オリジナルブレイブサーガSS
郵便戦隊の日常 〜青〜



 ラストガーディアンの昼下がり。郵便戦隊に所属する青木神無は、携帯電話を片手に通路を歩いていた。
 彼女は、いつもの制服ではなく、私服に袖を通している。背中に小型のリュックサックを背負っているので、これから出掛けるのかも知れない。
「……ふむ」
 携帯に届いていたメールを確認した神無は、それをリュックのポケットに押し込んだ。
 しゃかしゃかしゃかしゃかーっ。
「うん?」
 某家庭内害虫が走り回る時のような音を響かせ、何かが彼女の視界を走り去って行った。それなりの高さがあったので、例の茶羽根のアレでないことは確かである。
「何だったんだ?」
 何かが走り去っていた方向へ顔を向けていると、今度はダダダダーッという疾走音が聞こえて来た。
 見れば、勇者忍軍の風魔柊とブレイブナイツの龍門拳火である。二人の共通点は、ともに整備班の手伝いをしていることと、弄られランキング目下上昇中、というところ。
「待てーーっ!」
「ちょっと速すぎねえかっ?!」
 どうやら、二人の少年は先程の何かを追いかけているらしい。しかし、である。
 神無はため息と共に二人の前に立ちはだかり、
「君たち」
 ダブルアイアンクロー。
「っだぁっ?!」
「うぎやぁぉあ?!」
 少年たちの頭蓋骨が、ぎちぎちと悲鳴を上げる。
「ぬぉぉぉぉぉっ?!」
「ぃだだだだだっ!? ちょっ……何だよっ?!」
「廊下は走るな。最低限のマナーだろう」
「っだだだだだ! はなっ放せぇっ!」
「放せ?」
 拳火の口調に、神無は首をかしげた。何故か両手に力がこもる。
「ぅぎぎぃすっすいませんッ。放して下さい。反省してまスぅぅぅっ?!」
 両手を上下にばたつかせ、柊が懇願した。ちらりと拳火に目を向ければ、「俺が悪かったッ」とこちらも反省している様子。
「ふむ。反省しているのなら良いんだ」
 1つうなずいた神無は、少年たちの希望どおりに解放してやった。
 どてっ。
「……放してほしいと言うから放してやったのに、何をしてるんだ、君たちは」
 神無は目を丸くして、通路でズッコケている少年たちを見下ろす。ドジめ、とつぶやけば恨みがましい視線が下から上がってきた。
「あのなぁ……って、カズマ君1号は!?」
「もう姿が見えないよ!」
 がばっと体を起こした二人は前方を見やって、がーんっとショック顔。
「カズマ君1号?」
 事情を知らない神無は首をかしげた。先程視界をかすめた何かが、カズマ君1号だったのだろうか? カズマ君1号と言えば、購買部で近々売りに出されると噂のミニロボットだったように思う。
「そうだよっ。その内の1つが暴走しちゃったから、オイラたちに捕まえてほしいって、マッコイ姉さんに頼まれたんだよ」
「そうだったのか」
「それを見失っちまって……くそ。どうすりゃいいんだよ?」
 拳火のせりふの後半部分、神無の耳には「どうしてくれる?」(怨念オーラ付き)に聞こえた。ほかにも購買の手伝いをしている水衣の期待を裏切ることになる、とか、楓にまた何か言われるというような、甘酸っぱ辛いスパイスも怨念オーラの発生源になっているようである。
「──ふむ」
 神無としても、青少年の恋路や麗しき双子愛を無残に踏み付けるような真似はしたくない。しばし黙考した後、「少し待っていたまえ」
 左手側にあった壁に歩み寄ると、壁の数箇所をちょんっちょんっ。
「何を?」
 柊がきょとんとしていると、それは現れた!
 ぐるんっ!
「な?!」
 壁が横に回転し、通路が現れたのである。
 神無は驚く様子もなく、
「すぐに戻る」ぱたむ。
 回転扉に消えた。
「うそぉ」
「どーなってんだぁ?」
 柊と拳火は、神無がつついたあたりを調べてみたが、どう見ても普通の壁である。どんなに叩いてもつついても、回転扉は現れない。
「?????」
 クエスチョンマークを頭の上に咲かせていると、じーっ……ゼンマイが回っているような音が聞こえてきた。
 神無が消えてから5分と経っていない。
 何事かと回りを見ると、通路に人一人が入れそうな穴があいて──
「うお?!」
「神無さん!?」
 腕組みをした神無が、すーっと床の下から現れた。驚いている少年たちとは対照的に、彼女はいつものポーカーフェイス。
「君たちが探しているのは──」どんっ。神無が床を踵で打つ。ぐるんっ。
「普通の和真君か?」
 先程神無が消えた回転扉から、カズマ君1号のモデルになった剣和真が姿を現す。
「は? え? ちょ……何だ?」
 和真は事態がのみ込めていないようで、きょろきょろとあたりを見回している。
「君たちの探しているのは彼かな?」
 違いますと言いたいのだが、アッケに取られて言葉が出ない。柊と拳火はふるふると首を左右に振った。
「そうか」どんっ。再び床を踵で打つ。
「うぉわぁっ?!」ばたんっ。
 まるでバネ仕掛けのように、回転扉が閉まった。
「では、こっちのスーパーカズマ君か?」
 神無の右手に乗るのは、金ぴかのゼンマイを背中に装備したカズマ君1号もどき。なぜ、もどきが付くのかというと、金ぴかのゼンマイもさることながら、全体にラメ加工がほどこされているからである。
 少年たちは、違うと左右に首を振った。
「では、こっちの暴走をしたカズマ君1号か?」
 ぷすぷすと煙が上がっていることについては、深く追及しないほうがいいように思う。何か、びよんってバネが飛び出て見えるが、気にしてはだめだ。
 こくこく。
 柊と拳火は、張り子の虎のように首を上下に振った。



「よろしい。では、正直な君たちには全てのカズマ君を進呈しよう」だんっ。
「ぬぉわっ?!」
 今まで左右に回転していた扉が、今度は上下に回転して現れた。そこでは、改造手術前の実験体よろしく、両手足と胴体とをベルトで括りつけられた和真が、逆さまになっている。先程の登場から、30秒ほどの間に何があったのだろう。彼は目を回していた。
 急に背筋が、ひんやりしてくる。
 それを知ってか知らずか、神無はやっぱりポーカフェイス。いや、口元が少し緩んでいるから「してやったり」とか思っているのかも知れない。
「さあ、遠慮なく受け取りたまえ」
 彼女はずずいっと、手に持っている人形を差し出した。
 スーパーカズマ君を柊が、暴走カズマ君1号を拳火が受け取った。
 ツッコむ気力もなければ、ツッコむところも分からない。頼りのツッコミ道を邁進している和真は、哀れにも進物扱いを受けて、気絶中。
 そんな彼は、拘束していたベルトから解放されると、ズザザザッとスライディング。柊と拳火の足元に転がされた。
「では、また」
 すちゃっと小さく敬礼し、神無が通路へ沈んでいく。しゅんっと蓋が閉まれば、そこはただの通路であった。目を皿のようにして見ても、そこに穴が隠されてあるとは思えない。
「??????」
 彼女が消えたあたりをぺちぺち叩くが、何も起きなかった。
「は! オレは一体!?」
 気がついた和真に、事情聴取を行ったが、彼もよく分かっていないようである。通路を歩いていたら、いきなり床に落ち、気がついたらあそこにいた、というのだ。
「……あいつ、ほんっとーに一般職員なのか?」
「実はオイラたちの知らない影の特種部隊とかに所属してるんじゃないの?」
「あながち冗談とは思えねぇな……」
 期待を裏切るようで悪いが、青木神無は、正真正銘、嘘偽りなく一般職員である。



 さて、通路でコントのような一幕があってから、しばらく経った頃の武道場。ここでは、御剣志狼が、大神隼人を相手に無手の組み手を行っていた。
 剣士である志狼が無手の組み手に挑むのは、何も今日が初めてではない。相手はその日によって違うが、今日のような光景は決して珍しいものではなかった。
「……まあまあだな」
「うるせ──!」
 志狼の相手をつとめている隼人がニヤリと笑う。志狼は不満げに唇を尖らせる。
 剣を手放すと、勝手が違っていて、自分のペースを作ることができないのだ。それはなぜかと、己に問うても答えは出ない。
 父の剣十郎に相談しても、返ってくるアドバイスは、「修行が足りん」の一言だけ。しょうがないので、アドバイスに従い、今日も今日とて組み手に挑戦しているのであった。
 志狼少年、なかなか素直である。
 仲間である水衣や拳火の動きを頭の中で思い出しつつ、目の前の相手に合った動きを模索しつつ、体を動かす。──が、これがなかなか難しい。思い出すことに気を取られれば、隼人から手痛い一撃をもらってしまうし、体捌きに集中して放った一撃は、するり交わされてしまう。
 何でうまくいかねぇかなぁと、志狼が心のうちでぼやいた時、それは起こった。
「んな!?」
 隼人の肩越しに見える額が、がたがたと動いたのである。
「なんだ?!」
 その音に隼人も気づき、目を丸くした。
 刻苦研鑽と書かれた書をおさめてある額は、いよいよ慌ただしくがたがたと上下に揺れる。真っ先に頭に浮かんだのは、地震の2文字だが、ラストガーディアンは空を飛んでいるのだ。地震などありえない。
 ごくん。
 武道場にいた全員が、生唾を飲み下し、額に注目する。
「おや?」
 ぱたんと額が跳ね上がった。額を持ち上げたのは、誰あろう郵便戦隊の青木神無であった。
「いぃっ?!」
「んな!?」
 ぎょっと目を丸くしていると、
「ここは……武道場か?」
 神無は不思議そうに首をかしげた。
「そッ、そうっすけど……一体どこから出て来るんすか?」
 志狼は聞いた。その問いには答えず、彼女は、ぽつりと一言。
「また改装したかな?」
 神無は眉1つ動かさず、淡々と言った。
「また?」
 彼女が口にした副詞に、隼人は志狼をちらりと横目で伺った。案の定というか何というか、節分の時の嫌な思い出がよみがえるらしく、彼は頭を抱えて苦悩している。
 武道場にいる全員から注目されていることに気づいた神無は、軽く眉を持ち上げ、一言。
「ああ、私に構わず、続けてくれたまえ」すちゃっ。
 小さく敬礼をした彼女は、ぱたんと額をおろして姿を消した。
 とたん、誰もが我先にと額の元へ走っていく。
 志狼と隼人が協力して、額をおろしてみたが──そこにあるのはただの壁。
「おいおい……」
 どんなに目をこらしてみても、壁に継ぎ目のようなものは見当たらない。
「どうなってるんだ?」
 志狼は隼人に聞いたが、それは隼人の方が聞きたいことである。2人して首をかしげていると──
「何をしているのかね?」
 志狼の父、剣十郎が現れた! 背後では陽炎が揺らめいている(ように見える)
「えーっと……」
 今見たことを話しても、信じてもらえそうにない。
 脳をフル回転させて言い訳を考えるが、どうにもこれだ! というものが思い浮かばなかった。
「すみません」
 2人の少年は粛々と頭を下げた。



 そして、数10分後の格納庫。ウィルダネス組の生息地。
「今日は予報が0%だったのに、どうしたの?」
 カウンターに座っている鈴に、ユーキが話しかける。鈴は、少し照れくさそうに笑うと、
「何となく足が向いちゃって……」
 ぺろりと小さな舌を出す。
「せっかくの休みだって言うのに、1人だなんてご愁傷様」
 グラスを磨きながら、ココロはしれっとつぶやいた。
「そういうアンタだって、休みの日は独りぼっちなんでしょうが!!」
 カウンターに両手をついて身を乗り出し、鈴が怒鳴る。しかし、ココロはすまし顔で、
「えぇ。ここにいると、たくさんの人と話をするようになるもの。たまには1人でゆっくりしたいと思うのは、普通のことじゃないかしら?」
「ぐぬぬぬぬぅ……」
 ココロの返事に鈴は悔しそうに口をへの字に曲げた。
 いつもの事とは言え、見ているほうは気が気じゃない。イサムやグレイスがいれば、「まあまあ」と間に入ってくれるのだが、二人は今ランド・シップの中にいて不在だ。
 かといって、ユーキ自身がこの場をおさめるには、力不足である。過去に失敗したこともあるから、余計に割って入る勇気がなかった。
 頼れそうなのは、この場所の司法を担当するジャンクだが、彼は大鍋の中身を横目にちらちらと伺いながら、氷を切っていた。
 大鍋の中身はというと、新しいグラスである。表面についた油分などを取るために、ぐつぐつと煮ているのだ。彼いわく、「グラスの基本は磨くこと」だそうで、一度煮て油分などを落とさないと、するすると布が動いてくれないらしい。
 酒場の店主のこだわりである。
 それはともかく、彼は、少女たちの口げんかについて、何かを言うことはない。小さい動物が、下のほうできゃんきゃん言っている、くらいにしか思っていないようだ。
 それはユーキも薄々気づいているので、この場の収拾をジャンクに期待するのは間違いだと分かっている。が、今日は珍しく、彼が口を開いた。
「……ココロ、1歩後ろ」
「はい?」
 ぱちぱち。雇い主の言葉の意味が分からず、ココロは瞬きをした。
「遅い」
「え?」
 意味を理解するより早く、足元からの浮遊感がココロを襲う。事態を飲み込む暇もなく、ココロの体はぐらり後ろへ傾いた。
「──だから、後ろっつったのに」
 少女の真後ろにあるのは、一般にバックバーと称される酒棚である。そこに頭から突っ込むことになりかけたのを、ジャンクが腕一本でココロの体を支え助けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「酒を割られちゃ大変だしな」
 言外に気にするなと、彼は言う。
「何やってんのよ。ばかみたい」
 ココロが後ろに倒れそうになったのを見て、鈴がぷぷっと笑った。ユーキは、何かあったのかなとカウンターの中をのぞき込み……
「うわ?!」
 すっとんきょうな声を上げた。
 床下から郵便戦隊の青木神無が生えているのである。
「おや、こんなところに出てしまったか」
 よいしょと床下から這い出して来て、服についた埃を払う。
「場所は間違いないが、もう少し奥に出るはずだったんだが……」
 床下の穴からリュックを取り出し、神無はふぅと小さくため息をついた。
 これには、ユーキもココロも鈴も驚いて、目を丸くしている。が、ジャンクは驚きもせず、
「この間、改装したらしいぞ。裏ネットに出てる」
 平然と彼女に話しかけていた。
「ああ、やっぱりそうだったか。しばらく確認していなかったが……マップの方はどうなっているんだ?」
「制作が遅れてるらしい」
「そうか。まぁ、彼女も忙しい身だし、すぐに最新版を発行するというわけにもいかないだろう」
 あご先に手を当てて、神無はふむとうなずく。
 3人の少年少女は、普通に会話している大人2人を呆然と眺めているだけだ。
「ところで、出かけるのか?」
「ああ。人と会う約束があってな」
「なら、これ頼んでいいか?」
 ジャンクがひょいと手にしたのは、コアントローと書かれたラベルが貼られたボトルである。ホワイト・キュラソーというオレンジリキュールの中の1品で、ホワイト・キュラソーの代名詞のように扱われることもあるくらい有名な商品だ。
「何本だ?」
「2本。購買は品切れ中で、製菓用の小さいのしかない」
「そうか。それは都合が悪いな。分かった、調達してこよう」
 軽く請け負った神無は、カウンターをぐるり回って外に出た。
 ココロは、その場にうずくまって、クエスチョンマークの花を咲かせながら床をぺちぺちと叩いている。
「え? あ、あれ? 継ぎ目とか何にも……?」
 ユーキと鈴は、困惑している彼女を興味深げに見下ろしていた。忍びとして優秀な彼女でさえも見つけられない、謎の入り口。好奇心は強く刺激される。
「君達、見て見ぬ振りという言葉は知っているな?」
「あ、うん。まぁ……」
 同意を求める神無の問いに、ユーキは曖昧にうなずいた。鈴も知ってるけどと、言葉を返す。それを聞いた神無は満足そうにうなずき、
「それが出来てはじめて、一人前の大人になるんだ。好奇心猫をも殺すと言う言葉もある。知らぬが仏とも言うだろう。世の中には、知らずにいたほうが良いことが五万とあるんだ」
 ぽんぽん。彼女は、ユーキと鈴の頭を軽く叩き、
「深く追求するな。健忘症などにはかかりたくないだろう?」
 さわやかに笑った。なあ? 君もそう思わないかと、神無は、歯ブラシや歯磨き粉などのコマーシャルに出演できそうなくらい白く輝く歯をココロに見せる。
「おっしゃる通りだと……」がたがたぶるぶる。
 かつてこれほどの恐怖を覚えたことはなかったと、後にココロは語った。
「ああ、しまった。もうこんな時間か。諸君、ではまた」すちゃっ。
 少年少女に小さく敬礼をし、神無は酒場を後にした。



「いかんいかん。このままでは、約束の時間に遅れてしまうな」
 格納庫にある自身の飛行ビークルに乗り込んだ神無は、計器類をチェックしながらつぶやいた。表情だけを見れば、ちっとも困っているように見えないところがご愛嬌というやつである。
 今日外出することは事前に管理部へ申請していたので、神無は何事もなくラストガーディアンを出発した。
 向かう先は、都市郊外の廃屋である。
 ばびゅんとビークルをかっ飛ばし、神無は目的の廃屋にビークルを着陸させた。今回は都市郊外の廃屋が目的地なのでビークルで直行したものの、これが町中だったりすると、秘密中継地でバイクや車に乗り換えなくてはならない。
「私のコレも、葉月のスワンのように変形してくれるとありがたいんだがな」
 青い小型飛行機を一瞥し、神無は苦笑する。スワンと言うのは葉月が駆っているバイクの名前だ。彼女は気に入った物に名前をつけるクセがある。周りにはバレないようにしているつもりらしいが、郵便戦隊内ではすでにバレてしまっていた。
「神無さぁ〜んっ! お待ちしてましたぁ〜っ!!」
 廃屋の中から栗色の髪の少年が、ぱたぱたと駆けて来る。大きな目とちょこちょこした動きは、リスやハムスターを連想させた。
「お久しぶりです、神無さんっ」
「久しぶりだ、ヴェーダ」
 少年の頭を撫でてやりながら、神無はにこりと口元をほころばせる。
「もうっ。子供扱いしないでくださいよっ。こう見ても、ボクの方が神無さんより、ずーっとずーっと年上なんですからねッ」
 そうなのだ。このヴェーダ少年、見た目は小学生くらいに見えるが、実年齢は軽く10万歳を超えているらしい。
「その話は耳にタコができそうなくらい聞いているが、お前のミニマムな動きを見ているとつい──な」
 ぷうっと頬を膨らませ、ヴェーダは神無を上目遣いで睨んだ。睨まれた神無は、くくくっと笑いをかみ殺す。
「まぁ、そう怒るな。せっかくのかわいい顔が台無しだぞ。それより、私に見せたい物というのはなんだ?」
「かわいいって……」
 ヴェーダは不満そうに唇を尖らせたが、
「ああ、これを忘れていた」
 背負っていたリュックサックの中から神無がチョコレートを取り出したのを見て、一気に表情をほころばせた。
「好きだろう?」
「大っ好きです」
 少年の視線がチョコに釘付けになったのを見て、神無は苦笑する。金色の目にはハートマークがくっついていた。
「ありがとうございますぅ〜っ」
 チョコレートをもらったヴェーダは、早速包みを開けて中身を1つ2つ、口に運ぶ。とたんに、表情がとろ〜んと蕩けた。
「それで? 私に見せたい物というのは何なんだ?」
「へ? あ、はい! まずはこちらへ──」
 まくまくとチョコレートを食べていたヴェーダは、緩んでいた表情をきりりと引き締めて、神無を廃屋の中へ案内した。
「見せたいというか、マッコイさんに頼まれていた大型輸送機が完成したので、試運転を神無さんにお願いいしようかと……」
 エレベータを使って地下におりながら、ヴェーダは言う。
 実年齢10万年超というところからも推測できるとおり、彼はこの世界の人間ではない。仲間には、彼のことを“電波の人”と説明している。
「マッコイ姉さんが頼んでいた大型輸送機……って、あれか? 大型トラック並の輸送量じゃ不満らしいという話の……」
「そうですよ。えぇと、こちらの飛行機でC−130というのをモデルにしました」
 エレベータからおりると、目の前に巨大な飛行機が鎮座していた。
 C−130Hハーキュリーは、1954年にアメリカで開発され、その後も改良を加えられて現在も現役で空を飛んでいる輸送機だ。頑丈で信頼性もあり、最近の車両の開発はこの輸送機に積めることを前提にして設計されているそうな。
 両翼に大きなプロペラが2つずつ取り付けられており、その外観は何となく無口な職人を思わせた。
 神無はヴェーダに案内されるまま、ハーキュリーに乗り込み、パイロット席に座る。ヴェーダは、その後ろに立って説明を始めた。
「操縦は、神無さんが使っているアスールと同じですが、大きいので、管理AIを搭載しています」
『はじめまして、カンナ。私はグリシーナ。よろしくお願いします』
「これは驚いた。悠長に喋るんだな」
『ヴェーダが厳しい教師でしたので』
 くすくすと忍び笑いがもれ聞こえる。肩越しに振り返ってヴェーダを見れば、そんなことは言わなくていいのにと顔に書いてあった。
「私のほうこそ、よろしく頼む。グリシーナ」
「神無さんは、体で覚えたほうが早いタイプですからね。早速動かして見てください」
「いきなりか?」
 後ろを振り返れば、ヴェーダはサブシートにさっさと座ってしまって「出発進行〜っ!」と手を振り上げた。
「しょうがない。行けるか? グリシーナ」
『すぐに発信準備を整えます』
 神無の問いにグリシーナは、頼もしい答を返す。
 それから5分後、ハーキュリーが1機この世界から姿を消した。
 


     その日の夕方。格納庫のウィルダネス組生息地。今日はいつにもまして賑やかだ。ブリッドとユマを除いたブレイブナイツの面々プラスエリィと鈴。ドリームナイツの大神隼人と勇者忍軍の風魔柊、剣和真などが集まって話をしているからだ。
「本当だってば! 床の下からひょこって出てきたんだからっ!」
 拳をぐーにして力説するのは鈴である。水衣と陸丸は半信半疑といったところだったが、他のメンバーは「信じるぜっ」と握り拳。
「信じてくれるのっ?!」
「そりゃそうだ。俺たちも似たようなのを目撃したからな」
 コーヒーカップを口に運び、隼人が力強くうなずいた。
 同意した他のメンバーも、その通りだと、こっくりうなずく。
「あ……。ジャンクさん、神無さん、帰って来たみたいだよ」
 カウンターの止まり木に座っていたユーキが、氷を木桶に移していたジャンクに声をかける。
「思ってたより早いな」
 作業を中断して、顔を上げたジャンクだが、シップの陰から小さな人影が出てきたのを見て作業を再開させた。
 神無が戻って来たと聞いて、集まっていた面々は、場所を移動。彼女の姿を探す。
「か・ん・な・ちゃ〜んっ!!」
 どてどてどて。両手に大きな紙袋をいくつもぶら下げた青木神無の姿を認めて駆け寄っていくのは、彼女の同僚桃井皐月である。神無は慌てず騒がず、紙袋を下に置いた。
「おかえりなさぁ〜い!」
 タックルでもぶちかましそうな勢いで、皐月が神無に走り寄っていく。
 そんな彼女の突進を、神無は皐月の額を押さえて止めた。
「ただいま」
 答えながら、神無は腕時計を見た。時間は、4時30分。
「な〜んか……見覚えあるぞ、この光景」
 志狼がぽつりとつぶやいた。
「ねぇねぇ、どこに行ってたの?」
 じたばたじたばた。
「町外れの廃屋」
 ウソではない。
「まぁたまたぁ。あ〜っ! もしかして、カレシとデェトぉ?!」
「電波の人は彼氏ではないと、何度言えば分かる」
 額を押さえていた手をはなし、神無はふんと鼻を鳴らす。
 ごつん。皐月は、盛大にコケた。
「うあ……」
 陸丸と鈴、柊が痛そうに顔をしかめる。
「やっぱり、見覚えあるな」
 いつだったかなと、志狼は腕を組んで考えた。
「ふや〜」
 起き上がった皐月は、頭をぐらぐらと前後にゆらしている。医務室へ行った方が良いんじゃないかと、覗き組は思ったが──
「ねぇねぇ、お出掛け楽しかった?」
「まずまずだな」
 皐月は何事もなかったように立ち上がり、質問を続けていた。
「どこに行ったの? おいしーもの食べ──」
 小内刈り。ぼて。むく。
「神無ちゃん、デェトってどんなところに行──」
 支釣込足。ぼて。むく。
「あのね、あたしも神無ちゃんのカレシの人と会ってみた──」
 朽木倒し。ぼて。むく。
「見事なタイミングね」
 辛口批評が多い水衣も思わず拍手。
「小動物」
「何?」
 ぽんぽんと軽く頭を叩かれ、皐月は可愛らしく首を傾けた。
 志狼の記憶が確かなら、ここで土産の品が取り出されるはずである。が、今日は違っていた。
 少年少女を震撼させたさわやか笑顔を浮かべた神無。皐月の顔を右手でぐわしっと鷲づかみ。
「小ぉ動ぉ物ぅ〜……お前はまだ仕事中のはずだろうがぁ〜〜〜〜っっ」
「はぎゅわわわわわっ?!」
 ツインテールと両腕が、じたばた動く。
「またサボりか、小動物っっ!!」
「いや〜ん。ごめんしてぇ〜え」
 じたばたじたばた。
「御免で済めば探偵は商売あがったりだわぃ!!」
「ひ〜んっ」
 じたばたじたばた。
 アイアンクローの刑執行中、
「見つけましてよ! 鉄砲玉娘っっ!!」
 郵便戦隊新人黒羽根暦の声帯兵器発動。
「うにゃぅぅぅ〜」
 皐月は2重の苦しみを味わうこととなった。暦の怒鳴り声がやむと同時に、神無が刑の執行を終えた。正しくは、声帯兵器に耐えることができなかったのであるが。
「きつ……」
 覗き組の好奇心も、この兵器の前には無力だった。誰もがその場に突っ伏して、キーンと鳴る耳を押さえている。
「これがウワサのハウリングボイスかぁ〜」へろへろへろ〜。
 風魔柊、完全KO。再起不能とはまでは行かないものの、回復は困難と思われる。
「……いいところに来たな、暦」
「神無お姉さまっ……! 外出なさってたんですの?」
 口元に手を当てて、暦は恥ずかしそうに顔を赤くした。ちなみに、少女の両肩、頭上には子猫が1匹ずつ乗っており、後ろには巨大な猫がちょこんっとお座りをしている。
「ヤマト、預かってくれ」
 目玉をぐるぐる回している皐月の襟首を引っつかみ、神無はヤマトに差し出した。黒猫は主人の暦に目を向けて、預かっていいの? とばかりに首をかしげる。
「受け取ってちょうだい」
 みゃう。
 1声鳴いて頷き、ヤマトは皐月の襟首を口にくわえた。
「では、皐月さんは葉月お姉さまに引き渡すことにいたしますわ」
「ああ、ご苦労さん」
 ぱたぱたと手を振って、神無は2人と猫4匹を見送った。
 回復した皐月は、「神無ちゃんっ?!」
 神無の名を呼んだ後、自分の状況を理解した。
 放してほしいと訴えても、ヤマトは知らん顔。暦を見ても知らん顔。
 しょうがないので、ヤマトにくわえられながらも、皐月は何度も後ろを振り返った。視線は神無とその足元にある紙袋を行ったり来たり。
 それに気づいていながら、神無は、ばいばいと手を振った。
「あぅ……」
 どうやら、これがトドメとなったようである。
「一体、何をそんなに気にしてますの?」
 しょんぼりと肩を落とす皐月に、暦は尋ねた。
「神無ちゃんの紙袋、あれ、ずぇッッたいにお土産だよぅ」
「あなたねぇ……何を根拠にそのような……」
 呆れたと、暦は大きなため息をつく。
「絶対にそうだよぅ。神無ちゃん、やさしーからぁ、お出掛けしたときは、だいたいお土産くれるんだもんっ。それに、神無ちゃんの美食レーダーすごいんだからぁ。あの中にはおいしーものがいーっぱい入ってるはずなのぉ〜」
 もう一度後ろを振り返った皐月だったが、そこに神無の姿はなかった。
「ぴっ」
 ショックのあまり、皐月は変な悲鳴をあげる。暦は、やれやれと、額に手を当てて顔を左右に振った。
 神無は、ジャンクのいる酒場に移動していた。
「頼まれ物だ」
「ああ、悪いな。助かる」
「何、これくらい。お安い御用だ」
 神無は、コアントローが入った紙袋をカウンターに乗せた。ジャンクは中身を確認すると、「何か他にも入ってるぞ」
「ああ、土産だ」
 神無は答え、ココロにも1箱手渡した。
「あ……ありがとうございます」
「何、昼間驚かせてしまったからな」
 口角を持ち上げて、神無は小さく笑う。
「何か余計な気を使わせたみたいだな。ああ、これ、代金」
 すっとカウンターにぽち袋を置いて、ジャンクは言う。ストレートな礼を言わない彼に変わって、ユーキが「ありがとうございます」と頭を下げた。
  「ん。では、私はこれで。また何かあったら遠慮なく言ってくれたまえ」すちゃっ。
 小さく敬礼をして、神無は両手に紙袋を持ち……覗き組の前で足を止めた。
「……何すか?」
「諸君、手を出したまえ」
 志狼の問いには答えず、神無は言う。
 何だろうと思いつつ、言われた通り手を出すと、どさどさどさっ。カラフルな箱が落ちてきた。大きさはB5サイズくらい。高さは5センチくらいあるだろうか。
「諸君たちの分だ。適当に分けるといい」
「ども……」
「ありがとう」
 まさか土産をもらえるなんて思ってもみなかったので、覗き組は戸惑い半分に礼を述べた。
「ああ、気にする必要はないぞ。それは世間で言うところの口止め料というものだ」
 そう言い残して、神無は彼らの前から去っていく。
「……色んな意味ですげえな」
 和真の感想に、反対する者は誰もいなかった。
「お土産って何か…………あぁ〜っ!!」
「どうしたんだ?」
 素っ頓狂な声を上げたエリィに、全員の注目が集まる。隼人の質問に、エリィは目を真ん丸くしたまま、土産の箱を指さした。
「これ、私が前に住んでた所にある、美味しいって評判のケーキ屋さんの焼き菓子セット!!」
 格納庫全体を揺るがす、驚愕の悲鳴が上がる。
 その悲鳴を背中越しに聞いた神無は、にやりとほくそえんだ。
 土産は、格納庫でばら撒いた分とは別に、郵便戦隊の仲間に渡す分とマッコイ姉さんに渡す分もある。
 葉月・暦は仕事が終わってから渡しに行く。弥生は休みのはずだから、多分部屋にいるだろう。皐月の分もまとめて渡せばいい。(弥生と皐月は同室なので)卯月は神無と同室だから、いつでも手渡せる。
 弥生のところに寄ってからマッコイ姉さんのところへ行って、今日の報告をしなくては──。
「やれやれ。まだしばらくゆっくりできそうにないな」
 神無の休日は、意外に多忙であった。