マーブル・ハート 穏やかな昼下がり。お昼の1次ピークも終わろうという頃である。食堂は、自部署に戻ろうと移動する人で、少しばかりごった返していた。 そんなスタッフたちの合間をぬって、空席についたのはアークセイバーチーム出身、風紀委員出向中の鳳明日香である。 「ふう」 ラストガーディアンで生活するようになってから、大分経つが、食堂の混雑ぶりはいつ見ても驚かされる。 知った顔を探そうとしても、この人数ではなかなか見つけられるものではない。時間のズレも関係しているのだろうが、今日も知った顔は見つけられなかった。 1人で食事をするのも、もう慣れっこである。 テーブルに置かれているお箸入れからお箸を取り、日替わりセットの味噌汁に口をつけたとき、 「お疲れさまです。鳳さんっ」 後ろから声をかけられた。振り向けば、清掃班の女性スタッフ3人が、笑顔で立っていた。 「あ、ああ……」 なんと答えてよいやら分からず、明日香は、ぎこちない笑顔を向けた。その笑顔が嬉しかったのか、女性スタッフたちは、キャイキャイとはしゃぎながら、トレイの返却口へと向かって行く。 「はあ……」 味噌汁のお椀をトレイに置いた明日香の口から、小さなため息がもれた。 「何か悩み事でも?」 「青木さん。いや……悩みというほどのものではないんだが」 向かい側の席に座る、郵便戦隊最強(?)の鉄面皮青木神無へ、明日香は苦い笑顔を向けた。 チャーハンセットに匙をつけようとしていた神無は、その手を止めて、 「人気者だな、君は」 「気持ちはありがたいんだけどね」 苦笑いを浮かべ、明日香は答える。 「私も覚えはある」 この口調にこの背丈だからなと、神無は軽く肩をすくめた。 なるほど。自分が言うのもなんだが、彼女も宝塚の男役がよく似合いそうである。そういうことを言われた覚えはないかとたずねると、 「短大の時にロミオをやらされたことがある」 付け加えると、ジュリエットは葉月が演じた。どこも同じかと、明日香はため息をつく。ちなみに、明日香は新撰組を題材にした劇で沖田総司をやらされた経験がある。 「ここは男性の割合が多いから、そういうのとは無縁だろうと思っていたんだが……」 「男性の数は関係ないだろう。──まあ、要するに、我々は彼女たちにとってお手軽な偶像なんだろうな」 「偶像?」 神無の言いたいことが分からずに、明日香は少し眉をひそめる。チャーハンセットについているスープを口にいれ、神無は「そうだ」とうなずく。 「偶像はアイドルと言い換えてもいいかもしれないな。このアイドルが男性だったなら、人間関係に複雑な機微が生まれるかもしれないが……我々の場合、そうならないだろう? まあ、絶対ないとは言い切れないが」 「複雑な機微?」 「好いた、惚れたに、嫉妬や妬み」 神無があげた感情に、明日香はなるほどとうなずく。 「仮に我々が特定の誰かと付き合うことになっても、その誰かというのはおそらく男性のはずだ。女性が女性に人気があるのを嫌がるだろうか?」 おかずの焼き鮭を咀嚼していた明日香は、それを飲み込んでから、 「──度が過ぎると問題かもしれないが……少しくらいなら大目に見るだろうな」 「そういうことだ。つまり、我々が特定の誰かに心を寄せることになったとしても、その行動が行き過ぎない限りは、変わらずに接することができるというわけだな」 神無の分析に、明日香は思わず唸り声を上げた。 100%賛同はできないものの、そういう考え方もできるだろう、とは思える。 「つまり、君が君である限り、どこへ行こうとも、同性から好かれるということだ」 ぽんぽんと明日香の肩を叩く神無の顔からは、彼女が何を考えているのか今ひとつ読み取ることができない。 「いっそのこと太ってしまえば、今の悩みから開放されるかもしれないが……」 「それでは、業務に差し障りが出てしまう」 「だろうな」 ため息をつく明日香に、神無はこっくりとうなずいた。 「ところで話は変わるが、明日の夜、葉月の部屋に来ないか?」 「白神さんの部屋に?」 「すき焼き肉が大量に当たったんだ。卯月がいるから、大丈夫だとは思うんだが……念のため」 一体どれだけ当たったんだとたずねてみれば、 「3キロだ」 「さん……ッ」 それは戦隊全員に明日香が加わっても、まだ余りそうな予感がする。もっと声をかけたほうがいいんじゃないかと思ったが、 「よく食べるのがいるから、大丈夫だ」 神無はきっぱりと言い切ったのであった。 翌日の夜。明日香はゆったりしたニットにスラックスという格好で、郵便戦隊隊長、白神葉月の部屋へ向かっていた。 何かデザートでも持って行こうかと声をかけたのだが、 「それも懸賞で当たったのがあるから大丈夫だ」と神無。 手ぶらというのを心苦しく思いながら、明日香は葉月の部屋のインターフォンを押した。 『はい』 「あ、鳳です」 すぐに返って来た声に、少し恐縮しながら名を告げると、 「こんばんは、鳳さん」 ドアが開いて葉月が出迎えてくれた。制服を脱いだ彼女は、白のカットソーにチェックのジャンパースカートという格好である。彼女に促されて中に入ると、郵便戦隊全員が勢ぞろいしていた。 「こんばんは〜」 全員が声をそろえて、明日香を歓迎してくれる。明日香も笑顔でこんばんはと挨拶を返す。 「ちょっと狭いけど、我慢してくださいね」 「いや……私のほうこそ、お邪魔してすまない」 部屋の中央には、テーブルがあり、その上にカセットコンロとすき焼き鍋が置かれている。 「気にしないで大丈夫ですよ。どうせ、食費はほとんどタダなんですから」 あっけらかんと笑うのは赤沢卯月だ。 「ほぼ毎月やってるんですよね。題して、神無救済の会」 悪戯っぽく笑うのは、緑川弥生である。ブラウスの上にベストを着て、オーバースカートと細身のパンツを合わせていた。 「腐らせるのはもったいないし、かといって食堂に引き取ってもらうのもな」 明日香をこの場へ誘った本人、神無が苦笑しながら、席を空けてくれた。そちらへ腰を落ち着けたとたん、 「鳳さんって、生卵入れるほうですか〜?」 嬉しげに笑いながら、桃井皐月がずずいっと詰め寄ってきた。その隣に座っていた黒羽根暦が、 「いきなり、何を聞いてるんですの!?」 皐月の頭をぺしっと叩く。その暦の格好が、ふと明日香の目に止まった。 暦は、フリルたっぷりのブラウスとカーディガンを着て、小花模様のオーバースカートに白のフレアスカートを重ねている。実に女の子らしい、可愛い格好に、明日香は心の中で羨望のため息をついた。 レースやフリル、リボンなど、明日香は可愛らしいものが好きだ。好きなのだが……自分がそういったものを身につけると、どうなるかは骨身にしみていた。 「どうかしまして?」 「いや……なんでもない」 不思議そうに首をかしげる暦に、明日香は苦笑いで応じる。 それにしても……だ。明日香も含めて7人いるとはいえ、 「やっぱり、これは多いんじゃないか?」 テーブルの上にどんと乗せられたお肉や、豆腐、しいたけ、ねぎ。とてもじゃないが、食べきれるとは思えない。 「大丈夫、大丈夫。あたしがいるもんね」 パーカーの袖をまくって、卯月が頼もしげに笑う。 「……そうなのか?」 たしかに、卯月は艦内でもトップレベルの大食漢だ。食堂で見かける彼女の食べっぷりは、人体の神秘としかいいようのないものであったように記憶している。 それでも、この量はちょっと……と明日香は不安に思う。 「そんな顔しなくても、本当に大丈夫ですから」 にこにこと笑いながら、弥生が取り皿と生卵、お箸を渡してくれた。全員がその通りだとうなずくのだから、ここは信用するしかないだろう。 「もういい頃合ね。いただきましょう」 葉月が笑って言うと、 「待ってましたあ!」 皐月が嬉々として身を乗り出す。 そこから先は、手品のようだった。卯月はもちろんのこと、皐月もよく食べるのである。暦もよく箸を動かしていた。 「くうっ……」 しかし、30分としないうちに、箸の動きが鈍る。気持ち悪そうな顔をしているのに、暦は気力だけで箸と口を動かしていた。 「そんなに無理をして食べなくても……」 神無が当てたというすき焼き用の肉は、高級松坂牛だとかで、ほっぺたが落ちそうなほどに美味い。肉が舌の上で溶けていく感触なんて、初めて味わう。 明日香にとっては初めての味でも、暦は違うはずだ。何せ、彼女の実家は大金持ちなのである。しょちゅうとはまでは行かなくても、幼い頃から慣れ親しんだ味ではないかと思う。 「暦。皐月とはり合うのはやめなさい」 特大のため息をつきながら、葉月が言う。 「無理して食べると、身体に毒よー」 弥生にも言われ、暦は無念そうに箸を置いた。 「どういう訳か、暦は何かにつけて皐月と勝負したがるんだ」 「それはまた……」 不思議なこともあるものだと、明日香が目を見張る。その根底に隠れているものを、神無は正確に読み取ったらしく、 「他人には分からん感情もあるもんさ」 苦笑いを浮かべた。 「っつーかさ、あたしらの目から見たら、暦の圧勝ってカンジなんだけどねえ」 食べ始めと変わらぬスピードを保ちながら、卯月が全員の心理を代弁した。 ──2時間後。 「……すごいな」 空になってしまったすき焼き鍋を、明日香は信じられない気持ちで見つめる。その半分くらいを腹におさめただろう、卯月は「はあ、食べた〜」 幸せ一杯の満足顔で、お腹を撫でていた。皐月もその隣で、「美味しかったあ」 と、満足顔である。この頃になると暦の顔色もスッカリ元に戻っていた。食後のお茶もゆっくり楽しんだ後、 「では、そろそろジャンケンだな」 神無が身を乗り出す。 「よおっし。今日は負けないもんね」 ぺろりと唇を嘗めて、皐月がやる気を見せた。 「後片付け当番を決めるジャンケンです」 「鳳さんは、お客さまですから、けっこうですよ」 葉月が説明し、弥生が付け加えたがそういう訳にもいかないだろう。 「では、いきますわよ」 明日香は参加の意を表明し、ジャンケンの唱和に参加した。ちなみに、すき焼きを用意した葉月と弥生は後片付け当番決定戦には未参加である。 結果は…… 「いやあ〜ん。また負けた〜!」 がっくりとうなだれるのは、皐月だ。今日で5回連続の負けらしい。今回の負けは、彼女と卯月、暦の年少組。 「悪いな」 負けるつもりだったのに、明日香は勝ってしまったのだ。 「気になさらないで下さい。こればっかりは、どうしようもありませんもの」 やれやれとため息をついた暦は、早速テーブルの上の皿を集め始めた。卯月は席を立ち、キッチンからお盆を持ってくる。 「次こそは負けないんだから!」 次回へのリベンジを誓う皐月であった。 後片付けに参加しないとはいえ、テーブルの上を台拭きで拭いたり、食後のデザートの用意をしたりとやることはある。 「デザートは、高級イチゴですよ〜」 値段にすると、1粒300円くらい。食べる前から、フルーティーな甘い香りが漂っている。粒は大きく、1つ1つがぴかぴかと光っていた。 「すっごく美味しそうな匂い〜! 早く食べたあ〜いッ」 「早く片付ければいいだけのことですわ! 手が止まってますわよ!!」 キッチンのほうを覗き込めば、皐月がツインテールの頭をぶんぶんと左右に振っている。それを暦が叱責していた。 「よっし。洗い物終わりっと。1抜けた〜」 「卯月ちゃん、ずるい〜!」 「どこがずるいんですの。あたくしも抜けますわよ」 卯月が洗い、暦が泡をすすぎ、皐月が食器を拭いているのだ。当然、最後を担当している彼女が一番遅い。 「ふえ〜んッ」 「ちゃんと待ってるから、早く終えてらっしゃい」 声だけでも皐月が泣きべそをかいているのが分かる。呆れ口調で葉月が言えば、「絶対だよ!」と皐月が大きな声を出す。 「うわあ、美味しそう」 「本当ですわ。いい香り」 席に戻ってきた卯月と暦が、うっとりと目を細める。 「……桃井さんをいじめて楽しんでないか?」 「いつもとは逆のパターンだからな」 「こういう時くらいしか、遊べませんもの」 明日香の問いに、神無と弥生がこっそりと笑いをかみ殺しながら答えた。 「終わった〜! さあ、食べよ!!」 仕事を終えると、皐月は大急ぎでテーブルに戻ってきた。 「ミルクとかいります?」 「いえ、このままで食べるのが一番美味しいと思うので──」 必要ないと葉月に手を振り、明日香はイチゴを1粒手に取った。1粒300円くらいという値段に少しだけためらってから、明日香はそれを口に入れた。 今まで持っていたイチゴの常識を覆すような美味さである。これをイチゴと言っていいのか、それともこれがホンモノのイチゴなのかと、自分の記憶が怪しく思えてくるくらい、美味い。 「こっこれは、幻のももいちご!?」 目をまん丸にして驚きの声を発したのは、皐月である。 「ももいちご?」 瞬きを繰り返しながら、明日香は鸚鵡返しに尋ねた。 「世界中でたった36軒の農家しか作ってない、とても貴重なイチゴですわ」 まるで恋に胸ときめかせている乙女のような雰囲気で、暦が答える。これは、葉月たちも知らなかったらしく、そうなの?! と驚いていた。 「ああ、そういえばそんなことを書いていたような気もするな」 イチゴを手に入れた本人は、特に驚いた様子もなく、平然としている。 「……すごいな」 そんな貴重なものなのかと、明日香は改めて皿の中のイチゴを見つめた。 「鳳さんも、何か欲しい物を見つけたなら、神無に頼むといいですよ。10回に7回か8回くらいの割合で手に入れてくれますから」 1粒300円でもイチゴはイチゴ。卯月はとっくに食べ終わっている。あっけらかんと笑って言う彼女の言葉に、 「そ、そんなに?」 明日香は目を丸くした。 「通販でもしてるみたいな感覚で当ててくるんですよ」 「おかげで、家計は大助かりだ」 苦笑いをこぼす葉月とは対照的に、神無はうむうむと神妙な顔つきでうなずいている。 「そんな高確率で当たるなんて、羨ましい話ですわね」 「雑誌とかの懸賞なんて、当たったためしないもんねえ〜」 暦と皐月が、ふうとため息をつく。 「私も昔は色々出してみたことがあったが……1度だけお菓子の詰め合わせが当たったくらいだな」 何気なく明日香が会話に加わると、とたんに皐月が目の色を変えた。 「鳳さんも、雑誌とか読んでるんですか?」 「え? あ、ああ……まあ……な」 「うわあ! 一体どんな雑誌を読んでたんですか!?」 「どんなって……ふつうの……」 「雑誌の名前で教えてくださいよう!」 「え? あ、いや……その……」 「職業柄、ミリタリー雑誌とか航空関係とかそういうんじゃないかと邪推してみるが……とりあえず、黙れ、小動物!!」 「みぎゃあああああああッ!?」 明日香にぐいぐい迫る皐月に、神無のアイアンクローが炸裂。 「だっ、大丈夫なのか?」 じたばたと暴れる少女と技をかける女性とを、明日香はおろおろしながら交互に見比べる。 「いつものことなので……」 葉月のこの言葉に万感の思いが集約されていた。彼女の言うとおり、この後スグに解放された皐月は、けろっとしていた。 他のメンバーも、特に気にした様子もない。 「……私もまだまだだな」 早くこの艦に馴染まなくてと、明日香は心の中で決意を固めた──かどうかは謎である。 |