オリジナルブレイブサーガSS 食べ盛りのボクたち |
今日は、のんびりムードが漂うラストガーディアン。だが、あいにくと本日の天気は雨である。艦外では、細い糸のような雨が朝からしとしとと降り続いていた。 とはいえ、雨が降っているからといって、艦内での過ごし方が変わるわけではない。 時間が経てば腹が減るのは、自明の理。 くきゅるると鳴る腹を抱えて、風雅陽平は、食堂へ足を向けた。 忍者属性を持つ勇者は数居れど、忍者属性を持つ人は以外に少ない。風雅陽平は、そんな数少ない忍者属性の持ち主なのだが──とりあえず今は、関係のないことである。 昼食と言うには遅すぎるし、おやつで済ますには少々腹が減り過ぎていた。 「ん〜……どうするかな……」 ずらりと並んだメニューを見ながら、陽平はう〜んと唸る。 「よぉ。今から昼飯なのか?」 少し離れた所から聞こえて来た声に振り向くと、艦内でも屈指の剣術家、御剣志狼とエリス=ベルが陽平に向かって手を振っているのが見えた。 陽平は軽く手を挙げて彼の呼びかけに応じ、 「昼飯は食ったんだけどな、ちょっと足りなかったみたいだ」 苦笑いで答えながら、志狼の隣に座った。 メニューはまだ決めかねている。志狼が食堂を手伝っていることは知っているから、今日のオススメを聞いてみようかとも思った。 「んで、お前たちは何を?」 「いやな、そろそろメニューの入れ替えをしようかって、話が上がっててさ」 腕を組んだ志郎は難しい顔で言う。 「それで、メニューを考えてるわけか」 「まあな。けど、これだ! ってのが思い浮かばねぇんだよ」 志狼の前には、料理の小鉢が幾つか並んでいる。どれも試作品らしかった。エリィに美味しいよ、とすすめられ、陽平もお相伴にあずかる。 「……美味いと思うけどな」 料理下手な部類に入る陽平は、純粋に志狼の料理の腕をうらやましいと思った。 「味はエリィからも太鼓判をもらってるんだけどな、何かこう……ありがちでインパクトに欠けるっつーか……」 「なるほどなあ」 ずらりと並んだメニューの中には、誰が食べるんだ、こんなの? と思わしきものがある。その筆頭がバナナスープ。また、はふはふ豆腐という、想像困難なメニューも並んでいる。 「あのメニューの中からさらにインパクトってのは、難しいんじゃないか?」 「そうなんだよなあ」 椅子の後ろ脚に体重をかけ、志狼は前後にぎっこらぎっこらと揺すった。 「そんな時にはお役立ち! エリィちゃんのマル秘メモー!!」ぺかーっ。 にこやかに笑って、エリィは手のひらサイズのノートを取り出した。 「「マル秘メモ?」」 陽平と志狼の声が見事に重なる。エリィはこれを無視して、ページをめくり、あったあったと笑顔を浮かべる。 「この間ね、ユーキにウィルダネス特有の料理を教えてもらったんだ♪」 「へぇ……」 二人は興味津々の様子だ。エリィは得意げに笑いながら、メモを読み上げていく。 「えっとぉ、オオトカゲの空揚げ……」 「「まて」」 男二人の声が見事にハモった。 「オオトカゲなんて、ここじゃあ手に入らねぇだろ。多分」 マッコイ姉さんに頼めば、もしかしたら手に入るかも知れないが……オオトカゲという時点で、注文が入る確率は低い。 「あ、そか。んじゃあ、次は……えっと、たっぷりキノコのフォー」 「フォー?」 聞き馴れない言葉に陽平が首をかしげると、 「確か、米で作った麺のことじゃなかったかな?」 厨房にいれば世界のさまざまな食材のことも耳に入る。志狼もそれでたまたま聞き覚えがあったのだ。 「そうみたい。えっとね、材料はキノコ類を何でも良いから最低3種類。ただし、欠かせないのが毒抜きをしたアサゴダケ……」 「「おい?!」」 「だって、そう書いてあるんだもん〜っ」 しょうがないじゃないと、エリィは悲鳴のような泣き声のような、奇妙な声を上げた。 それでも信用してくれそうにないので、ほらほら〜っと、メモ帳を見せる。 「……マダラサソリ4匹って何だよ」 「トビネズミとか、リクヒラメって何だ?」 思わず手でごしごしと目をこすってみるが、やはり陽平の目に見まちがいはないようだ。 「……………」 陽平と志狼はそろってエリィの顔色をうかがう。彼女は、素知らぬ顔で食堂備え付けのテレビを見ていた。 「今日は一日、雨なのかなあ?」 テレビは、ワイドショーの芸能ニュースのコーナーである。雨は全く関係ない。 じーっ。 男二人の視線をまともに受けて、エリィは冷や汗をたら〜りたらり。 「……この中で唯一マトモっぽいのは、このサボテンの冷菜ってヤツだな」 「そうだな。それなら、何とかなるかも知れねぇし……」 ここにあげられている材料のうち、8割から9割はマトモである。人参、タマネギ、大根、白菜、鳥肉、豚肉、牛肉など。その中に、キラリンと光るのがトカゲ肉やらサソリなど、本当に食べられるのか、疑わしくも怪しげな材料だった。 「よし。ここはユーキの所に行ってみるか」 レシピを見ただけでは、どんな料理かよく分からないし、サボテンならもしかすると味見をさせてもらえるかもしれない。 ぽんと膝を打った志狼は席を立った。 「俺も一緒に行く」 「私も行くー♪」 ウィルダネス組のところでも食事はできたはずだし、何よりおもしろそうである。 試作品の残りを厨房のスタッフに頼んで、日割メニューに組み込んでもらい、3人は食堂を後にした。 |
「何か雰囲気が妙だな」 ウィルダネス組のいるスペース近くに来ると、いつも軽快なリズムが聞こえてくるはずだった。彼らのいるスペースの半分は、酒場のようになっていて、艦内で流されている音楽専門チャンネルをかけっ放しにしていることが多かったし、トーコたちが、イサムの弾くギターに合わせて歌っていることもある。 「何かあったのか?」 「さあ?」 陽平が右に首をかしげ、エリィが左に首をかしげた。志狼は腕を組んで、うぅ〜んとうつむき加減にうなっている。 「とにかく、行ってみようぜ」 「そうだな」 陽平の提案に志狼たちも賛同をしめし、ウィルダネス組の居住地であるランド・シップをぐるりと回る。 少し離れた所で、ぼんっ! という音が聞こえたが、3人は気にしなかった。 触らぬ神にたたりなし。特に目的がない場合なら良いが、今は目的がある。下手に興味を示して、変なトラブルに巻き込まれては、当初の目的も果たせなくなってしまう可能性が高かった。 「ちわ〜っ」「ユーキ、いるかぁ?」「トーコちゃん、いるぅ?」 陽平、志狼、エリィの3人が、揃ってばらばらなあいさつを口にしたその時である。 「そこですねぇっ!」 ぎゅんっ!! 「うをわぁっ?!」 ラシュネスのフェザービットが3人を急襲! 志狼はエリィを小わきに抱え、陽平と共にバックステップで後ろに下がる。 「はうー?!」 ビットは格納庫の床に突き刺さることなく、途中で停止していた。そこへ、 「す、すみませぇ〜んっ! だいじょうぶですかぁっ?!」 ラシュネスがわたわたと手を躍らせ、やって来る。 「お、おぅ」 「ごめんなさいぃ〜。まさか、みなさんが来るとは思わなくってですねぇ」 その場に正座したラシュネスは、ぺこぺことひたすら頭を下げた。 「いや、気にしなくていいから。怪我とかしてねぇし」 陽平は苦笑いを浮かべて、何とかラシュネスが頭を下げるのをやめさせようと言葉を尽くす。ここへ来て最初に驚いたのは、ロボットの数とその強烈な個性である。それでも、彼らの中にはある種の共通点のようなものがあった。しかし、 「えぅぅぅ〜。ほんッとうに、すみませぇ〜んっっ。めう〜」 だばだばとオイルの涙を流して、ひたすら許しを請うロボットは、ラシュネスくらいのものであろう。 陽平も、こんなロボットは彼しか知らない。まるで、幼稚園児の相手をしている気分だ。 「分かったから、もう泣くなって」 志狼も笑顔を浮かべてはいるものの、早く泣き止んでくれと、冷や冷やしているに違いない。 「ほんと、気にしなくていいから。ね? それより、トーコちゃんたちは? 何でビットなんて出してるの?」 陽平と志狼にエリィも加わって、3人でラシュネスをなだめる。 そこへ、どんっ! という音が再び格納庫に鳴り響いた。直後、ラシュネスの後ろの方で何かがさささっと動く気配がする。 「にょあっ!」 訳の分からない気合と共に、ラシュネスがビットを操作。今度は、たすたすたすっ! と格納庫の床に刃先が突き刺さった。 「な、何だぁ?」 陽平たちが目を丸くしているのもかまわずに、ラシュネスは立ち上がって移動。くるりと円を描いたビットの中心をのぞきこんだ。 「あ。きゃふ〜。やりましたあ♪」 わ〜い。ぱちぱち。ラシュネスは手を叩いて喜んでいる。 事情はさっぱり分からないが、とりあえず泣きやんでくれたのだからよしとしよう。 「あら、いらっしゃい。ボーヤたち」 つつつー。 「のぉぅっ?!」 「どぅわっ!?」 耳元で囁かれた上に、指先が背筋を這う。ぞわわっと背中を駆け抜けた寒気に、志狼と陽平は青い顔で振り向──けなかった。 トーコが少年たちの間に入って、その肩をがしっと抱き寄せたからである。肩口にあたる柔らかなものが、二人の思考回路を誤作動に導く。その上今回はプラスして、トーコの指先が頬をくねくねとなで回していた。 「ト〜コぉぉっ!」 「ちょっ、放してッッ!」 志狼と陽平が、彼女から逃れようと慌てるが、トーコは笑ったままだ。 「い〜じゃないのよぅ。ってか、アンタら何しに来たのよ?」 「トーコちゃん、ユーキは?」 ぷくぅっと頬を膨らせて、エリィが問いかける。志狼は、幼なじみに向けてヘルプサインを送ったが──エリィはツーンとそっぽを向いてしまった。 その横顔にはありありと『知らないっ!』と書いてある。 救援は期待できない。では、隣の仲間は?! 「あぅあぅあ……」 陽平は、志狼以上に混乱しているようだ。 「ユーキなら向こうよ。なぁに? ユーキに用があンの?」 「そうなの」 「ふぅん……ユーキに何の用なのよぅ」 トーコは婉然と笑いながら、陽平と志狼の顎下を指先でこちょこちょとくすぐる。まるで猫をあやしているかのようだ。 「──ッ?!」 「りょーりのこトでキきタイことがあるッテ、しろーが」 トーコに遊ばれ出して日の浅い陽平が、変な具合に裏返った声で答える。 「トーコぉ、見てくださぁい! 捕まえましたぁ!」 「ん〜?」 はしゃいだラシュネスの声に、トーコが後ろを振り向く。陽平と志狼も振り向いた。その時、何が悪かったのかは不明だが、トーコがバランスを崩してしまい、後ろにひっくりかえってしまった。 「おりょ?」 「うお?!」 「おわ!?」 トーコに肩を抱えられているものだから、志狼と陽平もそれにつられてしまう。さらに間の悪いことに二人も後ろを振り返っていたものだから── もにゅっ。 「#*@☆♪〒!?」 「◆§◇☆†☆?!」 大きなおもちが、少年二人の顔面にヒットした。 「あんっv」 さらに下から、聞こえてきたヤケに色っぽいお声。少年二人は、ばふーっと蒸気を噴出して、大慌てで下敷きにしてしまったトーコから逃げた。 「あわわ。大丈夫ですか、トーコ?!」 ラシュネスが驚いて駆け寄る。 「大丈夫よ」と答えたトーコは、少年たちに向かって流し目を送った。 「こんなところで襲われるなんて、思わなかったわッ」 「ちっがぁ〜うっ!!」 「今のは不可抗力だッッ!!」 志狼と陽平が声高に抗議するが、トーコは全く聞いていない。上半身を起こし、床にのの字を書きながら、ちらっと少年たちに目を向け、 「もぅっ。ケダモノさんなんだからッ」 「待てぇ〜っ!」 「ケダ……ッ……違う! 決してそんなことわッッ!!」 少年二人の反論をこれまた無視して、トーコは両手で頬をはさみこみ、ぽっと顔を赤くする。 「一度に二人だなんて、あたし、コワレちゃうっv」 「シローとよーへー君のえっちっち〜っ!!」 エリィの不機嫌度もMAXにまで上昇。 「何のハナシだぁぁっ?!」 「待ってくれぇっ!」 少年二人は泣きたい気持ちを押さえて、抗議を続けた。 が、さらに追い打ちが。 しゅたんっ! 「っとぉ?!」 「のあ!?」 少年たちの間に、一本の矢が飛んで来た。矢は、一枚の紙を縫いとめている。紙には文字が書かれてあった。 『助平死すべし』 「「ちっがぁ〜うっっ!!」」 陽平と志狼は、声を揃えて、反論した。 あぁ、誰でも良いから助けてくれ。見えない涙が、滝のように二人の目からこぼれていく。 「いッやァん。あたし、耐えられるかしらッ」 両手で頬を挟んだまま、トーコは恥ずかしそうに身をよじった。 「コぉラぁ〜っ?!」 「も、もー勘弁してください……」 断固として反対する志狼。陽平はがっくりと項垂れ、許しを請うている。 「大丈夫ですよ。志狼さんと陽平さんを相手にしても、トーコは強いから耐えられますッ」 ぐぐっと拳を握りこんで、ラシュネスは言った。 「…………」×4 「志狼さんも陽平さんも強いのは確かです。お二人を相手にして勝てるとは思いませんけど……負けるとも思えません〜って、どうかしました?」 「……何でもないわ」 トーコのテンションダウン。エリィの不機嫌度も急激に低下し、少年たちも平常心を取り戻した。 この勝負(?)お子ちゃまラシュネスの預かりとなり、ドロー。 「それで、ユーキに用があるのよね? ユーキだったら、あっちでジャンクと一緒にトカゲの番をしてるわ」 しぴっとトーコが指さしたのは、格納庫の奥の方であった。 「あ! BDさんにも見せないとっ」 ラシュネスは、とたとたと走り去って行く。 「トカゲの番?」とは何ぞや? 3人は首をかしげた。 「そ。姉さんがね、ウィルダネスから、向こう特有の食材を仕入れてくれたのよ。それで、ユーキもジャンクも大喜びしてるわ」 「ラシュネスが捕まえたって言ってたのは、どういうことなんだ?」 陽平がたずねると、トーコはアンニュイなため息をつく。 「それがねぇ、どういう訳だか、トカゲの入ってた箱が内部から壊れちゃったのよ。それで、生きてたトカゲが逃げ出しちゃったワケ」 「それで、捕獲を?」 「そういうこと」 「逃げたトカゲは、全部捕まえたの?」 エリィがたずねると、トーコはさあ、と肩をすくめる。 「その辺はジャンクに聞いてみないと。こっちよ」 歩きだした彼女について、3人も一緒に歩きだした。 「トーコちゃん、今日もカッコイイね♪」 彼女の横に並んだエリィは、下からトーコの表情を仰ぐ。今日のトーコは黒のフレアパンツにミュール。スパイダーネット柄の黒いレース製カーディガンの下はチューブトップ、といういで立ちである。 「ありがと。そういうエリィだって、昨日よりもカワイイわよ」 「そ、そう?」 思わぬ褒め言葉に、エリィは頬を赤くする。 「そうよ。……ってか、野郎共は放っておいてあたしとデートしない?」 「ぅ、うぇ?!」 ストレートな物言いに、エリィは目を白黒させた。トーコの言葉は、本気か冗談か区別がつけづらい時があって困る。 「あたしとデートして新しい服買ってぇ、それで、志狼を誘惑しちゃいなさいな」 「ゆ、ゆーわく?!」 後ろからついて来ている少年たちの方を、エリィはちらりと振り返る。 「このまんま、向こうの出方を待ってたら、おばあちゃんになっちゃうわよ〜?」 「う……」 「だったら、待つのはやめてこっちから行かなくちゃ。そぉねぇ、『今夜、ベッドに遊びに行ってもいい?』なんて誘ったら?」 「あぅあぅあぅ……」 顔を真っ赤にしたエリィは、口をぱくぱくさせている。トーコはにんまりと笑いながら、さらに言葉を続けようとしたのだが── 「トーコさんっ!?」 「はうっ!」 斜め後ろから、怒気のこもった低い声で名を呼ばれ、肩をすくめた。 「グ、グレイス……」 恐る恐る後ろを振り返れば、女性型ロボットのグレイスが、爆発寸前の火山を背負って仁王立ちで立っている。 「純粋無垢な乙女に何を吹き込んでるんです?!」 「いや、まあ、それはぁ、そのぉ〜……」 あはあはあはははは。 トーコは目一杯笑ってごまかした。 「何だ、どうかしたのか?」 何かあったのかと、志狼と陽平が近づいて来る。「誘惑しちゃいなさいな」というトーコの言葉が、エリィの頭の中をよぎった。 ばふぅっ! 「うお?! どうしたんだよ、エリィ!?」 「トーコ、お前、何をした?!」 ゆでた蛸とどちらがより赤いか選手権が開催できそうなほど、エリィの顔は真っ赤である。 「なぁんにもしてないわよぅ。アンタなんか放っておいて、おねーさんとデートしようって、口説いただけぇ」 真相は違うが、これは黙っておいた方が、我が身のため、エリィのためである。 「……………」 相変わらずグレイスの視線が、ぐさぐさと背中に刺さるが、トーコは何とかこれをやり過ごした。 先に移動していたラシュネスは、両肩に大きな大砲を二門装備した、ダークグリーンのロボットに、捕まえたトカゲを見せている。 「お前さんがトップだな」 「ホントですかあ?!」 「間違いねぇよ」 ダークグリーンのロボットの足元では、ジャンクとイサムが立っていた。 「あのロボットか? 新しくウィルダネスから来たっていうのは」 「そうよ。名前はBDって言うの。あたしの一番上の弟よ」 陽平の質問に笑って答えたトーコは、3人を連れてBDのそばへ行き、お互いを引き合わせた。 ヨロシクね☆ とあいさつが終わったところで、トカゲの捕獲状況についてジャンクに問い合わせる。 「後、1匹なんだがな」 「もう1度、BDさんに空砲を撃ってもらおうかと、話してたところなんです」 「そうね……うれしいことに人手は増えたことだし? もう1回か2回、撃ってみてもいいんじゃないかしら」 多分、それで捕まるだろう。 「増えた人手って、もしかして……」 「俺たちのことか?」 「他にはいないでしょーが」 恨めしげな陽平たちを、トーコはふふんと笑い飛ばした。 「イヤならいーのよ? そのかわり、二人ともお婿にいけないカラダにしてあげるから」 獲物をねらい定めたハンターのように、彼女の瞳がキラリと輝く。少年二人の背筋を、ぞわわっとおぞけが走った。 「ほっほっほっ。キマリね」 百戦錬磨のおねーさんには、まだまだ逆らえないチェリーボーイズであった。 「くっそぉ〜」 「ちくしょぉ〜」 悔し涙を浮かべながら、陽平と志狼はトーコをにらみつけている。 「おめぇら、遊ばれ上手だなぁ」 「「しみじみ言うなぁ〜っ!」」 BDのつぶやきに、少年二人は涙声で反論した。 純情な少年たちで遊んでいる極悪人トーコは「手のひらの上でくるくる回れば それがアナタよ 遊ばれ上手♪」とBDに賛同する歌を歌い出す。 「くっ……何だよ、その歌ッ!」 「ひでぇ……」 少年二人は力ない反論を口にするが、今回はこれで終わらなかった。 「トーコさんにからかわれるたびに、自分で自分を絞めてるんですよ、このコたちは」 ぐっさり。 「イ、イサムさん……」 「自ら矢に当たりに行く的。もしくは、墓穴掘り職人ってトコでしょうか」 ざくっ。 「それは……ひどいっス……」 そういえば、この人は常ににこにこと穏やかに笑っているものの、時折ざくっと抉ってくれるのであった。 るるるのる〜。そんなカンジで二人が泣いていると、イサムはにっこり笑って、 「二人とも、もう少し落ち着こうね」 と、フォローが入った。 「そーそ。ここにい〜い見本がいるんだし?」 後ろからイサムの首根っこにしがみつき、トーコがウインクを飛ばす。これが志狼や陽平だったなら、離れろと暴れるか、離してクダサイと懇願するだけだろうが、イサムは 「トーコさん……」 顔を少し赤らめながらも、やんわりとトーコの手をどけるのだった。 「ほらほらあ、遊ばれたくなかったら見習いなさいよ〜」 ちなみにこれがジャンクやユーキだったなら、何事もなくスルーされるか、邪魔の一言で一蹴されるかのどちらかであろう。 「くぅっ……」 とりあえず、目指せ、下克上! のスローガンを胸に抱きつつ、志狼と陽平は悔しげな視線をトーコに送った。 そこへ、楽しそうな声が2人の耳に届く。声の方へ顔を向ければ、 「ねぇねぇ、二人とも見てよ! コレ! すっごいからっ!」 来い来いとエリィが手招きしている。どうやら、一連の話は全く聞いていなかったようだ。そのことにほっと安堵しつつも、志狼は陽平と一緒に幼なじみのいる巨大な桶の側へ向かう。 「うお?!」 「うっわ〜。確かにすごいな」 巨大な桶の中でうごめいていたのは、何十匹というトカゲであった。大きさも色も様々なトカゲたちが、舌をちろちろ出し入れしながら、桶の中を歩いているのは、ある意味グロテスクである。 「聞いてたよ。トカゲの捕獲、手伝ってくれるんだって?」 ひょいっと顔を出したのは、ユーキであった。ちょうど陽平たちがいるのとは反対側のところで、手を振っている。 「お、おー。まーな」 「オレ、料理の最中で手がはなせないから、ヨロシク。志狼の質問もその後でね」 言うだけ言うと、ユーキはまた引っ込んでしまった。 「……そっちも聞こえてたのか……」 「すごいねぇ」 改めて異能力のすごさに関心していると、 「さあって、そんじゃあ、もう一発ぶっ放してやっかあ」 BDが2門の大砲をやや斜め上に向けた。 トカゲは物陰などに隠れていることが多いから、とイサムに教えられ、陽平と志狼は荷物の多い隅っこへ移動する。 「準備はいいかあ?」 おーっ。格納庫のあちこちから、威勢の良い声が上がった。と、── 「よくないトッカゲェ〜ッ!!」 別の所から抗議の声が上がった。 「おま、おまいら、何考えてるトッカゲ?!」 格納庫の隅っこに積んである荷物の上に立って抗議するのは、イサムほどの大きさの巨大なトカゲである。 位置的には、ちょうど陽平と志狼の目の前、10メートルほど先だ。小生意気にも、後足だけで立ち上がっているトカゲは、 「……おい、泣いてんぞ。アイツ」 「なっ泣いてなんかいないトッカゲ!」 陽平の指摘を否定しながら、トカゲは前足でぐしぐしと目をこすった。 「やっぱ、泣いてんじゃねぇか」ぼそ。 「泣いてないと言ってるトッカゲ! だっだいたいおまいらはヒドすぎるトッカゲ! このつぶらな瞳のかわいらしートカゲたちを、大きな音で脅かすなんて、ニンゲンのすることじゃねぇトッカゲ!」 目尻に涙をにじませ、トカゲは抗議を続けた。 つぶらな瞳とか、かわいらしートカゲとか、ややギモンの残るところはあるものの、とりあえず話を聞くことにしよう。 なんか、惨めっぽいし。 「……ふむ」 トカゲの抗議を右から左へ聞き流しながら、トーコはラシュネスを手招きする。手招きされたラシュネスは「何でしょ〜?」と首を傾けながら、トーコの方へ近づいて行く。 「おまいら、可憐なトカゲをいぢめて楽しいトッカゲ?! ゆーしゃともあろうものが、弱いもの苛めなんてしていーと思ってるトッカゲ!?」 ぽろぽろと涙をこぼしながら、トガケの反論は続いていた。それを聞かされている人々は、「そんなこと言われてもな〜」と頭を掻いている。 第一、可憐なトカゲってどんなトカゲだ。 「ってか、お前、何もんだよ?」 志狼がうざったげに問いかけると、トカゲは矜持を取り戻したらしい。急いで涙を拭うと、 「おいは、サーラ! トリニティの上級ま──」 ぱんっ! 「ぴぃっ!」 おいおい。 ぱんっ! 「ひぃっ!」 立て続けに起きた、乾いた大きな音にサーラと名乗ったトカゲが悲鳴を上げる。 「おぉ〜。すごぉいですぅ〜」 音の発生源はラシュネスであった。 「でしょでしょ?」 ラシュネスが手にしているのは、昔懐かし紙鉄砲である。恐らく購買あたりで調達して来た紙を使って、トーコの指導の元にラシュネスが自作した模様だ。 「きゃふ〜♪」 それはそれは楽しそうにラシュネスは、紙鉄砲をぱんぱん鳴らしている。 「面白そうじゃねぇか。どれ、俺にも一個くれよ」 「どうぞ〜」 それにBDまで加わり、二人して紙鉄砲で遊び出した。ラシュネスはともかく、BDの方は明らかにトカゲの反応を楽しんでいる。 トカゲは音が鳴る度に「ぴっ!」だの「ひっ!」だの悲鳴を漏らしていた。 ……なんつーか、こう…… 「哀れだ……」 紙鉄砲に遊ばれるトカゲとトーコに遊ばれる自分の姿が重なって見える志狼であった。 「そーか。傍から見てるとあんな風に見えるのか……」 トカゲには悪いが、今の彼のサマはピエロ以外の何物でもない。 「志狼……」 「陽平……」 お互いを慰めあうように、少年二人はぽんぽんと互いの肩をたたき合った。 「おまッおまいら、いーかげんにするトッカゲ〜! おいは、おいは……も〜怒ったトッカゲ!! 食らえぃっ! ベージターッ!!」 叫んだトカゲの背中が発光し、そこから子供くらいの大きさをしたナニかが飛び出して来る。 「何だぁッ!?」 「くっ?!」 トカゲに一番近いとあって、少年二人は油断なく構えた。志狼はナイトブレードを抜き、陽平はクナイを取り出す。が、 「ピマーッ!」 訳の分からぬ奇声と共に、 ズダダダダダ! 「あだだだだだっ?!」 小さな粒のような物を乱射され、構えがとける。痛いことにはかわりないのだが、ダメージらしいダメージはない。 「…………ピーマン?」 ぱちぱちと瞬きをして、エリィは志狼に粒を乱射している怪物の姿を表した。 「ピマピマピマーッ!」 ピーマンの怪物が飛ばしているのは、ピーマンの種のようである。色は白いからこれなら当たってもさほど痛くはないだろう。 「なろぉっ!」 仲間を救うべく、陽平がピーマンに向かってクナイを投じた。が── 「カーボチャ〜!」 たすたすたすっ。 ピーマンの前に立ちはだかった巨大カボチャが、身を呈して仲間の野菜を救う。 「何!?」 クナイを身に受けても、カボチャは平然としていた。その陰から再び、ピーマンが躍り出て、種を飛ばして来る。 「……さすがカボチャだな」 「感心していーとこなのかなあ?」 飛んでくる種を交わしつつ、侮れねぇぜと汗を拭う陽平に、エリィの疑問の声が飛ぶ。 「どーでもいいから、助けろぉっ!」 「おっと。そうだった」 陽平は慌ててクナイに変わる武器、火薬玉を取り出し、それをピーマンにぶつけた。中身が空なだけに、耐久力は弱く、2発ほどの火薬玉でピーマンはあっさり片付いた。 「種さえ来なくなりゃあ! でやぁっ!」 追いかけて来るカボチャを志狼は、振り向きざまに真っ二つに切断。カボチャも片付いた。 「いどぅえぇっ?!」 「今度は何だ?! ナスかキュウリか!?」 陽平の悲鳴に志狼が振り向くと、 「……ヘチマ?」 かくんと右肩がずり落ちる。 正確に言うとヘチマタワシだ。ヘチマタワシが剥き出しの皮膚、主に顔面を狙ってごっしごっしと体をこすりつけているようなのである。 これはツライ。 「うっわ〜」 なんて言っていると、 「トメィトゥッ!」 やたらと発音の良いシャウトと共に、びびゅっ! と何かが飛んで来た。 「うわ?! ペッペペ。トマト果汁かよ!?」 志狼はたちまちトマト果汁まみれである。この攻撃にどんな意味があるのかは、だれも分からない。 「のぉぅっ!?」 ヘチマタワシと攻防を繰り広げている陽平のところに、「さっくらあ!」とタックルを決め込んだのはサクラ大根。続けて青々としげる大根の葉が、陽平の顔をビンタした。 ナゼだろう。ナゼだか、すっごく情けない気分だ。 「しっかりしてよねッ!」 陽平を助けたのは、ユーキの菜きり包丁である。料理人にとって包丁は欠かせない道具。もちろん、手入れも十分行き届いているから、しゅぱんっ! と大根はキレイに真っ二つ。 「はあ……」 ほっと一息ついたところに、「へっちまぁん!」とヘチマワタシが! 「うお!?」 陽平は避けることも忘れて、ヘチマタワシに見入っていた。そこへ、 「何遊んでンのよ、アンタらは」 呆れ声の主はトーコである。トーコは巨大なヘチマワタシを横から受け止めると、 「《ヒート・ウェイブ》!」 ヘチマタワシは一瞬にして燃え尽きてしまう。 「ほら、回りの野菜共はあたしに任せて、アンタらはあのトカゲを片付けてちょーだい」 「お、おう」 ひりひりする顔を気にしつつ、陽平は志狼の所へ向かった。志狼はトマトをさいの目切りにして、仕留めたところである。 「ううっ……すまねぇ、ヴォルネス……」 『いや……』 哀愁列車、定刻通りただ今発車。 あながち他人事とも思えぬ光景に、陽平は獣王式フウガクナイを握り締め、遠ざかる哀愁列車を敬礼で見送った。 「──遊んでる場合じゃないよ、陽平君〜!」 この場で、一番の安全圏であるジャンクの側に移動しているエリィから、非難の声が飛んだ。一番の安全圏は、敵の攻撃にさらされることもなく、煙草をふかしている。 「それもそうか。志狼! あいつの弱点は分かってるんだ!」 「おう! そっちは任せるぜ!」 気を取り直してナイトブレードを構え直し、志狼は陽平の動きを待つ。 「これでも食らえ!」 陽平は火薬玉と煙玉を同時に、トカゲに向かって投げ付けた。 「ぴあっ?!」 音に驚いたトカゲは悲鳴を上げる。同時に上がった煙幕に、 「何のつもりだトッカゲぇ?!」 「手前ぇを倒すつもりに決まってんだろ!」 一気に間合いを詰めた志狼が、トカゲに迫ると同時に、煙りが薄らいで行く。 「今だ、志狼!」 「おうっ! 御剣流剣術 雷ッ・鳴ッ・刃ッ!!」 「とっ、とっかげぇ〜?!」 志狼の放った剣の一撃に、トカゲはあっさりと倒されてしまった。 「お前……出て来る場所が悪すぎるぜ」 「そーだな」 志狼のつぶやきに、陽平も同意を示し、二人とも全く同時のタイミングでため息をつく。 後ろでは、 「姉ちゃん、ラシュネス! BDも! 落ちてる食料は全部拾ってよ!」 という、ユーキの声が飛んでいる。 「いやあ、助かっちゃうナー♪ 志狼、陽平! ご苦労様」 「お、おう」 「まあ……これぐらい、な」 満面の笑みを浮かべたユーキに、志狼と陽平は苦い笑いで応じたのだった。 |
ちなみに、トカゲ肉料理のお味はというと、 「おいしーっ♪」 「……確かに美味ぇ」 エリィと陽平は、目からウロコの気分で料理を口に運んでいた。一方、志狼の方は食事もそこそこに、ユーキからトカゲの捌き方についてレクチャーを受けている。──が、 「…………」ごきゅっ。 うごうごと手の下で動くトカゲを、志狼はじーっと見つめている。もちろん、捌き方について教わっているのだから、右手には包丁を握り締めていた。 「だからぁ、逃げないように手で押さえて、ずこんっ! って頭を最初に落としちゃうんだってば」 「むっ無理だぁっ! 俺には出来ねぇっ!」 「もうっ。魚は捌けるのに、どーしてトカゲはだめなのさ?!」 魚とトカゲは違うだろと思いつつ、陽平はなるべく彼らの会話を耳に入れないようにして、料理を口に運んでいた。 「別にウィルダネスの料理じゃなくても、イサムから老舗旅館の味を教えてもらえばいーんじゃないの?」 少年たちから離れたところで、大人組3人とロボット組3人は食事をしつつ、彼らの様子を眺めていた。 「人に教えられるほどの腕前じゃないんですが。ジャンクさんは、何かないんですか?」 「……面倒臭い」 「はや〜……」 「たまには年長者らしいことをしても、バチは当たらないと思いますけれど」はぁ。 「……コイツにバチを当てられるようなヤツがいたら見てみてぇな」 お茶ならぬ、オイルをすすりながらBDが言う。 「おい」 「……目の前に一人だけ居ますよ」 「……………」 「んぁ? 何?」 トカゲ肉にかじりついているトーコが、全員の視線を受けて、目を瞬かせる。 「違ぇねぇ!」げらげらげら。 「……お前ら……」 大人組ぷらすロボットたちの会話は、少年たちに届いておらず、 「勢いだよ、勢い! 勢いでずこんっ! っていくんだってば!」 「それが無理だって言ってるんだよっ!!」 志狼のウィルダネス料理習得までの道のりは、まだまだ遠そうな気配であった。 |