに答えるピンガだが……趣味だと言えば何でも解決できるようなその口ぶりに、翔馬は、何か間違ってるよと突っ込みたくなるのだった。
「よっこいしょっと。ウィスキー、頼むぜ」
「まーっかせて」
 翔馬が石を乗せていく側とは反対、コンベアーの出口とでも言うべきところでは、子供が4人、よいせと働いていた。
 石を枠のような物に順序よく並べ、ある程度の数がそろうと、ウィスキーと呼ばれていた子供が、むにゃむにゃむにゃと呪文らしきものを唱える。そうすると、枠の中の石が、綿か布に包まれたように真っ白に染まるのだ。
「ねえ、あれは何をしてるの?」
 後ろを通り過ぎようとしていたピンガにたずねてみた直後、子供は何にもないところですってんころりん、こけていた。
「大丈夫?」
「あはははは。またこけちゃった。あはははは。で、何か用?」
 赤くなった鼻の頭をさすりながら、ピンガは立ちあがる。平気そうな顔をしているので、翔馬はあまり気にしないことにして「あれは、何をしてるの?」もう一度同じ質問をする。
「ああ、あれ。モノリスが途中で壊れたりしないよう、保護魔法をかけてるんだよ」
「へえ……魔法って、色々あるんだね」
「まあね。そんなことより、お仕事、お仕事」
 ピンガに促され、少年は再び石を運ぶ作業に戻った。質問をしてから、2度ほど往復したところで、リキュールからストップがかかる。
「りょ〜かい〜。お兄ちゃん、今度はあっちを手伝うよー。あれを、隣に運ぶんだー」
 お行儀よく石が並んだ枠を指さして、ピンガが隣の方向を指さした。1人で運ぶには重たいので、2人で協力して運ぶからねと、指示を頂戴する。直後、子供はよろけたようだったが、今度はこけずに持ち直した。ふいーっと汗を拭った直後、ピンガがはっとした様子でこちらを振り返ったので、オトナな翔馬は見なかったふりをしてあげるのであった。
 借りていた一輪車を作業場の隅っこに返却し、ピンガとペアを組んで、翔馬は石をセットしてある枠を運ぶ。他の子供はというと、少年たちを拉致するのに使われた蜘蛛型戦車──アラクネという名前があるのだそうだ──を使って枠を運んでいた。
「お兄ちゃん、準備はいーい?」
「うん。いいよ」
 せえので枠を持ち上げて、えっちらおっちら、隣へそれを運ぶ。工場の隣は、ラストガーディアンにもあった飛行艇の離発着場にそっくりだった。ここが何の部屋なのか、聞かなくても分かる。今も戦場を走り回っている小型飛行艇の発着場だ。
「お兄ちゃん、これはあれに合体させるんだ」
 ピンガが指さしたのは、何だかよく分からない物体である。何だろう? と首をかしげながら、翔馬は教えられたとおりに枠をその物体にくっつけた。
「あ! これ、トンボだ……!」
 その形は、背中に長い棒を背負ったトンボにそっくりである。ピンガの説明によると、背負った長い棒は、砲身らしい。翔馬が運んだ枠は、トンボの腹になる。枠だとばかり思っていたが、どうやらこれは弾倉だったようだ。
 砲身の射出口側へ回れば、ちゃんとトンボの複眼らしきものまで備わっている。本物のトンボとの違いは、羽がない代わりに砲身を背負っているところくらいだ。
『あんた、作業の邪魔だぞ。そこ、どいてくれ』
「ごめんなさい」
 アラクネの操縦者から注意をされて、翔馬は慌てて場所をあけた。彼が作り上げた砲身付きのトンボは、アラクネによってカーテンレールのような物に逆さまにつり下げられる。
 見回せば、すでに何十という数のトンボが逆さまになっていた。
「これ、どうするの?」
 問いかけたその時、
「あいむ ほーむ!」
「今、戻った」
 小型飛行艇が戻ってきた。カーテンレールの上を滑るようにして停止した飛行艇の底部からがっちゃこんと爪のようなものが伸びて来て、逆さまトンボをキャッチ。手があいている子供が、ひょいっと飛行艇に乗りこみ、
「いってきまーす!」
 2人乗りになって、再び戦場へ戻っていくのだった。


「彼女のセリフではありませんが、このような戦場は困ってしまいます……」
 珍しいコウガのぼやきに、光海も苦笑を禁じ得なかった。本当に、これほどまでに大混乱をきたしている戦場は初めて経験する。
 一番の厄介事だったノース・ロックバードという巨大な鳥は、ワインが頭の上に到着した直後から、味方戦力として計算できるようになっていた。
 ロックバードが放つコールド・ブレスは、前線に立つカオスフウガ・ストライカーを良く助けてくれている。
 ただ、ピンガの置き土産である通信機から『鳥さぁん、僕の声をきけえ!』というシャウトが聞こえて来たときには、立ちくらみがした。思わず、その場にへなへなと座り込み、目頭を揉みたくなったものである。
「まだ、降って来るわね。どれだけいるのかしら……」
 土偶の雨は、いまだ降り止まず。いったい、どれだけのゴーレムをゴールデン・マイラは配備しているのだろう。あれを落とすなというマリーの指示が痛い。このままでは、消耗戦に突入してしまうのではないかと思われた時、
「へい、がーる! もうちょっとだけ時間稼ぎ頼むぜ!」
「もうちょっとって……何が始まるの?!」
 飛行船のドックに帰還したはずの飛行艇が再び戦場に舞い戻っていく。その背中を見送りながら、光海はラムに問いかけた。答えたのは彼の後ろに座りこんでいる子供で、
「これから花火を打ち上げんのさぁ!」
 手のひらの下の部分で鼻の下をこすり、得意げに胸をはる。
「ワイン、砲撃開始後20カウントで、母船に帰還せよ!」
 ラムの後に飛び出して来た飛行艇の舵を取りながら、コルンが宣言した。ピンガが光海の足元に置いて行った通信機から、雑音と共に『は〜い』というのんきな返答が入る。その後のセリフで帰りもリュミエールペガサスにお願いするつもりらしい。
 光海がワインの帰還方法を確認している間にも、コルンに続き、2機の飛行艇も船から飛び出していった。それらの機体を後押しするように、
『お前たち、30秒後に撃ち始めな! 先頭で戦ってるアイアン・ゴーレムはそろそろ引き上げ時だよ! ワインの引き上げタイミングを見て、適当に合わせな!』
 マリーの力強い指示が飛ぶ。ラストガーディアン艦長だった、律子の明確な指示と違い、何とも大ざっぱな指示ではあったが……彼らの雰囲気重視と言えなくもないやり方には合っているのかもしれなかった。
『光海って言ったね。お前さんも適当なタイミングで中に戻りな! でないと、落っこちちまうよ!』
「はい。分かりました」
 忍巨兵ならば逆さまになろうと落ちるようなことはないのだが、わざわざそれを指摘することもないだろう。光海は素直にうなずき、戦場へ視線を戻すのだった。
 援護のために矢を放ちながら、光海は足元の通信機に耳を傾ける。そこから、飛行艇で飛び出していった子供たちの様子が聞こえてくるのである。
『ブランデー! あー ゆー れでぃ?』
『おうよ。オレはいつでもいいぜ。そっちはどうだ?』
『おれも大丈夫だ』
『ぼくもー』
『ボクもいけるよ〜』
 おおよそ緊張感とは無縁の返事ではあるが、彼ららしいといえば彼ららしい。そして、マリーが指示したとおり、きっかり30秒後、飛行艇の底面部に取り付けられたトンボ型の砲台が火を吹きだす。
「すごい……!」
「これは驚いたな……」
 光海とコウガは、飛行艇の操船技術に目を丸くした。特にラムが操る飛行艇の軌跡は、素人目でも分かるほど卓越している。
 他の3機は、近くに寄って来た物に砲門の照準を向ける、いわば待ちの姿勢で砲撃しているのに対し、ラムの飛行艇は戦場を縦横無尽に駆け巡りながら狙いを付ける、積極的な攻め方をしていた。
 ウィスキーが、モノリスにかけた保護魔法は、それを保護すると同時にゴーレムに直接撃ちこんでも破損しないだけの強度を持たせる意味合いも含まれている。
 モノリスが撃ちこまれていないゴーレムは、ゆっくりと落下しながら船や飛行艇、カオスフウガ・ストライカーに魔法攻撃を仕掛けてゆく。が、モノリスが撃ちこまれたゴーレムは、糸が切れたマリオネットのようにぴくりとも動かなくなり、その場に貼りついたように滞空していた。
『ワイン! そろそろ戻って来い!』
『はーい! お姉ちゃん、ヨロシク〜』
 通信機から聞こえて来た声に、光海はそろそろ退却の時が近いのだと悟る。ラムが操る飛行艇がカオスフウガ・ストライカーの元へ駆けてゆくのも見えた。
 ゴーレムの降下は続いているが、滞空したまま動かないゴーレムが障害物になっているせいで、攻撃の手がゆるくなっている。
「もう一頑張りってところかしら」
 ふうと小さく息を吐いて、光海は額の汗を拭った。初めて経験する混沌とした戦場に、思ったよりも精神的疲労がたまっているらしい。今夜はよく眠れそうだわ、なんてことを思いながら、弓弦を引く手に力を込めた。
 コルン、ウォッカ、ジンが次々と船に帰還してくる。続いて、ワインを連れたリュミエールペガサスが帰って来た。彼女は戻る途中に「プレゼント フォー ユー」と投げキス付きで必殺技・リュミエール・サンクチュアリをお見舞いしてきてくれた。
「これっくらいはねぇ」とニッコリ笑顔で、リュミエールペガサスはドックへ入って行く。
瞬きができたなら、バッチンと音がしそうなくらいのウインクをしているところだろう。
「ねーさま、戻りました!」
「お帰りなさい!」
 ラムと一緒にカオスフウガ・ストライカーが帰還してくる。彼らがドックへ入った直後、コウガもドックへ身を滑り込ませる。
「マム! アラック! 全員戻った!」
 飛行艇をドック内の専用ハンガーに固定させながら、ラムがブリッジに向かって報告した。その後ろで彼と組んでいた子供が、パートナーから降りた光海たちに注意する。
「てめぇら、おっことされねえようにしろよ! 特にねーちゃんたちは気ぃつけな!」
「え?」
 何のことか確認する暇もなく、ドック内に急激なGが加わった。ドックのハッチはまだ、6割しか閉まっていない。
「ひゃぅぅぅぅぅ?!」 孔雀がすってんころりんと転び、まだ閉まりきっていないハッチの方へ滑って行く。
「キャ!? くっ、孔雀ちゃん?!」
「孔雀ちゃん! あぁっ!?」
 少女を捕まえようと手を伸ばす碧と光海だが、彼女たちもバランスを保てずに転倒してしまった。滑りかけた彼女を支えてくれたのは、ラムとテキーラである。
「わっち よあ すてっぷ!」
「おっと、気をつけろよな」
「あ、ありがとう……」
 ほっと胸をなで下ろしたのは、一瞬だけだった。孔雀のことを思い出し、ハッチの方へ顔を向ければ、子供がしっかりと少女を捕まえてくれていた。
「ぐっ じょぶ!」
「さすが、ブランデーだな」
 ラムとテキーラが褒めるのへ、
「おうよ」ブランデーと呼ばれた子供が、呵々大笑する。彼に助けてもらった孔雀は、「ほええええ」と軽く目を回していた。
「良かった」
「ええ」
 仲間の無事に、改めて胸をなで下ろした直後、ドックが鋭角に傾いた。安全を確保するものなど、何もない状態である。3人は再びひっくり返りそうになるが、ラム、テキーラ、ブランデーが支えてくれた。
「いったい何が始まったの?」
 自身を支えてくれているテキーラへ光海がたずねると、
「……アラックのエンジンに火がついた」
 視線を泳がせながら、彼が言いにくそうに答えたのだった。
 その言葉の意味が分からず、少女たちは首をかしげるばかりである。彼のセリフの意味を理解していたのは、ブリッジに戻った翔馬だった。
(ひぇぇぇぇぇぇぇ)
 立ってちゃ危ないからと、バノブルーが勧めてくれたシートの安全ベルトをぎゅーっと握りしめ、少年は必至で悲鳴を呑み込んでいた。何の心の準備もないまま、120センチ以下のお子様はご利用いただけませんの世界に叩き込まれたのである。集中の邪魔をしちゃいけないからと、絶叫を飲みこんでいるだけでも金賞ものだろう。
「うらうらうらうらうらうらあ! 僕の前は、誰だろうと飛ばさせねえええええええええ!!」この罵声、この船のメイン操舵士アラックのものである。
 神業的な操船技術で、あっというまに土偶の群棲を突き抜け、急上昇。ゴールデン・マイラの上空へ躍り出てそのまま逃走。疾きこと風の如し。
「な、ななんで、最初っからこのっ方法で…っ、逃げっなかった……の?」
「ゴールデン・マイラも砲台を備えとるんで、チャフが良い具合に拡散されてくれんと狙い撃ちにされちまうんでなあ。ボロ船じゃから、砲撃がかするだけでも航行に支障がでかねんのでのぉ……って、ああ、アラック! そんなに乱暴に扱ったら、コイツに無理がかかっちまう!」
「アラック!!」
 バノブルーに続いて、リキュールが悲鳴を上げたが──
「飛ばすぜ、飛ばすぜ! 仏恥義理だぜ! 夜露死苦ってなぁ!!」
 全く聞いていない。
 下層にあるスカルヘッドドックは、ウォッカが重力魔法を使って無重力状態にしたため、固定されていない物がふよふよと漂っている。子供たちは、バノブルー特製のぴったんこブーツを履いているので、宇宙遊泳をエンジョイすることはないのだが──
「はぅぅぅぅ。止まりませぇぇぇぇんっっ!」
「く、孔雀ちゃん!」
「きゃぁっ!」
 体を固定する方法がない女性陣は、慣れない宇宙遊泳に戸惑うばかり。
「へい がーるず。しっかりしろよ」
「そこらへんのモン、テキトーにつかまってりゃいーんだよ」
「大丈夫か?」
 一度は手を放した、ラム、ブランデー、テキーラの3人に助けてもらったのであった。
「ご迷惑を──」
「どん うぉりぃー あばうてぃっと。気にしなくていい」
 恐縮する孔雀に、ラムがニヤリと笑う。他の2人の反応も似たようなものだった。見た目は小さな子供なのに、この3人、なかなかオットコ前である。
 無重力の影響下に入っていないブリッジは、船の角度が変わるたび、固定してない物がごろんごろんと転がっている。バノブルーもリキュール、ピンガもアラックの暴走を止めることは諦めたらしい。
「こりゃ、しばらく営業停止じゃのぅ……」
「まぁた徹夜の日が続くねえ。ラム風に言うと、えんじょ ぱーちぃーってやつ?」
「………なぁんか、違っとりゃせんか?」
 若干顔色を青くしたリキュールが、口元を押さえながら、こくこくとうなずいた。
「そぉ?」
「多分、エンジョイ パーティー だと思うよ、それ」
 こちらも少し気持ち悪そうにしながら、翔馬が遠慮がちに口を開いた。発言の主は「あっは、そうだっけ? あははははは。まあ、いいや」と笑って流す。
「急上昇、急降下ぁっ! ループにロール、スピン、背面、ハンマーヘッドぉぉぉ!!」
 操舵席で、アラックはとっくに別の世界へ旅立ってしまっていた。
「……これさえなけりゃあねえ……」
 遊園地のジェットコースターも肩なしの急激なGがかかる中で、船長席に座るマリーだけが、はあやれやれとため息をつくのだった。



 仲間を誘拐されたまま、一夜が明けた。
 空賊の置き土産だったサーベルタイガーをあしらうのは、訳もなかったが、別のものが彼らを打ちのめす。
 未知の土地であるという現実は、鷹矢たちの行動を大きく制限していた。捜索を行うべきだと少年少女は主張したが、年長組はその意見を取り入れなかった。
「何の道具もないので原因を特定することはできませんが、現在、通信機が使えない状態にあります。今、私たちが使える通信手段は、信号弾くらいしかないんです。こんな状況で、四方に分かれて捜索を行うのは無謀としか言いようがありません」
 蜘蛛型の小型戦車を追ったことも、下手をすればさらなる仲間の離散を招く可能性があったのだ。右も左も分からない世界なだけに、行動は石橋を叩いて渡る以上の用心深さが必要である。
 日向や椿に理詰めで説得されれば、折れざるを得ない。冷静さを失うことこそ、一番の危険事項である。
「くそ……通信さえできりゃあなあ……」
 目の下に大きなクマを飼うハメになった竜斗は、ため息をつきつつも朝食の準備に取り掛かった。どんな時も食事は大事。美味しい食事で腹が満たされれば、後ろ向き思考も、ちょっとは前向きに改善される。そんな話をしていたのは、誰だっけ? なんてぼんやり考えていると、黄華や鏡佳も焚火の側に寄って来て、
「碧もちゃんと朝ご飯食べてんのかな……」
「無事だといいんですけど──」
 不安を隠せない様子で、ぽつりと言葉を漏らす。そんな彼らへ申し訳なさそうな視線を送った鷹矢は、
「くそっ……俺がもっとしっかりしていれば……」歯がゆさに拳を握りしめる。
「自分を責めるのはよくありませんよ。今回は相手が上手でした」
「椿さん……そうかも知れない。でも、油断して警戒を怠っていたのは、俺のミスだ」
「それは、私たちも同じです」
 少年たちが寝静まってから、椿と日向、鷹矢、剣史はキャンプ場にと選んだ場所をくまなく調べてみたのだ。すると、故意に描かれたに違いない模様があるのに気付いたのである。それがどんな意味合いを持つのかは不明だが、彼らはあのキャンプ場に、罠を仕掛けていたに違いないのだ。
「彼らを束ねていた老婦人もタダ者ではなさそうでしたしね」
 子供らの中心人物らしき女性を思い浮かべる日向。彼女の呟きに、鷹矢と椿が眉間に皺を寄せる。攫われた4人を見つけ出し、取り戻すのは難題に違いないが、やり遂げなくてはならないことでもあるのだ。
 3人は、知らず握りしめた拳に力を込めていた。
「あのクソガキ……! 今度会ったら、ただじゃおかねえ」
 先のことに不安を抱く者がいる一方で、昨夜、散々な目に遭った剣史はリベンジに燃えていた。怒りの炎を燃やし、昨夜のガキ共をどう料理してやろうかと思案を巡らせる。
 そこからさらに離れた場所で、陽平と柊は精神を集中して、仲間の気配がないか、探していた。360度、捜索の網を伸ばせるだけ伸ばしてみる……と
「光海!?」
「光海さん?!」
 少年たちが素っ頓狂な声をあげる。その声に、仲間たちの視線が集まり、
「あっちの方向から光海の気配がすげえスピードで近づいてくんだよ!」
 陽平が空の1点を指さした。
「ヨォーーーへーーーッッッ!!」
「声まで……って、いるじゃねえか、あそこ!」
 少年忍者の人差し指の先には、満面の笑顔を浮かべて手を振る光海がいる。少女は、昨夜見た小型の飛行艇に乗っており、それを運転しているのは1人の子供。
「あんにゃろう! ぎたぎたにのし……!? てっめ、エクセスぁっ?! 何しがやる!?」
 ぼきぼきと指を鳴らしながら前に進み出た剣史を鷹矢が羽交い絞めにしたのである。
「ぎたぎたにされたら困るんだよ。まずは話を聞かないと」
「全くだわ。アンタ、バカじゃないの?」
 黄華の辛辣な一言に、剣史の体が小刻みに震えた。ガキの前にこいつをぎたぎたにしてやろうかと不穏な考えが頭をよぎる。
「光海! おまえ、無事なのか!? 他の3人は?!」
「皆元気よ! 安心して! それに、協力者も見つけてきたわ!!」
 小型の飛行艇から降りた光海の得意げな微笑みに、8人は目を丸くするのだった。
「きょう…りょくしゃ?」
「ええ、そうよ。とっても頼りになる味方よ。ね?」
 飛行艇に乗ったままの子供へ、少女がにっこり微笑みかける。微笑まれた子供は、
「さあな?」
 ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、軽く肩をすくめた。見た目、小学1年生のくせに浮かべた笑みも肩をすくめる仕草もずいぶん様になっている。
「君たちは、一体……」
 半ば放心状態で鷹矢が問いかければ、
「俺たちは、空賊ママ・ブリザール一家だ。そこのがーるがマムと交渉して、協力を取り付けたんだ」
 子供は親指を立てて、上空を指さした。
 そこには、幽霊船そっくりの船が青空を背景に浮かんでいる。
『そこの坊主ども! マヌケ面晒してないで、40秒で上がってきな! 話は腹ごしらえをしてからだよ!!』
 幽霊船からのどなり声に、全員ますます目を丸くするばかりであった。
 事情説明を求めるつもりで、光海に視線を向ければ、
「私だってやる時はやるんだから」
 少女は魅力的なウインクで答えるのだった。



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