その日は、とても天気の良い日だった。
 青い空には綿菓子みたいな、美味しそうな雲が2つ3つ。
 日差しはぽかぽかしていて気持ちよくて、頬を撫でる風はちょっとくすぐったくて、まぶたが重たくなるのも仕方がないというものだ。
「ふ……にゅ……」



突撃! グラップドール!!
〜 レオナ……編? 〜


「……ん……」
 何だか周りが騒がしい。研究所は人が少なくて、こんなにたくさんの音はしない。
『お客様のお呼び出しを申し上げます……』
 研究所は広かったが、お客さまを呼び出さなくてはいけないほどでもなかったはずだ。
 どういうことなんだろうと不思議に思い、レオナはゆっくりと目を開けた。とたん、
「あ! 目を覚ましたぞ!」
「ほんとだ、やっと起きたよ!」
 知らない人の顔がずら〜り。レオナを見つめる彼らの手には、デジカメや携帯が握られている。
「ふぇ? ど、どーなって……?」
 レオナはぱちぱちと瞬きをした。何がどうなっているのか、さっぱり分からない。写真良いですか? と問われるのにも答えず、少女は自身の開発者である教授の姿を探した。
「きょ、きょーじゅ?」
 きょろきょろと見回すが、見慣れた教授の姿はどこにもない。見えるのは、知らない人たちばかりである。
「教授……」
 思わず涙腺が緩みそうになったその時、
『目が覚めたか』
 教授の声がすぐ側で聞こえた。どこかへ出かけていたのだろうか。レオナはほっと胸を撫で下ろしつつ、天上天下唯我独尊を地で行く彼女の姿を探す。
 ──が、やっぱりその姿はどこにもない。
『あぁ、あたしを探すだけ無駄だ。あたしは研究から手が離せないからな』
「えぇっ?!」
 教授の声は、レオナのすぐ側に置かれたクラシカルなテープレコーダーから聞こえてきていた。レオナは慌ててそれを手に取った。
「きょっ、教授!?」
『今日はグラップドールのファン感謝祭だそうだ。お前もグラップドールなんだから、参加せん訳にはいかんだろう』
「そっ、それはそーかもしれないけど、何で1人?」
『あたしは研究中だからな。獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすと言うぞ。まあお前が突き落とされた先は、千尋の谷ではなく、ただの感謝祭だがな』
「そんな、私1人でどうしろと?!」
『自分で考えろ。ああ、そうだ。せめてもの情けにお前に生き残るヒントはくれてやる』
「ヒント? 何?!」
『月刊GDファンのが来ているはずだ』
がいるの?!」
 教授のくれたヒントにレオナは目を輝かせた。
 基本的にファンが目にするのは、リング上でのGDの姿である。戦闘時には、凶暴化してしまうレオナはデビュー当初、ファンはもちろん記者団からも恐れられていたのだ。
 今でこそ、取材を受けることは珍しくなくなっているが、デビュー当時はそういうことも少なく、ファン獲得には少々苦労したものである。──教授は全く気にしていなかったようであるが。
 そんな中、いち早くレオナに好意的なアプローチをかけて来た記者が、であった。彼の取材を受けてから、ファンが付くようになったと言ってもいい。
『では、健闘を祈る。なお、このテープは自動的に消滅する』
「え?」
 テープの声を疑うヒマもなく、テープレコーダーはぼんっ! と音を立てて自滅した。
 相変わらずやることがむちゃくちゃというか、趣味に生きているというか……。その場にいたファンも煙に巻かれ、けほけほと咳き込んでいる。
「けほけほっ!」
 白煙から逃げるようにして、レオナはその場から移動した。今なら、ファンも追いかけて来ない……と思ったのだが──
「レオナちゃん、こっち向いて!」
「う?」
 声に釣られてそちらに顔を向けると、とたんにフラッシュの雨に襲われる。
 煙の害から逃れたファンがいたようだ。これがリングの上のことであったらちっとも怖くないが、リング外となると話は別である。
〜!」
 レオナは逃げ出した。



 その頃、は、ネモインダストリアルカンパニー所属のグラップドール・アリスとそのマスターであるニアを取材していた。
 アリスは会話能力がないため、ニアを通訳としての取材となる。初めのころは慣れずに難儀していたが、今ではすっかり慣れたものだ。
 NICのほうも最初は取材に戸惑っていたようだが、今ではすっかり手馴れたものである。
 慣れない記者──理佳のことである──からの取材についても、戸惑うことなく相手をしてくれていた。
「今回、初めての大規模なファン感謝祭となったわけですが、参加してみていかがですか?」
 理佳がアリスにたずねた。アリスは、表情を変えずにこくこくとうなずいている。
「え……と……」
「ウチは小さなチームですので、なかなかファンの皆さんと交流できる機会を持つことができないのを申し訳なく思っていたところなんです。ですので、こういう形でファンの皆さんとお会いできることができて、とても嬉しく思います。ね、アリス」
 ニアが同意を求めると、アリスはこくこくとうなずく。
 取材を受けている最中にも、子供が「アリスだー!」と指差すので、アリスは表情が変わらないながら、声を出した子供に向かって手を振っていた。
 子供も嬉しそうに手を振り替えしている。
「人気者だな」
 その様子を如才なくカメラにおさめながら、が苦笑した。子供に人気といえば、アリスとB社のマリネリアの名前があがる。男の子に限定すると、C社の桜歌も入るだろうか。
「おかげさまで」
 ニアがにこりと微笑んだその時だった。
〜!!」
 泣き声にも似た大きな声が聞こえたと同時に、どんっと背中に衝撃が来た。
「お? うおわっ?! なっなん……レオナか?!」
 背中に飛びついて来たのは、謎多き科学者・教授が作り上げたグラップドールレオナであった。
 試合中の凶悪な姿からは想像できない姿で、わんわん泣きながらの背中にすがり付いている。
「おい、一体どうしたんだよ?!」
「教授が生き延びたけりゃ、のとこ行けって言った!」
「はあ?」
 何だそりゃ。どういうことだと問いかけたが、レオナは答えなかった。散々泣きまくった後、泣き疲れたのか眠ってしまったのである。
「……どーなってんだ?」
 とりあえず、背負える重さでよかったと思う。
「先輩……そういう趣味があったんですか?」
「あァ? 何が言いてえのかなぁ? お嬢ちゃんは」
 理佳の頭を上からぐいぐい押さえつけてやった。
「ちょ、先輩!? 縮んだらどうするんですか?!」
「俺サマは困らねえからなあ」
 涙を目じりに浮かべる後輩の訴えを鼻で笑い飛ばし、はレオナを背負いなおした。
「ったく、何がどうなってんだ?」
「レオナって、こんな性格でしたっけ?」
 の背中ですやすやと寝息を立てる少女の顔を覗きこみながら、ニアは首をかしげていた。その横では、彼女の真似をするようにアリスも首をかしげている。
 新たな取材のタネは、しばらく起きてくれそうにない。
「……こいつが起きてくれるまで、このままで取材かよ?」
「何か、逆に取材されちゃいそうですね……」
 イベントにハプニングはつき物だが……こんなのはありなのかと、は大きなため息をついたのだった。


 
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