「翡翠!」
「ようへい!」
 あの時、主に差し伸べた手は、もう少しのところで届きそうだった。
 守ると誓った主君と離れることなどあってはならない。
 1センチに満たないようなわずかなその距離がもどかしかった。
 主を捕まえるため、自身の助けとなるものがないか、陽平は周囲へ視線を走らせる。
 見えるのは、小型艇から投げ出され、分散していく仲間たちの姿。
 いち早くチームとしてまとまったのは、トーコたちウィルダネス組のようだ。ラシュネスたちロボット3人が肩を組んでまとまり、宙での自由がきかないユーキとイサムを保護している。トーコは、手近にいる者たちを、ロボットの手のひらに誘導していた。
 その他のチームも、自分たち忍軍を除けば、チームごとでまとまっているらしい。
「翡翠! もう少しだ、がんばれ!」
 陽平の声に少女は、懸命に手を伸ばしてくる。その顔には、不安と恐怖がにじんでいた。
 幼い主にそんな顔は似合わない。1分1秒でも早く、翡翠の手を取って、その表情を安堵ものに変えてやりたかった。しかし──伏兵は以外な所から現れる。
「陽平―っ! これ、持ってって!!」
「ンげぃんっ?! 」
 何かカタくて重い物が、思いっきり横っ面を張り飛ばしてくれたのだ。
その物体のせいで、姿勢が大きく崩れ、結果として翡翠から大きく離される形になってしまったのである。
「てめぇ! ユーキぃっ!? 何してくれやがる!?」
 物体を放り投げたのだろうウィルダネス組最年少の少年を、鬼のごとき形相で睨みつけたが、彼と自分との距離はずいぶん開けたものになっていた。
 ごうごうと唸る風の中では、ユーキが何を言っているのかも聞き取れない。ただ、唇の形から「こっちにはねーちゃんやグレイスがいるから大丈夫!」と言っていることは分かった。が、何が大丈夫なのか、陽平には分からない。 というよりも、陽平が大丈夫じゃない。はったおされた横っ面がジンジンしている。
「てめ、チクショ……! 後で覚えてやがれ!!」


分隊と謎の世界と空賊と



『ぜってー文句言ってやる……!』
「──ってあの時は、思ったんだけどなあ……」
 頬杖をついてぼんやりしている陽平は、彼らしからぬ重いため息をついた。
少年がぼんやり見つめているのは、焚き火にかけられた鍋である。鍋の中では、お湯がこぽこぽ泡を立てていた。
 鍋がかかった焚き火の回りには、3つのリュックが行儀よく並んでいる。
「これがなかったら、先行き不安だったよね。もう、ユーキ様様ってカンジ」
 先ほど切り倒した木をクナイで削って、コップを作成している柊が苦笑を浮かべる。
「あの緊急時によくぞまあこんなところにまで気が回ったものだ。感心するよ」
 鷹矢の口調こそあきれたものだったが、その表情には心からの感謝が見て取れた。
 3つ並んだリュックは、散り散りになろうとしていた仲間たちへユーキからのプレゼントであり、陽平の横っ面を張り倒した物の正体でもあった。
 リュックサックの中身は、携帯食や医療キットに始まり、鍋──陽平にダメージを与えた物の正体でもある──ナイフ、マッチ、紙の束、固形燃料と毛布、塩コショウ、氷砂糖、水入りペットボトル等のサバイバルグッズだったのである。
 ここが都会のど真ん中だったりしたら、『ユーキ様様』などと柊も口にはしない。
少年がここまでありがたがったのは、現在地が人の手が加わった様子のない森の中だったからだ。ヨーロッパの森に似ているようにも思うが、よくは分からない。
「他のみなさんは大丈夫でしょうか?」
 鍋からお湯をすくってインスタントのココアを用意しながら、碧が不安そうに瞳を揺らす。孤独を恐れる彼女にとって、仲間の消息が知れないということは心細く思えるのかもしれなかった。
ここにいるのは、ラストガーディアンを発った38人中(召喚系ロボを合わせるともっと増えるのだが)のたった13人──竜斗と碧、黄華、鏡佳の幻獣勇者たち4人。それに、鷹矢と剣史、翔馬のFALCON出張組。勇者忍軍は、仲間と分断され、陽平、光海、柊、孔雀、椿、日向の6人というメンバーである。
半分以上の仲間が行方不明になっていた。
「大丈夫だ、あいつらがそう簡単にやられるわけがないだろ」
 少女を安心させるように、竜斗は笑い、碧の頭を優しく撫でた。
「覚えている限りでは、トーコさんたちが、ラシュネスたちの側に集めてくれていたみたいですけど……」
 鏡佳の呟きに、忍軍の椿がうなずく。
「ええ。他の仲間たちのことは心配ないでしょう」
「それよりも今は、情報収集とみんなと合流することが先決ね」
 椿の後を継いだのは、日向であった。彼女の意見にみんながうなずきかけたとき、
「クソ! どこにも見当たらねえ……呼んでも来ねえしよ。どうなってやがんだ?」
 焚き火の側を離れていた剣史が、忌々しげに舌を打ち鳴らして戻って来た。
 彼が探しに行っていたのは、自身のビークルであるダークストライカーである。ついでに鷹矢のビークル、ライドホークも探してやると言っていたのだが──こちらも発見はできなかったのだろう。
 戻って来た剣史に、光海がインスタントコーヒーの入ったお手製コップを差し出す。
剣史は無愛想にそれを受け取り、口をつけた。
「剣史が戻ってきたことだし、状況を整理しようぜ」
 陽平が言うと、年長3人がうなずいた。分かっていることを要約すると、こうなる。
 1つ。ここは日本ではない。ヨーロッパに酷似しているようにも思えるが詳細は不明。
 2つ。周囲に民家や集落は見当たらず、足跡なども見当たらない。この2点から、この森に人はあまり足を踏み入れないようだということが分かる。
 3つ。自分たちは現在、2つ以上のチームに分散しており、互いに連絡を取ることはできずにいる。
 4つ。鷹矢と剣史のビークルが行方不明中。これは、自己修復中のためこちらの呼びかけに応じることができないという可能性と、誰かに収集されており、身動きが取れない状態にあるという可能性の2つが考えられる。
「ってことは、優先順位は森からの脱出。2番目が地元の人間を探して、ここがどこなのかを聞く。3番目が仲間の情報収集だな」
 鷹矢と剣史のビークル捜索については、後回しだ。
 竜斗が言えば、
「……言葉、通じるといいけど……」
 黄華がぽつりと呟く。仮にここが地球だったとしても、外国語となると意思の疎通はとたんに難しくなるだろう。世界を飛び越えての追跡任務だから、下手をすると外国語なんていうレベルからも逸脱している可能性はある。
「みんな大丈夫かな?」
 少女の呟きを耳にした翔馬は、手作りコップを握る手に力を込めた。伏せられた瞳が不安に揺れている。それに気づいた孔雀は、少年の肩に手を乗せて、
「釧様たちは、絶対に大丈夫ですぅ」
にっこり笑ってみせた。大丈夫だと思っていても、信じていても、その無事な姿を確認するまでは不安が付きまとう。
「そう……だよね、うん」
自分を励ましてくれる少女の瞳に不安を見て取った翔馬は、彼女の“今”を思い出した。鷹矢と剣史の2人と一緒にいる自分や、幻獣勇者たちと違い、忍軍は全員が揃っていない。
孔雀は、敬愛する主人と離れ離れになっている状態なのである。抱えている不安は、翔馬のものよりも大きいに違いない。思わず謝罪を口にしかけたとき、
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。みんな、勇者なんだもん」
 少年少女の肩に手を回し、光海がぎゅっと自身のほうに寄せる。
「ねーさま……」
「そう……ですよね」
「ええ。大丈夫」
 2人を励ますように、光海はにっこりと笑ってみせた。
 その光景を微笑ましげに見ていた外野だが、彼女が口にした“大丈夫”“心配ない”という意味からやや外れた方向にいるチームがあることについては、言葉を飲み込むことにする。
 懸命な判断だと、みなが心中で自画自賛した。
(何でだろうな。すっげえ生き生きしてる顔が思い浮かぶんだけどよ)
(そっちもか。俺もだ)
(思いっきり馴染んでそうだよね)
 陽平、竜斗、柊の少年3人が、こそこそと囁きあう。
 問題のチームは、同じ空の下で何をしているやら……いろんな意味で想像できなかった。
 


 状況の整理を追えた一行は、森を抜けるため、移動することにした。
 右も左も分からない、未開地での行動のため、歩く速度はゆっくりしている。大人組と子供組のコンパスの違いも、問題にならないくらいのものだ。
 ただ、コンパスの差は埋められても、体力の差は埋められないので休憩は頻繁に取ることにしている。サバイバルグッズの中に入っていた氷砂糖が、大いに役立った。
(ほんと抜け目ないよねえ……)
(経験って、こういうときに物言うんだな……)
 苦笑いをする忍びエリート柊。その横で感心しているのは、元剣道バカ高校生竜斗。彼ら二人の後ろで、現役忍びオタクにして忍軍頭領陽平が、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 そんな3者3様の反応を、日向・椿のお姉さまズが微笑ましげに見つめている。ライバル心、向上心を持つことは良いことだ。その思いが裏返ってしまわないよう気を配るのが、大人の役目ではなかろうかと思う。
 孤立無援に近い緊迫した状況とは裏腹に、和やかな雰囲気ただよう行進となっていた。
 移動を開始してから2時間ほど経とうという頃、忍軍たちは、自分たちを監視する目があることに気づいた。
「鷹矢さん……」
 先頭を歩く青年へ、陽平がそっと耳打ちする。
「分かってる。誰かが見ているんだろう? でも……おかしいな。その視線の出所がよく分からないんだ。陽平君は?」
「実は俺も……こういうの、自信あったんすけどね……」
 柊や楓、日向も視線の元を掴みかねている様子だった。
 世界は──いや宇宙は広いというべきだろうか。自嘲にも似た笑みが陽平の顔に浮かびかけたその時、
「はう!?」
 後ろからごづっという音と同時に孔雀の悲鳴が聞こえた。振り返れば、地面に突っ伏している少女の姿がある。張り出した気の根っこに足をとられてコケたらしい。
 涙目になって額を手で押さえる孔雀の顔を、碧が気遣わしげに覗きこんでいる。
「これ以上先へ進むのは止したほうが良いかも知れないな」
 空を仰げば、朱色に染まりはじめていた。日が完全に沈みきってしまうまで、30分あるかないか……。今でも足元はだいぶおぼつかなくなっているのである。
「そうですね」椿が同意を示すと、
「じゃあ、野宿する場所を探さないと──」
 竜斗は、周囲を見回した。 歩くだけなら特に問題はないが、野宿する場所としては、やや問題がある。 下草は、脛の半ばあたりまで伸びているし、奔放に伸びた枝葉のせいで視界が悪い。見通しが悪いから、何かあったとき、反応が遅れてしまう可能性が高いのだ。
「だったら、俺たちで探してくるぜ。ついでに、鳥か何か2、3匹捕まえてくる」
 言いながら陽平は、柊へ視線を向ける。このメンバーの中では、自分たちがこういう役割に1番向いているのだと分かっていての発言だ。柊もそのことは承知している。
「それじゃ、行って来ます」
 少年忍者2人が俊敏な動きで、一行から離れていく。その背中に向かって椿が、忍びにしか聞き取れないような声で、「捕まえた鳥は絞めてから持ってくるように」と伝える。
 いくら料理好きの竜斗とはいえ、鳥を絞めたことはないだろうし、絞め方も知らないと思われたからだ。 仮に知っていたとしても、子供や少女の前ではできないに違いない。
 それを考慮したオトナの発言であった。
 分かりましたと視線だけで答え、陽平は移動の速度を上げる。
 後ろのほうから聞こえてくる見送りの言葉を聞き流しつつ、
「……なあ、柊。鳥の絞め方って知ってるか?」
「…………そりゃあね」
 そんな初歩的なことを何で? 首を傾げた直後、柊は解答に思い至る。
忍び頭の素地はただの忍者オタク。狩りをする必要は、どこにもなかったはずだ。
逆に、生まれたときから忍びとして生きることを強要されていた柊は、山篭りなんて珍しくないことである。時には、狩りをして食いつないでいかなければならない時だってあった。
 そんなわけで、日常的に狩りを行っていたという、どこかの誰かさんたちには一歩譲っても、全く出来ないわけではない。 そのことを指摘すれば、忍び頭は唇を真一文字に結んで視線を泳がせた。
(……ちょっとコツを掴めばすぐに狩れるようになるんだけど……アニキの場合、その後が問題なんだよなあ……)
 少年忍者は、こっそりとため息を吐き出す。
 陽平が持つ転写の鬼眼は常時活動しているはずなのだが……なぜか包丁捌きや調味料の微妙なさじ加減などには適用されないというへそ曲がりな性質を持っている。
「柊。お前、今、何か失礼なこと考えなかったか?」
「べーっつにぃ」
 忍び頭の胡散臭げな視線をやり過ごし、柊少年は頭上の様子を伺った。
2人の頭の上では、数十羽からなる鳥の群が、寝床へ帰るため、羽根を懸命に動かしている最中だった。


「さて、2人が戻って来るまでに明かりを作っておこうか」
 少年たちの背中が見えなくなってから、鷹矢は居残り組の顔を見回しながら言った。
周囲が夜闇に包まれるまでの残り時間は短い。
「そうですね。リュックの中にランプの類は入っていませんでしたし……」
 うなずいた日向は、枯れ木を集めるよう、少年少女たちへ指示を出す。枯れ木を集めるのは、生木だと火が点きにくいからである。
 張り切って枯れ木を集め始める居残り組の中、剣史だけは
「何で俺様がンな面倒くせぇことしなきゃなんねえんだよ!?」
と、枯れ木集めを拒否。普通であれば顰蹙を買うところではあるが、
「では、留守番をお願いします」
 満面の笑顔で椿が言う。日向も「よろしくお願いしますね」とにこり微笑み、さっさと歩き出していく。
「1人で行動せずに、2、3人で固まっていくようにね」
「了解」
 鷹矢の注意に答えつつ、
「悪ィ、これ頼むわ」 竜斗は背負っていたリュックを剣史の足元に置いた。少年に続く碧、黄華、鏡佳も
「よろしくお願いします」
頭を下げ、剣史の横を通り過ぎていくのであった。
「……っ!」
 残る翔馬、光海、孔雀の3人は、鷹矢が引率になって連れて行く。
「頼んだぞ、ベルザー」
「エクセス、てめえっ!」
 ぽんと肩を叩かれ、剣史は思わずくわっと牙を剥いた。頼まれる義理なんて何にもないし、引き受けたとも言ってない。なのに、脇を通り過ぎていくちびっ子は、
「行って来ます!」
 何故だかとても張り切っていた。
「すぐに戻って来ますから、よろしくお願いします」
 翔馬と並んで歩く孔雀の後ろをついていく光海が、剣史へ頭を下げる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ! 面白くねえっ!!」
 年上のお姉さま2人にいいように使われてしまった、エイティーン。世の中の全てに対して斜に構えてみたいお年頃。ニヒリストではあっても、どこかツメの甘い性格が災いしてか、言動を逆手に取られることもしばしばであった。
 年上女性への免疫が弱い忍び頭や純情少年騎士ピュアハート・ナイト らとは、違う方向でお姉さま方に転がされている剣史である。
「チクショーーッッ!!」
 はぐれ狼の遠吠えを聞いた仲間たちは、してやったり顔でくすくす笑うのであった。


 野宿に適した場所を見つけたと陽平が戻って来たのは、それから小1時間ほどしてからのことだった。その頃には、とっくに日が暮れて森の中は真っ暗になっていたが、枯れ木を集めて作った明かりが準備できていたので、問題はなかった。
「悪い、遅くなっちまって」
 申し訳なさそうに頭をかく陽平へ、
「ううん。なんだかキャンプみたいで楽しいよ」
 翔馬はにっこり笑って答える。
少年の答えを聞いた仲間たちは、みんな驚いたように目を丸くした。
「え……? あ! ご、ごめんなさい」
 みんなが驚いていることに驚いた翔馬だったが、すぐに今がどんな状態であるかを思い出す。
 仲間の半分と鷹矢、剣史のビークルは行方不明。ここがどこだかも分からず、元の世界へ帰る方法も失われている状態だ。そんな状況なのに“楽しい”なんて不謹慎すぎる。
 何てことを言ってしまったんだろう。
 自分の軽はずみな発言に、翔馬は顔色を青くした。
「翔馬──」
 怒られる!
 鷹矢に名を呼ばれ、少年は肩をすくめ、ぎゅっと目を瞑る。 目を瞑っていても、動いた影の形で、手が頭上に持っていかれたのが分かった。叩かれることを覚悟したのだが、
「良かった」
「え?」
 頭の上に来たのは、覚悟していた衝撃ではなく、ぽふんという柔らかいものだった。
びっくりして顔を上げると、鷹矢が微笑みを浮かべながら頭を撫でてくれている。
「こんな状況だから、不安にさせているんじゃないかと心配してたんだ」
「……不安とか心配はあるけど、鷹矢兄ちゃんたちがいるもん。絶対大丈夫だよ!」
「そうか……」
「うん!」
 少年がはっきり断言するのを聞いて、こちらについてから常に鷹矢の表情に張り付いていた固いものが抜けていく。
 良かった。
 2人の会話を聞いて、日向は周囲に気づかれないようそっと胸を撫で下ろす。 この世界に迷い込んでから、鷹矢の表情が固いことに気づいていたのだ。
 ラストガーディアンを出発した時には、御剣剣十郎や風雅雅夫、ベル夫妻、ブリットや釧、琥珀、ジャンク──彼をカウントに入れてよいものか、少々疑わしくはあるが──酸いも甘いもかみ締めたコンサルタントたちがいた。
 しかし、今は鷹矢1人である。もちろん、椿や日向もいるが、経験という点では、彼らには遠く及ばない。 そんなことを認識したなら、真面目な性格をしている彼のことである。 年長者の1人であるという事実も加わって、ここにいる全員の心身を守らねばと肩に力が入ってしまうのは当然のことだ。
 ころあいを見計らって、肩に力が入っていることを指摘しようと考えていたのだが、今の翔馬の言葉で、いい具合に力が抜けたようなのである。
 日向が指摘した場合、余計に力が入ってしまう可能性もあったから、結果的によかったと思う。 固くなっていたのは、鷹矢だけではない。他のみんなもそうだったからだ。
「キャンプみたいだって言える元気があるんなら、大丈夫だな」
 鷹矢の大きな手と入れ替わるようにして、翔馬の頭に乗っかって来たのは陽平の手だった。にかっと太陽のような笑みを浮かべた少年忍者はわしゃわしゃと翔馬の頭を乱暴にかき回し、
「野宿できる場所まで、ちょっと歩かなきゃなんねえんだよ。疲れてるだろうけど、もうひと頑張りたのむぜ」
「はい!」
「ついたら、竜斗が旨いモン作ってくれるって。な?」
 ぽんと少年の背を押して、歩くよう促した陽平は、勝手に任命した料理長を振り返る。きらきらと光るエフェクトが少年の周囲に見えるくらい、その笑顔は無駄に爽やかだ。
「人頼みかよ……」
 がっくり肩を落とす竜斗ではあるが、反論するつもりはなかった。この世界に到着してすぐに、料理長には自分が就任したほうが良さそうだと考えていたからである。 助手には不自由しなさそうだし、暗黙の就任に不満はない。 ユーキからのプレゼントもあるし、短期間であれば食事への不平を口にさせない自信はあった。
 それでも、こうも当たり前のように言われると釈然としないものがあるのも事実である。そんな竜斗の心境など知ったことかと、
「柊が今鳥肉を準備してるから、それで頼むわ」
 鳩よりももう1回り大きいやつだと、手振りで陽平が示す。
「分かった。……鳥だけか?」
「あー、まあな」
「だったら、もう少し何か探して来ましょう」
 柊が待機しているという場所の位置を陽平から聞いた椿は、一瞬のうちにするりと姿を消してしまう。
 すっかり日が暮れて真っ暗になってしまった森の中では、足元さえもおぼつかないが、忍びの鍛えられた目ならば、この闇の中でも問題ないのだろう。
「何かって何を探して来るんだろ?」
 首をかしげる黄華へ
「森の中は、探せば食べられる物は結構たくさんあるんですぅ」
 風雅の里に世話になる前、主との生活はサバイバルだったりする孔雀が答えた。
 椿なら単独行動をしても問題はないだろう。鷹矢は、先に行っていようと仲間たちに声をかけ、陽平に案内を頼むのだった。



************


 こっくりこっくり。
 船を漕いでは、はっと顔を上げる。
 翔馬と孔雀の子供2人は、さっきからずっとこれの繰り返しだった。
「眠いなら寝ちゃえば?」
 くすくす笑いながら、光海は孔雀の頭を撫でる。
「ふぇ? で、でも……」
 少女はでかかった欠伸をかみ殺しながら、隣の少年へ目を向けた。
「ねえ?」
 眠たい目をこすりながら、翔馬は少女の視線に応えうなずく。2人の目が向かう先は、難しい顔で話し合いをしている鷹矢たちだ。 陽平、柊、椿の3人が視線を感じるといってこの場を離れたため、これからどうするか相談しているのである。
「気になるのは分かりますけど、体を休めるのも大切なことですよ」
 2人の肩に毛布をかけてやり、碧は安心してとばかりに微笑を浮かべた。明日もほぼ一日歩き詰めになるだろうし、体を休めておくことは重要である。
 碧自身、だいぶ疲れていた。そっと光海の表情を伺えば、彼女の顔にも疲労の色が見え隠れしている。碧が向ける視線に気づいたのか、少女も軽くうなずいてくれた。
 光海は話し合いを続けている6人へ、先に眠ることを告げる。
「ええ、そうしてください」
「明日も早いし、歩き詰めになるだろうし。休めるうちに休んどいたほうがいいわよ」
 日向と黄華の言うとおりだと、剣史以外の3人もうなずく。 剣史の返事は「わざわざ言わなくたって、眠いんなら眠りゃいいに決まってんだろ」だ。声に出さなくても、目が口ほどに物を言ってくれている。
「おやすみなさい」
 碧、翔馬、孔雀、光海の4人は、引っ付きあうように肩を寄せ合い、瞼を閉じた。
「鷹矢さん、ビークルのほうはどうです?」
「それが……相変わらず反応がないんだ」
「半日以上経ってんのに、反応がねえってことは、最悪の事態ってヤツを考えなきゃなんねえだろうな」
 くそったれめ。子供には聞かせたくない言葉を吐きつつ、剣史は頭をかきむしった。
 その時である。
 しゅっ。何かが空を切る物音がした直後、
 カッ!
 野営地を真昼のような閃光が襲った。
「何ッ!?」
 後から、鷹矢たちはこのときのことをひどく悔やんだ。右も左も分からない状況で、なぜ周囲を警戒していなかったんだろう。 ここは未知の世界。何が起こるか分からないというのに。 まばゆい光の中、勇者たちは大岩の上に立つ小さな人影を見た。
「な!? 子供?!」
 黄華の驚きに満ちた声は、ムリもないものである。光の中に見えたシルエットは、どうみても孔雀とさほど変わらない大きさしかなかったからだ。
「問題なし。とりかかれ」
 それは、子供特有の甲高いものだった。何が問題なしなのだろう。それに、とりかかれとは? 疑問はいくつもあったが、この眩しさの中では状況を確認することすらままならない。
「くそ! 何だってんだよッ!? 敵襲か?! 」
 剣史が吠えるが、それすらも今は確認できなかった。
 ばさっ!
 何かが岩を飛び越えて降ってきたらしいと認識した直後、大岩の陰で一足早く就寝していた少年少女たちの驚く声があがる。
「碧!?」
「翔馬?!」
「光海さん!?」
「孔雀ちゃん!?」
 彼らの身に何があったのだろう。竜斗、鷹矢、日向、鏡佳の呼びかけに答えたのは、
「ひぃぃやぁぁぁぁッッッ!?」
 切羽詰まった、4人の悲鳴だった。
「くそ!? 何が起きたんだ?! 」
 光がおさまり、周囲を確認すると岩陰にいた4人の姿がない。真っ先に飛び出したのは、鏡佳だ。一息で大岩の上に飛び上がると、
「鷹矢さん、みんな! 大きな蜘蛛みたいなのがあっちへ!」
「追いかけよう!」
 鷹矢の決断に迷いはなかった。答えると同時に、足元のリュックを背負い、駆け出していた。竜斗たちもそれに習い、リュックを手に走り出す。
「足元に気をつけて!」
 走り出した仲間へ注意を促しつつ、日向は上空へ閃光弾を飛ばした。偵察のため、野営地から離れている陽平たちを呼び戻すためである。 弾が上空で炸裂したのを確認し、日向もまた仲間を追って駆け出した。


「うわああああああ?!」
 がっくん、がっくん。体が大きく上下する。遊園地のアトラクションにこんな感じの物があったようにも思うが、シートベルトなし、座席ナシの4人乗りは辛い。
「ふええええええええええ!?」
 孔雀は早くも目を回し始めているようだ。
「い、一体何がどう、きゃあっ!?」
「これはいっ……っ!」
 喋ろうとして、碧は舌を噛んでしまった。涙目になりながら、自分たちがおかれている状況を確認する。
「これ、網だよ……ね、ッ!」
 碧に続いて翔馬も舌を噛んだようだ。小さく呻いて、手で口元を押さえる。
 どうやら、自分たち4人は魚を獲る網のようなものに捕まっているようだ。 進行方向へ目を向けると、背中に大きなタンクを背負った蜘蛛のようなメカがいる。 上下に大きく揺れているのは、網のはし握ったこのメカが、ウサギのようにぴょんぴょん飛び跳ねているからだ。
「喋ると舌を噛むぞ。おとなしくしていろ」
「あ、あなた……は?」
「今はまだ名乗るつもりはない」
 光海の独り言めいた問いかけに答えたのは、蜘蛛メカが背負ったタンクの上に立っている子供だった。孔雀や翔馬よりもまだ2つ3つ年下に思える子供は、無線機のような物を手に持っていて、
「先頭隊より、各隊へ通達。作戦1成功。これより、作戦2に入る。準備はいいか?」
『おうよ』
『任せてー』
 ががッという雑音に混じって、子供の声が聞こえてきた。
「どうなってるの?」
 この手際の良さ、とてもじゃないが、低学年くらいの子供のものとは思えない。
 光海と碧は訳が分からず、お互いの顔を見つめあうばかりだった。
「孔雀っ、ちゃん、しっ、かりしてー!」
「はぅぅぅぅぅ」
 軽く舌を噛んだ翔馬や碧と違い、孔雀はかなり強めに噛んでしまったらしい。 網の中でもみくちゃにされながら、ぽろりと涙をこぼしている。


「くそっ……一体何者なんだ!?」
 鏡佳が見たという巨大な蜘蛛の姿を、鷹矢の目はまだ捕捉していない。青年が追うのは、彼女たちの背中である。
「オルゲイトとかいうヤツの手下か何かじゃねえのか?」
 鷹矢の横に並びながら、剣史がけっと吐き捨てた。
 ここにいるメンバーでオルゲイトと直に対面したのは鷹矢と陽平、竜斗の3人である。彼らの話を総合して、剣史なりにオルゲイトがどんな人物なのかイメージをし、『幼稚園児並の物欲を持つ、タコのような変態魔法使い』という結果がでた。
 少々解説をしよう。
 オルゲイト=インヴァイダーは、女から男へ形態を変化させたらしい。 それを聞いて、剣史は真っ先に、タコを思い浮かべたのである。雌雄同体といえば、カタツムリなのだが……なぜか、最初に浮かんだのはタコだった。まあ、タコは海底の色に合わせて自身の表皮の色を変化させるので、ギリギリ問題はなかろう。おまけに、粘着質らしいし。これは、タコの吸盤と(ちょっと違うが)似ている(ような気がする)斬っても斬っても倒れないという、その手応えのなさは、軟体動物並。そういえば、タコはデビルフィッシュなんて呼ばれていたような記憶がある。
 物欲は、天井知らずの異常さで、喩えるならば幼稚園児並(親が不在のため、誰も一喝できない)人の話を聞かないところも同じ。しかも、コレクションとやらの対象に人も含まれるらしいとなれば、変態と位置づけてもクレームは来るまい。 そんなわけで、
「あの変態魔法使い、手前ェらを欲しがったそうじゃねえか。人質をとって、返してほしけりゃ〜ってのはよくある手口だろうが」
「な、なるほど……」
 剣史の主張に、竜斗は思わず生唾を飲み込んでしまった。
 確かにあり得ない話ではない。あり得ない話ではないが……彼が口にした『変態』の単語に、オルゲイトへの印象が大きく変わりつつある。
「確かに手段を選びそうにない気はしたけどな……」
「……いや、オルゲイトの仕業だったとしたら、こんな風に逃げはしないんじゃないか?」
 鷹矢が首をかしげたその時だった。
 足の裏に土以外の感触が感じられ──

 どかんっっ!!

 足元の土砂が白煙と共に舞い上がった。
「くそっ! 待ち伏せか?! 」
「どこに隠れてやがる!?」
 けほけほと咳き込みながら、鷹矢と剣史は足を止め、周囲へ顔をめぐらせる。竜斗はタイミングが良かったのか、悪かったのか、仰向けにひっくり返っていた。
「一体何だって……」
 目に煙が染みていたい。ぽろりと涙をこぼしつつも、竜斗は立ち上がり──
「っ、がぁぁあぁあっ!?」
「っぐァァァァァァっ?!」
「ぐゎぁぁっ!?」
 新たな攻撃に、背を仰け反らせる。
 一瞬、我が身に何が起きたのか、分からなかった。
「大丈夫ですか!?」
 3人を襲った現象について教えてくれたのは、後から付いてきていた日向である。
「はい、俺は何とか……」
 げほげほと咳き込み続けながらも、鷹矢は日向の問いかけに答えた。
「一体、何が……」
「白煙があなたたちを包んだ後、地面から雷が立ち上っていったんです」
 雷の秘めていた威力たるや凄まじいようで、男3人は見事に黒こげになっていた。くすぶる煙が何とも痛々しい。
「雷……それで痺れが……」
 体にうまく力が入らない。ただ、その痺れは動くのに支障があるほどのものでもなかった。これなら、走っているうちに回復しそうだ。
「鷹矢さん!」
「お兄ちゃん!」
 鏡佳と黄華が引き返そうとして来る。それを見た鷹矢は、
「2人とも先に行ってくれ! 見失ったら意味がない!」
「……ッ! でもっ……」
「げほ……! 黄華、鏡佳、俺らなら大丈夫。先に行くんだ!」
「女、手前ェもだ!」
「ですが──」
「とっとと行きやがれってんだ! 手前ェの世話ンなるつもりはねえ!」
 げほげほ咳き込み続けながらも、剣史が怒鳴りつける。
「分かりました。鷹矢さん」
「はい」
 ため息をこぼした後、鷹矢は日向へ目線を向けて、移動を促すようにうなずいた。
「分かりました。ですが、これくらいはさせてください」
 日向は言うと、夜空に向けて新たな閃光弾を撃つ。先ほどのものとは少し明滅の仕方が違っているように思えたが、詳しくは分からない。
「では……!」
「ベルザー! 追いついて来いよ」
「うっせえ!!」
 心配そうな鷹矢へ、剣史は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「手前ェを追いかけんのはいつものことだろうが」
 悔しげな響きを有したかすれがちなはぐれ狼の声を耳に出来たのは、隣にいた竜斗だけである。普段の言動に照らし合わせると少し意外な気もしたが……剣史にもまた追いつきたい、追い越したい背中があるのだと思うと親近感が湧くというものだ。
「早く……追いつこうぜ」それは、今の状況だけでなく別のものにも通じる言葉。
「ったりめえだ」
 言外に含ませた意味を彼は、正確に受け取ってくれただろうか? 受け取ってくれてもくれなくても、どっちでもいいと竜斗は思う。
 二人、無言でたたずむことしばらく。ようやく痺れが取れて来た。
「剣史さん、行けますか?」
「ああ。これくらいなら問題ねえ」
 お互いの状況を確認し合い、さあこれから追いつこう! という時だった。
『ちょいやさっ!』
 背後から子供の声が聞こえたのと同時に、頭上から投網が落ちてきたのである。
「うわっ!?」
「ンだとぉっ?!」
 重量のある着地音に目を向ければ、黒い蜘蛛のような形をしたメカが2人の前に姿を現していた。黄華が見たという蜘蛛型のメカと同型のものだろう。
「まだいやがったのか!?」
 上から投げられた投網から脱出しようと網の端をたぐり寄せながら、竜斗は蜘蛛型メカを睨みつける。自分たちの知るメカを基準とすると、ずいぶん小型だが、蜘蛛の腹部に当たる位置に取り付けられた操作ポッドらしき場所には、大人の搭乗も可能だろう。
「ふざけた真似をしてくれるじゃねえか」
 竜斗と同じく投網をたぐり寄せている剣史がどう猛な牙を覗かせる。網から解放されたらどうなるか分かってるんだろうなという、無言の圧力が蜘蛛型メカの搭乗者へ向けられた。獲物を前にした肉食獣そのものの顔に、
『わー、おっかない顔。ぼく、逃げよぉ〜っと』
 蜘蛛型メカの搭乗者は、きゃっきゃとした口調と共にあっさりと逃げ出した。
「え?!」
黒い蜘蛛は、鷹矢たちが向かった方向へぴょんぴょんと跳ねていく。
「ウソだろ、おい?」
 あまりの潔さに、竜斗と剣史の目が点になった。網をたぐり寄せる手も思わず止まる。
「どうなってんだ?」
「さ、さあ? 普通は、あんな風にあっさり逃げないよな?」
 頭を動かすよりも、体を動かすことのほうが性に合っているだけに、蜘蛛型メカの搭乗者の意図が全く読めない。罠の2文字が頭に浮かぶが──何かが違うような気もする。
 蜘蛛型メカが跳ねて行った方向を呆然と眺めていると
「おい! お前ら何やってんだよ!?」
「網? え? 罠があったの?」
 偵察に行って大きく遅れていたはずの陽平と柊、椿に追いつかれてしまったようだ。
「2人遅れていると連絡を受けていましたが……こういう理由だったんですね」
 かすかに呆れたような色を声音に乗せて、椿がほおに手を当てる。
「いや、これは……」
 何を言っても言い訳にしかならない。はあとため息をついた竜斗は、網を攻略しながら、碧たちが誘拐されたところから今までのことを説明した。
「鷹矢さんたちが今追いかけてるところなんだな」
「ああ、相手はメカだからな……引き離されてなきゃいいんだが……」
 ようやく網の罠から脱出できて、ふうと一息ついたところだった。
『おっと、悪いね。おにーちゃんたちには、まだここにいてもらいたいんだよね』
 ばしゅん!
「何だっ……うわっ?!」
「おっと……! って、何やってんだよ、お前ら!!」
 8時の方向から気配の出現を感じると同時に、陽平がその場から飛び退いたのは、脊髄反射のようなものだった。
「あっちゃー……」
 その場から飛び退いたのは、陽平だけでなく、柊と椿もだ。彼ら忍軍3人が目にしたのは、頭からねばねばしたものをひっかぶった竜斗と剣史の姿だった。
「これは……鳥もちのような物のようにも思えますが……それとは少し違うような気もしますね。何でしょう? この世界特有の物質でしょうか?」
 生成り色のねばねば物体に触れながら、椿が眉間に皺を寄せる。
「……俺らのことはいいからさ、先に行っててくれえねえかな?」
「…………」
 竜斗の棒読みの台詞が、逆に哀切を感じさせる。剣史に至っては頭をうなだれさせ、無言だった。それだけに、情けないやら悔しいやら腹立たしいやらといった、たくさんの感情が渦巻いているのだろう、その心情を察することができる。
「分かった。先に行ってる」
 このねばねばを体から取るのは大変そうだ。ぬぐうのを手伝ってやりたい気もするが、追跡中の鷹矢たちの方も気にかかる。
 竜斗たちと鷹矢たち、天秤にかければ、鷹矢たちの方に傾くのは自然のことだ。
「目印を残して行きますので、それを追って来てください」
 さっさと駆けだした少年2人を視界の端にとらえながら、椿は持ち手のところに蛍光塗料が塗布されたクナイを示す。
「分かりました」
 竜斗がうなずくのを見て、彼女も先に進んだ陽平と柊を追いかける。
「……剣史さん、俺たち仲間っすよね」
「……うるせー……」
 一緒にされたくないのに、一緒にカテゴライズされてしまう現状が疎ましくてしょうがない剣史だった。
 体のねばねばが取れても、足下に広がっているそれが1番の難物である。1歩進むたびに、ねっちゃりとそれが靴の裏について身動きが取れなくなってしまうのだ。しかも、注意しないと靴がすっぽ抜けて、足がそのままねばねばにくっついてしまうのである。
「チクショー!」
 履いていた靴下は、とっくにねばねばの餌食となってしまい、脱がざるを得なくなっていた。靴も、今は手に持っている。
「これ、ただの嫌がらせだろ!? 絶対に!!」
 今なら紙製のハウスに捕獲される家庭内害虫Gの気持ちが分かるような気がした。目の幅に涙を流しながら、竜斗が吠える。 ちなみに剣史は勢い余って前につんのめり、四つん這いになってしまっていた。
「……誰にも言わないっすから……」
 ふるふると小刻みに体を震わせている彼へ、竜斗は涙ぐみながら告げる。 そうさ、ボクらはナカマじゃないか。 少年が一層仲間意識を強めていると──

 ぼぐぅっ!

 後頭部に強烈な一打を食らう。
「ぐは!」
 衝撃に耐えられなくて、竜斗は前につんのめり、剣史と同様四つん這いに……。
「っくそ!? 誰だ?! 畜生!!」
 思わず顔を上げれば、
「はーい、ごめんねえ。僕、急ぐからあ!」
 縞模様のない虎といった雰囲気の大型肉食獣の背にまたがった小学生くらいの子供が、ばいば〜いと手を振っているのが見えた。
「な……子供?」
 よい子は寝ている時間だぞ!? そんな、どうでもいいことが、少年の頭の中を字幕スーパーよろしく通過していく。
「何がどうなってるんだ?」
 この世界は、本当にワケが分からない。竜斗の頭は混乱するばかりだった。
「……コロス。どこのどいつかは知らねえが、ぜってぇぶっ殺す……」
 四つん這いのまま、全身を怒りに震わせている剣史が怖い。