紅梅 鮮やかに



「Jesus! こんなことが許されていいはずないわ!!」
 B社内に設けられたコミュニケーションルームの一角で、レイスターは怒りに体を震わせていた。その原因は、彼女の手元にある最新のGDランキング発表である。
「この輝ける流星・レイスター様はまだまだ中位ランクだっていうのに、何で薫のやつは上位ランク入り間近なんてコメントがあるのよ!?」
 アメリカのリーグから日本リーグに移籍してきたレイスターは、C社に籍を置く薫を執拗なまでに意識している。彼女のライバルだと公言しているが……哀しいかなこちらはアタマに“自称”の文字が付く。
『レイスターですか? 彼女が私を意識していることは知っていますが……私としては、他のお嬢さん方と区別するつもりはありません』
 これは、薫本人が寄せたコメントである。C社サイドも、レイスターと薫の関係については、同じアメリカのリーグに在籍していただけだとしか公表していない。B社のほうは、ノーコメントを貫いている。
 客観的に見ても、アメリカンリーグで数度の優勝経験を持つ薫は、日本リーグにおいても上位ランク入りは確実だろうと評価されている。
 とはいえ、彼女が参戦した当初は、いくら優勝経験が豊富でも日本リーグでの上位入りは難しいのではというのが一般的な見方だった。しかし、薫は参戦からわずかな期間で世間の評価を覆してみせたのである。──未確認ではあるが、彼女は元々軍用に開発、運用される予定だったという情報もあった──
 一方、アメリカンリーグでは上位ランクでも、日本リーグでは中位ランク止まりというのがレイスターへの一般的な評価だった。もちろんそれは、アメリカンリーグでの試合内容やスペック、日本リーグでの試合傾向などの客観的データを元にしたものである。レイスターが日本リーグで試合を行うようになってからも、その評価に変化は出ていない。
 つまり、本人には失礼だが、レイスターの実力では薫のライバルを称するには少々荷が勝ちすぎるのではないかというのが、GD評論家たちの結論なのである。
 レイスターにしてみれば、ライバル関係というものはスペックなどだけで成立するものではない。当人同士の気持ちこそが、重要なのだと声を大にして主張したいところだ。
 オブシディアンあたりが聞けば、「当人同士の気持ちって……アンタ、他のGDと区別するつもりはないって言われたばっかりじゃない」と鼻で笑われそうな主張であるが。
 本日、レイスターが不機嫌な理由はそこにあった。
 1つは、評論家や本人から、『ライバルではない』と言われたこと。
 その根底にあるのはランク差である。薫と同じランクに登録されていれば、少なくても評論家たちはレイスターを薫のライバルだと認めるだろう。
 もう1つは、そのランク差を埋めるのが、かなり困難らしいということだ。ランク登録は、試合結果はもちろんのこと、その内容や対戦相手のランクも考慮に入れて決定されるものである。ただ勝ち進めば良いというものでもないのだ。
「大体、上位ランク入りしてる奴の半分が、空も飛べないような時代遅れGDばっかりじゃないのよ?! 保守的なのはJapanの伝統ってわけ!?」
 ランキング表をバシバシ叩きながらレイスターは、ぎゃおうと吠える。コミュニケーションルームには、何人かのGDがくつろいでいたが、誰も彼女に近づこうとはしなかった。
 レイスターの姿を遠巻きに見ながら、彼女たちはひそひそと囁き合っている。言いたいことがあれば、堂々と言えば良いじゃないのよ! とばかりに一睨みしてやると、さっと目線を逸らしてしまう。中には慌てふためいて、「用事を思い出した」と部屋から出て行く者もいた。
「Japanのdollってのはドイツもコイツもたいした事ないわね〜!」
 レイスターは、彼女たちの行動を嘲るようにハハンと笑った。
 部屋に残るドールたちは、悔しそうに唇をかみ締め、拳をぎゅっと握り締める。ここまで言われてなお彼女たちが黙っているのは、ランキングを重視するB社の社風が刷り込まれているからだ。
 ここにいるドールたちは、皆レイスターよりも下位にランキングされているのである。そんな彼女たちが、レイスターに注意したところで、「私より弱いクセに何言ってンのよ?!」と突っかかられるのがオチだ。
 そういう意味では、アメリカで作られたレイスターも立派なB社の一員といえるだろう。
 和やかな雰囲気だったコミュニケーションルームの雰囲気は、刺々しいものに変わってしまった。重苦しい雰囲気がず〜んと下位ランクのドールたちに圧し掛かる。
 そこへやって来たのが、小町と撫子の姉妹であった。
 悔しさに耐えていたGDたちは、ほっとした様子で2人を見る。ランク重視の社風ではあるが、それに染まらない者もいるのだ。小町と撫子の姉妹も、あまりランクを重要視していないドールの一員である。彼女たちなら、レイスターを何とかしてくれるに違いないとすがる様な視線を向けた。
 彼女らの視線を受け止め、1人で騒いでいるレイスターの姿を見た小町と撫子の姉妹は、眉間に皺を寄せ、目を眇めた。レイスターが有頂天で紡ぎだしている言葉を聴けば、何があったのかと聞くまでもない。
「こんなところで騒ぐな、レイスター! 迷惑だ」
「What!?」
 名前を呼ばれたレイスターは不機嫌に振り返る。注意したのが撫子と知って、彼女はフンと鼻を鳴らす。腕を組み、そっぽを向いて
「アンタに偉そうにいわれる筋合いはないわ!」
「何だと?!」
 レイスターのこの態度をみた撫子は、眉間に皺を寄せた。生真面目な彼女は、マナー違反を黙って見過ごせないのである。余談だが、B社スタッフの間では、風紀委員などと言われていることを付け加えておこう。
「迷惑を迷惑と言って何が悪い! 偉い偉くないなど関係ないだろうが!」
「Ha! B社所属のdollのセリフとは思えないわね。B社は完全実力主義。Because! 中位下のアンタより私のほうが偉いってわけよ!!」
「なっ…………」
 思わぬ反論に、撫子は絶句した。というより、撫子とレイスターのランク差などないにも等しい差である。試合数などの変化によって、2人の位置はカンタンに入れ替わってしまう、微妙な差なのだ。
「オーホホホ! 事実をつきつけられて言葉もないようね!」
 そうではない。単に呆れて言葉が出ないだけだ。どう言い返したら良いものか、撫子が考えていると、
「……ホンマに、えらいいちびりが来たもんどすなあ」
 後ろからため息交じりの呟きが聞こえてきた。
「姉上?」
 振り返ると、日本人形のようなドールが何も言わなくていいとばかりに首を左右に振った。撫子の姉機、小町である。彼女は妹を庇うようにして前に進み、
「……そういうことどしたら、わらわから言わせてもろたらええんどっしゃろ?」
 手にした白檀の扇子で、口元を隠した。試合には十二単姿で臨む彼女も、今はモダンな訪問着に袖を通している。その様子は、古くから続く日本の旧家で育ったお嬢様という雰囲気だ。
「な……何よ……」
 妹に代わって前に出てきた小町に、レイスターは思わず逃げ腰になる。こういう気位の高そうなお嬢様タイプは、レイスターが1番苦手とする相手だった。
 その上、小町は、常に上位にランキングされているドールである。やや高慢に設定された性格も加わって放たれる威圧感は、そこらのドールとは比べ物にならなかった。
「私に説教でもしようっての……?!」
 圧倒的な迫力に気おされしつつも、レイスターは反論を試みる。
「説教やなんて……そんなことしませんえ」
 小町は扇で口元を隠したまま、ふっと目元を和ませた。ただし、ペリドット色の瞳は少しも笑っていない。
「迷惑どすよって、騒ぎはるんやったらよそでやっておくれやす」
 瞬間、彼女の背後に雷が落ちる。
 レイスターの口から、ひっと悲鳴がもれた。
(こっ、これがJapaneseお局ってヤツなの?!)
 先ほども述べたように、小町は上位ランクのドールである。今しがたレイスターが口にした理論でいけば、小町のほうが彼女よりも偉いということになるのだ。
「あちらさんにはあちらさんの、こちらにはこちらの決まりがありますよってなあ。郷に入りては郷に従え……こちらにいはるんどしたら、こちらの決まりに従ってくれはらへんと困りますえ」
 ついと視線を伏せた小町は、これ以上言うことはないといった態度でレイスターの横を通り過ぎていく。その後を撫子が続いた。
「フ、フン。空も飛べないような時代遅れのdollが大きな顔してるんじゃないわよ。Japanの保守的なランキングじゃ上位にいられるかもしれないけど……アメリカのランキングじゃ、中位にいられるかどうかも怪しいもんだわ」
「何だと!? 貴様、姉上にそんな口の利き方をして良いと思っているのか?!」
 レイスターの憎まれ口に反応したのは、撫子だった。姉である小町をサポートするために作られたドールという背景を持つせいか、彼女は小町を崇拝に近い形で慕っているのである。撫子の前で姉のことを悪く言うのは、彼女を怒らせるだけだ。
「Ha! Japanのdollなんてたいしたことないじゃない! 私に勝った薫はAmericaのdollよ! Japan dollで私に勝ったdollは1人もいないのよ?!」
「シュティールはんは、日本のドールどすえ?」
 冷めた目で小町がレイスターを見る。ついでに言えば、薫はアメリカで作られただけであり、アメリカの会社が作ったドールではない。
「あれは、薫と組んでたから勝てたようなものだわ!」
 小町の指摘をレイスターは、鼻を鳴らして反論する。  レイスターの言うことは、あながち間違いでもなかった。デビューのタッグ戦で負けた後の試合は、全て勝利をおさめているのである。ただ、その勝ち方はというと、お世辞にもスマートとは言いがたいものがあるのだが……結果は結果だ。
「私が本気を出せば、アンタなんかちょちょいのちょいってヤツよ!!」
 気おされしていたのは過去のこと。舌が良い具合に回りだし、レイスターはアメリカのドールに比べて日本のドールはここがダメだとか何とか、評論家のように語りだす。
「黙って聞いていれば貴様……っ!」
 撫子が彼女に掴みかかりかけたその時──
 バシッ! 小町が扇子を自身の手にたたき付けた。
「なッ……なによ……!? 何か文句でも……」
 自分を見据えるペリドットの双眸に炎が揺らめいているのを見て、レイスターは頬を引きつらせる。ここで「ごめんなさい」と素直に謝ることができたらよいのだろうが──あいにく彼女はそんな殊勝な性格はしていなかった。
「私は事実を言ったまでよ?! 最近は飛行typeのdollも出て来たようだけど……Americaに比べたらまだまだ……」
「よろしおす」
「は?」
 小町の発した言葉の意味が分からない。一体何が良いというのか。
 彼女の発言の意図が分からず、レイスターが目を真ん丸にしていた。そんな彼女へ冷ややかな一瞥を向け、扇子で口元を隠した小町は、こう言った。
「そんなに負けを経験したいんどしたら、わらわがお望みどおりにしてさしあげますよって、楽しみにしといておくれやす」
「……は! 空も飛べないアンタが、私に勝とうっての!? Japanese jokeは笑えないわね!!」
「レイスターッ! 貴様……っ!!」
「撫子。わらわはかましまへん。笑いたいだけ笑わしとったらよろし」
 小町の表情は涼しげであるが、双眸は決して笑っていなかった。
「ほな、レイスターはん。詳細は後日……」
「上位ランクのアンタを蹴落として、私が上位に入るってわけね。Good! せいぜい今のうちに上位の椅子の味、堪能しとくことね!!」
 おーほほほと高笑いをしながら、レイスターはコミュニケーションルームから出ていった。その背中を悔しげに見送った撫子は、小町に向き直ると
「姉上! こう申し上げては何ですが……姉上の性能ではレイスターと戦うのは不利です! お願いします。奴との試合は、この私に……!」
「宣戦布告したのはわらわどすよって、相手はわらわが務めます。わらわの可愛い妹をあすこまで言われて黙ってるやなんて……わらわにはできまへんよってなぁ……」
 ふふふと、低い笑い声をこぼす姉の姿を見た撫子は、この場から逃げたい衝動に駆られてしまった。
 今からでも遅くはないから、レイスターが謝りに来ればよいのにと、ありえないことを思う撫子である。
(レイスター、どうなっても私は知らないぞ?!)


 コミュニケーションルームを後にした小町と撫子は、すぐさまこのことを自分たちのマスターである桐野匠に話した。その場には、匠はもちろんのこと、小町ら姉妹の開発・調整を行っているローレン研究室のスタッフもいる。
 姉妹の話を聞いた研究室は、上のものを下にの大騒ぎになった。姉妹の開発者であり研究室の室長ではあるカルロス・ローレン教授は娘のサンディと共に、従兄弟の結婚式へ出席するため、本日アメリカに帰国しているのである。 「大殿は不在どすけど……わらわはレイスターにお灸を据えてやりたいんどす……!」
 膝の上で拳を握り、小町は訴えた。彼女が言う大殿とは、もちろん研究室の室長であるローレン教授のことである。
主殿あるじどの 、私からもお願いいたします! 姉上とレイスターの試合、なにとぞお許しいただきたく……! レイスターをあのままにしておいては、社全体の士気に係わるかと──!」
 姉妹は強く主張した。2人の主張は、レイスターの態度を改めさせるためには、1度痛い目を見せないとダメだというものである。
「そうは言っても……ねえ?」
 スタッフたちは困り顔で顔を見合わせた。姉妹の気持ちは分からないでもなかったが、試合には、上層部の許可が必要である。今のような理由での試合申請が、果たして許可されるものかどうか……。
 動揺するスタッフたちと違って、姉妹の主人である匠は比較的落ち着いていた。。彼はローレン研究室の最年少スタッフであると同時に、研究室の副室長という肩書きを持つ天才工学者である。
 話を聞き終えた匠は「分かった。上と掛け合ってこよう」
 それだけを言って、席を立った。スタッフたちへ何がしかを指示し、彼は研究室を後にし、上層部のいるフロアへ出かけて行ったのだった。
 小一時間後、
「上層部の許可が出たよ。これから試合まで、休みはないからね」
 小町と撫子にとっては朗報だが、スタッフにとってはありがたくない話である。しかし、嫌な顔をするスタッフは1人もいなかった。
「分かりました。寝る間も惜しんで働きますよ!」
「レイスターの鼻っ柱、へし折ってやりましょうね!!」
 口々に小町へ激励を飛ばし、自分たちの仕事へ取り掛かっていく。そのきびきびした動きに、姉妹は逆に驚かされるばかりである。
「あ……あの……」
「まだ少し先のことだと思っていたんだけど、今回のことで予定が早まってね。順番に話をしようか」
 にこにこと微笑む匠は、小町の頭を優しく撫でた。彼は小町の隣に腰を下ろしている撫子の頭もぽふぽふと頭を撫でてやる。姉妹が顔を上げるのを見て、匠は細い目をより一層細くして、うなずいてみせた。
「少し前からね、レイスターの態度や素行については上でも問題になっていたんだよ。自分より下にランキングされているドールへの態度とか、他のドールの武装盗難問題とかね」
 とはいえ、上から注意をしたところで効果のほどはたかが知れている。となると、彼女を止められる存在を用意すればよいのではないかと、考えていた矢先に今回の騒動が起こったというわけだ。
「レイスターを止められる存在となると、同じ中位ランクのドールでは難しい。今日の撫子のようなことになるだろうからね」
「……はい」
 うな垂れる撫子の膝をぽんぽんと気遣うように優しく叩き、匠は言葉を続けた。
「適任なのは上位ランクドールだ。つまり、アンジェラか小町のどちらかになるわけだけど──アンジェラはあやめさんの側を離れないからね」
 B社頭取の一人娘があやめである。アンジェラは、彼女の身の回りの世話などをしており、その側を離れることは滅多にないことだった。
「ということは、必然的にわらわがレイスターの……?」
「そういうことになるね。上層部としては渡りに船だよ。上の意向を悟られることなく、キミをレイスターにぶつけられる」
 ローレン教授には、先ほど連絡を取って許可をいただいているからねと、匠は笑った。
「だから、キミたちが落ち込むことは何にもないんだよ。キミたちは、レイスターに勝つことだけを考えれば良いんだ。そうそう、サンディは、負けたら許さないと言っていたからね。絶対に負けることはできないよ?」
「承知いたしました。元より負けるつもりはあらしませんけど……姫にも言われてしもたら──余計に負けられまへん」
 伏し目がちだった小町の視線は、上にあがる。その隣の撫子もきゅっと唇を引き結び、
「姉上、微力ながら私もお手伝いさせていただきます!」
 姉の勝利に貢献しようとやる気を見せた。
「撫子には、仮想レイスターとして頑張ってもらうつもりだよ」
 姉妹の結束を微笑ましく見守りながら、匠は言う。
「さて、ここからが本題だ。レイスターのことは抜きにしても、飛行能力を備えたドールが多くなってきているのはキミたちも知っているね」
 主の確認に姉妹は、はっきりとうなずき返した。
「一概に飛行能力があるから優れているとか、そういうことは言えないけれど……飛行能力の有る無しが試合運びを左右するのも確かなことだ」
 最近では、飛行機能を備えた遠距離攻撃型のドールが飛行機能を持たないドールを一方的に痛めつけるだけの試合というのも見られるようになってきた。
「今はまだ小町も撫子も性能差を埋めて勝利できているけれど、技術の進歩というのは早いからね……そう遠くないうちに性能差を埋められなくなる日も来るだろう」
 姉妹はうなずいた。それは、自分たちもよく分かっていることである。
「そこでね、何人かのドールに改装案が出ているんだ」
 匠は体の向きを変えると、側のコンピュータを立ち上げた。
「具体的に言うと、飛行能力や高い跳躍能力の追加、あるいは対空装備の追加などだね。改装案が出されているドールの中にキミたちも含まれているんだ」
「……では!」
「うん。先ほどの緊急会議で改装計画に許可が下りたからね。大急ぎで、小町を改装するよ。みんなをビックリさせたいからね、この計画は極秘扱いにしてもらったんだ」
 匠は、悪戯っぽい笑みを浮かべて姉妹を見た。こういうところは、彼の師匠でもあるローレン教授とそっくりである。
「殿、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。小町、撫子。これからも一緒に頑張っていこう」
「はい!」
 主の言葉に、姉妹は、はきはきと答えるのであった。


 ローレン研究室で姉妹の改修案が提示されている頃、レイスターはB社内の資料室にて、小町の過去の試合映像を見ていた。
「Wow! さすが……上位ランク……! 結構やるじゃないの!」
 十二単装甲のせいで、小町の動きはかなり制限されている。しかし、だからと言って距離をとってちまちま攻撃しても、十二単装甲のために大きなダメージは与えられない。
「昔女のweak pointはspeedと空を飛べないってトコのようね。その分、頑丈に出来ているようだけど……コスモライアットの一撃を使えば……」
 ふふふふ。モニタの明かりだけがぽつんと灯る室内で、含み笑いを浮かべるその姿は不気味以外の何者でもない。レイスターの頭の中では、早くも小町に勝利する己の姿が明確にイメージできはじめていた。
「捕まらなきゃ簡単に勝てる相手……あんなのが上位ランクだなんて、Japanのdoll界もたいしたことないわねー!」
 キャハハハとひとしきりはしゃいだレイスターは、映像資料をキチンと元の場所になおして資料室を後にした。移動する先は、開発スタッフが多くいる場所である。
「念には念を……スターライトウィングを改造して滞空時間を……おっと、Hey! Mr. !!」
 カツンカツンとヒールの音も高らかに通路を急いでいたレイスターは、前方に白衣を着た開発スタッフらしき男性の背中を見つけ、声をかけた。振り返ったやせっぽちの男性スタッフは、やっかいなのに見つかったと言いたげに、表情を歪ませるのであった。


 小町VSレイスター。このカードは、少なからず世間をあっと驚かせた。
 多くの世論は、何かの間違いではないかと疑ったりもしたのだが……現実のことらしい。その実力差を考慮されて、中位ランクドールと上位ランクドールが対戦することは、あまりないことであった。── 一方的な試合は見ていて面白いものではない。
 しかし、今回のこのカード。試合を申し入れたのは小町のほうからというから驚きである。レイスターから申し入れたというのならともかく、小町のほうから申し入れるなんて、 一体何があったんだろう? と多くのGDファンは首を傾げた。
 試合の発表があって数日後、小町とレイスターがB社内で言い争いをしたことが発端らしいという話がファンの間で広まった。それを聞いたファンは、そういうことなら、小町から申し入れることも十分ありうることだとうなずいたのである。
「どこに行っても問題を起こすんだな、あいつは……」
 ウワサを耳にした薫は、思わずため息をついていた。
 直接、試合を見に行っても良かったが、マスコミや何よりレイスターがうるさそうなので、薫はテレビ観戦を選択することにした。C社の1室、斉藤研究室のミーティングルームで、妹たちと一緒にテレビでの観戦である。
 部屋にいるのは、ファンの間で斉藤ファミリーと呼ばれるドールたち──斉藤洋子が開発した斉藤3姉妹こと薫君・雅様・麗と洋子の実弟斉藤朔が開発した乙姫・鳴神なるかみ の5人だ。
「実力や経験は小町さんの方が上だけど──」
「レイスターには飛行能力とスピードがある。小町には戦い辛い相手だろうな」
 妹の雅と共に薫は難しい顔で唸った。
「でもでも、小町さんにはその分、パワーと耐久力があるもん。トドメをさそうとしてレイスターが近づいて来たところを捕まえちゃえば……! 耐久力が低いレイスターじゃ、あっという間にやっつけられちゃう」
 どか〜んと言いながら、両手を大きく広げるのは斉藤3姉妹の末っ子麗である。
「それっくらいのこたァ向こうだって承知だろうサ。アイツの性格からすりゃあ、絶対に近づこうとはしねえよ。手前ェの銃で、遠くからズドン! ってなもんさね」
 麗の意見に口を挟んだのは、鳴神だった。彼女の大きな特徴である背中の雷太鼓も、オフの今は外されていて身軽なものである。
なるの言うとおりだな。私もレイスターならそうすると思う。が……」
「小町さんもそれくらいは予想できているはず」
「それもそうだよね。じゃあ、対レイスター用の対策を考えてるのね」
「考えてなきゃ、ただの阿呆さね。…………って、オト! 小町が改修しただなんてそんな情報どっから拾って来やがったァッ!?」
 鳴神のセリフの後半部分は、乙姫に向けられたものである。彼女、非常に無口で、喋ることはほとんどない。乙姫が喋れば、明日は雪か大地震などといわれるくらい、珍しいことなのである。けれど、パートナーの鳴神が通訳してくれるので、コミュニケーションには少しも困らなかった。
 乙姫の言いたいことは、鳴神にしか分からないと言っても過言ではないだろう。開発者である朔でさえ、彼女を通さねば乙姫とのコミュニケーションは困難だったりするのだ。
 乙姫の顔を見てなくても、鳴神は彼女の言いたいことを全て理解している。その能力は、神がかり的なものがあった。その一例が──
「なッ……!? B社にハッキングかけただぁッ?! ちょ……おま、ンなことやったのがバレたら厳罰モン……クリソベリルと一緒にやったから問題ねぇって、あたしゃ、ンなこと言ってんじゃねえんだよ!!」
 1人喋りながら、乙姫と口論できてしまうことだ。
「……いっつも思うんだけど、ナルちゃんってすごいよねー」
「……そうだな」
「オトとタッグを組めるのは、ナルだけだよね。本当」
 一人二役で口論をしている鳴神の姿を、3姉妹はつくづく感心して見つめていた。
 ミーティングルームに置かれた大型テレビからは、間もなく小町VSレイスターの試合が始まることを告げるアナウンサーの声が流れてきていた。


 小町とレイスターの試合場として選ばれたのは、B社が保有する試合場の1つで、『えん松原まつばら』と名づけられたステージである。雅な名前とは裏腹に、実際はただの偽物と本物の松が配された松林である。
「ここでやる試合を見んのは初めてだぜ。宴の松原なんて、小町にぴったりの場所だよな。お貴族様っぽくて」
 観覧席に座り、面白そうに笑うのはB社のアサミであった。その隣に座るセリアスは「それ、本気で言っているんですか?」とため息をこぼす。
「あ? どういう意味だよ?」
「宴の松原っていうのは、平安時代の政治の中心だった大内裏だいだいりの中にある松林のことなんですけどね……」
「なんだよ。平安時代が元ネタならますますぴったりじゃねえか。宴の〜ってなくらいだ。宴会とかやってたんだろ?」
 セリアスは無言で首を横に振る。あいにく、宴の松原で宴を催したというような記述は見受けられないらしい。その代わり、この場所は、当時から怪奇スポットとして有名な場所だったりするのだ。
「怪奇……スポット……?」
 アサミの額から頬へ、つつーっと冷や汗が落ちる。セリアスはうなずいた。今昔物語集こんじゃくものがたりしゅうには、ここで起きたバラバラ殺人事件などの話がおさめられているのである。
「……本当にぴったりだと思います?」
「…………俺が悪かった…………」
 2人の脳裏によぎるのは、滅多に見られない小町のもう1つの姿だ。
「あら、ぴったりじゃない。小町の対戦相手は、あのレイスターだもの。やってくれそうな気がするわ」
 両足をぶらぶらさせながら無邪気に笑うのは、B社の悪魔っ娘・アイビスである。姉のユートピルと一緒に行動していることの多い彼女だが、今日は別らしい。
「そういうこと言うなよ! 怖ぇじゃねえか!!」
「そうですよ! レイスターさんのことですから、そのへんもちゃんと把握してますって!!」
 アサミとセリアスは、必死に反論する。が、アイビスは平然とした顔で、
「レイスターのことだから、そのへんのことだけ、しっかり抜け落ちてると思うんだけど」
 さらっと言ってくれた。
「あ、始まるみたいよ」
 年上(に見える)2人が顔色を青くしているなか、少女はいつもどおりの表情でステージの中心に目を向ける。


 試合は、観戦に訪れたファンへの口上から始まった。
 お決まりの口上を右から左へ聞き流しながら、レイスターは呼吸を整える。  今日の勝利が明日の栄光に繋がるのだ。体が震えるのは、武者震いというやつである。
 空を飛べない小町の性能に考慮してか、ステージは松林が選ばれた。本物と偽物が入り混じった松は、上手く利用すれば跳躍の手助けになる。また、方々に伸びた枝は、飛行の障害になった。環境だけを見れば、レイスターにとっては不利な状況といえるだろう。
 上位と中位のランク差も、飛行能力の有無という点から、環境にこれだけのハンデが与えられてしまうのである。
 もっとも、この環境はレイスターにとっても想定範囲内の事柄だ。
 小町の性能では、フェイクの松を利用しても跳躍の助けにはならない。彼女のボディを守る十二単装甲が当人の動きを制限し、ジャンプしても枝に届かない可能性のほうが高いのである。万一届いたとしても、今度は枝自身が小町の重量を支えられない。
 つまり、松林はレイスターの飛行の妨げになるくらいでしかないというわけだ。考え方を変えれば、松林はレイスターが身を隠すのにも役立ってくれる。
「ふふふっ。ここから、輝く流星、レイスター様の真のlegendが始まるのよ!!」
 目を閉じて集中力を高めていたレイスターは、かっと両目を開ける。と同時に、
『アメリカ帰りのスーパーガンマンッ! 輝けるぅ〜っ流星っっ!! レイッスタァーーーッッッッ!!!』
 アナウンサーが、レイスターをステージへ誘った。
「OK! Let’s go!!」
 背中のスラスターを起動させ、レイスターは空からステージの中心へ向かう。戦闘機ばりのアクロバット飛行を見せながら、彼女は愛用の2丁拳銃を構える。
 レイスターの目には、松林の間に見え隠れするいくつもの的が映っていた。試合前のパフォーマンス用に用意されたバーチャルターゲットである。
「Shot!!」
 レイスターは、これらの的を全て射抜き、ステージの中央へ降り立った。  2丁の銃をくるくると指先で回し、西部劇のガンマンがするように定位置に納める。
(ふっ……決まったわね。こんな登場の仕方、昔女にはどうあがいても無理でしょうよ!)
 表情はクールさを装っているものの……内心は得意絶頂のレイスターであった。
 観客席からは、彼女の派手な登場に歓声と大きな拍手が巻き起こり、早くも試合への期待が高まりつつある。ファンの熱気とは反対に、試合場のレイスターへ冷めた視線を送る者たちもいた。一番身近なところでは、観客席に座るB社在籍のドールたちであった。
「あいっかーらず、派手な登場だぜ」
「……命中率は76%ってトコね」
「バーチャルターゲットで良かったですね。レイスターさん……」
 実物の的があるわけではないので、当たらなくても、当たったように見せかけるくらい訳のないことである。やれやれと肩を落とすアイビスとセリアス。アサミはというと、
「本当に大丈夫なのか? アイツ」
 後輩への心配を募らせるのであった。
 レイスターの登場に引き続き、小町がステージへ入場してくる。大きな声で紹介されたレイスターと違い、小町の紹介は落ち着いた雰囲気のものとなった。
『迎え撃つは──平安の貴妃きひ ……やわらの舞姫! 小町っっ!!』
 花道に進み出て来るのは、撫子が先導する牛車である。試合には忍び装束で臨む彼女だが、ステージ登場時は平安時代の男性貴族と同じ着物に袖を通していた。BGMには雅楽が流れ、何とも雅やかな雰囲気である。
 牛車がステージの中央へ到着すると、車を引いていた牛が離れた。この牛、見た目は普通の和牛だが、ローレン教授が妙なこだわりを持って作成した牛ロボットだったりする。
「姉上……お手を──」
 車に掛けられていた布を上げ、撫子は中にいる姉へ手を伸ばした。
 その手を取るのは、紅色の十二単に身を包んだ平安の姫君である。試合直前という、緊張感が張り詰めるときであるにも係わらず、撫子の姉、小町は涼しげな顔をしていた。
 牛車から姿を見せた小町は、右手に持った扇で顔の大半を隠している。撫子は、誇らしげな気分で姉の手を引き、レイスターの前へ導いた。
「ふん。もったいぶるほどの顔じゃないでしょうに」
 目の前に現れた対戦相手へ、レイスターは冷笑を向ける。思わず激高しかけた撫子だったが、自身の手を取る姉の手がそれを制した。
 振り返れば、優しげな色を浮かべた姉の目と合う。
「はばかりさま」
 姉からの労いの言葉。撫子は、「いえ……当然のことをしただけです」
 はにかんで答え、ステージから退場した。試合をしない自分が、レイスターの挑発にのせられてどうすると、己の未熟さを反省する。
 面白くないのはレイスターのほうだ。
「ちょっとちょっと! 私は無視ってわけ?!」
 一向に自分を見ようとしない小町へ、怒りの言葉を向ける。平安の姫はというと、
「あぁ、かんにんどす」さも今気づいたといわんばかりの態度で応じたのであった。
「なっ……!? アンタねぇっ! 一体誰と試合すると思ってんのよ?!」
「今、わらわの前にいはるんは、あんたさんしかおらしまへんえ。ご希望通りわらわがきついお灸すえたげますよって、楽しみにしときなはれ」
 顔を隠していた扇が、すいっと十二単の奥にしまわれる。小町は、気品ある微笑を浮かべているものの……ペリドットの双眸は少しも笑っていなかった。
「くっ……! えっ偉そうな口をたたいていられるのも今のうちよ! 覚悟するのは、アンタのほうだわ!!」
 小町の迫力に気おされしつつも、憎まれ口を忘れないレイスターである。
 試合場の中央に2人が揃ったのを見て、レフリーが禁止事項を述べていく。
今更説明されるまでもない事ではあるが、これもセレモニーのようなものだ。
『それではーーっ! ……ヴァルキリィ……グラップ!』
 ステージ外にいる実況アナウンサーが叫ぶ。
「レディー……!」レフリーが続く。

「「ファイッッ!!」」

 レイスターと小町が同時に吠える。
 吠えながら、組み合うために前へ出た小町と違い、レイスターはスラスターを噴かせて後方へ大きくジャンプ。上空に止まると、愛用の拳銃、コメットランサーとメテオセイバーを抜いた。
「わざわざ相手の得意フィールドで戦うバカなんているわけないわ!」
 口角を持ち上げて笑い、拳銃の引き金を引く。
「予想通りどすなあ……!」
 レイスターが後方上空へ飛んだ時点で、小町は急停止。さっと両腕を上げ、顔を庇う。拳銃のビーム弾が着弾したのはその直後のことであった。
「空から狙い撃ち……それが合理的なAmerican styleよ!!」
 引き金を引くのは、1度や2度ではない。レイスターは、連続して引き金を引いていく。相手は反撃の手段を持たないのだから、当て放題である。十二単装甲を着用している以上、小町のスピードでは、レイスターの放つ弾丸を避けることも不可能だ。
「アンタは、私に手も足も出ないまま、負けるのよ!!」
 キャハハハハと笑いながら、レイスターは手を休めることなく、銃を撃ち続ける。
 そのうちのいくつかは、小町には当たらず、地面に着弾。間もなく平安の姫は土煙に包まれて見えなくなってしまった。
 観客席からは、開始直後からの派手なパフォーマンスに大きな歓声があがる。
 その歓声を右から左へ聞き流すのは、小町側のマスターシートであった。特に慌てた様子もなく、5名ほどのスタッフが黙々とそれぞれの作業に従事している。
「……着弾率は約80パーセント。小町自身の損傷はいたって軽微。試合続行には、何の問題もなし──と……」
 コンピュータがはじき出した結果を端的に読み上げ、匠はふぅんと小さくうなずいた。
「彼女、滞空時間向上の改修でもしたのかな?」
「姉上への対抗策ならば、それくらいのことはしていても不思議はないかと……」
 マスター席のすぐ横では、撫子が待機している。小町の単独試合であっても、万一のことを考えて撫子は常にリング側に控えているのだ。
「ん、ああ。それはそうなんだけど……じつは、キミたちの改修ファイルを覗かれた形跡があってね……。犯人は彼女じゃないかって疑っていたんだけど……」
 違うのかな? と匠は頭をかいた。もしも、レイスターが小町の改修ファイルを覗いていたのなら、滞空時間の向上以外にも策を考えているはずである。
「小町。平気かい?」
『もちろんどす。ただ……このまま耐えとるのも何やアホらしゅうて──』
 通信機から聞こえてくる声は、今にも欠伸が漏れそうなくらいのんびりしたものだった。損傷率は低くても、一方的に的にされていれば、腹が立つものである。匠はそれを心配したのだが、この様子では平気そうだ。さすがだねと苦笑いをこぼした青年は、
「僕の今の予想では、このままの戦法をとり続けるだろうね」
『……レイスターはん、わらわたちの改修ファイルを覗き見てるんとちゃいますの?』
「覗いていたら、同じ場所に止まり続ける愚はやらないと思うんだよね」
「そうですね。飛行能力は持たなくても、跳躍能力に優れたドールとの対戦では、小まめに滞空移動しています」
「一方、飛行能力・跳躍能力ともに低いドールに対しては、上空からの一方的な射撃で勝利をおさめているパターンがほとんどで、今のところこのパターンから外れた行動はとっていません」
 匠の意見を裏付けるように、スタッフが試合前に集めてきたデータを元にした意見を述べた。
 小町と撫子、この2人のドールをサポートしているのは、マスターをつとめる匠だけではない。事前に情報を集めるのはもちろんのこと、試合中もデータの収集解析につとめ、相手ドールの行動パターンの把握に努めているのである。
 それは、匠を通して試合をしている小町や撫子に伝えられ、2人はそこから自分の行動を考えるのだ。ローレン研究室では、スタッフ一丸となって小町と撫子のサポートをしているのである。
『わらわたちの改修ファイルを覗いたんは、別のお人っちゅうことどすか? レイスターはんが演技をしとるいうようなことは──』
「キャハハハハッッ! これが世界基準グローバルスタンダード のbattle style って奴なのよ!!」
『………なさそうどすな……』はあというため息がもれ聞こえてくる。
「そのようだね」
 拳銃の引き金を引き続けるレイスターへ、匠は苦笑いを向けた。もちろん、マスターシートにいる青年のことなんて、彼女はかけらも気にしてはいない。
「レイスターには、専属のマスターも開発者もいない。仮とはいえ、マスターのアドバイスにも耳を貸さないようだから……あちら側のマスターシートには緊張感がない」
 向こうのマスターシートにもこちらと同じく、5名ほどのスタッフがつめているが、だらけた雰囲気があるのは否めない。勝っても負けてもどっちでも良いという雰囲気が、ありありと見て取れた。
「それでは、レイスター側のマスターシートの動きは警戒しなくても良いと?」
「注意は必要だろうけど、警戒まではしなくても良いんじゃないかな?」
 実際に戦うのは、ドールたちではあるが、GDというのはチーム戦だと匠は考えていた。ドールと信頼関係を築き、彼女たちが勝利を得られるよう、落ち着いてアドバイスすることがマスターの役割だというのが青年の持論である。そのためには、優秀なスタッフたちによる情報の収集、解析は必須だ。
 そういう意味では、レイスターのチームはなっていないということになる。
「向こうのマスターシートはこちらで見ているから、キミはレイスターだけを見ていれば良いよ。お披露目のタイミングも任せるから」
『おおきに』
 銃撃に耐えながら小町は、そっと目を伏せた。主の信頼が無条件に嬉しい。
 こういう時、小町はある2人の人物を思い出すことが多かった。もはやクセと言っても良いだろう。
 彼女が思い出すのは、匠の前のマスターだった。
 1人は、小町に全てを任せようとした。
 もう1人は、小町と撫子の全てを思い通りにしようとした。
 小町の暴走癖は、小町のAIとマスターの思惑のズレによるストレスが原因だとローレンは判断している。そこで、彼が目をつけたのが匠だった。高校生ながら、天才少年と呼ばれ、ローレンの研究室に出入りしていた少年へ
「Youだったら、小町と撫子をどう采配するかな?」
 ローレンは、世間話の延長のような口ぶりで匠に質問したのである。
「僕なら……ですか?」
 教授の質問に匠は、考える素振りを見せ、いくつかの意見を口にした。それを聞き、ローレンは彼を姉妹のマスターとして登用することを決めたのである。当初はB社内でも異論が巻き起こった人事ではあったが、結果はローレンの目が確かだったことを示した。
 下位と中位の間にランクされていた小町は、匠のアドバイスの下で確実に戦果を上げ、上位ドールへ名乗りを上げるまでになったのである。
 結果として、小町の暴走は殆どなくなったわけだが──ダメージを受けすぎるとバーサク化という半暴走状態に陥ってしまうけれども──十二単装甲は彼女のキャラクターを示すものとしてそのまま採用されていた。
「……調子に乗ってほたえるのもここまでどっせ……」
 試合中のデータを元に、マスターシートで解析したデータが送られてくる。それを元に、小町はレイスターの位置を把握した。
「殿、背面の装甲を外しておくれやす」
『了解』
 十二単装甲の解除を小町が行えば一度に全て外れてしまうが、匠からの指令であればパーツごとの解除も可能である。背面の衣が小町のボディから外れると、衣に張り付くような形で収納されていたパーツが半回転し、背中にしっかりと接続された。その形状は、蝶の形を模した帯である。しかもこの帯、スラスターになっている。
『袖のほうはどうする?』
「左から順にお願いするどす」
 答えた小町は、ガードを両腕から右腕1本に変更した。だらりと下に伸ばされた左腕の赤い衣がバシュっという音と共に、下の縫い目のところから上下に展開。些少ながら縮まり、ひし形のシールドとして形成された。
 袖がシールドに展開したことにより、前面部の装甲も外れる。
 ガードする手を左から右へ変えれば、続けてこちらも同じようにひし形の盾に姿を変えた。
「いちびりも大概にしときなはれや……!」
 右腕の盾の先をレイスターのほうに向け、小町は盾に搭載した扇を射出する!
「What!?」
 土煙の中から飛び出して来たVの字型の何かに、レイスターはぎょっと目を丸くした。かろうじて避けることができたそれは、扇子のような形をしている。
「扇子? ……昔女の新装備かしら? 飛べない分をこんなもので補おうってワケ?」
 底が浅いわねーと笑いかけたその時、ふと影がさした。
「どこを見とるんどす? レイスターはん……?」
「なっ……?!」
 振り向けば、してやったりと会心の笑みを浮かべる小町の姿があった。レイスターと同じ位置にまで跳躍してきた彼女は、なじみの十二単姿ではない。弓道選手のようなスタイルに両腕には大きなひし形のシールドを装備した、まったく新しい姿をしている。
「油断大敵どすな」
 言いながら、小町は組んだ両手をレイスターの頭へ打ち下ろした!
「がっ……?!」
 一瞬、頭の中が真っ白になる。目から星が出るという表現がぴったりだ。その空白の一瞬、レイスターの自重を支えるスラスターが機能を停止。彼女は、地上へ降下し始める。
「どうなってンのよ!?」
 地上へ激突する前に意識を取り戻したレイスターは、スラスターを再機能させ、地上への激突を防いだ。くらくらする頭を押さえつつ、小町との距離を取る。
「何よ、その恰好……」
 十二単装甲を外した小町に鈍重そうなイメージはない。スピード重視へコンセプトを変更したというわけではないようだが──今までのようなパワーと耐久性を重視したタイプとは異なっているようだというのは明らかである。
「いつまでも昔のままやと思うほうが、どうかしとるんどす」
 小町は微笑むと、半身を引き、合気道のような構えをとった。
「Oh〜……改造したってワケね……OK,OK……そうこなくちゃ面白くないわ」
 ぺロリと唇の端を舐め、レイスターは口角を持ち上げる。


『お〜っと! これは驚いたぁ!! 小町がパワーアップしているぅぅっっ!!』
『あぁ今、資料が届きましたね。改修したからと言って名称に変更はないようですが……そうですね、仮に小町御前とでも呼ぶことにしましょうか──』
 実況、解説席は大興奮だ。試合を見に訪れたファンも、予想しなかった小町のパワーアップに大盛り上がりである。
「マジかよ!?」
「小町さんが改修されてたなんて!?」
 アサミとセリアスも、ファンと一緒になって目を丸く、ぽかんと口を開けた。
「ちょっと、黙って! 解説が聞こえないわ!!」
 アイビスが甲高い声で怒鳴る。ファンの歓声にかき消されないようにするためか、心持ちマイクのボリュームが上げられたらしい。
『小町御前は、背面に大きなスラスターを装備したことで大きな跳躍力を得たようですね。十二単装甲を外した分、身軽になっていますから……この跳躍力があれば、飛行能力を持つドールとも対等に渡り合えるでしょう』
『なるほど。ですが、装甲を外してしまっては防御力の低下を招きませんか?』
『それを補うのが、両腕のシールドですよ。これは、十二単装甲の袖を流用していますからね。大きさもありますし、防御力は以前と殆ど変わらないんじゃないでしょうか』
 これは、今まで以上に厄介なドールになりましたよと、解説者は興奮気味に話す。
『十二単装甲は、小町のキャラ付けという点では重要なものですが、彼女の性能を著しく損ねさせる足かせでもあったわけです。起動したばかりの彼女は、今のスタイルに近い姿で試合に臨んでいたんですが……記憶にないですかね?』
『そう……だったでしょうか? すいません、ちょっと記憶にないですね〜』
『小町が女武芸者のようなスタイルで試合に出ていたのは、半年ほどの短い期間でしたからね。覚えているファンは少ないかも知れませんね。当時はランキングも低かったですし』
『そうなんですか? 小町は参戦当初から、上位ランクに登録されているものとばかり思っていましたよ……』
 しきりに感心するアナウンサーの声に、ファンもみなうなずいた。解説者はというと、
『あまり知られてはいませんが、小町も結構苦労を重ねてきたドールなんですよ』
 しみじみとした口調で答えるのであった。


「Hey, Mr. ……昔女…っと違った……小町のデータをちょうだい」
 エメラルドの瞳に小町の姿をとらえたまま、レイスターは自分のマスターシートへ通信を送った。彼女の言うデータとは、一般に公開される機体データと共に今まで収集した情報の解析データの2つのことである。
 一般公開用のデータなど、機体設計コンセプトと主武装が分かるくらいでほとんど役に立たない。それでも、敵の手の内を大まかに知る目安くらいにはなる。
 程なく送られて来たデータによると、アナウンサーに言わせるところの小町御前は、高い跳躍力を備えた機体のようだ。装備はフチが刃になった両腕のシールドとそれに内蔵された扇形の射出武器らしい。なぜ扇なのか不思議だが、小町らしいのも確かである。
「……面白いと言わはったくせに様子見とは……連れないお人どすなあ」
 御前が天女のような笑みを浮かべた──その次の瞬間っ!
 スラスターを水平に噴かせた小町が、一瞬にして間合いを詰める。
「ふっ……!」
 今は鋭利な刃物と化したひし形シールドの先端が、一直線にレイスターの喉元へ向けられた。
「ウソでしょっ?!」
 ひっと悲鳴を漏らしつつ、レイスターはバックステップ。足が地面に付く前に、上空へ逃れ、威嚇射撃を開始する。今は小町を自分に近づけないことが重要だった。
「退避とは、芸のないことどすなあ」
 言いながら小町はシールドに装備された扇を射出する。レイスターの攻撃が、威嚇目的だと瞬時に見抜いた彼女は、防御する姿勢すら見せない。
「Ha! そんな挑は……What?!」
 セリフ途中で驚き声に変わったのは、コメットランサーで撃ち抜いた扇が爆発したからである。
「ウソでしょ!? 爆発物を仕込んでるわけ?!」
「元が撫子の煙玉どすから、威力はそんなにあらしませんえ」
「冗談じゃないわよ!」
 レイスターは吠えると、松林へ姿を隠した。試合中の動きを解析したデータを読み取る時間と動揺から立ち直る時間がほしかったからである。
「ニンジャgirlの煙玉って確か、手榴弾並みの威力を持っているはずでしょ!?」
 空を飛べる自分への対策として、クノイチ型のドール、撫子の装備を流用してくるのは想定内だった。彼女はクノイチを模しただけあり、手裏剣やクナイ、爆発物など対空装備として使えそうなものをいくつも所持しているからである。それらの武器を小町が使用する場合、撫子と同じ様な使い方をするだろうとレイスターは踏んでいた。
 ところが、である。
 小町は、煙玉を踏襲した扇は射出武器として使って来たのだ。手で投げた物が当たって爆発するよりも、道具で射出された物が当たって爆発したほうが、威力が高いのは当然である。
 ここは一刻も早く解析データを読み解いて、早々に対策を立てねばならない。
「Hey! 解析データはまだなの?!」
 松の枝に着地し、レイスターはマスターシートへ通信を送る。焦りから、怒鳴り声になってしまったが、この状況では仕方のないことだ。けれど……
『──と言われても、そんなのはないよ』
「What!? 何ですって?! どうしてないのよ!?」
 試合中も常に対戦相手のデータを集め、解析し、試合を行っているドールの求めに応じてそれを提供するのがマスターの役目の1つだったはずである。レイスターの言い分は最もなことだったのだが……
『試合前に必要ないって言ったのは、アンタじゃないか』
「…………………」
 レイスターの顔から、さっと血の気が……いやこの場合はオイルっ気だろうか? が引いていく。そうと知ってか知らずか、仮マスターからの通信は続く。
『飛べない、跳べない、そんな相手、レイスター様にかかれば楽勝! 余裕のよっちゃんってヤツよ! って大見得切ったのはドコの誰だったっけ? 座ってるだけで良いって言ったのもちゃんと覚えてる?』
 徹底した個人主義を貫くレイスターは、マスターの言うことを聞かないことでも有名だった。リーグ参戦当初は、彼女を勝たせてあげたくて、指名された仮マスターたちも情報解析やアドバイスなどを行っていたのだが……ちっとも耳をかそうとしないばかりか、しまいには「Shut up! 私には私のstyleってものがあるのよ!!」と怒鳴り返してくる始末。
 今では、誰も彼女の仮マスターをやりたがらなくなってしまっている。
『そういうわけだから、アンタお得意のアメリカンスタイルとやらで頑張ってよ』
「Wait! ちょ……Mr. !!」
 悲鳴に近い声で呼びかけてみても、マスターシートは無反応であった。
「Unbelievable!! ギリとニンジョーがJapaneseの美徳ってヤツじゃないの!?」
 こんなことがあって良いのと、レイスターは大いに嘆くが、100人に聞けばその全員が自業自得だと判断するに違いない。
 レイスターが悲鳴をあげているころ、小町は彼女を追って松林の中を走っていた。
「……さて、どこに隠れたんどっしゃろ?」
 近接格闘戦を主眼において作られた小町のセンサーは、ごくごく一般的な性能である。捉えられる範囲は、人間のそれと殆ど変わらない。このように視界の利かない場所で物陰に隠れられると、少々面倒なことになる。
「レイスターはんのことやから、上におるんは間違いあらへんのやろうどすけど……」
 索敵ということに関しては、マスターから位置データを送ってもらうことはできない。先ほど、投扇を射出したときはレイスターの行動を予測する元データがあったわけだが、今回は彼女の位置を予測できるようなデータがなかった。あるのは、レイスターが飛んだ方向とその時のスラスターの推測出力などから算出された最初の着陸予想位置だけである。
 それだって、小町の視界から外れた時点で、スラスターの出力を変更していたり、方向転換をしていたりすれば、意味のないものとなってしまう。
「やっぱり、おらへんどすな」
 周囲を見回し、小町は苦笑いを浮かべた。レイスターがいないことを確認してから、御前はやや腰を落として跳躍し、フェイクの松枝へ跳び上がる。
「いっそのこと、どこぞから狙撃でもしてくれはったらえぇのに……」
 ため息混じりに物騒なことを呟く。もちろん、コメットランサーの威力であれば、シールドの防御が間に合わなくても、試合続行には影響が出ないと判断しての発言である。
 コメットランサーとメテオセイバーを組み合わせたコスモライアットで狙われては、少々危険ではあるが、コメットランサーのエネルギー残量と照らし合わせるとこちらも1撃ならば、試合続行に問題ないだろうという匠の判断がでていた。
「このままやと、レフリーのコールが入りそうどすなぁ」
 あまりに長い時間、ドール同士の接触がない場合、レフリーが試合場中央に対戦者を呼び集めることがある。試合の長時間化を避けるためだ。
 この接触がない時間、どういう行動を取っていたかによってポイントが付けられる。逃げていたならマイナス。探していたり、あるいは何かを狙っていての潜伏だと判断されたなら、ゼロかプラスのどちらかになる。
「……アメリカにもコール制度はあったはずどすけど……忘れてたりしてはらへんやろな、レイスターはん」
 別に忘れられていても、小町はちっとも困らないのだが、不安だった。
「何だかんだ言いつつ、最後のツメが甘いお人どすしなあ」
 わらわもたいがい人がえぇどすなと、小町はため息をこぼす。
 それと重なるようにして、悲鳴に似たレイスターの声が聞こえてきた。
「ほんまに、ツメの甘いお人どすなあ」
 枝から枝へ飛び移るよりも、1度下に下りてからのほうが移動速度は速い。
小町は枝からおりると、スラスターの力を借りて、まるで兎のように軽やかに跳ねながら、レイスターのいる方向へ向かった。


「Oh my……やっぱり見つかっちゃったわね……」
 人間だったなら、冷や汗の1つでも浮かんでいるところだろう。レイスターは苦々しい顔で、こちらに向かってくる小町の姿を見つめていた。
「But 考えようによっちゃ、自分から当たりに来てくれてるんだもの。luckyだわ」
 ペロリと唇の端を舐めたレイスターは、コメットランサーを構える。
「昔女の性能じゃ、気づいても防御は間に合わないはず……」
 照準を覗き込み、銃口を小町へ当てた。狙うのは、最も装甲が薄い腹部である。
 移動に専念しているため、小町の動きは単調だった。周囲への警戒は怠っていないようだが、警戒していれば全ての攻撃を防げるというものでもない。
「このAmerica帰りのsuper gunmanにかかれば、上位dollだろうと近接戦闘型なんてお呼びじゃないのよ……!」
 この試合に勝てば、ランキングは大きく上がる。そうなれば、ランキングの差異を理由に試合を断っているC社との薫も断ることはできなくなるはずだ。
「OK! Fire……!!」
 コメットランサーから放たれた閃光が、小町に向かって一直線に伸びる! 「しまっ……!」
 目指す方向がチカリと光ったとき、小町はコメットランサーが、狙撃銃としても使用できることを失念していた自身のうかつさを責めた。この次にくる攻撃も簡単に予想できる。
 間に合わないと分かっていても、少しでもダメージを軽減させたい。
 小町は両腕のシールドを体の前に移動させる。──が……
「あ…ぐぅっ!」
 コメットランサーから放たれたビームが腹部に突き刺さる。その衝撃で、小町の体が弓なりに仰け反った。そこへ、レイスターの追撃……コメットランサーとメテオセイバーを合体させた武器、コスモライアットの1撃が小町を襲う。
「がは……っ?!」
 AIの思考回路が、一時停止する。
「小町──!」
「姉上!?」
 小町側のマスターシートが騒然となった。
 データの収集解析に携わっていたスタッフが、彼女の損傷率について、次々とデータを読み上げていく。それらのデータを総合的に判断すると、試合続行は可能だが、かなり厳しいものとなったようだ。
 コメットランサーとコスモライアット、連続で使用してくるとは想定外である。
「小町! 小町っ……!」匠は何度も呼びかけるが、返事はない。
「この損傷率……危ないな。撫子、すぐに出られるように準備を……!」
「はっ……!」
 うなずいた撫子は、動き辛い着物を脱いで身軽な服装へと変わる。
 匠はすぐさま、レフリーへある懸念を伝え、撫子の試合場進入許可を申請した。
「フフフフフ アハハハハ ハーッハッハッハ!! 上位dollだろうが、このレイスター様にかかれば、ざっとこんなものよ!」
 仰向けに倒れた小町を見下ろし、レイスターは3段笑いを活用して自らの勝利を誇示した。小町の腹部からは、うっすらと白煙が立ち昇っている。その傷具合を見るに、エネルギー不足で完全に撃ち抜くことは出来なかったようだ。
「どこまでも頑丈なdollね」
 レイスターは呆れ顔で小町を見下ろす。その時だった。
「……わらわにこの仕打ち…………」
「Wow! まだ意識があったの? 驚きだわ。でも、その傷じゃ試合続行は不可の──」
 言いかけて、レイスターはやめた。小町が、幽鬼のように起き上がったのである。
「ウソでしょ?! まだやれるっていうの!?」

「──許しまへんえ!!」

 顔を上げると同時に、ヘッドセットに付属しているパーツがバシャッ! と跳ね上がる。
「What!?」
 レイスターがぎょっと目を丸くすると同時に、観客席のほうから大歓声が聞こえてきた。
『おぉ〜っと、これはっ! 小町御前、バーサクモードへチェンジだぁっっっ!!!!』
 実況アナウンサーが嬉しそうに絶叫する。一方、レイスターは大いに焦っていた。バーサクモードなんて、自分の知識にはないからである。
「Hey, girl……Are you all right?」
 恐る恐る問いかけてみるが、返答はない。
 というより、獣のような雄叫びで返されてしまった。
 小町の双眸が、危険な色を灯し炯々と光っている。
「は、話し合いってとっても重要だと思うのよ」
 レイスターはじりじりと後ずさる。まるで蛇に睨まれた蛙のような気分だった。
「話し合えば、分かり合えないことなんて何にもないわ。そう思わない?」
 小町は、肉食獣のような声で吠えると、スラスターをふかせて一息で間合いを詰めた。
「ひぇ〜〜っ?! ヘッ……Help me!!!」




「姉上!」
「………………撫子どすか?」
 ふと気がつくと、目の前に撫子がいた。どうしてここに妹がいるのだろう? 小町は軽く目を見張る。──直後、腹部に鋭い痛みが走り、小町はその場に膝をついた。
「姉上、大丈夫ですか!?」
「大事あらへん。そんなことより、試合は……?」
「もちろん、姉上の勝ちです」
 撫子の視線の先には、ボロ雑巾のようになったレイスターが、ぴくぴくと四肢を痙攣させていた。あは、あは、あははははと乾いた笑いをこぼしているのは、現実逃避をしているせいかもしれない。
「…………またやってしもうたんどすか?」
「えぇ」
 レイスターから目を逸らし、撫子はこっくりうなずいた。いつぞやの悪い予感が見事に的中してしまったなと、心の中でため息をつく。
「そうどすか。まぁ、やってしもうたんは仕方あらへんどす。レイスターはん、ぶぶ漬けの用意をしてきますさかい、もうしばらくそこにおらはったらよろし」
 扇を取り出した小町は、それで口元を隠し、涼しげな口調で言った。
「Unbelievable…………! 昔女にこんなmodeがあったなんて…………」
 ピーポーピーポー。救急車でお馴染みのサイレンを響かせながら、レスキュードールが担架を持ってレイスターの元へ駆け寄ってくる。
 その頃、観客席ではB社ドールたちが何ともいえない顔をして巨大モニタを見つめていた。アサミは気まずそうな顔で、耳の後ろあたりをかいているし、セリアスは俯いて大きなため息をこぼしている。アイビスはというと「さすが……! 期待を裏切らないわね」
 うふふふと笑う顔は、どこか生ぬるさを漂わせていた。




 それから数日後。B社のコミュニケーションルームにて、レイスターは再び吠えていた。
 今の彼女は、ノーマルボディを使用している。試合用のボディは、小町にボロ雑巾のようにされてしまっため、フレームから総取替えという事態になってしまったのだ。
 レイスターの試合復帰には、まだ少し時間がかかる。それはともかく、彼女が不機嫌な理由はただ1つ。先日発行されたGD雑誌の掲載記事が気に入らないからだ。
「なんっなのよ!? これはっっ!!」
 彼女が指す記事は、先日行った小町との試合のものである。記事を要約すれば、レイスターに小町の相手は無理だったのだ、というような内容だ。
「途中までは悪くない内容だったじゃない!!」
 確かにそのとおりなのだが、小町のバーサクモードの印象が強烈だったのである。最近では、バーサクモードになることが稀だったことも一因だろう。──大抵のGDは、これ以上やるとバーサクモードになってしまうと判断した時点で試合を降りてしまうので──
「こんなのって、ないんじゃないの?!」
「オイ! ウルセェよ! ぎゃあぎゃあわめいてるんじゃねえ!」
 レイスターに注意をしたのは、アサミだ。
「何よ!? Break heartの私にケンカ売ろうっての?!」
「ハ! 何がブレイクハートだよ! テメェのは自業自得じゃねえか!!」
 もともと喧嘩っ早さには定評のあるアサミである。
 たちまち一触即発の状態になり、コミュニケーションルームに火花が飛び散った。巻き添えになるのはゴメンだと、その場にいた下位ドールはそそくさと逃げていく。そこへ、
「2人とも、何しとるんどす!? ここはほたえるとこと違いますえ! ケンカやったら外でしはなれ!!」
 小町の怒声が飛んできた。どこかへ出かけるのか、妹の撫子ともども訪問着に袖を通している。人間だったら、青筋が立っているに違いない。そんな小町の表情を見たアサミは、あからさまにしまったという顔をし、
「Oh! Sorry! 用事があったのを思い出したわ! See you!!」
 レイスターは乾いた笑い声をあげると、さかさかさかーっとコミュニケーションルームから逃げていった。
「早っ!」
 その逃げ足の早さっぷりに、アサミは思わずしゃくれ顎になる。
「……効果覿面ですね。姉上」
 レイスターと小町の試合が実現したのは、B社上層部がレイスターの注意役として小町を指名したことが大きな理由である。上が期待した効果は、想像以上に発揮されているようだ。
「そのようどすな。まあ、どうでもよろし」
「はい」あっさりと撫子はうなずいた。
「ほな、アサミはん。わらわたちはこれで。ほたえるんも結構どすが、場所柄はわきまえてくれはらんと──」
「あーあー、分かってるよ。俺が悪かったって」
 聞きようによってはちっとも反省していないようにも受け取れるが、そうでないことは小町も撫子も分かっている。アサミは素直にごめんなさいが言えない性格なのだ。
「って、どっか出かけんのかよ?」
「姫と大殿を迎えに行くんだ」
「あぁ、あの……」
 そういや最近姿を見てなかったなと、アサミは頭をかいた。ローレン親子はB社でも飛びぬけてテンションが高いため、いればすぐに分かる。
「ほな、失礼するどす」
「じゃあな」
「おう。気をつけてな」
 コミュニケーションルームを後にする姉妹に、アサミは手を振った。
「さあって、それじゃあ俺は雪乃の迎えに行くとするかな……」
 う〜んと腕を上に伸ばし、アサミはバイクを停めている駐輪場へ向かうのだった。


「くっそ〜ぉ! 昔女め、いつか絶対にギャフンって言わせてやるから!!」
 観葉植物の陰に隠れて、レイスターは社から出て行く小町と撫子の背中を睨みつけていた。ギリギリと奥歯をかみ締め、悔しそうにしているその姿は、傍目から見ると不審者以外の何者でもない。
 その場に居合わせたGDやらB社社員やらが、ひそひそと小声で話しているのだが……それは、レイスターの耳には全く届いていないようである。


(紅梅=忠実・高潔・上品・忍耐)  


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