乙女の直感は、あなどれない。 雅に逃げられたと知ってから30分と経たないうちに、この人ごみの中から彼女を見つけ出してしまったのだ。 (男女専用レーダーでもついてんじゃねえの?) 怒り心頭のシディアの背中を眺めながら、アサミはため息をつく。 「こんなところで抱き合ったりなんかして、厭らしい!」 「厭らしいって……シディアちゃん、ボクたち女同士なんだけどね?」 薫から離れ、雅はじりじりと後ずさる。人間だったら間違いなく、だらだらと冷や汗をかいているところだろう。 まるで、旦那の浮気を問い詰める女房みたいだなと、アサミは不謹慎な感想を抱いた。ちなみに浮気相手とでも言うべき銀髪の女性は蚊帳の外である。 「一体何をこそこそしてるのかと思ったら……!」 ずんずんと詰め寄っていくシディアの前に、雅は早くも全面降伏の様相だった。両手を上にあげ、 「君の怒った顔も魅力的だけど、シディアちゃんの笑顔の方がボクの好みなんだけどね?」 「ふざけんじゃないわよ! 何なの、この女!!」 びしっと薫を指差し、シディアは雅に突っかかっていく。見物しているアサミは彼女のそのセリフの後に、「私というものがありながら!」というお約束的セリフを付け足したくなった。 (あいつ、絶対に自分の立場ってもんを忘れてんな) ついでにいえば、アサミがいるということも忘れているに違いない。後でB社の仲間に面白おかしく語って聞かせてやろうと思いつつ、アサミは雅と一緒にいた銀髪の女に目を向けた。 初めて見る顔だが、おそらく彼女もグラップドールに違いない。雅が迎えに来ていることを考えれば、所属はC社……となれば、 (ひょっとして、この銀髪女ってC社のトップシークレットなんじゃねえのか?) ──だとすれば、面倒なことになりそうだった。 どうしたものかとすばやく思考を巡らせ始めたアサミの肩を、ポンと叩く者がいた。薫である。彼女は口元を緩めると、「察しが早くて助かる」 「ってことはやっぱり……」 「そうだ。私と会ったことは内緒にしていてもらいたい」 せいぜい1週間くらいのことだろうからと、彼女は付け足した。表情こそ穏やかではあるが紅色の双眸からは無言の圧力を感じる。 「分かったよ」アサミは素直にうなずいた。 「すまないな。いずれ改めて挨拶させてもらう」 瞳の奥に隠していた威圧感を消して、薫はにこりと微笑む。 (コイツ……) 笑みの中に漂う強者の貫禄。ぞくりと背筋が冷えた。 (ふっ。分かるか──) 瞬間的にアサミが表情を強ばらせたのを見て、薫は口元を緩める。さすがB社のトップクラスドールだ。 場所と状況の都合さえつけば、もっと話をしてみたいのだが……雅とシディアの様子を見ればそうも言っていられそうにない。 雅は一方的に押されていた。 「この女は何なのかって聞いてるんでしょ!?」 どんなに追求しようと、雅はのらりくらりと説明を避けようとする。その態度が憎らしくて、とうとうシディアの堪忍袋の緒が切れた。 「いい加減、何とか言ったらどうなのよ?!」 少女は勢いに任せ、手を振り上げる。が、横合いから誰かがシディアの手をつかんだ。きっとそちらをにらみつければ、雅と一緒にいた銀髪の女が呆れ顔で立っている。 「いい加減にしてもらいたいのはこちらなんだがな」 「なっ……! ちょっ、放しなさいよ!!」 捕らえられた腕を引いたが、銀髪女はびくともしない。 「言わせてもらうが、お前は自分の立場と周りの状況が分かっていて、発言し行動しているのか?」 彼女の冷ややかな言葉に、シディアは凍りついた。 「雅はC社、お前はB社の所属だろう? お前には雅を問い詰める権利など何も無いはずだがな?」 「っ!」 「雅がどこで何をしていようと、お前には関係のないことだ。雅を責めるのは筋違いもいいところだ。違うか?」 今、いる場所は空港という衆目を集める場所。こんなところで、B社の者がC社の者と騒ぎを起こしたなんてことが知られれば、立派なスキャンダルだ。 そうなれば、シディアにも何らかのペナルティが科されるのは考えなくても分かることである。 「くっ……」 悔しそうに唇をかみ締めるシディア。 それでも、怒りに燃える視線はまっすぐに薫へ向いていた。負けん気の強いお嬢さんである。こういう娘は嫌いじゃない。なるほど、雅がかまいたがる訳だと納得もする。 「分かれば良い」 口元を緩めた薫は、掴んでいたシディアの手を離してやった。刺すような鋭い視線は変わらず向けられているが、それは黙殺して紅の双眸をアサミへ移す。 「では、我々はこれで。さっき、頼んだこと、このお転婆なレディにも話しておいてくれないか」 「わぁったよ。またな」 「ああ。近いうちに、また……」 再会を楽しみにしていると笑いかけ、薫は雅に声をかけた。雅はうなずくと、シディアへ顔を向け、 「ごめんね、シディアちゃん。近いうちにちゃんと説明するから」 すまなさそうに顔の前で手を合わせた。 「それじゃあ、またね」 アサミにも一礼をしてから、先に歩きだした薫の後を追いかける。後に残されたシディアのことを思うと、先行きが少し不安だが……こればかりはどうしようもないことだ。 「薫、ちょっとからかいすぎだよ」 「からかう? 人聞きの悪いことを言わないでくれ。私は事実を言っただけだぞ」 「じゃあ、その悪戯っぽい笑顔は何なのかな?」 「可愛いお嬢さんだと思っただけさ」 姉の返答に、やっぱりからかったんじゃないかと、雅は肩をすくめた。基本的に真面目な姉ではあるが、こういうところは、自分に似ていると思う。いや、雅が薫に似ているというのが正しいのかも知れないが。 後に残されたシディアは、毛先をわなわなと震わせながら、般若のごとき形相でアサミを見やった。 「どういうことなのよ?!」 「どうって……ちょっと考えたら分かることじゃねえか。あの銀髪女、参戦表明前のGDなんだろ。男女が名前も言わなかったってことは、隠し玉扱いなんじゃねえの?」 「……っ!」 アサミの発言を聞いたシディアの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。アサミが言ったとおり、ちょっと考えれば、それくらいのことは簡単に推測できることである。 なぜそれに思い至らなかったのか。察しの悪い娘だと、雅に思われてしまったかもしれない。 「ここで会ったことは内緒にしといてくれって、言われたんだよ。こっちの立場ってモンを考えたら、しゃべるわけにもいかねえだろ」 雅を空港まで追いかけてきて、C社のトップシークレットと出会いましただなんて、上に報告できるわけがない。何せ、雅を追いかけた理由が理由なのである。 シディアだって、それくらいのことは分かるはずだ。 「〜〜っ! 〜〜っ!!」 やり場のない怒りの発散場所を求めて、彼女はぎりぎりと奥歯をかみ締めている。 「やれやれ」 参ったぜとつぶやき、アサミは後頭部を掻いた。それでも、シディアの思わぬ一面を見られたことは嬉しい収穫だったといえる。貸しも1つ作れたし、雅のことをネタにすれば彼女をからかえることも分かった。 「もうここに用はねえだろ。帰ろうぜ」 「分かってるわよ!!」 常ならばむっとなるとげとげしい返事だったが、今はちっとも気にならなかった。 「おめえ、意外とかわいいとこあるよな」 「うるさい! 黙れ!!」 シディアの罵倒さえ、今は笑いの種にしかならないアサミであった。 空港の一件から一週間後。 「へっ。つまんねー試合だったぜ」 一試合終えたアサミは、鼻を鳴らした。対戦相手の性格が内気だったため、アサミの気迫に負けてすぐに降参してしまったからである。 さっさと雪乃と合流して帰ろうと考えたその時、前方に人影があるのに気づいた。 「あン?」今日の試合は、今のアサミのもので終わりのはずである。一体誰だといぶかしく思いながら顔を上げると、 「不完全燃焼──と言ったところだな?」 唇の端に薄い笑みをのせ、かの人は言う。 「てってめえ! 銀髪女!!」 そこに立っていたのは、先日空港で出会った紅色の瞳をした銀髪のグラップドールであった。 今日は空港の時とは違い、左目に眼帯をし、背中には大剣を背負っている。衣装のモチーフは、海賊であろう。 「確かに銀髪だがな」くすっと笑いをこぼした彼女は右手を差し出し「C社所属の薫だ。雅とは姉妹機になる」 「そうだったのかよ。オレはB社のアサミだ。よろしくたのむぜ」 差し出された手を握り返し、アサミは相好を崩す。 「こちらこそ、よろしく頼む」 「ところでおめえ、何でこんなところにいるんだ?」 「今からデビュー戦なんだ」 にこりと微笑んだ薫は、リングの方を指差した。どういうことだとアサミがたずねるより早く、 『さぁてご来場の皆様! ここで帰るのはまだ早い。今宵は、シークレットマッチをお届けしよう!!』 場内に流れたアナウンスに、観客席が沸き立った。まず紹介されたのは、中位クラスに所属するGDだった。 過去、アサミも対戦したことのあるドールで、一応勝利をおさめることはできたものの、少々てこずったことを思い出す。 『対するは、アメリカンリーグにて3度の優勝経験を持つ強豪ドールッ!』 「では、行ってくる」 薫は余裕の笑みを浮かべると、リングに向けて駆けて行った。アサミは、思わずその後を追いかけてしまう。 『サイクロン・パイレートッッ!! か・お・る・君〜〜ッッ!!!』 「さあ、海賊が勝ち星という宝を奪いに来たぞ?」 リングに立った薫は、背の大剣を抜き、その切っ先を対戦相手へと突きつけた。 翌日、C社は薫君と雅様のペアでタッグ戦への参戦を表明。 「妹とリングに立てることを嬉しく思います。私の姿勢を考慮してくれて、戦闘スタイルを少しばかり変更してくれたようですし──」 「もちろん、ボクとしても姉と同じリングに立てるのは願ってもないことです。ただ、女性を傷つけたくないというボクの主義は姉の姿勢に反するので……少し方針を転換しまして、そうです。先日のヴィクトリア戦が方針転換をした最初の試合ということになりますね」 マスコミのインタビューに、姉妹はこのように答えている。 |