オリジナルブレイブサーガSS
 めいど in ・・・・・・


「ぴんちなのっ」
「何?」
 それは、夜も遅い時間のことだった。格納庫の明かりは消され、非常灯だけがだだっ広い空間をわずかに照らしている。
 当然ながら、格納庫の中はしんと静まり返っていた。しかし、とある一角だけは、ほんの少しだけ様子が違っている。
 場所は、格納庫のすみっこ。ウィルダネスからやって来た異能力者たちが、自身たちの家屋であり移動手段でもあるランドシップと格納庫との間に、家具などを広げて、勝手に作り上げたプライベートスペースである。
 このスペース、リビングスペースと酒場もどき空間に別れており、先程の声は酒場もどき空間から聞こえてきたものだ。
 酒場もどきには、小さいカウンターがおかれている。このカウンターには、ランプが乗っていて、そこに灯された灯が、一組の男女を照らしていた。
「小遣いでもヤバいのか?」
 一人は、この酒場の主、ジャンクである。カウンターの中に入っている彼は、向かい側に腰掛ける少女に問いかけた。
「私のお小遣いじゃなくて、美月ちゃんのこと! このままだと、いつかバレちゃうんじゃないかって、心配なの」
 ぷくっと頬を膨らませた二人目。それは、エリス=ベルこと、エリィであった。
 いつもならとっくにベッドの中に入っている時間なのだが、どうにも寝付けなくて、ここまで下りて来たのである。
「…………それは……これ以上、美月を出現させなければ、問題ねぇだろ」
 今のところバレてないんだし。
 ジャンクが言うと、エリィは決まり悪そうに頬をかきながら、
「それはそうなんだろうけど、そうすると……何か寂しいような気がして……」
 えへへへと、笑ってごまかす。
「お前な」
 何だ、そりゃあ。ジャンクは呆れ顔でため息をつく。
「まぁ、でもそうだな。なんとかしないと、俺も面倒臭い」
 彼のぼやきに、エリィが「どういうこと?」とたずねるよりはやく、
「そのグラス持って、カウンターの中に隠れろ」
 ジャンクから思わぬ指示が出た。
「え? どうして?」
「いいから早くしろ」
 戸惑うエリィを、ジャンクはせかす。この男に逆らうほど、エリィは愚かではない。とりあえず、言われるまま供されたアイスオレンジティーのグラスを持って、カウンターの下に隠れた。
 エリィが隠れた直後、
「こんばんは」
 誰かが酒場にやって来たようである。名前は浮かんでこなかったが、この声は整備班に所属する、まだ若い男のものだったはずだ。
 音を立てないように注意しながら、エリィはグラスにさしたストローに口をつける。
 喉を潤している間も、彼女の脳内では疑問符が、つったかたったったーと行進中であった。
「あ、あの……五色の酒ってやつを……」
 カウンターの下に隠れている今の状況では、声しか分からないエリィだが……
(何か、ヘンじゃない?)
 声が上ずっていたのである。
「りょうかい」
 ジャンクはうなずくと、後ろに酒棚に手を伸ばし、手慣れた様子で酒ビンを手に取った。
 見上げたエリィと、偶然目が合ったジャンクは、「黙ってろよ」と目線だけで語りかける。それは間違うことなく、エリィに伝わり、「分かってる」とこちらも目線で答えるのだった。
「お待ち」
「あ、ありがと」
 男の声は、上ずったままである。
 しばらく無言の時間が流れた後、コトンとグラスがカウンターに置かれた。
「あ、あの……闇夜美月ちゃんの情報が知りたいんですけど……」
 男のせりふを聞いたエリィは、思わず「えぇっ!?」と声を上げそうになる。それをすんでのところで飲み込めたのは、自分でも驚きであった。
 一方、ジャンクはというとすましたもので、
「プライベート情報は30万から。居場所、今後の予定などについては50万からだ」
 どうする?
「さっ、ごっ?!」
 ジャンクの返事に、男の声はすっとんきょうに裏返った。そして10秒ほどの間を置いて、
「また来ます」
 男はすごすごと帰って行ったのである。
「もう、いいぞ」
「ふわ〜。美月ちゃん、大人気」
 のそのそとカウンターの下から出て来たエリィは、先程まで座っていた位置に戻った。
「今ので20人目だ」
 先程の客に供したグラスを下げ、ジャンクは笑いをかみ殺す。
「にじゅ!? な、なるほど。面倒臭いって言うわけだね」
 納得してうなずくエリィに、ジャンクは「だろ?」と苦笑いを返した。
「どーしよう……。ねぇ、どうしたらいいと思う?」
「そう言われてもな……。バラしちまうのが一番手っ取り早いんだろうが……」
「ダメダメ! それは絶対にダメッ!!」
「だろうなあ……」
 人差し指でほおを掻き、ジャンクはあれこれと思考を巡らせる。エリィもまた、腕組みをして頭を悩ませていた。
 その時である。
「旦那様」
 突然かけられた声に、エリィは「うひゃぁ!」と小さな悲鳴を上げた。振り返ってみれば、そこには肉感的な美女が立っていた。着ている服は、艦内スタッフには全員支給されている制服だったが……見覚えのない顔である。
「だ、だれ?」
 エリィは瞬きを繰り返しながら、ジャンクに問いかけた。
 ジャンクはその問いに答えず、
「あったか?」
「えぇ。食堂の方に」
 美女はにっこり笑って、ライターをジャンクに差し出す。それを受け取ったジャンクは、
「ご苦労。還っていいぞ」
 と、さも当たり前のように告げた。
「あ、あの……ジャンクさん?」
 自分を置いて先に進む二人に、エリィは戸惑い、美女とジャンクとを交互に見比べた。
 そんな少女に、美女はにっこりと微笑みかけると、そのまま霞のように消えしまった。
「消え……た?」
「今のは俺が造った《傀儡》だ」
「くぐつ?」
 聞き馴れない言葉に、エリィが首を傾げる。
「異能力で、ちょいちょいとな。昼間、こいつをどこかでなくしたんで、探させてた」
 美女から受け取ったライターをエリィに見せ、ジャンクは肩をすくめた。
「異能力で?」
「そうだ」
 ちなみに外見は、3年ほど前に付き合っていた女性のものである。同じ造るなら、見目良いものを造るのは当然のことだ。
 それを聞いたエリィの瞳が、キランと輝く。
「ジャンクさんが造ったっていうことは、外見も自由に造れるの!?」
「造れるぞ。艦内で動かすから人型にしたがね。生物の特徴を持っているのなら、たいていのものは造れる」
 ジャンクの返答に、エリィは満足そうにうなずいた。
「じゃあね、」
 止まり木から腰を浮かせ、エリィはジャンクにこっそりと耳打ちする。
「なるほどな」
「できる?」
「できなくはない……が……」
「が、なに?」
「いや、いい。問題ねぇよ。あいつには借りがあるしな」
「借り?」 そんなものあったっけ?
 エリィが首をひねると、ジャンクは人の悪い笑みを浮かべて、
「いつもトーコが遊ばせてもらってる」
「あ、あははははは。そういうコトね」
 あの二人のじゃれ合いを複雑な気持ちで見て来たエリィとしては、素直に喜べない答えであった。

*****
 数日後。
 ラストガーディアン内の通路を一人の美少女が歩いていた。
 着ているのはモスグリーンのアオザイ。背中にまで届く黒髪を緩く一つにまとめ、頭には赤紫色のテッセンをさしている。
「みっ、美月ちゃん!?」
 やや裏返ってしまった奇妙な声に、少女は振り返り、
「あ、音彦さん! そのッ……先日は、どうもありがとうございました。おかげでとても助かりました」
 ぺこぺこと頭を下げる。
「い、いや……その……あれくらい、何でもあらへんから……」
 彼女に声をかけた主、西山音彦は顔の前で、盛大に手を振った。
「この間の中華フェアの時は忙しくて、ろくにお礼も言えなくて」
「き、気にせんとってや。忙しいのは分かってたし、それで、そのぉ……今日はどないしたんや?」
「あ、今日はお使いを頼まれたんです」
 顔を上げた美月は、音彦に笑いかける。
 ずっきゅんっ☆
 少女の笑い顔に、音彦は頬を赤くした。それを気取られぬよう、ふぃとそっぽを向いて後頭部を掻いてみたりなんかして、
「お使い?」
 良かったら付き合うで? などと声をかけてみる。
「お使いはもう終わったので、これから戻るところなんです」
 美月は大きめのトートバッグを音彦の前に示して見せた。確かに、トートバッグは少しばかり膨らんでいる。
「せやったら、ワイが持っていったるわ」
 音彦は言いながら、彼女が持っているトートバッグを持った。
「え? でも……音彦さん、お忙しいでしょう?」
 美月はトートバッグを握ったまま、放そうとしない。
「暇を持て余してるとこやったから、ちょうどええわ」
「そ、そうですか? それじゃあ、その……お言葉に甘えさせていただきますね」
 持っていたトートバッグを音彦に渡し、上目使いで少年を見上げた。
 どっきゅんっ☆
「お、おう。任せといてや」
 彼女の上目使いに、少年のココロが跳ね上がる。
(神様アリガトウ!)
 心の中でぐっと握りこぶしを作った音彦は、美月とそろって歩きだした。
 道中、二人は世間話に花を咲かせる。といっても、美月はもっぱら聞き役で、音彦がほとんど話していたようなものだった。
 歩き続けること、約十数分。
 美月がやって来たのは──
「格納庫?」
「はい」
 何でこんな所に? 問いかける間もなく、美月はずんずんと歩いて行く。
 そうして到着したのは、ウィルダネスからやって来た異能力者たちのプライベートスペースであった。
「ただいま戻りました」
 美月の声に、スペースにいた者たちの視線が集まる。
「ご苦労」と言ったのは、ジャンク。何かを作っているらしく、トントンと包丁のリズミカルな音が聞こえて来る。
「お帰り、美月ちゃん♪」と彼女に向かって手を振るのはカウンター席に座っているエリィだ。
「いぃっ!?」
 がたんと止まり木から腰を浮かせ、後ずさったのは御剣志狼である。その顔は幽霊を見たかのように、蒼白になっていた。
「どうかしましたか?」
 彼の反応に、美月は不思議そうに首をかしげる。エリィは背中を丸めて、クスクスと声を殺して笑っていた。
「な……何でも……ない」
 ぶんぶんと顔を左右に振って、志狼は席に座り直す。
「一体どうなってんだよッ!?」
「さァッて、何のことかにー?」
 ぼそぼそと小声で隣のエリィにたずねるが、エリィはニョホホホと笑うだけだ。
 一方、音彦の方はと言うと、美月に「お礼の代わりに昼食を食べていって欲しい」と言われ、空いているカウンター席に腰掛ける。
「すぐに昼食の用意ができると思いますので、しばらくお待ちくださいね」
「おおきに」
 音彦はぎこちない笑みで彼女に答えた。
 カウンターの中に回った美月は手早くエプロンを身につける。その様子を視界のすみでとらえていたジャンクは、
「スダチは3つ4つ出して、残りは冷蔵庫。取った分は皮をすりおろせ」
 ぞんざいな口調で少女に指示を出す。美月は不快感を全く示さず、指示に従って動き出した。
「できあがるまでこれでも飲んで待ってな」
 音彦の前にアイスティーを置いたジャンクは、再び作業に戻る。カウンター越しに手元をのぞき込めば、ネギを切っている所だった。
「どうも、おおきに」
 出されたアイスティーに口をつけ、音彦は喉を潤す。ほっと一息入れた後、少年は身を乗り出して、志狼とエリィに小声で話しかけた。
「美月ちゃんが、何でここにおんねん?」
「知らね」
 志狼の答えは素っ気ない。
「それに何でジャンクさんの下で働いとんのや?」
「それも知らね」
 志狼と音彦に挟まれているエリィは、我関せずとばかりに、美月と話し込んでいた。
 そこへ、
「オレの大事なブラック・ポット センセにもらったブラック・ポット とっても大事にしてるから いつもキレイでピッカピカ〜♪」 
 ユーキの陽気な歌声が聞こえてきた。
「ユーキさん、気をつけてくださいね」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
 声の方に振り向けば、グレイスとラシュネスを後ろに従えたユーキが、小走りにこちらへ近づいて来るのが見える。
 手には大きなタライを抱えていた。
「イサムさん、今日のお昼ご飯は、なんて言うお料理なんですか?」
「お素麺ですよ。夏の暑い日はこれが一番食べやすいですから」
 ラシュネスの横には、いつもの柔和な笑みを浮かべたイサムが歩いている。
「おっ待たせ〜っ! とと、音彦じゃない。珍しいね」
「お、おう」
 タライをどんっとリビングのテーブルに乗せたユーキは、きょとんと目を丸くして音彦を見た。
「そっちに持って行け」
「はい」
 小鉢に盛られた薬味を、美月は言われた通りテーブルの方に盛って行く。
 昼食の準備が整ったところで、
「たべて寝て いられりゃいる気の あなたと私 誰に気がねの ない二階〜 っと♪」
 かなり渋いメロディーで、トーコの歌声が聞こえてきた。シップの中から、あくびをかみ殺しながら出て来たトーコは志狼たちの姿を認めると、
「何? ご飯食べにきたの?」
「えへへ、まあね。トーコちゃんたち、あんまり上に上がって来ないんだもん」
 エリィの返事にトーコは「だって面倒臭いんだもん」と唇をとがらせる。
「……で? ナニかたまってンのよ?」
 志狼の顔の前で手を振りながら、トーコは顔を真っ赤にしている少年に問いかけた。ハッと我に返った志狼は、
「ちゃんと服を着ろよ!」と怒鳴る。
「失礼ねぇ。着てるじゃないの」
 両手を腰に当てて、トーコはイバって見せるが、彼女が着ているのはややサイズのでかいブラウスであった。その上、ボタンはひとつしか止めていないのだ。
「どこがだよ!?」
「上はブラウス。下は、ほら」
 トーコは言うと、後ろを向いてぴらんとブラウスの裾をめくって見せる。
「見せんな! しまえ!!」
 ぼふーっとバクハツしながら、志狼は怒鳴った。が、隣にいるエリィは興味津々のようで、
「わ、このショートパンツ、サイドがジッパーで開閉できるんだ?」
「そそ。えっち臭くてイイでしょ、コレ」
 トーコと話し込む。
「〜〜〜〜ッ」
 真っ赤な顔のまま、志狼は言うべき言葉を失っている。傍目から見ても、少年がイッパイイッパイなのは丸分かりだ。
「あ〜あ。また遊ばれてるよ」
「志狼さん、学習しないと……」
 テーブルについて、素麺用の小鉢やお箸を並べているユーキとイサムが大きなため息を吐き出す。
 その様子を美月は、訳が分からないといった様子で首をかしげていた。
「志狼ッ」
 来い来いと少年を手招きしたのは、音彦である。その招きを天の救いと受け取った志狼は、そちらへ移動した。
「お前だけ、何でこんなエエ思いをしてんねん!?」
 ギリギリギリ。
「ぐええぇぇ」
 ヘッドロックがきっちりキまり、志狼はべしべしと音彦の腕を叩く。
 彼の言う『エエ思い』は、志狼にとってみれば、迷惑きわまりない代物である。しかし、それを言っても、音彦は納得しないだろう。
「遊んでねぇで、そっちへ移動しろ。食いっぱぐれるぞ」
 ジャンクに、こんこんっと軽く頭を叩かれた少年二人は、「へ〜い」とやや気のない声で、テーブルの方へ移動した。
 エリィとトーコもそちらに移る。あまり大きなテーブルではないので、6人も座ればいっぱいだった。
「あ、ジャンクさんと美月ちゃんはどうするの?」
「一人分、こっちに寄越せ」
「はい」
 ジャンクは離れて、カウンターで食べると言う。美月は彼の返事にそうべく、ガラスの鉢に一人前を移し変えて渡した。
「美月ちゃんは、どうするんや?」
 もうちょっと詰めたら、座れるで。音彦は手招きをしようと手をあげたのだが、
「いえ、私は結構です。食事ができるように造られてはいませんので」
 彼女の弱々しい笑顔に、ぴしりと固まった。
「あ〜、そのコなの? 新しく造った《傀儡》って。そういう女のコ女のコしてるのって、アンタの好みじゃないでしょ? だから分かンなかったわ」
 ずるずると素麺をすすりながら、トーコが言う。
「それは、私がリクエストしたからでぇっす♪」
「何ぃっ!?」
 それまで、
「このつゆ、美味いな」「あぁ、このつゆはイサム兄さんが作ったんだよ」「イサムさんが?」「実家のレシピなんですよ」「実家っていうと、高級料亭をやってるっていう?」「えぇ、まあ」
 などというやりとりをしていた志狼が、エリィの答えに目を剥いた。
「では、この衣装もエリィさんのリクエストなんですの?」
「おふこぉす!」
「ほえぇ〜。初めて見ますぅ」
 ラシュネスたちロボットは、食事こそしないものの、食事時はこうして人間たちと同じ場所に集って話の輪に加わるのである。
 トーコたちがあまり上に上がって食事をしないのは、こういう理由もあるのだろう。
「モデルはね、シローのおばさまなんだぁ。名前も同じで美月なんだけどね♪」
「へぇ。それでどことなく、志狼に似てるんだね」
 つゆの入った小鉢にジャンクが用意した薬味を入れつつ、ユーキがうなずいた。
「確かに言われてみれば、似ていますね」
 あぁ、スダチの皮も入れると美味しいよと、ユーキにアドバイスをしながら、イサムも納得顔であった。
 志狼は何と言っていいのか分からず、頭を抱えてうんうん唸っている。
「造っ……?」
 ぎぎぎぎぎとぎこちない動きで、音彦は背後に座るジャンクに目を向けた。
 ジャンクは涼しい顔で、素麺をすすっている。その横にはにこにこと笑っている美月。
「もう用済みだ。還れ」
 口の中の物を飲み下したジャンクは、少女に目を向けることなく、無情な一言を口にした。
 言われた本人は、ショックを受けた様子もなく、「はい」とうなずき、そのままずぶずぶとジャンクの影に沈んで行く。
「美月……ちゃん?」
「音彦さん、また機会があればお会いしましょう」
 にっこりと少年にほほ笑みかけ、彼女は影の中へ消えて行ってしまった。直後、
「ふわぁ〜あぁ」
 ジャンクが大あくび。
「《傀儡》って維持すンの大変なんでしょ? なのになんだって」
 首をひねるトーコに、エリィはびくん! と肩を跳ね上げ、志狼はピクリとも動かなくなった。ジャンクは、「誰のせいだと思ってる」とポツリつぶやく。
「はン?」
「何でもねぇよ。ただの気まぐれってヤツだ」
 気にするなと手を振り、ジャンクはお茶を口にした。
「志狼さん、音彦さん。固まってると、お素麺、なくなっちゃいますよ?」
 ラシュネスの指摘に、志狼の止まっていた時間が動き出す。イサムが言っていた通り、スダチの皮を薬味としてつゆに入れると、さっぱりとしていて美味い。
「スダチ一つでこんなに違うんスね」
「はじめは単なる思いつきだったらしいけどね」
 志狼が美味しそうに顔をほころばせるのを見て、イサムは嬉しそうに目を細めた。
「ホント、美味しいよね。茹で加減も絶妙だし」
「ありがと〜」
 エリィのほめ言葉に、ユーキが笑う。
「嗚呼、食いしん坊万歳」
 トーコはぐっと拳を握り締めていた。
「音彦さん、どこか具合でも悪いんですの?」
「音彦さんってば、しっかりしてくださあい」
 ぼうぜんと固まって動かない少年を、ロボット二人だけが気遣って、何度も声をかけている。
 それでも、それでも、少年は動かない。美月が立っていた場所を、ジッと見つめているだけであった。
「ゴメンね。音彦くん」
 その後ろ姿に、エリィはそっと詫びる。
「美月ちゃん…………」

 報われない恋に黙祷を捧ぐ。