フェイク・ガールズ トリニティの襲撃が、ぷつりと途絶えたラストガーディアン。トリニティ襲撃予報官ブリットも、まだしばらくはなさそうだとの見方を強めている。 そんなわけで、艦内はのんびりしたムードが漂っていた。 「なあ、食堂寄ってくだろ?」 整備班でアルバイトをしている龍門拳火が、アルバイト仲間である風魔柊に声をかける。拳火はブレイブナイツ、柊は勇者忍軍。戦闘班としてのチームは違えど、お互いのリーダーが親しいこととバイト先が同じこともあって、2人は行動を共にすることが少なくない。 「ん〜……どうしよっかなあ……」 いつもならすぐにOKが出るのに、今日は珍しく難しい顔だ。柊は、かなり迷っているようである。 「何だ? 腹減ってねえのかよ?」 「軽く食べたいって気持ちはあるんだけどさ、これからの出費を考えるとちょっと……」 悪戯っぽい顔で、柊はぺロリと舌を出す。彼は玩具好きとして艦内でも知られていた。 「来月の発売予定の玩具と財布を照らし合わせると、ちょっときついんだよね」 ここは柊が暮らしていた世界ではない。そのため、玩具コレクションは1から集めなおしという、嬉しいような哀しいような状況に陥ってしまっているのである。 「玩具会社は、オイラのことなんて関係ないから、こっちの都合なんてお構いなしにどんどん新しいのを売り出してくれるんだよね」 これもまた、嬉しいような哀しいような、という状況の一因であった。 収集癖のない拳火としては、想像できない心境である。ともあれ、懐具合が厳しいということだけは、理解できた。 「じゃあ、ジャンクさんとこ行くか?」 「へ? ジャンクさんとこ? 何で?」 柊はパチパチと瞬きをする。 「ブリットとユマから聞いた話なんだけどよ。志狼と陽平がトーコに遊ばれてる分、飲食代として還元してくれてるんだと」 弄り代は、主に当人ではなくチームメイトに還元されているらしい。なので、ブリットもユマも、ジャンクのところで飲食代を支払ったことがないのである。ちなみに、陽平の分は主に釧の飲食代に適用されているらしい。 「そ、そーなんだ……」 釧がジャンクのところに頻繁に顔を出しているらしいという話は知っていたが、まさかそういう仕組みになっているとは知らなかった。 「そういうわけだから、俺たちもタダで食えるんじゃねえかな?」 「んじゃあ、ダメで元々。行くだけ行ってみよっか」 どうせ、帰り道である。寄って行くくらい、訳のないことだ。 ジャンクの店は格納庫にある。2人が顔を覗かせると、ウィルダネス組人間最年少のユーキが難しい顔で唸っていた。 カウンターに座り、帳簿らしきものとノートパソコンの画面とを交互に見比べている。 「よぉ。眉間にしわ寄せてどうかしたのか?」 拳火が声をかけると、ユーキは顔をあげ、 「まあ、ちょっとね」 苦笑いを浮かべて肩をすくめた。 「ジャンクさんはいないのか?」 「あぁ、ジャンクさんなら留守だよ。姉ちゃんとイサム兄さんと3人で、パーティーに行ってるんだ」 「パーティー?」 そんなの行事予定にあったっけと、柊が首を傾げれば、街で知り合った人に呼ばれたらしいとユーキが説明する。 「プールバーでやるからって、オレだけ置いてきぼりなんだよ」 3人ともドレスアップして、出かけたのだ。これが向こうでの話だったら、連れて行ってもらえたのにと、ユーキは不満そうに唇を尖らせた。 「ところで、ジャンクさんに何か用?」 「拳火のアニキからここならタダで食事させてもらえるって聞いてさ」 「ああ、大丈夫だよ」 「良かった。夕飯前にちょっと軽くお腹に入れときたくってさ」 カウンターに腰を落ち着けながら、柊は答える。その隣に拳火も座り 「懐具合がちょっと厳しいんだと」 「なるほどね。拳火も軽く食べて行く?」 「おお。頼むわ」 キッチン側に回ったユーキは、早速調理を始める。 「ところで、何難しい顔してたわけ?」 「ああ。柊と同じでこっちも懐具合がちょっとね……」 このままのペースで行くと、プラスマイナス0という収支になりそうなのだ。それはそれで良いのだが、穏やかな日常がまだしばらく続きそうだというのなら── 「よそでバイトでもしてみようかなって」 「ふうん。どこか割りのいいバイトってあるわけ?」 基本的に、どこの部署で働いてもバイト代は同じである。 興味のある話題だけに、柊が身を乗り出すと、杓文字を握るユーキがふふふと得意げに笑った。 「それ見てよ」 「どれどれ?」 ユーキが示したノートパソコンの画面は、艦内掲示板の求人広告欄であった。ユーキが見ていたのは、その中のティーラウンジの広告だったようである。 「……別に他のところと変わンないみたいだけど?」 「下の方までちゃんと見てよ」 料理の手を止めて、ユーキがカウンターから身を乗り出した。もっと下だよ、という少年の指示に従って画面をスクロールさせていくと…… 「こっ……これはっ……!」 「マジかよ?」 驚く柊たちとは反対に、すでにそれを知っているユーキは、「ね?」と得意顔を浮かべている。 広告には、『女装・男装にてさらに時給アップ!』と書かれてあったのだ。 「何か、参考リンクが貼られてるけど……?」 なんだ、これ。興味本位でクリックしてみると、女装してほしい人と男装してほしい人のランキングになっていた。 「こんなのがあるのかよ……」 思わずカウンターに突っ伏してしまう拳火である。それでも、好奇心が勝り、誰がランクインされているのかと、名前を見ていく。 「オレも柊もけっこう上位に入ってるんだよねー」 あっはっはっは。フライパンを握るユーキは、実にあっけらかんとしたものである。 女装してほしいランキング上位は、ちびっ子たちが多い。たとえば、過去に多くの男女を魅了した実績を持つ ジンガイオーチームの守屋仁。策略に巻き込まれ、過去に何度か女装姿を披露しているヴェイティアスチームの道野信哉。遅れて来た期待の新人アークセイバーチーム佐々山準アンド目下人気急上昇中セイヴァリオンチームの倉星勇矢など。 年齢が上がると、勇者忍軍所属になるのか、釧。彼と揃って立っているところを見てみたい(もちろん女装で)との理由で、古葉真人。ブリッジクルー代表と言って良いものかは不明だが神楽副長と小鳥遊博士、エリク=ベル。ジェームス=リーの名前も上がっている。 「隼人とか謙治の名前もあるな」 「アニキの名前もあるし……あ、拳火のアニキもあるじゃん」 「カンベンしてくれ」 それはどちらかというと、ネタで上げられたとしか思えない。もっとも、究極のネタは、カズマ君1号だろう。 「拳火も一緒にやる? 女装してウエイトレス」 「カンベンしてくれ」 面白そうに笑って言うユーキに、拳火は両手を挙げて降参する。どう考えても、恥をさらすことにしかなりそうになかった。 「はい。できたよ〜」 トレイに乗って出てきたのは、オムレツの乗った丼とスープ、サラダのセットである。変わってるなと思いながら口をつければ、オムレツの中からカレーが出てきた。 「あ、美味え」 「オムライスとカレーの合体ってカンジ」 拳火と柊は、ぱくぱくとかなりのハイスピードで料理を口に入れていく。 ちなみに、男装ランキングのほうは、鳳明日香や郵便戦隊の青木神無、アナウンス部の三咲静香、艦長の名前もあがっている。他、龍門水衣・エリィ・風魔椿と楓の姉妹、空山姉妹の名前もあった。ちびっ子代表は、羽丘リリィや翡翠だろうか。鈴の名前もある。 「誰がこんなこと調べたんだか……」 呆れるやら感心するやらで、ランキングを見ていると、注意書きとして、“薔薇と百合を愛でる会調べ”と書かれてあった。 どんな集まりなのか、拳火には想像すらできなかったが──まさかガーデニングの愛好会ではあるまい──柊には分かったらしい。 微妙な苦笑いを浮かべていた。 「で、どうする? やる?」 「このバイト代は超魅力的だかんね。オイラ、やるよ。拳火のアニキは?」 「やらねえって」 バイト代は確かに魅力的な数字ではあるが、だからと言って女装をOKする気にはなれない拳火であった。 「あ、じゃあさ。頼みがあるんだけど」 「何だ? あんまり難しいことは言うなよ?」 「大丈夫、大丈夫」 にまにまと笑いながら、ユーキは拳火に頼みごとを耳打ちする。柊も思わず耳を寄せて、聞き耳を立てた。 「…………まあ、それくらいならお安い御用だけどよ……なんでだ?」 理由の説明を求めるように、拳火は柊を見たが、柊もわけが分からず「さあ?」と肩をすくめるだけだ。 「ふっふー。それは後のお楽しみー」 拳火の協力を取り付けたユーキは、内線電話を引き寄せて、ジーコロロとダイヤルを回し始める。しばらく呼び出し音が続いた後、目当ての人物が出たらしい。 「あ、オレ。ユーキだけど。ちょっと手を貸して欲しいことがあるんだよね。いいかな?」 一体誰に電話しているんだろう? 拳火と柊は顔を見合わせたが、相手が誰なのかは分かるわけがなかった。 自分に頼まれたことをいぶかしく思いながらも、拳火は依頼を遂行すべく、とある人物を呼び出していた。 「おい、拳火。こんなところに呼び出して、どうかしたのか?」 「ああ、わざわざ悪いなッ! と」 目的の人物が姿を見せると、拳火は相手に構える隙も与えず、その脇に潜り込む。 「なッ!?」 「ホント、悪いな!」 心底済まないと思いながら、少年は相手に体当たり。マトモに行けば壁にぶち当たるだけなのだが…… 「うお!?」 壁は、どんでん返しの要領でぐるりと回転した。 「マジかよ……?」 ここのことは、郵便戦隊の青木神無から教えてもらったのである。彼女曰く、 「普通の状態では動かないだろうが……仕掛ければちゃんと作動する」 呼び出した相手が来るまで、拳火は本当にここが回転するのか、何度も確かめていた。その時は、神無の証言どおり、ピクリと動かなかったのである。ところが、今は当たり前のように回転したのだ。これも証言どおりとはいえ 「どうなってんだ?」 謎はつきなかった。 「……ん……」 眩しさで目が覚めた。光に目が慣れるのを待ってから目を開けると、 「あ、目が覚めた?」 振り向いたエリィは、首に締めた蝶ネクタイの位置を直しているところだった。 「エリィ? どうしたんだ、その格好」 彼女の格好は、ギャルソンと言われているものである。 「ん〜ティーラウンジで1週間バイトすることにしたんだあ。この格好だと時給を上げてくれるんだって」 「へえ」 ギャルソンの格好をするだけで時給アップとは美味しい話だ。しかも、ラウンジの繁盛時間である、午後1時から夕方5時までの勤務でいいというのだ。 「一緒にやる?」 「そうだなあ。それもいいかもな」 返事をしたとたん、彼女はしてやったりとにんまり笑う。その顔に、何かとんでもない失態をやらかしたのではないかと、不安に襲われた。 「やったね♪ それじゃあ、これから1週間、よろしくね。み・つ・き・ちゃん♪」 「何!?」 エリィが蝶ネクタイの位置を直すのに見ていた鏡に目を向けると、そこに映っていたのは、 「なッ……!?」 背中まで届くストーレートの黒髪にカチューシャを乗せ、メイド服を着せられた自分の姿。 「OKもらったよ〜!」 エリィは嬉々とした笑顔で、隣室に声をかけた。 どうなってるんだ? と助けを求めるような気持ちでそちらに目を向ければ、 「さっすがエリィちゃん!」 色違いのメイド服を着たツインテールの少女と、 「あっさり決まっちゃったねえ」 ウエーブのかかった黒髪の少女が現れる。彼女も美月と色違いのメイド服に袖を通していた。 その後ろから顔を出したのは、唯一同情的な顔を浮かべている拳火であった。 「ど、どういう……?」 助けを求めるなら彼しかいないと、美月は判断し、拳火に声をかけた。すると、少年は「諦めろ」とばかりに首を横に振り、 「1週間の辛抱だ。がんばってくれ」 ぽんッと美月の肩を叩く。どうやら、この状況に陥れられた経緯も説明してもらえそうにない。 「どういう……?」 油の切れた機械になった気分で、美月は改めで3人の少女たちに問いかけた。するとツインテールの少女が、ノートパソコンを取り出し、 「こ、れ。ここ見てよ」画面を示す。 彼女が示した画面には、『闇夜美月嬢の情報求む! 情報提供者には、謝礼あり!』と書かれてあった。 「な、なななな……」 「そこで、情報提供どころか本人を提供しようってことになったんだよねえ……」 ウエーブ髪の少女は、苦笑いを浮かべている。 「ってことは、お前もグルかよ!?」 美月は、拳火に噛み付いた。とたん、エリィから叱咤の声が飛ぶ。 「美月ちゃん、女の子なんだからそういう言葉遣いをしちゃだめでしょ!」 「そうそう。あんまり大きな声出してっと、外に聞こえちまうぜ」 喉元まででかかった笑い声を懸命にこらえながら、拳火が美月の肩を叩く。 「ぐぬぬぬぬぬぅ……」 「修理代とかでお財布の中、厳しいんでしょ」 だから、誘ったのよ。エリィは言外にそう付け足している。 「うぐぐぐぐぐぐ……」 修理代の3割負担という取り決めが、こんなところで己を縛ることになろうとは……。 「と、いうわけで、ヨロシクね。あ、謝礼はみんなで山分けってことにしといたから」 小首をわずかにかしげ、ツインテールの少女が、うふっと可愛らしく笑う。 「ってーか、誰なんだよ、お前ら」 「あれ? 気づいてない?」 パチパチと瞬きをし、メイド服少女2人が顔を見合わせる。 「ひーちゃんでっす」 ウエーブ髪の鬘を取り、ツインテールの少女はつけ毛だったそれを外し、 「ユーちゃんでえ〜す」 にこやかな笑顔で、2人は答えたのだった。 「いらっしゃいませ〜」 ティーラウンジの入り口に立ったひーちゃんとユーちゃんは、笑顔で客を出迎える。しかし、彼女たちと並んだ美月だけは半べそをかいており「いらっしゃいませ」の声もない。 「なんでこんなことに……」 「ほら、笑って笑って! そんなんじゃ、ファンが悲しむよ」 ユーちゃんが少女を叱咤するが、左耳から入って右耳から抜けていく感じだ。彼女の言っていることは、美月の頭の中に残らない。 「何で声まで……」 「発声の仕方をちょっと変えるだけで、女の子の声になるんだよね」 ふふとニヤリ笑うのはひーちゃんである。 「何でそんな笑ってられるんだよ……」 美月の心の底からの問いに、彼女たちはにっこり笑って、キッパリ断言した。 「お金のためだから」何の反論も許されない、なんともシンプルで分かりやすい理由である。ひーちゃんの証言によると、ティーラウンジでバイトすると決めてから、ユーちゃんの段取りはスピーディーで的確だったという。「お金が絡むと人が変わるね」 これは、彼女だけではなく、エリィと拳火も口をそろえて言ったことである。 「ううっ……」 彼女たちのようにお金のためだからと、あっさり割り切ってしまえたら、どんなに楽だろうか。美月は、はあっと重く長いため息をついた。その時である。 「美月ちゃん! 顔色悪いけど、大丈夫?!」 「え? あ、はっはい。大丈夫です」 心配顔で声をかけてきたのは、整備班スタッフの1人であった。ふと気づけば、側にいたはずのひーちゃんとユーちゃんは、接客に回っている。 ギャルソン姿のエリィは、最初から接客に回って、テーブルの間を行き来していた。 助けを求められる状況ではないので、美月は自覚のない男殺しの笑みを浮かべる。 「ご心配をおかけして申し訳ありません」 意図せずながら、また1人男のハートを仕留めたのであった。 「ホント、罪作りだねぃ」 たまたまその現場を目撃していたエリィは、ため息とともにやれやれと肩をすくめたのであった。 「いらっしゃいませ」 窓際の席に座った勇者忍軍ご一行様(内訳 風雅陽平・翡翠・桔梗光海・風魔楓)に、お絞りを配りながら、ひーちゃんは笑顔を浮かべる。 陽平と翡翠は、誰かを探しているのか、キョロキョロと辺りを見回していた。 「あの……さ、ここで柊がバイトしてるって聞いたんだけど──」 こちらを見ずに問いかける陽平に、ひーちゃんはため息1つ。 「オイラならここにいるジャン」 「は?」 彼女の答えに、陽平と光海は目を点にした。 「ひ…いらぎ君?」 口をぱくぱくさせる光海に、「そうだよ」とひーちゃんこと柊は力強く首肯する。 「ひいらぎ、にあう」 「へへ。ありがとー」 翡翠の素直な賛辞に、柊は笑顔を浮かべた。楓の方は、似合って当然だというような顔をしている。 「……何でンな格好してんだよ……」 少女の無反応さを横目に、陽平が唸るような声を絞り出して柊に尋ねた。すると彼はあっけらかんと笑って答えを口にした。 「この格好すると時給上げてくれるって言うから。アニキもやる?」 「ぜってえお断り」 自分が女装なんてしたら、オカマにしか見えないに違いない。女顔の柊だからこそ、できる芸当だ。 「アニキもランキングに入ってたのに……」 残念だなあと柊。 「ランキング?」 好奇心を少しばかり刺激されたのか、楓が口を開く。柊はうなずくと、「女装・男装してほしい人」というランキングがあるのだと答えた。 「で、そこにヨーヘーの名前が?」 「そそ。他にも志狼のアニキとかの名前があったよ」 「志狼にしたって、オカマにしかなんねえんじゃねえのか?」 そんなランキングに自分たちの名前を入れたのは誰だと不満に唇を尖らせつつ、陽平はぼやいた。 「ん? 翡翠、どうかしたのか?」 主君が熱心にじーっと見つめているのは、美月という少女である。 「あ……」今まで柊に気を取られすぎていて、彼女の存在に気づいていなかった。 少年の胸に去来するのは、通路でばったり出くわしたあの日のトキメキ。出会いはほんの一瞬だったのだが、彼女の弱弱しい笑顔は、今もはっきりと覚えている。 陽平の視線に気づいたのか、美月は振り返り、控えめな笑みを向けてくれた。それが、少年に新たなトキメキを植え付ける。 「……先輩、どうかしたんですか?」 「へ? あ、いや……何でも……」 首をかしげる楓に、陽平は慌てて手を振った。その言動の一部始終を見ていた光海は口を固く結び、陽平の足をぎゅーっと思い切り踏んづける。 「いって! 何するんだよ?!」 「ボーっとしてるヨーヘーが悪いのよ。早く注文決めてよね」 「分かったよ」 気が付けば、柊はひーちゃんに戻ってウエイトレス稼業に精を出していた。光海と楓はとっくに注文を決めたらしい。翡翠は、メニューを真剣な目で見つめている。何を悩んでいるのかと、少女の視線をたどれば、メロンソーダとプリンアラモード、どっちにしようか決めかねているようである。 「ゆっくり考えていいからな」 「ん」 少女の頭を撫でてやりつつ、陽平は自分の注文を決めるために、メニューを広げた。 「エリィさん」 テーブルの間を忙しく歩き回っていたエリィは、ユマの声に振り返った。 「あ、みんな連れて来てくれたんだ♪」 「そっか。それは残念」 眉尻を下げながらエリィは残念そうに言うが、拳火は来ないのではなく、来られないのだということを少女は知っている。柊が抜けると、そのしわ寄せが彼に行くらしいのだ。 そうとは知らず、ユマたちはエリィに案内され席につく。 「けっこうたくさんいるんですね」 意外なのは作業着姿のスタッフも少なくないことだ。 「今日は特別かな」 席についた仲間たちに水の入ったグラスとお絞りを配りながら、エリィは苦笑いを浮かべる。 「特別って、何かあるんですか?」 グラスを口に運びながら、ユマは周囲に目を向け── 「ぶッ!!」 盛大にむせた。 「うわ?!」 隣にいた陸丸が驚き、腰を浮かせる。ブリットは慌てず騒がず、ペーパーナプキンを彼女に差し出した。水衣は「テーブル拭きをお願い」とエリィに頼む。 「一体、どうしたんです……」 コトーンッ。 「うわ!? 何やってんだよ、鈴!」 持っていたグラスを落とした少女に、陸丸は大声を出す。いつもならすぐに反応するのに、どういうわけか今日は無反応。顔から零れ落ちそうなくらい、目を大きく見開き、少女はウエイトレスの1人を凝視していた。 黒髪ストレートの美少女である。やや離れたこの距離から見ても、誰もが口をそろえて「美少女だ」と太鼓判を押すだろう。 「鈴?」 いつまで経っても無反応なので、陸丸は彼女の前で手を振ってみた。それで、ようやく鈴が我に変える。 「あ、ごっごめんっ!」 「どうしたんだよ」 不思議そうに問いかける陸丸に、「アンタ、気づかないの!?」 鈍いわねと、鈴は黒髪ストレートの美少女を指差す。 「気づかないって、何を?」 近眼の人がそうするように、陸丸は眉間にシワをよせ、目を細めて少女をじーっと見る。 その視線にウエイトレスは気づいたようだ。 陸丸と目が合い、彼女は何故か瞳を潤ませる。罪悪感に少年の胸がちくりと痛んだとき、彼女は踵を返し、退場しようとした。が、 「どこへ行くのかなあ?」 「4時間労働だから休憩はないよ。分かってるでしょ?」 彼女の左右を別のウエイトレスががっちり固める。ウエーブ髪の少女とツインテールの少女は、凄みのある笑顔で、ストレート髪の少女をラウンジに引き戻した。 「ハイホー ハイホー しっごとーがすきー♪」 ツインテールの少女がダメ押しとばかりに歌うのに、ストレート髪の少女は滝のような涙を流すばかりである。 「……っていうか、あの人もしかして……」 機械人形のようにぎくしゃくした動きで、陸丸は水衣とブリットの2人を見た。 「本人の名誉のためにも、その先は黙っていてあげて」 顔を小さく横に振りながら、水衣はつぶやく。ブリットは、何故彼女が泣いているのか、今ひとつ分かっていないようだった。 「何か問題があるのか?」 「うまく説明できませんけど、問題は山積みでしょうね」 ちらちらとストレート美少女を伺いながら、ユマは答える。 「それだけじゃないわよ。他の2人だって……」 「え!?」 鈴のささやき声に、陸丸はますます目を見張った。 「回りの人のためにも、その先は黙っていてあげて」 水衣の言わんとしていることは、何となく察せられる。 ラウンジに集った男性陣の多くは、ほわわ〜んと全身からラブ光線を放出しているのだ。 「どうするつもりなんでしょうね? あれ」 「さあ?」 ユマの疑問に答えられる者が、どこかにいるのだろうか。 数日後。 「大盛況でございますな」 ティーラウンジにて、主である麗華のお茶を用意していたカイザードラゴンが苦笑いにも似た笑みを浮かべながら言った。 「お蔭様で。企画は大当たりだったわ」 微苦笑を浮かべながら答えるのは、ティーラウンジチーフの畠山みちるだ。ギャルソン姿もぴしっと決まった彼女は、ラストガーディアンの古参メンバーの1人でもある。 今回の企画を実行したのは、ティーラウンジの利用層拡大が目的だった。その主なターゲットとなったのが、艦内最大規模を誇る整備班スタッフである。 「1度来てもらえたら、リピーターとして取り込めると思うのよね」 毎日とまでは言わないが、オフの日にでも顔を出してもらえたら、とみちるは考えたのだ。 「結果は、彼女たちがいなくなってからでないと分からないけれど」 「成功すると良いですな」 「そうね」 言葉短く答える、みちるの顔には自信が満ちている。そこへ、ばたばたと慌ただしく近づいて来る人物がいた。 「チルチル〜!」 「……妙な名前で呼ばないでって言ってるでしょ!」 みちるの前にやって来たのはアナウンス部の北都仁美である。今日はオフなのか、私服姿での登場だ。 「チルチル! 飛鳥君は?! 隼人君はいないの?!」 「はあ?」 何を言っているんだと訝りながら、それでもみちるは客席の1つを指差し、 「飛鳥君なら、あそこにいるわよ」 空山姉妹、秋沢兄弟、4人揃って仲良くティータイムの真っ最中である。 「ちっが〜う! そうじゃなくて、飛鳥君とか隼人君とか、雇ってくれないの!? もちろん、ギャルソンで!」 あんまり大きな声なので、名前を呼ばれた飛鳥は、何事かと、軽く腰を浮かせる。すかさずカイザードラゴンが彼の元へ赴き、 「乙女が、儚い夢について語っておられるのでございます」ぽんと彼の肩を叩いて諭した。 諭された少年は納得顔こそしなかったものの、発言の主が主であるだけに、係わり合いを避けることにしたらしい。「そういうことなら」と、仁美の発言を無視することを選択したようだ。 「賢明な判断でございます」 心の底からそう思うカイザードラゴンであった。 そんなとこを言われているとは露知らず、仁美はますますエキサイト。 「あのね……。本人から、手伝いたいって来てくれないと、こっちからは──」 「ヘッドハンティング! スカウト!! 幸せは待ってたって来てくれないのよ?!」 ギブミー! ハッピネス!! と仁美は叫ぶ。かなり本気だ。 「仁美様。どうか、落ち着いてくださいませ」 飛鳥のところから戻ってきたカイザードラゴンが声をかけると、仁美の動きがぴたっと止まる。 「………………」 「なっ、何か?」 頭のてっぺんからつま先まで、じ〜っと嘗め回すように見つめられ、カイザードラゴンが後ろに引いた。背筋をぞぞ〜っと駆け上がる寒気は、気のせいなのだろうか。 「半ズボン執事っていうのもいいかも知れないわね」 うふ、うふ、うふふふふふ。 不気味に笑いながら、仁美はちびっ子たちの名前を次々とあげていく。脳内では、彼女の言う半ズボン執事とやらの格好をした少年たちが、「仁美さん」とか「仁美おねーさん」とか言っているのだろう。 「…………」 深いため息をついたみちるは、内線に手を伸ばした。ダイヤルをプッシュしながら、 「被害が出ないうちに、逃げて」 紅茶を蒸らし始めてそろそろ5分。オレンジペコーの蒸らし時間としては、ちょうど良いころあいである。 「かしこまりました」 カイザードラゴンは、そそくさとその場を離れていった。 「あ、神無さん? ほら、この間ジャ○ーズの若い子のサイン、当たったって言ってたわよね。あれ、まだ残ってる? ……そう、良かった。悪いけど、それ、仁美にあげてくれないかしら? えぇ、今から引き取りに行かせるから。ありがとう、助かるわ」 そうして通話を終えたみちるは、妄想の海で溺れている仁美に声をかけた。 「仁美、あなた、ジャ○ーズの若い子に気に入ってる子がいるって言ってたわよね」 「言ってたわよ〜。っていうか、世の中の美少年はみんな大好きよ〜」 うふふふふ。みちるの問いに答えながらも、仁美の妄想は止まらない。 「神無さんが、ジュニアの子のサインを間違えて当てたらし……って、早いわね」 みちるが全て言い終わらないうちに、仁美はダッシュしていた。 「カンナーニャ! 今、今行くわッッ!! 待っててね〜! 私の美少年〜!」 いつも清潔に保たれているはずの通路に、もうもうと土ぼこりが舞う。 みちるは、あっという間に遠ざかっていく仁美の背中を見つめながら「はあ」と大きなため息をこぼした。 「……なんか急に自信がなくなってきたわ」 ウエイトレス3人がいなくなるまで、あとわずか。みちるの企画が成功するかは、神のみぞ知る。 WIN OR LOSE あなたの判断はどっち? おまけ 「はぐちゃん、みぃ〜つけた♪」 本日もボケを探して西東。通路をてけてけ歩いていたはぐれカズマ君1号。上から降ってきた声に立ち止まれば、アナタ本当に人妻&子持ちなんですか? と問わずにはおられないリィス=ベルがいた。 「うふふふ。今日はぁ、はぐちゃんにぃ、お友達を〜紹介してぇあげるわね〜」 にこにこと笑いながらリィスはその場にしゃがみ、 「は〜いっ。はぐちゃんの、新しい〜お友達〜。名前はぁ、カズちゃんよぉ〜」 はぐれの前に現れたのは、リボンで結んだポニーテールを三つ編にし、セーラー服を着たカズマ君1号である。女装させたカズマ君1号と言えば分かりやすいだろうか。 「仲良く〜してあげてね〜」 『ナンデヤネン!』 言うが早いか、はぐれは全速力でこの場を離脱する。日ごろの追いかけっこで鍛えられたはぐれの脚力は、そんじょそこらのカズマ君1号(カスタマイズされたカズちゃん含む)になど敵ではないっ。 「あらあ?」 あっという間に見えなくなってしまったはぐれに、リィスは「ど〜したのかしらあ?」と首を傾げる。 『なんでやねん』 当社比2倍の甲高い声で、カズちゃんはつぶやく。やや、悲しそうに聞こえるのは、気のせいだろうか。 「あ! 分かったぁ〜。はぐちゃん、恥ずかしがり屋さんだもの〜」 ぽんと手を打ったリィスは、にっこり笑い、カズちゃんの頭を人差し指でツンっ、とつついた。 「カズちゃんたらぁ〜、小悪魔さんなんだからぁ」 『なっ、なんでやねん』 リィスの声に、カズちゃんは恥ずかしそうに小声でツッコむ。 新たに登場したツッコミまっすぃ〜ん・カズちゃんの活躍予定は…………ない! ────はずである。 |