オリジナルブレイブサーガSS
ひな祭り いろいろ



 今日は3月3日、ひな祭り。世間は麗らかな春の日差しの中、桃の節句を祝っているようだ。
 だが、桃の節句であろうとなかろうと、この親子には関係ない。 御剣剣十郎・志狼親子は稽古のため、道場へ向かっていた。 二人の稽古を見学するため、エリス・ベルがその後ろにくっついている。
「あれ? イサムさん、どうしたんスか、そのカッコ」
 道場の入り口で出会ったのは、風呂敷包みを抱え、若草色の着物を着たラシュネスチームのイサム・ヤクシジである。
「着物なんか着て、何かあったんですか?」
 まるで一昔前の若旦那といったカンジの格好のイサムに、エリィは目をきらきらと輝かせた。
「剣十郎さん、志狼さん、エリィさん、こんにちは。これは、借りたんですよ。 アスタル学園でお茶会があると聞いたんで、無理を言って参加させてもらったんです」
 にこにこと朗らかに笑いながら、イサムは道場の入り口をくぐった。
「ほぅ、お茶会ですか」
 イサムが着物を着ているのは初めてみるが、その所作に不自然さは全く感じられない。
「ええ。楽しかったですよ」
「ウィルダネスとお茶会のイメージが結びつかないなぁ……」
「ウィルダネスと一口に言っても広いですからね」
 首を傾げるエリィに、イサムは苦笑を浮かべる。
「ところで、道場には何の用で?」
「ユーキたちがここにいると聞いたものですから」
「ユーキが?」
 志狼が不思議に思って道場の障子を開けたとたん、
「おおぉぉぉっ!!」
「なんのぉぉぉっっ!!」

 ユーキの拳とトーコが作り出した障壁とが、激しくぶつかり合う場面に遭遇した。
「ひぇぇぇぇぇぇ」
「ほぉ」
 へなへなとその場に崩れ落ちそうになるエリィの体を支えた剣十郎の口からは、感心したようなため息が漏れる。
「よぉ」
 4人が入って来たのを見たジャンクが、軽く手を挙げ、居住まいを正した。
「これはまた、随分張り切ってますねぇ」
 ジャンクの隣に正座したイサムは、トーコとユーキの組み手を見つめ、小さく息を吐く。
「これじゃ、稽古はできそうにねぇな」
「うぅむ……見取り稽古という言葉もある。他の者の稽古を見るのも修行の一つだ」
「二人ともすっごぉ〜い……」
 志狼・剣十郎・エリィの3人もまた、道場の隅っこに腰を下ろす。
「はっ!」
 ユーキが右ストレートを繰り出せば、トーコはそれを半身ずらすことによって交わした。が、直後に左が彼女の腹を狙う。
「ちぃっ!」
 トーコはそれを《シールド》で弾き返し、後ろへ飛んで間合いを取った。
「ふっ!」
 弾かれた勢いを殺さぬよう体を回転させたユーキは、回し蹴りを放つ。
「くうっ……!」
 トーコは、それを瞬時にして作り出した防具を装備した横臑で受け止める。
「おいおい、トーコの奴、防戦一方じゃねぇか」
「今日はひな祭りなんだろ?」
 それはそうだが、それとこれと一体何の関係があるのだろうか?
 ジャンクの答えに志狼が首を傾げていると、エリィが床の間に飾られた立ち雛に気づいた。
「あ! お雛様って……どうして、お内裏様が二つもあるの?」
「1、2、3だろ」
 自分とトーコとイサムを指さし、ジャンクは何を言ってるんだとばかりに眉を軽く持ち上げる。
「普通、雄雛と雌雛は一体ずつだが?」
「まぁ父親と母親だけしか大人がいないトコじゃ、そうだろうな」
 剣十郎の言葉にも、ジャンクは真顔のままだ。
「なんだか微妙に話がかみ合ってないような気がするんですが」
 などと言いつつ、イサムは風呂敷包みをほどいていく。その中から出て来たのは、茶筅に茶杓、 抹茶茶碗など。どうやら、ここで茶を立てるつもりらしい。
「エリィ、その人形、倒すんじゃないわよ!」
「そうそう。倒すにはまだ早いから、ねっ!」
 ユーキのつま先がトーコのあご先をかすめ、トーコがのけ反った。ユーキは軸足を蹴って、床に着地すると、そのまま前に飛び出し、タックルを決める。
「げほっ!」
 このまま大技に持ち込みたい所だったが、《テレポート》により脱出されてしまった。
「……倒さないけど、でも、何で?」
「人形を倒したら、それは白星の証拠になるからな」
 お懐紙の上の和菓子を頂きながら、ジャンクが答える。
「白星?」
 慣れないお茶の作法に戸惑いつつも、志狼は隣に座る父親を真似、和菓子を口に運んだ。
「あたしらにとっちゃ、黒星だけどね」
「でも、別に人形飾る必要ないよね? 倒した大人の数、知らせる必要なんてどこにもないんだし」
 以前、戦況は、ユーキが一方的に攻め続けている。
「人形の数は、大人の数と言う訳か。しかし、君たちは何をしようとしているのかね?」
「どうぞ」
「ああ、すみませんな」
 イサムの立てたお茶を、完璧な作法で飲む剣十郎であった。
「「だから、ひな祭り」」
 トーコとジャンクの声が見事にハモる。一方、ユーキからは「休憩」の要請が入った。
「ひな祭りって、違うと思うんだけど」
 立ち雛の側から戻って来たエリィは、作法もそっちのけで和菓子をパクつく。
「何が?」
「何がって、ひな祭りってのはあれだろ? 女のコの成長をお祝いする祭りなんじゃねぇのか?」
 男所帯の御剣家では、最も縁の遠い行事と言えるだろう。
「ええっ!? 子供が大人をボコっていい日の間違いでしょ?!」
 見学組の側へ寄って来たトーコが、思いっきり目を丸くして叫ぶ。
 志狼とエリィは、口に含んでいたお茶を吹き出した。
「違っげーよっ!!」
 多少むせ返りながら、志狼が叫ぶ。
「この日は、大人が反撃するのは禁じられているからな。年に一度のこの日、子供は常日頃の恨みつらみを発散して……」
 まじめな顔のジャンクに、
「するなよ!!」
 またもや志狼のツッコミが入った。
「う〜ん……やっぱ、これっておかしかったんだ」
「お二人の育った所だけに限られる、独特な風習のようですねぇ」
 ユーキとイサムは、どこか達観した表情でお茶をすする。
「あ、あはははは……何か、スゴイ所だねぇ……」
「ううむ……」
 エリィは乾いた笑いを浮かべ、剣十郎は低く唸った。
「ってゆーか、この日だけなのよ!? 徹底的に大人連中をボコって、食糧庫になだれ込めるのは!!」
「腹一杯、飯が食えるのは、この日を含めて年に数回しかないんだぞ?  大人共をきっちりシメとかねぇと、後々面倒なことになるんだぞ?」
 トーコもジャンクも真剣そのものである。
「まるでクーデターだな……」
 剣十郎が渋い顔でつぶやいた。
「まぁ、確かに、ユーキが食糧庫になだれ込む必要はないわけだけど……それでも、 日頃のストレスを発散させるにはいい機会じゃない!」
「……ああ言ってるけど、本当の所はどう?」
「へとへとになるまで体を動かすから、まぁストレス発散にはなるかな?」
 お茶を飲んだユーキはそう答えると、その場に寝転がった。
「ちゃんと、歌だってあるんだから!」
「え? どんな歌なの?」
 エリィが興味を示すと、トーコは「こんな歌よ」と歌いだす。
「♪火薬がたっぷり 爆弾で
 ドカンと一発 焼け野原
 5人がかりで 殴られて
 今日は 子供の大勝利♪ って……何よ?」
「全っ然違うじゃねぇか!!」
 もはや原型すら止めていない、凄まじい変わりっぷりである。というより『5人』と『今日は』しか合ってないし。
「違うの?」
 トーコは困惑したように、眉をひそめた。
「少なくとも俺たちは、そう習ったぞ。日頃の成果を遺憾なく発揮するためにこの歌を歌って全員の士気を高めてだな、 大人連中を片付けていくんだ」
 一体、どんな子供だ。
「この時、中途半端に終わらせると、次の日が大変だからな。キッチリ片付けねぇと、結局こっちが辛いだけだしな」
 恐ろしいことをさらりと言うな。おまけに神妙な顔付きでうなずいてるんじゃない、トーコっ!
「それ、絶対にひな祭りじゃないよ、トーコちゃんっ!」
「そうなの?」
 エリィの悲鳴を確かめるように、トーコは剣十郎の顔を見る。
「それでは、成長を祝えないだろう」
 剣十郎もさすがにこれには驚いたらしい。そのこめかみには、若干ながら冷や汗が浮かんでいた。
「大人が体を張って、子供の成長を確かめてるぞ? どれだけ迅速かつ大量に仕留められるかってな」
「ひな祭りで祝うのは、そういう成長ではなくてだな……」
 剣十郎は、うむむむと低く唸る。
「……すぴ〜」
「おやおや、風邪を引いてしまいますよ」
 寝転がったまま寝息を立て始めたユーキに、イサムは着ていた羽織りをかけてやった。
 どうやらこの二人には、ひな祭りの祝い方が違っていることなど、どうでもいいことらしい。
< 「いい?! トーコちゃんっ! ひな祭りの歌って言うのはね、
 ♪明かりを点けましょ ぼんぼりに
 お花をあげましょ 桃の花
 5人囃しの 笛太鼓
 今日は楽しい ひな祭り♪ なのよっ」
「ふぅん……でも、そんな歌じゃ、これから派手にヤってやろうって気になんないじゃない」
「ンな気にならなくていいんだよ!」
 志狼のツッコミも、どこか力ない。
「いいのか?」
「そうですねぇ。ひな祭りは、女の子の健全な成長を願う行事だと聞いてますから、ならなくて良いと思いますよ」
 ジャンクに問われたイサムは、あくまで穏やかであった。
「良かった。イサムさんだけはマトモだ」
「失礼な!」
 トーコは膨れたが、この場合、志狼の意見に賛同する者の方が多いだろう。
「ね、ね、イサムさんの所じゃ、ひな祭りはどんなのだったの? 興味あるな♪」
「俺の実家じゃ、母の趣味と季節感の演出を兼ねて玄関に7段飾りを飾ってましたね。 他では、格子窓の所に御殿飾りを飾ったりしてましたけど……どれも湯治客には好評らしいですよ」
 トーコたちのひな祭りとは全然違っている。
「何か、凄ぇな……」
「ウンウン。それで、それで?」
「俺の家は子供は俺一人だったから、特別何かがあったわけではないですけど、 春の庭でお茶会を催したり、従業員の娘さんには雛あられを配ったりしてましたね」
「は、春の庭って?」
「イサムの実家っていうのは、超高級温泉旅館なのよ」
 目を真ん丸くする志狼に、トーコがこそっと耳打ちした。
「ひな祭りの頃はちょうど桃がほころびかけてまして、その下でお客様をお迎えして、お茶を点てるんですよ」
 懐かしいなぁ、とイサムは朗らかに笑う。
「なるほど。それで、お茶会に」
「ええ。そうなんです」
「イサムさんの知ってるひな祭りって、とっても優雅なんだぁ〜」
 お茶会の様子を想像し、エリィはうっとりと目を閉じた。
「堅苦しそうではあるけどね」
 トーコはひょいと肩をすくめる。
「お前は、長時間正座してられねぇからな」
「イタイ所をつくわね」
 薄めのお茶を点てたジャンクは、それを意外なほどスマートに飲んでいる。
「ねぇねぇ、ユーキっ! ユーキのトコはどんなひな祭りやったの?」
「ん〜……オレのトコのひな祭り?」
 エリィに揺り起こされたユーキは、目をこすりつつ、ふわぁ〜あと大あくび。
「そうそう。ユーキの知ってるひな祭りは、どんなの?」
「ん〜、先生のトコじゃあ、女のコは朝からミア母さんと料理作ってて、 オレたちはHAKUの山に行って桃の花とか菜の花とか菫とか、花を探してた」
「庶民的だな」
「ん〜、まぁ、そうかもね。でもって、採って来た花は女のコたちにあげるんだ。 女のコたちが作った料理は、そのお礼ってカンジでオレたちも食べられる」
「素朴でいいなぁ〜。わたしの知ってるひな祭りもそんなカンジだよ♪」
「そうなんだ。でも、この日はあれだよね。稽古をしなくてもいいから、それが一番うれしかったかも」
 その時のことを思い出したのか、ユーキは懐かしそうな笑みを浮かべた。
「食事をした後は、みんなで山に入って、人形を川に流してね。どうして川に流すのかは、俺も知らないけど」
 イサムもユーキと同じ場所で暮らしていたことがあるので、ユーキと同じひな祭りを経験しているのである。
「それは、身の穢れを人形に移すことで、農耕の神に祈願すると同時に、 伝染病などの病気を村や町の外に追い払うという意味が込められているのだ」
「おお、さすがオヤジ! 物知りだな」
「ホント、ホント」
 こうなると、トーコとジャンクの知るひな祭りが、一際際立った異彩を放つようになってくる。
「あたしたちのやってたひな祭りとは随分違うわね」
「ま、育った場所が場所だからな」
 違いを突き付けられても、この兄妹は、特に動揺する気配もなかった。 こういうことは今までも何度もあったので、今更驚くようなことでもないのである。
「こうなったら、アレよね。トーコちゃんっ、わたしたちとフツーのひな祭りしようよ♪」
「えっ、ちょっとっ?!」
 エリィはそう言うと、トーコの手を引っ張って、道場から出て行ってしまった。
「あ! おいっ!」
 志狼がエリィを呼び止めようと声をかけたが、エリィは全く聞く気がないようである。
「今日はエリィさんの好きにさせてあげたらどうですか?」
「そうそう」
 イサムとユーキはそう言って笑っているが、ひな祭りは意外に侮れないのだ。
「いや。エリィちゃんの好きにさせるわけにはいかん」
「何で?」
 すっくと立ち上がった剣十郎の表情はかなり厳しいものがある。 問いかけの主であるジャンクを振り返り、若干こめかみを引きつらせながら、こう答えた。
「ひな祭りに付き物のお屠蘇は、酒だ!」
 ピピクゥッ!
 剣十郎の言葉に、全員が固まる。
 イサムはその場に居合わせていなかったが、後から事の顛末は聞いて知っているのだ。
「お、追いかけろぉ〜っっ!!」
 志狼を先頭に、全員がダッシュでエリィの後を追いかけるのだった。