ラストガーディアン艦内の某所。明かりもつけず、数名が円陣を組んでひそひそと内緒話をしていた。小声であるだけに、会話の内容は聞き取りづらい。
「……この案件は急いで処理すべきでは?」
「でも、人材が──」
「それなら、大丈夫。任せて」
 計画は人知れず、確実に進行していた。


オリジナルブレイブサーガSS
Trick Party



 とんてん、かんてん。釘をうつ金槌の音が、格納庫に響く。他にも荷物を引きずる音や、「そいつは向こうに持って行ってくれ!」などと言った指示の声なども聞こえてくる。
 格納庫は、さながら戦場のように大忙しであった。
 今年のハロウィン・パーティーの会場設営にてんてこ舞いなのである。例年と違って、今回の趣向は、例年になく凝ったものになっていた。
 その理由は、トリニティ予報官こと、ブレイブナイツのブリッツァー=ケイオスが、ハロウィン当日を含む1週間、トリニティの襲撃はないと太鼓判を押したことが1つ。もう1つは、M同盟が、今回の主催を買ってでたことも上げられる。
 艦内の掲示板には、『HAPPY HALLOWEEN TRICK PARTY』のロゴが踊るポスターが、でかでかと張り出されていた。
「トリック・パーティーって、どんなことをするんだろうね?」
 掲示板にはられたポスターを見ながら、空山ほのかは隣にいる秋沢雫にたずねる。
「さあな。でも、ハチミツおじさんが、唸ってたぜ。新しいセットを考えなくちゃならねぇって」
「ふみゅ? どういうこと?」
「主催者側から、特別な料理を考え出してほしいって、要望があったって話だ」
 口止めされてることだから、誰にも言うなよと、雫は付け足した。ほのかは、「お口にチャック! だね」とジェスチャーつきで答え「分かったよ」と笑いながらうなずく。
 今回のハロウィン・パーティーは、主催者によって情報規制が行われていた。会場となる格納庫は、パーティー関係者以外、ほぼ立ち入り禁止という、キビシサである。
「いったい、どんなパーティーになるんだろうね?」
 興味津々といったかんじで、ほのかはポスターに見入っていた。雫としても、パーティーの内容は気になるところだが、彼にはもう1つ気になる事項がある。
「なあ、ほのか。今年は仮装してもしなくてもいいみたいなんだけど──」
「何言ってるの、しーちゃん! せっかくのハロウィンだよ! 仮装しなくっちゃ!!」
 ぐっと握った拳に力をこめて、ほのかはキッパリ断言した。
「さ、今から購買に行って仮装衣装を選ぶよ〜」
「今から?!」
「当然だよ! あと、パーティーまで、あと3日しかないんだよ! 急がなくっちゃ!!」
 ほのかは、3日『しか』というが、3日『も』ある、というのが雫の心情だった。しかし、張り切るカノジョの姿を見せられると、「また後で」とは言い出せないカレなのであった。


「お。柊じゃねぇか。バイトの方はいいのか?」
 昼下がりの食堂。人影もまばらになったこの時間、勇者忍軍風雅陽平は、ヒマを持て余していた。彼が守るべき主君は、エリィたちに連れられて、パーティー用の仮装衣装を選びに、購買へ出かけている。
「今は休憩中。格納庫の方じゃ、ゆっくり休めないから、こっちに来たんだ」
 ひょいと肩をすくめながら、風魔柊は答えた。手には、日替わり定食の乗ったトレイを持っている。
「ふうん。…………なあ」
「会場の様子は、いくらアニキでも教えられないかんね」
「ちっ」
 先手を打って答えた柊へ、陽平は悔しげに舌を鳴らしてみせた。
 整備班は艦内でも1、2を争う、M同盟加入者の宝庫である。よって、整備班にてアルバイトをしている柊も、半ば強制的に運営側に回らざるをえなくなってしまったのだ。もちろん、彼と同じくアルバイト扱いとなっている、ブレイブナイツ龍門拳火も運営スタッフとして、こき使われている。
「でもまぁ、けっこうイイかんじに仕上がってきてるかな」
 定食の味噌汁をすすりながら、柊は答えた。
「イイかんじってぇと?」
 ずずぃっと身を乗り出す陽平。
「これ以上のリークはなし! へへっ。当日のお楽しみってことで、カンベンしてよね、アニキっ」
 ぺろっと舌を出して、柊はいたずらっぽく笑った。
 その頃の格納庫。こちらでは、迫ってきた本番に向け、会場設営は急ピッチで進められていた。その横では、パーティー当日の打ち合わせも行われている。
「あたしらは、迷路内の人数調整をすればいいわけね」
「あぁ。まぁパーティーが始まってから、1、2時間ってトコだろうけどな」
 企画書を片手に話をしているのは、ウィルダネス組のトーコとブレイブナイツの龍門拳火だ。トーコたちウィルダネス組は、M同盟とは無関係なのだが、格納庫に住んでいるため、なし崩し的に運営側に回るハメになってしまったのである。
「よしよし。そのタイミングで、空砲を撃てばいいんだな」
「あぁ。音量は調節できるのか?」
「やったことねぇから分からねぇなぁ」
「そうか。まぁ、こっちでも音を流すし、そのヘンで調整つけるか」
 これは、BDと整備班スタッフの会話である。その側では、ラシュネスが、バスタオルくらいの白い布に黒い糸を縫い付けていた。グレイスに仕込まれて、簡単な裁縫はできるのである。
「できましたー」
 わあいと歓声をあげたラシュネスは、続けて糸をビットにくくりつける作業に取り掛かった。
 今回、ラシュネスはBDと同じく、参加者を驚かせる係に割り振られている。糸をビットにくくりつけた後は、先についている白布の動かし方について研究しなくてはならない。
「後でユーキに手伝ってもらわないと」
 真剣な顔つきで、糸をビットにくくりつけながら、ラシュネスは言う。手伝いに指名を受けたユーキはというと、物資運搬に携わっていた。
 イサムとジャンクは、整備班に請われ、迷路の内装に携わっている。どちらも絵を描けるのが、抜擢理由のようだ。
「ジャンクさん、絵なんて描けたんすね」
 イサムは時々スケッチをしているのを見かけていたので、特に何も思うところはなかったのだが、ジャンクが絵を描けたとは驚きである。
「一応な」
 整備班の驚きの声を背中に聞きながら、ジャンクは絵筆をふるい、騙し絵を描いていた。当人はいたって気楽に絵筆を滑らせているが、そこに描き出されていく絵はかなりのものである。
「……こんなもんか?」
 出来上がったのは、壁に描かれた半開きのドアである。
「これを暗がりの中で見たら、マジで外に出られると勘違いしそうっスねェ」
「さて、どれだけのやつが引っかかってくれるか、お楽しみってところだな」
 しきりに感心するスタッフを横目に、描いた当人はいたって冷静であった。
「大きさ的には、このくらいが一番妥当のようですわね」
 臑に貼られた沢山のシールを見つめ、グレイスが言う。7センチくらいの大きさのそれは、カボチャやゴースト、スケルトン、コウモリ、ネコ、スパイダー、魔女の横顔、フクロウなどさまざまである。
 その後ろでは、郵便戦隊の黒羽根暦のペットである子猫たちが、丸まったガムテープをコロコロ転がして遊んでいた。
 それはともかく、グレイスと一緒にシールの大きさなどを確認しているスタッフは、次に暗幕を持ってきて、彼女の臑を覆い隠した。
「どうです?」
「ん〜やっぱ、これくらいはほしいところですね。もうちょっと大きくてもいいかな、とは思いますけど……」
「そうすると、予算が跳ね上がってしまいません?」
 カタログをめくりながら、グレイスが首をかしげる。
「それに、小さな子供さんも参加されるのでしょう? でしたら、やはりこれくらいが妥当だと思いますわ」
「ですかねェ……よし。じゃあ、この大きさで発注をかけましょう」
「カードの方は大丈夫ですの?」
「あ、そっちの方はもう発注かけてます」
 グレイスの持っているカタログを拝借して、スタッフはページをめくる。 「あった、これです。ジャック・オー・ランタンとトリック・オア・トリートのロゴの印刷を頼んであるんです」
 スタッフが示したのは、デザイン自由のスタンプカードが刑されているページだった。紙や印刷の色など、けっこう細かに組み合わせることができるようだ。
「なるほど。出来上がりが楽しみですわね」
「そうですね」
 笑いながらうなずいたスタッフだったが、
「あ……」何気なく動いた視線の先にあるものを見て、その表情を凍らせた。
「どうかしまして?」
 彼の視線の先を追いかけて、グレイスも「あ」と凍りつく。
 子猫3匹がガムテープを体にくっつけ、うにゃうにゃ、やっていたのである。その姿は、ガムテープの包帯を巻いたミイラ猫のようだ。呆れ顔で見ている間にも、猫たちはますますからまっていき、とうとう1つの固まりになってしまった。
「何をやってますの…………」
 グレイスの口から、思わずため息がもれる。
 ぅにゃう……。しょんぼりした声で、ネロが鳴いた。



 そんな小さなハプニングがあったりしながら、パーティー当日がやってきた。
「ハッピー・ハロウィン! 参加者のみなさんは、会場の入り口の受付でシールとカードを受け取ってください」
 スピーカーから聞こえてきたのは、ウィルダネス組の1人、イサムの声だ。
「すげえな。ここって、本当に格納庫か?」
 会場入りした剣和真は、大きく目を見張りながら、つぶやいた。彼は真っ赤な海賊衣装に身を包んでいる。正体を明かせば、ピーターパンのフック船長だ。
 配役はこうである。
 準=ピーターパン、サヤ=ティンカーベル、麻紀=ジョン(ウエンディの弟)、鳳=ウエンディ。
 ウエンディ役の鳳は、落ち着かない様子でしきりと衣装を気にかけている。普段、パンツルックが多い彼女にしてみれば、慣れないスカートは気恥ずかしいものがあるのだろう。
「準備に時間があったとはいえ、変われば変わるものですね!」
 胸の前で手を組んで、サヤはきらきらと目を輝かせている。
 開演前の映画館程度におさえられた照明。格納庫の真正面には、どこから調達してきたのか、大型モニターが設置されている。モニターに映し出されているのは、なんと会場設営のメイキング映像であった。整備班の中に混じって、龍門拳火や風魔柊、ラシュネスらの姿も映っている。
 同時に、会場の説明も流されていた。映像によると、会場は大まかに3つのエリアに分かれているようだ。
 1つは、今現在、和真やサヤたちのいるメインホール。格納庫の中央には、「トリック・メイズ」と名づけられた謎の空間。そして、それを取り囲むようにブレイクスポットが作られているようだ。各エリアは、中央の「トリック・メイズ」を通らないと行けないようになっているらしい。
 モニターの映像を興味深げに眺めていると、受付の順番が回ってきた。
「ハッピー・ハロウィン!」
 座っていたのは、拳火と柊だった。格好からして、拳火は「不思議の国のアリス」に出てくるトランプの兵隊だろうと推測できたが、時代劇に出てくる旅装姿の柊は何の仮装をしているのか、予想ができない。
「柊君、それ、何の仮装なの?」
 好奇心から麻紀がたずねると、「水戸黄門のうっかり八兵衛」との答えが返って来た。配役は、翡翠が黄門様を、陽平と光海で助さん、角さん。楓が陽炎お銀をやっているのだそうだ。
「……あってるかも」
 何となく姿をイメージして、準がつぶやく。
「オイラたちのことはいいとして──はい、これ。シールとカードっと……大当たりだ」
「大当たり?」
 準が手渡されたのは、カボチャ柄のシールとオレンジ色の紙のスタンプカード。それらを見つめ、ピーターパン・準は首をかしげた。
「ちょっとこっち来て。説明するから」
 席を立った柊は、ちょいちょいと少年を手招きする。その間に、拳火が他のメンバーへの説明を行う。
「シールは、腰から上の見えるところに貼っといてくれ。カードはなくさないよう、大事に持っててくれな。後で説明があるから」
「分かった」
 和真が受け取ったシールは、ガイコツ柄。サヤはゴーストで、麻紀はコウモリ、鳳はスパイダーだった。回りを見回すと、魔女の横顔やネコ、フクロウなどもあるようである。
 柊に連れられてはなれていた準が戻ってきた。
「ジュン。何が当たりましたか?」
 サヤがたずねると、
「まだもうちょっとだけ内緒」
 カボチャ柄のシールを三角帽子に貼り付けた準は、いたずらっぽい笑みを浮かべて答えた。


 入場がスタートしてから、1時間。会場に入った人間の大多数が受付を終えたのではと思われるころ、ドラムロールが華やかに響き渡った。
「わくわくするね、隼人くん」
 ドラムロールに合わせてか、会場の照明が一段と暗くなっていく。孫悟空の衣装に袖を通した橘美咲は、隣にいる沙悟浄に扮した大神隼人の袖をひいた。
「そうだな」
「コレが何なのかも気になりますね」
 猪八戒に扮した田島謙治が、くいっとメガネを持ち上げながら、手に持ったカードを示す。彼の隣には、玄奘三蔵法師になった神楽崎麗華が、袖口に貼ったシールが光っているのを見て、
「このシールも関係あるんでしょうね」
 ふふっと色気のある笑みを浮かべた。
『ハッピー・ハロウィン!! みなさま、大変ながらくお待たせしました! これより、今年のハロウィン・パーティーを開催いたしまぁすっっ!!』
 この声は、アンドロイド3姉妹の1人、プラムのものである。
『でも、その前に、入場の際にお配りしました、シールとスタンプカードについて説明させていただきます!』
 プラムの声に、参加者たちは手に持ったカードと自分のシールを交互に見やった。
『今年のテーマは、トリック・パーティー! どんな趣向なのか、楽しみにして下さっていたのではないでしょうか。今、みなさまがいらっしゃる会場の中に、たった9人だけ、カボチャのシールを付けた人がいらっしゃいます。みなさまには、この9人を見つけていただき、「カボチャ発見!」とこっそり耳打ちしていただきたいのです!』
 とたん、会場のどこからか、「あ!」とか「あぁっ!!」とかいう声があがった。近くにカボチャシールをつけた人がいるのだろう。
 回りに視線をめぐらせる美咲だが、どうやら自分の近くにはカボチャシールをつけた人はいないようである。
「あの声は、剣さんですよね?」
 謙治が言うのへ、麗華もうなずき返し
「桃井さんの声も聞こえたわね」
「じゃあ、まずはその2人を探して、話を聞いてみるか?」
 隼人が言った。
『話は最後まで聞いてくださいね〜。声をかけられたカボチャシールの持ち主は、お手元のスタンプカードにスタンプを押してくれるので、これを9つ集めてください。全部集めたら、カードを持って受付けにお越しください。カードと引き換えに、ハチミツおじさん特製、ハロウィン・ディナーの食券をお渡しします!』
 限定100食ですから、早いもの勝ちですよ〜と、プラム。その後ろから、「美味ェ!!」とか「まいう〜」「お肉と野菜のルネッサンスや〜」などという声がかすかに聞こえてきた。
 心の底から美味しいと感じているのが分かるそれらの声に、ゲストたちは思わず生唾を飲み込んだ。
『今のは、試食中スタッフの声ですね〜。限定100食ですから、みなさん、張り切って探してくださいね。1つ、ヒントを申し上げると、シールをつけているのは、この場にいる全員です。ゲストもスタッフもみ〜んなつけていますから、要注意ですよ! それでは、ハッピー・ハロウィン!! トリック・パーティーのスタートです!!』
 放送の声が途切れると、バックミュージックが流れ出した。
「明るくならないんだね」
 隼人の袖を掴んだまま、美咲が天井を見上げていう。開演中の映画館くらいの暗さのまま、赤や緑のスポットライトが会場を照らしている。けれど、ゆっくりとしたリズムで明滅を繰り返しているため、安心感とは程遠かった。
「はぐれたら、合流は難しそうね」
 軽くため息をつく麗華。この暗さでは、普通に歩くのも気をつけて歩かないと、すぐに誰かとぶつかってしまいそうだ。
「う゛…………」
 麗華のつぶやきに、美咲は隼人の袖を掴む手に力をこめた。
「あせらず、じっくり行くしかねえか」
「ですね」
 隼人のつぶやきに謙治が応じ、ドリームナイツたちはカボチャシール保持者の手がかりを求め、剣和真と桃井皐月の姿を探すことにした。



 エスペリオンチームは、比較的迷路の入り口に近い位置にいた。そんなわけで、カボチャシール持ちを探すより先に、迷路の方を攻略することにしたらしい。
「中はどうなってるんだろうね?」
 ウキウキした様子で壬生黄華が、前を歩く紅月竜斗にたずねた。たずねられたほうとしては、「さあな」としか答えようがない。それでも、肩越しに振り返りながら、
「ホールだけでもこれだけこってるんだから、中もこってるんじゃねぇか」
「あんまり複雑じゃないといいんですけど」
 輝里碧がつぶやき、直後「あ」と言葉をもらした。
「どうかし──うぉ?!」
 竜斗は柔らかい何かにぶつかった。と同時に、嫌な予感がふつふつと沸いてくる。
「公衆の面前で、大胆なアプローチ! おねーさん、ビックリ半分ながら大感動よ」
 柔らかいモノの正体は、ウィルダネスから異能力者、トーコのたわわに実った胸だった。
 予感的中。竜斗は慌ててとびのいた。
「おっおま……っ! こんなトコで何を!?」
「今年は運営側なの。お仕事よ」
 大威張りで胸を張るトーコ。それに合わせて、胸の果実がぷるんと揺れる。今日はいつにもまして露出が高い。肩紐なしの真っ赤なブラに、ショートパンツ。赤の網タイツに網目のグローブをつけて、頭には角を生やし、三角尻尾を生やしている。
 一方、竜斗たちは、今年流行の海賊コスで統一していた。
「そんなことより、アンタがそんっなにコレが好きだとは知らなかったわ。
自分から飛び込んできてくれるなんてッ」
 軽く床を蹴ったトーコは、顔を真っ赤にして絶句している少年に飛びついた。豊かな胸の谷間に、少年の顔がホールインワン。
「おねーさん、すっごく嬉しいんだけど、今これからってのは、ちょっと困るのよ。だから、今夜、あたしのベッドに遊びに来てちょうだいナ。ぴっかぴかに磨いて待ってるから」
 ぎゅむぎゅむぎゅむッ。遠慮なく少年を抱きしめながら、トーコは言う。
「姉ちゃん、竜斗が昇天しちゃうよ」
 姉トーコがレッドデビルなら、弟ユーキはブラックデビル。ギャルソンのような格好に、鬼のような角と三角尻尾を生やしていた。
「あらあら。天国にイクのはまだ早いわよ、スイートハート」
 ユーキに言われ、トーコは竜斗を解放する。
 ダレがスイートハートだとか、天国にイクとは何だとか、色々抗議したいものの、酸素への渇望が勝った。背中にぐさぐさと刺さっている視線を恐ろしく思いながら、少年はぜいぜいと肩で息をする。
「抵抗ぐらいしなよ、竜斗」
 呆れた様子のユーキのせりふに、黄華が声を大にして賛同し、碧は無言で賛同した。双御沢鏡華も「まったくです」と口をへの字に曲げている。
「ぐ……」
 ユーキの言うとおりなのだが、なぜか抵抗できない竜斗であった。というか、彼は、抵抗すればより悲惨な目に遭う可能性が高いということを、弄られ先輩で学習している。が、それを回避するための対応策がないため、なされるがままという、情けない状態にあった。
 志狼が暴れ、陽平がわめく、トーコのいじり。新人竜斗は流されるまま、というのが現状である。
「竜斗の愛を感じるわぁ。サービスしなくっちゃ」
「しなくていい!」
 くわッと牙をむいて、竜斗が吠えた。 
「今の姉ちゃん、悪魔なんだから、地獄しか送れないんじゃないの?」
 懐中時計に目を落としながら、ユーキがぼそっと一言。
「あらあ……愛に鞭で応えるのは反則だわねぇ」
「愛が憎しみに変わっちゃモトも子もないからねぇ」
 1、2、3と数を数えながら、他人事のようにユーキ。
「うぅん……残念。ごめんね、アナタ。今夜は寂しく1人で眠るワ」
 トーコは、くすんと泣きまねをした。
「これからも他を当たれ!!」
 眉間にしわを寄せて竜斗は言う。ここにトーコがいると知っていれば、気を抜いたりしなかったのにと、己の行動をちょっぴり反省する。
 とはいえ、竜斗に非があるわけではないのだ。ギリギリ歯軋りをしながら、諸悪の根源を睨みつければ、何事もなかったように人員整理を行っていた。
「くっそー」
「ま、早く水に流したほうが、健康のためだから」
 ぽんっと、竜斗の肩をユーキが叩く。その顔には、諦めが肝心とはっきり書いてあった。
「くぅ……あ〜まぁ、いいや。とりあえず、さっきはありがとな。助かったぜ。これからも頼むわ」
 ユーキの手をぎゅっと握り締め、竜斗はユーキの大きな目を真っ直ぐに見つめる。その視線には、今助けられた感謝の気持ちとこれからの期待が、強くこめられていた。
「あ、うん。……善処します」
 ぱちぱちと瞬きをしながら、ユーキは呆け顔でうなずいた。その時だ。
「ユーキはあげないわよ!」
 てぃッ! 竜斗の手を手刀でうち、彼の手を弟の手から引き剥がした。
「これは、あたしの!!」
 ぎうっと弟を抱きしめ、トーコが吠える。びみょ〜に涙ぐんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「別にいらねぇけど……」
 竜斗は、困り顔でこりこりと頬をかいた。すると、
「何ーっ!! ユーキのどこに不満があるって言うのよ?!」
 くわっと目をむくトーコに、
「どうせっつーんだよ、お前はっっ!?」思わず怒鳴り返していた。
「あのね……。オレにだって選ぶ権利があるんだから。勝手にやりとりしないでくれる? そんなことより、後がつかえてるから、さっさと中に入っちゃって」
 女性陣に「ごめんね、段取り悪くて」と謝罪しながら、ユーキは迷路の入り口を開ける。びーっと舌を出して、トーコは竜斗たちを送り出した。
「くっそぉ。今に見てやがれ」
 何か八つ当たりしたい気分になりながら、竜斗は迷路へ入っていく。口をへの字に曲げている彼へ、
「よう」
 声をかけるものがいた。振り向けば、勇者忍軍の風雅陽平である。
「お前もだいぶ馴染んできたな」
 時代劇に出てくる旅装をした陽平は、ねぎらうようにぽんぽんと竜斗の肩を叩いた。
「見てたんなら、助けろよ。先輩」
「出した助け舟が、泥舟に変わって共倒れ、ってのは良くあるパターンでな」陽平の目じりに、うっすらと涙が浮ぶ。
「ぐ……」
 先輩の経験談に、後輩は言葉を詰まらせた。が、
「でも、見てて面白かったから」
 陽平の爽やかな笑顔に、殺意を覚える竜斗であった。
 海賊が持っていたことで有名な曲刀カトラスの変わりに佩いている紅竜刀に手が伸びる。それをいち早く感じ取ったのか、陽平は獣王式フウガクナイを構えた。
「ようへい……」
「だっ、大丈夫だ、翡翠! 俺たちは仲良しだ! な! 竜斗!!」
 つんつんっと着物の袖を引っ張る翡翠・黄門さま。陽平・助さんは慌てて、海賊・竜斗に同意をもとめた。
「お、おう!」
 小さい女の子を悲しませるのは、竜斗の本意ではないので、彼もすぐにうなずき返す。 
「あの……いつも、あんな感じなんですか?」
 おそるおそると言った口調で、碧が光海・角さんに聞いた。光海は黙考したあと、
「10回に7回はあんな感じね」
「そう……ですか」
 碧の表情がたちまち暗くなっていく。
 少女のそんな表情に、陽炎お銀・楓は、新しい怪人が登場するのも時間の問題かも知れないわねと、小さく肩をすくめた。
「くそ、覚えてやがれ」
「矢でも鉄砲でも持ってこいっての」
 翡翠にあのような顔をさせぬよう、気遣いながら、少年達はぼそぼそと小声で話し合う。それでも、優位な立場にいるせいか、陽平はどこまでも強気だ。
「ふふっ。いいこと聞いちゃった」
 忍者少年に気取られぬ位置で、誰かがくすっとほくそ笑む。


「お? 何だここは?」
 トリック・メイズに潜入したブレイブナイツたち。数々の仕掛けに翻弄されつつも、たどり着いたのは、
「お疲れ様〜。ここは、ブレイクスポットでーす」
 胸にガイコツのシールを貼った厨房スタッフが、笑顔で彼らを出迎えた。 「ここでは、サンドイッチやおにぎり、から揚げなどの軽食を用意しております」
「やったあ♪」
 もろ手を挙げて、鈴が嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「オレ、もう腹ペコだよ」
 駆け出した少女の後を追いかけるように、陸丸も出店へ突撃をかけていく。
「お菓子類は、別のブレイクスポットで用意してます」
「あ、そうなんだ」
 スタッフの説明に、エリィは少しだけ残念そうな顔をする。
「ところで、皆さんは、不思議の国アリスを?」
「そそ。へへ、似合う?」
 ちょっと気取ったポーズをつけて、チェシャ猫エリィ。
 キャスティングは、アリスがユマで、白うさぎをブリットが。ハートのクイーンは水衣が引き受け、鈴は帽子屋だ。残る3名、志狼と陸丸、拳火はトランプの兵隊となっている。
「ユマさんがアリスなんですね」
「ふふふ。ユマちゃんには、ぜひスカートをはいてもらいたくってね」
 顎に親指と人差し指を当て、エリィは得意げに笑う。アリスの役を振られてしまったユマは、落ち着かない様子でスカートの裾を気にしている。


 その近くでは、コーヒーを飲んでいたブリットが、郵便戦隊の赤沢卯月に「カボチャ発見」こっそりと耳打ちされていた。
 そう。ブリット白ウサギ(普段のカラーリングから言えば、黒ウサギなのだろうが)が、スタンプ保持者の1人なのである。ちなみに、ウサミミは頭に直接生えているのではなく、被っているシルクハットから生えている。
「へへっ。ありがと。これで、あと6つっと」
「早いな」
 卯月の独り言に、ブリットが軽く目を見張る。ブリットたちは、まだ彼が持っている1つ分しかスタンプをゲットしていない。
「タダでご飯が食べられるんだもん。張り切らなきゃ」
 鼻の下を指でこすり、卯月は笑った。
「じゃあね!」
 相手がこわもてのブリットであっても、卯月の態度は変わらない。他のクルーと接するのと同じように自然体で声をかけ、そのまま去っていく。
「…………」
 その様子を、ユマは嬉しさ半分恨めしさ半分で見つめていた。
「どうかしたのか?」
「いえ! なんでも……ありません」
 心を見透かされたかのようなタイミングで声をかけられ、ユマはぷるぷると顔を左右に振った。
「くす。いつまで経っても初々しいわね」
「そんなに気にすることねえのになぁ」
 そろっておにぎりを食べていた、クイーン・水衣とトランプ兵・志狼が小声でつぶやいた。
「でも、それがユマの可愛いところだと思うわ」
「ブリットが気づいてりゃあ、そうなんだろうけどな」
 言ったとたん、志狼は口の中のものをふきだしそうになった。
「どうしたの、シロー」
 藍色と紫の縞模様がついた尻尾をフリフリ、エリィが近づいてくる。
「中にジャムが入ってた」
「え?!」
 名づけてロシアン・おにぎり。お残しは許しまへん。ば〜い、厨房スタッフ。



「いってらっしゃ〜い」
 赤と黒のデビル姉弟に送り出され、フェリスヴァインチームのお子様たちが、トリック・メイズに挑む。星崎瞬、北山雷人はサファリルックに袖を通しているが、草薙沙耶香と羽丘リリィは普段着のままである。
「さて……どれがいいかな……」
 入り口を入ると、3つのドアが並んでいた。普通のドア、ボロボロのドア、高級感漂うドア。場所が場所なだけに、普通のドアですら怪しく思えてくる。
 4人がいる部屋は、ドアがあるだけで、後は何にもなかった。仕切りの壁には、「疲れた〜」とか「やったぜ!」「がんばった!」「水衣ちゃん、好きだぁーっ」「ダレだ、これ書いたやつ!?」などの落書きがある。おそらく、会場設営に関わった人たちが、書いたのだろう(1つだけ、誰が書いたのかモロ分かりのものも含まれているが)
「ヒントになりそうな落書きはないわね」
 壁に張り付くようにして、落書きを見ていたリリィが言う。暗いので、これぐらい近づいて見ないと、はっきり分からないのである。
「よし、んじゃあ、多数決にしようぜ」
 ドアは3つ。子供達は4人。どんなに意見が割れても、2人が選ぶドアが1つ現れるはずだ。
 雷人の提案に、子供たちはうなずき、「せぇの!」で一斉にドアを指差した。
 結果選ばれたのは、普通のドア。
「行くよ」
 先陣をきったのは、このドアを指名した瞬だ。生唾をごくんと飲み下して、瞬はゆっくりとドアを開けた。
 ドアの向こうは、細い廊下になっていた。
「何だ、何にもねえじゃん」
 ほっと胸をなでおろした雷人だが、油断は禁物である。なにせ、この迷路を作ったのは、子供の心を失わない大人たち(そのうえ、技術は世界トップクラス)なのだ。どこにどんな仕掛けが用意されているか、分かったものではない。
 廊下は、天井板がはめられているため、ほぼ完全な真っ暗闇である。壁に手をつくと、ウレタンをはっているのか、柔らかくなっていた。
「ぜったいに、何かあるわね」
 リリィの言に、子供達は慎重に歩を進める。が、彼女の言う何かはなかなか現れない。もしかして、フェイクなのだろうかと、緊張が緩んだ頃、それはやってきた!
 突如として廊下が波打ちだしたのである! 全身をサンドイッチにされたり、開放されたり。
「うわああああっ?!」
「これが狙いかよぉっ!?」
 波打つ壁に翻弄されながら、廊下を脱出した4人。ほっと息をつく暇もなく、足元を二酸化炭素の冷たい空気が襲う。
「「ひきゃあぁぁっ?!」」
 沙耶香とリリィが思わず悲鳴をあげた。
「大丈夫!?」
「だっだいじょうぶ」
 瞬の声に、リリィはこくこくとうなずいた。
 お互いの無事を確認しあい、子供たちは奥へと進む。
 まっすぐな通路は最初のサンドイッチ通路だけのようで、それから先はくねくねと曲がりくねっていた。これでは、お化けがどこにいるのか、仕掛けがどのあたりに設置されているのか、全く分からない。物陰に白いものが見えてギクリとしたら、それは人形だったりする。ほっと胸を撫で下ろしたとたん、がたん! と人形が倒れてきたり、背後からとんとんと肩を叩かれたりするのだ。
 わーわー、ぎゃーぎゃー騒ぎながら、子供たちはどうにかこうにか、次の部屋にたどり着いた。
「ここは、何にもないみたいだな」
 ほーっと息を吐きながら、雷人が独り言。瞬たちも「そうだね」とつぶやき、ちょっと休憩。
 室内には、装飾らしいものは何もなかった。最初の部屋と違って、ここには落書きもない。上に手をやれば、すかすかと空をきるばかり。遠くに赤いライトが見えることから、ここには天井がないようだ。
「あ、鏡」
 瞬が見つけたのは、装飾的な額縁のある楕円形のもの。少し高い位置にあるので、がんばって背伸びをしないと覗き込めない。
「何だろう?」
「……おい、ここって行き止まりか?」
 鏡を覗き込む瞬の後ろで、雷人が壁を探りながら言う。
「でも、途中で曲がり道なんてありませんでしたし……」
 沙耶香が首をかしげたその時である。
 ばん!
「うわあっ!」
 大きな物音に少し遅れて、瞬が悲鳴をあげる。バンバンバンッ! バンッ! バンバンバンッ!! 少年が覗き込んでいた鏡に、真っ白い手形が浮かび上がっては消える。まるで、ここから出してくれと叫んでいるかのようだ。
「なッ?! どっどうなってんだ!?」
「分からないわよ、そんなの!」
 雷人とリリィが大声を上げる。

 ドド〜ンッッ!!

「キャァッ!?」
 鼓膜を突き破るかのような大音声に合わせ、部屋が揺れた。赤や緑の怪しい照明も消え、どこからともなく、白くぼんやりしたモノが、ふわふわと宙を漂い、子供たちの顔をするりと撫でていく。
 ぴたんッ。
「ヒィッ!?」
「キャゥっ?!」
 首筋に冷たいものが忍び込んできて、リリィと沙耶香は悲鳴を上げる。
「はっ早くここから出るわよ!!」
 目じりにうっすらと涙を浮かべながら、天才少女が叫んだ。
 その上空では、拳火と柊が「やったね」と親指を立てて喜んでいた。
 バンバンっ、という音は、離れた場所でモニターをしているスタッフがしかけたもの。大きな落雷はBDが担当し、その後の白くぼんやりしたものは、ラシュネスがビットを繰って飛ばしたものである。
 最後の冷たいモノは、拳火と柊が上空から黒い糸を伝わらせて落としたサプライズだ。
 ちなみに、迷路の中の様子は、メインホールに設置した大型モニターに映し出されていたりする。
「おいおい、なみだ目になってないか?」
 メインホールで、カボチャシール保持者の1人、小鳥遊博士からカボチャスタンプを押してもらいながら、秋沢飛鳥がつぶやいた。
「ちょっと刺激が強いかもしれませんねぇ」
 その隣にいるリオーネは、微苦笑を浮かべている。
 その他、迷路の仕掛けをあげていくと、ポピュラーなところで、戸板返しに代表される歌舞伎のケレンを使用したもの。エアーマットを床に敷いて、歩きにくくしたもの。ジャンクが用意した騙し絵の数々。ガリバールームと名づけられた部屋には、落とし穴が仕込んであったりする。
 気配に聡いメンバーもいるが、それには最終兵器が投入されていた。
「……キサマ、そこで何をしている?」
 妹の様子を見に来た釧は、格納庫上空のキャットウォークでごろんと横になっているジャンクを発見した。彼は4辻の一角におり、その隣にはだぼだぼのブラウスとパンツをはいたイサムが座っている。
「こんにちは、釧さん」
「なんだ、お姫さまの様子を見に来たのか」
 横になったまま、ジャンクが釧に一瞥を向けた。心なしか、やや気だるそうに見える。
「何をしている?」
 イサムの向かいに立ち、釧は寝転がっている男を見下ろした。
「いや、下の連中の感覚操作をちょっと……。あ、クソ。ブリットのやつめ。素直に弄られてりゃいいものを!」
「…………キサマ」
「お気になさらず。まぁ、どうぞ」
 座るように勧められ、釧は腰を下ろした。そこへ、
「たっだいまー。ビールとおつまみ、ゲットしてきたわよ〜」
 《テレポート》でトーコが現れた。瞬間釧は苦い顔を浮かべる。
「何よ、その顔。下はアルコール禁止なんだもん」
 唇を尖らせ、トーコは言う。
「いいから酒」
「ん」
 手を伸ばしたジャンクに、トーコは持ってきた缶ビールを差し出した。
「アンタのお姫さまなら、メインホールで、幸せそうにメロンソーダ飲んでたわよ」
 イサム、釧にも缶ビールを配りながら、トーコ。迷路内への人数調整は、そろそろ不要だろうと、抜けてきたのである。
「お前ら、何やってんだよ?」
 ぐびぐびと缶ビールを飲み干す彼女へ、悪戯を仕掛けるのに奔走している拳火がジト目を向けた。
「いち早い休憩」
 悪びれもせず、トーコは満面の笑みで答える。
「ずりぃ……」
 拳火と一緒になって走り回っている柊が不満顔で抗議。が、寝転んだままのジャンクが一言。
「大人ってのはずるいもんだ」
 拳火と柊は、しおしおと自分の役目に戻っていった。



 楽しい時間は、瞬く間に過ぎ去って行くもので──
『おぉ〜! ハロウィン・ディナー食事券、最初にゲットにしたのは、郵便戦隊の赤沢卯月さんです!!』
 スピーカーの声に従うように、大型モニターには卯月の顔が映し出された。
『一番乗りの秘訣は?』
『美味しいご飯への執念! かな』
 インタビュアーに向かって、卯月はてへへっと笑ってみせる。
「すげぇな」
 モニターを見上げながら、志狼がほへ〜っと瞬きをした。ブレイブナイツが必要とするスタンプは、あと2つ。その2つが、なかなか見つからないのである。
「よぉ。お前らの方はどれだけ集まったんだ?」
 そこへ、陽平がやってきた。残り2つと志狼が素直に答えると、
「何?!」
 忍びはぎょっと目を剥いた。
「そっちは残り何個なんだよ?」
「3つ」
 悔しげに口を波打たせる陽平だったが、
「ようへい。ぶりっと、かぼちゃ」
 くいくいっと裾をひっぱって、翡翠が言った。
「お。あ、ホントだ」
 陽平が振り向くと、楓と光海が押してもらっている最中である。陽平もその列に並び、カードにぽんっとスタンプを押してもらった。
「──にしても、あと2つか。なぁ、誰にもらったんだ?」
「誰って、ブリットと準と小鳥遊博士と花乃と整備班の人とケイさんとフェアリスだよ」
 指折り数えながら答えると、陽平は残念そうに「同じかよ」と肩を落とした。
「今、葉月さんに聞いたんだけど、スタンプ、暦さんとグレイスが持ってるって!」
 獣尻尾をピンと立たせて、鈴が走ってきた。
「グレイスが持ってたのかよ!?」
 志狼と陽平の声がぴったりと重なる。
「む」
 とたん、ばちばちと対抗心に火がついた。
 2人はほぼ同時に、迷路に向かって突撃をかける。
 グレイスは、お菓子を置いていたブレイクスポットにいたからだ。
「あら、あそこにいるの、グレイスじゃない?」
 走り出した2人を横目に、水衣がぽそっとつぶやく。彼女の視線の先、メインホールの隅っこで、グレイスはラシュネスやBDなど、ロボット群に混じって談笑していた。
「志狼兄ちゃん……」あ〜あと陸丸がつぶやけば、
「先輩……」楓が額に手をあて、ため息をついた。
 残された面々は、顔を見合わせあうと、スタンプをもらいに、グレイスの元へ向かうことにした。



 さて、思い切り貧乏くじを引くことになってしまった志狼と陽平だが、
「ついて来るなよ!」
「そっちこそ!!」
 角突き合わせて、がつんがつんやっていた。
 記憶を頼りに素早いフットワークで狭い通路を抜け、2人がたどり着いたのは、カボチャが山積みにされた部屋だった。
「あれ? こんなトコに出たっけ?」
 陽平が首をかしげ、部屋の中を見回す。山積みにされたカボチャは中身がくりぬかれ、ランタンになっている。ちろちろと揺れる炎が何やら不気味だ。ふと気がつけば、あれだけひっきりなしに聞こえていた悲鳴もBGMも聞こえてこなくなっている。
「どうなってるんだ?」
 部屋の中は、山積みになったカボチャがあるだけだ。と、2人の足元を、しゅっと何かが通り過ぎる。
「何だ?」
 それはカボチャの陰に隠れ、じっとこちらを伺っていた。
「カ、カズマ君1号?」
 ハロウィンバージョンなのか、黒のとんがり帽子を被っている。
「なんで、カズマ君1号が?」
 1号は、カボチャの陰に隠れたかと思うと、そっと顔を出して志狼たちをじっと見つめる。そしてまた、カボチャの陰に隠れてしまうのだ。なんか、恥ずかしがってるらしい。
「どういう仕掛けなんだ?」
「俺に聞くなよ」
 陽平の質問に、志狼は真顔で答えた。
「そりゃ、そうか。おい、お前。何やってんだよ?」
 まるで小動物と接するように、陽平はカズマ君1号に手を伸ばす。その後ろで、志狼も覗き込むようにして膝を折り、「何にもしねぇよ」と優しげに声をかけた。すると、カズマ君1号、カボチャの陰から出てきて、
『キャー!!』
 悲鳴を上げた。
「……ドクトリーヌ・リリーの言ってた合図っすね」
 運営スタッフ本部にて、くつろいでいたマッコイ姉さんは、頼まれていたスイッチをぽちっと押した。
「うお?!」
「なんだ!?」
 マッコイ姉さんが押したスイッチに連動して、2人の足元がずずずっと競りあがる。
「ちょ……どうなってるんだ?!」
 うろたえているうちに飛び降りるには、やや危険な高さまで来てしまった。迷路の壁を追い越し、軽々と会場内が一瞥できる。もちろん、会場中から注目を浴び、
「お、おい……」
「どうするよ?」
 志狼と陽平は、じりじりと後ずさる。とはいえ、後ろは断崖絶壁とまではいかないものの、かなりの高さがあって、飛び降りるのはためらわれた。思わず、生唾を飲み込んだ時、ぱっとスポットライトがともり、そこに2つのシルエットが浮かび上がる。
「まさか……!」
 志狼の背筋に冷たいものが走った。
「イタズラ小僧にお仕置きを!」
 キャットウォークに立つシルエットの1つが叫ぶ。
「イタズラなんてしてねぇよ!」
 志狼が怒鳴り返したが、もちろん無視される。
「お呼びとあらば、即参上!!」
 もう1つのシルエットが声を張り上げた。
「呼んでねぇ!!」
 陽平が吼えるがこれも無視される。
 スポットが新たにともされ、シルエットの姿がはっきり見えた。
 1つは毎度おなじみプリティ・エリィ。もう1つは、初めて見る仮面の少女。しかし、背中に矢筒を背負っているところから、その正体は簡単に予測がついた。
「愛と正義と茶目っ気の! 美少女仮面!! プリティ・エリィ!!!」
「同じく、ミツミ・スタイリッシュ!!」

 会場内の心は、ただ1つ。
 また出た。
 衆人の目に晒されている少年2人は、救いを求めて眼下に視線を走らせた。
 そんな中、陽平とバッチリ目が合ってしまった人物がいる。海賊ルックの紅月竜斗だ。
 竜斗は、親指を立ててさわやかに笑って一言。
「ざまあみやがれ」
「くうっ……」
 まさに因果応報である。
「ヨーヘー。リクエストどおり、用意してあげたわよ?」
 天使のような微笑で、ミツミ・スタイリッシュは構えた弓矢を強調。
「ンなリクエストした覚えはねぇ!!」
「矢でも鉄砲でもって、言ってたじゃない」
「はぅあ!?」
 もはや、反論不可能である。
「んっんっんっ。そういうわけで、シロー!」プリティ・エリィと
「ヨーヘー!」ミツミ・スタイリッシュの声が今、重なる。
「「覚悟!!」」
「何でだよォっ!?」
「さっきの悲鳴が、その理由っ!」
 逃がさないわよと、ミツミ・スタイリッシュが矢を放ち、プリティ・エリィがダイブする。
「「濡れ衣だぁぁっっ!!」」
「言い訳無用!」
 続いて、ミツミ・スタイリッシュもダイブした。
 特設会場にて、ウレシハズカシな惨劇の幕があいた瞬間である。
 一方、その足元の一般会場では「いつものことだし」と上の惨劇はなかったことにされていた。
 まさに悲劇! しかし、悲劇はここで終わらない。
 ぼろぼろになって仲間たちの元へ戻った二人を出迎えたのは、
「私たちは、もう集めたわよ」
 水衣の淡々とした声と、その手に握られたハロウィン・ディナーの食券だった。
「うそだろ……?」
 呆然とそれらの食券を見つめる少年たちへ、残酷な宣言が下される。
『ハロウィン・ディナー、最後の獲得者はラシュネスさんで〜す!』
『ナンデヤネン!』ぴこっ。
 志狼と陽平の足元で、三角帽子を被ったカズマ君1号が稼動した。
「お、お前……ッ……」
 カズマ君1号を捕獲すべく、少年たちは何気なく移動を開始した。しかし、いち早く異変を察知した1号は、
『きゃー』棒読みの悲鳴を上げて、ダッシュ。家庭内害虫もビックリの速さで逃げていった。
「くっ……くっそ〜」
 悔しくて、陽平がギリギリ歯軋りをしていると、
「なんだ、アニキ、食券ゲットできなかったわけ?」
 きょとんと瞬きをしながら、柊が声をかけてきた。その横では拳火がニヤニヤ笑っている。
「志狼もかよ。何やってんだ、お前ら」
「うるせぇ!」
 何をやっていたかなんて、知っているだろうに。
「……そういうお前らだって、食券ねぇんだろ」
 ささやかな仕返しのつもりで志狼は言ったのだが、スタッフとして働いていた少年2人は、ちっちっちっと人差し指を左右に振り、
「残念でした。オイラたちは、スタッフ特権ってことで、無条件に食べられるんだよね〜」柊は、ブイサイン。
「なっ!?」
「今までも試食とかしてたしな」
 悪りィな、と謝罪する拳火だが、顔をみれば、悪いと思っていないのは一目瞭然であった。
「ずりィぞ?!」
「何を言うかな。オイラたち、今までがんばってきたんだもん。これくらいのうまみがなきゃ、やってらんないよ」
「全くだぜ」
 柊と拳火は、お互いに力いっぱい頷き合う。
「「チクショー!!!」」
 涙を噴水のように溢れさせ、志狼と陽平は仲間たちのもとから去っていった。


 その日の夕飯時。志狼と陽平は、食堂で食べると悔しい思いが復活しそうだという理由で、ジャンクの酒場にて、夕食をとったそうである。
 ちなみに、ラシュネスが獲得した100枚目の食券は、ジャンクたちと酒を飲んでいた釧に譲渡されたようだ。そうすると、ラシュネスには何のうまみもないわけだが、
「わ〜い♪」
 主催者側の好意で高級固形オイルのセットをゲットしていた。
「おいひぃですぅ〜」
「さすが、高級品」
「本当ですわね」
 BD、グレイスと仲良く分けて食べたそうである。








 深夜、某所。
「プリティ・エリィの目に狂いはありませんでしたね」
「ふふっ。でも、ドクトリーヌ・リリーの協力がなかったら、ああまでスムーズにはいかなかっただろうし。ありがとね」
「当然のことをしただけです。ミツミ・スタイリッシュ、これからもよろしく頼むわ」
「こちらこそ。早速だけど、マッディ・リオリオにお願いしたいことがあるんだけど……」
 新たなたくらみ(?)に思いをはせつつ、美少女怪人たちの夜は更けてゆく。









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