お 空 の 上 の よ し な し ご と


 空の上は、今日もにくったらしいくらいに晴れ渡っていた。
「い〜い天気だなぁ……」
 デッキブラシに顎を乗せ、陽平はぼんやりと頭上を眺めた。
 頭の上には、雲1つない。あるのは、果てしなく広がるスカイブルーの空間だけだ。
「空の上……なんだよなあ……」
 甲板から眼下を望めば、雲の塊が幾つも浮かんでいるのが見える。頬に受ける風は、気持ちいいものだったが──振り返えれば、ボロボロの帆を風にはためかせた、マストが4本。少年が立っている甲板もあちこちに補修の跡が見られた。
「本当に大丈夫なんだろうな、この飛空船……」
 突然エンジンがストップして、墜落を始めたってやっぱりなって思うだけだよな。
「へい、サボってるんじゃねえぜ」
 非難する言葉と違い、その声音には笑い声が含まれている。振り返りながら、
「サボってねえよ。ちょっと休んでただけだろ」
 答えれば、ダッフルコートを着込み、帽子を被った男の子がいた。彼と同じような格好をしている男の子は、彼の他に3人いる。
 彼らに交じって、黄華、翔馬と柊もデッキブラシを持って甲板掃除に精を出していた。
「そういうことにしといてやってもいいけどな」
 子供はひょいと肩をすくめる。外国人のようなオーバーなリアクションだったが、この子供には似合っていた。
「なあ、何であんなにボロボロなんだ?」直せばいいのに。
 風になびく穴だらけの帆を指さして、陽平はたずねた。
「囮にするからだろ」
 子供はあっさりと答え、丁寧に説明してくれる。
 飛空船という物は、どんなにボロボロであったとしても、解体するなどして売り払えば一財産になるのだという。だから、
「エンジン止めて置いといて、わざと捕まるんだよ。で──」
「襲うのか……」
 がっくりと肩を落とす。子供がきゃっきゃとはしゃいでいる姿を見ていると忘れそうになってしまうが、この船のオーナーは、由緒正しい立派な空賊なのだった。
「他にも歌声を利用しておびき寄せたりする連中もいるってマムが言ってた。すげーよな」
「歌声? そんなんでおびき寄せられんのかよ?」
「セイレーンとかローレライとか、魔法の歌声を持つ種族がいるんだよ」
「まほーのうたごえ……」
 歌の上手い仲間は何人かいたが、それとは違うのだろうか? ううんと唸っていると、
「そこ、サボってちゃダメだろう!?」
 たまたま通りがかった子供から、叱責を受けた。
「おぅ ちょっとした ぶれいく たいむ ってやつだ」
 肩をすくめて悪びれもせずに答えた子供は、陽平を見上げ、
「今のが誰だか分かるか? 分かったら、おやつをやってもいいぞ」
 いたずらっぽい笑みを向けてくる。
「…………えーと……」
 この船には、12人の子供が働いていた。ただでさえ12人の名前を覚えるのは大変なのに、全員同じ顔をしているのだから、たまったものではない。この船に世話になるようになってそろそろ1週間が経とうとしているが、全員の顔と名前はまだ一致していない。
「ワイン……か?」
 家事関係のリーダーだという子供の名前をあげてみるが、
「のー 今注意したのは、アラックだ」
「アラックって……えーと、この船を動かしてるやつだっけ?」
「いえす。 というわけだ。アンタのおやつは俺がもらうぜ」
 してやったりという顔で、子供は陽平を見上げている。
「えぇ!? ちょ、待てよ?! 俺はやるなんて一言も言ってねえぞ!?」
「何だよ、アンタが勝ったら賞品ありで俺が勝ったら賞品なし、っつーのはねえんじゃねえの?」
「誰も賭けに乗るなんて言ってねえだろ!?」
「答えた時点で、賭けは成立だ! それが空賊のるーるってもんだぜ!」
「くっそ。あぁ、もう……勝手にしやがれ!」
 何だかハメられた気がしてしょうがないのだが、子供の言うことだ。大目に見てやってもいいか、という気にもなる。
「ぐっど! そうこなきゃな」
「ラム! 陽平! 働けよー」
「おーけー!」
「分かってるよ!」
 返事をしたものの、今、注意した子供が誰なのかは、やっぱり分からない陽平だった。



 その頃、帆船内の厨房は、間近に迫ったおやつタイムの準備に追われていた。
「……なんつーか、すげえよな」
 おやつの準備をするんだと張り切る子供たちへ手伝いを申し出た竜斗、碧、光海、孔雀の4人は、唖然としていた。
 いきなり13人もの人数が増えたというのに、この船の厨房はびくともしていない。1日3食に加え、おやつまでしっかり用意されているのだから感心するやら呆れるやら。
「毎日、大変だよな」
 バターとグラニュー糖をミキサーで混ぜたものを薄力粉、粉末アーモンド、牛乳と一緒に混ぜ合わせながら、竜斗がふうと小さくため息をついた。
 厨房には、7人の人間がいるわけだが、不思議とそれほど狭くは感じられない。ここにいる人間の半分が子供だからかも知れないが。
「そんなことないよ〜? お兄ちゃん、お料理嫌い?」
 厨房のサイズは普通の大人向けの物なので、子供たちにはちょっと大きいらしい。台の上に乗った子供が、くりっと首を傾げた。
「むしろ好きな方なんだけどな……ただ、これだけの量を中心になって用意すんのは大変だなって思ってさ」
 竜斗は軽く肩をすくめる。今でも30人近い所帯なわけだが、はぐれている仲間と合流すると倍近い人数に膨れ上がってしまう。はぐれた方にも料理好きはいるから、手は足りるだろうが、それでもラストガーディアンの時と同じようにはいかないだろう。
「大変だけど、空の上の楽しみは食べることくらいしかないから、しっかりやれってママに言われてるし。僕たちのお仕事、地味だけどけっこう重要だよ?」
「あー……そうかもな。ってことは、手抜きなんてできねえな」
「当然だよ。混ざったら、さっきのラズベリーと混ぜて、型に入れてね」
「はい。焼き時間はどれくらいですか?」
「170℃で50分!」
 碧の質問に、子供はにこっと笑って答えた。
 型の数は全部で6つ。普通の家庭用オーブンなら、焼くだけでも時間がかかってしまうが、この船の厨房に備わっているオーブンはどうみても業務用の大きな物だった。
 子供たちにとっては、オーブンのドアを開けるのも一苦労しそうなのだが……
「といやっ!」
 1人がジャンプして、オーブンの取っ手にぶら下がって開け、
「しゅわっち!」
 そこへ別の1人が台ごと滑り込んで来る。
「ほいさ」
「ほいさ」
「ほらさっさ」
 バケツリレーで6つのケーキ型は、次々とオーブンに入って行き、
「ちょいやさ!」
 もう一度ジャンプして、オーブンのドアを閉める。
「すごい」
「ナイスチームワーク」
 見物人になってしまっていた竜斗たちは、思わず手を叩いてしまうのであった。
「っつか、言ってくれりゃあ、俺たちで入れたのによ……」
「あ、そか」ぽんと3人が同じタイミングで手を叩く。
「つい、いつもの癖で……」
 あはははと笑ってごまかした。
「あのさ、今、はぐれてる仲間って全部で22人いるんだよな。お前らが、アイアンゴーレムって呼んでるタイプ? タイプでいいのか? いいよな?」
 側にいる碧たちに聞けば、それで意味は通じるのでいいと思いますという返事がある。仲間の合意が得られたことに安心して、
「アイアンゴーレムが3人で、合計25人なんだけどよ……大丈夫かな? その色々と」
「寝るところはあるもん。大丈夫だよ」
「そっちの心配はしてねえんだけどな……」
 実際、船の空き部屋は多い。今、竜斗たちは、1人ないしは2人で部屋を使わせてもらっているわけだが、それでもまだまだ空き部屋には余裕がある。後、50人くらい乗り込んで来たって、まだ余裕があるだろう。
「この船ってさ、動かすのに100人くらい要りそうな気がするんだけどよ、たった14人で、何で動かせてんだ?」
「おじーちゃんがいろいろやってるんだと思うよ」
「そんなすげえ人には見えねえんだけどな……」
 この船の船長である老婦人に、しょっちゅう足蹴にされている姿を目撃している身としては、「大丈夫なのか、あのじいさん」としか思えない。
「チッチッチ。おじーちゃんを甘くみちゃいけないなぁ。おじーちゃんは、あぁ見えて、AAランクなんだよ!」
「それってすげえのか?」
「知らないの!? AAランクって、どこの国に行っても100人いないんだよ?!」
「へえ……そりゃすげえな」
 と、言いつつも、そのすごさの基準が今一つ分からない竜斗であった。
 ランニングにカーゴパンツ、オレンジ色のサングラスをかけて、ごそごそやっているあの姿は、どう見ても下町の町工場で働くじいさんにしか見えないのである。
「俺が心配してんのはさ、寝床の心配じゃなくて、家計の心配なんだけどな……」
 大人2人、子供12人という大家族ではあるが、そこに35人+アイアンゴーレム3人が加わるのだ。家計への打撃は半端じゃない──と思ったのだが、
「その分、お仕事すればいいんだよ。ねー?」
「ねー。ママも手が増えたからやりやすいって言ってたしね」
「大丈夫、大丈夫。いざとなったら、コルンが何とかしてくれるって」
 子供たちは、のんきにけらけらと笑うのであった。
「いいのか、他人任せで……」
 言葉小さく突っ込めば、コルンがお財布係だも〜んと3重唱が返ってくる。どうやら、他人任せでいいらしい。



   お財布係ことコルンは、その頃ブリッジにて今後の予定について会議を行っていた。出席者は、この船で一番偉いマリーと物資調達係のジン、鷹矢と椿、鏡佳を含めた6人である。本来ならここにアラックが加わっていても不思議ではないのだが、彼はこれからオヤスミの時間だ。船の操舵は、マリーが呼びだした妖精・グレムリンが引き継いだ。
 ちなみに完全な余談ではあるが、ブリッジの隅っこでは、マリーを「ババア」呼ばわりした剣史が、彼女の鉄拳を喰らって伸びていたりする。
「お前たちが仲間を探しに行きたいって気持ちは分かるがね、こっちにだって都合ってモンがあるんだよ」
「それは、分かっています」
 突然13人もの人間が転がりこんで来たのだ。マリーの言い分は分かる。が、1週間も遊覧飛行に付き合わされたのでは、無駄な時間を過ごしているようにも思えるのだ。
「ママ、お姉ちゃんたちにもちゃんと説明してあげた方が、面倒がなくていいよ」
 よいしょと猫脚の椅子から立ち上がった子供は、とてててっと通信系の機械をまとめているブースに滑り込んだ。
「あのねえ、ボクたちは今、家に帰るところなんだけどね……」
 う゛んという音と共に、ブリッジに1つの窓が現れる。そこに表示されているのは、デューオを中心とした周辺地図だった。
「ボクたちの家は、このあたり」ビルタの国境にほど近い、デューオの1点が示される。「今、ボクたちがいるのはこのあたりね」示されたのは、やはりビルタの国境にほど近いデューオの1点ではあったが、かなり北北西に位置している。
「ちなみに、お姉ちゃんたちを拾ったのはこのあたり」
 かなり大きな範囲をカバーしている地図なので、正確な距離は掴めないが、最後に示された1点は、だいぶ海に近いところだった。
 示された3点から、この船は今、内陸の方に向かって進んでいることが分かる。
「まず家に戻り、食糧や物資の補給と家の片づけを行う。留守は、ブラウニーやペナテスに任せているが、ずっと連中任せにしている訳にもゆかぬのでな」
「ブラウニー? ペナテス?」
「どっちも家に関係する妖精だよ。ブラウニーは家を片付けるのが大好きな妖精で、ペナテスは食事に気を使ってくれるからね。留守番にはちょうどいいって訳さ」
 マリーがひょいと肩をすくめる。
「では、補給が終わりしだい、すぐに出発というわけにはいきませんね」
 椿がため息交じりに呟けば、「いかないねえ」とマリーが口の端を持ち上げる。
「けど、それじゃあ、お前たちが納得しないだろ。自分たちだけでも仲間を探しに行くなんて言い出しかねないしね」
「許可をもらえるのなら、そうしたいと思っていますけど……」
「やめときな。お前たちの腕っ節は信用できるけどね、デューオを甘くみちゃいけないよ」
「というより、後ろ盾もないばかりか、右も左も分からぬような人間が13人ばかり集まったところで、ただの有象無象にすぎぬわ。何の役にも立たぬ」
 遠慮がちだった鏡佳の意見を、マリーと子供があっさり却下した。特に子供の言い方は、辛辣すぎる。が、事実であるだけに、少女はぐっと唇を噛んだ。
「それはちょっと言い過ぎだよ、コルン。間違ってないけどさ」
 1人離れたところにいる子供は肩をすくめ「デューオってところは危ないからさ、やめといたほうが良いって。そっちのお姉ちゃんは裏の世界も知ってそうだけど……それだって、自分とこの裏の話でこっちの裏じゃないからさ。下手にかき回されて情勢が変わっても困るわけよ。色々と」
 指を差された椿は、はあとため息をつく。「それは……そうかもしれませんが……」
「これだけ言っても大人しくしてくれそうにないのは、どういう理由だい? 一緒に戦う仲間だってんなら、お前たちと同じくらいの腕っ節は持ってんだろう」
「無事を信じる気持ちはあります。でも、同じくらいに心配なんです。もし、私たちがいない間にオルゲイトの襲撃に遭っていたりしたら……って、私たちはママに会えて、こうして助けてもらえていますけど、仲間もそうとは限らないですし──」
 俯く鏡佳の頭を、鷹矢が大丈夫だと言って、撫でている。
「やれやれ。あんまり心配し過ぎるのもよくないって知らないのかい。そう言う気持ちは相手の方へ届いて、返って相手に余計な種を呼びこんじまうらしいじゃないか」
「そ…そうなんですか?」
「そういう論文があったはずだよ。昔、クソジジイが面白いって、喜んでたからね」
 アタシャ興味ないんで、よく覚えちゃいないがね。フンと鼻を鳴らしたマリーは、
「いいかい。お前たちは赤ん坊並に世間を知らないんだ。勝手に出歩かれちゃ、アタシらが困るんだよ。だいたい、外へ出て行ったとしてだ、どうやってアタシらと連絡を取るつもりなんだい?」
 ジジイが作った通信用の機械は、長距離で使える訳じゃないんだと続ける。
「…………それは……」
「だから、家に戻ってる間、ギルドで、それらしい人間やアイアンゴーレムを見かけなかったか、情報を集めてもらう。どこにいるのかも分からない相手を探すんだ。その方が良いに決まってるからね」
 マリーの言うとおりだった。
「では、今後の行動が決まったところで次の議題、収入面についていろいろ討議したいと思うが……そなたら、空賊の稼業は手伝わぬのだな?」
「世話になっているのに悪いとは思いますが、手伝えません」
 仮に100歩、いや1000歩譲れば、鏡佳や椿たちは手伝えるかもしれない。
 しかし、鷹矢は1歩も譲れなかった。刑事が泥棒稼業なんて働いた日にゃあ、宇宙警察機構の信用丸潰れである。空賊と共に行動をしている、という所だけでも、上層部では意見が真っ二つに分かれそうだ。
 正義を成すのは、難しい。



 ブリッジで今後の方針が話し合われている頃、日向は格納庫で唸っていた。目の前には、一家の経済状況を大きく左右するバノブルーたち整備班が、1つのモニターを囲んで大興奮している。
「ワシャ……ワシャァ……なんちゅー幸せモンじゃあっ!!」
 ぶるぶると全身を小刻みに震わせ、老人が叫ぶ。
「分かる! 分かるよ、おじーちゃんっっ!!」
 同じように興奮する子供の横で、もう1人は袖をまくって、自分の腕を指でさす。
「ボクもチョー感動しちゃったもんっ! ほら、見て見て、トリハダだよっ!!」
 残る1人は、無言でこくこくと首を縦に振っている。まるで、高速で動いている張り子のトラのようだと日向は思った。
「噂にゃあ聞いとったが、まさか生きてこの目でお目にかかれる日が来るとは……体中が歓喜の喜びにうちふるえておるぞぉぉっっ! このふるえが脳髄まで震わせ、脳震盪を引き起こして、ぽっくり逝ってしもうても悔いは……っ! 悔いはっ…………あるの。うん。マリーを残してぽっくり逝くわけにはいかんしのー」
 あぁ見えてマリーは寂しがり屋さんじゃしのー。
 上げに上げまくったテンションをあっさり急転直下させて、バノブルーはふうとため息をついた。ついでに、興奮して血圧上げるのも体によくないしのーなんて、呟く。
 見ているこっちもため息がこぼれそうだ。
「そこまで驚くほどのものではないと思うんですが……」
 彼らが見ているのは、ライドホークとダークストライカーの自己修復の様子を記録したものだ。それほど面白いものには思えないのだが、彼らは違うらしい。
「そりゃあ、お前さんがたにしてみればそうかも知れんがの。自己修復技術は、どこかの真理学者が研究室内で再現に成功したっちゅー話を聞いたことがあるだけじゃもん。ワシらにしてみれば、夢の技術なんじゃもの。興奮するなっちぅ方が無理な話じゃわい」
「そーだ、そーだ!」
「おねーちゃん、感じ悪い〜」
 ぶうぶうと文句を言う2人と、彼らに賛同するようにこくこくとうなずく1人。何も言わない彼も、日向に向ける視線はかなりトゲトゲしい。
 私が言いたいのは、驚き方のほうなんですけど……。反論しようかと思ったが、和を乱してしまいそうな気がするのでやめておくことにする。
「しっかし、こりゃあどうやってるんじゃろうなあ? 朝から何十回と見直しとるが、どうにも……」
「再現した真理学者は、生命専攻……」
「ふぅむ……ちぅことは自然治癒力を参考にしとるんじゃろか? さぁて……そうなると、ワシらで再現はちぃと難しいのぉ……。科学技術ともなるとなおさらじゃなあ」
 バノブルーは腕を組み、うぅんと唸る。子供たちもそれにつられて、うぅんと唸った。
「あの、1つお伺いしてもいいでしょうか?」
「1つなんてしみったれたこと言わんで、聞きたいことがあったら、何でも聞けばええわい。ワシが答えられるかどうかは別の話じゃがの」
 デジカメに似た機械──記録しちゃうぞ・ガンマという名前らしい──を触りながら、バノブルーが、ひょひょひょと笑う。
「あなたはどうして、錬金術師から科学者に転向を?」
 これまでの雑談から、日向は目の前の老人がとても優れた錬金術師であることを見抜いていた。個性豊かな12人のホムンクルスの存在をとってみても、十分にそれが分かる。
「何じゃ、そんなどうでもいいようなことを気にしとったんかい」
 ぱちぱちと瞬きをして、バノブルーは日向を見る。ついでに、錬金術師じゃのうて、真理学者が正しいんじゃがのと、注意された。そのことに謝罪しつつ、
「どうでもいいことだとは思えません。この世界では、科学技術は異端として白眼視されていると聞きました。なのに、あえてその道を進もうと思われたのはどうしてなのかと思ったんです」
「面白そうじゃと思ったから」
「は?」
 たった一言しか返ってこなかった答えに、日向は目をテンにする。
「は? じゃなくての。面白そうじゃと思ったから、科学も学んでみたいと思うただけじゃわい。それに、真理学を捨てたわけじゃないしのー。まあ、あれじゃな。世界っちゅうもんは複雑で広いから、色んな方向から物事を見てみたいと思っただけじゃな」
「色んな方向から……ですか?」
「そうじゃよ。真理学者の中には、科学は思想の発露がない戯言じゃと言うモンもおるようじゃが、ワシャァそうは思わん。真理学は神の力とそこに隠された意図を解き明かす学問で、科学は神の手を離れた物の仕組みを解き明かす学問じゃと思うとる。世界っちゅうもんを知るためには、どっちも欠けちゃあいかんと思わんか?」
「……そう……ですね」
 まさかそんな立派な考えを持っていたなんて。驚いた。日向が素直に感動していると、
「それに、ほとんどのモンが知らん技術でもあるからのー、相手を出し抜くにはちょうど良くってなあ。仕事がはかどってマリーも大喜びじゃ! ひょーひょーひょーひょー」
 がくり。思わず前につんのめりそうになったのをかろうじてこらえた。
 結局は空賊稼業へ行きつくのか。
 この男、エリクには劣るもののかなりの天才肌であることには間違いない。なのに、その性格にはかなり問題があるようだ。
 呆れの一言では言い表せられないような諸々の感情が詰まった、大きなため息が日向の口からこぼれるのだった。


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