オリジナルブレイブサーガSS
trick or treat



 万聖節の前夜、10月31日は、ハロウィン。パーティー好きの者が多いラストガーディアン乗務員たちが、このイベントを見逃すはずがない。
「ドキドキするね、シロー!」
 バットマンの衣装に身を包んだエリス=ベルこと、エリィは隣を歩く幼なじみ、御剣志狼に声をかけた。
「そーだな」
 エリィがバットマンなら、志狼のコスチュームはその相棒ロビンである。どうしてこの衣装が選ばれたのかは、不明だった。聞けば、絶対にコレがいいよと、某さんに薦められたのだそうである。
 衣装を見せられた時は、かなり躊躇した。さまざまな葛藤が浮かんでは消えたのだが、代替案がないこともあって、志狼は渋々、ロビンの衣装に袖を通したのであった。
 今回のパーティー会場には、格納庫が選ばれている。どうせなら、とことんハデにやってしまおう! と一部メンバーが大いに張り切ってくれた結果であった。
 張り切り過ぎたので、参加者は必ず仮装しなくてはならないという条件まで設定されている。それでも、衣装を用意する時間がない人のために、お面や帽子を被るだけでも良いのだそうだ。
(お面だけにすりゃあ、こんな思いをせずにすんだかも……)
 エリィという相棒がいるとはいえ、志狼は、この格好が気恥ずかしくてしょうがないのである。
『失礼』
「お、おう?!」
 背後からの声に道を譲った志狼は、のっしのっしと横を通り過ぎていくソレに絶句した。
「うっわ〜」
 さすがのエリィもアッケに取られたようで、ソレを見送っている。
『失礼』
 海賊の格好をしたクルーを押しのけ、会場へ向かうのは───
「カ、カイザードラゴン?」
 正確には、その着ぐるみ。どこで手に入れたのかは知らないが、本物との対面が楽しみである。
> 「わ〜、見てよ、シロー! 大きなカボチャ!」
 会場入りして真っ先に目に浮かんだのは、中央に置かれた、巨大なカボチャ提灯のオブジェ。天井近くには、カボチャ型バルーンが、大小さまざまに浮かんでいる。また、会場を取り囲むように、墓石のようなオブジェ(整備班製作)が並べれられていた。
「一晩のうちにこうも変わるんだな」
 会場をキョロキョロと見回しながら、志狼の口から感嘆の吐息が漏れた。
 既に会場入りしているメンバーは、(お面や帽子だけの人が多いんだろうなという)志狼の懸念を大きく外し、本格的な仮装にチャレンジしている者が多い。
 ハロウィンだから、モンスターに仮装している者が多いのかと思えばそうでもなく、アニメや漫画のキャラクターの格好をしているのは、たくさんいた。
 みな、ここぞとばかりに派手派手な格好に身を包んでいる。志狼には苦い思い出のあるゴスロリスタイルも、この会場ではちっとも浮いていなかった。
「エリィと志狼じゃないか。こんちはッ」
 ぽんと肩を叩かれたエリィが振り返ると、郵便戦隊の卯月が立っていた。その後ろには彼女の仲間が全員、揃いのコスチュームに身を包んで立っている。
「卯月ちゃん、それは何の格好なの?」
 こんにちはと、返事を返し、エリィは首をかしげた。緑のブラウスに赤いジャンパースカート。胸の所には大きなポケットがついていて、郵便局の『〒』マークがプリントされている。
「さあ? え〜っと、何だったけ?」
「Like Lifeっていうゲームのトウカっていうキャラクターの格好だよッ」
 皐月がアイスを嘗めながら、にこにこと笑って答える。
「何でその格好にしたんだ?」
「某同盟からの強い要望があったのよ」
 はあとため息をつき、葉月が答えた。純粋にこの格好を楽しんでいる皐月や卯月と違って、彼女の中ではなにがしかの葛藤があるようである。
「はあ……そうなんスか」
「そうなのよねえ。何で私たちなのかしら?」
 他にも似合いそうなコはたくさんいるのに。弥生が首を傾げると、神無が
「郵便つながりだろ」
 つまらなさそうに答えた。
「みんな、似合ってると思うけどなァ」
 エリィが言うと、彼女たちは「ありがとう」と控えめに笑い、
「合言葉は、なあんだ?」
 仲間を代表して皐月が問いかけてきた。
 きょとんと目を丸くし、お互いに顔を見合わせた志狼とエリィだったが、すぐにとある言葉に思い至ったようである。
「「trick or treat!」」
「正解! はい、じゃあこちらをどうぞ」
 葉月が笑って差し出したのは、カボチャのイラストがプリントされた小さな紙袋だった。中にはキャンディーが入っているのだそうだ。
「ありがと〜」
 二人は、郵便戦隊に別れを告げ、会場の奥へ向かう。日常とは掛け離れた格好が物珍しくて、会場の隅っこでは、バシャバシャとカメラのシャッターを切る音が聞こえてくる。
 例えば、あそこ。
 猫耳を生やし、丈の短い着物を着たメイアとシャルロットの二人が、男性数名からの要望を受けて、
「にゃ……にゃん☆」
 気恥ずかしそうながら、ちゃんとポーズ付きである。


 彼女たちの隣では、ライオンの縫いぐるみを胸に抱え、エプロンドレスに身を包んだフェアリスがいた。少女の傍らには例によって例のごとく、鋼の騎士ロードがいる。ロードは頭にブリキ製の三角帽子をかぶり、同じくブリキ製無骨なずん胴を体の回りに巻きつけていた。
「何の仮装なんだろうな、あれ?」
 志狼が首を傾げると、
「オズの魔法使いでしょ」
 エリィがあっさり答える。
「そ、そーか」
 その証拠というのも何だが、つぎはぎだらけの衣服を着た葛葉が、姪と弟子の隣にならんだ。どうやら、案山子のようである。
「ん? あれ、信哉くんじゃない?」
「あーそうだな……って、何でスカートなんだ?」
 黒の三角帽子に黒の膝丈スカート。オレンジのスカーフをショールのように肩に羽織っているとなれば、典型的な魔女コスだ。
 沸き上がる好奇心を押さえ切れず、エリィは、人込みをかき分け、問題の魔女コス信哉に接近。右手をマイクがわりに少年に近づけ、問いただしてみると───
「某さんに捕まって、強制的にコレを着せられたんだ」
 涙とともに信哉は語り始めた。もともとは、ジャックオーランタンの仮装をしていたのだという。元に戻ろうにも、その衣装はすべて取り上げられてしまっているので、この格好でいるしかないのだという。
「それで、今必死でその某さんを探してるんだ」えぐえぐ。
 部屋に戻って着替えて来る、という発想は頭から抜け落ちてしまっているらしい。
 他人事とは思えない信哉の身の上話に志狼は、彼の両肩に肩を置き、
「負けるんじゃねぇぞ」
 少年を力いっぱい励ますのだった。
「がんばれ!」
「ファイトだよ♪」
「うん。がんばる……」
 信哉が、某さん捜索を再開するように、二人は、会場内の探索を再開した。
 さて、今回はいつものイベントと違っていることがある。場所が場所なだけに、勇者ロボも参加可能なのだ。さすがに彼らの仮装は難しいので、カボチャやガイコツ、悪鬼のお面を被っての参加となっている。
「あいつらに聞いた方が早くみつかりそうだよな」ぼそ。
「そうだねぇ」ぼそぼそ。
 後ろを振り返り、二人は遠ざかって行く信哉の背中を眺めてつぶやく。
「そう思うなら、教えてやれよ」
「?」
 だれかのツッコミに、志狼は後ろを振り返ってみたが、発言の主を特定するのは不可能であった。一番怪しいのは、通り過ぎて行く神父の格好をした誰かだったが、すぐに人込みに紛れて見えなくなってしまった。
「あ、見て見て! 仮装コンテストやってるよ!」
 あのツッコミはエリィの耳に届かなかったようである。彼女は、会場中心のカボチャ提灯前を指さし、楽しげに顔を輝かせていた。
 巨大カボチャの前には、特設ステージがある。その上に立つのは、テンガロンハットにフリンジ付ジャケット、ガンベルト。足元を覆うのはウエスタンブーツといういで立ちのマッコイ姉さん。どうやら彼女が、コンテストの司会をつとめているようだ。
『さあ、一番の人の登場っすよ〜!』
 大きな拍手に出迎えられて登場したのは──
「ぬ、ぬりかべ?」
 灰色の四角い物体は、ぬりかべとしか言いようがあるまい。先ほどのカイザードラゴンといい、この艦のメンバーは着ぐるみ好きが多いのかもしれなかった。
 別の場所では、カボチャ提灯のコンテストが行われているようである。ポピュラーな顔をあしらったものから、ドラゴンやゴーストをあしらったものまであった。
「trick or treat!」の声もあちこちから聞こえてくる。
 特に女のコが集まった一角では、いたずらの定番、スカートめくりが横行しているようである。参加メンバーは全員女のコばかり。一握りの男性陣がそれを羨ましげに眺めていたとか、いなかったとか。
 また隅っこに集った男性陣は「リオーネちゃんが鼻メガネなんて物を!」と嘆きの声をもらし、続けて「魔女コス〜」という呪われそうな声が悲痛な色を伴って延々と続いていた。
「エリィちゃん、志狼くん!」
 二人を手招きして呼ぶのは、ドリームナイツの橘美咲であった。赤い頭巾を被っていることから、すぐに赤頭巾ちゃんの仮装だと知れる。その隣には仏頂面の大神隼人がいた。
「赤頭巾と……狼?」
 彼もまた着ぐるみである。ただ、普通一般の着ぐるみと違い、頭は耳のついたフードを被っているだけだ。
「うるさい。お前こそ何だ、その格好」
「何も聞いてくれるな」
 隼人の肩に手を置き、志狼は涙した。彼らには共通点が少なくないだけに、それだけで隼人は何事か悟ってくれたようである。
「あら、どっちも似合ってると思うけど?」
 くすくすと少々意地の悪い笑みを浮かべているのは、吸血鬼に扮した神楽崎麗華だった。
 マントを着用し、その下にはえんび服。首にはスカーフ装備。艶やかな黒髪は臙脂色のリボンで一つにまとめているようだ。
「うわ〜、すごいすごぉい♪」
 現れた彼女に、エリィは大興奮している。
「あ、確か、赤ずきんちゃんって狼に『食べられ』ちゃうんだよね〜♪」
「そういえば、そうだったわね」くすっ。
「なっ!?」
 エリィの声に、隼人が目を見開いた。当の発言主はというと、「にょほほほ♪」と笑い、志狼の陰にそそっと隠れている。もう一人はというと、遅れて知らん顔で遅れてやってくる仲間の方へ顔を向けていた。
 このへんの間合いの取り方は、さすがと言うべきなのだろうか。
「あぁ、すみません。………二人とも、よく似合ってますね」
 遅れて来たのは、ドリームナイツの頼れるブレイン、田島謙治である。彼は顔の額と鼻の回り、顎の部分に包帯を巻き、頭には帽子。サングラスをかけ、ロングコートを着て、手袋を着用している。
 隼人は今にも噛み付かんばかりの表情で、謙治の顔をにらみつけていた。にらまれている謙治の方は、何がなにやらサッパリだ。
「僕、何か悪いことでも言いました?」
 こそっと麗華にたずねれば、「気にしなくていいわ」とのお答え。
「赤ずきんちゃんが食べられるのは、おばあさんの後だから、大丈夫だよっ」
「は?」
 美咲の頓珍漢な答えに、全員の目がテンになった。
「………謙治くんのそれは……ミイラ男?」
 どうやら、無理やり話題を変えることで雰囲気の方向修正をはかることにしたらしい。エリィの問いかけに、謙治はサングラスの位置を直しつつ、
「いえ、僕は透明人間です」
 ミイラ男だとメガネが邪魔になるが、透明人間だと度数の入ったサングラスをかければ、視力の問題は一気に解決だ。
〈皆様、よく似合っておいでにございます〉
 いい加減その話題から外れて欲しいものだと思いつつ、
「カイザードラゴン。お前、あの仮装見たかって……うお!?」
 志狼は振り返ったのだが、そこにはいつもの赤いドラゴンではなく、顔を青く塗ってタキシードを着用した彼がいた。
〈はて? あの仮装とおっしゃいますと?〉
 志狼の驚きの声を故意にスルーして、カイザードラゴンは首を傾げる。
「あ、あのね、カイザードラゴンの着ぐるみを着てた人がいたんだあ♪ びっくりしたよね、シロー」
「まあな」
〈ほぉ。それはそれは〉
 どうやら、大いにひかれるものがあるらしい。それは何も彼に限ったことではなく、
「ボクも見たいな」
「探しに行くか?」
「ウン」
 隼人の提案に、美咲は満面の笑みでうなずき返した。
 ダブルドラゴンの対面は、とても興味深いことである。エリィと志狼も、ぜひともその場を見てみたいと、彼らについて行くことにした。
「しかし、探すと言ってもこの広さだからな」
 目のうえに手をかざし、志狼は当たりを見回す。エリィはいたずらっぽく笑い、
「それこそ、さっき言ってたみたいに、ロボットの誰かに聞いてみればいいじゃない」
 なるほど、その通りだ。
「そうですね。それじゃあ……」
 近くにいるロボットは誰だろうと、謙治をはじめ全員が回りを見回したその時である。
 にょきっ。
「うお!?」
「なんだっ?!」
 志狼と隼人の間に、足が生えた。
 黒のハイヒールを履いているその足は、なかなかの美脚である。
「ほほほほ。このあたしの前を黙って通り過ぎようなんてい〜い度胸してるじゃないの」
 にょきっと生えた足は、ウィルダネスからやって来た異能力者、トーコのものであった。
「あ! トーコちゃん、スカート履いてるの!?」
 エリィが、きょとんと目を丸くする。
「まーね」
 しかも、履いているのは膝上20センチのミニスカート。胸元はV字に大きく開き、マントと三角帽を着用していた。
「ほっほっほっ。この足の前に恐れをなして、言葉も出ないようね」
 両手に腰を当て、再びすいっと足を持ち上げ、トーコは笑う。スカート丈はギリギリだ。
「やめんかッ!」
 顔を真っ赤にして、志狼は怒鳴りつけ、トーコに足をおろさせる。隼人は無言で顔を背けてしまっていた。その様子に、トーコの目が、キラ〜ン☆ と光る。
 が、悪戯っぽく光っただけで、他には何もしでかさなかった。トーコは、
「まー、それはイイとして、悪いけどちょっと手伝ってくれない?」
 志狼の抗議をあっさりと受け流して、壁際のとある一角をしめした。そこは、人がたくさん集まっていて、かなり混雑している。
〈先程から、少々気になっておりましたが、あちらでは一体何を──?〉
「いや、あのね。ハロウィンだからって、ユーキが張り切ってクッキー焼いてね。それじゃあ、ってんで、ジャンクとイサムもケーキとタルト作ったのよ」
 最初は、テーブルにできあがったものを並べて、適当に持って行ってもらおうと思っていたのだが───
「人が集まり過ぎて、自分たちで配らなきゃならなくなったんだね」
「そういうこと」
 美咲の確認に、トーコはひょいと肩をすくめた。
「それでも人手が足りなくてね、誰か捕まえて来いって言われたのよ」
「で、俺たちを見つけたワケか」
「そういうこと。ちゃんと報酬は用意するわよ」
 トーコは笑ったが、志狼は難色を示す。そういつもいつも好きに使われてたまるか、というトコロなのだろう。
「ほ〜ぉぅ。あたしの頼みを断ろうっての?」
「それが、人にモノを頼む態度か!?」
 ずずいっと迫ってきたトーコに、志狼はくってかかった。
 いつものように密着して、なし崩し的に承諾させようという腹積もりなのだろうと、検討をつけた志狼は、トーコとの距離に気を配る。
 しかし、彼は甘すぎた。彼女とて、百戦錬磨のつわものである。生きてきた年数からして違うのだ。
 志狼が勝てる相手ではない!
 トーコは、ふふんと笑うと、片手をぽんと彼の肩においた。志狼がおやっと、眉を持ち上げる。
 この間合いはいつものパターンと違うぞ。
 これで、トーコの出方が少年には分からなくなってしまった。
 困惑する志狼に向かって、トーコは一言、囁いた。
「おそうわよ」ぼそ。
「ひぃっ!」
 効果覿面。志狼、なす術無し。あっさりとその襟首を引っつかみ、
「ほっほっほっ。このあたしに逆らおうなんて、10年早い!」
 トーコは勝鬨をあげた。そのまま、彼をずるずると引きずって行く。
「あ、トーコちゃん、待って! 私も手伝う」
「ん〜。エリィはどっかの誰かさんと違って、イイコねぇ〜」
 後を追いかけて来たエリィに向かって、にこにこと満面の笑みを向けたトーコは、彼女の頭を撫でた。
「……美咲、あなたも手伝うって言うんでしょ?」
「え? どうして分かったの?」
 麗華の言葉に、美咲は目を真ん丸くして驚く。
「彼らの様子と橘さんの性格を考えれば、誰にでも分かりますよ」
 ねぇ? と謙治に水を向けられ、隼人はフンとそっぽを向いた。カイザードラゴンは微笑ましげに笑い、
〈美咲様はお優しゅうございますからな〉
「普通だと思うけど」
 彼の言葉に、美咲は首をかしげる。
「手伝うんなら、さっさと行くぞ」
 隼人はぶっきらぼうに言うと、てんてこ舞いしているウィルダネスからの来訪者たちの元へ向かって行った。
「ユーキくんっ! 僕たちも手伝うよッ」
 美咲が真っ先に申し出ると、
「ありがとぉ〜」
 彼女の申し出に答えるユーキの表情は、どこかウツロである。彼は、ドクロのお面を頭の上に乗せ、骨の模様が描かれたシャツとズボンを着ていた。
「助かりますぅ〜」
「えぇ、本当に」
 お菓子の配布には、ラシュネスとグレイスのロボット二人も駆り出されている。二人は、ジャックオーランタンのお面を被り、黒いマントを身に着けていた。
「何がそんなに良いんだろな」
 訳が分からんと、ジャンクはしきりに首をかしげている。彼は、ガーゼのような物でできた袖のないコートを着ている。このコート、裾はびりびりに裂かれていて、緩んだ包帯のように見えなくもない。剥き出しの腕にもきっちり包帯が手首の所まで巻かれてあった。
 どうやら、ミイラ男のようである。
「ハロウィンらしいお菓子だからじゃないかしら?」
 麗華の言うとおりのようで、お菓子を貰った人々は「ハロウィンらしっくてイイよね〜」と楽しげに話していた。
「別に特別なことは何もしていないんですけどねぇ」
 タルトを配りながら、イサムは苦笑交じりに答える。彼は狼の耳を頭に乗せ、尻尾を生やしていた。着ているのはちょっとサイズの大きいブラウスとズボン。首にはネクタイを緩めに結んでいた。
「そうなのか?」
 志狼は、テーブルに並んだお菓子を見下ろした。彼らが配っているのは、クモの巣が描かれたタルトと、柩型のティラミス。それに、ガイコツの形をしたチョコボール。骨の形をしたクッキー&カボチャ型のクッキーの詰め合わせであった。
「このティラミスとか、すっごく難しいんじゃないの?」
「いや、数がいるからな。手抜きした」
 スポンジを使わず、市販のカステラを代用したのだそうだ。
「へぇ、そうなんだあ」
 ジャンクの答えに、エリィはしげしげとティラミスを眺め──たかったのだが、次々と伸びてくる手の対応に追われ、大忙しである。
 それでも配り手の数が増えれば、一度に捌ける人数が増えるのも当たり前のことで、30分もすれば大分落ち着いてきた。
「ようやく一息つけますわね」
「やっとですねぇ」
 右手を頬に添え、グレイスがふぅとため息を吐く。その隣ではラシュネスが「疲れましたぁ」とへたばっていた。
「二人ともお疲れさま」
 イサムがロボットたちを見上げ、ねぎらいの声をかける。
「みんなありがとう。ホント、助かったよ」
「困ったときはお互い様だもん。これくらい、なんでもないよ」
 ユーキの言葉に、美咲が笑いながら首を横に振った。
「それでも、これくらいの礼はさせなさい」
 言いながら、トーコが差し出したのは、たった今配っていた、クッキーやタルト、ティラミスの入ったケーキ用の紙パックである。ちゃんと全員分、用意されていた。
「………」
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
 ジャンクの問いに、隼人は首を横に振る。甘いものは苦手だから、辞退しようかと考えたのだが、すぐに妹への土産にしようと思いついたのだ。
「あら?」
「どうかしたんですか?」
 麗華が顔を向けている方向に、謙治も顔を向けてみる。そうして、彼女がどんな表情をしているのか、すぐに理解した。
〈どうやら、探し人があちらから現れてくださったようですな〉
 カイザードラゴンの声には、嬉しそうな響きがある。
『まだお菓子ありますかあ〜?』
 えっちらおっちらとやって来たのは、着ぐるみカイザードラゴンだ。
「ををっ!」
 エリィは、ぱあっと顔を輝かせた。
 念願のダブルドラゴン、対面の時である。
「わあ〜、すごいっ。よくできてるねぇ」
『頑張りましたからね〜』
 美咲の称賛に、着ぐるみカイザードラゴンは、嬉しそうに答えた。
〈ふむ。まるで私が二人いるようでございます〉
 かちょんかちょんと爪の音を立て、カイザードラゴンはテーブルを迂回。着ぐるみドラゴンの横にならんだ。
「大きさまでぴったりだな」
 全く同じ高さに並ぶのを見て、志狼も驚き半分、感心半分といった様子である。
「よく、研究してありますね」
 謙治は、着ぐるみカイザードラゴンの出来栄えが気になるらしく、彼の回りをぐるぐると回り、稼働具合などをたずねていた。
「カメラあるよ。よかったら使って」
 未開封の使い捨てカメラを、ユーキは隼人に投げ渡す。郵便戦隊の桃井皐月から、お菓子のキープ料として貰ったものの、使い道がなくてそのまま放置していたのだ。
「ありがとう! みんなで撮ろうよ!」
 エリィの声に、隼人は封を切り、中身を彼女に渡す。
 エリィは、早速シャッターを押し始めた。
 ダブルドラゴンで一枚、ドラゴン二人を中心に全員集合で一枚。他にもチームごとに一枚撮ったり、志狼&エリィ、隼人&美咲、麗華&謙治のツーショットなども、しっかり撮った。
『それじゃあ、ボクはこれで〜』
「うん。またね」
 お菓子を胸に抱え、着ぐるみドラゴンは去って行く。その頃になると、まだ若干残っていたお菓子も完全になくなってしまっていた。
「おしごと、しゅ〜りょ〜」
 やっと終わったかと、トーコは腕を真上に持ち上げる。
 その時だった。
「ん〜? 何コレ?」
 どこから飛んで来たものか、小さなカボチャ型バルーンがふよふよと浮いているではないか。
「何でしょうねぇ?」
 側に飛んで来たソレを受け止め、ラシュネスが首をかしげた。
「見て見て、あっちこっちに浮かんでるよ」
 美咲が指さす通り、今や会場中に、カボチャ型バルーンが浮かんでいる。
「これは一体──?」
 天使の仮装をしている神崎雪乃と一緒に、仮装コンテストの舞台に上がっていた死神姿の草薙咲也は、会場中に浮かぶカボチャに、眉を寄せた。
 余談だが、舞台下では神崎慎之介が憮然とした表情で仁王立ちしている。コンテストへの乱入は「わたしたちも楽しみにしてるんだから」と、月乃・花乃両名に止められたため、辛うじて堪えている様子だ。
「何だろうね、咲也くん……」
 すぐ側に浮いていたカボチャの一つを手に取り、雪乃は首をかしげる。
「ふっふっふっ。そろそろっすね」
「え?」
 コンテストの司会をつとめているマッコイ姉さんの独り言が聞こえたのは、同じ壇上にいる二人だけだった。
「スイッチ、オン!」
 言うと同時に、マッコイ姉さんはガンベルトにさしていたモデルガンを抜き、空に向けて発泡。乾いた銃声が響いた直後、
 ぽんっ!
「ひあっ!?」
 ぼむっ!
「なっ?!」
 ばむっ!
「うわぁっ?!」
 マッコイ姉さんが発砲した直後、ふよふよと浮かんでいたカボチャが爆発したのだ。
 周囲から、驚きの悲鳴が上がる。
 慎之介からは「どういうことだ!?」とマッコイ姉さんに対する非難の声があがった。もちろん、側にいる妹はしっかりかばっている。
 壇上では、咲也がちゃんと雪乃をかばっていた。
 てんっ。こんっ。かんっ。
「──ッ!?」
 そんな彼の頭に落ちて来る物がある。
「……マシュマロ?」
 そう。個包装された、マシュマロやラムネ、グミなどのお菓子類だ。
「こっちは……」
 咲也の頭に残るオレンジ色や黒のリボン。雪乃はそれを取り、つぶさに観察すると、
『happy Halloween』
 というロゴが入っていた。
「みんな、驚いてるっすね〜。でも、こんなのは序の口っすよ〜」
 このセリフから察するに、これはマッコイ姉さんが仕掛けたサプライズだったようである。しかし、
「あの……序の口って?」
 雪乃が恐る恐る問いかけると、振り返ったマッコイ姉さんは、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「第二弾、スイッチ・オン!」
 今度は反対側のモデルガンを抜き、また上に向けて発泡。今度は、

 ドカァァンッッ!!

「キャアアアッ!?」
 会場の中心に据えられていた、巨大カボチャが爆発した。またもや、慎之介から非難の声が飛んだが、マッコイ姉さんは「聞こえないっす〜」と耳を手で塞いでいる。もはや、確信犯としか言いようがないだろう。
「な、な、な、な……」
 会場中の視線が、先程の小さな爆発のことも忘れて、巨大カボチャがあった場所へ向けられている。と───
「ひょえぇぇぇぇぇっっっ!?」
 会場中から、いっせいに悲鳴が上がった。
「お、お化けぇぇぇっっっ?!」
 エリィが、傍らにいる志狼の胸元をつかみ、がくがく揺する。揺すられる志狼の頭は、前後にがっくんがっくん揺れている。
「ま、待て、おい、ちょっ……やめれ〜」
 エリィのような反応も全くない訳ではないが、大半の女性は、側にいる男性に抱き着いたり、とっさにその袖口やら何やらを掴んでいるようだ。男性は男性の方で、異性を守るべく、しっかりと彼女たちをガードしている。
「…………」こきゅっ。
 会場にいる全員が、古典的な敷布幽霊の動きを固唾を呑んで見守った。
 カボチャから現れた、お化けたちは、天井高くまで舞い上がると、そのまま降下して来た。よく見ると、その手にはリンゴを一つ抱えている。
「…………」
 目が2つに口が1つ。黒い穴が3つ、顔らしき部分に空いているだけのお化けたちは、参加者の前までやって来ると、
『happy Halloween〜』
 掠れた小声で囁くように言った。そして、彼らはリンゴを参加者に差し出したのである。
「あ、ありがとう」
 参加者がリンゴを怖々受け取ると、お化けはそれで満足したらしく、ふっとかき消えてしまった。
「……何だったんだろね?」
 受け取ったリンゴをもてあそびながら、ユーキが姉と兄の方へ顔を向ける。
 すると、ジャンクが先程よりも疲れた顔をして、壁に背中を預けていた。
「……もしかして、あのお化けは……」
「当たり」
 長兄は、グレイスに皆まで言わせなかった。
「ほえぇ〜。ご苦労様ですぅ。でも、何でですか?」
 ジャンクが、自分の得にならないことをしたがらないのは、ラシュネスも知っている。それで、疑問に思い尋ねたのだ。すると、
「いやなあ……ソーダマシンの良いのがあるんだと持ちかけられてな」
「買収されたわけね」
 トーコの確認に、ジャンクはそのとおりだとうなずいた。
「またメニューを増やすんですか?」
 呆れ顔のイサムに、ジャンクは無言でそっぽを向く。まぁ、メニューが増えたところで誰も困らないから、別に構わないのだが。
 一方、会場の方はというと、参加者たちが渡されたリンゴの処遇についてどうすべきか首をひねっていた。
「え〜と、今いる人、全員にリンゴは行き渡ったっすかね〜? 日頃のご愛顧を感謝して、購買からのサプライズっすけど、どうだったっすか〜?」
 マッコイ姉さんの声を聞き付け、会場中がとたんににぎやかさを取り戻す。手近な所の反応を見る限り、ウケは上々のようであった。
「そのリンゴっすけど、食べるのは今じゃなくて夜中にしてほしいっす〜」
「それはどうして〜?」
 会場のどこからか、疑問の声が上がる。マッコイ姉さんは、その質問を待ってましたとばかりに胸をはり、堂々と答えた。
「ハロウィンの夜だけにできる占いに使うからっす!」
 ハロウィンの真夜中にリンゴを食べて、後ろを振り返らずに鏡をのぞくと、そこに将来の伴侶の面影がうつる、というものである。
 マッコイ姉さんが説明すると、とたん会場内の女性から、歓声にもにたどよめきがあがった。
「あぁ、そういやそんなのがあったわね」
 マッコイ姉さんの話を聞かず、トーコは真っ先にリンゴを齧っている。どうやら、占いには全く興味がないようだ。弟もそれは同じらしくて、イサムとラシュネス、グレイス、それにジャンクからリンゴを回収。
「これは、アップルパイとジャムにしよう」
 夢のない姉と弟である。
「リンゴを食べるのもイイけどさ、アンタらにはもっとふさわしい占い方があるわよねぇ」
「ボクたちにふさわしい占い方?」
 トーコの声に、美咲は首をかしげた。知ってる? と麗華や隼人、謙治に目を向けてみるが、こちらも知らないようである。
「そんなのあるの?」
 エリィが志狼に問うと、「俺が知ってるわけないだろ」とそっけない答えが返って来た。
〈はて、それはどのような占い方なのでしょう?〉
 カイザードラゴンが代表して、発言主に問いかける。
「知らないの? まあ知ってたって腹の足しになるわけじゃないけど」
 ジャンクにリンゴを横取りされたトーコは、やや不満顔を浮かべたが、特に文句は言わなかった。
「女のコ限定みたいだけどね。靴をT字形にぬいで、歌を歌いながら、後ろ向きのままで、一言も口をきかないでベッドに入ったら、夢の中で未来の旦那に会えるらしいわよ」
「へぇ〜……そんな言い伝えがあるんだ」
「その歌っていうのは、どんな歌なんです?」
 尋ねたのは女性ではなく、謙治である。単なる好奇心によるものらしい。ちなみに、マッコイ姉さんが所有していたモデルガンは、彼が細工し提供したものである。
「ん〜とねぇ……
 Tの字形に靴をぬぎ、
 ハロウィンの夜の夢を見る
 晴れ着姿の彼でなく、
 さりとてボロも着ておらぬ
 普段のままの彼の夢
 っていう歌だったと思うわ」
「ナルホド、ナルホド」
 どこに隠し持っていたのやら、エリィはミニノートにメモを取っていた。そして、「あぁ、そういえば……」と、麗華も強くうなずいている。
 隼人や美咲、カイザードラゴン、志狼に加え、異能力者といった目ざとい者たちは気づいていたが、特に何も言わなかった。
 言ったが最後、返ってくる言葉が怖かったから、というのは秘密である。
「これからも、購買をよろしく頼むっすよ〜」
 舞台の上では、マッコイ姉さんによる購買の宣伝が続いていた。
 その夜、マッコイ姉さんが教えた占いをどれだけの人が試したのか、それは定かでない。