雑踏の中を移動する時、小さい我が身が呪わしい。理佳は、人ごみに翻弄されながら、小さなうめき声を漏らす。こういう時は、金に糸目はつけないからどうにかして身長を伸ばせないものかと真剣に考えてしまうのであった。


突撃! グラップドール!!
〜 かずさ編 〜


「……先輩、カレーの匂いがしませんか?」
 フットワークが重く、しょっちゅう人に閊えている後輩の面倒を見るのに疲れたは、ちょっと休憩とばかりに通路の隅っこに設けられた喫煙スペースに足を向けた。ちょっと一服させてくれと、理佳に言い、ジャケットのポケットからタバコを取り出す。
「カレー? あぁ、本当だな。飲食ブースでカレーを作ってるんだろ」
「えぇと……待ってくださいね」
 理佳は言いながら、バッグの中をごそごそあさり、パンフレットを取り出した。「今いるのがここだから──あ、自衛隊が飲食ブースを出していますよ」
「自衛隊ってことは、秋桜あきざくら とかずさがいるだろうな」
「秋桜は、陸上自衛隊、かずさは海上自衛隊の所属でしたよね?」
「そうだ」
 加えてこの2体には、他のGDと異なる点があった。秋桜は、珍しい遠隔操作型だし、かずさは元々特殊哨戒艇の一種として開発運用されていた機体である。
「もちろん、取材に行くんですよね?」
「当然だ。ああ見えて、かずさはけっこう可愛いんだぞ。知ってるか?」
 携帯灰皿にタバコを押し付けながら、はにやりと笑った。言葉の外に「お前と違って」という補足が聞こえるようで「どーせ、私は可愛くありませんよぉーだ」
 理佳は唇を尖らせてぼやく。ぼやいた後で、自分の失言にはっとなったが、幸いにしてには聞かれていなかったようだ。
「おい。何してる! 行くぞ」
 彼はスペースから離れて自衛隊ブースへ向かっていたからである。理佳はほっと胸をなでおろすと、
「今行きまーすっ!」あわてて彼の後を追いかけた。


「海尉殿! このままでは、みなに振舞うカレーが足りなくなってしまうであります! 早急に材料の補給をお願いする所存でありますっ!」
「どんだけ作るつもりだ、お前はっ!?」
 と理佳が自衛隊のブースに付いたとたんのやり取りであった。
 材料補給を願い出たのは、海上自衛隊所属のGDかずさであり、それに答えたのが彼女のマスターである陸奥利樹むつ としき 一等海尉である。
「まだ未調理の材料は、山ほどあるだろ?!」
「はっ! それは十分承知しておりますが、これだけの人出があるとなればそれだけでは不十分なのではないかと考える次第であります!」
 びしいっと敬礼にしながら、かずさは陸奥海尉の問いに答えている。パートナーの返答を聞いた陸奥海尉はがっくりうなだれると、大きなため息を1つ。
「飲食ブースはうちだけじゃないんだ。そんなに心配しなくても大丈夫だ」
 いざとなれば、外に食べに行くという方法だってある。会場周辺には、人出を見込んだ出店も出ていたはずだ。それを説明すると、「なるほど! さすがは海尉殿!」
 御見それしましたと、かずさは答える。受け取りようによっては小ばかにされているとも受け取れる発言であったが、かずさはあくまでも大真面目だ。
 陸奥は「ありがとよ」と投げやりに答える。2人のやり取りを横で聞いていたは、
「苦労してんなあ、利樹」
 同情を寄せるとともに、彼の肩をぽんっと叩いた。
「おっと、じゃないか。久しぶりだなあ」
 顔を上げた陸奥は、の顔を見ると表情をほころばせる。と陸奥は年代が近いこともあってか、ウマが合い、プライベートでも時々顔を合わせているのだ。
「これは殿。お久しぶりであります!」
「よう。また、はりきってんな」
 かずさの格好をしみじみと眺め、は苦笑いを浮かべる。今日の彼女は、武装の類を一切はずし、かわりにビッグサイズのエプロンを装着していた。
「おっきーですねぇ」
 ぽかんと口を開けて、理佳はかずさを見上げる。ちびの理佳では、彼女と目を合わせようと思ったら首をほぼ直角に曲げなくてはならなかった。
「はっ! 恐縮であります」
「いやなんかそれ日本語おかしいだろ」
 顔の前で、手を左右にぱたぱた振りながら男2人が、かずさの答えにツッコミを入れる。
「ところで、貴君は……?」
「あぁ、失礼しました! 私、月刊GDの高遠理佳と申します」
 理佳は名刺を引っ張り出すと、陸奥とかずさに1枚ずつ手渡した。陸奥は「これはご丁寧に」と言って、自分の分の名刺をくれる。
「ところで、あの壁にはりつけてあるエプロンって何なんですか?」
 ブースの壁に展示されているエプロンは、かずさが身に付けているものと同じデザインだが、少々サイズが大きいようだ。理佳がつけたら、ワンピースどころか裾を引きずるタイプのドレスになってしまいそうである。
「あれは、かずさが今着ているエプロンと同じサイズのエプロンを展示してあるんだ」
「えぇ!? あれを付けてらっしゃるんですか?」
 上ずった声で理佳が確認すると、かずさが沈んだ顔で「そのとおりであります」
 ぼそぼそとした覇気のない声で答える。
「え、あ、うわ……そのっ、すみませんすみません!」
 大きいことを気にしていたのかと驚きつつ、理佳は慌ててかずさに頭を下げた。こんなところで悪印象を持ってもらいたくはない。何とか気を取り直してもらおうと謝罪するが、かずさはなかなか浮上してくれなかった。
「あーなんだ。新人の登竜門みたいなもんだな、これは」
「そーだなぁ……」
 女の子たちのやりとりを、男2人は生ぬるい顔で見守っている。その一方で、 「ところで、陸自の秋桜はどうしたんだ?」「あれはこういうところで動かして見せるのは難しいからって、今回は未参加だ」「それもそうか」 なんて雑談とも取材ともつかぬ会話をしていた。
「んじゃあ、ここで売り出すカレーは全部、かずさが?」
「いや、かずさ1人じゃ無理だから、秋桜のパイロットが手伝ってくれてる」
 見れば、若い女性が2人、ひぃひぃ言いながら巨大しゃもじを使って巨大な鍋の中身をかき回していた。目が合ったので「どうも。お久しぶりです」と会釈すると、向こうも「どうも〜」と会釈を返してくれる。
 2人とも汗だくになっているので、「がんばってくださいね」とエールを送っておく。
 こちらのブースでは、カレーの販売のほか、かずさや秋桜の普段の様子を写したパネル写真も展示されていた。自衛隊所属だけあって、式典などには制服を着用して出席しているらしい。── ただし、秋桜は遠隔操作型という機体性能上、式典などには未参加である。
 こういったあたりも、民間企業所属のGDとは異なる点だといえるだろう。
 また、かずさが身に付けているエプロンと同じデザインのエプロンがこちらのブースで販売されている。サイズは子供用から大人用まで、色違いまで用意しているという懲りようだ。陸奥の話だと、今回の売れ行きによっては公式グッズとして販売することも考えられているらしい。
「そういえば、かずさのグッズはなかったな」
「まあな。民間企業みたいに営利目的でどんどん作るわけにゃいかないんだ」
 なるほどなと、はうなずく。ちなみに、2人が会話している最中も、
「ほんっ、ほんとーにっすみません〜〜」
「いや、気にしないでくれ。私が大きいのは事実だ」
 理佳はぺこぺこ頭を下げていたし、かずさはブルーな表情で「気にしないでくれ」を連発している。一向に浮上しないかずさに負けたのか、
「はう〜っっ、せんぱ〜いっ……」
 に助けを求めてきた。
「俺にどうしろって言うんだよ」
 思わず肩を落とすへ、
「お前も苦労してるんだな」
 さっきのお返しと言いたげに、にんまり笑った陸奥が その肩を叩くのであった。



 
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