乙女心のスタッカート 「いいわね〜、グレイスは」 穏やかな昼下がり。格納庫のCOW BOYにやって来ていた蒼月は、カウンターに頬杖をついて、給仕をしているグレイスを見た。 「突然、どうしたんですの?」 コーヒーカップをカウンターに置きつつ、グレイスは軽く目を見張る。 心を持ったロボットが人間の姿になってから、ずいぶん時間が経った。ロボットたちは、それぞれに擬人化ライフを楽しんでいる。 ウィルダネス組は、その最たるメンバーであるといえた。何せ、お子様ラシュネスがいるので、普段行けない場所──たとえば動物園とか水族園、ペットランド、遊園地など──へは、行けるうちに行ってしまえ! という風潮が濃い。 「そのペンダント、イサムにもらったんでしょ?」 蒼月が指差すのは、グレイスの胸元に揺れる蝶のペンダントである。ピンクと黄色のグラデーションの、可愛らしいデザインのものだ。 これは、以前、展覧会に出かけたときに買ってもらった物である。 「え? えぇ……」 ペンダントトップに手をやり、グレイスは恥らうように頬を染める。 初めの頃は、いつロボットに戻るか分からないからと、敬遠していたアクセサリー類であったが、時間の経過と共に、敬遠意識が薄れてきたのだ。 今では、少しずつ増えていっている。 「デートもしてるんでしょ?」 グレイスに羨ましげな視線を向け、蒼月は言う。 わりとあちこちへ好きに出かけて行くウィルダネス組ではあるが、イサムの趣味である美術館や植物園などへの付き合いは悪く、自然、グレイスと2人で出かけることになってしまうのだった。 「羨ましいなあ」 「あら、紅麗さんをお誘いして、お出かけになられればよろしいのに」 普段の彼女の性格を考えれば、あっちこっちに誘い出しそうに思えるのだが──そういえば、蒼月と紅麗が2人で出かけた、というような話は耳にしない。 「そうなんだけどぉー」 チャイナレディは、唇を尖らせ、カウンターに突っ伏した。 乙女としては、誘うより、男性の方から誘ってもらいたいのだろう。 「……紅麗さんの性格では、それも難しそうですわね」 彼のことだから、蒼月が出かけたがっていることには気づいているはずだ。しかし、シャイな性格が災いして、誘うに誘えないのだろう。 困りましたわねと、頬に片手を当て、グレイスはため息をついた。 たとえば、グレイスやイサムのように、花の展覧会に出かけるとか、美術展を見に行くというような、出かける口実があればいいのだろうが…… 「そういうのって、趣味じゃないしー」 「ですわよねえ」 かといって、アウトドアへ! というのもなんだか違うような気がする。 「あ、そうですわ。拳火さんに相談なさったらいかが?」 「拳火にぃ?」 カウンターに突っ伏していた顔を上げ、蒼月はいぶかしげな声を出す。あいつに相談したところで、何にもならないと言っているように思えるのは、気のせいだろうか。 「2人きりというのは難しそうですもの。グループデートということになさっては?」 拳火だって、水衣と出かけたいと考えているはずである。だったら、お互いを口実にさせてもらって、出かければいい。 「あー、なるほど。そっかあ……」 そういう手があったかと、蒼月は頷いた。 「わたくし達の場合、街に出てみたい、というだけでも十分な理由になりますわ」 「それもそうよねー」 ロボットの時の自分たちは、街をに行くことさえできないのである。自由に街を歩いてみたい、カフェでお茶をしてみたい、ウインドウショッピングをしてみたい。そんな何でもないことでも、出かける口実になる。 「早速、作戦の打ち合わせをしてくるわ」 カップを持ち上げ、蒼月は一気に飲み干した。まるで、戦前の景気づけのような勇ましさである。 「ご健闘をお祈りしておりますわ」 「任せて!」 にっこり微笑むグレイスに、チャイナレディは勝気な笑みを返すのだった。 |