愛用のスナイパーライフルを腕に抱え、彼女は目を閉じた。
 その耳に届くのは、人々の熱狂的な歓声。己の名を呼ばれれば、あの渦の中心に赴く。
 闇の世界に生まれた彼女は、自身の意思でそこから逃げ出した。けれど、闇の住人だった事実は、今も彼女を捕らえて放さない。希望の後に訪れる絶望。いつの頃からか、彼女は自らの死を望むようになった。
 それに待ったをかけたのが、彼女の手を取り光の世界への道を開いた高尾東吾博士だった。彼は、どうにも抗えないのなら受け入れるべきだとし、彼女を麗しき鋼の乙女たちの戦場へ誘ったのである。
 光溢れる先から、彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
『今夜は、ニューフェイスを紹介しよう! 一撃必中、脅威の超狙撃手スペシャルスナイパー!!』
「海自のかずさじゃ。相手にとって不足はなかろう」
 高尾博士の言葉が脳裏によみがえる。
「ええ、博士のおっしゃるとおり……」
 かずさは、その圧倒的な耐久性とパワー、火力を誇る強豪ドールである。彼女を捕まえて放さない闇の呪縛が、光の世界でその威力を減じられるかどうかの試金石として、これ以上の相手は──デビュー戦であるため、ランキング上位のGDとの対戦は叶わないのである──望めない。
『フィーオードラーァァァァッッッッ!!!』
 それが彼女の名前。
「私は、ここで生きてみせるっ!」
 閉じていた瞳を開き、フィオドラはライトの花咲くリングへと駆け出した。
 

青空の下のかきつばた



 フィオドラがGDに参戦を表明し、デビュー戦を行ってから1週間が過ぎた。
 デビュー戦は、フィオドラが勝ちをおさめている。
 かずさの各武装を次々と狙い撃って全て破壊し、彼女を丸腰にしたのだ。
「貴様のその狙撃の腕には、感服した。──自分の負けだ」
 敗北を宣言したかずさは、清清しい笑みを浮かべ、フィオドラに手を差し伸べた。
握手を求められているのだと遅れて気づいたスナイパーは、慌ててその手を握り返す。  かずさの手は、とても温かかった。
 同時にGDのリングがあれば、闇の呪縛も意味をなさないと実感できた瞬間でもあった。  
 

 かずさという強豪GDをデビュー戦で打ち破ったフィオドラは、たちまち今期リーグの優勝候補の中に名を連ねる身となったのである。
 

  「良い天気だ……」
 ここのところ、ぐずついた天気が続いていたが、今日になって久々に太陽が顔を見せた。
 手のひらを目の上にかざし、フィオドラは燦燦と降り注ぐ陽光を仰ぎ見る。明るい日の光の下を歩くなんて、少し前までなら考えられなかったことだ。
「それにしても……博士は一体何をお考えなのだろうか?」
 目の前のスクランブル交差点を行き交う人の群れ。フィオドラはその群れに半ば流される形で歩いていた。目的はない。
 ただ、マスターである高尾に「しょっぴんぐでもしてきたらどうじゃ」と放り出されたのである。
 彼の言う「しょっぴんぐ」が「ショッピング」すなわち買い物であると気づいたのは、電車に揺られて経済特区の中心地へ出て来てからのことだ。ちなみに、行き先も高尾の指定である。
「買い物……と言われてもな……」
 交差点を渡り終えたフィオドラは腕を組み、低くうなった。買い物とは、金銭を提示して物品を手に入れることだと言うことくらいは知っている。
 しかし、フィオドラには欲しいものがない。
 研究所にも必要な物もない。切れている電球はないし、トイレットペーパーやティッシュペーパーも揃っている。食料もあったし、調味料なども買い足す必要はなかった。
「……どうしたものかな」
 町を行く人々の表情は、みな楽しそうに見える。その中には、フィオドラと同じロボットの姿もちらほらとあった。彼らもまた、彼女の目には楽しげに映る。
 このまま帰っても良いのだが、それはそれで高尾に申し訳ないような気もした。どうしたものかと迷っていると、
「かーのじょ。今1人?」
 軽薄そうな雰囲気の男が話しかけてきた。


「薫姉さん、どうしたの?」
 姉と映画を見に来ていた麗は、彼女が少し離れた場所を見ているのに気づき、その顔を覗きこんだ。
「あそこで面白いことをやっているぞ」
 顎をしゃくって薫が示したのは、ファッションビルの入り口でナンパされているフィオドラの姿である。ブラウスと膝丈のタイトスカートというシンプルな恰好の彼女は、ナンパされているという意識がないように見えた。
 薫にしてみれば、面白い見世物くらいのつもりでいたのだが──
「おねーさまっ!」
「何っ?!」
 麗が鉄砲玉のようにフィオドラの方へ走っていってしまったのである。
「おねーさまだと?」
 妹が口にした言葉にいささかの不安を感じつつ、麗は彼女の後を追いかけてフィオドラのところへ向かうことにした。


「ねね、ヒマしてるんだったら、俺と遊ばない?」
「君と遊ぶ?」
 思いもしなかった申し出に、フィオドラは目を丸くする。遊ばないかといわれても、何をすれば良いのかサッパリ分からない。返答に困っていると、それを承諾に迷っていると受け取られたらしく、
「俺、いいところ知ってンだ。絶対楽しいって!」
 いいだろと、迫ってくる。高尾に勧められたのは、ショッピングであって遊ぶことではない。それに見知らぬ人間についていくほど、幼稚な思考は持ち合わせていなかった。
 断ろうと口を開きかけたその時である。 
「おねーさま、お待たせしましたぁ!」
「君は……」
 にこにこと満面の笑みを浮かべて近づいてきた少女は、フィオドラの手を強引にとると、
「急がないと映画が始まってしまいますよ〜」
「あ、ちょっ……」
 少女に連れ出されたフィオドラへ、未練がましい顔の男が手を伸ばす。その手をとるつもりはなかったが、歴戦のスナイパーは戸惑うだけだ。この突然の展開についていけずにいるのである。
 フィオドラの手を引く少女は、男に一瞥もくれない。「早く行きましょう」とフィオドラを引っ張るだけだ。
「彼を放っておいていいのか?」
「薫姉さんが何とかしてくれます」
 少女が答えた。と同時に、長身の女性が颯爽と現れ、フィオドラたちを庇うように立つ。
「私の連れに何か?」
「あ……いや、その……なんでもないです」
「そうか。失礼した」見事な銀髪の持ち主は、男に背を向け「では、行こうか」
 フィオドラと少女に微笑みかけた。
「君は、C社の──」
「ああ。薫と呼んでくれ。登録名で呼ばれるのはあまり好きじゃない」
 言いながら手を差し出すのは、サイクロン・パイレート。あるいは、スターシルバー・パイレートの呼び名を持つ、C社所属のドール薫君であった。彼女はアメリカのリーグにて3度の優勝経験を持っており、その実力は折り紙つきである。
「はじめまして、フィオドラおねーさま。薫の妹機になります、麗ちゃんです」
 にっこりと笑みを浮かべた少女は、いつの間にかフィオドラの腕に自分の腕を絡ませていた。彼女もまた、C社所属のGDである。勝敗にはこだわっていないようだが、薫やもう1人の姉・雅様の実力を思えば、麗自身の戦闘能力もバカにできるものではない。
 1つ疑問があるとすれば、2人の姉に比べて、麗は試合数が極端に少ないことだ。
「……その……いくつか聞いてもいいだろうか?」
「もちろんです。おねーさま」
 快諾したのは麗である。
「私は君の姉ではないのだが……」
「素敵な女性をおねーさまとお呼びするのは当然のことです」
 麗はきっぱりと胸を張って答える。
「あのデビュー戦で、おねーさまに一目惚れしてしまったんです。あの後すぐに、私設ファンクラブ立ち上げちゃいまして……」
 会員証も作ったんですよと、ミリタリー風デザインのプラスチックカードを見せた。そこにはエレガントな筆記体で、フィオドラ私設ファンクラブと書かれてある。会員番号は当然ながら、bPだ。
「この1週間で会員数は千人を超えちゃいました」
「何だと……?」
「今は応援グッズの製作を考えてるんですよー。あ! 後で写真撮らせてくださいね。ファンクラブの皆に、おねーさまのオフショット見せてあげたいんです」
「何だと?」
 無邪気に笑う少女の口から、ぽんぽんと信じがたい言葉が飛び出した。良いとも悪いとも言えず、フィオドラは助けを求めるような気分で、隣を歩く薫へ視線を向ける。
「最近、忙しそうにごそごそやっていると思っていたら……そんなことをやっていたのか」
 麗の試合数が少ない訳は、彼女のミーハー趣味が深く関係している。開発者である斉藤洋子と一緒になって、やれ宝塚だのアニメやマンガを原作としたミュージカルだの、某少年アイドル事務所のライブや舞台だのとはしゃぎにはしゃぎまわっているからだ。
 その他にも、同じGDのファンクラブに入会したり、フィオドラのケースのように私設応援団なぞを結成したりと、本業よりも趣味に生きているのである。
「だって、おねーさまの事前情報ってほとんどなくって」
 それはそうだ。元・某犯罪組織のテロ、暗殺用ロボットだという過去は表沙汰にできるものではない。フィオドラ自身、そのことは理解しているし、高尾からもそのことは極力口にするなといわれている。
 現時点では、法律的にロボットには『基本的人権』は認められていない。心を持っていても、ロボットはあくまで『道具』でしかないのだ。
 だから、法律的に罪に問われることはない。
 どういうことかと言うと、たとえば、Aが包丁あるいは銃でBを殺害したとする。この場合、罪に問われるのは、Aであって包丁や銃ではない。現時点での法律では、ロボットは、包丁や銃と同じレベルで扱われるのである。
 人と同じように喜怒哀楽を表現する彼らを、物言わぬ包丁や銃と同じレベルに扱うなんて許されることではないという議論は、心あるロボットが出現し始めた頃から続けられていることだ。決着はいまだについていない。
 話はそれたが、フィオドラが法律的に罪に問われることはないにしろ、人の目から見れば彼女は立派な人殺しだ。
  その彼女が、ロボットだからという理由で罪に問われないという事実を万人が受け入れられるかと問えば、答えは否だ。
 そんな危険なロボットを野放しにしていて良いのかという声は必ず上がるはずである。はじめは、世間から彼女を隠すだけでよかった。しかし、彼女のAIに埋め込まれた戦闘回路解放システムが、それを許さなかったのである。
 フィオドラの身元引受人となった高尾は、強い戦闘衝動をGDというリングの上で発散させることを考えた。
 はじめ、GD協会は、彼女の登録に難色を示した。しかし、高尾はインターポールからの要請を取り付け、承諾させたのである。
 インターポールがフィオドラの登録を要請したのは、第2第3の彼女が現れることを望んでのことだ。
 組織を抜け出したくても、その後のことを考えれば、抜け出すに抜け出せないロボットがいるかもしれない。けれど、GDとして表舞台に出たフィオドラのことを知れば──彼女の名前は、裏社会ではかなり知られているのである──自分もフィオドラのようにと考えてくれるかもしれない。
 そういう思惑があって、インターポールは犯罪歴を持つフィオドラが表舞台に立たせてほしいとGD界に申し出たのである。
「好きな人のことを知りたいと思うのは当たり前のことじゃない」
「まあ……そういうものかも知れないが……」
 はっきりと言い切る妹と違い、姉の歯切れは悪かった。そういうものですと、麗は胸を張る。姉妹の会話は、フィオドラの目にまぶしく映った。
「ところで、さっきの男は置いてきて良かったのか?」
「え? あの人、おねーさまの知り合いだったんですか?」
「いや、初対面だが」
 は? と顎をしゃくる姉妹に男との会話を説明する。とたん、麗が「おねーさま!」と声を大きくして、ずずいと顔を寄せてきた。
「それは、ナンパって言うんです! ああいう輩にろくなのはいませんから、無視です、黙殺です! 相手にしちゃいけないんです!!」
 少女のお叱りに、フィオドラは大きな衝撃を受ける。
「そうか。あれが、ウワサのナンパというものなのか……!」
 自身が立っていた方向を振り返り、フィオドラは感じ入ったように何度もうなずいていた。
「なるほど……言われてみれば、収集したデータの中にあった、あのような言葉で異性に近づき、食事をしたり遊びに興じたりするという内容と一致している」
 そうか、あれがナンパなのか。
「……気づいてなかったのか」薫はがくりとうなだれた。
「おねーさま、ああいう連中に関わっちゃダメですからね! おねーさまの品位を損ないかねませんっ」
「品位ねえ……」
 必死で言い募る妹とそれを熱心に聞いているフィオドラ。見ている分には、結構面白い。
「講義を中断するようで悪いが、フィオドラ、何か用があってここへ来ているんじゃないのか?」
「あ、いや、特に目的があって出てきた訳ではなくてな……」
 ここへ来ることになったいきさつを話して聞かせると、
「じゃあ、私たちと一緒に映画を見ましょう! 今ドキの女のコなら、『お手をどうぞ』はチェックしておかないと!」
「そう……なのか?」隣の薫に目を向ける。
「麗の趣味だから、ベタベタの恋愛モノだ。私の趣味じゃない」
 薫は、顔の前で手を左右に振った。薫としては、同じ映画館で上映している『Denpasar Moon』というスパイアクション映画の方が気になる。
「行きましょう、行きましょう! おねーさまと映画なんて、麗ちゃんカンゲキ!!」
 フィオドラの手を引いて、麗はぐいぐいと映画館へ突き進んで行った。戸惑うフィオドラの肩をたたき、「どうせヒマなんだろう? 付き合え」と薫が言う。
「私は、目的がないだけで……」
「それを日本語でヒマと言うんだ」
 あきれたように目を見張る薫へ、フィオドラは「そうなのか」と眉を持ち上げて見せた。


 それから3時間後。映画を見終えた3人は、近くのオープンカフェに腰を落ち着けていた。麗はチョコレートパフェを頼み、薫はコーヒーとワッフルのセット。こういう店は初めてだというフィオドラは麗と薫のアドバイスに従って、ケーキセットを注文した。
「評判どおり、素敵でしたねえ」
 うっとりとした表情で、麗はパンフレットを広げている。ほわほわと彼女から小花が溢れているように見えるのは、フィオドラの気のせいではあるまい。
「そうか? 素人の集団に国の軍隊がああも出し抜かれるのは納得しかねるぞ」
「気にするところはそこなの?」姉の感想に、麗は肩を落とす。
「同意見だ。あの体たらくでは国どころか町や村も満足には守れない」
「おねーさままで?!」
 きゃあと末の妹は頭を抱えた。
 『お手をどうぞ』は、『チャーリーとチョコレート工場』と『シンデレラ』を足して2で割り、そこに冒険アクションものの要素を加えたような、ストーリーである。
 はっきり言って荒唐無稽すぎる内容だが、ギャグとして見る分には何の問題もない。若い女性には大好評だが、それ以外の世代の評価は、そんなものだった。要するに、恋だの愛だのという、甘さだけがウリの映画なのだ。
「気にするところはそこなの?」
「そもそもパーティーの招待状を花に結んだリボンにするところが不可解すぎる」
「あんなものいくらでも偽造できるしな。大体、花とリボンを用意する手間とそれを花に結んでいく手間──それだけであの規模のパーティーならもう2,3回は開けたんじゃないか?」
「お花のリボンに招待状って、乙女のロマンですよ、おねーさまっ!」
「……そういうものか?」
「さあな。私には理解できないな」
 コーヒーを口元に運びながら、薫は肩をすくめた。
「ときめきですよ、ときめき! 胸がキュンっってなって、体がほてっちゃって、ハートがドッキドキ☆っていう!」
「訳が分からん」
「それは、風邪というものではないのか? 我々には無縁のものだが……博士の家にあった家庭の医学という本にはそう──」
「違いますよ! 恋です、愛です、憧れですっっ! 好き好き、大好き! フォーリンラブ! I need you! I wont you! I love you!! ですよっっ!!」
 全身の毛を逆立てて怒り狂う小猫のような麗に、乙女心とは無縁の2人が目をテンにした。ふぅふぅ肩で息をしているものだから、薫とフィオドラは「悪かった」と謝罪を口にする。
「オトメゴコロとやらは、動作不良にも似ていると思うが?」
「言ってやるな。また興奮する」
 フィオドラの肩にぽんと手を置いた薫の顔には、言わないほうがこちらの身のためだと極太のマジックで書かれている──ように見える。
「薫姉さんはともかく、おねーさままでそんなこと言うなんてッ」
 少女はぷくうっと頬を膨らせると、ぱくぱくとパフェを口に運んで行く。
「そう拗ねるな。私のワッフルも1切れやるから」
「…………む」
「私のケーキも食べるか?」
 フィオドラが頼んだケーキは、オーソドックスないちごのショートケーキだったが、麗いわく、この店のケーキはどれも美味しいと評判らしい。
「……1口ください」
 パフェをすくうスプーンを口に入れたまま、麗は顔を赤くし、目を伏せて小声で言った。
「1口でいいのか?」
 問いかければ、少女はこくんとうなずく。まるで小動物のようである。可愛いとはこういうことをいうのだろうかと思いつつ、フィオドラはそうかとうなずいた。
「──ほら」
 フォークでケーキを1口サイズに切り分け、麗の口元に運んでやる。横で、薫がぶっとふきだしたようだが、フィオドラは気にしなかった。
「うぇっ?!」
「どうした、ほら。早くしろ」
 んっとフォークを軽く持ち上げれば、麗の顔はますます赤くなる。少女は緊張した様子で、くわえていたスプーンを下におろし、恐る恐る口を開けた。
「どうだ?」
「おっ、おいひいです」うつむき加減になった麗は、耳まで真っ赤になっている。
「お前も相当だな」
 口元をナプキンで拭いながら薫は、フィオドラを見ながらしみじみ呟いた。
「何がだ?」
 彼女の言いたいことが分からず、スナイパーはきょとんと薫を見返す。フィオドラとしては、麗が使うフォークがなかったから、一番手っ取り早い方法で分けてやっただけだ。
 そこには、何の他意もない。
「いや。……まあ、天然ホストスナイパーだと洋子には報告しておく」
「洋子?」
「我々の開発者だ」手短に答えた薫は麗を見ると「いつまで惚けているつもりだ? さっさと食べてしまえ。この後は買い物に行くんだろう?」
 ぺしっと妹の頭を叩き、コーヒーを口に運んだ。
「買い物? 何を買うんだ?」
「何かを買うんだ。これといって買う物を決めているわけじゃない」
「そういう買い物もあるのか?」
 知らなかったと瞬きをすれば、「ウィンドウショッピングという言葉があるだろう」と呆れられた。
「窓を買いに行くことではなかったのか」
「当たり前だ。店のショーウィンドや店内を見て回る事をそう言うんだ」
 どこの世間知らずだと薫に優しく笑われ、フィオドラは「う゛……すまない」
 頬を赤くして体を縮こまらせた。
「ふふ。お前も可愛いな」
 紅茶の入ったカップを両手で持ち、赤ん坊がミルクを飲むようにしてそれを口に運ぶフィオドラの様子を見つめ、薫は口元に笑みを浮かべる。
(薫姉さんも十分ホストの素質あると思うけど)
 姉のワッフルを横取りつつ、麗は思う。
 周囲に目を向ければ、宝塚の男役のような容貌をしている薫とフィオドラに居合わせた女性客はうっとりしていた。



「おねーさま、今までお買い物ってしたことがなかったんですか?」
「スーパーマーケットやホームセンターでの買い物はしているが?」
 目を丸くする麗に、フィオドラは口元に人差し指を当てて小首を傾げる。
「こういうところでの買い物は初めてなんだろう?」
 薫が示したのは、8階から10階は飲食ゾーンに、7階から下はファッションゾーンになっている、30代から20代をターゲットとしたファッションビルである。
「あ、ああ」彼女の言うとおりだったので、フィオドラは素直にうなずいた。
「おねーさまならどんな感じが似合うかなあ?」
「動きやすさを重視した方が良いだろうな」
「でも、スポーツウェアとかってイメージじゃないと思うんだけど」
「そうだな。……オフィススタイル系じゃないか?」
「だよねえ。落ち着いたオトナのオンナって雰囲気がいいよね」
 ビルの案内板を見ながら、ここがどうとかこっちも似合いそうだと話している姉妹の背中をフィオドラはツチノコを目撃してしまったような顔で見つめ、
「……何故、私なんだ?」
 フィオドラとしては、2人の買い物を見学させてもらうつもりだったのだ。
「そのほうが楽しいからです」妹はにっこりと人懐こい笑みを浮かべ、
「そのほうが楽しいからに決まっているだろう」
 姉は、何を言っているんだとばかりに目を丸くする。
 着せ替え人形、決定。
「………………」ぴょんぴょことフィオドラの髪が、2、3本あらぬ方向にはねる。
 これは、タイヘンなのに捕まったかもしれない。今更ながらに後悔するのであった。


「ふわぁ〜……オトナって感じ」
「本当。恰好良いですね」
 エレベーターホールにあるベンチで休憩しながら、セリアスとカルテリアーは、目の前にあるブランドショップを眺めていた。
 こちらのショップ、今年のデザインコンセプトは“ハンサム・レディ”ということで、仕事が出来るキャリアウーマンに似合いそうなデザインの服が店頭には並んでいる。
 誰の目からも高校生然としている2人には、とても似合いそうにない雰囲気のデザインばかりだ。
「あんな服、颯爽と着こなせたならなあ……」
「恰好良いだろうね」
 とは言うものの、悲しいかな自分たちでは服に負けてしまうに違いない。ぼんやりとショップを眺めているうちに、どのGDなら着こなせるかという話に変わってきた。
「う〜ん、小町さんとか撫子さん……」
「ミーソスさんやゼーロテュピアーさんも似合いそうよね」
「うんうん。アンジェラさんも似合うかもっ」
 アークも似合いそうだ、C社ならポラリスや薫、雅も似合うだろう。
「新しい人だと、フィオドラさんも似合いそう」
「あ! 絶対似合うと思う!」
 2人で、きゃっきゃとはしゃいでいたその時だった。
「私を呼んだか?」
「え?! うわ、フィオドラさん!?」
「何で?!」
 話題の主が突然横から現れ、セリアスとカルテリアーは、きゃあと短い悲鳴を上げて思わず抱き合った。フィオドラの後ろには、薫と麗までいる。
「何だ、お前たちも買い物か?」前髪をかき上げつつ、薫が2人に問いかけてきた。
「うっわ……」
 思わず手を口に当て、セリアスは目を逸らす。顔が赤くなっているのは、間違いない。
(どうしちゃったの?! 私はシディアさんとは違うのにぃっ!)
 何気に心中で暴言を吐きつつ、セリアスは胸に手を当てた。ロボだから呼吸はしてないけど、深呼吸をして落ち着かせようと努力する。
「セリアスちゃん、顔が赤いけど大丈夫?」
「だっ、大丈夫よ。うん、平気。任せて、大丈夫」
「……大丈夫そうには見えないけど」
 ベンチに座っている2人の前にしゃがみ込み、麗がセリアスの顔を覗きこむ。セリアスは、大丈夫ですってばと繰り返すだけだ。
「動作不良か? ならすぐに戻ったほうが──」
「いえ、違います」
 心配そうな顔で横から話しかけてきたフィオドラに、カルテリアーは首を左右に振って否定する。ちょっと考えれば分かりそうなものだが……鋭そうに見えて、実は鈍感なのかも知れない。
「ところで、皆さん、お買い物ですか?」
「おねーさまの服をね」答えた麗は、カルテリアーがフィオドラではなく薫を見ていることに気づき、「フィオドラおねーさまの服を買いに来たの」訂正した。
「フィオドラさんの服ですか?」
「あ、いやその……いつの間にかそういうことになってしまってな……」
 きょとんとした顔で見上げるおさげ少女の視線を、フィオドラはしどろもどろになりながら言葉を返す。
「──こういうところに来るのは初めてで──」
「何もそんなに慌てなくても良いだろうに」薫は目を丸くする。
「そんな風に言い訳するとかえって変な具合に勘ぐられるぞ」
「そ、そうなのか?」
「私は勘ぐられちゃっても、ぜんぜんおっけぇなんですけどぉ」
 両手を頬に当て、麗はハートオーラを全身から放出。薫は飛んできたハートをぺちっと叩き返しながら、
「そうやって墓穴を掘ったお嬢さんを1人知っている」
「……それって、黒のゴスロリ服着ててちょっと気の強い……」
「私の妹との仲をウワサされている、可愛らしいお嬢さんのことだ」
 セリアスの遠回しな指摘に、薫はうなずく。
 可愛らしいという点にいささかの疑問を残しつつ、セリアスとカルテリアーはやっぱりとお互いに顔を見合わせた。
 言うまでもない。
 彼女が言っているのは、B社所属のGD、オブシディアンのことである。
 麗が、ぷくーっとシマリスのように頬を膨らせているが、B社の見た目高校生ペアは見なかったふりをすることにした。──彼女のシスコンぶりはB社でもちょっとした話題になっているのである。
「所属団体が違っていても、GDや開発者、マスター同士はそれなりに交流があるしな」
 プライベートで付き合いがあっても、何の不思議もないのだ。中には、偏屈な開発者やマスターもいて、他の者と交流する機会を持とうとしない人ももちろんいる。
「ウチの上層部は、C社との付き合いを嫌がりますけど……」
 カルテリアーがこっそりとため息をついた。
「上のことなんて放っておけばいい。──ところで、お前たちも買い物か?」
「は、はい。そうです」セリアスはうなずき、カルテリアーを見る。その視線に気づいたおさげ少女もうなずき「でも、なかなかこれっていうのがなくて……」
 2人とも、ブラウスにプリーツスカートという、大人しめの恰好である。その姿は、絵に描いたような文学少女ぶりだ。
 GDだって客商売である。外出するときは、身なりに気を使えと上層部からもきつく言われていた。ただ身なりに気を使えといわれても、GDの場合はそこにキャラクター性というものが加味される。人間の女の子のようにファッション雑誌をチェックして流行りのスタイルを取り入れるだけでは不十分だったりするのだ。
 自分たちの性格とキャラクター性を考えた場合、このようなブラウスにプリーツスカートという味気のないシンプルな恰好しかできないというのが、セリアスとカルテリアーの共通認識である。
「……お2人とも、お似合いですね。その恰好……」
 無難すぎる恰好をしている自分たちに比べると、薫と麗は個性的な恰好をしていた。
 薫は黒をベースに、チェーンやシルバーアクセサリーなどをじゃらじゃらぶら下げた、ゴスパンクスタイル。シルバーブロンドにも、黒が良く映える。麗は、姉のそれに合わせたのか、白をベースにしたスクールパンク姿。試合中は流している黒髪を、今はポニーテールにまとめて、普段とは違うアクティブさが全面に出ていた。
「アリガト。そっちはお忍び?」地味な恰好してるけど。小首を傾げた麗の言葉が、ざくっと頭に突き刺さる。
「そっ、そういう訳じゃないんですが……」
「そうなの?」
「はい……そうです」
 B社コンビは、しおしおとうなだれた。フィオドラもC社姉妹に比べると地味だと言えるが──表現としてはシンプルな恰好と言うのが相応しいだろう。
 自分たちは、シンプルすぎて地味に見えてしまうのだ。せめて学校指定のようなブラウスではなく、フリルブラウスや刺繍入りブラウスなどにすればよかったと今更ながらに思えてくる。
「ねえねえ、これからの予定は〜?」
 カルテリアーの膝の上に腕を乗せ、麗が上目遣いで問いかけてきた。急接近されたカルテリアーは驚きに身をそらせ、「特にはっ……ね? セリアスちゃん」
「う、うん。キャルの言うとおり……です、けど……」
 2人は視線を泳がせる。何となく、嫌な予感がした。慌てて適当な予定をでっちあげようと口を開きかけるのだが──とっさの機転を利かせられないのがこの2人。すぐに予定をでっち上げることができず、
「楽しみが増えたわね。薫姉さん♪」
「そうだな」
 スケープゴート決っ定。
「とはいえ、まずはフィオドラが先だ」
 薫のセリフに、しばし蚊帳の外だったフィオドラが「うん?」と眉を持ち上げる。
「お前たちも付き合わないか?」シルバーブロンドのゴスパンク女は、不適な笑みを浮かべて真後ろにあるショップを親指で示す。
 セリアスが「はうっ」と妙な声を上げたが、気にしないことにした。
 

「ところで、どういうのが好みなんだ?」
 ハンガーにかけられて陳列されているデザインシャツを手に取ったり、元の位置に戻したりしながら、薫はフィオドラに声をかける。
「どういうの、とは?」
「スカートが好きとか、パンツスタイルが好きとか……」
 首を傾げるフィオドラへ、ボトムを見ていたセリアスが言った。
「スカートでも、こっちのタイトなのが良いとか、こっちのロングスカートが良いとか」
 右手と左手にハンガーを1つずつ持って、カルテリアーが説明する。
「動きやすいのが良いとか、薫姉さんみたいなのが良いとか、クリソベリルみたいな恰好をしてみたいとか、メタメレイアやフローズみたいな恰好が良いとかですかねー」
 ジャケットを出したり戻したりしながら、麗が言う。
 フィオドラは、彼女が例えとしてあげたGDの姿を頭に思い描き──
「いや、それは勘弁してくれ」クリソベリルやメタメレイア、フローズのような恰好をした自分を想像し、ぶるりと身を震わせた。
「あんな恰好ではいざと言う時、ろくに動けん」
「そういう基準でダメなんですね」
「似合うとか似合わないとか、趣味に合わないとかそういう理由じゃないんですね」
 B社高校生ペアが、吟味していた手を止め、変わった判断基準だと軽く目を見張った。
「君のその恰好もな……そのジャラジャラしていて動きが制限されそうだ」
「別にそうでもないんだがな」
 遠慮がちに口を開くフィオドラへ、薫は苦笑を向ける。
「じゃあ、動きやすさを重視──ですね。サイズは何号ですか?」
「サイズ……?」またも首を傾げるフィオドラであった。
「え?」たずねたカルテリアーも首を傾げる。
「…………………」
 しばしの沈黙の後、
「ちょっと来い」彼女の首根っこをひっ捕まえ、薫はショップを後にする。
「え? あ、あの……何処へ?」
「化粧室でサイズを確認するんだと思うわ。その間に、私たちはおねーさまに着ていただきたい服を選んでましょ」
 鼻歌を歌いながら、麗は「あ、これステキ。こっちもいいわ〜」とフィオドラに合いそうなサイズのカットソーやドレスシャツを出し入れしている。
「このシャツ、ドレープがステキですね」
「本当。フィオドラさんに良く似合いそう」
 本人そっちのけで、フィオドラに着てもらいたい服を探す3人であった。だって、おねーさまに聞いてもよく分からないって言いそうなんだもん。というのが、麗の意見である。
 5分ほどして2人が戻ってくると早速サイズを聞き出し、ピックアップしていた服を手渡す。
「これをどうしろと?」
 押し付けられた服を抱え、フィオドラは何度も瞬きをする。
「そこの試着室で」麗が試着室を指差し、
「ぜひ!」カルテリアーが胸の前で手を組む。
「着てみてください!!」懇願するような視線をセリアスが、フィオドラに向けた。
 期待に輝く6つの瞳の前では、百戦錬磨のツワモノたるフィオドラも思わず後ずさり。思わず助けを求めて、薫を見るが──
「ファンサービスも大事だぞ」彼女は、くくくッと悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだ。
 その後はまさに着せ替え人形状態である。
 試着して「これで良いのか?」と試着室のカーテンを開けると、
「キャーッ! さすがおねーさま!!」
「お似合いです!」と声をあげられ、
「次はこっちをお願いします……!」と新しい服を渡される。
 気がつけばスタッフがそそと寄って来ていて、こちらは新作なんですよーとか、スタイルが良くていらっしゃいますから何をお召になられてもお似合いですねとか。にこにこ笑いながら、薫を相手にセールス・トーク。
「これだったら、お前にも似合いそうだぞ」
 スタッフの相手をしながら、薫は何気にセリアスやカルテリアーにも服を勧めてくる。店員も「そうですね。こちらのお嬢様でしたら、こちらの7分丈パンツと……あちらのショールなどを組み合わせられたら、お似合いになられるかと……」
 なんて言うものだから、すっかりその気になって、
「……じゃあ試着させてもらっても良いですか?」
「もちろんです。どうぞ」
 セリアスはカーキの7分丈パンツを手に、いそいそと試着室へ入って行った。
「パンツがカーキだから、ストールもカーキが良いかな?」
「もうちょっと明るい色にしたほうがよくありませんか? フィオドラさんはどう思われます?」
「わ、私か? ……え、あ……いや、そうだな。そこの帽子も似合うんじゃないのか?」
 カルテリアーにたずねられたフィオドラは、しどろもどろでキャスケットを指差した。
「似合うだろうな」
 うなずいた薫が、キャスケットを手に取る。そこへ、着替え終えたセリアスが「どうですか?」と試着室から出てきた。
「似合うじゃないか」
「似合う、似合う。ベスト合わせてもイケるんじゃない?」
 ぱちぱちと手を叩きながら、麗がハンガーにかけてあった短めのベストを手に取り、セリアスに渡す。セリアスはそれに袖を通し、姿見に自分の姿を映してみている。
「これがフィオドラのオススメだ」
 そんな彼女の頭の上に、薫がキャスケットを乗せた。
 たちまち、ボーイッシュな少女ができあがる。色合いは落ちついているが、7分丈のパンツとキャスケットが、活動的なイメージを作り上げていた。
「セリアスちゃん、似合う。似合う」
 カルテリアーも大喜びだ。
「そっ、そうかな?」
 普段とは違う雰囲気に仕上がった自分に、セリアスはちょっとドキドキしていた。いつもはプリーツスカートばかり穿いていたが、こういうパンツスタイルも悪くないなと思う。
 ブランドがブランドだし、鏡に映る自分は、ちょっとばかり大人になった気分である。
「カルテリアーは、どんなのが好みなの?」
 彼女に似合いそうなドレスシャツをいくつか選び出しながら、麗は後ろを振り返った。とたん、おさげ髪の少女は「わっ、私には似合いませんよ!」顔を真っ赤にして、顔の前で両手を左右に振りまくる。
「そんなにムキになって窓拭きをしなくても良いだろうに」
「麗が持っているそのシャツは、君に似合いそうだが?」
「だめです。似合いませんよぉ……!」
 カルテリアーはダメです、似合いません、無理ですを繰り返す。ここまでかたくなに拒否されてしまうと、無理やり着せるわけにもいかないので、麗と薫は「仕方ない」と肩をすくめた。
「着させてもらうだけでも着させてもらえば良かったのに」
「無理ですってバ!」
 試着室から出て元の服に戻ったセリアスが、カルテリアーを見たが、少女は無理ですとやはり首を左右に振る。
「そうかなあ? 似合うと思うけど……」
 パンツとキャスケット、ベストを陳列の棚に戻しながら、セリアスは呟いた。ストールを手元に残したのは、全部は無理だけれどこれ1枚なら買えるからである。
「セリアスちゃんまで……」
 気恥ずかしそうに目を伏せながら、カルテリアーはセリアスを見た。言われたセリアスは、もう一度同じ言葉を繰り返す。
 その後ろで、たった今彼女が棚に戻したパンツとキャスケット、ベストを麗がかっさらって行き、会計レジに乗せた。
「こっちとこれは別の袋でお願いします」
 レジテーブルには、麗たちがフィオドラに選んだ品々と今しがた麗がかっさらった3点とカルテリアーが見ていたベルトが乗せられている。
 テーブルに乗っている品数の多さにフィオドラは目を丸くした。買い物に行くのだからと博士は大目の金銭をくれたが、それでもテーブルに乗っている品を全て買い取ることは不可能である。
「ちょっ……」
 フィオドラが待ったをかけるよりも、薫が口を開くほうが早かった。
「支払いは一緒で良い」店員に言いながら、薫は某クレジット会社のゴールドカードをテーブルの上に乗せる。
 ぽかんと口を開けているフィオドラへ薫は、
「楽しませてもらったんだ。これくらいの礼は当然だろう?」
 とんでもないことを当たり前のようにさらっとした顔で言ってのけた。もちろん、2つ作られた袋のうち1つは、セリアスに渡されるのである。


「いただく理由が……」
「本当に、いただいてしまって良いんですか?」
「私もだ……。これは、安い買い物ではないだろう?」
 ブランドのロゴが入った紙袋を手に提げた3人は、申し訳なさそうな顔で薫を見た。
「高い買い物でもないから、気にするな」
「そうですよ。今度、今日買った服を着てデートしてくれれば、それで十分ですって」
 きゃらきゃらと笑うのは麗である。
「っていうか、服やアクセサリーなんかは買ってもらうものだし」
「そんなわけないですよっ!」
 ポニーテール娘の発言に、カルテリアーはぎょっと目を丸くした。
「私、自分で買ったことないけど?」きょとんとした顔で、麗は首を傾ける。そんな彼女の発言に、セリアスは薫へ真偽を問う視線を向けた。
「……本当ですか?」
「…………まあ、な」
 人差し指で頬をかきながら、銀髪レディはあっさりとうなずく。ショッピングに出かければ、その支払いは全て自分が持つというのが、薫の感覚だったりするのだ。セリアスやフィオドラの分の支払いを持ったのもその延長である。
「お金の心配はいりませんから、おねーさま、次行きましょう、次!」
 フィオドラの腕を取り、麗が次に目指したのはエスニック風の商品を揃えているショップだった。商品は主に東南アジアから買い付けているらしい。一風変わったデザインのものが多く揃っていたし、サリーやアオザイなどの民族衣装も揃えていた。
 店内はエスニックショップ独特の香りが充満している。
「こういうお店に入るのは初めてです……」
 ショップ全体が怪しい雰囲気に満ちているので、いつも二の足を踏んでいたのだ。カルテリアーは、珍しい物が並ぶ店内をきょろきょろと見回す。
「こっちよ!」
 麗は慣れた様子で、服を並べているスペースにカルテリアーを引っ張っていった。
「このワンピースなんていいんじゃない? フロントを開ければベストにも見えるよ」
 ハンガーからとって、ワンピースのフロントを開け、麗はカルテリアーに袖を通させる。彼女に着せたのは、ややくすんだグリーンだが、色は他にもワインやブラウンがあった。どの色もアジアンテイストが加味されていて、ややくすんだ色合いになっている。
「キャルには、こういう色合いのが似合うのかも」
 プリーツ裾のチュニックを手に取り、セリアスはしみじみと眺めた。自分に合わせてみるが、ちょっとこれは似合いそうにない。
「どう、どう?」
 おさげ娘の肩に手を置き、麗が鏡に映るカルテリアーの顔を覗きこんだ。
「そうですね。さっきのショップみたいに色使いがはっきりしているのは、ちょっと……私には似合わないって思うし──」
 押しの弱さが、似合う色にも反映されているのだろう。
 一歩引いたところで、お嬢さんたちがはしゃぐ様子を眺めている薫はそう思ったが、口には出さないでおいた。
「色々面白いものがあるな。さっきの店とは大違いだ」
 フィオドラが興味を持ったのは、帽子とヘア小物のコーナーだった。特にワイドヘアバンドに興味を持ったらしい。鏡を覗き込んで、ヘアバンドを試着してみている。
「気に入ったのか?」
「掃除の時とか、便利そうだと思ってな」
「……なるほど。実用本位か──」
「おねーさま、このショールポンチョなんていかがです?」
 カルテリアーをかまっていたと思ったのだが、しっかりフィオドラに似合いそうな物もチェックしていたらしい。麗が持ってきたのは2枚の大きな布をボタンで繋ぎとめたような形のものだ。
「これなら、季節に合わせて色々楽しめますよー」
 麗の言うとおり、ボタンの留め方によって、ショールになったりポンチョになったり、ボリュームもあるから使い方次第で全く違うものに見えるようになりそうだ。
「私と色違いのオソロにしましょうよぉ」
「あ……いや……」
「じゃあ、私からのプレゼントってことで♪ それだったらいいでしょう、おねーさまっ」
 強引に決めてしまった麗は、いそいそと会計に向かった。
「……君の妹は人の話を聞かないのか?」
「思い込んだら、一直線の猪娘でな……」
 頬を人差し指で頬をかきながら、薫は「すまないな」と短い侘びを口にする。
 一方、カルテリアーはエスニックファッションが大分気に入ったらしい。チュニックやカシュクール、キャミソール、ポンチョやカーディガンなど次々合わせてみては、「これもいいな」とか「これも可愛いかも……」と呟いている。
 セリアスも同じように「似合う、似合う」「あ、ホント。カワイイ〜」とはしゃいでいた。
「君はいいのか?」
「ん? あぁ、私はこっちのパンツをな」
 いつの間にか、薫は黒のパンツを手に持っていた。アラジンパンツというのだそうである。
「外出しない時は、こういうゆったりしているのが楽で良いんだ」
「なるほど……それはどこに?」
「ああ、あそこだ。エスニック系のパンツはどれも楽で良いぞ」
 興味を持ったらしいフィオドラを薫は、パンツのコーナーへ連れていく。陳列されているパンツは、ワイドパンツやフレアパンツが中心だった。薫が手に取ったアラジンパンツのほか、タイパンツも数多く陳列されている。
「これは良いな」
 掃除など家事をする時には向かないが、一仕事終えてくつろぐときなどには良さそうである。フィオドラは早速、黒のワイドパンツを手にとってみた。
 フィオドラが手触りなどを確かめている間に、薫はスタッフに声をかけ、試着できるかどうかを問い合わせる。
「すぐにご試着いただけますよ〜」
 フィオドラが持っているワイドパンツの色違いを着ているスタッフは、にこやかに試着室のカーテンを開けた。
 笑顔で促されると遠慮するのも憚られるのでフィオドラは、試着室に入り、ワイドパンツを試着してみた。パンツは、シンプルなブラウスにも合い特にちぐはぐな印象は見られなかった。
「どうだ?」
「なかなか良いな」
 試着室から出て来たフィオドラは、側の鏡の前に立った。ウエストはゴムと紐で自由に調節がきく。薫の横で麗人が出てくるのを待っていたスタッフも「よくお似合いですよ」と満面の笑みを浮かべた。
「洗濯をすると少し縮んでしまうので、その点はご理解いただきたいんですけど」
「ああ、そうなのか」とはいえ、少しくらい縮んでも、何の問題もない。
 値札を確認すると、さほど高いものでもなかった。さっき見ていたワイドヘアバンドと一緒に買っても大丈夫である。小さくうなずいたフィオドラは、
「これは私が自分で支払う」
 薫が何か言う前に、きっぱりと宣言したのだった。
「分かった」
 反論は許さないと言わんばかりの視線を向けられ、薫は思わず苦笑する。
「薫ねーさん、キャルちゃん見たげて。すっごくカワイイの!」
 いつの間に、麗はカルテリアーを愛称で呼ぶようになったのか。人懐こいと言えば聞こえはよいが、悪く言うと馴れ馴れしいとも受け取れる。困った妹だと軽く肩をすくめ、薫は年下3人娘がいるコーナーへ向かった。
「……助かった。いいタイミングだ」
 薫の背を見送ったフィオドラは手早く着替え、ヘア小物のコーナーに向かった。目当ては、だぼっとしたコットン帽子である。何気なく眺めていて、薫に似合いそうだと思った品だった。それと、4連のビーズネックレスを手に取る。こちらは、麗にと思ったものだ。
「もらってばかりでは、申し訳ないからな」
 フィオドラは呟くと、手に持っている自分用の物と一緒にレジカウンターへ持っていく。
(……私が誰かに物を贈りたいと考えるようになるなんてな……)
 レジスタッフに、帽子とビーズネックレスは別にしてほしいと頼むフィオドラは、自身の顔に微苦笑を浮かべていた。半日前には、想像もしていなかった行動である。
(あぁ、博士にも何か喜んでもらえそうな物を──)
 財布から紙幣を抜き取りながら、フィオドラは家にいる恩人の姿を思い浮かべた。
 彼女が会計をしている場所から少し離れたところでは、麗がオーバーオール風のワンピースを着たカルテリアーをぎゅ〜っと抱きしめている最中である。
「ねね。カワイイでしょ、キャルちゃん!」
 ハートの刺しゅうをあしらったグリーンのワンピースは、確かにカルテリアーによく似合っていた。
「あ、あの……麗さん、放してくれませんか?」
「麗さんだなんて、他人行儀はヤメテー! 麗ちゃんて呼んでよぅ。セリィちゃんもー」
「セ、セリィちゃん?!」
 初めて聞く呼ばれ方に、セリアスは目を白黒させた。麗はかくんと首を曲げ、
「ダメぇ?」小さな子供がおねだりするような視線を向ける。
「いっ、いいですけどね」
「それくらいにしておいてやれ。カルテリアーが困っている」
「薫ねーさんも、キャルちゃんとセリィちゃんって呼んだげてよ〜」
 じゃないと放さないモンと、抱きつかれている当人にとっては至極迷惑なことを口にする麗であった。薫は大きなため息をはき、
「こう言っているが……構わないのか?」
「私は……構いませんけど……キャルは?」
「私もいいですよ」
 そういうことになった。
「フィオドラおねーさまも、キャルちゃんとセリィちゃんって呼んであげてくださいね♪」
「私もなのか?!」
 会計を済ませて、4人のところへ戻ってきたフィオドラは悲鳴のような声をあげた。
「ニックネームで呼ぶのは、お友達の証ですよぅ」
 相変わらずぎゅうぎゅうとカルテリアーを抱きしめながら、麗が言う。
「友達……?」ぱちぱちと瞬きをすれば、
「友達です!……それ以上のお付き合いはぁ、お互いのことをもうちょっと理解し合ってからでも遅くないと思うんです〜」
 ポッと頬を赤く染め、カルテリアーの肩にのの字を書きながら、麗はきゃっと恥じらいの声をあげた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
 3人の目が、薫に向けられる。薫は、顔を手で覆い、「すまん。本当にすまん」と頭を下げた。
「いい加減離れろ」
「や〜ん。キャルちゃ〜ん、助けて〜」
「助けて欲しいのはこっちです……」
 ようやく麗から開放され、カルテリアーはほっと息をついた。
 試着室に逃げて、ワンピースを脱ぐ。
 この店では、他にもキャミソールやチュニックなど気に入った服を見つけている。ロープライスとはいえ、気に入った服を全部買うわけにはいかないから、どれを買うか、慎重に検討しなくては。
 そんなことを考えながら、試着室を出ると麗がトコトコっと寄ってきて、カルテリアーが手に持っていたワンピースをさっと横取りした。
「あ!」何をするんですかと、声を荒げるヒマもなく、
「ねーさん、これも会計お願い〜」
 イイね、かわいいねと話し合っていた品が全て、薫に手渡される。中にはセリアスが見ていたキャミソールも含まれているようだ。
「これだけで良いのか?」
「キャルちゃん、セリィちゃん、他にある?」
 薫と麗の姉妹が、B社の高校生ペアを見た。2人は、ぶんぶんと首を左右に振るばかりである。
「そうか? 別に遠慮はいらないんだぞ?」
「滅相もございません!」
「っていうか、あの……自分で買いますから──!」
 薫の手の中の商品を奪い取ろうとしたのだが、相手はアメリカンリーグでも優勝経験を持つ強豪ドールでもある。あっさりとかわされた上に、
「私にプレゼントさせてくれないか、キャル」
 そっと耳元で囁かれ、完全KO。カルテリアーは、耳まで顔を赤くして地蔵のように固まってしまった。今がチャンス! というわけでもないが、彼女が動かなくなってしまったのを見て、薫はさっさと商品をレジへ持っていった。


「本っ当に、良いんですか? いただいてしまって…………」
「さっきもいただいてますし──」
 カルテリアーとセリアスは、新しく増えた袋と薫の顔を交互に見比べ、問いかける。
「さっきと同じことを言わせないでもらいたいな。ここは、素直に礼を言って笑ってくれたほうが私も気持ちが良いんだが」
 困ったように眉尻を下に下げ、薫は言う。
「お前たちにそんな顔をしてもらいたくて、プレゼントするわけじゃないんだがな」
 そのセリフに顔を見合わせあったB社の高校生コンビは、小さくうなずき合い、
「ありがとうございました」二人揃って頭を下げた。
「どういたしまして」
 その様子に、薫は満足顔でうなずいた。
「あの! お礼にお茶ぐらいはご馳走させてくださいね!」
「そうです。それくらいはさせてください!」
「分かった。ご馳走になろう」
 さっきのフィオドラと同じ、固い意志の宿る目で言われてしまっては薫も折れるしかない。銀髪の麗人が微笑みを浮かべたのを見て、セリアスとカルテリアーはほっと胸を撫で下ろした。
「はい、おねーさまっ。麗ちゃんとお揃いのポンチョ。ぜひぜひ着てくださいね♪」
「あ、ありがとう」
 にこにこと笑う麗から、ビニルバッグを受け取ったフィオドラは視線を伏せたまま、
「これは、私から君に……。その、正直……こういうものはよく分からないんだが、これは君に似合いそうだと思ってだな…………受け取ってもらえると、嬉しい……んだが……」
 しどろもどろの口調で言い、先ほど買ったビーズネックレス入りの袋を差し出した。
「…………」麗からの反応はない。
 マズかっただろうかと不安に思い、フィオドラが恐る恐る視線を上げるとそこにはだばだばと涙を流している彼女の姿があった。
「うわ?! 何だ、どうしたんだ!? そんなに嫌だったのか!?」
「おねーさま……麗ちゃん、カンゲキー!!」
 歓喜の悲鳴を上げると同時に、がばちょとフィオドラに抱きついた。
「おねーさまからプレゼントしてもらえるなんてっ! 麗ちゃん、三国一の幸せ者ですぅ。今なら、ポラリスのプロト7すら愛と情熱と幸せのファイヤーオーラで溶かせちゃいます!!」
「ちょっ……?!」
 ぎゅうぎゅうとフィオドラを抱きしめながら、麗は自分がいかに幸せ者かをとつとつと語りだす。まるで、何かの脚本を読み上げているかのように、すらすらすら……よくもまあそれだけの言葉が並ぶものだと、感心してしまう。
 セリアスとカルテリアーは、目を点にして、麗の1人芝居を眺めていた。1分後、周囲に人だかりが出来つつあるのに気づき、
「れ、麗ちゃん……それくらいに……」
「あの、すっごく注目浴びてるんですけどっ……!」
 あわあわとうろたえながら、麗に1人芝居をやめてほしいと遠回りに訴える。2人と違う方法でアプローチをかけるのはフィオドラだ。彼女は、途方にくれた顔で
「頼む。助けてくれ」薫に訴えた。
「そうだな」訴えられた薫は、妹の首根っこをぐっと掴みあげ「ここまでだ」
 猫の子を持ち上げるように、ひょいっと麗をフィオドラから引き剥がした。
「みゃう〜ん」
 麗は名残惜しそうにないたが、出来つつある人だかりに気づいたのだろう。フィオドラが差し出したアクセサリーの小袋を胸に抱えて、ごろごろと喉を鳴らす。
「すまない、助かった」
「いや、妹がすまないな」
 薫が詫びると、フィオドラは気にしていないと首を左右に振った。
「それより、君にはこれを受け取ってもらいたいんだが……ダメ……だろうか?」
 先ほど買った帽子の入った袋を遠慮がちに差し出し、フィオドラは上目遣いで薫を見る。薫は一瞬、キツネにつままれたような顔をした後、すぐに破顔一笑。
「ダメなわけがないだろう。ありがとう、大事に使わせてもらう」
 笑顔で袋を受け取った。



 フィオドラが自宅へ戻る頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「博士、ただいま戻りました」
 すぐに夕食の支度をいたしますのでと言いながら、フィオドラは本日の戦利品をとりあえず自室へ運んだ。
「おお、お帰り。……ほほ。大荷物じゃのう」
 自室へ入る直前のフィオドラの姿を見、高尾は思わず頬の筋肉を緩ませた。
 過去のことを忘れろと言うつもりはない。けれど、過去ばかりを見て苦悩と後悔の日々を過ごしてもらいたくはないのだ。
 フィオドラの後見人兼マスターとして、彼女の人生に、少しでも多くの幸があることを願わずにはいられない。彼女をショッピングへ出かけさせたのも、そんな親心からである。
「しょっぴんぐはどうじゃった? 楽しかったかね?」
「その……いろいろ疲れました。自分の世間知らず振りを思い知りましたし──」
 今日買ったばかりのヘアバンドで髪をまとめ、フィオドラはキッチンへと向かった。その道すがら、昼間のことを高尾に報告する。
 ナンパというものをされたこと。C社の薫と麗に会って、映画を見たこと。麗が自分の私設ファンクラブを作っていたことを聞いたのは、2人とお茶をしたときだった。その後、彼女らについてショッピングに向かい、今度はB社のセリアスとカルテリアーと出会ったこと。総勢5人に増えたメンバーでショッピングをし、なんだかよく分からないうちに、 セリアスを“セリィ”、カルテリアーを“キャル”と呼ぶことになってしまったこと。
「ほほ。それは楽しかったじゃろう。お前は、“フィオ”と呼んでくれとは言わんかったのかね?」
 高尾は、ダイニングの椅子に座りながら、夕食の支度をするフィオドラと話をしている。まさか彼女とこんな話が出来る日が来るとは思わなかったと目頭が熱くなった。
「言いましたよ。買い物のあと、もう一度お茶をして、その時に……」


「おねーさまっ……!」
 フィオドラが自分のことはフィオと呼んでほしいと告げた直後、麗はプルプルと小刻みに体を震わせ、
「麗ちゃん、大感激ですぅ〜っっ!!」
 身を乗り出して、フィオドラの手を握り返してきた。
「ああ、一生付いていきます! フィオおねーさま!!」
 頬を紅潮させる麗の瞳はキラキラと夜空を彩る1等星にも負けず劣らずの輝きを発している。
「そんな大げさな…………」
 フルーツパフェをつつくセリアスが、呆れのため息をこぼした。隣でイチゴパフェを食べているカルテリアーも同じようなため息をついている。こんな人だったなんてという文字が、2人の顔にはくっきりと浮かび上がっていた。
「すまないな。あんな妹で……」
「いえ。その……いろいろご苦労をお察しいたします……」
 軽い疲労が浮かぶ顔で呟く薫へ、カルテリアーはタイヘンですねと労いとも慰めとも付かぬ言葉を贈った。
 妹がカルテリアーだったら良かったのにと、心の底から思う薫であった。


「ほっほ。おねーさまときたか。良い友達ができたようじゃの。良きかな、良きかな」
「ああ、そうだ。忘れるところでした。博士にプレゼントがあるんです」
「ほ? ワシにぷれぜんとじゃと?」
 全く予想していなかった言葉が、娘の口から出てきたことに驚き、高尾は目を真ん丸くした。この歳になって、お中元やお歳暮以外の贈り物を貰うことになるとは、思ってもみなかったことである。
 夕飯の支度をする手を止めて、フィオドラは自室へ戻っていった。
 彼女が戻って来るまでの間、高尾はいつになくそわそわした気分で娘を待っていた。
「これです」
 娘が差し出したのはきれいにラッピングされた箱であった。
「ありがとう。開けてみてもええかの?」
「もちろんです。その……私にはよく分からなかったので、皆で選んだのですが……」
「そうか、そうか。ありがとう」
 箱の中から出てきたのは、矢絣模様のサマーニットだった。明るいグレーという色は、今まで高尾が着たことのない色である。
「若い娘さんたちのセンスじゃと、こんなのが良いんじゃろうか?」
「後で着てみて下さい。麗とセリィから是非写メールを送ってほしいと言われているので」
「う、うむ……なら、フィオも今日買った服を着て一緒に写らんか?」
「私もですか?!」
「うむ。それが良いな。そうしよう」
 高尾は上機嫌でにこにこと笑う。そんな風に笑われてしまうと、フィオドラとしては嫌だと言い出せるわけがなく──
「分かりました」了承するその顔には、仕方ないなという笑みが乗っていた。


 数日後、麗が立ち上げたフィオドラの私設ファンクラブサイトのトップページに、ドレープが特徴的なドレスシャツを着てぎこちなく微笑むフィオドラと矢絣模様のサマーニットを着た高尾のツーショットが掲載されていたことを報告しておく。


(かきつばた=幸福はきっとあなたのもの)  



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