グラップドールというロボットが社会に定着して久しい。鋼の乙女たちの試合も、ワールドワイドの広がりを見せ、商業的にも見逃せない大規模な市場となってきた。


突撃! グラップドール!!
〜 ナーガ編 〜


「うわ〜……すごいファンの数ですね、 先輩っ」
 首都特別経済区域の中でも1番収容人数の多いドームの前は、グラップドールのファンで埋め尽くされていた。
 上は50代くらいの男性から、下は小学生くらいの女の子まで。改めて鋼の乙女たちが幅広い年齢層に受けいれられているかを実感させられる思いである。
 眼鏡の奥の瞳をきらきらと輝かせた高遠理佳は、1歩前を歩く に話しかけた。
「そりゃそうだろうさ。所属を超えてこれだけの数のGDが集まる機会なんて早々あるもんじゃねえからな」
 まして彼女たちと直接触れ合えるのだから、ファンがこぞって押し寄せるのも当然のことと言える。
 またファンの中には、自身が贔屓しているドールのコスプレをしている者もいた。女性が多いが、中には男性のコスプレイヤーも見受けられる。失笑を禁じえない男性レイヤーもいれば、性別判断に困るレイヤーもいた。
 この熱気を伝えるため、テレビの取材も来ていたりなんかして、会場の熱はヒートアップするばかり。取材陣の中にはテレビ局が所有するGD──ランキングは下位だったが──にリポートをさせているところもあった。
「はしゃぐ気持ちは分からないでもないが……仕事を忘れてもらっちゃ困るぜ、お嬢ちゃん」
「〜っ、先輩っ! お嬢ちゃんはやめてください!」
 思わず頬を膨らす理佳だったが、はあっはっはと笑ってまったく取り合ってくれない。ほら行くぜと、理佳の頭を軽く小突き、彼はさっさと歩き出してしまった。
(いつか絶対に認めさせてやるっ)
 の背中を睨みつけ、理佳はその後を追いかける。
 二人が向かう先は関係者用の入場口であった。彼らは、月刊GDファンという、グラップドール専門雑誌の記者なのである。
  は、リーグが開催された頃からのベテラン記者。彼の書く記事は、ファンは元よりドールやその開発者たちからも高い定評を得ていた。
 一方、彼とコンビを組んでいる高遠理佳は記者としてもGDファンとしても新米である。今はにくっついて仕事を覚えていっているという状態であった。
「おはようございます」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
 入り口で受付をすませ、取材章をもらう。は受付嬢とも面識があるのか「朝っぱらから大変だねえ」
 なんて世間話をしていた。
(可愛いコを見ると、すぐこれなんだからッ)
 へらへらと笑っているへ苛立ちを募らせながら、理佳はGD感謝祭のパンフレットをめくる。  ファングッズを中心とした物品の販売や、GDによるトークショーやライブイベントは当然のことながら、ビンゴゲーム大会、GDとの写真撮影会、握手会なども予定されているそうだ。
 また、ブースの出展が難しい小規模チームのドールなどは、コンパニオンとして会場内を散策しているらしい。
「……一体どこから手をつければいいのやら……」
「感謝祭は明日もあるんだ。急ぐことはねえ」
「でも──」
「祭りの参加も仕事にゃ違いねえが、祭りってのは楽しんだモン勝ちなのよ。てめえが楽しまなきゃ、会場に来られなかったファンにこの空気は伝わらねえ」
 口角を持ち上げてにっと笑うは、ガキ大将そのものであった。そんなものでしょうかと理佳が口ごもると、
「この俺サマの言うことが信じられねえってのか?」
 サドッ気全開の表情で睨みつけてくる。はいとうなずけば、ひどい目に合わされるに違いない。
「そんなことないです! 信じます!」
 わが身可愛さに、理佳は慌てて首を左右に振った。
「分かりゃあいいんだ。現時点でコンパニオンとして参加してる有名どころは、ネモインダストリアルカンパニーのアリスとAシリーズの3体、シュテルン、辰巳福助所有のナーガだとさ」
「え、えーしりーず?」
 理佳がぱちぱちと瞬きをすると、は「あのなあ」とため息をつきながら、頭を掻いた。
「武装した天使みてぇな姿した3体がいるだろ。アルス、アーク、アルファって名前の──」
「ああ!」
 名前を言われてようやく理解する。そういえば、この3体はA−Linkシステムなるものを搭載したドールだったことも思い出す。それでAシリーズかと、理佳は納得した。
「勉強不足だな、お嬢ちゃん」
「いたッ」
 ぺいっと頭を叩かれてしまったが。これは文句を言うに言えない。コンパニオン参加のドールについては、積極的に探しはしないぞと、。これだけの人出なのだから、探しだすだけでも一苦労なのは間違いない。
「分かりました」
 一般客の入場を前に、会場内はそわそわと浮き足立っていた。とりあえず先に大手をおさえておくぞと、は大またで歩き出す。
「あ、先輩ッ! 待ってくださいよ!?」
 理佳とではコンパスの長さが違うのだ。あんなふうに大またで歩かれたら、理佳は小走りでないと追いつけない。
 B社とC社の参加ドールに短いインタビューをし終えた頃、一般客の入場が始まった。
 走らないでください、というアナウンスが流れるが、そんなものは誰も聞いちゃいなかった。
 水牛の群れが移動するかのような迫力で、ファンたちはお目当てのブースに突撃をかましてくれる。
「はわわわわわ」
 キケンなくらいアドレナリンを放出しまくっているファンの姿に、理佳は小さな悲鳴をもらした。自分は関係ないと分かっていても、怖いものは怖い。理佳は無意識に、小さな子供が父の背中に隠れるように、の背中に隠れていた。
「おいおい、お嬢ちゃん。どうしたんだよ?」
「ふぇ? へ……あッ!」
 肩越しに振り返り、理佳を見下ろしてくる亮。軽く目を見張る彼の視線を受け止め、理佳は自分が亮の背中に隠れ、彼のシャツをきゅっと握り締めていることに気がついた。
「はわわわ。すッ、すみません〜……!」
 慌ててシャツを掴む手を離す。自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。穴があったら入りたいくらい、恥ずかしい。
「しょうがねえ、お嬢ちゃんだなあ」
 は破顔すると理佳の頭をその大きな手で撫でた。
「こっ子供扱いしないでください……」
 一応文句を言ったが、頬を赤らめたままでは何の効果もない。案の定、
「ンな顔で言われてもなあ」
 はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ほほほ。微笑ましゅうございんすなあ」
「あ、ナーガ……さん!」
 横から投げかけられてきた時代劇の花魁のような口調に顔をめぐらせると、そこには半身半蛇の少女が口元に手を当ててころころと笑っていた。
さま、お久しゅうございんす」
 リング上では中東的な装飾に身を包んでいる彼女も、今日は薄手のポンチョのような物を羽織っていた。
「あぁ、もうそんな風に言われるほど会ってなかったかな。元気そうで何よりだ」
 ナーガはニコリと微笑むと理佳へ一瞥を向け、
「こちらが亮サマの可愛い人でござりんすね? 聞いておりぃすよ」
「かっ可愛い人って……?! ちっ違います、私はただの後輩です!」
 顔を真っ赤にして彼女の言葉を否定した理佳は、バッグの中から名刺を取り出し、深々と頭を下げて挨拶をした。
「あれあれ。イチゴのように真っ赤になりぃしてほんに可愛らしゅうござんすなあ」
 理佳の名刺を受け取ったナーガはころころと鈴を転がしたように笑う。
 外見的には悪役と取られがちなナーガではあるが、実際に話してみると面倒見のよさそうな雰囲気が伺えた。
「ところで、辰巳氏はいないのか?」
「福さまはお仕事の都合がつきぃせんでした」
 心の底から残念そうにナーガはしょんぼりと肩を落とす。表情を雲らせたのは一瞬のことで、すぐに顔をあげると、「そのかわり、今日はぬしさんたちが、たくさん来てくださっておりぃすよ。わっちは幸せ者でありぃす」
 彼女が後ろを振り返ると、スタッフ章をつけた学生たちが声をそろえて、
「ナ・ア・ガ・ちゃ〜んっっ!!」
 まるでアイドルの親衛隊のようである。ナーガはニコリ微笑むと「ぬしさんたち〜、愛しておりぃすえ〜!」
 学生たちに向かって両手を振った。そのことで、学生たちはますます盛り上がる。
「ますます仲が良くなってるな」
「わっちとぬしさんたちは、思い思われの相思相愛の仲でございんす」
 苦笑交じりのの発言に、ナーガは恥ずかしげもなく答えてみせた。
「それじゃあ、相思相愛のあんたたちのスナップを1枚撮らせてもらってかまわないかな?」
「もちろん、よろしゅうござんすよ。さまはお上手ですよって、わっちからお願いしたいくらい」
 一般入場も始まっていて、先ほどからナーガの姿を発見したファンが遠巻きに彼女を見つめている。
 それに気づいたナーガはファンに向かって手を振り、にこりと微笑んだ。
 の趣味はカメラである。それが高じて、記事に使う写真を自分で撮影するようになったのだ。
 こういうとき、理佳は手持ち無沙汰で困る。とりあえず、今の会話の内容を手早く取材メモに記しておいた。
「あんたのファンのためにも独占し続けるわけにはいかないな。ぬしさんたち、ナーガを中心にして並んでくれないか」
「らじゃーっす!」
 学生たちは我先にとナーガの側に駆け寄った。それじゃあ撮るぞと声をかけ、がシャッターを押したその時、
「何だい。ぼくだけのけ者かい?」
 ナーガを開発した大島教授がファインダーの前をよぎり、ブイサイン。実にファインダーの半分を占拠したスナップとなってしまった。
「ちょっ、教授〜!?」
「あれ、大島さま……」
 被写体はもちろんのこと、撮影するもそれを見ていた理佳も目を丸くする。
く〜ん、その写真、楽しみにしてるからね〜」
 どこへ行くにも白衣を手放さない大島教授は、チョコバナナを片手にスキップしながら去っていく。
「了解しました」
 子供のように手を振る教授に、は苦笑いで返事をした。
「あの人、いつも楽しそうだよな」
 彼の乱入によりスナップに写ることができなかった学生が、教授を追いかけに走る。彼のいたずらから逃れることができたゼミ生たちはナーガの側にいて、彼女の側にとどまったままだ。
「ありがとうございました」  彼女たちに一礼をしてはその場を離れた。とたん、遠巻きに見ていたファンたちが駆け足で近づいてくる。
「人気あるんですねえ」
「半人半獣のドールの中じゃ、ライカニーネと並んで比較的上位にいるからな」
 人ごみの中に身を投じ、は次のドールを探して周辺に目を配った。理佳もそれに習って、ドールの姿を探して回りを見回す。ドール探しに夢中になるあまり、人にぶつかりそうになったり、転倒しそうになったりして、その度にの手を煩わせることになったのは……愛嬌の範囲だろう。


 
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