オリブレSS

神隠しの謎を追え!





ズンドコドコドコ、ドコドコド。
「……なんつーかまぁ……不思議な祭りね」
「祭りじゃねぇって。絶対」
 自分と共に目の前の光景を見つめているトーコのつぶやきに、朱南柳がぱたぱたと顔の前で手を振る。
「祭りじゃないのか?」
「違うって」
 相棒のルキスが本気で驚いているので、柳はため息を吐き出した。
 彼らがいるのは八十ケ岳やそがだけ という山の中腹にある八十神社やそじんじゃの境内である。
 季節は初夏。祭りに付き物の夜店も全く出ておらず、盆踊りには必須アイテムとなる櫓も組まれていなかった。
 この場にあるのは、境内に置かれた5・6人は乗れるだろう大きな岩だけである。
 だが、岩があるだけならばこの場での注目度はさほど高くない。注目すべきは岩そのものではなく、その上だった。
「キャ、キャンプファイアー?」
 高岸瞬が言うとおり、岩の上でキャンプファイアーが行われているのである!
 さらにさらに、キャンプファイアーに向かって礼拝している男がおり、炎燃える岩を取り囲み、ズンドコドコドコという太鼓のリズムに乗って踊りまくる人々がいるのだから訳が分からない。
 清水達矢の浮かべる表情をあえて言葉にしたのなら、「悪夢なら覚めてくれ」という所であろう。だが、これは夢などではなく現実なのだ。
「生け贄の儀式でも始まるのか?」
 高岸和馬の力ないセリフも冗談では済まされそうにない。
 なぜなら、生け贄らしき女性たちもずらりと勢揃いしているからなのだ。
 彼女たちはキャンプファイアーの台となっている岩に設けられた階段に立っている。
 その数、総勢18名。
 ミスコン会場にしては、怪しすぎる。
 そして、階段に並ぶ女性たちの中に、水瀬詩織とリーファの姿を発見することができた。
「詩織! リーファ!」
 二人の身を案じていた戒が叫ぶ。
〈戒様! お気持ちは分かりますが、今しばらくお待ちくださいませ〉
 今にも飛び出して行きそうな彼を、カイザードラゴンが制止する。敵の正体も目的も不明なままで、飛び出して行くのは得策ではないと、戒を説得した。
「……ああ、分かった」
 渋々ながらカイザードラゴンの説得を聞き入れた戒は、食い入るように彼らの動向を見守る。
 炎に向かって頭を下げる男の後ろには、太鼓や笛の演奏者がずらりと並び、手にした楽器を奏でていた。
 ズンドコドコドコ。
 これが東京音頭とかだったら、熱心な市民たちが早くも盆踊りの練習をしているんだなあ、で済むんだろうが、生憎とバックミュージックはそんな穏やかなものではなかった。
 ズンドコドコドコ。
 コレである。チープな冒険小説に出てくるジャングルの奥地でしか聞こえてこないようなこのリズム。
「見ていてあまり楽しくない光景ですねぇ」
「あ、イサム兄さんもそう思う?」
 イサムとユーキの感想に、そういう問題じゃないだろと、バスターチームと柳、戒、カイザードラゴンの6人が内心でツッコミを入れる。
 境内の様子を伺っているメンバーから少し離れた場所にいるジャンクは、気を失ったままの綾奈を支えていた。彼女は、一行をここへ導くと、気を失ってしまったのである。
(何でこんなことになったワケ?)
 悠はため息を吐き出した。
 数時間前までの楽しい気分は、とっくにどこかへと過ぎ去ってしまっている。


***************


 とある温泉町で、20人近い行方不明者が出ていると、BANに通報があったのは、つい先日のことだった。行方不明者はいずれも、二十にも満たない少女ばかり。
 これは何とも由々しき事態であると、調査チームへの加入希望者も殺到したのだが、最終的に調査メンバーの決定権は、メガセイヴァーチームの如月悠に委ねられる事となったのである。
 彼女が選出したメンバーは以下の通り。
 メガセイヴァーチームから、如月悠、水瀬戒、水瀬詩織、竜ノ宮綾奈、リーファの5名。
 ラシュネスチームから、トーコ、ユーキ、イサム・ヤクシジ、ジャンクの4名。
 エリキスセイバーチームから、朱南柳とルキスの2名。
 エルゼイドチームから、高岸瞬、和馬の兄弟と清水達矢の3名。
 また、ドリームナイツからカイザードラゴンが参加している。
 これらのメンバーが慌ただしくラストガーディアンを出発し、目的地であるこの町に到着したのは、夕方近くのことだった。
 そこで、チームリーダーである悠は、本格的な調査は明日からとし、今日は一日町の地理を把握しましょう(要は観光である)と提案したのである。
 これに反対する者はおらず、調査隊は数時間の観光を楽しみ、山の幸たっぷりの夕食に舌鼓を打ち、今は温泉を堪能中。
「町を歩いた限りじゃ、特におかしな所は見当たらなかったわよねぇ……」
 露天風呂の中、思いっきり四肢を広げながら、悠は仲間に同意を求めた。
「私も普通の温泉町と変わらないと思う」
 悠の隣に座る詩織も、彼女の意見に同意する。髪をかきあげる仕草は艶っぽい。
「町の人達も、行方不明者については不安がってたみたいだけど、それ以上は特に……」
 リーファは、意見を求めるように綾奈に目を向けた。綾奈も特に感じることはなかったようで、静かに首を横に振るだけである。
「着いたばかりの土地じゃあ、勘もうまく働いてくれないわよ」
 半身浴中のトーコは、答えて冷酒を口に運んだ。彼女は心底美味しそうに頬を緩める。
「………………」
「何?」
 自分に視線が集まっていることに気づき、トーコはわずかに目を見張った。
「トーコさん、幾つなんですか?」
 それがバストのサイズのことだと理解したトーコは、自分の胸に視線を落とす。
「ん〜……さあ? FとかEとか言ってたような……でも、胸は大きさじゃなくて、カタチでしょ? ってぇか、悠だってリッパなモンじゃない」
 杯を浴槽の脇に置くと、トーコはするすると彼女に近づき、その胸に触れた。
「トッ、トーコさんッ?!」
 悠は顔を真っ赤にして慌てて逃げる。
「うん。カタチも悪くないし、いいじゃない」
「……なら、お返しですっ!」
「ふわっ?!」
 今度は悠が、トーコの胸に触れた。
「柔らかくて気持ちイイ」
「ちょっ、こら、揉むなっ!」
 大人二人がじゃれ合っているのを、詩織とリーファ、綾奈の3人は呆れ顔で見つめている。
「お姉ちゃん、トーコさんも! ほどほどにね」
「あたしたち、先に上がってますね」
「それじゃあ」
 未成年3人組は軽く会釈すると、温泉から出て行ったのだった。
「あ、ちょっ……っの、揉むなっての!」
 トーコの反撃開始。
「トーコさん、どこ触って!?」
 ばしゃんっ! と湯のはねる音がする。
「もぉ、勝手にやってなさい」
 二人の声を背中越しに聞きながら、詩織は、はぁ〜あぁとため息を漏らした。
「…………っは〜……のぼせそう」
「あたしも……」
 それから数十秒後、疲れた顔で悠とトーコは、上半身を風呂の外に乗り出していた。いい年して何やってんだか、というのが二人の正直な感想である。
「大変です!」
「綾奈?」
「どしたの?」
 おとなしい彼女がこんな風に声を荒立てるなんて珍しい。悠とトーコはお互いに顔を見合わせた後、慌てて脱衣場へ向かった。
「何かあっ……!?」
 脱衣場に顔を出すと同時に、トーコは異変に気づく。
 詩織とリーファが上半身をふらふらさせながら、浴衣に着替えているのである。
「のぼせたの?」
 体にバスタオルを巻き付けた悠が、二人の顔をのぞき込んで尋ねたが、二人は無言だ。
 虚ろな目で「行かなくちゃ」「……が呼んでいる」という謎の言葉を繰り返すばかり。
「ちょっ、どうしちゃったのよ?!」
 悠は二人の体を強く揺すってみたが、二人の様子はおかしいままである。
「一体、どうしたって言うのよ?」
「分かりません。突然こんな風になってしまったんです」
 二人がこうなったのは、つい先程だ。
 ツキンと頭痛がしたかなと、綾奈が顔をしかめた直後、それまで楽しそうに喋っていた二人が急に話さなくなったのである。
「悠、あんたも着替えた方がいいわ」
「そうね」
 トーコは悠と交替し、二人に声をかけた。
「バチッ、と電撃浴びせてみてもいい?」
「それはダメですっ」
 一向に元に戻る気配の見せない二人にしびれを切らせたトーコが、物騒な提案をしたが、それはすぐに却下される。 「行かなくちゃ」 「行かなくちゃ。……様が呼んでる」  浴衣に着替え終わった詩織とリーファは、依然ふらふらした状態のまま、歩きだした。 「ちょっ、どこへ行くのよ!?」  手早く帯を結びながら、悠は二人を追うべく、駆け出す。とっくに着替え終わっていた綾奈もそれに続いた。
「悠! これ持って行って」
「オーデコロン?」
 トーコが放り投げたのは、オーデコロンである。
「時々道端にそれを振り撒いといて。それで、後を追いかけられるから」
「分かったわ!」
 帯を結び、羽織も着て、準備万端。悠は大慌てで二人を追いかけた。
「さてっと」
 悠と綾奈を送り出したトーコは、《テレポート》で、男性陣の所へ向かった。


***************


「は〜……温泉はいいなぁ」
 手ぬぐいを頭に乗せ、和馬は鼻歌を歌っている。ジャンクとイサムは、冷酒を引っかけているし、瞬と達矢も少しばかり、お相伴にあずかっているようだ。
 また、他の泊まり客がいないことをいいことに、カイザードラゴンも露天風呂を堪能中である。
 そんな所へ、
「ジャ〜ンクッッ!!」
 トーコが降って来た。
「……お前な」
 ざばっと湯を頭から引っ被ることになったジャンクは、濡れた髪をかきあげながら、ため息を吐き出す。
「大変なのよ! 詩織嬢とリーファがおかしくなっちゃったの!」
「何だって?! 一体、どういう……」
 トーコの報告に、戒が腰を浮かせた。
 と、そこへ、
「戒さんっ!」
 げしっ。
「なっ!?」
 ユーキが戒にローキックを食らわせる。思わぬ事態に戒は盛大に転倒し、湯船に沈む。
「何を……」
 受け身は取れたものの、喉に湯が入り、戒は、けほけほとむせた。
「オレたち、今裸なんだよ?」
 真面目な顔でユーキに言われ、戒は、あっ! と頬を赤らめる。
 ついでに言うと、トーコも全裸だ。
 他の男たちもゆで蛸といい勝負になりそうなくらい、顔を赤くし、トーコから目を背けている。平然としているのは、ジャンクとユーキくらいのものだ。
〈トーコ様…………〉
 カイザードラゴンも、両手で目を覆い隠しつつ、呆れ顔で彼女の名を口にする。
「別に見たっていいのよ?」
 減るもんじゃないんだしと、トーコは言うが、そういう問題ではない。
「詩織さんとリーファさんがおかしくなったというのは、どういう事なんです?」
 赤くなった顔を背けたまま、イサムが問う。
「ああ、そうそう。よく分からないんだけど、綾奈嬢の話じゃ、急におかしくなったみたい。行かなくちゃとか、何かが呼んでるとか、ぶつぶつ言いながら出て行っちゃったのよ」
「出て行ったって、どこに行ったんだよ?」
 柳がトーコを振り返るが、彼女の裸が目に入り、慌ててまた目を逸らす。
「分かンないわよ。綾奈嬢と悠が追いかけてるわ。ジャンクのオーデコロン渡しといたから、それで追えると思う」
「分かった。なら、急いで支度しろ。4人を追いかける」
 ジャンクの返事を聞くと、トーコはすぐに姿を消した。ほぼ同時に、ユーキとイサムが湯から上がり脱衣場へ向かう。
「お前らも急げよ」
「あ、ああ」
 それから3分で体を拭き、服を着替えた。浴衣を着た女性陣と違ってこちらは、今後のことも考えて動きやすいよう、普段と変わらぬ格好である。
 ダッシュで着替え、宿の外に出ると、すでにトーコが待機していた。
「追える?」
「ん〜……うん。大丈夫。こっち」
 トーコの質問にユーキは、キョロキョロと当たりを見回した後、すぐに走り出す。
「本当にこっちで合ってるのか?」
 ルキスの問いかけに、ユーキは「大丈夫、大丈夫」を繰り返した。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、瞬さん。ユーキは、嗅覚がとても優れているんです」
 そういう異能力もあるんですよと、イサムが笑う。
「まるで警察犬ですね」
 ユーキの後を追いかけながら、達矢が苦笑を浮かべた。
「悠さん、綾奈!」
 そうして10分ほど走ると、町外れ近くでおろおろと周辺を見回している二人の姿を発見できた。
 戒は二人の名を呼び、彼女たちに駆け寄る。
「詩織とリーファは?」
「それが……この辺りで見失っちゃったのよ」
 不安の色も濃く、悠はしきりに辺りを見回していた。
「ユーキ、どっちに行ったか分からないのか?」
「あのね柳、オレは二人の匂いを追って来たんじゃなくて、オーデコロンの匂いを追って来たんだよ」
 二人の匂いを覚えてるわけじゃないから、ここからの追跡は無理だと、ユーキは肩をすくめた。
〈手掛かりが途切れてしまいましたな〉
 20センチサイズで、達矢に抱えられているカイザードラゴンが低く唸る。
「この辺りを中心に、手分けして探そう」
 瞬の提案に、それしかないなと全員がうなずき、それぞれ思い思いの方向へ散らばりかけたその時だった。
「…………こっち」
「え?」
「……こっちにいるわ」
 綾奈がふらふらとした足取りで、歩き出したのである。彼女が進む方向には小さな山があった。確か、八十ケ岳とかいう名の山だったはずである。
「綾奈?!」
 彼女の様子がおかしいと、戒は彼女の前に先回りしてその肩に手を置いた。
「綾奈! どうしたんだ?!」
「急がないと……」
 綾奈は、その細腕のどこにこんな力が? と思えるほどの強い力で、戒の手を振りほどき、山の中へ進んで行く。それも、ちゃんとした登山道ではなく、道なき道を自分の力で切り開いて行っているのである。
「仕方ねぇな。追いかけるぞ」
 面倒臭そうに舌打ちし、ジャンクは綾奈の後を追いかけて行った。
「あ、ああ!」
 何が何やら分からぬまま、残る者たちも綾奈の後を追いかける。
「あ、ちょ、ちょっと!」
 男性陣は普通の格好をしているから、山を登るのにもさほどの苦労はないだろう。しかし、悠は浴衣姿なのである。これで山登りは少々キツイ。どうしたものかと困っていると、イサムが寄って来て思案顔を浮かべた。
「それで山登りはできませんね」
 そうして10秒ほど考えた後、彼はぽんっと手を打ち、
「失礼します」
「え? あわひゃっ?!」
 軽々と、いわゆる子供抱きというヤツで悠を抱え上げたのだった。
「これなら、大丈夫でしょう」
「あ、ででも、イサム君が……」
 驚きと恥ずかしさから顔を真っ赤にした悠は、あわあわと珍しく狼狽している。
 イサムは、これくらい大丈夫ですよと、にこやかな笑顔で答え、仲間の後を追いかけて行った。


***************


「なぁ……何なんだよ? これ」
「何って……どっからどう見ても明かりでしょうが」
 表情に暗い影を落としている柳の問いかけに、トーコは唇を尖らせる。
「暗くて足元がよく見えないって言ったのは、どこの誰よ?」
「確かに歩きにくいとは言ったけど……」
 柳と同様の発言をした和馬も、表情は暗かった。
〈トーコ様、私もこれはどうかと思うのですが……〉
 彼らの注目を集めているのは、トーコが《ライティング》という異能力で作り出した明かりである。
 大人の拳くらいの大きさのそれは、ちろちろと燃える青白い炎の塊だった。
「これはどう見ても、人魂だろう!?」
 瞬の指摘どおり、それは人魂以外の何物にも見えない。
「雰囲気あって良いじゃない」
「良くないっ! 絶対に良くないぞっ!!」
 今にも横合いから何か飛び出してくるんじゃないかと、びくびくしながら歩を進めている和馬にとって、コレは非常にありがたくないサービスであった。
「わがままねぇ」
 パチンと指を鳴らし、人魂を消したトーコはもう一度、《ライティグ》で明かりを作り出す。
「今度はマトモですね」
 大きさは先程と変わらないものの、今度のは白い光を発しており、さっきの物と違って不気味さはかけらも感じられなかった。
「なんか引っ掛かる言い方ね」
 達矢の言葉に、トーコは唇を尖らせる。
「トーコは大人なんだよな?」
 ルキスは小声で、隣を歩くユーキに聞いてみた。すると、彼は悟ったようなカオで、
「大人だったら、志狼もちゃんと敬語使ってるって」と、肩を竦める。
 引き合いに出されたのは、ヴォルライガーチームの御剣志狼のことだ。彼は、親の躾の賜物なのだろう、年上の者に対しては、「さん」付けで敬語を使っている。だが、トーコにだけは(年齢差は7・8歳くらいあるはずなのに)、何故かその年上の法則が適用されていないのだ。
 つまり、彼の中でトーコは年上だと認識されていないという事なのだろう。
「そんなものなのか?」
 ルキスは納得しかねるようで、頭を捻ってみせる。
「そんなもんだって。イサム兄さんの方がよっぽど大人だよ?」
 ぽんぽんと彼の肩を叩き、ユーキは力ない笑みを浮かべるのだった。
 さて、先頭グループの方はと言うと、ただ黙々と歩き続けていた。先頭を歩くのは綾奈で、その後にジャンクと戒が続いている。
 悠と同じ浴衣姿なのに、綾奈の足取りはちっとも危なげがない。彼女の足取りは、かなりしっかりとしたものである。
 綾奈から5メートルほどの距離を置いて、その後ろをジャンクが歩いていた。彼の手には煙草があって、ジャンクはそれを時々口元へ運んでいる。
 戒はその後ろで顔を俯かせ、詩織とリーファの身をひたすら案じていた。
「おい、あんまり思い詰めるなよ」
 戒の横に並んだジャンクは、ぽこんと彼の頭を叩く。
「でも……」
 二人が様子がおかしいと聞いた時点で飛び出していれば、こんな風に二人を見失わずにすんだかもしれない。
 そう思うと、戒は自分の不甲斐なさを責めずにはいられなかった。拳には力がこもり、きゅっと唇を噛み締める。
「こうしている間にも二人の身に何かあったらと思うと……」
「大丈夫だろ。お前が信じてやらなくてどうする」
「そう……ですね」
 戒は、見た目は17、8歳でも、実年齢は0歳。当然、他の勇者たちとは違って、諸々の経験は浅い。
 そのせいか、いなくなった時の状況が今一つはっきり分からない為に、二人の無事を信じる気持ちよりも、二人の身を案じる思いが強くなっていたようである。
「ねぇ、太鼓の音が聞こえるんだけど」
 足を止めたユーキが、耳に手を当て、訝しげに眉を寄せた。
「太鼓の音?」
 イサムに抱えられている悠が、耳を澄ませてみたが、回りは静かなものである。
「何にも聞こえないけどな」
 彼女に習って柳も耳を澄ませてみた。が、聞こえないものは聞こえないのである。
「聞こえるって。それに、人も沢山集まってるみたいだし」
「ユーキは耳も良いのよ。ユーキが聞こえるって言うんなら、多分間違いないでしょうね」
 トーコは言うと、先頭を行くジャンクにユーキの言葉をそっくりそのまま伝えた。
「分かった」
 自分たちの存在に気づかれぬないよう用心しろよと、ジャンクの指示に、一同は半信半疑ながらもうなずく。


***************


 無言の行進が5分ほど続いた頃だろうか。
 ズンドコドコドコ。
 ユーキの言った通り、太鼓の音が聞こえてきたのである。
「本当だったんだな」
 驚いたと目を丸くするルキスに、ユーキが失礼なと頬を膨らませた。
 ズンドコドコドコ。
 茂みをがさごそと移動して一行が目にしたものは、現代社会に生きる者として、にわかに信じがたい光景であった。
〈こ、これは一体……〉
 夢幻界でも、そうそうお目にはかかれないであろう光景に、カイザードラゴンも思わずごくりと喉を鳴らす(ように見えた)。
 彼らが目にしたのは、まるで戦後の冒険小説に出てくる密林の奥地で繰り広げられていそうな怪しげなる儀式の光景であった。
 ズンドコドコドコ。
 大きな岩の上でメラメラと燃える炎。それに向かって礼拝を繰り返す男。岩へは階段を使って上り下りするようだが、その階段には女性たちがゆらゆらと上半身を右に左に動かしながら立っている。また、礼拝をしている男の後ろでは太鼓や笛の奏者が座り、彼らを取り囲むようにして、30人ほどの人間たちが輪を作って、踊っている。
「良かった。間に合っ……」
 ここまで案内してくれた綾奈は、ほっとした様子でそう言うと、くたっとその場に崩れ落ちてしまった。
「おい!?」
 ジャンクが慌てて腕を伸ばし、彼女を支える。
「綾奈?!」
 詩織とリーファに続いて綾奈もか!? と戒は目を見張ったが、
「気を失ってるだけだ」
「そう……ですか」
「もう、びっくりさせないでよ」
 何ともないと知って、悠は胸を撫で下ろした。他の者たちも安心顔を浮かべた後、改めて目の前で繰り広げられている異様な光景に目を向ける。
「悪の秘密結社か、謎の宗教団体のどっちかじゃないかと思うんだが、どっちだと思う?」
「どっちもあり得そうでヤだな、オレ」
 うんざりした顔のユーキに、発言の主である柳も自分も同意見だと主張した。
「詩織嬢もリーファもあそこにいるわ」
 階段の一番上の所にいる二人を指さし、トーコはほっと胸を撫で下ろす。依然として様子はおかしかったが、それでも怪我などはなさそうなので、まずは一安心といったところか。
「一体、こいつらは何なんだ?」
 和馬は、ただならぬ雰囲気の連中を、うんざりしたようなカオで眺めている。
「さあな。それを知るためにも、もう少し様子を見た方が良さそうだ」
 瞬の視線は、そのまま戒に向けられた。
 戒は「分かった」とうなずき返す。
 やがて気を失っていた綾奈も目を覚ました。
 その時である。
 音楽が最高潮を迎えたらしく、人々はより一層熱狂的に踊り狂い出した。
夜蘇やそ 様復活の為、生け贄を!」 「何だって!?」
 炎に向かって礼拝を繰り返していた男が、立ち上がり、さっと腕を振る。すると、詩織とリーファを先頭に、階段の上に並んでいた少女たちが前へ歩き出した。
 彼女たちの目指す先にあるのは、激しく燃え盛る炎である。
「詩織! リーファ!!」
 飛び出した戒の声に、少女たちの動きが止まった。
「何者!?」
 人々は踊りと演奏を中止し、乱入者たちに殺気交じりの視線を向ける。その後、礼拝をしていた男−恐らくこの男がリーダーなのだろう−に指示を仰ぐように目を向けた。
「お前たちこそ何者だ?!」
 これ以上、静観していることはできないと、戒に続いて柳たちも飛び出す。
「我々は……」
 リーダーの男が口を開いた直後、
「い・も・お・と・よ・ぉ〜っ!!」
 熱狂的に踊り狂っていた人の中の一人が、両手を広げ、嬉しげな笑みでこちらに突進して来た。
「んなっ?!」
 ターゲットは柳らしい。
 強烈な寒気に襲われながらも、柳はギリギリの所で男を交わすことに成功した。
「いもう……」
 すかっ。
「いも……」
 すかっ。
「…………」
「…………」
 男と柳の無言の攻防。
 回りは状況も忘れて、二人の行動に釘付けになっている。
「はっはっはっ。照れ屋さんだなっ」
 男は爽やかに笑い「こぉいつぅ」と、柳の額を人差し指で、つーんと突いた。
 ぴきっ。
 朱南柳、石化のステータス異常に見舞われる。
「やっ、柳!?」
 彼の相棒であるルキスががくがくと柳の肩を揺するが、異常は回復しそうにない。
 戦力マイナス1。
「え〜と……あんたたちは何者なのってトコからやり直していいかしら?」
 悠の提案に、リーダー格の男が賛同するよりも前に、柳をステータス異常に陥れた男が口を開いた。
「こいつらは、この神社に祀られている夜蘇神という災厄神を蘇らせようとしている、ハタ迷惑な連中だ」
「何だって!?」
 男の説明に、全員が目を剥く。
〈それは真でございますか?〉
「本当だ。俺は遠江 雄大とおとうみ ゆうだい という。大昔に夜蘇を封じた者だ。今は、子孫の体を拝借している」
 雄大と名乗った男の言は、にわかに信じ難いことである。だが、彼が真実を言っているのだということはすぐに分かった。
「貴様っ、貴様か雄大!! そのような所に潜んでおったとは気づかなんだわ!!」
 リーダーの男が鬼のような形相で、恨みがどうのと叫び出したからである。
「残念だったな、傾尊けいそん ! 例えからくりの体を手に入れ、昔の栄華を取り戻そうとしても、それは適わぬ夢と知れ!!」
「あの〜、あちらの方は、どちら様なのでしょう?」
 申し訳なさそうに口を出したイサムに、雄大は、あの男は傾尊と言って、かつて夜蘇に仕えていた男だと説明してくれた。
「夜蘇の復活を条件に、とりにてぃとかいう者共の力を借りて、からくりの体を手に入れ、復活したらしい」
「トリニティだって!?」
 もしかすると、という予感はあったのだが、どうやらそれが見事に的中したようである。
 ちなみに柳を妹と言って抱き着こうとしたのは、本当に妹にそっくりだったので、つい我を忘れてしまって……いやあお恥ずかしい、ということなのだそうだ。
「フン。夜蘇様が復活された暁には、あの連中とて我らの下へと下ることになるわ!」
 傾尊は吐き捨てるように言った。
「そんなことは俺たちがさせない!」
 戒は叫ぶと、セイヴァーブレスをかざし、ブレードへと変身する。
「詩織とリーファ、それにお前が攫った少女たちは返してもらう!」
「させるかっ!」
 傾尊の怒号の意図を忠実に理解し、踊っていた人々がブレードの行く手を阻んだ。
「言っておくが、そいつらは夜蘇様の眷属に取り憑かれた普通の人間だぞ?」
「何だと!?」
 剣を抜きかけたブレードの手が止まる。
「くそっ。卑怯な」
 瞬が悔しげに表情を歪めた。
「気絶させるしかありませんね」
 身構えた達矢が苦々しげに呟く。
〈悠様、綾奈様はお下がりください〉
「え、ええ」
 ぼんっ! という音と共に2メートルの大きさになったカイザードラゴンは戦えない女性二人を背に庇う。
「今のうちだ。行け!」
 傾尊はニヤリと笑うと、生け贄にと集めた少女たちに指示を下した。
「詩織! リーファっ!」
 ブレードが二人の名を呼んだが、二人は振り返ることなく前へ歩いて行く。
「そうはいくか」
 雄大はどこに隠し持っていたのか、小型の弓を構えていた。弦を引き、
「妖魔調伏!!」
 少女たちの頭上を狙って、矢を射る。
「しまっ……!」
 一筋の光は少女たちの頭上を通過する。
 すると、彼女たちは操り糸が切れたマリオネットのようにくたっとその場に崩れ落ちたのだった。
「これで、思うように操れないだろう!」
 雄大は得意げに胸を張る。
 傾尊は悔しげに顔を歪めた。
 だが、詩織とリーファの二人は立っていた場所が悪すぎた。
「詩織!? リーファッ!!」
 二人は後ろに倒れるような格好になったのだが、彼女たちの背後にあるのは燃え盛る炎である。
「危ないっ!」
 二人の体が炎に包まれる様を誰もが予想し、悲鳴を上げた。
 だが、そうはならなかったのである。
 二人の体が炎に包まれる瞬間、彼女たちはふっと姿を消したのだ。
「ちょっ?! いないって、どうなってンのよ!?」
 危ないと叫び、二人の元へ《テレポート》したトーコが、驚きに目を見張る。
「これは…………!」
 空間を司る神である和馬にとっても、瞬間移動はお手の物だ。トーコとほぼ同時のタイミングで二人の元へ跳んだ和馬は、その場に残る違和感のようなモノを感じ取った。
「空間を越えたんだ!」
「何? どういうことよ?!」
 違和感の正体をすぐに探り当てた和馬は、わずかに残る残滓をかき集めた。と同時に、それを道しるべとして再構築する。
「今ならまだっ……!」
 二人を追跡することは可能だ。
 しるべが完成したと同時に、和馬は二人が連れ去られた空間に続く扉を開ける。
 和馬が、別空間へ続く扉へ滑り込もうとしたその時、
「あたしもっ!」
 そう言ってトーコが和馬の肩を掴んだのだった。
「へっ?!」
 和馬の間抜けな声を残して、二人は、詩織とリーファを追いかけて空間を越えた。
〈お二人はどちらへ?〉
「詩織とリーファを追いかけて行ったんだろう。和馬なら、大丈夫だ」
 瞬は確信に満ちた眼差しで、弟が消えて行った空間を見つめる。
「和馬は空間を司る神ですから、大丈夫」
 不安げな表情の綾奈を励ますように、達矢が笑顔を浮かべた。
「では、お二人のことは、和馬さんたちに任せることにしましょう」
 イサムは言うと、じりじりと迫って来る取り憑かれた人々に向き直る。
「ああ。ところで柳! 固まってる場合じゃないぞ!!」
 いつまで経っても復活しない柳に、いい加減痺れを切らしそうなルキスであった。




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