自分達の住む世界とはあまりにも異なりすぎているため、あまり外へ出て行けないラシュネスチーム。
 そこでふと考えた。
 要は人がいなけりゃいいんじゃないの?
 と、言うわけで、半ば泣き落としに近い形で艦長を説得(笑)
 南の島へバカンスに出かけることに成功! メンバーは『海道鉄馬』の人名を持つ混沌龍神ボルクロードと雷鳴の天使ライトニングピクシー、海白星王と雪姫の双子。 それにセイジ・ミナミとブレイカー、フェーズとフィンの怪盗猫姉妹という、かなり珍しい面子がそろっての、2泊3日のバカンスとなったのであった。


オリジナルブレイブサーガSS
バカンスに行こう!



 人間という生き物は、本当におもしろい。
住む場所によって風俗や社会状況は全く異なり、ましてそれが、全く違う世界と比べることになれば、その違いはさらに顕著なものになる。
 海道鉄馬は、しみじみとそう思うのだった。
「動いてる、動いてる、動いてるよぉ〜」
「こっち見てる〜」
「怖いです〜」
 これは、海白星王と雪姫。それにピクシーのリアクション。確かに、子供達にしてみれば、ソレの登場は恐ろしいものに違いない。
「うっわ、すごいよな〜」
「ああ。まさか、釣り上げるとはな……」
 こちらは、セイジ・ミナミとブレイカーの反応。どうやらソレを釣り上げたことに感心しているようだ。
 これも鉄馬の理解の範疇である。
「すんごい生命力よね〜」
「それにとっても大きい……」
 フェーズとフィンの姉妹は、ソレの大きさと力強さに感嘆のため息をもらしていた。これもまた、鉄馬の理解の及ぶところだ。
「やったね。ラシュネス」
「お見事ですわ」
 ぐっと親指を立てて、ユーキがラシュネスにウインクを送れば、グレイスは、ちぱちぱと拍手を送っていた。
「えへへへ〜」
 褒められて、ラシュネスは照れ臭そうに頭をかいている。
 ソレを釣り上げたのはラシュネスだ。
 ここまでである。ここまでの反応ならば、鉄馬にも理解することができた。
 だが、これ以上は無理だった。
 それを説明するには、まずラシュネスが釣り上げたソレの正体を明かさなければならない。ラシュネスが釣り上げたソレというのは……
「ん〜っと、約3メートル強ってとこかな」
 しゅるしゅるとメジャーをしまいながら、ユーキがヒュゥ♪ と口笛を吹く。
「この大きさなら、立派に人も食えるな」
 タバコを口にくわえているジャンクは、ソレの側にしゃがみこんだ。
「さあって、どうだかね」
 頭を掻きながら、トーコはひょいと肩を竦めてみせる。
「まぁ、何にしろ、リッパだよね。この鮫(はぁと)」
 そう。ラシュネス釣り上げたのは、体長約3メートルのホオジロザメ(推定)。人食い鮫としても、それなりに高名な種類である。
 そんな凶悪な鮫を目の前に(しかも、まだ生きている)にして、言う言葉がそれか? それでいいのか? 
 ナゾである。
「うぇえ?! 人を食べてるんですかっ?!」
 ユーキ、ジャンク、トーコののほほんとした言葉にラシュネスがうろたえた。
「さぁ? 分かンないけど」
「そ、そそそ、そうですよねッ」
「お」
 まだ完全には死んでいない鮫は、うねうねと身をよじりながらジャンクの側を通り抜け、子供達の方へ近づいて行く。
 子供達は慌ててその場から離れた。
 それに気づいたイサムが、
「おっと、危ないな」

 だごすっ!

 鮫の脳天に拳を振り下ろした。

 プシゥ〜ッ。

 出ッ・血・大ッ・サービス。見事な血飛沫であった。
「…………」
「大丈夫ですか?」
 血にまみれた拳をぷらぷら振りながら、穏やかな笑みのまま、イサムは子供達に問いかけた。にっこり笑顔で鮫を撲殺。なんてヤなキャッチコピーだ。
「う、うん……」
 心なしか子供達の顔が引きつって見える。
「拳でトドメをさすか? 普通……」
「イサム、大丈夫なのか?」
 あっけに取られているのは、セイジとブレイカーだった。
「え? ああ、大丈夫。少し痛いですが……これくらいなら、なんでもないですよ」
 だから、爽やかなその爽やかなその笑みはやめろ。ツッコむにツッコめない、二人である。
 物腰とこの笑顔に欺かれて来たが、所詮は彼もトーコたちと同じ、ウィルダネス育ちだということなのだろう。
「それじゃあ、バラそっか」
「バラしてどうするつもりだ?」
 ユーキの言葉の意味に興味を覚えた鉄馬の質問に、少年は
「もちろん、食べるんだよ」
と、義兄に負けず劣らずの爽やかな笑顔で答えてくれたのであった。
「……そうか……」
 顔に似合わず、という言葉はこういう時に使うんだろうなと、しみじみ思う鉄馬である。



「サッメ、サメ♪」
「ウーッ!」
「サッメ、サメ♪」
「ワオ♪」
 ユーキが手際よく鮫を解体していくその横で、トーコとラシュネスが雀のようにちょん、ちょん、ぴょこらっ、ちょん、ちょん、ぴょこらっと跳びはねている。
「跳ねるな、ラシュネス。シップが揺れる」
「あ、は〜い。ごめんなさ〜い」
 タバコをくゆらせているジャンクに言われ、ラシュネスは跳ねるのを止めた。
 ここは、太平洋のど真ん中。彼らは、海の上に浮かぶラシュネスチームの水陸両用移動家屋、ランド・シップの甲板にいた。
「ユーキお兄ちゃん……本当に食べるの?」
 少し離れた所から解体の様子を見守っている雪姫が、おそるおそる問いかける。
「食べるよ〜。すり身にしてハンバーグみたいにするつもりだけど……」
「そのまま焼いて食ってもウマそうだけどな」
 ユーキの手元を覗きこんでいるのは、セイジと、フェーズ、フィンの3人。
「このままでも十分イケそうだけど?」
「でも、少し大きいですわ……」
「お前たちは猫だからな」
 剣のままの状態にあるブレイカーが、呆れたようにつぶやいた。
 猫が苦手なセイジは、すすすすすッと速やかにフェーズ・フィンの側から離れて行く。
 そのことに姉妹が抗議の声を上げたが、こればっかりはどうしようもないことである。
「しょうがないよ。二人とも……?」
 そんな彼らのやり取りを笑い、鮫へと目を戻すと、同時にユーキの手が止まった。
「ど、どどどうしたんですかぁ?」
 星王と雪姫と固まってくっついているピクシーが、震える声で問いかける。
 それが合図だったかのように、ユーキはゆっくりと後ろを振り返った。
「どうしよっか?」
「ど、どどど、どうしようって何が?」
 ゴクリと喉を鳴らしてから、星王が再度たずね直す。
「こんな物、出て来ちゃった(はぁと)」
 てへっ、と笑ってユーキが取り出したモノ。それは……
「人の腕……だな」
 鉄馬が、ぽつりとつぶやいた。
「「ッきゃぁあぁぁあぁぁぁっっっっ?!」」
 雪姫とピクシーが悲鳴を上げれば、
「出て来ちゃった(はぁと)じゃないよッ! ユーキ兄ちゃぁ〜んっっ!?」
 星王も悲鳴を上げる。
「てへっ、じゃねぇと思うぞ。俺は」
 少し離れた所から、セイジもちょっぴり引け腰のせりふ。
「なんでそんなものが、サメの腹の中から出て来るんだ?」
 真っ当な疑問をブレイカーが口にする。
「さあね。ねぇ、ところでその腕、何か握り締めてるみたいだけど?」
 こちらの反応は随分冷めている。セイジもブレイカーも死体を見るのは、慣れっこになっているのかも知れない。 フェーズたちが平然としているのは、意外なような気もするが。
 彼女の疑問に答えるべく、早速ユーキは指を開かせにかかった。
「ん……よっ……」
 死後硬直で固まっている指は、なかなか開かない。
「おいおい、マジでこじ開けるつもりか?」
 セイジがうんざり顔とも呆れ顔とも判別のつかない表情で、ぼやいた。
「そりゃ、一応は……ね……って、わあ!? ズルむけた?!」
「「聞きたくなぁ〜いっ!」」
 雪姫とピクシーが耳を塞いで彼らに背を向けた。星王は、悲鳴こそ上げなかったものの、 体はがっちり硬直している。
 そんなこんなで指を開けてみると、
「あ、ホント。……指輪だね」

 金色の台座にはめられた宝石は、太陽の光を受けて7色に光り輝いていた。
「きれいです……」
 フィンの口からため息が漏れる。
 指輪が出て来たと聞き、雪姫とピクシーは恐る恐るユーキの元へ近づいて来た。
 指輪をピクシーの手のひらに乗せたユーキは、一部骨が見えるようになってしまった腕を掲げ、
「……姉ちゃん、コレ、どうしよっか?」
「捨てれば?」
 即答だった。
「トーコお姉ちゃん……それは…………」
 やんわり雪姫がトーコを非難するが、
「落とし物として届けるわけにも行きませんしねぇ……」
 困りましたわ、とグレイスがため息をつく。
 彼女のその言葉に、その腕をにこにこ笑顔で、交番に届ける様を思い描き、さあっと青くなる双子だった。
「まぁ、届けられても困るだろうしね」
 イサムは苦笑を浮かべて答えた。
「んじゃ、やっぱ捨てるってコトで」
 てこてこっとユーキに近づいたトーコが、腕を受け取り、海にぽいっと投げ捨てる。
「あの世でアイツにヨロシクな」
「成仏しろよ」
 合掌するトーコとジャンク。その時間、わずか3秒弱。
「いいのか? そんなんで」
 セイジが問いかけたが、
「赤の他人だからな。仮にあれが自分の腕だったとしても、こんな扱いで十分さ」
 ひょいと肩をすくめるジャンクだった。
「右に同じ」
 かなり淡泊な兄と妹である。
「ふわぁ〜……キレイ〜」
「きらきらしてる〜」
「ホントだぁ〜」
 腕のことなどすっかり忘れた子供達は、自分たちの目の前にある指輪に目を輝かせていた。
「いるんなら、もらっとけば?」
 持ち主なんて分かンないし。トーコはそう言うが、サメの腹の中から出て来た腕が握り締めていた指輪である。 キレイだとは思うが、欲しいとは思わなかった。
「あたしたちも、宝石はスキだけど、ちょっとね〜」
「ええ。そうですわね……」
 女性陣は全員辞退。それなら、と名乗り出たのはユーキである。
「指輪なんてするのか?」
「鉄馬さん、オレがそんなのすると思う? 違うよ。これは、元の世界に戻った時に売って、 借金返済に当てようと思ってさ」
「しっかりさんでちゃっかりさんの弟をもって、あたしは幸せ者だよ」
 そっと目元に浮かぶ涙を拭うトーコであった。



 さて、時間と場所が移って今は夕方の5時。
 海に沈んで行く太陽を横目に、無人島の浜辺へと移動した一行は、夕食の支度の真っ最中である。
 星王と雪姫は、テーブルセッティングを。ユーキとセイジは、釣り上げたサメの身を摺鉢ですり身にする作業をしている。

「ん〜……しょっと」
 鉄馬は、サラダ用のトマトを切っているピクシーの監視。
「そうそう」
「ゆっくりでかまいませんから……」
 フェーズとフィンは、その横で彼女を熱心に指導していた。
「っは〜。やぁ〜っと終わったわ」
 コキコキと首を左右に動かしながら、トーコがため息交じりにボヤく。彼女の少し後ろにはジャンクがいて、新しいタバコに火を点けていた。
「ランド・シップの方は大丈夫だったのか?」
「ああ、何の問題もない」
 ピクシーから目を離した鉄馬の耳に、「イタッ」という小さな悲鳴が聞こえて来たのは、その直後である。
「あ〜あ……何やってんのよ」
 《アポート》能力でシップの中から救急箱を取り寄せたトーコは、バンドエイドを彼女の指に貼ってやりつつ、鉄馬に目を向けた。
「シップの方はただの点検だったから、特別問題があったわけじゃないのよ」
「そうか」
「あ、戻って来たようです……」
 フィンの目線の先には、散歩に出掛けていたロボット組の姿がある。
「たっだいま〜」
 ご機嫌なラシュネスとは反対に、ブレイカーとグレイスは浮かない表情だ。
「どうかしたのか?」
 相棒の表情にセイジが問う。
「ラシュネスさんが、妙な物を拾って来たんですのよ」
「妙な物?」
 グレイスの返事に全員が顔を見合わせ、ラシュネスへ目を向けた。
「じゃじゃ〜ん。コレですぅ!」
 ラシュネスが自慢げに浜辺に置いたのは、
「金庫ぉ?」
 そう。金庫である。それも、家庭用金庫ではなくて、企業などが使っていそうな大きなヤツであった。
「えへへへっ。ステキな椅子ですよね〜」
「金庫だってば」
 フェーズのツッコミは無視され、ラシュネスはこれに色を塗って、もっとステキにするんです〜と恍惚とした表情で語り出す。
「何だって、こんな物がこんな所にあるんだ?」
 こんこんっとソレを叩きながら、鉄馬が首をかしげた。金庫はまだ比較的新しい。 フェーズ、フィンは不思議そうに首をかしげ、セイジとブレイカーは何で拾って来るかな〜と呆れ顔。 ピクシーとイサム、グレイスの3人は、いい物を拾ったねとラシュネスに笑いかけていた。
「もう1つくらい落ちてるといいんですけど」
 そうしたら、グレイスとお揃いの椅子ができるのに、とラシュネスは言う。
「椅子じゃなくて、金庫だろうが」
 タバコの煙をフーッと吐き出しながら、ジャンクは、呆れ顔でソレに近づいた。
「おっきい、金庫〜」
「ホント。雪姫や星王なら隠れられるよ」
 こんなに大きな金庫を直に見ることなど、めったにない。星王と雪姫は興味津々である。
「フホートーキとか言うヤツかな?」
 正しくは不法投棄。
「ああ、なんかそんなの言ってたわね」
「明日もう一度、こんな椅子がないか探しに行きたいんですけど、いいですか?」
「別にいいわよ。面白そうだし、あたしも行くわ」
「森を探検することになりそうですね」
「じゃあ、みんなで行こうぜ」
「お前らだけで行って来いよ。俺は留守番してるからな」
 ジャンク、1抜け。
「俺も遠慮しよう。トーコ、すまないがピクシーの面倒を頼む」
 鉄馬、2抜け。
「……あんま自信ないけど、わかったわ」
 複雑な顔を作って、トーコは了承する。


 翌日、ジャンクと鉄馬を除いた一行は、森へ探検に出掛けて行った。
 残った二人は、ラジオを聞き流しながら、カクテルを片手に、ビーチパラソルの下でポーカーに興じるのであった。
 時折、森の方が騒がしくなったが、特に何事もなかったようで、一行は日没頃、帰還。
「どうだった?」
「それなりに楽しかったけど、疲れたわ」
 フェーズがげっそりした表情で答える。
「結局、金庫は見つからなかったしね」
 おんぶしていた雪姫をおろしながら、イサムが苦笑交じりに答えた。
「それはご苦労だったな」
「一番疲れたのは、姉ちゃんだろうね」
「ごめんなさい〜」
 ちょっと目を離すと、ピクシーはすぐに姿を消してしまうのである。その度にトーコはピクシーの気配を頼りに《テレポート》を行い、彼女を連れ戻していたのだ。 だが、連れ戻しに行くたび、「はじめまして」と挨拶をされるのでは、たまったものではない。
「イイけどね。別に……」
「大変だっただろう」
 今日一日、ピクシーのお守りから解放されていた鉄馬は苦笑いで応じる。
「あんた、スゴいわ」
「飯はすぐにできるから、ちょっと待ってろ」
 ジャンクの言葉に、探検組が歓声をあげたのは言うまでもないだろう。
「椅子が見つからなくて、残念です〜」
「だから、椅子じゃなくて金庫だ」
 いつになったら、理解するのだろう? こめかみに手を当てながら、冷静にツッコむブレイカーであった。


 3日目である。
 今日は、ラストガーディアンに帰還する日でもあるため、どこかへ移動することなく、全員浜辺にいた。
 ユーキ、イサム、セイジとブレイカーは、学園から勝手に拝借した、 運動会で使うという白い巨大ボールで、ルール無用情け無用のハイスピードビーチバレーに興じている。
 トーコとジャンク、鉄馬の3人プラス、フェーズとフィンの姉妹は、デッキチェアに寝そべって日光浴。
 ラシュネス、グレイス、日焼け防止のためのティーシャツを上に羽織った星王、雪姫、ピクシーは、水際できゃいきゃいはしゃいでいる。
「ねぇねぇ、星王さん、これってなんていう生き物なんですか?」
 ラシュネスが星王に差し出したのは、のり巻きみたいな形の軟体動物。
「……多分、ナマコだと思う」
「ナマコって言うんですか? これ」
「ラシュネスさん、よく触れますわね」
 見るからにぶよぶよしているナマコを、グレイスは嫌悪の表情で見つめている。
「ぶよぶよのひんやりさんで、気持ちイイですよ?」
 触ってみます? と差し出されたナマコだったが、グレイスはぶんぶんと首を横に振って、拒否するのだった。
「結構ですわッ。……って、あら? 何でしょう? 船が近づいて来てますわ」
「え? あ、ホント。船だ」
 浮輪に乗っかってぷかぷか浮いていたピクシーは、あわてて浜辺に上がっていく。 もしも他の人間と顔を合わせるようなことがあったら、すぐに隠れるように言われていたからである。
「どう見る?」
「友好的では、なさそうだな」
 ちらりと向けられたトーコの視線に答え、鉄馬はデッキチェアから身を起こした。
「こっちを警戒してるな。まぁ、当たり前と言えば当たり前か」
 ビーチバレーは中断され、子供たちも水から上がって来る。
 島に近づいて来るのは、小船が3艘。どれも柄の悪そうな男ばかりが6、7人ほど乗り込んでいるようだ。
「なっ、何なんだ?! てめぇらはッッ!?」
 その中の一人、黒く濃い髭をたっぷりと蓄えた大柄な男が、小船から下りるなり、唾を飛ばしてどなり散らす。
 男の服装はかなり時代がかった軍服のようなもの。他の連中は、水色の横縞シャツにジーンズという格好である。これではまるでコスプレだ。 星王と雪姫は、賢明に笑いをこらえている。
「見ての通りのリゾート客よ。ちょっと訳ありなんで、こんな所でしか遊べなくてね」
 トーコはひょいと肩をすくめた。
 浜に上がって来たのは、この頭目らしき男を含めて20名ほど。沖には彼らの物とおぼしき武装船が停泊中だ。
「リゾート客だぁ?」
 髭の男が不審げに眉根を寄せ、そこにいる面々を見回した。

 リゾート客に見えなくはないが、それにしては年齢に少々ばらつきがあるようだ。男がふぅむとうなっていると、
「おっ、お頭ぁっ! あっ、あれっ!」
 部下の一人が、素っ頓狂な声を上げる。どうした? と髭男が部下の指さす方向に目を向け、そこにある物を目にし、そして固まった。
 部下が指さしていたのは、ラシュネスが拾ってきた金庫である。
「こっ、こいつぁ……てめぇらッ! このアホウドリ海賊団の獲物を横盗る気だな?!」
「アホウドリ……」
「……海賊団?」
 何ともマヌケなネーミング。
「ぷっ」
 誰かが吹き出したのをきっかけに、全員が「何だそりゃ」と笑い出す。
「えぇぃっ! 笑ってんじゃねぇっ!! 人様の者を横盗りしようたぁ、いい度胸だ!」
 顔を真っ赤にした髭男は、やっちまえ! とお決まりの文句を口にした。
「ケンカはだめですよッ」
 ぶんぶんと振り回したラシュネスの手から、ナニかが落ちる。

 べちょっ。

「?!」
 ナニかは、見事に髭男の顔面に直撃した。
「あ、さっきのナマコ……まだ持ってたんだ」
 星王が冷静につぶやく。
「何か、かわいそう……」
 男を見つめる雪姫の視線には、多分の哀れみがこもっている。
「…………」
 顔面にナマコをはり付かせたまま、男の体がブルブルと震え出す。その回りで彼の部下達がおろおろ取り乱していた。
 そんな彼らに向かって、全員は手を合わせ、「合掌」……チーン。
 静かに冥福を祈ってみる。
 祈りながら鉄馬は、トーコたちに毒されて来たんじゃなかろうかと、複雑な気分を抱えていた。
「ふぬぅっ……!」

 べちっ。

 顔面のナマコを放り捨てた髭男は、怒りに体を震わせ顔を真っ赤にし、怒鳴り散らす。
「全員、たたんじまえぇぇっっ!!」
「アイアイサーッ!」
 それが合図となったかのように、沖合の船からロボットがずどんずどんっと発射され、 ずずぅんっと浜辺に降り立った。
 その数、全部で5体。
 部下達もどこに隠し持っていたのか、手に銃火器を装備。凶暴な笑みを浮かべている。
「やれやれ……困ったな」
 と全然困ってないカオで、イサムは頭をかいた。彼は、グレイスから愛用の偃月刀を受け取ると隙なく構える。
「武器を取りに戻ってるヒマ、ねぇよな……」
 セイジがうっすらと浮かんで来た冷や汗を拭う。だが、
「《クリエイション》」
 セイジの手に、トーコの精神物質化能力で作り出された剣が手渡された。
「へへっ、サンキュー」
 ラシュネス、グレイス、ブレイカーもそれぞれ、自分の武器を取り出し構えた。
「3対5じゃ勝負は見えたも同然だなっ!」
 がはっ、がはっと笑う髭男。
「それは、どうかな?」
 鉄馬がボルクロードの姿に戻り、ブレイカーの横に並んだ。
「にゃにぃっ!?」
「雪姫っ、ボクたちも」
「うんっ」
 星王と雪姫の二人は、クルジュたちを呼び出すべく召喚具を構えるが、
「必要ねぇよ」
 ジャンクに制されてしまう。
「え? でっ、でも……」
「すぐに片付く。だろ?」
「ま、片付くでしょうね」
 トーコはひょいと肩をすくめた。


 海賊たちははっきり言って、彼らの敵ではなかった。経験の差の違いというヤツである。
 だが、相手は普通の人間だ。全力でぶつかるわけにはいかない。
「ちぃっ」
 面倒だな、とボルクロードは舌打ちをする。だが、全力でぶつかる訳にはいかないと思っているのは、 どうやら彼だけのようだった。
「《サンダー・ブルーム》」
 トーコの指先から放出された雷が、花開き、海賊共を感電させる。
「ハッ!」
 セイジが剣でマシンガンをぶった切れば、イサムが偃月刀の柄で敵の腹を突く。 ユーキは相手の懐に飛び込んで、みぞおちに拳を入れ、だめ出しとばかりに手のひらで顎を張り倒した。
「ちょっとっ! 何すンのよっ?!」
 フェーズが噛み付けば、
「離してくださいっ!」
 フィンが引っ掻く。
「容赦ないな。お前たち」
 仲間の所業に、ボルクロードは自分のやり方が馬鹿らしく思えて来る。
「そりゃまぁ、こういう手合いはあちこちにいますからね」
 ここにいるメンバーの大半は、犯罪多発地帯で生きているのだ。こういう事態は、慣れっこなのだろう。
「なるほどな」
 そういうことかと、ボルクロードは苦笑を浮かべる。
「うきゃうっ?!」
 その横でラシュネスが蹴つまずいた。
『取った!』
「させるかッ……」
 ブレイカーのフォローが入り、
「やっ!」
 グレイスがその援護に回る。
「大丈夫か?」
「らいじょーぶれすよ〜」
 ボルクロードに問われ、ラシュネスは答えた。彼の回りに展開しているフェザービットが心なしかヘロって見えるが、
『いっただきぃ〜っ!』
「しまっ!?」
 ボルクロードの背後から迫った敵ロボットをぐっさぐっさとヤれるくらいには、正常に機能していたようだ。
「はわわわわ〜……なんだか大変なことになっちゃてます〜」
 一方、戦闘が行われているフィールドの上空では、ピクシーが一人で慌てていた。 そんな中、彼女は混戦中の戦場を軽い足取りで進んでいる者の姿を見る。進んでいる方向から、 多分仲間なのだろうと、予想は立てたが、名前は思い出せなかった。
「ぅおのれぃっ……なかなかやるではないか……」
 部下たちが苦戦しているのを見て、髭男はぎりぎりと歯軋りをする。
 このままでは、やられてしまう。何とかしなくては……髭男が悔しげに唇を咬んでいると、
「《居神現出》」
 背後から背筋も凍るような冷たい声が唐突に聞こえて来た。
「なっ?!」
 髭男が振り返る。

 ガッ!

「?!」
 顔の下半分を物凄い力で押さえ付けられる。浜辺についていた足が、半分になり、 つま先だけになり、やがてつま先すらも砂浜から遠ざかった。
「そろそろ終わりにしようぜ。なぁ?」
「ヒッ……」
 自分をつるし上げているのは、まだ若い男。男の長い前髪の透き間からのぞくスカイブルーの目浮かぶのは、 狂の1文字。
「ジャンクッ!?」
 初めに異変に気づいたセイジが、素っ頓狂な声を上げた。
「なっ、なんだその腕は?!」
 男の体を支えているのは、異様に長くて太い、黒い体毛がびっちり生えた獣のようなジャンクの右腕である。
「イイだろ? すっげー便利でな。気に入ってンだよ、コレ」
 ニヤリと笑んで答えたジャンクは、髭男の体をぷらぷらと揺すって見せた。
「うぐ、ぐぐぐ……」
 髭男の顔が苦痛で歪む。
「分かってるとは思うが、そこまでだ。やめねぇと、コイツ、殺すぞ?」
 ジャンクが腕に力を込めると、ミシッという骨の軋む音がした。
「ダメェ〜ッ! そんなの、絶対ダメですぅ〜っっ!!」
「ッ?!」
 ものすごい勢いで飛び込んで来たのは上空にいたピクシーである。彼女は、ジャンクの右腕にすがって、必死で彼を止めようと、大奮闘を始めた。
 初めはアッケに取られていた星王と雪姫だったが、すぐさま我に返ると、ピクシーと一緒になってジャンクを止めに入る。
「……あんた、今、すっごい悪者だわね」
「みてぇだな」
 子供3人がかりでも、ジャンクはびくともしない。
「ゼッタイに、ダメだよっ!」
「その人を離してあげて〜」
 やれやれと面倒臭そうなため息を盛大に吐き出し、ジャンクは髭男をあっさり解放する。
「はぁ〜あぁ……興ざめ、興ざめ」
 ナゼかつまらなさそうな表情で、ジャンクは、ぱたぱたと獣の腕で顔を仰いだ。
 髭男が解放されたことに、ほうっと安堵のため息をもらすピクシーと双子たち。
 自分たちのボスを捕まえた人間じゃないモノに驚いた海賊たちは、もはや戦闘意欲を無くしてしまっている。
 そんな状態である以上、戦闘続行は不可能だ。
 ボルクロードは鉄馬の姿に戻り、他の者たちも武装を解く。
「大丈夫ですかぁ?」
 髭男を気遣って、ピクシーが彼の顔をのぞき込む。

 がっし!!

「??!」

「天使様ッ!」

 だ〜っと滝のような涙を流しながら、髭男はピクシーの顔を真っ正面に捕らえた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。おかげで助かりました!」
「あ、ああ……い、いえ…………そんな……」
 感激にむせびなく悪人面は、はっきり言って見苦しかったが、だからと言って男の手を振りほどくことなど ピクシーにできるはずがない。
「耐えるのよッ。ピクシーッ」
 ぐぐっと握り拳を作り、彼女を励ますフェーズであった。
「ジャンク、その腕は何だ?」
「ん? ああ、コレか?」
 鉄馬に問われ、獣の腕をわきわきと動かしてみせるジャンク。
「精神物質化能力で俺が作り出した道具だ」
「道具なのかよ? それ」
 どうみても道具には見えないソレを、セイジはしげしげと眺める。
「おう。おまけに着脱可能だ」
 答えるが早いか獣の腕はずるりと伸びて、浜辺に落ち、先が二つに裂け、ムクムクと頭が生えて来て、 狼のような姿になった。
「俺が作ったモンだからな。こうして消すことも可能だぞ」
 パチンと指を鳴らすと、ジャンクが言った通り、狼の姿は消えてなくなった。
「へ〜っ……異能力ってスゲェんだな」
「ンなコトができンのは、コイツくらいなモンよ。……と? あのコ、何やってんの?」
 いまだに髭男から解放されずにいるピクシーに、そっと近づいているのはユーキである。
「はぁ……あ、あの……ッンムッ?!」
 背後からそっと近づいたユーキは、ピクシーの口を両手で押さえると、にこにこ笑顔でこうのたまった。
「天使さまは、お前たちの罪の証しでもある奪った物を残らず差し出すようにとおっしゃっておられる」
「へっ!?」
「それらの物は、神の元へと運ばれ、神の洗礼を受けることになる。それにより、お前たちの罪穢れも祓われ、 許されるとのことだ」
「ンン〜ッ、ンムムムッ!?」
 じだばたと暴れるピクシーだったが、ユーキはびくともしない。
「へへぇ〜っ。仰せのままに〜」
 恐れ多いことでございますと頭を下げた海賊たちは、そこにある金庫に盗んだ物が入っていると答えた。
「あの金庫の中に!?」
「はい。さようで。ですが、その……金庫を開ける鍵、七色に光る石をはめ込んだ指輪なんですが……それを持ち逃げした部下がおりまして…………」
 鍵がなくなってしまったので、金庫をブチ壊して新しい金庫に移し変えるべく、アホウドリ海賊団は金庫の回収にやって来たらしい。
「ふぅん……鍵かぁ……って、あ!」
 髭男の言葉に、ユーキはきょとんと目を丸くした後、ズボンのポケットから先日拾った指輪を取り出して見せた。
「それって、コレのこと?」
「ああ〜っ! そうです、そうです! その指輪です〜っっ!!」
 自分の手にある指輪が、海賊たちの注目を集めている。その事実にユーキは、ほくそ笑んだ。その心の内が、ピクシーを押さえ込んだままの、
「よっしゃあっ!」という、一言に現れていた。


 数日後──
「は〜あぁ……」
 ラストガーディアンの食堂で、コップの中の氷をストローでつつきながら、ユーキは大きなため息をついた。
「ユーキッ。どうしたんだよ、ため息なんかついて」
 3日間のバカンスで、すっかり日焼けしてしまったセイジが笑顔で彼の隣に座る。
「ん〜、ほら、あの金庫の中身がね……」
「ああ、あの宝の山ね。あれがどうかしたのか?」
 海賊たちの戦利品は、どれもこれも超がつくほど高価な物ばかりだと、怪盗姉妹のお墨付きを得られたのだが……
「没収されちゃったんだよね。盗難届けが出てるから、持ち主に返すって」
「はじめから、そのつもりだったんだろう?」
 セイジの腰にぶら下がっているブレイカーが、不思議そうにたずね返す。
「まさか! あれは全部、ウィルダネスに持って帰ってお金に変えるつもりだったんだよ。でもって、そのお金で借金を返済しようと思ってたのにぃぃぃっっっ!!」
「「……おいおい……」」
「結局、この指輪だけだよ。手に入ったのは」
 7色の石の指輪をポケットから取り出し、ユーキは「はぁ」とため息をつく。


「ラシュネス、足元ゴメン」
「ああ、はい。どうぞ」
 トーコはラシュネスが座っている椅子の扉を開けて、中からフェイスタオルを出した。
 なぜそんな物がラシュネスの足元にあるのかと言うと、ウィルダネスから来た面々は、用意された個室ではなく、格納庫で寝起きしているからである。
「ふわぁ〜あぁ……ちょっと、顔洗ってくるわね〜」
「は〜い。行ってらっしゃ〜い。……えへへへっ。ユーキは悔しがってましたけど、でもわたしはラッキーです〜」
 ラシュネスが拾った金庫は、没収されることなく、椅子兼日用品入れとして使われているのだった。
「ホント、ステキな椅子ですよね〜。コレ」
「だから、椅子じゃありませんってば」
 グレイスがため息交じりにボヤくが、もちろん、本人の耳には届いていない。
 ジャンクは持ち込んだソファーの上で、窮屈そうに身体を縮こまらせて居眠りをしていた。


 ラストガーディアンのサロン室では、星王と雪姫、ピクシーが バカンスの土産話を他の仲間たちに語って聞かせている。
 その横で鉄馬とイサムは、苦笑を浮かべて彼らの話に補足説明を加えていた。
 ラストガーディアン艦内は、穏やかな一時が流れている。



〜END〜