日々是好日 〜はぐれ観察〜 カズマ君1号。 それは、ラストガーディアン内におけるツッコミ不足を嘆いたマッコイ姉さんが、購買の総力を結集して開発した、ツッコミマシーンである。 その名前は、モデルとなったアークセイバーチームの剣和真に由来するものだ。 カズマ君は、持ち主の求めに応じて、『ナンデヤン!』とツッコミを入れる。ただ、それだけのものである。 それだけのものだったのであるが── コケコッコーと、目覚ましの音がなった。 どうやら朝が来たらしい。 「む〜……もう朝っすか」 布団の中でもぞもぞと身じろぎをしたマッコイ姉さんは、ふわあぁぁとあくびを1つ。 目覚ましのスイッチを切って、そっと耳をすましてみる。 ぴこっ、ぴこっ。 「今朝もやってるっすね」 マッコイ姉さんは、そっと笑いをかみ殺し、洗面台に向かった。 ぴこっ、ぴこっ。 空耳と勘違いしてしまいそうなほど、小さな音である。 音の発生源は、床下であった。マッコイ姉さんの知らない間に、購買の床下に住み着いた者がいるのである。 その名を、カズマ君1号(はぐれ)もしくは、はぐれカズマ君1号と言う。彼は、上がり框の所に出入り口を作り、いつの間にか住み着いていたのである。 害があるわけでなしと、マッコイ姉さんははぐれの居住を黙認していた。 ぴこっ、ぴこっ。音がなる。 はぐれの部屋はそれほど広くない。ロボットなので、睡眠不要、食事不要、服を着替える必要もなく、家財道具は一切不要だからである。根本的なことを言えば、それらを揃えられる資本もない。 なので、部屋の中に引きこんだのは、誰かの落し物であったり、あるいは廃棄物だったり、もらい物だったりする。 廃棄物の段ボールの上に、落し物のタオルを敷き、もらい物のふかふかクッションとちゃぶ台。それが、はぐれの部屋の中にあるものの全てだ。 ふかふかクッションで休んでいたはぐれは、マッコイ姉さんの目覚ましの音が聞こえると、場所を移動し、体操を始める。 ぴこっ、ぴこっと軽やかに腕を動かせば、今日のツッコミにも磨きがかかろうというもの。実際、朝晩のこの運動が、日ごろの軽やかなツッコミには欠かせないのである。 『8時30分になりました。昼シフトの皆さんはそろそろ準備を始めて下さい』 艦内放送が流れた。そろそろ出勤時刻のようだ。 はぐれは、出入り口に向かい、スイッチを押す。 ここに住み着いていることは、マッコイ姉さんに秘密であった。なので、ココから抜け出す時とここに戻る時が、1日の中で一番緊張する時間である。 はぐれは、シャッターが完全に開き切るのを待たずに、外に出た。外に出たなら、素早く外側のスイッチを押す。シャッターは、再び閉まり出す。さあ、購買の外に向かってダッシュしようとした時、 「おはようございます。あれ?」 子供に遭遇した。何度も瞬きをし、はぐれを見ている。 はぐれは逃げ出した。 「おはようっす〜。今日もよろしく頼むっすよ、準君。──って、どうかしたっすか?」 準は、購買の外に向けていた視線をマッコイ姉さんに向け、 「今、カズマ君1号がここにいたんですけど──」 「ああ、気にしないでほしいっす」 マッコイ姉さんは、手を顔の前で振りながら、朗らかに笑った。 気づかれていないつもりのはぐれであるが、その存在は、しっかり気づかれているのである。 しゃかしゃかと、はぐれは走る。走る、走る、どこまでも。世界記録の樹立だって難しくなかろうというスピードで、走って走って──ふと立ち止まる。 何で走っているのだろう? 後ろを見てみるが、追いかけてくるものは何もない。……何で走っていたのかを考えてみたが、そのうち何を考えていたのかも分からなくなり、はぐれは考えるのをやめた。 てくてくてく。 通路を歩く。 てくてくてく。 通路を歩いていて、 『ナンデヤネン!』 自分のものじゃない、ツッコミ声を聞いた。 顔を巡らせると、女性スタッフが、きゃあきゃあ言いながらはしゃいでいるのが見えた。4、5人ほどの輪の中に、カズマ君1号がいた。まるで玩具のように、カズマ君1号はたらい回しにされている。 『…………』 はぐれには、たくさんの兄弟がいる。兄弟たちはみんなオーナーを持っていた。はぐれだけが、オーナーを持っていない。 はぐれは、1人だ。 オーナーを持っている兄弟たちは、はぐれのように自由に動き回ることはない。オーナーを持たないはぐれは、自由に動き回ることができる。語彙も、兄弟たちよりは多い。 一体、どっちが幸せなんだろう? はぐれは考えた。その時である。 「あらあ〜、はぐちゃん〜」 のんびりとした緊張感のない声が降ってきた。見上げれば、見た目10代の超若作り妻リィス=ベルが、しゃがみこんではぐれの頭を指先で軽くつつく。 「どうしたの〜? 元気が〜ないみたいだけど〜?」 そうだろうか? はぐれは無言で腕を上げた。最近開発した、考え中のポーズである。 「おなかでも〜すいたの〜? ちゃんと〜朝ご飯食べないと〜だめですよ〜?」 『ナンデヤネン!』 ツッコミを入れると、リィスはぽんと手をたたき、 「あっ、そっか〜。はぐちゃんはあ〜、ご飯食べられないのよね〜」 『ソウデスネー』 それじゃあ、朝ご飯のかわりにと、リィスは背中のゼンマイを巻いてくれた。感謝の気持ちをこめて、はぐれは彼女に頭を下げる。 「いいのよ〜。元気〜出してね〜、はぐちゃん」 はぐれの頭を優しく撫でながら、リィスはにっこり笑う。と、そこへ── 「あ!」 はぐれのモデルとなった剣和真が現れた。何故か彼は、はぐれを見ると捕まえようとする。 はぐれは逃げ出した! 「ちょ、待ちやがれ!!」 追いかける和真。 「弱い者いじめは〜だめですよ〜」 リィスのお叱りの言葉は、和真の耳には届かなかった。 「今日こそ捕まえてやる!」 和真は燃えていた。 なぜ、はぐれを追いかけるのかと人は問う。すると、彼は仏頂面で答えたものだ。 「そこに、はぐれがいるからだ」 というより、はぐれは和真を見ると逃げるのである。逃げられれば追いかけたくなるのが、人のサガというものだ。 そんなわけで、 「おい、陽平! そいつを捕まえろ!」 行く先に見つけた勇者忍軍の風雅陽平に向かって、和真は声を張り上げた。忍びというだけあって、彼の方が和真よりも早い。 「お、おうっ!」 何気なく通路を歩いていた陽平は、和真の声に軽く舌なめずり。はぐれと和真の追いかけっこに遭遇するたび、このように助力を請われている彼。ところが、その度に毎度逃げられているのである。 今日こそは意気込む、陽平。ところが── キキッ。 はぐれは急ブレーキをかけ、陽平の前で止まった。 何だ? 和真と陽平が、はぐれの行動に不信感を抱く。 『H!』 「ぶッ!」 「ちょっと、まてぇ?!」 はぐれの発した言葉に、少年と青年の精神が打ち砕かれる。思わずずっこければ、今がチャンスと再びはぐれが駆け出した。 「ま、また逃げられた……!」 「どうなってるんだ、あいつ……」 どんどん小さくなっていくはぐれの背中を、2人は呆然と見送った。 和真たちが追跡を諦めたことに気づかないはぐれは、やがてコースを直線から斜めに変更し──壁に体当たり。すると、壁がどんでん返しにひっくり返り、はぐれを壁の中へと飲み込む。 郵便戦隊の青木神無がよく利用している隠し通路の1つである。 ここなら、彼らも追いかけてくることは出来ないはずだ。 ふうっ、とため息をつきたい気分のはぐれである。 リィスにゼンマイを巻いてもらっていなかったら、逃げ切れたかどうか……。これは、日ごろの行いのよさの賜物であろう。 はぐれは、意気揚々と隠し通路を歩いていった。 深夜である。艦内の見回りを終えたはぐれは、アナウンス部のブースにやって来ていた。ドアは普通に立っていると開いてくれないので、どんっと体当たりを喰らわせる。すると、降参ですとばかりに、みーっと開くのだ。 「おや、こんばんは。今日は平和だったようですねえ」 『ソウデスネー』 はぐれのお目当ては、アナウンス部チーフの森本康之である。 「明日も平和だといいですねえ」 『ソウデスネー』 にこにこと笑いながら、チーフははぐれを机の上に乗せてくれた。彼の手元を覗き込むと、どうやら落し物の台帳を記入していたようである。 本日の日付の横には、結婚相談所パンフレット、と書かれてあった。 『……ナンデヤネン?』 「男性も女性もお年頃の方が多いですからねえ」 単身赴任中のチーフは、朗らかに笑う。 落し物台帳の記入が終わると、チーフはブース内の掃除を始める。はぐれも、ミニ箒を持ってお手伝い。主に、机の上の消しゴムカスを集めるのがはぐれの仕事だ。 これが以外にいい運動になるのである。 掃除を手伝うと、その御礼として、チーフがゼンマイを巻いてくれるのだ。これで、日中リィスに会わなくても、明日1日は稼動していられるはずである。 手伝えることがなくなると、日課である夜の体操を始めるのにちょうどいい時間だ。時々、チーフがタイムを計ってくれて、ちょっと楽しかったりする。 夜がさらに更けて、チーフがコーヒーを片手に文庫本などを読み始めるようになるころ、はぐれは購買下の部屋に帰る。 購買の営業は終了しても、マッコイ姉さんはまだ起きているので、見つからないように注意して帰らなくてはならない。 「今日の売り上げは……」 パチパチとそろばんを弾く音が聞こえてくる。どうやら、売り上げの計算をしているようだ。 音を立てないように気をつけて、はぐれは部屋に戻る。 ヴィーン。 羽虫の羽音のような音に、マッコイ姉さんはそろばんをはじく手を止めた。 「お。帰って来たっすね」 こちらが気づいていることを悟られないよう、マッコイ姉さんはすぐに手を動かし始める。 無事、我が家へとたどり着いたはぐれは、リィスがくれたふかふかクッションの上に座って、しばしの休息を取る。 明日もまた1日がんばって突っ込まなくてはと、はぐれは自分に言い聞かせるのであった。 |