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オリジナルブレイブサーガSS
挑戦の秋



 秋の日の一日。ラストガーディアンは、平穏であった。リープ・ジャミング・システム(まだ仮名称)が効いているせいか、艦内にトリニティの怪人が現れることはなくなっていた。
 それは、歓迎すべき事柄ではあるのだが、素直に喜べない人も実はいたりする。
「……か、家計の助けが……」
 帳簿を睨んでいた少年が、がくぅとカウンターに突っ伏した。
「ま、こればっかりはな」
 新調した業務用オーブンを磨きながら、格納庫にて酒場を経営している男が言う。
「借金完済の道は遠いよ……」
「ま、そう慌てんでも」
 無期限・無利子でなければ、とっくに破産しているはずだ。それに、現在は生活費の一部を彼に肩代わりしてもらっている。
「お世話をかけます」
 カウンターに突っ伏しながら、少年は言った。



 少年とは別に、もう1人浮かない顔をした人物がいる。
「む〜……」
 ブレイブナイツと共に、こちらの世界へやってきた獣耳・獣尻尾少女鈴である。
 彼女も、収入減を嘆く少年と同様、艦内に現れたトリニティの怪人退治に一役かっていた。が、先日導入されたシステムにより、時間を持て余すようになっていた。
「……ヒマ」
 ぽてぽてと艦内の通路を歩きながら、鈴はつぶやく。
 はっきり言って、することがない。
 怪人退治を始める前は、どうやって時間を潰してたっけ。
 歩くのも面倒になって、鈴は通路の壁に背中を預け、天井を仰いだ。
 ここに来たばかりの頃は、艦内の探検に忙しくって、ヒマを感じたことはなかった。あらかた探検しつくした後も、ヒマだとは思わなかったように記憶している。
「生活班(郵便部含む)、整備班、食堂では、常時アルバイトを募集してるアル。時間を持て余してたら、手伝いに行ってみるといいネ。ちゃんと、バイト代も出るアルよ」
 後方で、伝票整理や新人の受け入れを担当しているケイ・リーの言葉を、鈴は思い出した。拳火は整備班、水衣は購買、志狼は食堂でバイトをしている。ユマは、いつの間にやら調査研究班の所属になったようだし、ブリットは、トリニティ予報なる番組を持っている。また、艦の運営などにも関わっているようだ。エリィは、その日によってあちこちの部署へ助っ人に行っているようだし、陸丸は、毎日熱心に稽古に励んでいるので、それなりに充実した毎日を過ごしているようである。 
「……ヒマ」
 ため息とともに、鈴は、もう一度つぶやいた。
 道場へ行って、体を動かしてもいいのだが、どうもやる気がでない。
 今更、どこかへ手伝いに行くというのも、何となくためらわれる。
「何なのよ……」
 自分でも分からない理由で、胸の中がもやもやしていた。何かで発散させたいと思う一方で、その何かに取り組む意欲が全然湧いてこない。
 そんな自分にイライラして、
「もうっ!」鈴は大声を出していた。
「うわ!?」
「え? あ、ゴメン。驚かせちゃって……」
 考え事に集中していたから、後ろに人がいるなんて気づかなかった。
「いえ、どうかしたの? 鈴お姉さん」
 青い目をぱちぱちさせながら問いかけるのは、フェリスヴァインチームの羽丘リリィだ。今日は珍しく、半ばトレードマーク化しつつある白衣を着ていない。
「べつに、何でもないんだけど……」
 少しだけ唇をへの字に曲げて、鈴は言った。
「耳と尻尾」
「へ?」リリィに指摘されて、鈴は耳と尻尾に手を向ける。
「あ……」
「耳も尻尾もそんなにしょんぼり下がってて、何でもないわけないじゃない」
「あう……」
 鈴は、がっくりと肩を落とした。この耳と尻尾は、ときどき嫌になる。今みたいに、隠したい気持ちを隠させてくれないからだ。まして、年下の子に指摘されるなんて、恥ずかしすぎる。
「……ところで、鈴お姉さん。トーコお姉さんの弱点って知らない?」
「ぅえ? トットーコさんの弱点? 知らないけど……何で?」
 今度は鈴が、ぱちぱちと瞬きをする番だ。リリィは少しだけ口を尖らせる。
「べつに……ただちょっと聞いてみただけよ」
 ぷいっとそっぽを向いて、「知らないならいいわ」と天才少女。
 何か怪しい。好奇心といたずら心が手伝って、鈴は少女に詰め寄った。
「トーコさんの弱点なんか聞いて、どうする気?」
「べっべつにどうもしないわよ!」
 天才少女、うろたえ度アップ。ますます怪しいが、鈴には「白状しろ!」と詰め寄れるだけの情報と語彙と気概が足りなかった。いぶかしげな視線を少女に向けつつ、とりあえず自分なりの答えをリリィに言う。
「トーコさんの場合、弱点なんてあってないようなモンじゃないかなぁ」
 出身地ウィルダネスにおいても、指折りの異能力者にして、あの性格。弱点と言われて思いつくのは、彼女の弟たちくらいのものだが、それだって油断はできない。
「弱点っていうか、弱いトコロ。その……これが好きとか、そういう……」
「え〜っと、カワイイものに目がないとか、そういうこと?」
「そうよ」コホンと咳払いをしてから、リリィは続ける。
「鈴お姉さんは、トーコお姉さんのところによく出入りしているみたいだから。そういうの、知ってないかなって思っただけで──」
「う〜ん……何だろ? っていうか、何でそんなこと聞くの?」
「鈴お姉さんには、関係ないことよ」
 ソッポを向いて答えるリリィ。マンガなら、ツーンなんて擬音が頭の上あたりに浮んでそうだ。そして、鈴のほうには、むっの書き文字。
「人に質問しといて、その態度は何!?」
「質問に答えられなかったんだから、いいじゃない!」
 お転婆娘VS勝気な天才少女。どこか似ている2人の熱い戦いが、今、まさに始まろうとしていた。
 高まる緊張。少女達はにらみ合いながら、じりじりと間合いをはかる。ゴングなどのキッカケがあれば、取っ組み合いになりそうな雰囲気だ。
「あたしのほうが年上なの、分かっててその態度?」
「たった2つじゃない。それに、学歴は私のほうが勝ってるんだから!」
「ケンカ売ってるつもり?」
 だったら、買ってやるわよ? と鈴の目が語っている。
「まさか。そんな野蛮な行為するわけないじゃない」
 答えた天才少女の口元こそにっこり笑っていたが、目は少しも笑っていなかった。やるならやってやるわよ。青い目は、はっきりとそう語っていた。
 じりじり。2人の少女たちは、にらみ合う。
「…………」
 そんな2人を目撃したのは、先ほど収入減に悩んでいたユーキだった。ジャンクに頼まれて、購買にベーグルサンドを出前に出かけた帰りである。
 少女達の姿を目撃した少年は、檻の中をぐるぐる回ってる猛獣みたいだと、ちょっと失礼な感想を持った。
 このままほうっておくのもアレなので、ユーキは持っていた紙袋を膨らませる。この紙袋は、持ち帰りように使えないかと、マッコイ姉さんが見本にくれたものの1枚だ。
 袋が空気でいっぱいになったところで、
 パンっ! 紙袋を叩く。
「うわ?!」
「ひゃあっ!?」
 鈴とリリィが、びくっ! と肩を跳ね上げた。少女たちから苦情と抗議が出る前に、「2人とも、怖い顔してどうしたの? 誰かさんが見たら、びっくりして逃げちゃうよ」
「何で陸丸が!?」鈴はくわっと牙を向き、
「お兄ちゃんが……?」リリィは、衝撃顔。
 予想通りの反応に、ユーキは苦笑いを浮かべながら、2手目。
「オレは、誰かさんって、言っただけなんだけどね?」
「はうっ!」
 2人は、かちんこちんに固まった。
 分かりやすい。
「で、なんでキツネ目になって怒ってたわけ?」
 少年の質問に、鈴とリリィは顔を見合わせあう。正直に告白するのもばかばかしいので、別に理由なんてないです、と言葉を濁す。
「……まぁいいけどね。ケンカするなとはいわないけど、通路でやるのはやめといたほうがいいと思うよ」
 ユーキはそれだけいうと、じゃあね、と手を振って少女たちに背中を向けた。
「あ、ユーキお兄さん、待って!」
 それを止めたのは、リリィだった。
「ん? 何?」
「あの、トーコお姉さんの弱いものってなに?」
「姉ちゃんの弱いもの?」
 オウム返しで問いかけるユーキに、リリィは「そうよ」とうなずいた。いちおう、さっき鈴にも言った補足を付け加える。すると、
「美味しいもの、かな?」
「あ、そっか。そうかも」
 ユーキの答えを聞いて、鈴はぽんと手を叩いた。
 何かを食べているときのトーコは、幸せオーラをあたりに飛ばしまくっている。また、食べているものがものすごく美味しかったりすると、ふにゃ〜っと溶けたりもしていた。
「なるほど」青い目の少女は、納得したように何度もうなずく。
「向こうじゃ、食べるくらいしか楽しみがないから」
 ユーキは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。その笑顔が、何となく意外に思えて、鈴は小さく目を見張った。 
「う〜ん……美味しいものかぁ……」
 少年の笑みには気づかず、リリィは眉間にシワを寄せて思案をはじめた。
「う〜ん……」
 理由はサッパリ分からないが、かなり真剣である。
「何かあったの?」
「さあ? あたしもさっき聞かれたんだけど、理由を聞いたら『関係ない』って言われて──」
「ふぅん」
 ユーキと鈴がぼそぼそと小声で話していると、
「……よし!」リリィが、両手をぐっと握って気合を入れる。
「どうしたの?」
「……え? えぇと……?」
 ユーキが聞くと、天才少女は青い目を泳がせ始めた。
 鈴とユーキがいたことを、スッカリ忘れてしまっていたようである。
「ひょっとして、料理する気? できるの?」
「え? えっと……さ、さあ?」
 鈴の質問に、リリィの視線は下に。冷や汗のようなものも、こめかみのあたりに浮んでいた。
 さあ、なんて言ってごまかしてみても、リリィが料理をしてみようという気になっているのは、一目瞭然である。
「料理の上手な人に教えてもらえば?」
 言いながら、艦内の料理上手の頭を思い浮べ──鈴の視線は、すぐそこにいるユーキの顔のところでぴたりと止まった。リリィも同じようなことを考えていたらしく、彼女の視線もユーキのところでぴたりと止まる。
「……もうすぐおやつの時間だし、よかったら一緒に作る?」
「ありがとう! ユーキお兄さんっ」
 青い目をきらきらと輝かせ、リリィは少年を見た。
「どういたしまして」
 ユーキはにこりと微笑み返す。リリィもにこりと微笑み、ついで視線を鈴に向けた。「鈴お姉さん、ヒマなんでしょ? 手伝ってちょうだい」 
「ちょっ!」
 少女のつんけんした物言いに、鈴はむっと唇を尖らせる。
 ちょっと面白そうかも、なんて思っていた鈴だが、こんな風に言われたら、好奇心はしぼみ、かわりに反発心がむくむくと育っていく。
「勝手に決め付けないでよねっ」 
「決め付けるも何も、お姉さんが自分で言ってたことじゃない」
「聞いてたの?!」
「聞こえただけよ」
 鈴の詰問に、リリィはぷいっとそっぽを向く。
「あ〜……2人とも、ケンカはちょっと」
 困り顔を浮かべてユーキが遠慮がちに口を開いた。
「別にケンカなんてしてないわ。鈴お姉さんが勝手に突っかかってくるだけよ」
「なっなっ……なにをぉぉっっ!?」
 鈴の尻尾がぶわっと膨らんだ。
「まあまあ、落ち着いて。リリィちゃんも、言葉が足りなさすぎるよ」
 足りないも何もあったもんじゃないと思うのだが。
 鈴とリリィは、いぶかしげにユーキを見る。ユーキは、笑いをかみ殺しながら、「初めての料理……というか、お菓子作りだから、1人じゃ不安なので、鈴ちゃんも一緒に参加してくれると、とっても心強いので、お願いできませんか? って、言わないと」
と、続けた。
 これのどこをどう省略すれば、「ヒマなんでしょ? 手伝ってちょうだい」になるんだろう? 不思議だ。
 ところが、リリィの口から反論が出てこない。それも不思議に思って、様子を伺ったら、顔を赤くして、口をぱくぱくさせていた。酸欠の金魚みたいである。
 どうやら、ユーキのセリフは、ずばり的中だったらしい。
 ちょっと目が合うと、リリィはふいっとそっぽを向いてしまった。
「そっそういうことなら、付き合ってあげてもいいけどッ」
 心持ち顔を赤くして、鈴が言う。視線は、右斜め45度だ。まっすぐの視線で答えるのは、ちょっと恥ずかしい。
「……それじゃ、下におりよっか」
 ちょっと焦ったような口調で、ユーキが言った。何で焦ってるんだろうと、首をかしげた鈴は、リリィが不満げに唇を尖らせているのが見えた。
 思わず身構えそうになった鈴だが、年下の少女は大きなため息をつくと、
「行こう、鈴お姉さん」
 歩き出したユーキを追いかけて、小走りに駆け出した。
 ぱちぱちと大きく瞬きをした後、鈴も慌ててその後ろに続く。
 少年に追いついたところで、リリィは彼に問いかけた。
「ユーキお兄さんは、悩みってあるの?」
「どうしたの? 急に」
「いえ、何となく」
 少女の視線が、ちらりと鈴に向けられる。それに気づかないふりをしながら、鈴は、もやもやを抱えてるのがバレてるんだろうかと、不安になった。
 一緒にお菓子作りをしないかと誘ってくれたのも、気分転換になればと思ってくれたからかもしれない。
 年上なのに、年下のコに気遣われてしまった。ちょっと、ショックだ。
「そりゃあまぁ、オレにだって、人並みに悩みくらいあるけど」
「本当に? 悩みごとを抱えているようには見えないけど。その、いつもにこにこしてるから──」
「そう? ……イサム兄さんほどじゃないと思うけど」
 リリィの補足にユーキは苦笑いを浮かべる。
 言っちゃあなんだが、ウィルダネスから来た異能力者たちは、悩みを抱えているようには見えなかった。彼らは、いつでもどこでも、マイペースである。
「やっぱり、誰かに相談したりとかするの?」
「ううん。愚痴をこぼすことはあるけど、相談したことはないかな」
「ないんですか?」ちょっと驚いた。鈴が目を丸くしていると、
「深刻に悩んでもしょうがないっていうか、相談したところで、どうにかなるような問題じゃないから」
 いったいどんな悩みを抱えているのだろう。ユーキの表情から、何か読み取れないとか思って、じっと見てみるが、彼は苦笑するばかり。
「どうすれば良いのか分かってたり、諦めるしかないのだったり、後は時間が解決してくれるものだったりね。ある程度、答えが出てるから、相談する必要を感じたことがないんだよ」
「具体的に聞いてもいい?」
 問いかけるリリィの表情は、かなり真剣である。ユーキは不思議そうに首をかしげた後、笑わないでほしいんだけど、と前おいて告白した。
「身長だよ。イサム兄さんくらいとはまでは言わないけど、せめて姉ちゃんくらいの身長は欲しいなって」
 なるほど。たしかに、彼の身長は平均よりも10センチほど低い。
 確かに、この悩みは誰かに相談したところで、どうにかなるような問題ではなかった。
 納得したところで、鈴は何気に自分の体を見た。実は、鈴も平均よりも10センチほど身長が低い。だが、今はそのことよりもフラットな胸に視線が注がれている。ふと、横を見ればリリィも同じように、自身の胸に熱い視線を注いでいた。
ちなみに、リリィもやっぱり平均より10センチほど低かったりする。  鈴は、何も言わないでという気持ちをこめて、年下の少女の肩を叩いた。
 彼女の青い目とばっちり視線が合う。その目は「私たちはこれからだもん。きっと育つわ」とはっきり語っていた。
 分かってる。鈴は力強くうなずき返す。
 はじめて、この年下の天才少女と分かり合えたような気がした。
「…………どうしたのさ? 2人とも」
「何でもないわよ」
 瞬きをする少年に、少女たちは即答する。答えたあとで、しまったと思ったが、ユーキは「ふうん」と言っただけで、特に気にした様子もない。
 そのことに、2人はほっと胸をなでおろした。
「やぁやぁ、そこを行く悩める少年少女たちよ! おじさんの悩みも聞いてくれんかね?」
 ババ〜ン! とかいう擬音が聞こえてきそうな勢いで通路から現れたのは、勇者忍軍の最年長、気のよいオヤジ忍者、風雅雅夫その人であった。
 突然現れた中年(外見からは、とても凄腕忍者とは思えない)に、少女たちはひゃあ! と悲鳴をあげる。
「……奥さんに会えないことですか?」
「クールだな、ユーキくん」
 足元にズタ袋を置いて、雅夫は苦笑する。
「や、匂いで、いるのが分かってたから。──その袋は……カボチャ?」
「その通りだ。ちょっとしたボランティアで農家の人を助けたら、お礼にと言ってくれたものでな」雅夫は言いながら、袋の口を開けた。
「たくさんあるわね」中を覗き込みながら、リリィが言う。
「……雅夫さんの悩みって、このカボチャの処分?」
 彼を見上げる小学生の目は、どこまでも冷めていた。
「それも悩みの1つだ。食堂に持っていったら、発注ミスでカボチャが大量にあるらしくてな。引取りを拒否されてしまったのだよ」
 どうしたもんかねと、雅夫は腕組みをした。
「────いくら?」
 父親のような年齢の男に、ユーキは獲物を狙う猛禽類のような視線を向ける。向けられたほうは、ニヤリと笑い、
「さすがだ。話が早い。そうだな……1000円でどうだ?」
「売るの?!」
 雅夫の返事に、鈴はぎょっと目を丸くする。
「買った!」
「買うの!?」
 ユーキの答えに、リリィはぽかんと口を開けた。
「カボチャは、いろいろ使えて便利なんだよ」
 ズボンの尻ポケットから、丸めた紙幣を取り出して、ユーキは雅夫に手渡す。心なしか、その仕草がウキウキと弾んでいるように見えた。
「お、即金とは思わなかったな」
「このまま、貰っていっていいですよね?」
「もちろんだ。……ところで、ユーキくん。1つ相談なんだが、陽平のやつをぎゃふんと言わせるために、手をかしてくれんか?」
「は?」
 真剣そのものの雅夫に、ユーキはぱちぱちと瞬きをした。
「バカ息子は、料理ができんからな。1つそれをネタにぎゃふんと言わせてやろうかと思ってな……」
 カボチャの入った袋を肩に担いだユーキは「なるほど」と納得した。
「それじゃあ、ちょうど良かった。これから、おやつを作るんですけど、雅夫さんもチャレンジします?」
「おお、いいタイミングだな。よし、ユーキくん手を出してくれ」
「なんです?」
 言われたとおり手を出すと、手のひらにちゃり〜んと500円が乗せられた。
「授業料だ」
「わ。ありがとうございます」
 礼を言ったユーキは、もらった500円を嬉しそうにポケットに片付けた。
「で、何を作るのかな? ユーキくん」
 雅夫は聞き流した。
「カボチャを買ったし、カボチャのチーズケーキにしようかな」
 クリームチーズも早めに使いたいしね、と少年はつぶやく。



 格納庫にあるウィルダネス組の居住スペースでは、ジャンクがボウルに入れた何かをかき混ぜていた。
「ただいまー」
 雅夫から買ったカボチャの袋を、カウンターに下ろしてユーキが言う。ジャンクは視線をわずかに変えて、
「おかえり。……その袋と後ろの集団は何だ?」
「中身はカボチャ。雅夫さんから500円で買ったんだよ。で、鈴ちゃんたちは…………って、何? どうしたのその格好」
 後ろを振り返ったユーキは、目を真ん丸くして言った。
「その格好って別に何にも……って、うわあ?! いつの間に!?」
 鈴は、赤みの濃い紫色のエプロンと三角巾を着用。エプロンには、犬のアップリケがついていた。リリィは、赤いエプロンと三角巾で、アップリケはウサギである。雅夫は黒のエプロンに三角巾を装備。エプロンは、ニワトリ柄。
「えぇっ? いつの間に?!」
 驚く少女たちに向かって、日本一ともウワサされる忍びが得意満面に胸を張りながら答えた。
「初心者には、初心者にふさわしい装備をかためねば!!」
 どうでもいいが、どうしてこの艦には無駄なところで妙に熱くなる人が多いのだろう? 鈴とリリィは、暗鬱たる気分で得意げな中年オヤジを見上げた。
「すっごくやる気なんだね、雅夫さん……」
 そんなに息子を弄りたいのか。ユーキの心の声が聞こえてきそうだ。
「あー……まぁいいや。っと、これ。マッコイ姉さんから、配達に使えないかって、見本に」
 少年は、底の破れた紙袋をジャンクに渡した。
「それじゃ、上、行こうか」
 袋の中からカボチャを1つ取り出したユーキは、シップの搭乗口に向かう。お菓子教室のにわか生徒になった3人は、いそいそとその後ろについていった。
 ランドシップの搭乗口に入ると、スグに階段に出くわす。人1人が通れるくらいの幅しかない。左右は金属の壁に囲まれていて、冷たい感じがする。
「こっちこっち」
 ユーキが手招きしているのは、階段を登りきってすぐのところにあるドアの向こうからだ。そういえば、シップの中に入るのは初めてなのではないだろうか。鈴はそう思いながら、ユーキのいるところに顔を出す。
「ここが台所?」
「けっこう広いな」
 ぐるりと中を見回しながら、雅夫が言う。
「このシップ、10人くらいが生活できるくらいの大きさだからね。台所は、けっこう広めに作ってあるみたいなんだ」
 入り口に立って右側にシンクやコンロ。左側には、食器棚と大きな冷蔵庫がある。ユーキは答えながら、台所の中を動き回り、これからの作業に必要な道具をてきぱきとそろえていく。
 生徒たちは、台所の中を物珍しげに見回していた。小さな窓やシンクの前の棚などには、カイワレダイコンやネギ、パセリなどのハーブ類などがずらりと並んでいる。それらの植物を眺めながら、
「たくさんあるんですね」鈴が目元を緩めて言った。
「どれも食用だからね。家計の節約」
 ケーキ型が3つないから、バットで代用しようなどとつぶやきながら、先生は答える。
「ふむ。とりあえず、我々は何をすれば良いかな?」
「あっと、それじゃあ、かぼちゃを4つに切って、中の種を取り除いてもらえます?」
「了解。その前に手を洗うのを忘れちゃイカンな」
 生徒たちは手を洗い、先生に言われたとおり、かぼちゃを4つに切る。最初の一刀を鈴が担当し、2刀目は、リリィも参戦した。
「う、かた……」
「どれ、手伝おう」
 雅夫は、包丁を持つリリィの手に自分の手を重ねて、力をこめる。カボチャは簡単に真っ二つになった。
「取り除いた種はこのお皿に入れてください」
「捨てるんじゃないの?」鈴が聞くと、
「洗って乾燥させて炒って後、皮を剥いて食べるから」
 先生はあっさり答えた。
「そうなんだ」
 ならば、言われたとおりにすることにしよう。種を皿のほうに移して、カボチャを水洗い。その後、適当な大きさに切って、小鍋に移し、火にかける。
「カボチャが茹で上がる間に材料を量りま〜す」
 ユーキが持ってきたのは、分厚いスクラップブックだ。
「ユーキお兄さんも、レシピを見るの?」
「そりゃあ、何でも完璧に覚えてるわけじゃないよ。それでも、おかずなんかは、だいたい舌が味を覚えてるから、見ないでも何とかなるんだけどね。お菓子の場合は分量をきっちり量らないとダメだから。レシピを見て確認するんだよ」
 少年は答えながら、ペラペラと本をめくっていく。直接書き込まれているレシピもあれば、何かの切抜きを貼ってあるページもある。それに、分量を訂正してあるものもあった。
「どうして、分量を書き直してるんですか?」
 背伸びをしてスクラップブックを覗き込んでいた鈴は、ユーキに聞いた。
「ああ、この通りに作ると、好みの味から離れちゃうから。好みに合わせて分量を変更してるんだ」
 料理は、レシピ通りに作らなくてはいけない、なんて決まりはないから、自分好みに訂正したっていいんだよ。ユーキ先生は、そう続ける。 「なるほど。もっともだ」
 生徒たちは、納得顔でうなずいた。
 さて、レシピを見ながら用意した材料は、カボチャのほかに、クリームチーズ、生クリーム、砂糖、薄力粉、卵である。
「ところで、鈴ちゃんやリリィちゃんは、なんで教室に参加を?」
 茹で上がったカボチャを適当に潰しながら、雅夫は聞いた。
「あたしは、リリィに誘われて──」
 クリームチーズを入れたボウルを押さえて、鈴は答える。視線は木ベラを持ってチーズを混ぜているリリィに向けられた。天才少女は、顔を赤くして、
「トーコお姉さんに借りがあるのよッ」と一言。
「ほぉぅ……」
 興味深げに目を見張りながら、雅夫がボウルに砂糖を投下。リリィは唇を軽くヘの字に曲げながら、クリームチーズと砂糖を混ぜ合わせていく。
「姉ちゃんと何かあったっけ?」
 オーブン用のシートをカットしながら、ユーキがつぶやく。が、それに対する返事はなかった。聞き流されたかな? と思いながら、ユーキはそれを用意したバットに敷いていく。
「チーズと砂糖、混ざった?」
「混ざったわ」リリィが答える。
「それじゃあ、そこに卵を入れて混ぜてね」
「はあい」
 返事をした鈴は、ボウルから手を離し、卵を中に割り入れた。ボウル持ち係は雅夫に交代。卵の殻は食器を洗うのに利用したり、格納庫にある菜園に肥料としてまいたりするので、やっぱり捨てないそうだ。
「トーコさんに借りって、何かあったの?」
 鈴はリリィにたずねながら、先生の指示通りに、次に生クリームと薄力粉、それにカボチャを入れた。天才少女は、無言でそれを混ぜ合わせる。
 じーっ。鈴とユーキと雅夫の視線に耐えていたリリィだったが、すぐに耐え切れなくなり、「この間、図書館について来てもらったし、助けてもらったからッ!」
 元の顔色に戻りかけていた顔をまた赤くして、早口に答えた。
「お礼を言おうと思ったのに言わせてくれなくて。ちょっと悔しいっていうかアレでソレだから何かビックリさせてやろうと思ってソレで何かいい方法はないかなって考えてたら、トーコさん美味しいもの好きだってユーキさんが言うからそれじゃあこれしかないかなって思ったのよ!!」
 なるほど。そういう訳だったのか。
「そういうこと、あんまり気にしないけどな。姉ちゃん」
「私が気にするのよ!」
 真っ赤な顔のまま、リリィが大きな声を出す。ユーキは驚いて目を丸くしたが、何も言わなかった。そのかわり、くすくすと小さな声で笑ってくれた。
 ボウルから手を離した雅夫は、微笑えましげに少女を見ている。
 鈴は、そういう訳だったのと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。いつもツンとすましているけど、こんなかわいいところがあるんだ。急に親近感が湧いてくるカンジだ。
「うぅ〜っ……。そういえば、鈴お姉さん! お姉さんは、何を悩んでたの?」
「へ?!」
 突然矛先が自分に向いて、鈴は目を丸くした。
「さっき、通路で思い切りため息をついていたじゃない! それに、ヒマだってつぶやいていたし!」
 天才少女の人差し指が、ずびしと突きつけられる。とたん、鈴の顔が苦虫を噛み潰したようになった。
「それは……」
「それは、何で?」
 ずずぃっとリリィが詰め寄る。
「どれ、ワシで良ければ相談に乗ろう」
 ボウルの中身を混ぜ合わせながら、雅夫が鈴に言った。ユーキの視線も、少女に向けられている。24の瞳には遠い数だが、6つの目は「なんでもない」とは言わせてくれそうになかった。
「う〜〜〜〜〜〜っ」
「さあ、お姉さん! きりきり白状してよね。私もユーキお兄さんも雅夫さんも、悩みを言ったんですから。お姉さんだけ言わないなんて、不公平は許されないわよ」
 背中に稲光を背負いながら(本人によるイメージ映像です)羽丘リリィが断言する。しかし、本人のイメージとは違って、迫力はカケラも見当たらない。
 男たちは、かわいいなぁと微笑ましげに少女たちのやりとりを見つめながら、出来上がったものをバットに流しいれていた。
「これで、焼けば出来上がりだな」
「とりあえずは。その後、冷めるのを待ってから仕上げをしなくちゃいけないですけどね」
 答えた先生は、にらみ合っている少女たちに声をかける。
 ここのオーブンでは一度に焼くことができないので、下のオーブンを借りることをつげ、台所から出る。生徒達は、1人1つのバットを持って、狭い通路を通り、階段を下りてシップの外に出た。
「ジャンクさん、オーブン借りていい?」
「どーぞ」
 答えた彼は、作業台に薄く撫で付けたチョコレートの上に櫛のようなものを波型に走らせていた。櫛が通った後は、細かい波模様のチョコレートが残っている。
 飾りつけ用のチョコレートを作っているのだと、スグにわかった。
 器用に動く手を見物しながら、雅夫は言う。
「なかなかどうして。見事なものだ」
「ただの道楽だがね」
 一流忍者の評価に、人間外生物は軽く肩をすくめた。
 大人たちの後ろでは、娘たちがオーブンにケーキのタネが入ったバットを入れ、
「どれくらい焼くの?」先生に聞く。
「だいたい40分から50分くらい。間をとって45分にしよっか」
 けっこう、適当である。
「ちょっと時間がかかるんですね」
「まあね。で、焼いてる間に台所を片付けるんだよ」
 シップの方を指差し、ユーキは言った。
 料理は片付けるまでが、料理です。
 そんなわけで、生徒たちはシップの中の台所に戻った。
 ボウルや木ベラなど、使った道具を洗い、水切り用のバスケットに放り込んでゆく。
「ん? ユーキくん、それは?」
「冷凍のパイシート。これも使っちゃおうと思って」
 雅夫の質問に、少年はあっさりと答え、作業台に広げたパイシートを2等辺三角形に切っていく。
「三角形に切って何を作るわけ?」
 横からひょこっと顔を出して、リリィがユーキの手元を覗き込む。
「これは、プチクロワッサンにしようかなぁと。あ、鈴ちゃん、冷蔵庫からハムを出してもらえるかな?」
「はあい」
 鈴は言われたとおり、大きな冷蔵庫を開けて、ハムを取り出した。市販されているようなパック入りの小さなものではなく、固まりがそのまま入っているので、けっこう大きい。
「このハムは、切ればいいのかな?」
「そうです。ちょっと薄めに切って、パイシートと同じくらいの大きさに切ってください」
「よしよし」
 鈴からハムの固まりを受け取って、雅夫はハムを切り分けにかかる。 「私にも手伝えることはない?」
「それじゃあ、こっちのパイシートをこれで抜いてってもらえるかな?」
 リリィに手渡されたのは、5センチくらいの筒だった。
「分かったわ」
 少女は言われたとおりに、パイシートに筒を押し付け、小さな円形のシートを量産していく。
「ハムの切り分けが出来たぞ。次はどうするんだ?」
「その次は、シートの上にハムを並べてってください」
「もう抜くところがなくなりましたけど……」
「まるく抜いたシートを今度はこっちで抜いて、輪っかを作ってね。今抜いたのと重ねるから、輪っかを抜くのは半分くらいで」
 次に渡された筒は、先ほどの物よりも1センチほど小さい。
「はい」
 返事を返したリリィは、パイシートに筒を押し付けていく。
 その表情は真剣そのもの。この様子では、先ほどの「悩みを言え!」発言も忘れているようだ。鈴は「よっし」と小さくガッツポーズ。
「さて、鈴ちゃんはこっちを手伝ってね」
「はいっ」
 先生の呼びかけに、鈴はにっこりと笑顔で答える。
「ワシも手伝おう」
 シートの上にハムを乗せ終わった雅夫は、使わなかった残りの固まりを冷蔵庫に直しながら言った。
「それじゃあ、雅夫さん。冷蔵庫から卵とピザ用チーズとピザソース、アンチョビとオリーブ、マッシュルーム、バター、牛乳──」
「はっはっは。そんな一度に言われても覚えきれんよ」
 次々と材料を並べていくユーキに抗議の声をあげながら、雅夫は言われたものを次々と冷蔵庫から出していく。何のかんのと言って、少年先生が言った物を聞き返すことなく取り出していくあたり、記憶力のよさが伺える。
 雅夫が出した材料たちの中から卵を取ったユーキは、それを割って溶き卵をつくり、
「終わったわ。次は?」
 型抜きが終わったリリィに、溶き卵入りの小鉢を差し出し、
「最初に抜いた丸型の上に今の輪っかを乗せてね。これが、接着剤がわりだから」
 次の指示を出した。
「鈴ちゃんは、雅夫さんが切ったハムの切れ端を細かく切ってね」
 アンチョビは一口サイズ、オリーブは薄くスライス。鈴は真剣な顔で包丁を握り、慎重な手つきで、材料を切っていく。
「リリィちゃん、輪っかを抜いたやつの残りは?」
「ここにおいてあるけど?」
「それをこっちにちょうだい」
「はい」
 リリィからシートのあまりを受け取ったユーキは、それの真ん中をへこませていく。そうしながら、雅夫へ次の指示。
「お鍋にオリーブオイルを引いて、そこにピザソースとパセリのみじん切りを入れてください。そんなに量は必要ないから、加減してくださいね」
「何に使うんだ?」
「この上に塗るんですよ。一口サイズのプチピザになります」
「なるほど。了解した」
 最年長の生徒はうなずき、言われたとおりに行動を開始した。
「あ、リリィちゃん、終わった? それじゃあ……」
 天才少女の次の作業は、先ほど雅夫が作業をしていたプチクロワッサンの仕上げである。底辺から頂点に向かって、くる〜っと転がしてもらって、両端を少しだけ下にさげ、その上に溶き卵を塗ってもらう。
「雅夫さん、それでOKなんで、そこの丸型にスプーンでソースを塗ってください。鈴ちゃんは、その上にハムとアンチョビ、チーズ、オリーブを乗せてってね」
 チーズケーキのときと違って、3種類作るつもりなので、けっこう忙しい。
 ユーキは彼らが作業をしている間、オーブンをセットする。
「できたっと」
「こっちもよ」
「それじゃあ、天板に並べてね。焼き時間は13分」
「は〜い」
 パイがオーブンに入ったところで、生徒たちはちょっと休憩。
 料理って、けっこう疲れる。鈴は「ふう」と小さく息を吐いた。すぐそばでは、リリィも同じように、息を吐いていた。
「これを毎日3食分…。香苗さんの愛を感じるなぁ」
 やっぱり少し疲れ顔の雅夫は、そんなことをつぶやいている。
 その声を聞いたユーキは、彼の最大の悩みはやはり、妻に会えない、声も聞けないということではなかろうかと、思った。
 世間一般の母親像と照らし合わせてみても、御剣家の家事一切を行っていた志狼は偉大である。その偉大さは、棲家を移った今でも変わっていない。
 そういえば、ユーキも志狼と同じく家事一切を請け負っていたはずである。
 先生は、疲れた様子も見せず、リリィが組み立てたお皿のようなパイに乗せる具を作っていた。
 こっちも、偉大である。
「さて、鈴お姉さん。さっきの話の続きだけど、白状してもらいましょうか?」
「うぇ?! お、覚えてたの!?」
「当たり前よ」
 えへんと胸をはり、リリィはすまし顔を浮かべた。
 忘れてくれたと思っていたのに。鈴は唇を波打たせて、言い訳を考えてみたが……何にも思い浮かばなかった。しょうがないので、素直に白状する。
「べつにたいしたことじゃないわよ。やることなくって、ヒマだってだけで」
 意識したわけでもないのに、声には覇気がなく、目も下を向いてしまった。
「それならば、どこか適当な部署を手伝うといい。なぁに、どこも人手は足りんはず」
 悩むほどのことじゃないだろうと、雅夫は言外に言っている。
 それは分かっているのだが、その気力が湧かないというか、やる気がしぼんでいくというか。「だけど、今さらって気がして……ちょっと……」
 上手く説明ができないので、鈴は無難な言い訳を口にした。
「それは鈴ちゃんの気にしすぎじゃないかなあ。別に受け入れる側は、そんなこと気にしないと思うけど」鍋の中身を木ベラで混ぜながら、ユーキが言う。
「手伝いなんて強制じゃないんだしさ」
「それは──! そうかも知れないけど……」
「人の目が気になるなら、人目につかない部署の手伝い、というのもある」
 目を伏せる少女に、雅夫が1つの提案を出した。
「リー兄妹のところで伝票の整理や、新人の受け入れを手伝うとかな」
「はあ……」
「私の助手っていうのは、どうです?」
 リリィが悪戯っぽく笑って言う。
 どんなことをさせられるのか、予想はつかないものの、彼女の下で働く姿を想像した鈴は、
「それは絶対にお断り」キッパリ、ハッキリ。即答した。
「そういうと思ってたわ」
 不満そうに唇をゆがめるでもなく、リリィは答える。ヒマだって言うから、言ってあげたのに! とか怒り出さなくてよかったと、鈴は思った。
「案ずるより生むが易し、とも言う。最初は勇気がいるかもしれないが、一歩踏み出してみたら、意外にあっさりいくことの方が多かったりするものだ」
 目元を緩ませ、アゴを撫でながら、雅夫が言う。
「そ、そうかな? あたしの考えすぎ?」
「たぶんね。鈴ちゃん、器用なんだし、その気になればなんだって出来るよ。現に、料理だってできたしね」コンロの火を止めて、ユーキが言った。
 とたん、鈴の黒い目が右に左にと泳ぎだす。
「それは、教えてもらいながらだし……」
「教えてもらいながらでも、できんやつはできん。ウチのバカ息子がいい例だ」
 腕組みをして、雅夫は断言。「ふっふっふ、あの馬鹿息子がギャフンと言う姿が目に浮かぶ」
 父は、野望に燃えていた。ニワトリアップリケ付のエプロンと三角巾を装備した、中年男のその姿は、恐ろしく不気味である。
「うわぁ……」
 ティーンエイジャーたちが揃って引いていると、
 チン!
 どうやら、パイが焼きあがったようである。
「あ、焼きあがったね」
 ほっと胸をなでおろしながら、ユーキは鍋つかみを装備した。
「おぉ、できたか」
 全身から発っしていた、どす黒いオーラを引っ込めて、雅夫は天板を覗き込む。
 プチピザもプチクロワッサンも、ちょうどいい具合に焼けていた。香ばしい、おいしそうな匂いも漂ってくる。
「おいしそう」
「味見してみたら?」
 じいっと天板を見つめる少女たちに、ユーキが言う。
「いいんですか?!」
「味見という名のツマミ食いは、作ってる人間の特権だよ」
 少年は、笑いながら言う。許可が出たので、生徒たちは、ピザとクロワッサンを1つずつほおばった。
 歯ごたえはさくっ。クロワッサンに挟んだハムの塩味が利いていて美味しい。ピザも美味で、いくつでも食べられそうだ。
「おいしーっ」
「お、ウマイ」
 生徒3人は、出来たてアツアツのプチパイを口に放り込み、幸せオーラを全身から放出。教室を開いたユーキ先生も、満足げに微笑んでいる。
「さて、下で焼いてたチーズケーキだけど──」
「あ、もう焼けてる頃ね」
 台所の壁掛け時計を見上げて、リリィが言う。もうすぐ、3時だ。
「うん。もう冷めたみたいだから、下に行って、ジャンクさんに仕上げを教えてもらってね。オレは、これの仕上げをするから」
 ユーキのいう「これ」とは、先ほどリリィが組み立てていたフチ付のパイである。このくぼみに、さっき作っていた具を入れるのだそうだ。
「すぐに終わるから、チーズケーキの仕上げをがんばってきてね」
 そういわれると、手伝いますともいえず、3人は台所を後にし、シップの外にいるジャンクのところへ向かった。
 3人が作ったチーズケーキは、バットが出された状態で、カウンターの上に並べられている。表面はこんがりカラメル色。中は淡いクリーム色で、とても美味しそうに見えた。
「仕上げか……切れば良いだけだろう」
 カウンターの中で、生クリームを泡立てているジャンクに、雅夫が聞く。
「そりゃそうだが、普通に切ったって見栄えがせんだろう?」
「見栄え……ミルフィーユみたいに切るのはダメなの?」
 眉間にシワを寄せてリリィが聞いた。ジャンクとの身長差およそ70センチ弱。目線を合わせようと思ったら、首をほぼ直角に曲げなくてはならない。
「べつにそれでも構わんが、俺としては2センチ角のサイコロ状に切ることを勧める」
「小さすぎない?」鈴がぼやくと、
「1人1個じゃなくて、1人8〜10個。ピラミッドみたいに積み上げる」
 生クリームを泡立てる手を止めて、ジャンクは答えた。
「その上にクリームを乗せて、パンプキンシードとミントを飾る」
 ひょいひょいっとカウンターの上に、広口のビンが乗せられた。それぞれ、薄い緑色の種とミントの葉が入っている。
「……ひょっとしてこの種は……」
「ユーキの手作りだ」
 雅夫の質問に、ジャンクは軽くうなずいた。
 さっき取り分けておいたカボチャの種は、こんな風に利用しているのかと、鈴はビンの中身をしげしげと見やる。
「……………サイコロだったな」
 こりこりと頬をかいた雅夫は、コメントを控えることにしたらしい。ジャンクから包丁を借り受け、ケーキを切り分け始めた。
 鈴とリリィは、カウンターの反対側に回って、止まり木に腰掛けてから、作業に取り掛かる。酒場の作業台は、ジャンクの高さに合わせてあるので、2人が作業するには高すぎるのだ。
「ん……しょっと……」
 慎重にケーキを切り分け、お皿に盛り付けていく。リリィは、きっちり2センチ角に切りたいようで、何度も何度も幅を確認しながら、少しずつ包丁を進めていた。
 クリームを乗せ、パンプキンシードをちらし、ミントの葉を飾る。
「こっちはできたよ〜」
 シップからプチパイの乗った大皿を持って、ユーキがおりてきた。
「よし。できた!」
 ふい〜っと額の汗を拭いながら、雅夫が言う。と、
「げ!? オヤジ、何だその格好?!」
 陽平が、翡翠や光海たちと共にやって来た。楓や柊、椿などは言葉もなく、唖然と口を開いている。
「ふふふ。見て分からんか、バカ息子。料理をしておったのだ!」
 無意味に胸をはり、父は言葉を続けた。
「今の時代、男子だろうと台所に立てんようでは、嫁の来てがないからな!」
「まだ嫁を貰う気でいるのかよ!?」
「何を言うか。ワシの場合は、香苗さんに夫の意外な一面を見せて、惚れ直してもらおう、という壮大な計画を立てているのだ!」
 昨今の熟年離婚流行に、キケンを感じるのだ! と、雅夫はウソかマコトか冗談か、よく分からないことを言う。職業不明で、甲斐性があるのないのかよく分からない雅夫だけに、コメントに窮する発言である。 「オヤジ……」
「さあ食え! お前は今からモルモットになるのだ!!」
「おいっ!?」
 ずいっと突き出されたチーズケーキの皿に、陽平はあからさまに嫌な顔をする。
「本当に雅夫さまが作られたのですか?」
 椿の驚きと疑いが入り混じった視線に、証人もちゃんといるぞと、雅夫は答えた。
「ユーキくんの指導の下で、鈴ちゃん、リリィちゃんと一緒に作った」
「本当に……?」
 柊の疑わしげな視線に、3人は「本当」と答える。
「ウソだろう!?」
「疑い深いやつだな。ま、お前の場合はユーキくんにマンツーマンで教えてもらいながらでも、ワケの分からんミスを連発して、見捨てられるのがオチだな」
「うぐう……」そんなことはないと、言い切れないじぶんが悲しい。陽平は、悔しげに、父の得意げな顔をジト目でにらみつけた。
「おっやつ〜、おやつ〜♪」
 妙な鼻歌を歌いながら、トーコがスペースに戻ってくる。後ろには、ラシュネスたちロボットがついて来ていた。妙に大きなボールを抱えているところから、離れたところでボール遊びをしていたらしい。
「トーコお姉さんっ!」ずずいっ。
「ん?」
 リリィが差し出したケーキの皿を、トーコはぱちぱちと瞬きをして見やる。
「私が作ったの。食べて!」
「ふぇ? え? あげる人は別にいるんじゃないの?」
 瞬とか沙耶香とか雷人とか倉之助とか。トーコが言うと、少女はぶんぶんと首を左右に振った。
「トーコお姉さんに食べてもらいたくて、作ったの」
「うぇあ? あ、あたしに? なんで?」
 ぱちぱちぱち。トーコの瞬き回数が増える。
「この間のお礼よ」
「お礼なんていーのに」
「それじゃあ、私の気がすまないのよ!」
 ずずいっ。リリィは強引にケーキの乗った皿をトーコに差し出した。彼女は受け取ったものの、まだ「ぅあぅあ」言っている。そこへ、瞬たちがやって来たものだから、これ幸いとリリィは彼女の前からずらかった。
 けれど、どうして瞬たちがここへ来たのだろう?
「お兄ちゃん、どうして──?」言葉足らずに訪ねると、
「ジャンクさんから、3時にここへ来るように言われたんだ」
「面白いことがあるからってな」
 瞬の言葉尻を受け継いで、雷人がニヤニヤ笑いながら言う。
「なかなか似合っておいでですな」
 リリィのエプロン姿を上から下まで眺めて、倉之助。
「あ!」
 頭の上の三角巾とエプロンに手をやって、リリィは悲鳴にも似た声を出す。
「お料理をしていたんですのね。何を作ったんですの?」
 にこにこと微笑みながら、沙耶香。リリィは真っ赤な顔で、エプロンと三角巾を外し、彼らにチーズケーキを配っていく。
「へぇ……お前がお菓子をねぇ……」
 チーズケーキの乗ったお皿をしげしげと眺めながら、拳火が言う。
「なんで、お菓子作りなんてしようって思ったワケェ?」
 にまにまと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、エリィが鈴に詰め寄る。
「べつに理由なんてないです。一緒にどうって、誘われたから──」
 ちょっと逃げ腰になりながら少女は答えた。エリィは「ふうん」とうなずきはしたものの、まだどこか納得しかねているようである。
「そのエプロン、似合ってるけど、鈴ってエプロン持ってたっけ?」
 フォークを手に持ちながら、陸丸が首をかしげた。
「こっこれは、雅夫さんが知らない間にっっ!」
「おいおい。そんなに慌てて脱がなくたっていいんじゃねぇの?」
 慌てて腰に手を回す少女に、志狼が目を丸くしながら一言。さらに水衣の追撃。
「鈴、お茶をお願いできるかしら? エプロン姿で」
「うっ……水衣姉まで……」
 耳も尻尾もしょぼ〜んと下に垂れ下がる。
 そんな姿をユマは微笑ましげに見つめ、ブリットはよく分からない、といった表情で眺めていた。
「鈴さん、ご指名ですから、皆さんに配ってくださいね」
 イサムがいつもよりも一層目を細めて、紅茶ポットとカップが乗ったお盆を鈴に差出した。鈴は恥ずかしいような、泣きたいような、妙な気持ちでそれを受け取り、かいがいしく仲間たちにお茶をついでいく。
「大盛況だな」
 ストレートティーを口に運びながら、ジャンクはつぶやいた。
「ホント。人に教えるのってけっこう面白かったし、次があれば、またやってもいいかな」
 プチピザを口に運び、ユーキが言う。その横では、トーコが幸せオーラを発しながら、美味しさに溶けていた。
「ウマイじゃん。ケーキもこのちっちゃいやつも」
 ぱくぱくと次々口に運びながら、雷人。瞬も沙耶香も「おいしい」と何度も言い、「素晴らしい出来ですな」と倉之助も絶賛。
 半分はお世辞として割り引くとしても、褒めてもらえるのは嬉しいものだ。
 リリィは、得意に思いながらも、「そんなこと……」と謙虚に答える。
「美味しいよ、コレ。すごいね、鈴」
「ユーキさんに教えてもらったとおり作っただけよ」
 褒めちぎる陸丸に、鈴はふいっとそっぽを向く。
「あんただって、教えてもらえばできるんじゃない? このケーキ、けっこう簡単だったし」
「そうかなぁ?」
 オレ、不器用だしなぁと、陸丸は心配顔を浮かべる。
「私も教えてもらおうかしら?」
「何か言ったか、ユマ」
「いっいえ、別になにも!」
 ブリットの問いに、ユマは慌てて首を左右に振った。洋食を作るのは得意だが、お菓子となると少し心もとないユマである。
「私も知ってたら、参加したのになぁ」
 チーズケーキを美味しそうに口に運びながら、エリィは少し残念そうだ。
「どうだ、パパの作ったケーキの味は?」
「おいしい」
 雅夫の問いに、翡翠はにっこぉ〜っと満面の笑みを浮かべて答える。
「くっそぉ〜……」
 その横で、息子は敗北感に打ちひしがれながら、敵のようにケーキを一気に平らげた。
「先輩……」
 ちょっと格好悪いです。そう言いたくても言えない、楓である。
「アニキ、ちょっとみっともないかも」
 双子の片割れ、柊のほうは妹よりやや辛らつであった。
「うるせえ!」
「うわ、聞こえちゃった?!」
 聞こえないように小声で言ったつもりだったのに。
「自分で分かってるから、余計に腹立たしいんでしょ」
 すまし顔で紅茶を飲みながら、光海の独り言。陽平は絶句し、椿はくすくすと笑っている。
「精進が足りんぞ、バカ息子!」
 念願のせがれ弄りを達成できて、父は有頂天だった。



 それから数日後。某所のドアの前で、鈴は深呼吸を繰り返していた。息を吸って吐いて、心を落ち着けた後、
「よしっ!」と気合を入れる。後は勢いだけだ。
「こんにちは、すいません!」
 ドアの向こうから、「はい」という返事が聞こえた。ドアを開けた鈴は、
「今日からここでバイトさせてください!」
 ぺこりーと頭を下げながら、大きな声で言った。
 ドキドキと心臓が鳴る。
 少し間があってから、よろしくお願いしますと、返ってきた。
「ありがとうございます!」
 鈴は、ほっとしたような笑顔を浮べ、もう一度頭を下げたのだった。




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