オリジナルブレイブサーガSS みっどないと げーむ |
夏が遠ざかり、世間は初秋を迎えていた。朝夕の冷え込みは、冬が近づいていることを物語る。人にとっては、体調管理の難しい時期でもあった。とはいえ、空調完璧なラストガーディアンの中にあってはあまり関係ない。 いつでも、適度な温度・湿度が保たれている。逆に言えば、そういった空気の流れや気温などから季節を感じることができない、ということでもあった。 そんなせいか、艦内の共用施設などには、四季折々の花や年中行事にちなんだ小物が飾られていることが多い。そういった物で、季節の移り変わりを感じてもらおうという、生活班の意図のようである。付け加えるならば、飾られる花の中には、艦内生け花教室参加者の作品も多々あるようだ。 少し前までは、ひまわりやハイビスカスなどの夏を代表する色鮮やかな花が多く見られたのだが、今は菊やススキ、ハロウィンが近いことを示すカボチャなどが飾られている。 時刻は夜。と言っても、日付が変わって間もない頃である。世間では、夜中に分類される時刻だ。そのため、照明は落とされていて、足元を照らす灯とドアや通路の位置を示す案内灯が、ぽつねんと灯っている。 昼間はにぎやかすぎるくらいだが、この時間ともなれば、艦内全体がしんと静まり返っていた。もちろん、通路を歩く人影は、ほとんどない。 「こんばんは」 「こんばんは。見回りですか? ご苦労様です」 すれ違った生活班所属のスタッフに会釈をしたのは、ブレイブナイツのユマだった。 「こんな時間にどうかしたんですか?」 「いえ、気分転換を兼ねてコーヒーを飲みに……」 怪訝そうな表情を浮かべたスタッフに、ユマは苦笑いを向ける。その足元には、彼女のパートナー、狼型ロボットフェンリルがいた。 「この時間でもジャンクのところは営業していると聞いたが、本当なのか?」 首を傾げる彼に、スタッフは「本当ですよ」とうなずき返す。 日中ならば、食堂やティーラウンジなどを利用すればいいのだが、日付が変わって間もないこの時間ともなるとそうはいかない。自分で淹れるか、自販機の缶コーヒーなどで我慢するかだ。 「ジャンクさんがいれば、営業してるみたいですから」 「そうですか。ありがとうございます」 彼に会釈をして、ユマは格納庫を目指して歩き出した。その後を、フェンリルがほてほてとついていく。 格納庫が近づいてくると、かすかに歌声が聞こえてきた。耳を澄ませば、それがトーコの声だと分かる。ユマの仲間であるエリィも美声の持ち主だが、トーコの声も味わい深いものがあった。 「よかった。営業してるみたい」 ほっと胸をなでおろし、ユマはジャンクが経営する酒場へ足を向けた。 トーコの声と一緒に聞こえてくるのは、アコースティックギターの音色である。歌詞に耳を傾けると、『あなたが私を好きと思うより、私はもっともっとあなたのことが好きなの、知ってる?』 そんな内容だった。 最後の一音が聞こえてから、次の音色は聞こえてこない。どうやら、先ほどの曲が最後だったようだ。何となく残念である。 「こんばんは」 ユマが酒場に顔を出すと、予想以上に人が集まっていた。 「あら、いらっしゃい」 止まり木に座ったトーコが、軽く目を見張る。 カウンターに座っているのは、奥からイサム・ヤクシジと勇者忍軍の……と言っていいのかどうかは不明だが、仮面の忍び釧。そして、一番手前の席には── 「ブリットさん」 思わぬ人物が座っていた。彼の方もユマが来るとは思っていなかったようで、ほんのわずかながら目を見張っている。 「まだ起きていたのか」 「はい、ちょっと……」 ブリットの隣に座りながら、ユマはカウンターの中にいるジャンクにコーヒーをお願いした。 「ねね、質問があるんだけど」 「はい。何でしょう?」 トーコに声をかけられて振り向けば、いつの間に用意したのか、彼女は手にフリップを持っていた。フリップは、『はい』と『いいえ』に分かれていて、『はい』の方に、デフォルメされたラシュネスの似顔絵シールがたくさん貼られている。 「フェンリルも答えてよね。質問『釧は意外にお人よしだと思う』はい、いいえ、どっち?」 「…………こっちだと」 「私も同じだ」 ユマとフェンリルが、恐る恐る指差したのは、『はい』の方だった。恐る恐るなのは、トーコの後ろにいる釧が不機嫌オーラを全開にしているからである。 「あっはぁ♪ やっぱりね〜。アンタ、やっぱり自分で思ってるほど非情になりきれてないんだって!」 ばしばしばし。フリップをぽいと放り捨て、トーコは釧の肩を叩く。 「キサマ……」 ずごごごごという、地鳴りのような音が釧から聞こえてくる。他人事ながら、ユマは恐ろしくてしょうがなかった。 「いやぁね、怒ることないじゃない。そのまんまのアンタが好きよ、っていう話なんだから、って……」 ひゅんっとクナイが飛んで来て、トーコの頬を掠める。トーコは慌てず騒がず、それを人差し指と中指で挟み取った。 「あっぶないわねぇ」 目をまん丸にしながら、挟み取ったクナイをまじまじと眺める。 「ちっ」 「アンタ今、舌打ちしたわね!? 女のコは壊れものなのよ?! もっと大事に扱いなさいよ!」 「ふん」 トーコの抗議に、釧はそっぽを向く。仮面に覆われていてなお「女のコという年か、キサマは」という心情がありありと浮かんで見えた。 「きぃ〜っ! どーせ、あたしはアンタのお姫さまたちに比べればオバチャンですよーだっ! くっそぅ。ムカつくから、明日の朝一番で翡翠に泣きついてやる。お姫さまに絞られて困りやがれ、お人よし〜!!」 子供のようにびろびろび〜と、舌を出して釧を挑発するトーコ。 無言のまま、殺気すらカンジさせず、トーコに掴みかかる釧だが、彼女の方が素早かった。《テレポート》でウッドデッキ前に場所を移ると、 「非情になりきれてないお人よし、愛してるわよぅ!」 熱烈な投げキッス。完全に遊んでいる。 それまでもずっと聞こえていた地鳴りが、とうとう噴火直前にまで達したようだ。 ユマの口から「ひぇぇぇ」と小さな悲鳴がもれる。 「釧さん……」 それではトーコの思う壺だと、イサムはため息をついた。 「よく平気ですね……」 淹れてもらったコーヒーを口に運びながら、ユマはトーコと釧のハイレベルな攻防を冷や汗を浮かべ眺めていた。同じように2人の攻防を眺めているフェンリルは「陽平たちには見せられん姿だな」とつぶやいた。 「話題が悪かったな」 トーコと釧の戦いを興味深げに観戦しながら、ブリットは一言。 スピードは釧の方が上のようだが、相手の意表をつくという点ではトーコの方が一枚上手らしい。パワーは釧が上回るが、異能力の補助を加えると、一撃の威力はトーコの方に軍配が上がる。 「話題、ですか?」 「真人さんに釧さんが良いように使われたらしい、という話をね……うおっと?!」 後頭部を狙って飛んできた手裏剣を、イサムはカウンターに突っ伏してやり過ごした。 「危ないなぁ……」 「全くだ」 手裏剣は、バックバーの棚に深々と突き刺さる。後少し上下にずれていたら、酒瓶が割れていたに違いない。ジャンクは苦々しげに、手裏剣を抜いた。 もしも、手裏剣が酒瓶に刺さって割れていたら、ほぼ間違いなく惨劇の幕が開いていただろう。ユマとフェンリルは、割れなくて良かったと心の底から安堵した。ほっと胸をなでおろしているところへ、 〈何をなさっておいでです? お二方……〉 いつになく騒がしいので、気になったのだろう。カイザードラゴンが、ひょっこりと顔を覗かせた。彼の視線の先には、がっちり組み合って、力比べをしているトーコと釧がいる。 「見回りか?」 〈左様でございます〉 ブリットの問いかけに、カイザードラゴンは首肯した。 「カイザードラゴン、良かったらアンタも質問に答えてよ」 「まだやるつもりか!?」 ぐぎぎぎぎ。力は釧の方が上なので、トーコは押さえ込まれ気味である。片膝は床についた状態なのに、表情は楽しくてしょうがないといったカンジで笑っている。かまってもらえるのが嬉しいのかも知れない。 〈質問、でございますか?〉 「釧さんのためにも聞き流してください」 はて? と首をかしげるカイザードラゴンにイサムがトホホ顔で言った。それを支援するかのように、フェンリルとユマも「聞き流してあげてください」と言う。 〈はあ……〉 言われた方が何が何やらさっぱりである。 きちんと説明すると、やっぱり釧の精神衛生上よろしくないので、ユマは黙ってコーヒーをすすることにした。ブリットのように完全に聞き流してしまえる性格が少しだけ羨ましい。 〈何事もないようでしたら、私はこれで……おや?〉 酒場に背中を向けたカイザードラゴンは、背後から聞こえてきた物音に、首を傾げた。 〈はて? 何でございましょうか?〉 がこっ。ばきっ。がたん。誰かが暴れているような物音である。 酒場にいた全員が、不審の目を格納庫の奥に向けた。とはいえ、ただでさえだだっ広い格納庫である。その上、今は照明が落とされているために、奥の方は暗闇になっていた。この時間ともなれば、ロボットといえども、人間でいう就寝状態にある。 「……何だか、甘ったるい臭いがしません?」 持っていたカップをカウンターに置き、ユマはあたりを見回した。 甘い臭いはかなり強烈で、だんだんと気分が悪くなってくる。ユマは、口元を手で覆い、臭いの発生源を探して顔をめぐらせた。 が、酒場にいる限りは、発生源を特定することは難しそうである。 「何だ、この臭い」 露骨に顔をしかめて、ブリットが言う。甘ったるいを通り越して、胸焼けがしてきそうなくらいである。 「おい、トーコ」 カウンターの中から外へ移動しながら、ジャンクが妹の名を口にする。妹は、その声に、 「ぐぅ」いびきで答えた。 「おい」 やや乱暴に手を引いて、釧は無理やりトーコを立たせる。が、目覚める気配は一向にない。どうしたものかと思っていると、 「構わん。一発喰らわせろ」 ジャンクから思わぬ声が飛んできた。 「…………」 先ほどの恨みもこめて、釧は遠慮なく、トーコにヘッドバッドを喰らわせてやった。 「ぐぎゃっ!?」 トーコ、覚醒。 「あ? な、何? ってか、あたま、いったー!」 釧の手を離し、その場にしゃがみこんだトーコは、額を両手で押さえ…… 「ぐぅ」 「おいっ」 釧はトーコの背中を蹴り飛ばした。 「はうっ! 女のコは壊れ物だってさっき言ったばっかりでしょーが!!」 背後を振り向き、トーコは吼える。 「お前は頑丈だから」 兄ジャンクの声に、釧とブリットまでもが、その通りだと強くうなずいた。 「ぅおらぁっ!」 彼らの反応に、トーコはちゃぶ台をひっくり返すような真似をする。 「……みなさん……」 「お前たち……」 男たちの反応に、ユマとフェンリルは困り顔だ。そんなことありませんよ、と慰めるのもヘンである。それに、男たちの意見も、あながち間違いではないし。 〈ここは、口出しをしないほうが賢明でございましょう〉 カイザードラゴンの意見が、一番正しいと思う。現にイサムは、我関せずとばかりに、さっさと格納庫の奥の方へ歩き出していた。 彼に習って、ユマも格納庫の奥へ原因を探りに行こうと思う。 「先に行ってますね」 彼らに言いながら、ユマは止まり木から降りた。とたん、くらっと目眩が起きる。 そういえば、ここのところあまり寝ていなかったなぁと関係のないことを思う。 「ユマ!?」 フェンリルの悲鳴に似た声が聞こえたが、そこから先のことは分からなかった。 「──あ……ブリット……さん?」 目を覚ましたユマが、最初に見たのはブリットの顔だった。ぐるりと回りを見回すと、カウンターの背後にあるウッドデッキに寝かされているのだと分かる。 「大丈夫か?」 「あ、はい。もう平気です」 ブリットの問いに答えながら、ユマは体を起こした。ローソファーに寝かされていたので、背中が痛いとかそういうこともない。 「あ……私は一体……?」 「さっきのあの臭いが原因で、倒れたんだ」 まだ少しボーっとしている少女に、フェンリルが答えた。それを聞いて、ようやく事態を理解したらしい。ユマはもう一度あたりを見回した。酒場には、自分たちがいるだけで、他の人は誰もいない。たずねると、あの臭いの原因を探して、格納庫の奥へ向かったのだそうだ。 「じゃあ、私たちも急がないと!」 ウッドデッキから転がるようにおりたユマは、大慌てで格納庫の奥へ走っていく。 「……何だ何だ?」 「さあな」 遠ざかっていく少女の背中を眺めながら、フェンリルとブリットは、不思議そうに首をかしげた。が、このまま見送るわけにもいかないので、2人はユマの後を追いかけた。 「すみません──!」 格納庫奥の集団に、ユマは声をかける。 「あ、起きたのね。大丈夫?」 少女の声に、その場にいた者たちが振り返った。ユマに声をかけたのは、トーコである。彼女は、その場にしゃがみこんでいて、手に棒きれを持っていた。 「見て見て〜。これ、つつくと面白いの〜」 トーコが子供のように無邪気な笑みを浮かべて、つつきまわしているのは、ゼリー状の物体であった。色は薄い水色で、けっこう長細い。 「何だそれは?」 追いついたブリットがトーコに聞く。 「クラゲとイソギンチャクの不思議合体生物」 そのまんまの答えだった。詳しく言うと、直径1メートルくらいの巨大イソギンチャクの上にエチゼンクラゲが乗っているような形である。 「あんまりつつくな、トーコ」 「面白いのに」 兄の注意に妹は唇を尖らせた。 彼女が面白いと評するのは、つつく度に、クラゲの足がイヤイヤ、そんなことしちゃイヤァン、ってな感じで動くからだろう。 「また、あの臭いを吐き出すだろうが」 苦々しく釧が言ったとたん、クラゲがかさをもたげた。イソギンチャクの全体像が見えた直後……もわ〜んっ。 「づっ……!」 その強烈な甘ったるさに、のけぞるユマ。トーコは慌てず騒がず、 「《ストーム》」 ぴっと立てた人差し指から、突風を巻き起こし、臭いをどこかへ吹き飛ばした。 「アンタもつついてみる?」 「いえ、謹んでご遠慮申し上げます」 満面の笑顔で棒を差し出すトーコに、ユマは一歩後ずさってから答えた。被害のない範囲でつついてみたい気もするが、釧が怖い。 「確かにクラゲだな」 代わりに、フェンリルがおっかなびっくりといった感じで、クラゲの足を踏む。クラゲは、イヤンとよじっただけで、かさを持ち上げるようなことはしなかった。どうやら、多少はつついたり、踏んだりしても大丈夫らしい。 ぐるりと回りを見回せば、回りは購買のコンテナが所狭しと積まれていた。 〈皆様、こちらをご覧くださいませ〉 コンテナの迷路から、のっそりとカイザードラゴンが現れる。彼は、手に何がしかの破片を持っていた。 「購買のコンテナの残骸か?」 「おそらく。この印がついてますからね」 軽く目を見張るジャンクに、竜王の後ろにいたイサムが、コンテナの破片の一部を示した。そこには、マッコイ印がきちんとプリントされている。 「…………」 〈私が確認してまいります……〉 背中にぐさぐさと突き刺さる視線を理不尽に思いながら、カイザードラゴンは、軽く一礼をして場所を移動した。 持っていた破片をそこらに置いて、格納庫の壁面に取り付けられた内線通話機を手に取る。 受話器を持ち、もう片方の手で購買の番号をじ〜ころろとダイヤル。一部の整備班スタッフの趣味で、格納庫内の内線通話機はクラシカルなダイヤル式が採用されているのだ。 tulllll tulllll…… 〈届きませんな……〉 通話口を口に持って来ると、もう片方が頭の上の方に届かない。というより、 〈そもそも私の耳は一体どこに──?〉 カイザードラゴンは、やや途方にくれた顔つきで呼び出し音を聞いていた。──が、なかなか相手が出そうにない。 〈眠っておられるのでしょうか?〉 しょうがないので、受話器をいったん元に戻して、皆がいる方へほてほてと戻る。相手が出ないことを報告すると、 「叩き起こす」 ジャンクがくわっと目を剥いた。 「1分で来るそうだ」 〈はあ……〉 何だかとても不条理だ。さめざめとどこかに訴えたいような気もするが、訴える先を思いつかないのが悲しい。でもやっぱり悔しいので、さりげな〜く、イソギンチャクの毒々しい赤色ボディを蹴ってみる。 予想通りクラゲと違って、イソギンチャクは微動だにしなかった。 「こんなもの、何に使うんでしょうねぇ? 食用でしょうか?」 マッコイ印がついたコンテナの破片にもたれかかりながら、イサムが首を傾げる。 「食えるのか、これは」 食べられるとしても、食べたくはないだろう。フェンリルはそう思った。そして、それは他のメンバーも同じ気持ちだろう。トーコも、嫌そうな顔をしている。 そもそも、陸地で生きている時点で、クラゲやイソギンチャクとは別の生物だ。 「プールに飾るつもりなのかしら?」 「飾ってどうする」 つぶやいたトーコに、釧の白眼が飛ぶ。 〈使用方法などについては、マッコイ様に直接伺うしかないのでは?〉 カイザードラゴンが答えたその時、 「ふははははーっす! 呼ばれて飛び出たっすよー!」 ぱかっと床下が開き、マッコイ姉さんが登場した。就業時間外であることを示すためか、この暑いのに半纏に袖を通している。 「どこから来るんだ、お前は」 「1分以内に、格納庫に来ようと思ったら、ここを使うしかないっすよ」 ジャンクに答えながら、マッコイ姉さんはいそいそと床下から這い上がった。 「──それで、急な呼び出しのわけは何っすか?」 〈こちらの物について、お伺いしたいのですが……〉 「ん? 何すか? これ」 トーコが言うところの、クラゲとイソギンチャクの不思議合体生物を見つめ、マッコイ姉さんは、ぱちぱちと瞬きをする。 「キサマが連れて来たんじゃないのか?」 腕組みをしたブリットがたずね、イサムがマッコイ印のついたコンテナをひょいと持ち上げて見せた。ユマは「ここです、ここっ」とマッコイ印を指差す。 「んん〜っ?」 マッコイ姉さんは困惑顔で首を傾げ…… 「マッコイアンテナー!」 ぴかきこか〜ん☆ 甲高い珍妙な音の発生源は、カイザードラゴンであった。 〈いっ、いつの間にこのような機能が?!〉 老獪な執事にしては珍しく、取り乱している。あわあわと慌てながら、効果音機能が組み込まれた時期を、あの時だろうか、いやもしかして──と懸命に思い返していた。 そんな彼に、マッコイ姉さんを除いた全員の冷か〜な視線が注がれる。 「…………」 〈そっそのような目で見ないで下さいませ!〉 全員の視線から逃れるように、カイザードラゴンがくるりと背を向けた。今にもさめざめと泣き出しそうな雰囲気である。そこに追い討ちをかけたのは、 『ナンデヤネン!』 〈はうっ!?〉 巷で大人気のカズマ君1号であった。その甲高いツッコミ声に、執事は撃沈する。 「…………」 何だそれはと言いたげな釧の視線。 「知らないの? ツッコミまっすぃ〜ん、カズマ君1号」 手のひらに乗せたミニロボットをつつきながら、トーコが答える。いつだったか、サヤがラシュネスに見せるために持ってきて、そのまま忘れていった物だ。 「タイミング悪いと、ダメージになるのね」 よよよと泣き崩れているカイザードラゴンを見て、「扱いが難しいのねぇ、コレ」 「……大好評のカズマ君1号には、こんな弱点があったっすか」 半纏の袂からメモ帳を取り出したマッコイ姉さん。何やら、紙面にペンを走らせる。 「それで、そのアンテナで何が分かるんです?」 持ち上げていたコンテナを下ろし、イサムはマッコイ姉さんに問いかけた。カイザードラゴンの早期立ち直りのためにも、ここはさっさと話題を変えたほうがよさそうである。 「そうだったっすね。今、検索をかけるっす」 メモ帳をしまった姉さん、はっ! と気合を入れると、マッコイアンテナと称した髪を上下させ始めた。自動で髪が上下するのではなく、自力で髪を上下させるのである。 「それが検索か」 『ナンデヤネン!』 ブリットは、トーコを一瞥する。彼女は、「あれぇ?」としきりに首をかしげていた。これは、聞かなかったことにして、彼は視線をマッコイ姉さんに戻す。 マッコイ姉さんは、ブリットの冷たい視線にもめげず、タイミングのズレまくった『ナンデヤネン!』の声も気にせず、彼女は、アンテナで検索を続けていた。 「むむむむ〜?」 時間の経過と共に、姉さんの眉間のシワが増えていく。本当に検索しているのだろうか? と誰もが彼女の行動に疑いを持ち始めたとき、 「マッコイ大姐ッッ!! ここにいたアルか?!」 スケートボードを駆って、ケイ・リーが颯爽と現れた。彼女は、兄のジェームスと共に、伝票整理やら新人の受け入れなどを担当している。いつものラストガーディアン制服ではなく、スリットもまぶしい、マゼンダのチャイナドレス(戦闘服)に身を包んでいることから、何やら腹立たしいことがあったのだろう。 「ケイさん?」 思わぬ人物が登場し、ユマはぱちぱちと目を瞬かせた。新しい人物の登場で、カイザードラゴンがようやく立ち直る。 〈まだお仕事を?〉 「伝票整理がなかなか追いつかないアル」 スケートボードからおりたケイは、首を左右に振って肩をすくめる。それはご苦労様でございますと、カイザードラゴンは会釈をした。ケイは「これが仕事アルから」と苦笑いを浮かべる。が、マッコイ姉さんに向き直るや否や、ケイは友好的な態度をくつがえし、 「マッコイ大姐! この伝票、何アルか!?」 ずずぃっと1枚の仕入れ伝票をつきつけた。 「まるで子供の落書きね! こんな伝票、処理できないアルよ!!」 ケイの言うとおり、伝票には渦巻きやら四角やら、図形のような物がずらら〜っと並んでいた。確かに読めない。まるでトンパ文字か、ヒエログリフのようである。 「何これ?」 「ワタシ、それを聞きたいアル!」 トーコの疑問に、ケイは大声を上げ、マッコイ姉さんにずずいと詰め寄った。 「さあ、きりきり答えるアルよ、マッコイ大姐!」 「ちょっ! ちょっと待つっす! 私はこんな伝票を回した覚えも、ついでに言うと、こんな不思議生物を仕入れた覚えなんてないっすよ!」 「なら、何故ここにいる?」 ブリットが問いかけ、マッコイ姉さんは、ぐっと言葉に詰まった。言葉に詰まったまま、彼女はぐるりと視線を巡らし、 「あぁッ!!」 大声を上げた。 「なに? 大声出して、どうしたのよ?」 「この印は、私の印じゃないっす!」 コンテナのマッコイ印を指差して、マッコイ姉さんは言う。 どこをどう見ても、購買の物であることを示すマッコイ印だと思われるのだが。マッコイ姉さんは、この印は自分の物ではないと主張する。 「だったら、誰の印なんですか?」 「これは──マッコイぶらっくの印っす」 答えたマッコイ姉さんの背中には、ざっぱ〜んと白い波頭が見え隠れ。 〈…………マッコイぶらっく……で、ございますか?〉 一方、それを見る方は、生ぬるい表情で彼女を見ていた。 「……それはあれか? 上の方でちょろちょろと動いてた──」 「上の方?」 ジャンクの何気ないつぶやきに、全員が何のことだろうかと疑問符を頭の上に浮かべた。 「ああ、上の方で働いてるのは、マッコイごーるどか、マッコイしるばーっすよ。って、何で知ってるっすか?」 「このあいだ、見て来た」 「そうだったっすか。ごーるどもしるばーも、ぶらっくと違っていい仕事をするっすよ!」 ぐッと親指を立てて、マッコイ姉さんはジャンクに言う。 「お前さんのお仲間だからなぁ」 そりゃそうだろうと、ジャンクはうなずいた。 「ぶらっくにごーるど、しるばー……どういうことなんでしょうねえ」 彼らの会話のやり取りを横で聞いていたイサムが、不思議そうに首をかしげる。もちろん、その場にいる他のメンバーに分かるはずがなく、釧が簡潔に「知るか」と答えた。 「訳が分からないアルが、この伝票はラスガーに関係のない伝票だと判断していいアルね?」 どこに持っていたのか、ラスガー職員の制服に袖を通しながら、ケイが伝票をひらひらさせる。 「まぁ、そういうことっすね」 マッコイ姉さんがうなずくと、 「ハオ。では、これはマッコイ大姐に返すアル。今後、よその伝票をこっちに回さないよう、注意してほしいアルよ」 「分かったっす」 伝票を受け取ったマッコイ姉さんは、スケートボードを駆って退場するケイを見送った。 「──にしても、どこでまぎれたっすかねぇ」 伝票に目を落とし、マッコイ姉さんは首を傾げる。 「心当たりもないのか」 ブリットに呆れ顔で見つめられ、マッコイ姉さんはたら〜りと額に冷や汗を浮かべた。 「……全くないわけじゃあないっすけど……とりあえず、ぶらっくに連絡を取ってみるっすよ」 半纏の中から、ごそごそっと携帯電話を取り出したマッコイ姉さんは、ぽちぽちっとキーを押し、どこかに電話をかけた。 「しかし、これには、どういう使い道があるんだ?」 クラゲの足を軽くつつきながら、フェンリルは首を傾げる。 「ペット、とかでしょうか?」 「あの臭いを嗅いでオチると、イイ気持ちになったりなんかして、中毒症状がでちゃうとか」 同じ女性なのに、ユマとトーコの考え方の落差は激しすぎた。 〈トーコ様……〉 「それはどうかと……」 カイザードラゴンとイサムの生ぬるい視線。トーコは不満げに唇を尖らせる。とはいえ、トーコの言うことも一理ありそうだ。 「別にいい気持ちになったりとかはしませんでしたけど」 「うん、まぁ、そうだったけど」 ユマの独り言に、トーコがうなずく。そういえば、ユマもあの臭いが原因でオチたのだった。真っ先にオチたのはトーコである。釧によって、無理やり起こされたのだけれども。 回りが(正確に言うと、一部の人間が)雑談に興じている間、カイザードラゴンは無言でマッコイ姉さんを見ていた。 〈…………〉 電話はどこかに繋がったらしく、彼女は一体どこの言語だ!? と疑問を抱かずにはいられない、珍妙な言語を話している。マッコイ姉さんが話している内容は、かけらも理解できない。 「申し訳ないっす。マッコイぶらっくと連絡が取れないんで、詳細が分からないっすよ。あいつのことだから、まっとうな取引じゃなさそうっすけど」 「どういうやつなのよ、そのぶらっくって」 トーコが質問すると、マッコイ姉さんは珍しく表情を曇らせて、「それは聞かないでほしいっす」と顔を左右に振る。 「……何か確執みたいなものがあるんでしょうか?」 「商売人には商売人の仁義があるんだろう」 「はあ……」 ブリットの返事に、ユマは気のない答えを返した。 「──となると、これはどうした方がいいんでしょうか? 取り扱い説明書みたいなのって、どこかに転がってますかね?」 クラゲとイソギンチャク以下略をしげしげと見つめながら、イサムは言う。 「飼育法説明書の間違いじゃないのか?」 がさごそとあたりを探りはじめた彼に、釧は小さな声で疑問をはさんだ。 『ナンデヤネン!』 「…………」 カズマ君1号の甲高いツッコミに、釧は白眼を向ける。 「タイミングが難しいのよぅ」 トーコは、む〜っと頬を膨らませた。 「……さっきから、ちょっと気になってるっすけど、その珍妙生物、小さくなってないっすか?」 「──確かに一回りほど小さくなっているな。……足も少し硬くなっている」 ふにふに。クラゲの足を踏みながら、フェンリルが報告する。 「何がきっかけだ?」 軽く目を見張ったジャンクは、ふと思いついて、トーコが持っているカズマ君1号に目を向けた。 「…………ふむ」ぱこっ。 『ナンデヤネン!』 ぎちっ。クラゲとイソギンチャクが、若干丸く縮こまった。 「あ」 全員の目がテンになり、口が丸くなる。 彼らの心が今、1つになった。 何だ、この生き物はっっ??!! 「…………ジャンクっ。今のうちにイタダキマス、してしまえ!」 超不思議生物を指差し、トーコが言う。言われたほうは、「食いたくねえ」と珍しくげっそり顔。 「何のために小さくなるんでしょう?」 「小さくなる理由も分かりませんが、どうしてこれで小さくなるのかも分かりませんよ?」 答えながら、イサムはカズマ君の頭をぱこっ。不思議生物は、またぎちっと小さくなった。 「ユマ……」 「なんでしょう?」 呆れたような、諦めたようなブリットの声。返事をした少女は、知的好奇心をいたく刺激されたようで、目をキラキラと輝かせていた。 キケンな兆候であると思われる。 彼女がこの不思議生物を観察したくてうずうずしているのは、一目瞭然。どんなに鈍い人でもはっきりと読み取ることができただろう。 たちまち、警報が鳴り響く。ユマの動きを封じようとブリットがさりげなく動いたが、伏兵は思わぬところに存在していた。 「そういうことは、とことんやってみれば分かるっすよ」 言うが早いか、マッコイ姉さんは、カズマ君の頭を連打する。 『ナンデヤネン!』『ナ・ナ・ナ・ナンデヤネン!』『ナン・ナン・ナンデ……ナンデヤネン!』以下略。 カズマ君のツッコミに合わせて、不思議生物もぎゅむぎゅむ小さくなっていく。 〈マ、マッコイ様……あの、わたくし……とても嫌な予感がするのですが〉 強気に出られないところが、カイザードラゴンである。 「おい」 見かねた(?)釧が声をかけたが、少し遅かった。 『アンタトハ、ヤットレンワ!!』 ぼむっ! カズマ君1号、オーバーワーク。壊れるときも芸達者なカズマ君1号であった。 ぷすぷすと頭から煙が上がり、忙しくぱたぱた動いていた腕がぽろりと落ちる。 「あ……すまないっす。明日にでも新しいのを届けるっすよ」 「あ、うん。そうして。これ、忘れ物なのよ」 連続使用には不向き、なんてことをメモりながら、マッコイ姉さんは言う。トーコは、落ちた腕を拾ってそれをポケットにしまった。 一方、珍妙生物はというと、バスケットボールくらいの大きさにまで縮んでいた。当初の大きさから比べると半分以下である。みずみずしかった表面も、今やすっかりかさかさに乾いてしまっていた。 「このまま、艦外に捨ててしまうというのはどうだ?」 「非常に魅力的な提案だが、それで下に何かあると不味いだろう。言わなきゃばれないが、言ってしまいそうなのが…………」 ジャンクはちらりとユマを見る。見られた方は、気が気じゃない。ひぃぃっと声にならない悲鳴をあげた。 「貴様の特技はどうした?」 「フェンリルには無効だ。カイザードラゴンも怪しい」 釧の問いに、ジャンクは残念そうに答えた。まぁ、2人とも不用意に発言するようなことはないだろうが。 残念そうに、というところに身の危険を感じたユマは、ブリットの背中に隠れた。 「やらんと言ってる」 そんな彼女にジャンクは言うが、信用しきれるものではない。ユマは、イサムに涙目を向けて「本当ですか? 大丈夫ですか?」と視線で訴える。 「嘘は言いませんから、大丈夫ですよ」 何で俺に確認するんだろうと思いながら、イサムは答えた。そういえば、いつだったか、デパートに出かけた時も、このようにジャンクの発言が信用できるかどうか、たずねられたことがあったように思う。 「…………」 ジャンクは、何故そっちに確認する? と分かる人にしか分からない不満顔を浮かべていた。 「そんなことしなくても、アンタがぱくーっと食べちゃえば済む話じゃない」 「いつもは食うなと言うくせに」 妹を恨みがましい目で見れば、「いつもは、あたしが何か言う前に、ぱくーっといっちゃうくせに」と返ってくる。 「これは、お断りだ」 ジャンクはキッパリと言い放つ。 『ナンデヤネン!』 カズマ君1号、オートツッコミ起動。 〈壊れたはずでは?〉 カイザードラゴンのささやかなツッコミは、カズマ君のお気に召さなかったようである。1号は、不満げに顔をかたかたと左右に動かし、ぼんっ! 全壊した。 「あ〜あ……カイザードラゴン君、トドメをさしたっすね」 〈わっ、わたくしのせいでございますか?!〉 理不尽だ。あまりにも理不尽だ。 竜王は、私のせいではございません! とうろたえる。老獪な執事がここまで慌てるのも珍しい光景だ。 「さっきのアレといい、今夜は珍しいものばかり見られる」 ブリットのつぶやきを聞きつけた釧が、ぎんっと鋭く冷ややかな視線を彼に向ける。もちろん、そんな視線の一つや二つ、暖簾に腕押し、ぬかに釘。カエルの面になんとやら。ブリットは、眉一つ動かさなかった。 ──と思われたのだが、彼はわずかながら眉をひそめた。それをいぶかしく思った直後、釧もその理由に気づく。 珍妙生物の表面に、ぴしっと亀裂が入ったのだ。 「待て、トーコ」 「何よぉ」 唇をへの字に曲げて、トーコは不満たっぷり。しかし、あれを見ろと顎をしゃくられては、それに逆らうつもりはなかった。 「一体なんだって…………」 彼女が示された物に顔を向けたとき、悲劇の幕が開く! ぽぽぽぽぽぉ〜〜んっっ!! ポップコーンがはじけるみたいに、珍妙生物がはじけたのだ。中からはじけ飛びだしてきたのは、体長50センチほどの巨大なクリオネもどきの大群。 あらかじめ予想できていた、ブリットはルシファーマグナムで、危なげなくそれらを撃ち落としていく。ユマは彼の背中に隠れていたので、問題なし。少し遅れてフェンリルは、頭部ガトリングガンでこれを掃討した。 釧も気づくのが早かったため、鋼糸で連中を細切れにする。イサムは、驚いて目を丸くしたものの、異能力を発動させて全身に炎を纏うことで、クリオネもどきを燃やしてしまう。 マッコイ姉さんは、カイザードラゴンの影にすばやく隠れてこれも無事。カイザードラゴンも、竜王の名は伊達じゃないっ! ということで、クリオネもどきを簡単にあしらっていた。 問題はトーコである。 「うあ……」 口元に手をあて、ユマが息を呑んだ。 「おい……大丈夫か?」 釧がそう聞かずにはいられないほど、彼女は悲惨だったのである。 クリオネもどきの兇悪な大顎が、トーコの顔を飲み込んでいたのだ。 体の左右についている、手のような羽根のようなものが、妙にかわいらしくパタパタと動く。 「トーコ……さん?」 〈トーコ様……?〉 彼らの問いに、トーコは答えない。ただ、持っていたカズマ君1号の残骸をどこかに置こうとしているようで、手がふらふらと空中をさまよっている。 妹の後ろにいたので、ジャンクは被害なし。 「ん」 さまよう妹の手を取って、兄は残骸を預かった。 「…………」 手に何もなくなったトーコは、がしっとクリオネもどきを両手でつかむ。直後、もどきは爆散した。 「……大丈夫か?」 今度はブリットが問いかける。 「念のため、医務室に行った方がいいんじゃないのか?」 フェンリルが声をかけた。 「なっ、生臭くてピンクでグロくてざらざらでなんかあったかくて、うじゅる〜がべろ〜ってちくちくしててぬめぬめのぐにゃぐにょ……」 ワケの分からない言葉をぶつぶつとつぶやいた後、トーコはかくんと首を横に倒した。頭の方から、ずるりと魂が抜け出ていく。 「すまん。俺が悪かった」 ふら〜っと後ろへ倒れていく彼女を受け止め、ジャンクにしては珍しく素直に詫びた。うぇうぇ言ってるトーコを子供を抱きあげるようにして抱え、彼はふぅと小さくため息をつく。 「……結局、何だったすかねえ。これ」 ひらひらと伝票を振りながら、マッコイ姉さんはつぶやいた。ヒエログリフで書かれたような、その伝票は『びっくりどっきりサプライズ☆これで彼女もメタメロよッッ』×1と記入されている。 「確かに、彼女もメタメロっすけど……」 兄にしがみついて、みぃみぃ言ってる彼女は、メタメロというよりは、メタボロである。 「一応、始末はついたな」 そんなトーコを横目に、冷たい釧の一言。ここらへんは、さすが忍者である。 「そのセリフは、ここの掃除が終わってからにしてくださいね」 クリオネもどきを燃やしたイサムと違い、釧は細切れに、ブリットは蜂の巣にして始末をつけたのだ。その辺には、ゼリーのような物体と共に臓物とおぼしき物やら体液(血液?)と思われる液体が流れだし、あの激甘な臭いもかすかながら漂っている。 「…………」 「…………」 「掃除、俺も手伝いますから、しっかりやってくださいね? 2人とも」 にこにこといつもの笑顔でイサムは言うが、迫力は10倍増。逆らうのは危険であると、本能が告げていた。 〈では、私が掃除用具を取って参りましょう〉 言いながら、掃除用具入れのある方へカイザードラゴンが回れ右をする。 「アタイの商品、返してもらうっス!!」 弾ける前の珍妙生物がいたあたりが、ぐにゃりと歪み、そこから見知った顔の女性が現れた。 「マ、マッコイ姉さん?」 ユマは、ぱちぱちと瞬きをする。しかし、彼女はカイザードラゴンのすぐ側にもいた。 「どういうことだ!?」 2人のマッコイ姉さんを交互に見比べ、フェンリルが驚きの声をあげる。 「マッコイぶらっく!」 最初にいたほうのマッコイ姉さんは、少しばかり苦々しげな表情を浮かべた。マッコイぶらっくとやらと、マッコイ姉さんとの違いは、身につけている物くらいである。姉さんの方は、半纏を着用しているが、ぶらっくの方は黒いエプロンを着用している。 はっきり言って、2人が同じエプロンを着用したりなんかしたら、完全に見分けがつきそうになかった。とはいえ、喋れば人称で判断できるようである。 「アタイの商品は、どこっスか?!」 ぶらっくは、自分の事を「アタイ」と呼んでいる。 「アタイの商品というのは、この伝票のブツのことっすか?」 「そうっスよ! さあ、返すっス!」 マッコイ姉さんとぶらっくのにらみ合い。互いの視線がぶつかり合って、ばちばちと火花が飛び散った。 「えぇと……このような残骸でよろしければ、お持ち帰りいただくのは願ってもないことなんですが」 あたりに散らばった細切れほかを指差し、イサムは言う。掃除の手間が省けて助かると、彼は言外に告げていた。 「なっ何スか、コレはぁっ?! 一体、どうなってるっス!?」 「それを言いたいのは、こっちの方っす! どうしてくれるっすか、あれを!!」 マッコイ姉さんが言うあれとは、ジャンクに抱きかかえられて、みぃみぃ言ってるトーコのことである。 「どういう商品かは知らないっすが、梱包は厳重にしておいてもらいたいっすね! ここだったから、被害はあれだけで済んだようなものの、他の場所だったら、もっとひどいことになってたかもしれないっすよ!?」 「くぅっ……」 姉さんの指摘に、悔しそうに表情をゆがめるぶらっく。 「こっちは身を守っただけっすよ!」 トーコを除いた全員が、その通りだとうなずいた。 「くぅっ……。何スか、ここは?! こんな──えぇいっ! 分かった! わかったっスよ!! 不可抗力とはいえ、梱包が不十分だったことは認めるっス!」 ぶらっくはやけくそ気味に叫ぶと、姉さんの持っている伝票をひったくるようにして奪い取り、「この次はこうはいかないっスからね!!」とみょうな捨て台詞を残して消え去っていった。 「……あの女、どうやって侵入してきた?」 トリニティの刺客の艦内侵入は、不可能になったはずだがと、ブリット。 「彼らが使っていた方法とは違う方法で入ってきたんじゃないでしょうか?」 まだまだ研究が必要のようですねと、ユマは握りこぶしを作る。その足元で、これからの気苦労を予測したのか、フェンリルがため息を漏らしていた。 「何となく嫌な予感がするっすねぇ。ぶらっくの動向はこれまで以上に要チェックっす」 「まぁ、何はともあれ、まずは掃除ですかね」 人差し指で頬をかきながら、イサムは言う。 「……ちょっと持ってろ」 「え? あぁ、はい」 ジャンクが差し出したトーコを受け取り、イサムは首を傾げる。何をするつもりなのだろうかと思えば、彼は両手の親指と人差し指で四角形をつくり、 「《フォース》」 残骸が散らばる空間を切り取った。 「《アイソレイション》」 その空間には、購買のコンテナもふくまれていたが、次の宣言により、それらは切り取られた空間から排除される。 「《イクステンション》」 「あ……」 切り取った空間の消滅と共に、中身も完全に消えた。 「貴様、何故はじめからそれをしない?」 食う食わない、という話の段階で、任意の空間内にあれをおさめ、消していれば、こんな事にはならなかったはずである。 釧が視線でそのことを責めれば、 「あ」ぽろっと一言。 「忘れていたのか」 「完っ全に忘れてた」 ブリットの非難にも、ジャンクは全く悪びれた様子はない。 〈では、掃除の必要もなくなりましたので、この場は解散、ということにいたしましょうか〉 「そうですね。夜も、もう遅いですし」 反論はなく、そういうことになった。 何事もなかったかのように解散していく彼らを、「強いですね、皆さん」 一番年下の少女は、そう評価した。 翌日。 「……なんだか、この前よりぴかぴかしていませんか?」 ジャンクの酒場へ、カズマ君1号を受け取りに来たサヤが、手の中のそれをしげしげと見つめながらつぶやいた。 「そうですねぇ」 その上から、ラシュネスも不思議そうに首をかしげている。 「昨夜、何かあったの? 姉ちゃんもあんなだし」 イサムにたずねるユーキの視線は、ウッドデッキ中央部の穴に向けられていた。トーコが、そこの中にこもって出てこようとしないのである。 「まぁ……その……オトナにはいろいろとね」 昨夜のことをどこまで、どう説明してよいやら分からず、イサムは目線を泳がせた。ジャンクの方は知らん顔で、アルバイトのココロに氷の斬り方について、指導している。 ほぼ同時刻、ドリームナイツ田島謙治の部屋。眼鏡の位置を直しながら、彼は患者に向かって診察結果を告げた。 「調べた結果、ぴかきこか〜ん☆ なんて音が出る機能はどこにもありませんでしたよ」 〈そっ、そんな!? では、昨夜のあれは一体?!〉 顔面を蒼白(?)にして、カイザードラゴンは謙治にすがりつく。すがりつかれた方は、「さあ?」と首を傾げるしかなかった。 今日も世間は、1日雨のようです。 |