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「ったく、何でも気軽に厄介事を持ちこむんじゃないよ」
 薄暗い酒場の片隅で、マリーはグラスいっぱいのエールをあおった。まだ半分以上残っていたエールは、瞬く間に空になる。
「困った事があればマダムに相談。我々の常識です」
 彼女の向かいの席に座りながら、男の視線は手元の書物に向いていた。体もマリーの方向には向いておらず、一見すると相席になってしまった赤の他人同士のように見える。
 事実、酒場は繁盛しており、どの席も大賑わい。カウンター席近くに設けられた簡素な舞台では、吟遊詩人が得意の喉を披露している最中だ。
 酒場の隅に座る2人のことなど、誰も気にしている様子がない。
「フン。おだてたって何にも出やしないよ」
 胸元が大きく開いた服の給仕娘に、エールの追加を頼み、マリーは鼻を鳴らした。
「事実を言っただけなんですがね。ですが、この話、マダムは断れないでしょう?」
 書物を見ていた男の目が、ちらりと彼女に向けられる。マリーはその視線を鼻で笑って受け流し、テーブルの上のナッツに手を伸ばした。
「やれやれ。有名になると、この商売はあがったりのはずなんだがね。ま、いいさ。今は人手があっても思うように仕事に出られないんでね、こういう依頼はありがたい話だよ」
 運ばれて来たエールを受け取ったマリーは、ぐいぐいとそれを飲みほしていく。
「では、よろしくお願いいたします」
 男は懐から鈍色の腕環を1つ取り出すと、それをテーブルの上に置いて席を立った。マリーはその腕環をジャケットの内ポケットにしまいこみ、
「まったく。若気のいたりってやつは、いつになったら忘れてもらえるんだろうね」
 深々とため息をついた。まさか、40年近くも前の話を引き合いに出されるなんて。
 あの若造の顔は忘れずに覚えておこうと思った。もちろん、この次はあの顔を見ただけで、ユーターンするためである。
 
 

人魚シリーズ

 〜 What Causes That? 〜

 
 
「うわあ……!」
 エヴォックを初めて訪れた人間は、大人も子供も関係なく皆が一様に目を丸くし、ぽかんと口をあける。
 街の中心を北東から南西へ抜ける形で流れる大運河。この運河の河口は、西側が他国からの商船を迎える港になっており、東側は砂浜になっていた。この港と砂浜に添う形で海岸通りがあり、港側は最先端ファッションの発信地として、砂浜側は庶民向けの食料品や日用雑貨が並ぶ市場としてにぎわいをみせている。
 行き交う人々も、実に多種多様。地元の人間はもちろん、各国から訪れた商人や観光客、亞人種も少なくない。おのぼりさん同然に回りをきょろきょろしている者もたくさんいる。
 そんな健全思考漂う街中に、空賊が入り込んでいるとは誰も思うまい。
 当の本人たちも、まさかこの街でツアーコンダクターのようなことをすることになるなんて、夢にも思っていなかった。
 この街、エヴォックはビルタの海の玄関口として知られている。交易を主な産業として栄える港街であり、他国の建築様式を取り入れた様々な建物が並んでいた。街の中心を流れる運河は、遠くビルタの首都や各鉱山都市にまで続いている。
 大運河の左右は街の大通りになっていて、各国の商館や領事館にホテル、このあたりを治めるエズメ伯爵の館、グローリィ教の大聖堂など、様々な趣向が凝らされた大きな建物はこの大通り付近に集中していた。
 大運河にかかる橋の中でも1番大きなエミール橋のほとりには、フォルトーから招いた技師がその技術の粋を結集して作り上げた大鐘楼が建っている。
 この独特な景観は、この地に国内外から沢山の観光客を呼び集め、エヴォックはビルタの流行発信地として、人々からは水の都の2つ名で呼ばれている。
「分かってるだろうがね、子供たちから目ぇ離すんじゃないよ」
 大鐘楼広場にて連れの12人を見回したマリーは、最後に軽く肩をすくめた。1名を除いた全員が、回りに興味を奪われていて、こちらの話を聞いているのかどうか、怪しかったからである。
 フンと鼻を鳴らしたマリーは、「一応配っときな」とジンに向かって顎をしゃくった。
「観光地図だからそんなに詳しくないけど、ないよりマシでしょ」
 と言いながら、どこに持っていたのか観光地図を取り出し、みんなに配りはじめる。この世界の文字を読めない者にも読みとれるよう、日本語訳も併記された優れ物だ。
「ママ、みんなが迷子になったら、どうするぅ〜?」
 マリーを見上げて、ジンがたずねる。
「そんな心配、するだけ無駄だよ。そこに人間マジックアイテムがいるんだ。どうとにでもなるだろうさ」
 彼女の視線の先には、回りから頭1つ分飛び出ている男がいた。彼は我関せずといった様子で、ほわんと口から煙草の煙を吐き出している。
「帰るまで10日ほどかかるよ。その間は好きにしてな」
 軽く手を振り、マリーは解散を告げた。
「好きにしてなって言われてもなあ……」
 頼まれているのは日用品や食料品の買い出しが中心で、1日もあれば十分事足りてしまう用事である。
「どうするって……あ、あれ? ジークさんは?」
 志狼の声に買い出し組全員がきょろきょろと顔を巡らせた。
「ジークさんだけじゃなくて、桐斗君とヒルドちゃんもいないみたい」
 どうやら彼は、マリーの解散宣言と同時に、それまで我慢していた好奇心アクセルを全開にさせ、静かながらも最初からトップスピードでスタートを切ったものと推測する。
「……いつものことと言えばいつものこと──かな……」
 額に手を当て、正人がため息をこぼした。
 ジークが走り出せば、桐斗とヒルドも走り出すだろう。特に桐斗は、大事なブレーキとハンドルを兼任しているのだから、車体から離れてもらっては困る。
「まあ、大丈夫……だよな」
「陽平の意見に賛成。あの人の適応力半端じゃないし」
 片手を上げて、竜斗が応じる。
 心配だから3人を探しに行こうと言いだす者は、誰もいなかった。わずかな沈黙の後、
「それじゃ、それぞれ頼まれた買い出しに行くとしようか」
 まさに鶴の一声。正人の提案に反対する者は0だった。
 食料品と日用品は、志狼とエリィ、陽平と翡翠、竜斗と黄華が行くことになった。
「正人さんとつかささんは、オレたちと一緒にパーツや資源の買い付けに行こうね〜」
「え? ちょ、ちょっと、ユーキ?!」
 ぐいぐいと2人の背中を押し、ユーキは市場とは別の方向へ向かって歩き出した。その後ろには、興味なさそうな顔をしているジャンクがのんびりとした足取りで付いてくる。
「買い付けって、どこに行くつもりなんだい?」
「犬も歩けば棒に当たるって言うし。大丈夫、大丈夫」
「そんな無茶苦茶な……」
 ユーキの答えに、正人は呆れ声を出した。その隣では、つかさが物珍しげな顔で、少し後ろを歩いているジャンクへ買い出し参加の理由を質問している。
 たずねられたジャンクは面白くなさそうな顔で、
「賭けに負けたからな」鼻を鳴らす。
「賭け?」首をかしげる正人へ、
「サイコロに選ばれたんだよ」ユーキが答えた。
 要はこういうことである。
 エヴォックへの買い出しが決まった時、マリーから各チーム、2、3人の買い出し要員を出すよう指示があった。他のチームは早い者勝ちだったり、用事のない者が自動的に選び出されたりしたのだが……ウィルダネス組は、
「ねえ、ジャンクさん、1から6の中で好きな数字は?」
「6」
 ソファーに寝転がって転寝を楽しんでいたジャンクは深く考えることなく、頭の中に浮かんだ数字を答えた。そうして少し間があき、
「あ、ジャンクさん、当たりだ」
「何がだ?」
「エヴォックってところに行く人」
「それを先に言え」
 ソファーから身を起こすと、トーコがふくれっ面で「先に言ったら、アンタ絶対に何か仕組むでしょうが」
「サイコロは公平だぜ?」
 BDはにやにや笑っている。
 ──とまあ、このようにサイコロで決めたのだ。嫌だ、面倒くさいと訴えても、6対1では勝ち目がなく、従わざるを得なかったのである。
「食事がてら、運動しろってことだろ」
「食事って……何を食べるつもりですか」
 正人の質問は、綺麗にスルーされ、答えの変わりに買い付け品のリストが手渡された。
「……何が何だかさっぱり分からないわ」
 正人が持つリストを横から覗きこみながら、つかさが目を丸くする。
 リストは、現地の言葉と日本語(エリィ訳)で書かれているのだが、名前だけでは形はもちろん、用途も不明な物が9割を占めた。分かるのは、鉄とか硫黄くらいで、後は道具なのか、鉱物なのか植物なのか、さっぱり分からない。
 物が分からないのだから、何屋に行けばいいのかも不明だ。これは、本来の買い付け担当であるジンか、整備班の誰かに来てもらわないと難しいのではないかと思うのだが、少年と青年は、すたすたと道を歩いていく。
 正人とつかさは、2人の背中を見失わないようについて行くのがやっとだった。ジンからもらった観光地図で場所を確認する間もなく、気がつけば、周囲の景観が、華やかな物から落ちついた物へと変わってしまっていた。
 雰囲気で言うなら、観光スポットというよりは、ビジネス街といったところか。道を行きかうのは、身なりを整えた男性が多く、皆どこか急いでいる様子でもあった。
「ここ、どこなのかしら?」
「大鐘楼が見えているから、何となく方向は分かるけど……」
 立ち並ぶ建築物の中で、大鐘楼だけが頭2つ分ほど飛び出ているので、自分たちがどっち方向から来たのかだけは何となく分かる。
「ユーキ君、ジャンクさん、ここはどこなんですかって……えぇ?!」
 きょろきょろと回りを観察した後、つかさはユーキとジャンクがいた方向に顔を向け、目を丸くした。いつの間にか、ジャンクの姿が消え、代わりに30代半ばくらいの男性がユーキと話をしていたからである。
 彼は、周囲を行く人々と似たような服装をしているが、小ざっぱりとした印象があり、回りの人々が袖を通している物よりも質の良いものを着ているのだと伺わせた。
 手にはステッキを持っており、どこかの名士といった雰囲気である。
「えぇと、あの……どちら様でしょうか?」
 正人が問うと、男性は豊かな口髭を撫で、
「ワシか? ワシはアルトゥーリ・バックマン。諸君らの雇い主だ」
「は? え? 雇い主ってどういう……?」
 頭の上で大量のクエスチョンマークを大行進させている正人とつかさを横目に、バックマンはユーキを従え、
「さて、諸君。商談に向かうぞ」
 意気揚々と歩き出した。ユーキは「は〜い」と笑顔で答え、彼の後をついて行く。
「ちょっと、これってどういうことなの?!」つかさがユーキを捕まえてたずねれば、
「ジャンクさんが身体を作りかえたんだよ」
「つく……?!」
 変装したとか、変身したとかならともかく、作り変えたって……。
 正人とつかさが絶句しているのも気にせずに、ジャンクことバックマンは、
「諸君、我々は急がねばならんのだ。もっと速く、スピーディーに! 金さえあればたいていの物は取り戻せるが、時間だけは取り戻せんのだぞ」
 3人を注意し、早足で歩き出した。
「あ! ちょっと……!」
 ジャンクの人間離れっぷりに困惑を隠しきれないまま、正人とつかさは彼の背中を追いかけて行く。
 バックマンの足取りは少しも迷う素ぶりがない。誰にも道をたずねず、案内板の表示をみることもなかった。すたすたと、地元を歩くような足取りで進んで行く。
 そうして歩き続けた先には、“ザングラー商会”という看板がかかった建物があった。バックマンは、躊躇する様子もなく、当たり前のような顔をして建物のドアをくぐる。
 建物の中は、ロビーのようになっていた。モスグリーンのじゅうたんに、応接セットが離れた場所に3つ、4つ並んでいる。そのうちの半分は談笑する男性グループでふさがっていた。
「ここは何なのかしら?」
 季節の花や大きな絵などが飾られたロビーをきょろきょろしていると、バックマンとユーキが受け付けらしきところで何やら話をしているのが見えた。
 2人が戻って来たので、何をしていたのかたずねると、
「ザングラーに商談の申し込みをしてきた。すぐに来るそうだ」
 バックマンの口からジャンクの声が告げる。言われた事が今一つ飲み込めずに、目をテンにしていること数分。奥の方から、50絡みの男が慌てた様子で飛び出してきて、
「どうも、どうも、どぉ〜も。ミスター・バックマン! お久しぶりです」
 バックマンに抱きついた。ジャンクならば、即行で蹴り倒すなり殴り倒すなりしているところだろうが、バックマンはにこやかな笑顔で、彼の肩を抱き返し、
「久しぶりだ、ミスター・ザングラー。エヴォックに来たからには、君のそれを1度は聞いておかないと調子が狂う」
「ははは。それは何とも光栄なお話ですな」
 2人は親しげに会話を進めていくのだった。驚いたのは、正人とつかさである。
「ど、どうなってんの?」
「さあ?」
 ぱちぱちと何度も瞬きをする2人へ、ユーキが
「ほら、ぼうっとしてないで追いかける!」
 と背中をつっつく。慌てて追いかければ、「走っちゃダメだって! お上品にしてなきゃ」指導が入った。彼の口から「お上品に」なんて言葉を聞く日が来ようとは。
 一体、何がどうなっているのかさっぱりなのだが、周囲から浴びせかけられる好奇の視線に耐えかねて、2人は「上品に」を呪文のように繰り返しつつ、遠ざかりつつあったバックマンとザングラーの背中を追いかけた。
 彼らが入って行くのは、応接間のようである。
「2人とも、オレたちは座っちゃだめだからね。立ったまま」
「え? あ、う、うん。分かったわ」
 バックマンは高価そうなソファーに身を沈め、運ばれて来たコーヒーだか紅茶だかに手をつけている。正人たちには何もない。部屋の入り口付近で、立たされたままである。
「……一体、何がどうなってるんだい?」
「どうって……オレたちはバックマンさんの使用人役。あっちは今、買い出し品の仕入れについて交渉中」
 こっそりとユーキに聞けば、少年は小声で答えてくれる。が、そんな話は初耳だ。
「いつの間にそんなことに!? っていうか、あれ、ジャンクさんよね?」
「そうだよ」
「初対面よね?」
「初対面だねえ」
「なのに、なんであんなに仲良さそうなの?」
「生まれながらの詐欺師って言うか、詐欺をするために生まれてきたようなものだっていうか……すごいよねえ」
 しみじみと呟く少年ではあるが、そんなの答えになっていない。どういうことなのか、もっとちゃんと説明してほしいとつかさがきり出そうとしたとき、
「では、急なことで申し訳ないが、よろしく頼むよ」
「もちろん。ミスター・バックマンの依頼とあれば最優先で用意させましょう」
「すまんね。搬入の責任者は、そこにいる2人だ。まだこちらに来て日は浅いんだが、倭国の人間は勤勉でね。今ではなくてはならない人材だよ」バックマンはそこで言葉を切ると、そっとザングラーの側に顔を寄せ「もっとも、普段はあまり表に出さんので、2人を知る者はごくごくわずかなんだがね」
「何と……!」
 小声で教えられたことに、ザングラーはいたく感激したらしい。そうですかと芝居がかった口調で呟き、席を立つと、正人とつかさの前に立って
「どうも、どうも、どぉ〜も。ベラ・ザングラーと申します」
 にこやかな顔であいさつされたので、正人とつかさも
「ど、どうも。初めまして。神条正人です」
「法崎つかさです。初めまして」
 つられて笑顔であいさつをした。
「では、正人クン、つかさクン。ミスター・ザングラーと搬入の打ち合わせを頼むよ」
 ちょっと待て。いつの間にそこまで話が進んだんだ? こっちは仕入れるパーツや資源がどういうものなのかもさっぱり分からないというのに。
「は、はあ」
 目を白黒させながらも、ここで取り乱すのはよくないと分かっているから、正人とつかさはとりあえず頷いた。
「ミスター、彼らはこの街に来るのは初めてでね、世話をかけるかもしれないがよろしくお願いするよ」
「もちろんです。任せてください」
 ザングラーはどんと自分の胸を叩いた。
「そう言ってくれるとワシも安心だ。では、ワシは他にも商談があるのでこれにて失礼させてもらうよ。何かあれば、ホテル・シャングリラへ連絡してくれたまえ。それでは」
 バックマンは晴れ晴れとした笑顔で応接間から出て行き、その後をユーキが続く。
「ホテル・シャングリラ……! さすが1流の名士ともなれば定宿からして違う」
 ザングラーは感心した様子で呟き「さあ、搬入の打ち合わせを始めようか」
 正人とつかさにソファーを勧めたのだった。
 そして、この時になってようやく2人は「もしかしたら、あの2人にはめられたのかもしれない」と思ったのだが──すでに後の祭りである。
 ザングラー商会を後にしたジャンクは、すぐさまバックマンの仮面を脱ぎ捨てていて、
「あ〜肩が凝った」新しい紙巻きたばこに火を付け、早速煙を吸い込んでいた。
「おつかれさま〜」
 ユーキはにこにこと笑っている。
「ま、ラクに片付いてよかったな。とりあえず、ダウンタウンの酒場で1杯やるか」
「そうしよう、そうしよう。オレ、小腹すいちゃったよ」
「酒場に行けば何かあるだろ。この季節、エビが美味いらしいな」
「エビかぁ。楽しみ。っていうか、良く知ってるね」
「そりゃあ……ゴチソウサマの後だからな」
 この街に来てしばらく大人しかったのは、そういう理由らしい。地元民並の知識を身に付け、ついでに他のイラン知識も身に付けて、さきほどの交渉を進めたようだ。
 例えば、アルトゥーリ・バックマンはフォルトーの名士であり、3日前からホテル・シャングリラに滞在していることや、ミスター・ザングラーとは旧知の仲であることなど。
 そんな予備知識はもちろんのこと、一般常識もまだまだ少なめな正人とつかさは、顔で笑って心で泣きながら、ザングラーと搬入の打ち合わせを進めていた。
「倭国から出て来て日が浅いから、まだこっちの常識をよく知らないって言い訳が通用してよかったよ……」
 打ち合わせを終えた正人は、ぐったりとした声で呟いた。
「本当に……。ジャンクさんもユーキくんも何にも言ってくれないんだもの……」
 栄養ドリンクがあればがぶ飲みしていそうな雰囲気で、つかさが応じるのだった。



 正人とつかさが疲労困憊しているころ、原因を作った2人はダウンタウンの酒場でくつろいでいた。酒場と言っても、大衆食堂を兼任しているような雰囲気でのため、未成年が入って行っても見咎められることはない。
「あ〜……このガーリック焼きサイコー」
「こっちのアンチョビソテーも美味いぞ。ワインと良く合う」
 ユーキとジャンクは、今が旬だという海老料理を心の底から堪能していた。
「この海老を食べないのは勿体ないね」
「だな。あぁ、後で酒屋に寄っていいか? 色々話を聞きたい」
「お酒は志狼たちに期待しちゃいけないしね。いいよ」
 腹を満たす一方でジンから貰った観光マップを広げ、ジャンクがここはどうでここはあれでと説明をしている。
「ねえ、さっきから人魚を良く見るって話が聞こえてくるんだけど、人魚って珍しいの?」
「珍しいと言えば珍しいな。昔はそうでもなかったらしいが、今はほとんど見かけないらしい。たまに、波間を泳いでる姿を見かけることもあるようだが、それもそれらしい姿を見かけるってだけで、本当に人魚なのかどうかは不明なんだと」
「ふうん。人魚を見たら幸せになれるとか、逆に不幸になるとか言ってるけど、どうなの?」
「レアな物を見られたからもしかして……っていう、こじつけだろ」
「なるほど。ありがちな都市伝説ってやつだね」
 不確かな幸運よりも目の前の現実を取る少年は、納得顔で頷き、ところでと話を変えた。
「あそこからお金の匂いがするんだけど、何なのかな?」
 目線で示したのは、酒場の奥だ。バックルームか、手洗いに続いているような雰囲気の通路である。その通路を気にしている者は誰もいないどころか、それの存在に気づいている者もいないのではないかと思わせるほど、それはひっそりとしていた。
「……何で気づくかな、お前は」しかもお金の匂いがするって何だ。
 少年が示した方向へは視線を向けず、ジャンクは手の中のジョッキを傾ける。
「知ってるの?」首をかしげるユーキへ、
「シーフズギルドの入り口だ。ママが同行してるんならともかく、単独で入り込むような場所じゃない」
 シーフ、すなわち盗賊のことであるが、窃盗だけが彼らの生きる道でない。素早い身のこなしと張り巡らされたネットワークを持つ、情報のエキスパートでもあるのだ。
 情報や窃盗品といった物を取り扱うため、シーフズギルドには厳しい掟があり、他所者を嫌う秘密結社という側面を持っている。あまり、お近づきにはなりたくない組織だ。
「なるほど。それでお金の匂いがしたわけか。でも、そういうことなら、無視してるよ」
 金儲けは大好きだが、わざわざ危険に首を突っ込むほど無謀ではない。
 ユーキが言うと「そうしてくれ」とジャンクが笑う。
 少年がどうしてもと望めば、シーフズギルドに入ることは簡単だ。シーフであることを示す符丁やその他もろもろ、全てジャンクの頭の中にある。
 が、少年はお金大好きではあるが、妥協や引き際も心得ている筋のある守銭奴だ。なりふり構わず、という腹黒さは持ち合わせていない。
 そこの通路のことなどもう忘れた、という顔でユーキは観光マップに目を落とし、
「単純に人魚っていうのが、どんなのか見てみたいかも」
 人魚が現れるという海岸を探していた。
 どうやら、金儲けは忘れて観光客に徹するつもりらしい。ジャンクもそのつもりで、少年の話を聞いていると、ふいに肩を掴まれた。が、当の本人がそれを意識する前に、
「ぐぶはっ!?」
 反射神経が反応し、肩をつかんだ当人に向かって裏拳を繰り出していた。脊髄反射で動いたようなものだから、ジャンクには誰かを殴ったという意識はこれっぽっちもない。なので、全く動じることなく、観光マップを指さして、「その海岸ならこのへんだな」とユーキの話に応じていた。
「……ねえ、ジャンクさん、今、誰か殴ったよね?」
「俺がか?」
 ユーキの指摘に、青年は軽く目を見張る。そんな馬鹿な、と言う顔で後ろを振り向けば、どくどくと鼻から流れる血を手で押さえている、ブルネットの青年がいた。
「…………」
「ね?」
「…………」
 テーブルから軽く身を乗り出したユーキは、
「大丈夫ですか? それと、何か用でも?」
 攻撃されたショックで固まっている青年へ、問いかける。
「もしもぉ〜し? 起きてますか〜?」
 彼の顔の前でユーキが手を振ると、青年ははっと我に返り、まじまじとジャンクの顔を見つめた。まるで不思議生物を発見した探検隊員みたいな顔で、
「いたーっ!」突然大声で叫んだ。店内の視線が、一気に集中する。
「えぇ?!」アンタいきなりなんなの?
 思い切り嫌そうな顔で、ユーキとジャンクは青年を見る。
 一方青年は、2人の表情には気づかず、ぼたぼたと鼻血を流したまま、
「ビアンカの言ったとおりの……サファイアの目の男……!!」と何やら感激していた。
 一方、ジャンクとユーキは訳が分からないままである。彼が何をそんなに感激しているのか分からないし、集中する視線も痛い。彼と関わり合いになりたくないのだが、回りからの視線が、自分たちの脱走を見逃してくれそうになかった。
「無関係を主張したいんだが、そうさせてくれそうにないんで言うぞ。とりあえず落ちつけ。騒ぐな、暴れるな。迷惑だ」
「そうだよ。鼻血を巻き散らさないでよ。止めてよ。拭いてよ。頼むからさ」
 空っぽになった皿で、飛んでくる鼻血をガードしながら、ユーキが言う。少年たちの側にいた客は、鼻血の害を恐れて距離をとっていた。
 ユーキたちの逃亡を防ぐ空白地帯である。
 周囲の被害なんてお構いなしに、青年は興奮しまくっていた。
 ぼたり、ぼたぼた。興奮しているせいで、鼻血は一向に止まる気配を見せない。床の上には、血だまりができつつあり、遅かれ早かれ貧血を起こしそうだと思ったとたん、
「おっと、目まいが……」
 青年はひっくり返ってしまった。おいおい大丈夫かと、近くにいた男たちが助け起こす。彼はそのまま、酒場の奥へ運ばれて行った。
「何なんだ、あれは」
「さあ?」
 訳が分からず運ばれていく青年を見送っていると、
「お兄さんたち、キルシの知り合いなのぉ?」
 モップとバケツを持った酒場の給仕娘が声をかけてきた。
「キルシって言うのか、あの男」
「オレたち初対面なんで……帰っていいかな?」
「う〜ん……アタシからは何とも……」
 持って来たモップで床の血だまりを拭きながら、給仕娘が困り顔を浮かべる。
「じゃあ、あの男がどこのどいつなのか聞いてもいいか?」
「いいわよぉ。アイツは、キルシ・ハーヴィストって言うの。アカゾナット通りで両替商をしてる、ハーヴィストさんトコの跡取り息子よ」
「両替商!」
 ユーキの目がキラリと光る。両替商は、自国貨幣と他国貨幣の交換業務の他、銀行のように振替業務や貸付業務を行うこともあるからだ。商売を始めるのなら、仲良くなっていて損はない職業と言えるだろう。
 もっとも、少年が目を光らせたのは、投資を頼みたいとかそういうことではなく、お金を扱っている職業という憧れみたいなものからである。
「堅実な商売をしてる人だから、悪い噂は聞かないわね。いい噂も聞かないけど」
「ふうん……お近づきになりたいけど……なるべきかどうか……」
「俺としては、このまま帰るのを勧めたいんだが」
 ジャンクのささやかな希望は、
「君ぃっ!」復活したキルシ青年により、消えてなくなってしまった。
「頼む、僕に……いや、僕たちに力を貸してくれぇっ!」
 がっしとジャンクの手を握り、キルシは鼻息荒く詰め寄ってくる。鼻に詰め込んである物が飛び出しやしないかとひやひやしながら、ジャンクはうんざり顔で呟いた。
「……関わらざるを得なくなっちまったようだな……」
 ユーキの判断待ちになんかせずに、店にいた人間全員の記憶を綺麗にして立ち去るべきだったと、淡い後悔を抱く。さすがの彼も、時を巻き戻すことは不可能だ。
 店内にいる客の視線が痛い。キルシの赤い過剰サービスのせいで、この店に居づらくなってしまったユーキとジャンクは、店を出ることを提案。
「針のむしろにくるまれてる気分だからさ、どこか別の場所で話を聞かせてよ」
「あ、ああ。そうだね、すまない」
 キルシは店のマスターに店内を汚した詫びとしていくらか包んで渡し、店の客には不愉快な思いをさせてしまった詫びとして、1杯おごると宣言した。酒代を家に請求してくれるように頼み、「それじゃあ行こうか」ユーキたちを振り返る。
 キルシは、人に恨まれないコツを知っているらしい。
「えぇと、まずは自己紹介をさせてもらおう。僕は、キルシ・ハーヴィスト。ハーヴィスト商会っていう、両替商の放蕩息子さ」
 市場通りの方へ向かいながら、キルシは軽く肩をすくめる。
「君たちに頼みたいのは、人探しでね、依頼人はジェイク・トリスタン・バークリーだ」
「バークリー?」
 誰だろう? とユーキが首をかしげれば、「領主の次男だな」とジャンクが答えた。
「人探しの手ならいくらでもあるんじゃないのか?」
 領主の子供なら使用人や役人を使って人探しはできるはず。そういう意味で言ったのだが、キルシは「見つからなかったんだよ。おまけに親父さんは『女の尻を追いかけ回すなんて!』ってご立腹でね」と、肩をすくめる。
「そこで、僕にお鉢が回ってきたんだけど、これが.完全にお手上げでね。ビアンカ……僕の祖母に相談したんだ」
「亀の甲より年の甲ってやつか?」
「違うよ」ジャンクの意見にキルシは苦笑いを浮かべ「ビアンカは、この街1番の占い師なんだ。今は客を取ることはほとんどないけど、腕は落ちちゃいないからね」
 彼女に占ってもらったところ、探し人の行方は水晶玉が曇るので見えないが、ダウンタウンの酒場にいるサファイアの目の男に会えば道は開けると言われたそうだ。
「それで、ジャンクさんを?」
「その通り! そういうわけで頼むよ。ぜひ、力を貸してほしい」
「人探しか……この街の外の人じゃなければ、何とかなるかも知れないけど……」
 ユーキは眉間に皺を寄せた。
「ビアンカが言うんだから、間違いないよ。大丈夫」
 疑いの余地もないと言いたげなその顔に、彼の、祖母への信頼度が伺える。
「探し人の特徴は、僕から話すより、直接ジークから聞いてもらった方がいいと思うんだ」
 ジークというのは、依頼人ジェイクの愛称だろう。ユーキとジャンクは、キルシに依頼人の屋敷へ案内してもらった。
 ダウンタウンから市場通りに出ると、独特の雰囲気に圧倒される。地元の人間はもちろん、観光客も多く訪れていた。市場通りの品ぞろえは豊富で、魚介類や野菜に果物、卵やハム・ソーセージなどの加工品、肉類、乳製品などの食材はもちろんのこと、香辛料を扱う店、惣菜屋、酒屋、キッチン用品や日用雑貨店、洋服店なども軒を連ねている。
 それぞれの店は、建物の1階にテナントとして入っている店もあれば、屋台のような簡単な作りの店もあった。なるほど、昼を過ぎてもこれだけのにぎわいがあるのなら、観光地として有名になるわけである。
 果物屋の屋台で、プラムのような物を両手に乗るくらいの量を買ったユーキは、それを皮ごと口にしながら、キルシの後をついて行く。
「これ、甘酸っぱくて美味しいね。ゼリーにしてみてもいいかも」
「漬け込んで果実酒にしても美味そうだな」
 なんて話しながらキルシの後ろを歩いていると、
「あれ? 陽平。どうしたの?」
 志狼たちと食料品や日用品の買い出しに行ったはずの陽平が1人でぷらぷらしているのを発見した。
「いやあ、志狼たちとはぐれちまってさ。翡翠はエリィと一緒に人魚を見に行くとか言って、浜辺の方に行っちまったし……」
 ユーキが果物を食べているのを見て、陽平はそれをねだった。屋台で買ったミートパイをちょっとつまんだくらいで、ちゃんとした食事をしていないらしい。
「はぐれたって、わざとはぐれたんだろうが」
「あ、バレバレ?」
 もらった果物を口に運び、うめえと言いつつ、陽平はぺろりと舌を出す。わざとはぐれたことの盲点は、無一文だったということか。そんな訳で、少年は今すきっ腹なのである。
「食料品のいい悪いとか値段とか、そういうのって俺には分からねえし──」
「志狼も竜斗も主夫だからねえ」うんうんとユーキはうなずいた。
「ところで、正人さんとつかささんはどうしたんだよ? お前ら一緒だっただろ?」
「交渉はまとめたから、後の受け入れをお願いしてきたんだ」
「俺達は晴れて自由の身ってわけだ」
 ユーキはにこやかに笑い、ジャンクはすがすがしそうに言う。陽平は即座に、強引に押し付けたんだなと理解した。
「まあ、俺には関係ねえからいいけど」
 2個目の果物を齧りつつ「じゃあ、今は観光?」とたずねれば、
「いやあ、それがさあ、酒場でご飯食べてたら、キルシさんって人に会ってね。手を貸してほしいって頼まれちゃったんだよね」
「はん?」何だそりゃと思わず目を丸くすれば、
「君たち、ちゃんと付いて来て……って、君は?」
 数歩分前を行っていたキルシが戻って来た。青年は、ユーキたちの隣に並んでいる陽平に気づき、ぱちぱちと瞬きをする。
 陽平は陽平で、顔は悪くないのに両方の鼻の穴に詰め物をしている変な青年を見て、ぱちぱちと瞬きをした。
「誰だ?」
「今言ったキルシさん。キルシさん、こっちオレたちの仲間の風雅 陽平って言います」
「フーガ・ヨー・ヘイ?」
 ヨーヘーと間延びした呼ばれ方をされることのある陽平だが、ヨー・ヘイは初めてだった。「それじゃラップだな」とジャンク。ユーキは「check it out とか言わなきゃダメ?」
「ラップじゃねえ!! 言わなくていいし! っつか、ヨー・ヘイじゃなくて、ヨウヘイっすよ! フウガ・ヨウヘイ!」
「ヨーヘィ? ヨーヘェ? ヨーヘイ?」
 キルシは眉間に皺を寄せつつ、何度か陽平の名前を繰り返した。少年はがくりと肩をおとし、「ヨーヘイでいいです」妥協した。
 明らかにほっとした表情を浮かべたキルシは「ヨーヘイも力を貸してくれるのかい?」
「あ〜……まあ、いいっすけどね。どうせ暇だし」
 陽平が仲間に加わった。少年は、ユーキが手に持っていた果物を全部腹の中におさめ、
「それで、どこへ行くんすか?」
「ああ、僕の友人の家だよ。詳しい話はそこでしようと思ってるんだ」



 そうして訪れたのは、
「うお。これって、エズメ伯爵邸だろ?!」
 3階建てのエズメ伯爵邸は、観光スポットの1つだった。
 立派な柱を持つポーチには取次を兼ねた門兵が立ち、玄関扉とその周辺には精緻な彫刻が施されている。瀟洒ながらも威厳を兼ね備えたその姿は、1つの芸術作品と言っても過言ではなかった。
「は、入っていいのかよ?」
 門兵と話をしているキルシの後ろで、陽平がごくんと生唾を飲み込む。ほんの2、3時間前に見学して来た場所なだけに、緊張感もひとしおだ。──当然のことではあるが、伯爵邸内部は非公開である──
「キルシが入れと言うなら、入るしかないだろ」
 ジャンクの言葉と重なるようにして、「許可が出たよ」とキルシが手招きをした。
「すげえ……カメラとかあったら良かったのに……」
 そうすれば、後で翡翠にも見せてやれるのにと、主思いの忍びは残念がった。
「こっちだよ」
 キルシに手招きをされ、2人は建物の奥へ進んだ。伯爵邸は、カタカナの“ロ”のような構造をしているらしい。建物の中央には中庭があり、池が作られていた。
 中庭をぐるりと半周すると、開けた場所に出た。上の階に続く大きな階段は、見事なアイアンワークの手すりが付いている。
 ホールの中に人影はない。キルシが、ジェイクの名を呼ぶ。しばらくして、
「イリエ、イリエ、イリエ〜……」
 泣いているんだか、酔っ払っているんだか分からない声が上から降って来た。見上げると、酔っ払いながら泣いている顔で、麦わら色の髪の青年がふらふらとした足取りで階段を下りて来る。と、踊り場のところで足が滑り、ずっこけて、見事に尻持ちをついた。
「…………セーフ」野球の審判と同じように、両手を水平に外へ向け、彼は真顔で言う。
「いや、アウトだろ、それは」
 陽平のツッコミを無視して、青年は、足を下ろして次に尻を下ろす、という幼い子供のような方法で階段を下りて来る。
「ジーク……そんな子供みたいな真似してないで、しっかり立ってくれよ」
 キルシは青年の元へ駆け寄ると、腕を取り、彼を立たせた。
「……わ〜お。ジークさんそっくり。アンテナがないけど」
「性能は3分の1だな」
「柊みたいなこと言わないで下さい」
 忍び少年のツッコミをスルーして、ジャンクはキルシに声をかける。
「そいつが、依頼人か?」
「ああ、そうだよ。ほら、ジーク、ビアンカの占いで出た協力者を連れて来たよ」
 キルシはジャンクに向かって答え、麦わら色の髪をした青年にユーキとジャンク、陽平を紹介する。どうもと頭を下げれば、ジェイクはぼろぼろと涙を流し始め、
「イリエ、イリエ、イリエェェ〜ッ!!」
「うわ?!」ユーキへ向かって突進してきた。少年は、自分に向かって伸ばされた右腕を上から押さえつけるようにすると同時に、彼へ向かって飛び付き、
「こンの酔っ払いめ!!」飛びつき腕十字固めをキメた。
ッだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 少年に関節技をキメられたジェイクは、じたばたと大暴れ。そんな2人を見下ろしながら、陽平はやれやれとため息をつき「しっかりしてくれよ」
「そのイリエってのが、探し人の名前か?」
 床の上でのたうちまわっているジェイクを面倒くさそうに見下ろし、ジャンクがタバコの煙を吐き出した。
「そ、そうなんだ! イリエ……イリエ……! シルクみたいに艶やかなハニーブロンド。夜明けや夕暮れの一瞬に見える青紫の空を切り取ってはめ込んだみたいな、宝石の瞳。アラバスターみたいな肌、ふっくらしたチェリーの唇……あぁ、イリエ! ぼくの宝石! ぼくの芸術! ぼくのたぐぁぁぁぁぁ!!」
「そういうのは良いから、もっと建設的な話をしてくれる?」
 ユーキの腕十字固めは健在だった。
「ジーク、落ちついて話をしてくれよ」
 床の上に転がされたままのジェイクを見下ろし、キルシもため息をつく。
「あ、ああ、そう、そうだね。ウン。分かったから……放してくれないかな?」
 涙目で鼻をずびずび言わせながら、青年は少年に訴える。はっきり言って、ものすごく情けない姿だ。言っては悪いが、長男(跡取り)じゃなくて良かったなと思ってしまう。
 小さなため息を1つ吐き出してから、
「頼むよ?」ユーキはジェイクの腕を解放した。
「だいじょうぶ。任せて」
 技をかけられた腕の具合を確かめつつ、青年はうなずく。手の甲で涙を拭いつつ、ジェイクは床に正座する。
「ぼくがイリエに会ったのは、半年くらい前のことだ。エヴォックの浜辺で……ぼくは、女神と運命的な出会……ッ」
 賛辞モードに入りかけたジェイクを、8つの冷めた視線が止めた。はっとした彼は、軽く咳払いをしてから話を続けていく。
 気づくのが後少し遅かったら、ユーキか陽平が何らかの技を繰り出していただろう。
「イリエは、ぼくの話を楽しそうに聞いてくれて……笑った顔が眩しくて、ぼくはすっかり彼女のとりこさ。彼女に気に入られたくて、色々やったよ。失敗もしたけど、それも含めて楽しかった。けど、2カ月前から彼女は突然浜辺に現れなくなったんだ。初めは病気か何か用事があったんだろうって……その、会おうって約束をしていたわけでもなかったから。でも、さすがに1カ月は長すぎる。だから、彼女の身に何かあったんじゃないかって思って……でも、どうしたらいいか分からなくて、困っていたら、キルシが彼女を探そうって言ってくれて……」
「……自分から、そのイリエってコを探そうとは思わなかったのかよ?」
「え!? あ……いや、それは……」
 もごもごと言葉を詰まらせるジーク。視線は泳いでいるし、指先は糸巻き作業を始めている。青年は、そういう発想はなかったと、行動で答えていた。
「とっ、とにかく、キルシに言われた通り、イリエを探すように使用人たちに指示を出して、探させたんだけど──」
「見つからなかったってわけか」
 ジェイクは、こくんとうなずいた。
「で、見つからないんだ、どうしようって相談を受けてね。もうちょっと詳しく話を聞いた僕は、彼女が、外国人じゃないかって見当をつけた」
「でも、彼女は見つからなかった。キルシの言うとおり、港の人間に聞きまわらせたのに、見つからなかったんだ!」
 まるでキルシが悪いと言わんばかりである。
 ユーキと陽平の表情が、渋いものになった。怒らないのかと非難する視線をキルシに向ければ、彼は気にしていないとばかりに軽く肩をすくめるだけ。
「親父さんに見つかったのは、そのあたりかな? 親父さんの雷が落ちてね、ジークは彼女を探せなくなった」
「そこで、キルシさんが変わりに?」
「そう。年は、16,7くらい。ロングのブロンド、砂時計体形で、めちゃくちゃ可愛いくて、目は印象的な青紫。人間で、青紫の目っていうのは珍しいから、すぐに見つかると思ったんだけど、これが全然ダメでね」
 港の周辺はもちろん、街中を探してみたけど、見つからなかったとキルシが肩をすくめる。ジェイクの探し方は、正規ルートというか普通の探し方だ。だから、キルシは父を通じて盗賊ギルドと繋ぎをとり、裏からイリエの捜索にあたってみたのだという。
「けど、これも見事に空振りでね。この街にイリエって名前でブロンドのコはいない。国外に出て行った人間の中には、その名前自体がない」
 イリエが最後に来た日から来なくなった日までの、エヴォック港全ての船の出入りと、乗船名簿を5日かけてチェックしたそうだ。もちろん、偽名の可能性も考えたが、それも考慮に入れれば、お手上げである。
「そこまでやったんなら、俺たちの出る幕なんてどこにもないじゃないっすか」
「陽平の言うとおりだよ。オレたち、今日この街に来たばっかりだから、街中を移動するのに観光マップは手放せない状態だしさ」ただし、ジャンクを除く。
「あ〜……待って、待って。僕らの捜索じゃ穴があるんだよ。精霊族だ。ジークは、彼女が人間だって言うけど、精霊族が魔法を使って人間に化けている可能性だってある。一部の精霊族は人間に対して偏見を持っているって聞いたことがあるから」
「なるほどな」
 相手が人間を快く思っていない精霊族相手の聞きこみなら、ジャンクは適任と言えるかもしれない。幻などで見た目をごまかすような変身魔法など、彼の前では児戯も同然。なにしろ、オタマジャクシがカエルになったり、芋虫が蝶々になったりするのと同レベルの変身をしてしまうのである。
 これを人間の範疇に入れるのは、かなり難しい。
「そういうことなら、そのビアンカっていう占い師がジャンクさんを探せって言ったのも分かるぜ」
 陽平は、納得顔でうなずいた。
「ところで、そのイリエってコの写真──はあるわけねえか。似顔絵とかってあるのかよ?」
「もちろんだとも! 彼女を探すのに必要だから、サリー=クローデット・バルデスに描かせたんだ! 時間がないから素描だけどね」
 ぱあっと顔を輝かせたジェイクは、素描を取りにホールから出て行った。
「サリー=クローデット・バルデスって、今話題の女流画家……」
「え? マジっすか?」
 ジャンクの呟きに陽平は目を丸くする。今は、彼女の素描でも、庶民の1カ月の食費くらいの値段が付くはずだと付けくわえた。
「……っつか、何でそんなこと知ってるんすか?」
「食事は大事でなあ」
 すっぱー。そっぽを向きながら、人外の太鼓判をもらった青年は口から煙草の煙を吐き出した。それで、彼がどこからその情報を持ってきたのか、陽平にも察しがついた。
「間違ってねえけど、その使用法は間違ってるデショ!?」
「…………」すっぱー。陽平のツッコミを彼は無視する。
 UMA(Unidentified Mysterious Animal)ならぬUMM(Unidentified Mysterious Man)の認定でもしてやろうかと、内心でこっそり思いつつ、陽平はユーキの方へ「いいのか、あれは?」と尋ねるべく、視線を向けてみた。が……
「ところで、依頼料の話がまだなんだけど、オレたち、まだ相場ってものが良く分からなくてさ。その辺、どうなの?」
「僕もそんなに詳しくはないんだけどね……」
と前置きをした上で、キルシは「確か……」と話を始めた。
 ユーキは嬉々としてその話に食い付き、彼とマネー談義に花を咲かせ始める。
「……気にしてねえのかよ、お前はっ!?」
 少年忍者のツッコミは、またもやスルーされる。というか、ユーキは全く聞いていない。
 まるで近所のおばちゃんが井戸端会議をしているようなノリで、金銭交渉をしている2人の様子を、ジャンクは檻の中の動物を見るような目で見ていた。
「…………そんな珍しそうに見なくたって。いや、珍しいっちゃ珍しいっすけど……」
 珍しさで言えば、アンタの方が上だ。
 喉元から出かかった言葉を抑え、別のリアクションを導き出せずにいた陽平の元へ、
「お待たせ。これだよ!」ジェイクが息を弾ませて戻って来た。
「おう。見せてくれよ」
 青年が差し出したのは、ノートサイズの額縁。
 人を探すためのツールを、この男は芸術品として扱っているらしい。ここまで行くと、いっそ立派である。
 人相描きが来たと聞いて、ユーキは交渉を中断し、陽平が受け取った額縁を覗きこんだ。
「へえ……けっこうカワイ……」
 パチパチとユーキが瞬きをする。陽平は「うん?」とこぼしながら、顎をしゃくれさせた。ジャンクも軽く眉を持ち上げ「どっかで見た顔だな」と一言。
 素描に描かれている人物は、髪型こそ違うが、どこからどう見ても、エリス=ベルその人であった。



「……どうかした?」
 固まってしまった3人を前に、ジェイクがぱちぱちと瞬きをしながら首を傾げた。
「あ〜、いや……何でも……」
 知り合いにそっくりだと言えば、彼が暴走しそうな気がしたのでやめておく。
「このコを探すのか〜……」
 人差し指で頬をかきながら、ユーキは複雑な表情を浮かべている。今から聞きこみに走れば、エリィのことを言う人間もいるだろう。
「……どっかの誰かに身代わり頼んで終わり、ってのは却下っすよ」ぼそり。
 あえて視線を合わさずに呟けば、ちっという舌うちが聞こえてきた。先に釘をさして良かったと胸を撫でおろせば、ユーキが仔犬のような目で「ダメなの?」と首を傾げているではないか。
 お前もそのつもりだったのか!「ダメに決まってんだろ……!」
 小声で少年を叱ると、彼は「ちぇー」と残念そうにする。
「ジェイクさんも探しに行くんだし、そういうのは……」ダメとかダメじゃないとかいう前に、エリィに身代わりを頼む時間がない。そう言葉を続けようとした陽平だが、それは、
「え?」という、ジェイクの驚き声に遮られてしまった。
「は?」彼の声に陽平は、瞬き1つ。
「いや、え? じゃなくて、ジェイクさんも探しに行くんだろ?」
 当たり前のことを聞けば、
「ぼくが?」青年は、そんなこと考えもしなかったという顔で陽平を見返してくる。
「きみたちが探して来てくれるんじゃないの?」
「はあ!? 何言ってんだよ?! そのイリエってコに会いたいんだろ?!」
「会いたいよ! 会いたいから、こうしてきみたちに頼んでいるんじゃないか!」
「それはそっちの力だけじゃどうにもならないから、協力してくれってことだろ?!」
「僕たちの力じゃ、どうにもならないから、君たちに何とかしてほしいなって話なんだけどね」キルシがひょいと肩をすくめる。「でもまあ、この街には来たばっかりだって言うし、案内役は必要だろう。僕が一緒に行くよ」
「頼むよ、キルシ。ぼくはここで待ってるから」
「はあ?!」何だそれ。
 陽平は、ますます目を丸くした。何なんだコイツ、というような顔でユーキとジャンクを見れば、2人は軽く肩をすくめるだけ。
「ちょっと待てよ! あんたが探しに行けない理由とかってあんのかよ?!」
 一応、領主の息子なのだから、気楽に外へ出歩くことはできないなど、身分的な理由があるのかもしれない。そういう理由があるのであれば、仕方ないと納得できるのだが、
「え? だって、父さんが……」
 ジェイクは、もごもごと言葉を詰まらせた。

 ぷっち〜ん。

「てめぇの惚れた女くらい、てめぇで探しやがれ!!」
「ほ?! 惚れただなんて、そんな……ぼくは、ただ……」
 陽平の主張に青年は顔を赤くし、くねくねと身をよじらせる。
「会いたいのか、会いたくねえのか、どっちなんだよ!?」
「そ、それは……ッ! 会いたいよ、会いたいけど……父さんが…………」
「親父さんなんて関係ねえだろ! 本当に会いたいんなら、手前ぇが動けってんだよ!!」
「きっきみは! 父さんの怖さを知らないからそんなことが……!」
「修行中の剣十郎さん以上に怖ぇやつはいねえ!!」どキッパリ。
 誰だそれはと、ツッコミたいところだが、陽平の気迫がそれを許さなかった。
「この依頼引き受けても構わねえが、1つ条件がある!」
「えー……」不満声はユーキのものなのだが、陽平はそれをスルー。
「てめぇが一緒に来ることだ!」
「えぇっ?!」驚くジェイク。
「あ〜ぁ……言っちゃった……」がっくりと肩を落とすユーキ。
 少し離れたところで3人を見ていたキルシとジャンク。鼻血がとまったらしいキルシは、詰め物を取ってゴミ箱に放り捨ててから 「何だか大事になって来たねえ」と目を丸くする。
「雇い人任せなんて、よくあることなんだがなあ……」
 煙草の吸殻を携帯灰皿に押し付けるジャンクへ、キルシは
「まあ、そうなんだろうけど、僕はこの風向きを歓迎するよ。そろそろジークも変わらなきゃ」
 いつまでも人任せじゃねと、肩をすくめた。
「ぼくが一緒に? わ、分かった。……と、父さんに聞いてくるよ」
「ふざけんな! てぇめ、親父さんはイリエってコを探すことに反対してるみてえなことを言ったばかりじゃねえか!」
 ぐいとジェイクの胸元をつかみ、陽平はきりきりと青年を締め上げる。
「てぇめぇ、本当に彼女に会いたいと思ってんのかよ!?」
「会いたいよ! 会いたいって、言ってるじゃないか!」
「だったら、答えは1つっきゃねえだろうが!! てめぇが出せる答えは、行くか、諦めるかのどっちかしかねえ!」
「陽平が……陽平が、オレのお金儲けの邪魔をするよぅ」
 その場にしゃがみ込み、ユーキがめそめそと泣き真似をする。守銭奴のささやかな抗議は、今回もスルーされた。
「てめぇが一緒に行くってんなら、俺達が絶対にこの子を探し出してやる! さあ、どうするんだ!?」
「おれたち? おれたちって言った? 今……」
「言ったなあ──」
「翡翠ちゃん、陽平を怒ってよぅ……」
 めそめそと泣き真似を続けてみるが、少年忍者は、主の名前にも反応しなかった。
「いやあ……ヨーヘイは熱いんだねえ」キルシは感心したが、
「あいつだけな。ユーキは報酬さえちゃんと支払ってもらえれば、ジェイクが来ても来なくても構わないし、俺は依頼そのものがどうでもいいからな」
 ジャンクは、迷惑だと言わんばかりの口調で呟いた。
「ぼくは……ぼくは……」
 陽平に胸元をつかまれたまま、ジェイクは視線をさ迷わせている。助けを求めるように彼はキルシを見たが、青年は生温かい笑顔で肩をすくめた。そんなあと小さく呟けば、
「人に聞くな、頼るな! 自分で考えろ!!」陽平の叱咤が飛ぶ。
「う……うぅ……う〜……いっ、行くよ! 行く! ぼくもイリエを探しに行く!!」
 目尻に涙をためて、ジェイクは悲鳴のような声で宣言した。
「よし。決まりだな」
 青年の胸元をつかんでいた手を放し、陽平は満足そうに頷く。
「でも……ぼくが屋敷の中にいないって分かったら、父さんが使用人たちを使ってぼくを連れ戻そうとするよ……」
 軽く咳こみながら、ジェイクは陽平の顔を見上げた。
「てめぇの身代わりがいるってことだな……」
 顎に手を当て、陽平が思案を始める。難しい顔をする彼の横で、無視されて続けていたユーキが「そんなに考えなくたって、適任がいるじゃない」と言った。
「…………もしかして、ジークさんのことか?」
「そう」少年はあっさりうなずいた。
「でも、どこにいるか分かんねえだろ?」
 どこへ行くとも告げずに、1番最初に町へ飛び出して行った彼である。
「大丈夫だよ。ジャンクさんがいるもん」
 ねえ? と同意を求められた彼は「まあな」とあっさりうなずいた。
 


 数十分後。市場通りにある台所用品で品定めをしているジークと、彼に付き合っている桐斗とヒルドの3人を発見。
「……マジかよ……」
 どんぴしゃりなジャンクのお告げに、陽平は目を丸くした。その隣でユーキは「ね? 大丈夫だったでしょ?」とどや顔を作る。
「ん? どうしだんだい?」
「いや、こっちの話っす」
 何でもないと顔の前で手を振って見せてから、陽平は、ジェイクの依頼について彼に説明し、しばらくの間身代わりを頼めないかとお願いした。
「う〜ん……事情は分かったけど、それだと根本的な解決にはならないんじゃないかな?」
 金ぴかのフライパンを手に持ったまま、ジークは渋面を作る。
 そのイリエというコを探し出して会うまではいい。問題はその後だ。いつまでもジークが身代わりを続けるわけにはいかないのである。今後も彼女と付き合いを続けていきたいというのであれば、ジェイクは父親との対決を避けることができない、というわけだ。
「珍しく正論だね、ジーク兄ちゃん」
「“珍しく”は余計だよ、桐斗君」
「桐斗の意見に同意。けど、そうなんだよなあ……今回はこれで乗り切っても、次をどうするんだって言われるとなあ……」あのヘタレでは頼りにならない。キルシが協力してくれるのだろうが、それだって限界がある。
「そんなことより、このフライパンの輝き! 素晴らしいと思わないかい?! これがあれば、鬼に金棒! カモにネギ!!」
「鬼に金棒とカモにネギは意味違うから!」桐斗が話題修正のツッコみを入れたのだが、
「鴨とネギ……う〜ん……鴨南蛮かな。でも、それだとフライパンじゃなくてお鍋だよね」
 その修正方向をユーキが別方向に捻じ曲げた。
「大丈夫! 鍋も金ぴかさ!」
 しゃきーん。ジークは、左手の寸胴鍋を得意げに見せた。
「違うでしょ!?」
「鴨とネギから離れろ!」
 桐斗と陽平のダブルツッコミ。
「ジークさん、鴨南蛮はお気に召さないらしいよ」
「残念だなあ。美味しいのに」
「ねえ?」
 ヒルドに同意を求めたユーキだが、少女はよく分からないといった具合にこてっと首を横に方向けた。
「そこでジークさんに提案! 桐斗やヒルドちゃんに気に入ってもらえるようなこの国特有の鴨料理のレシピを学ぶ気はない?」
 人差し指をしぴっと構える角度は、顎のラインと平行に。ユーキの視線が、きらりと光る。陽平は即座に理解した。これは、何かを企んでいる目だと。
「そっそれは……っ!」ジークの背後に、落雷が。桐斗は嫌な予感に襲われる。
「そんな場所があるのかい!?」
 身を乗り出し、青年はユーキに詰め寄った。少年は満面の笑みで頷き、 
「あるよ! エズメ伯爵邸っていってね、この国でもトップクラスの料理人が腕を振るう職場だよ! 授業料は今言ったジェイクさんの身代わりってことでどう!?」
「乗った!」
「いえ〜い! 交渉成立♪」
 ジークとユーキは、ハイタッチ。にこにこ顔で笑い合っている。
 一方、桐斗はくらりときた頭を押さえ、「やっぱり……」大きなため息をついた。
「悪ぃな。気苦労かけるわ……」
 陽平はぽんと幼い少年の肩に手を置いた。
「イリエってコを探しながら、次はどうするのかってことも考えさせとくから」
「ああ、はい。よろしくお願いします」
 それしか返す言葉が出てこなかった。
 ユーキがジークたち3人をエズメ伯爵邸に連れて行き、ジェイクとジークが御対面。
「うわ!? 本当にジーク兄ちゃんにそっくり!」
「これは驚いたな……ジークが2人いるみた……って……彼もジークって言うのかい?」
「そうです。あの人も“ジーク”なんですか?」
「ジェイクが本当の名前だけど、親しい人間はみんな“ジーク”って呼んでるよ」
 へえ、そうなんですかと、桐斗は相槌をうつ。
「君とそっちのお嬢さんは僕の親戚で、行儀見習いのためにジークに預かってもらってるっていうことにしようか。何かあったら、ハーヴィスト商会へ連絡をくれるかな? マジックアイテムがあるから、すぐにここへ戻って来るからね」
 マジックアイテムだと言って見せてもらった物は、一昔前のポケベルに似ている。ただし、メッセージが受信できるわけではなく、これが光れば家に戻れ、というサイン程度の物でしかないようだ。
 身代わりをしている間の注意について、キルシと桐斗が打ち合わせをして数十分。
 陽平たちは、ジェイクの依頼を遂行するため、エヴォックの町へと繰り出したのであった。
「キッ、キルシッ……ぼ、ぼくたちだけで出かけて大丈夫かなっ?! やっぱり、護衛を付けたほうが──」
「ジークッ! 君は今、屋敷にいることになっているんだ。護衛なんて付けられるわけがないだろう?」
「……人探し料金に護衛料を上乗せしてもらえたら、護衛もやるけど?」
「お前、本ッ当にちゃっかりしてんな……」
 守銭奴少年の発言を、陽平は呆れ顔で聞いていた。その少し後ろでは、ジャンクがどうでもいいと言わんばかりに、大きなあくびをしている。
「いいかい、ジーク。君は今から伯爵家次男という肩書きを置いて、愛しい彼女を探し求める1人の男になったんだ! 護衛だなんだと言ってる場合じゃないんだよ!」
「そ、そそそ、そうか。そうだよね、うん。ぼくは、イリエを探さなきゃいけないんだ」
 こくこくと頷きながら、ジェイクは自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。
「……本当に大丈夫なのか?」心配顔の陽平をよそに、
「ま、何とかなるでしょ」この依頼を受けたユーキは、のほほんとしていた。
「ぼくはッ、イリエを見つけて、この腕に抱きしめるまで、ただの男でいるんだ。うん、大丈夫。キルシもいるし、ユーキくんやヨーヘイくん、ジャンクさんも雇ったんだ。ぼくは、一緒にいるだけで──」
「いいわけねえだろ! 俺たちが、てぇめぇを手伝うんだよ!!」
 伯爵家次男という肩書もどこへやら。陽平は、ジェイクの後頭部に1撃を食らわせる。
「ああッ、ジーク、しっかり!」
 前にずっこけそうになったジェイクの体をキルシが支えた。早くも良いコンビネーションを見せつつある3人である。そんな彼らをウィルダネス組2人は温かく見守りつつ、
「ジェイクさんの頭、もつといいねえ……」
「その時はイリエとかいう女の記憶も消して、はいサヨナラ、な」
「うん、分かった」
 さらっと、恐ろしいことをのたまうのであった。
「イリエー! ぼくはッ、必ずきみを見つけてみせるーッッ!」
 お忍びの人探しなのに、そんなに大声出してどうするのさ。
「おう! その意気だ、その意気!」
 陽平も無責任に発破かけないでよ。
 内心でツッコミつつ、ユーキとジャンクは3人からさりげなく距離をとって、赤の他人を装うのであった。



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